Samuel Scheidt1587―1654
シャイトと北独オルガン音楽
H・ヴォ-ゲル著、シャイト第2巻序文

H・ヴォ-ゲル著、1600年前後北独派の演奏法


H・ヴォ-ゲル著、シャイト第2巻序文



[Tabulatura Nova Teil II第2巻] Edition Breitkopf 8566 1998
Harald Vogel 著 「序文」1998 
和訳要約:綿谷優子
著者自身より要約許可、掲載許可取得済み
転載・コピー厳禁

1.音名はド―レ―ミ―ファ―ソ―ラ―シ―ド、ド#、レ♭、
調性は、C-dur, c-moll, D-dur, d-moll等、ドイツ音名を使用しています。
2.注○番はHarald Vogel第2巻Notes P. 168-171の略、*印は訳者注
3.この和訳はHarald Vogel自身のサインのある英訳から行なわれています。卓越した英語力を持つ同氏の英訳は精緻に書かれており、ブリュッセル市王室礼拝堂オルガニスト:アラン・ジェームス氏の助力により、ネイティヴ英語のコンテクストを得た事を深く感謝致します。

Harald Vogel 著 「序文」1998
18世紀以前ドイツで出版された鍵盤楽器作品集として最重要なのが、Samuel ScheidtのTabulatura Novaである。1624年58作品を含む3巻、変奏部分の断片も含めて255曲の作品集が出版された。16―17世紀他の鍵盤楽曲記譜法と比べると、最も一般的に用いられた書式;オリジナル・オープン・スコア(総譜)で書かれ、全764ページの楽譜、3巻から成る。それまでの鍵盤音楽史上、最大規模の曲集と言える。「Tabulatura 」は1620年頃から西欧各地で出版された壮大な連続出版物タイトル語の一つで、単一作曲家によるレパートリーを示している。この中に
Manuel Rodrigues Coelho.「Flores de musica」Lisbon 1620
Jean Titelouze「the hymn and Magnificat collection 」Paris, 1623, 1626,
フレスコバルディ、トッカータ第1・2巻、ロ―マ、1624, 1627,
Francisco Correa Arauxo 「Facultad organica 」Alcalá 1626
等が含まれる。
ひとつの局面としてSamuel ScheidtのTabulatura Novaは、16世紀ドイツ語圏での対位法鍵盤楽器音楽の規範が高められた事を如実に語り、16世紀の対位法的声楽曲から因習を解放した。
Bernhard Schmid the Elder 1577
Jacob Paix 1583
Bernhard Schmid the Younger 1607
Johann Woltz 1617
等のマヌスクリプト・タブラチュア・ソース、広範囲のフォームを含むタブラチュア共に、印刷・出版された。まだ当時鍵盤楽器奏者の主な役割は、モテット(声楽曲)を編曲して演奏する事だった。
Cleveland Johnson「Vocal Composition in German Organ Tabulatures, 1550―1650」
A Cataloque and Commentary New York & London 1989を参照。
他の局面としてSamuel ScheidtのTabulatura Novaは、過去に出版された権威的先例から作曲家を解放するためのモデルを提供している。というのは、1512年にArmolt Schlick 「Tabulaturen etlicher lobgesang 」が、単一写本では無く他作曲家の作品を含む初めての曲集としてドイツで出版されて以来の本格的曲集だったからである。シャイトはアムステルダムのスウェーリンクの下で学ぶ間に習得した、名人芸を発揮するオルガン曲をおさめた。全集版として作られたこのオルガン曲集Tabulatura Novaの全体的性格として、作曲家に正当と認められた現存するシャイト自身の全ての重要作品を集めている事が挙げられる。
シャイトがマヌスクリプト・ソースに保存していた数曲の鍵盤楽曲・新版は、
Scheidt Gesamtausgabe 近刊
「Vol.5, originally Published in 1937 editorship of Christoph Wolff 」に出現している。初期変奏曲の幾つかの作品は再編されたが、他の初期作品は、偉大な全集としてのTabulatura Novaのコンセプションに合わないという理由から除外された。
Pieter Dirksen 「Der Umfang des handschriftilich überlieferten Clavierwerkes von Samuel Scheidt, in Schütz―Jahrbuch 13 1991 P. 91―123 」参照
