画家の手紙


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*カンディンスキー
2011年8月6日更新
Le Salon de musique de 1931
ストラスブルグ美術館所蔵
L’Oreal de Salon de musiqueにより寄贈

ストラスブルグ美術館カタログより
Vassily Kandinskyには4枚の重要な連画がある:
1.1914年、ニューヨーク・パークアヴェニューにあるEwin R.Campbellのアパート=現在MoMAの「四季」
2.1916年春、モスクワ近郊Akhtyrka、Abrikosoffの田舎屋に設置された3点
3.1922年ベルリン、Juryfreie Ausstellungの部屋の壁に貼り付けられ、5点の下絵はパリ・ポンピドー開館時展示された、Le Salon de musique de 1931。 4.1931年ベルリンBauausstellung、3.の作品を陶器タイルで壁画として再創造した。
「Le Salon de musique de 1931」はまるで図形楽譜、音のイメージが漠然と湧いてくる。美術館の一角を仕切り、壁三面に陶器で作られている。 1931年3月に開催されたベルリン建築フォーラム バウハス展の際に、当時バウハウスのディレクターであったミース ファン デル ローエの依頼で、カンディンスキーがセラミックを用いてつくった音楽サロン、当時のグランドピアノが書簡の書き手Helene Kortingとともに写真に残っている。しかし展覧会終了とともに破壊され、1975年パリ、galerie Artcurial開館時に、バウハウス時代の生徒により再製作。ストラスブルグ美術館のセラミックは陶芸家による、一角にダンボールに描かれたカンディンスキーの3枚の下絵が展示されている。
土曜日の午後珍しく家にいるので、この作品の製作・展示過程に交わされた書簡を読んでみた。

Helene Korting からカンディンスキー教授への書簡
同カタログ
Vassily Kandinsky
Le Salon de musique de 1931 et ses trios maquettes originales
ISBN 2-35125-045-1

要約:わたやゆうこ

ベルリン、2.21 1931年、タイプ打ち

恐らくわたしどもの事はWill Grohmann氏からお聞き及びでしょう。去年Kaiser Friedrich美術館の重要な再開発計画に伴う資金援助を、陶器部門にも拡大しました。我々は新技法による新たな作品を展示、製作者達はここで一段と知名度を高めることが出来るでしょう。この展示は「Exposition d'architecture ベルリン」のアトリエに設置されています。私はいわゆる官僚主義者=Fonctionnalistesが、徐々に欠けていくように思います。幾度かあなた方の「Flechtheim ギャラリー、ベルリン」にも行きました。Will Grohmann氏は私が貴方の作品に感激したことをよく知っています。貴方の非常に新しい手法による「Le Salon de musique de 1931」は、革新的な効果を寄与するでしょう。次回ベルリンにいらした時、是非ご見解をお知らせ下さい。

ベルリン、2.28 1931年、タイプ打ち
私は来週3月3-4日にDessauを訪問いたします、その際色見本をお持ちします。Siedier教授は我々の展示候補場所に「栄光の庭=Cour d’honneur」として、約12mの壁を新設しました。貴方と一緒に最適な寸法を協議しなければなりません。私はこの作品を、なにかに嵌め込むつもりはありません、この作品が壁を形成するべきだと思います。悪い風邪をひいてハンブルグに戻りましたが、遅くとも来週水曜日にDessauを訪問したいと思っています。また日時をお知らせいたします。

ベルリン、3.10 1931年、タイプ打ち
貴方の3月6日付けお手紙に感謝いたします。昨日ベルリンでSiedier教授にお目にかかりました。展示する部屋の機材について、素焼きの陶器など、より明るく見える素材を使うことに全面的に賛成です。今日の午後貴宅を訪問できて嬉しく思っています。我々は電話などでも連絡しあって、綿密に打ち合わせて行きましょう。

ベルリン、3.16 1931年、タイプ打ち
お邪魔したくないのですが、素焼き陶器の色調、陶器タイルの寸法など、使用建材について伺いたいのです。この実現に多くの可能性があることは非常に嬉しいのですが、時間はどんどんたち、陶器製品には予見できないことが起こります。お返事をお待ちしております。

ベルリン、3.20 1931年、タイプ打ち
今日貴方の下絵レイアウトが届きました。我々はこれに基づき、陶器タイルの割り振りを初めていきます。大量の陶器の接合はそれほど楽ではありません。貴方のプロジェクトを砕身して尊重しながら、陶器で表現できる最良のものを創りあげたいと思っています。

