画家の手紙
画家の手紙
*ミロ
Roland Penrose著
World of Art Miro
Thames and Hudson
ISBN 0-500-20099-B
出典:Miro「Je reve d’un grand atelier. XX Siecle vol.1−no.2 1938年」
要約:わたやゆうこ
ミロはどの絵を見ても楽しかった。私はこの書簡を読み、ミロの悲劇を理解していなかった事を深く恥じた。
ミロからYvon Taillandier1923年頃「私はシューレアリストが好きだった、絵を出来上がったものとして見ないからだ。実際絵に蒔かれた種が成長するのを待ち、花咲く春が来るかどうか、種が根付いたかどうかを見極める必要がある。私は庭園師のように働いている。」
ミロ自著「大きなアトリエで夢想に耽っている、Harlequin’s Carnavalのために沢山のスケッチをした、夜中に食事をせず飢えの幻覚を表現した。去年私はあちら側に行きたくて、詩から多くのヒントを得た。
‘Woman in front of the sun 1938年’を製作した時、絵はスパーク、圧倒的な幻惑で無ければならないと思った。
ミロから著者Roland Penrose「(ミロの作品中最も輝かしい)Constellation(星座)のマテリアルは、常に私をエキサイトさせ、偉大な豊かさに立ち向かわせる。油絵を製作後ブラシをガソリンに浸し、白紙で拭う時、何ら次の過程についての予感は無いが、白紙に残るシミは私を快い気分にさせてくれる。人、動物、星、空、月、太陽などのフォームが立ち昇り、私は全てチャコールグレーのこの世界に偉大な精神を感じる。これら全ての素材を均等に並べてみた事があるが、私はグァッシュ=不透明水彩絵の具で描く画法に取り掛かり、原始的だが詳細な細工を施し、長時間を要した・・・・」
同・1940年夏「1940年「私達はドイツ軍が侵攻しているVarengevilleを速やかに離れ、パリへの汽車の中でConstellation(星座)を腕に抱えていた。パリからバルセロナ−パルマへと移り、誰とも会わず誰にも知られない平和な暮らしをする事が出来た。
世の中を深い地獄に陥れるナチズムの台頭を避け難く、私は絶望的な気持ちだった。海水が即座に掻き消す砂の上にこの絶望感を描いてみたり、紫煙のアラベスク模様を、ヒットラー一味の腐敗と悪臭にまみれたこの世から、星の高さにまで巻き上がり、この世を愛撫する自由のシンボルとして描いてみたりした。」
アンドレ・ブルドンの手紙「ミロのナイチンゲールの歌は宇宙の秩序を貫く、我々の状況を完全に描写している。」
ミロからYvon Taillandier「私の好きなテンションは、詩、音楽、ガウディ建築などに見出される。農村の馬、荷馬車の軋む音、足音、夜の悲鳴、クリケットの騒音などが、印象的な音として日記に記されている。空の模様、無限の地平線と平原などに圧倒され、感動する。」
ミロ自著「私は愛着と衝動で動いている、キャンバスに向かうと私の脈動が命じる行動を果たす。衝撃に従って絵を描き始め、現実から遊離する。きっかけはカンヴァスの小さな木屑、垂れる水かもしれない、指をなすった跡が卓上で光っている。光を当てられ輝く埃からさえ、私は遊離する。いったん飛び立てば創造は連鎖的に誘発する。」
ミロからYvon Taillandier「ものはゆっくりやって来る、私の語彙は1度でなるものではない、自然の摂理に従って熟すのを待つしかない。私は水になり頭脳的に接合することで、同時に複数の仕事をする。」
ミロ自著「我々は正体不明であるべきだ、今日我々は実体に必要なものを提供しなければならない。しかし同時に絶対的に孤立した表現、完全に無政府状態の定款が不可欠である。何故かって???深い孤絶の表現とは個体を明かさず、ローカルな部分からユニヴァーサルに連なる事だから。」
ミロ自著「私はペシミストで、全ての事は暗転すると思っている。もし私の作品にユーモアを感じる人があれば、それは全く意図されたものではない。それは私が抱えていた悲劇から逃れ得る唯一の手段として、心ならずも伴ったリアクションだった。」
*セザンヌ
Hajo Duchtiong著
De la Nature a l’Art
Taschen 2009
ISBN 978-3-8365-1011-0
昔からセザンヌの余白が気になっていた。は今年ブリュッセルに出店、安いから結構はやっている。Taschen社版で見てもセザンヌはいい・・・好きだなぁ・・・・・・
Zolaからセザンヌ「貴方の夢を画布にのせなさい、この美しい夢は金色に彩られ、貴方が作る理想の愛を刻印するでしょう。」
セザンヌからZola「しかし君、アトリエで描かれる全ての作品は内的な心象風景なんだよ、戸外の風景では無い。野外で製作していると、その心象風景に対照的な素晴らしい風景に驚かされる。」
Zolaからセザンヌ「大衆は駄作と傑作を見抜く目をほとんど持ち合わせていない。赤や白、刷毛のあと、画布とキャンバスしか見ていない。駄作と傑作を見抜く目とは物を見る目ではなく、神から啓示を受けた美意識じゃないかしら。」
セザンヌからEmile Bernard「パリ画壇の質がこのまま低級なら、その原因は毒にも薬にもならないような作品ばかり並べているからだ。個性的な情緒表現、観察に優れた作品を採択するべきだ。」
「画家は自然に学ぶ事に専心しなければならない、自然の教訓を画布に写し取る事を試みるべきだ。」
「私はゆっくりとだが、自然が私にもたらす複雑な賜物に取り組んでいる。興味深い進展が見られ、自然の形を注意深く見て正確に感知しなければならない。更に自分の表現とする時には、洗練と力を持たなければならない。それは稀な事だ、芸術は並外れて独自な訴えかけをするしか方法は無いのだ。」
セザンヌからLouis Leydet「美しい自然に十分な印象を持てれば、男性、女性、静物画いずれにも、芸術的に素晴らしい共感を得られるだろう。」
セザンヌからEmile Bernard「我々にとりルーブル美術館は読む事の出来る本なのだが、先駆的絵画に充足してはならない。我々が美しい自然に出でるには既存のエスプリを取り除き、個性で表現できる新たなものを探求するべきなんだ。」
セザンヌからLouis Aurenche「私が生きている自然への強い感受性は、全ての芸術的概念に必要なものだ。自然の偉大さや美に癒されるには、我々の知識や情緒ではなく、非常に長い経験が不可欠だ。」
セザンヌからJoachim Gasquet「芸術は自然との調和だけど、芸術は自然の下に常にあると思う?馬鹿げた想念だけど・・・」
セザンヌからVictor Choquet「僕はいつもこの国に宝物を贈ろうと躍起になってきたけど、高度で豊かな絵画文化は結局ここにはない。」
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