これとは完全に異なる様相を呈している、いわゆる「Görlitzer Tabulatur」と呼ばれる曲集は、高度な和声書法を施されたソプラノ旋律を持つオルガンの為の100のコラールが含まれ、1650年シャイト自身により出版された。シャイトは、作品の90%以上が当時の出版フォームにより知られていた僅かな作曲家の内の一人だった。同時代の作曲家Hieronymus Praetorius, Michael Praetorius等も同様に、広範囲の彼等の出版について自ら監修を行なった。
シャイトは師スウェーリンクの傑出した前衛的鍵盤テクニックと、同時代ルター派典礼音楽レパートリーにふさわしい体系的な秩序を結合させた。このコンテクストにおいて、Tabulatura Nova全3巻の曲順は注目に値する。第1・2巻は名人芸的マスターワーク、一曲ごとにユニ―クな着想を示していて、種々のアプローチ方法に一つとして同じものがない。これに対し第3巻はルター派典礼音楽レパートリーで、日々の典礼音楽としての用途以上に、凝縮した対位法的手法にまで達している。
第1巻は主として変奏曲が収められ、このような変奏曲はシャイト以前の出版譜、マヌスクリプト・コレクションに見られ比較し得る大量の変奏曲フォームにおいて、いずれにも現出していない。第1・2巻の変奏曲には、2声書法のフォーマルな可能性がおびただしいバラエティで提示されている。すなわち、名人芸的フィグアを持つ左手、二重対位法、Christ lag in Todesbandenの第3verseに見られる拡大コラール・ファンタジア形式等、あらゆる可能性が試行されている。シャイトはこの第3verseにおいて、ハンブルグのHeinrich Scheidemann, Jacob Praetorius他、リューベックのFranz Tunder, Dietrich Buxtehude等、後のオルガン作曲家が発展させたフォームに示唆を与える形式に近づいた。厳格対位法のレアリゼーション、名人芸的フィグアの欠けたコラール・ファンタジアは、「Ich ruffe zu dir」、hymnsの序曲的verse、第3巻マニフィカートに見出される。シャイトは特に自由書式作品で、第一セクションから次セクションへと緊密に橋渡しをする手法を編み出し、師スウェーリンクと特徴的コラール・ファンタジアから学んだ部分連結規則に適応させた。シャイトはバス・コラールにおいて、非連続の部分に関連性を与えてひとつのシリーズとし、変奏曲の曲間をより緊密にした。これにより、個別のverseが必要な宗教的コンテクストの内に適切に挿入される事を可能とした。この面から見て、西欧カトリック圏での交唱verseが開拓され、豊かなレパートリーへと発展した。
第3巻は、ミサ・夕方礼拝に提供するルター派典礼音楽レパートリーが集められている。第1・2巻に見られる多様な宗教・世俗混合様式作品は、典礼の必要性に直接かかわる領域では第3巻に譲っている。
作品第1・2巻の世俗変奏曲は明らかに国際性を明示しており、オランダ・イタリア・ドイツ・フランス・英国等のモデルから影響を受けている。現存するシャイトの器楽曲集「 Ludi misici I 1621, II 1622, IV 1627 」にも、やはりこの傾向が見出される。
Samuel ScheidtのTabulatura Novaには、4ファンタジア、2フーガ、1エコー、1トッカータと8つの自由書式作品が収められ、各々のフォーマル・デザインが明確に具現化されている。後にブクステフーデの自由書式作品において絶頂期を迎えるフォームにおいて、シャイトは明確なパターンを規範とした。5部分からなるトッカータ「In te, Domine, speravi」は、自由書式部分と対位法的模倣部分がシンメトリーに現われ、自由書式―対位法的模倣―自由書式―対位法的模倣―自由書式という交互に循環する形式を採り、この特殊なアプローチでのドイツ初めての例証となった。このフォーマル・プランは、特にブクステフーデの作品に見られる17世紀の発展において、非常に重要な役割を果たした。更に、J.S.バッハ「Clavierübung 第3巻 Prelude Es dur」にも引き継がれて行く。このトッカータ「In te, Domine, speravi」はヘクサコード(ド―レ―ミ―ファ―ソ―ラ―ソ―ド)で書かれたフーガ主題を使用している事から、シャイト音楽の中でも中核をなす作品で、Tabulatura Nova第1巻冒頭のシャイトのポートレイト下に描かれている、2段の楽譜に使われたヘクサコードが元となっている。このテーマが「In te, Domine, speravi (*I put my trust in God)」のテクストに使われ、原典に基づくシャイト自身のテクスト、旋律モットーともなった。