ベルリン、3.26 1931年、タイプ打ち
貴方のお勧めどうり、我々の展示場所「Exposition d'architecture」のアトリエを整備するために、Giesenschlag氏と連絡をとりました。Giesenschlag氏はアトリエにお越しくださるそうです。彼は貴方の下絵レイアウトと、我々が提示している建材をご覧になり、大きな関心を示されました。より確実性を求めて、私は昨日我々の技術者Halbhuber氏にも助力を依頼しました。
至急ご返信いただきたい事:
1. 展示室の天井:色調、明度、どういうタイプの建材か
2. 照明と設置方法
3. 床の塗装:建材と色調
4. 展示室の外面壁:入室する扉の寸法、窓の取り付け
見取り図をお送りください。これらは天井、窓、床の塗装から全体の色調が効果的に見えるように、全て貴方一人に決めていただきたいと思います。出来ればベルリンで実際に見て、Mies van der Rohe教授と検討して頂くのが良いと思います。至急ご検討下さい。
水曜日我々はマイセンで陶器タイルの切り分けに立ちあい、来週梱包されます。陶器の色や艶は既に私が選びましたが、最良の効果を得るために試行錯誤を繰り返すべきだと思います。出来るだけ早くご返信くださるのをお待ちしています。

ベルリン、4.14 1931年、タイプ打ち
貴方のカードに感謝します、貴方の意見は全面的に正しいと思います。各段階の仕事は、往々にしてやり直しを余儀なくされます。タイルのサイズは接合に便利なよう拡大しました。60cmの赤い円には手で切ったタイルを使います。貴方はマイセンで製作した私の彫刻をご覧になりませんでしたが、これは今私が意図している赤い円の色調と近いので、是非お目にかけたかったものです。私は最も明るく見える色を選びました。マイセン以外の陶器タイルを取り寄せるつもりはありませんが、ザクセンの工場窯で焼き乾燥させたタイルも使う義務があります。
試用してみなければ発注が出来ないので、共同で仕事をしている製作者を辟易させています。ザクセンの工場窯で焼いたタイルは値段が手頃で、床の塗装に使おうと思っています。昨日Mies van der Rohe教授は、床の塗装にもタイル使用を提案されました。またこの展示室の音響効果についても、多少懸念を示されました。設置する家具類についても彼と協議したいと思っています。
貴方が提案されたグランドピアノの設置については、残念ながら未だ承認されていません。私はグランドピアノの下に、羊毛絨毯かリノリウムを貼ろうと思っています。「Exposition d'architecture」責任者から、設置家具について電話を貰いました。グランドピアノの設置については、タイル陶器の選択が完全に済むまでお待ちいただけるでしょうか?
唯一の懸念は採光です。この展示場所には、ただ一つの扉と窓から自然光が入ります。私は陶器タイルを反射させる反射板を置くべきだと思います。貴方と私は、Mies van der Rohe教授他の人達を説得しなければなりません。

ベルリン、5.13 1931年、タイプ打ち
この数ヶ月があっという間に過ぎました。貴方のご返信に感謝します。神は我々の仕事を賞賛されています、グランドピアノは遂に、黒い壁の前に設置されました。奥と右に丸テーブルと椅子が三脚、質素な灰色の花瓶に私の庭で切った花がいけてあります。ここではそれほど多くの特別展が開催されるわけではありませんが、貴方の5m×7mの作品設置・記念特別展の開催は大成功でした。 新聞紙上にこの大きな作品の写真を掲載するのが難しく、それはそれでいいと思います。資金が許す範囲で、貴方のお書きになったこの展示室の下絵も、展示したいと思っています。
私は特に陶器タイルに表現する貴方の作品について、もっとゆっくり勉強するべきだったと悔やんでいます。ベルリンから連絡するのをやめないでおこうと思います。貴方がいらっしゃるDessauで暮らしたいとさえ思います。




*ミロ
Roland Penrose著
World of Art Miro
Thames and Hudson
ISBN 0-500-20099-B

出典:Miro「Je reve d’un grand atelier. XX Siecle vol.1−no.2 1938年」
要約:わたやゆうこ

ミロはどの絵を見ても楽しかった。私はこの書簡を読み、ミロの悲劇を理解していなかった事を深く恥じた。

ミロからYvon Taillandier1923年頃「私はシューレアリストが好きだった、絵を出来上がったものとして見ないからだ。実際絵に蒔かれた種が成長するのを待ち、花咲く春が来るかどうか、種が根付いたかどうかを見極める必要がある。私は庭園師のように働いている。」

ミロ自著「大きなアトリエで夢想に耽っている、Harlequin’s Carnavalのために沢山のスケッチをした、夜中に食事をせず飢えの幻覚を表現した。去年私はあちら側に行きたくて、詩から多くのヒントを得た。
‘Woman in front of the sun 1938年’を製作した時、絵はスパーク、圧倒的な幻惑で無ければならないと思った。

ミロから著者Roland Penrose「(ミロの作品中最も輝かしい)Constellation(星座)のマテリアルは、常に私をエキサイトさせ、偉大な豊かさに立ち向かわせる。油絵を製作後ブラシをガソリンに浸し、白紙で拭う時、何ら次の過程についての予感は無いが、白紙に残るシミは私を快い気分にさせてくれる。人、動物、星、空、月、太陽などのフォームが立ち昇り、私は全てチャコールグレーのこの世界に偉大な精神を感じる。これら全ての素材を均等に並べてみた事があるが、私はグァッシュ=不透明水彩絵の具で描く画法に取り掛かり、原始的だが詳細な細工を施し、長時間を要した・・・・」
同・1940年夏「1940年「私達はドイツ軍が侵攻しているVarengevilleを速やかに離れ、パリへの汽車の中でConstellation(星座)を腕に抱えていた。パリからバルセロナ−パルマへと移り、誰とも会わず誰にも知られない平和な暮らしをする事が出来た。
世の中を深い地獄に陥れるナチズムの台頭を避け難く、私は絶望的な気持ちだった。海水が即座に掻き消す砂の上にこの絶望感を描いてみたり、紫煙のアラベスク模様を、ヒットラー一味の腐敗と悪臭にまみれたこの世から、星の高さにまで巻き上がり、この世を愛撫する自由のシンボルとして描いてみたりした。」

