04・3・20
EL SUR ビクトル・エリセ1983年
嵌め絵のように何もかもがピッタリすんなり事が運ぶ東京の暮らしから、ブリュッセルに戻ると何故些細な事でこうも苛々するんだろうと思っていたら、この映画でよく分かった。今時8年前捨てた恋人にうつつを抜かす50歳にならんとする男性の話なんて、東京の生活からは決して思い浮かばない漫画。一人娘はこの父親とボタンを掛け違い、父に呼ばれ2人きりホテルで最後の食事をする。その後銃で自殺した父に、あの時どうしてやればよかったのかと自問する。この時父は「これから学校をサボれないか」と娘に頼み、余りにも茫漠とした悔いと孤独を漂わせる父親に辟易して、娘は別れてホテルを出る。父の死後寝付いた娘は、祖母のいる南EL SUR、父が出奔して以来訪れる事のなかった土地へ転地する。
全く何が気に入らなくて鬱々と8年前の恋人に手紙を書き、今更何???、二度と手紙など寄越すなと言われ、家中暗くして、家族には沈黙で固く鎧戸を閉ざし、挙句に銃で自殺。
不倫は茶飯事、家庭は聖域と御都合主義に徹し、明るく楽しく恬淡と裏切る人が賢い父で、後ろめたさにクヨクヨされたら、子供もたまったものではない。くだらない事には目をつぶり、裏切りもいじめも要領良く切り抜けて生きるのが処世術だと、そういう逞しさが西欧には無いのかもしれない。日本なら軽々と越えられる淵に見事すっぽりはまって、家庭や社会がガシガシ軋んでいる。多民族国家で自分を見失わずに生きるには、この軋みが不可欠だと言われれば確かにそうだが、物事スラスラ行った試しが無いのが日常だという事を忘れていた。人は便利に流れるのだ。
得にもならない事に拘って、どうでもよさそうな所に引っ掛かるから何事も不便。目抜き通りの信号機が壊れて3日、歩道橋を頑として作らないから歩行者横断も命がけ。大雑把で大概の事は便利な方が良いという私が暮らすには、いちいちせき止められている抵抗感、時間を無駄にしている焦燥感がある。さらさら流れるそうめん人生も、急いで生きられ楽で良い。全体主義にそうめん社会で内面軋んでいる人は、西欧に来るとより軋み合って壊れる危険があるし、二度と再びそうめん竹の水にのる事は出来ない。
03・12.27
アルフレッド・ブレンデル in Portrait:BBC OA8011D−1
ハイドン:Hob.XVI/49 Es dur
☀細い太腿から老いを感じるが、手がぶあつくて肩がっしり。
☀トリルを、パラパラ、アーティキュレーションするのが面白い。
☀指筋肉の使い方が肉薄して分かるので、イメージ・トレーニングに良い。見ているだけで巧くなった気がする。
☀私の興味はクラヴィコードでどう弾くかだから、細部でディミヌエンドの発見がある。
同音反復が意外に無作為、ビート感が無く、4回も平たく叩かれると退屈。
☀何故か両手親指/人差し指/中指にバンドがしてある・・・不思議。V
モーツァルト:K.457 c moll
☀直線であるべき上行アルペジオが歪んでいて、楽しい。
☀それにしてもモーツァルトは饒舌。
☀低音・高音の旋律会話がセクシー、ウィットに溢れている。
☀第2楽章の歌謡的旋律が、ドイツ・ロマン派より清澄なフレージングで聴きやすい。
シューベルト:即興曲 第3番 Ges dur
☀流れる情念のほとばしりに、一瞬落涙。前のプロと音色が全く変わる。しかし、鏡に映る波の陰影のような繊細表現は無い。ソプラノ強調の、強大ドイツ帝国という感じが拭えない。彼はスロバキア人だけれど・・ピアノという楽器の限界かもしれない。テンポが速いから、これでは陰影も消し飛んでしまう。それでも、心に刺さる美しさは絶妙。
☀伝記と稽古現場:言葉で支配しようとする指揮者とのセッションが傑作、「どうにでもなるんだよ、君」と言外に言っているのが指揮者には最も怖い状況、結局受け入れられない。若いときの写真が颯爽としている。ピアノ調律には鬼のよう、試弾が恐ろしく長い。収集した世界中の仮面・・・・
モーツァルトもハイドンもブレンデルの作品であり、楽器の限界性を超えている事が、なかなか人には伝わらない。演奏家は弾ける楽器で作品を再現する事が可能だと私は思う。G.グールドのバッハは偉大だし、それならゴールドベルグをクラヴィコードで弾いても良いと思う。
ウィルヘルム・ケンプ 1961 BBC DVB4904479
Schumann アラベスク 作品18
☀中学3年の春、ケンプのベートーヴェン・チクルスを全夜一人で東京文化会館で聴いた。指定席で偶然隣り合わせた老人は、私と共に最終夜泣いていた。彼は涙で一杯の目を私に向けて、「ありがとう、君、頑張りなさい」と言った。たったそれだけだったけど、何十年経った今でも、ケンプの最後の音、お隣さんの言葉、あの会場の沈静しきった集中力を良く覚えている。ケンプは既に高齢だったと思うが、それほどの力があった。後期ベートーヴェンの演奏は卓越していて、15歳の私は孤独だったから、音楽がこれほど心への説得力を持つ事に強烈に驚いた。この時始めて演奏家になりたいと思った。その後15歳が持った演奏家への志から、今それほど遠くへ来た訳では無い。
シューマン パピヨン 作品2
シューマン ダヴィッド同盟員 作品6
☀独特の親和力、実に音楽は音で充足する。息を詰めて追い込まれる強烈さに、思わずうなってしまう。内声の歌は極上、実に哀しい気持ちになるが、引き裂かれた分裂的躁状態との心理的断層に驚く。演奏家の許容量だろう。
ベート-ヴァン テンペスト 作品17
ベート-ヴァン 月光 作品27
ベート-ヴァン 作品90
ケンプは殆ど指を見ないで、虚空を注視している。一体何が去来するのか・・極上もののワインの味と似て、複雑で芳香。