第1巻No.3 Verse 2とCanon12の「Vater unser im Himmelreich」は、シャイトの「Cantiones sacrae of 1620, No.32 Verses 2 と5」から、2つの定旋律が大部分組み合わされてできている。オルガン用に書かれたものに、テクスト・ヴァージョンが再編されたと考えられる。Canon11と「O Lux beata Trinitas」とが、1624年版Tabulatura nova 16番 verse 7に組み合わせで出現し、1635年「Geistlichen Konzerte 1635」第3巻No.16、 Verse 7には、Canon11と「Te mane laudem」が組み合わされている例にも見る事が出来る。
第1巻No.3 Verse 2とCanon12の「Vater unser im Himmelreich」以外には、第1巻の2つのクーラントがこの例に匹敵するが、それまでの初期対位法のプロトタイプにかかわる作品集には、こうした組み合わせの例は見られない。「Ludi musici」第1巻 No.17、No.20の5声クーラントは、Tabulatura Nova第1巻では声部縮小されて4声クーラントとなっており、声部減少した興味深い例証として挙げられる。16世紀、対位法作品の声部減少の過程は、オープン・スコア(総譜)から鍵盤楽器用2段譜へ書き換えるオルガニストの基本的課題となっていて、ドイツ・タブラチュアの序文にこの手順のガイドラインが述べられている。(Wilhelm Merian 「Der Tanz in den deutschen Tabulaturbüchernライプツィヒ、1927」参照。Harald Vogel「Zur instrumentalen Aufführungsweise des Motettenrepetoires・・・in Orgel und Orgelspiel im 16. Jahrhundert, Tagungsbericht インスブルック1977」に詳細がある。しかし声部減少の手法はイタリアのディルータ「Il Transilvano第2巻、ヴェニス1609」に、外声部を枠として残し、内声部を左手・右手で自由に選択して弾いて行く手法が初めて紹介されている。
声楽曲の鍵盤楽器部分が2段譜に6声部以上書かれている場合、鍵盤楽器奏者用に声部を減少する必要があった。Hieronymus Praetoriusオルガン・マニフィカート:8声部は、当時基本とされた8声部のダブルコーラス・マニフィカート用に書かれており、声部減少手順の例証である。対してスウェーリンクの対位法的鍵盤楽器作品コンセプトは、ノーマルな対位法の合成で、4声部以上を越える事はない。
スウェーリンク・スタイルの伝統的2.3.4声部書法は鍵盤楽器作品の標準規格となり、シャイトの変奏曲楽章における対位法の基本配置アプローチとして使用され、又シャイトにより飛躍的に発展した。同様の声部書法についての整合性はシャイトのヘクサコード・ファンタジア第1巻P. 56第4番にも見られ、5部分から成る各部分の声部書法は、各部分2―3―4―3―4声部と変化する。
このアプローチで例外的なのは、典型的Plenum Pieces[*オルガンの(16‘)8‘ 4‘ 2‘ ミクスチャのレジストレーションを使って、リードはペダルのみに使用する]第3巻「Modus ludendi...」で、鍵盤4声部、ペダル2声部の6声部で書かれている。この作品のイディオムは通常即興的に奏者が弾くものを、モデル・ケースとして譜面に表した唯一の例で、このような書式のコンテクストは変奏曲にはない。この他に、2つのマニフィカートverses(第3巻マニフィカートIIIとVIIIの第5番verses)、2つのhymn verses(第3巻XIIIとXVの第7番verses)には「pedaliter」の指示が書かれ、「pedaliter」とは鍵盤を演奏しながら、オブリガート・ペダルが付く事を意味する。これらはマニフィカートversesの為の交唱ヴァージョンで、鍵盤楽器でカノンを演奏する。第1巻No.4「Canones aliquot」P. 147 3声カノンは、1段鍵盤ペダル付きオルガンで弾く場合響きの意図が手鍵盤だけでは実現出来ないので、ペダル付きで弾いても良い。
第1巻最後の「12のカノン」は、シャイトが学んだ対位法声部書法のマスターワークとも呼ぶべき作品。カノン技法に不可欠な全てのバラエティが、ここに集約されている。すなわちシャイトの100年前、Arnolt Schlich「Canon sine pausis」に用いられた、二重になって同時に主題の入りをする手法(バス・ソプラノで二重テーマを同時に弾く奏法)、第1巻カノンNo.11,12(P. 156, 156 )のような、即興的alla―menteアプローチは、Zarlinoにより既に記述された技法、更にユニゾン・カノンは1600年頃ポピュラーだった手法で、逆行カノン(シャイト・ポートレイト上に書かれている例を含む)クラブ・カノン(蟹のカノン)の技法も包括している。