アンドレ・ブルドンの手紙「ミロのナイチンゲールの歌は宇宙の秩序を貫く、我々の状況を完全に描写している。」

ミロからYvon Taillandier「私の好きなテンションは、詩、音楽、ガウディ建築などに見出される。農村の馬、荷馬車の軋む音、足音、夜の悲鳴、クリケットの騒音などが、印象的な音として日記に記されている。空の模様、無限の地平線と平原などに圧倒され、感動する。」

ミロ自著「私は愛着と衝動で動いている、キャンバスに向かうと私の脈動が命じる行動を果たす。衝撃に従って絵を描き始め、現実から遊離する。きっかけはカンヴァスの小さな木屑、垂れる水かもしれない、指をなすった跡が卓上で光っている。光を当てられ輝く埃からさえ、私は遊離する。いったん飛び立てば創造は連鎖的に誘発する。」

ミロからYvon Taillandier「ものはゆっくりやって来る、私の語彙は1度でなるものではない、自然の摂理に従って熟すのを待つしかない。私は水になり頭脳的に接合することで、同時に複数の仕事をする。」

ミロ自著「我々は正体不明であるべきだ、今日我々は実体に必要なものを提供しなければならない。しかし同時に絶対的に孤立した表現、完全に無政府状態の定款が不可欠である。何故かって???深い孤絶の表現とは個体を明かさず、ローカルな部分からユニヴァーサルに連なる事だから。」

ミロ自著「私はペシミストで、全ての事は暗転すると思っている。もし私の作品にユーモアを感じる人があれば、それは全く意図されたものではない。それは私が抱えていた悲劇から逃れ得る唯一の手段として、心ならずも伴ったリアクションだった。」



*セザンヌ
Hajo Duchtiong著
De la Nature a l’Art
Taschen 2009 
ISBN 978-3-8365-1011-0

昔からセザンヌの余白が気になっていた。は今年ブリュッセルに出店、安いから結構はやっている。Taschen社版で見てもセザンヌはいい・・・好きだなぁ・・・・・・

Zolaからセザンヌ「貴方の夢を画布にのせなさい、この美しい夢は金色に彩られ、貴方が作る理想の愛を刻印するでしょう。」

セザンヌからZola「しかし君、アトリエで描かれる全ての作品は内的な心象風景なんだよ、戸外の風景では無い。野外で製作していると、その心象風景に対照的な素晴らしい風景に驚かされる。」

Zolaからセザンヌ「大衆は駄作と傑作を見抜く目をほとんど持ち合わせていない。赤や白、刷毛のあと、画布とキャンバスしか見ていない。駄作と傑作を見抜く目とは物を見る目ではなく、神から啓示を受けた美意識じゃないかしら。」

セザンヌからEmile Bernard「パリ画壇の質がこのまま低級なら、その原因は毒にも薬にもならないような作品ばかり並べているからだ。個性的な情緒表現、観察に優れた作品を採択するべきだ。」
「画家は自然に学ぶ事に専心しなければならない、自然の教訓を画布に写し取る事を試みるべきだ。」
「私はゆっくりとだが、自然が私にもたらす複雑な賜物に取り組んでいる。興味深い進展が見られ、自然の形を注意深く見て正確に感知しなければならない。更に自分の表現とする時には、洗練と力を持たなければならない。それは稀な事だ、芸術は並外れて独自な訴えかけをするしか方法は無いのだ。」

セザンヌからLouis Leydet「美しい自然に十分な印象を持てれば、男性、女性、静物画いずれにも、芸術的に素晴らしい共感を得られるだろう。」

セザンヌからEmile Bernard「我々にとりルーブル美術館は読む事の出来る本なのだが、先駆的絵画に充足してはならない。我々が美しい自然に出でるには既存のエスプリを取り除き、個性で表現できる新たなものを探求するべきなんだ。」

セザンヌからLouis Aurenche「私が生きている自然への強い感受性は、全ての芸術的概念に必要なものだ。自然の偉大さや美に癒されるには、我々の知識や情緒ではなく、非常に長い経験が不可欠だ。」
セザンヌからJoachim Gasquet「芸術は自然との調和だけど、芸術は自然の下に常にあると思う?馬鹿げた想念だけど・・・」

セザンヌからVictor Choquet「僕はいつもこの国に宝物を贈ろうと躍起になってきたけど、高度で豊かな絵画文化は結局ここにはない。」