Klaus-Peter Koch 「In te, Domine, speravi, non confundar in aeternum 」
Zur KomP. osition sweise von Samuel Scheidt in:Schütz-Jahrbuch 14 1992 P. 76-89 参照。
1690−1700年カノン技法は徹底的に開発され、W.バードやJ.ブル等英国ヴァージナリスト作曲家により目覚しい機能を発揮した。英国人作曲家はゴシック期の伝統書法に範を採ったが、一方イタリアでも同じく重要なカノン・コレクションが、「マヌスクリプトに現存するCanoni musicali」Lodovico Zacconi等により創られた。
オブリガード・ペダル付き6つのverseを除いて、Tabulatura Novaの全曲が、全て手鍵盤のみで演奏可能であるという事は示唆に富んでいる。第2巻2つの「エコー」を除き、一段鍵盤オルガンないしは弦の張ってある鍵盤楽器が可能である。第1巻の終わり「Imitatio violistica」の項には、シャイト自身が「gelindschlägigen(軽いアクションの)オルガン、リーガル・オルガン、チェンバロ、クラヴィコード等の為に」と記している。これがシャイト自身の意向に合わせたレパートリーを持つ当曲集の基本構想であり、前述の鍵盤楽器は全て演奏可能である。
当曲集における鍵盤スタイルの特質は、自律的な性格を持つフィグレーションにあり、これは16世紀末から17世紀初めの伝統的「コロリスト」といわれるフィグアとは全く異なる。コロリスト達は、基礎となる対位法を常套的・標準フィグレーションで満たし、通常4音を一グループとして演奏する。本当の意味でフィグレーションが自由に解き放たれ、独立した作曲因子として機能し始めたのは、北欧のスウェーリンクによる開拓によってであり、シャイトがその全ての局面を受け継いだ。

[記譜法とスタイル]
当曲集の鍵盤楽器音楽史における重要性を問うなら、通常のオープン・スコア(総譜)記譜が、不可欠の要素として取り入れられた点である。当曲集タイトルの「Tabulatura Nova」は記譜法の斬新さを指示しているのでは無く、含まれるレパートリーの斬新さを意味している。「Tabulatura Nova」のタイトルは広範囲に使われ、オープン・スコアで書かれた「Tabulatura Nova」の目新しさについての記述は、Konrad Brandt:「Beobachtungen und Anmerkungen zu Scheidts TABULATURA NOVA, in:Schriften des Händel –Hauses in Halle, Band 5, Halle 1989」を参照。
当曲集のタイトルは以下に挙げる初期タブラチュア・コレクションの各タイトルに匹敵し、
Johann Woltz 「Nova Musices Organicae Tabulatura 1617」、
Elias Nicolaus Ammerbach 「Ein New Kunstich Tabulaturbuch, 1575」を参照。
Tabulatura Novaに使われている印刷テクノロジーは、北独において新らしいものでは無い。つまりオープン・スコア(総譜)は当時声楽曲出版に流布していた書式だという事は、Michael Praetorius 「Syntagma musicum Part III, Wolfenbüttel 1619」からも明確に分る。このアプローチは、シャイトの名人芸的レパートリーの出版に、最大限煩雑で無く応じられるメソードだった。ドイツ鍵盤楽器タブラチュア記譜の楽譜を出版する事は、実質的に不経済である。というのは、オープン・スコア(総譜)で出版する事は、演奏に不利な条件にさえなるからである。16―17世紀に出版された全ての鍵盤タブラチュアの中には、Johann Erasmus Kindermann 「Harmonia organica ニュルンベルグ、1645」Christian Michael「Tabulatura Braunschweig 1639, 1645」等があるが、書式がシャイトよりずっと単純だった。更に17世紀初期、北独の印刷テクニックでは、英国・オランダ書式(=六線譜、左手・右手の2段譜)で出版する事は技術的に不可能だった。更に当時北独において、銅版刷りでこのような楽譜出版を行なう事が流布していなかったという事実が決定的である。
初めての北独・銅版刷り楽譜出版は、Johann Ulrich Steigleder 「 Ricercar tabulaturaシュトットガルト1624」で、又初めて鍵盤楽器演奏用左手・右手2段譜の鍵盤スコアを採択している。この表紙には、作曲家自ら不器用な銅版彫りを試みたと書かれている。次の楽譜出版は、Steigleder 「Tabulatur Buch...dass Vatter unser ストラスブルグ1627 」で、当曲集のように初期の活版印刷活字のオープン・スコア(総譜)で書かれている。
16世紀後期イタリアでは既に使われていたオープン・スコア(総譜)書式のモードは、初期の活版印刷・活字の鍵盤楽器音楽出版においては、当時の印刷テクニックで可能な限り問題が解決されていた。シャイトは、英国・オランダ伝統的書式とドイツ・タブラチュア伝統的書式とを原則的に包括した規範を開発し、伝統を重んじながら新たなスタイルに多大な権威をもたらした規格品として適応させた。イタリアではオープン・スコア(総譜)書式が出版されても実際の演奏に使われた事は無く、実践法はFrescobaldi 「序文:Fiori musicali ヴェニス1635」を参照。
シャイト自筆の「オルガニストのために」と記された序文では、オランダの鍵盤音楽記譜法について、「手の上下交差があると手が不安定な状態となり、演奏者によって様々な処理の可能性が生まれる。しかもこの記譜法では、どれがソプラノ、アルト、テノール、バス声部かを区別する事が難しい。」
当時はまだ様々の理由から、オープン・スコア(総譜)書式で書かれた当曲集は、演奏用にすぐ使えるように書かれた譜面では明らかに無い。というのは、当時のオープン・スコア(総譜)書式は声部同士が垂直に書かれていない(*拍がわかりにくい)だけではなく、1ペ―ジに2―3小節しか印刷出来ない。譜めくりがやたらと多いのに、あまりの分量に部厚くなりすぎ譜面台に乗せる事も難しく、束ねる事も困難な譜面である。シャイトはこの点から、「声部ごとに独立して記譜すれば良い、その後通常のタブラチュア記譜に写せば、写譜を作る時に起こるトラブルは解消する。一声部ずつ印刷されたものや声楽作品のマヌスクリプトから通常のタブラチュア記譜に写せば、(*声部混乱の問題は全て解決する。)」 従って演奏者は、独立した声部ごとに書かれている当曲集のオープン・スコア(総譜)書式から、ドイツ・鍵盤タブラチュア(*左手・右手の大譜表2段譜)に書き写して演奏する。パート譜から大譜表2段譜に書き直す事が、慣習として行なわれていたからである。
このような実践手順の必要性は、Michael Praetoriusの出版されたオルガン曲「Musae Sioniae and Hymnodia Sionia, Wolfenbüttel 1609 and 1611」にも見られる。更に当曲集のオープン・スコア(総譜)書式から、演奏用のドイツ・鍵盤タブラチュア(左手・右手の大譜表2段譜)に書き直す事は、奏者にとって作品の全般的な通覧を行なう好機となり、垂直に声部を読んで書き直して行くことにより、和声進行の外観が掴めるという利点があった。オープン・スコア(総譜)書式は、シャイトの名人芸的レパートリーの為に用意された、一般的に演奏できる譜面を作るために、容易に写譜が出来る事を前提として書かれたフォームである。明らかにシャイトはこの慣習において、彼の音楽を理論的に理解する事が、実践的コンテクストに取り組む前に必要だと考えていた。これは一般的に、音楽家が演奏技述と理論の両面に精通しなくてはならないという理想にも反映している。
ラテン語の献辞は当曲集において初めてドイツ語に訳され、「情け深く音楽的に博識な読者諸氏へ」「オルガニストへ」の2序文がシャイトにより書かれている。シャイトは初めに、当曲集を勉強の為に使うかも知れない博識者へ、次に出版譜から演奏用譜面を写譜して利用する演奏者へ呼びかけたのである。

[演奏テクニックと鍵盤フォ―ム]
Tabulatura Novaは経験豊かな音楽家の為に書かれている。表紙初段には、16世紀多くのタブラチュア表紙に書かれている、「若い初心者のオルガニストへ」という表記が無い。当時、Bernhard Schmid the Younger 1607, Johann Woltz 1617等の出版譜他タブラチュア・コレクションは、徐々に「芸術的に体験を積んだオルガニストへ」というタイトルに変りつつあった事は注目に値する。それでも当時はまだ、特にシャイトTabulatura Nova第1巻のように、教育的傾向は健在だった。例えばAch du feiner Reuter変奏曲(第2巻P. 172 )は、テクニック習得のモデルとして書かれ、唯一第5変奏にはオリジナル運指法が書き込まれている。シャイト時代の伝統的・実践的運指法、アーティキュレーションについては、当曲集「1600年前後の鍵盤楽器演奏テクニック」の項に記した。Ach du feiner Reuter変奏曲全体に運指法の復元が与えられているが、この種のレパートリーで使用される個人的運指法のモデルとして使われた。
17世紀初期鍵盤楽器のサイズは、演奏テクニックと密接な関係がある。楽器構造の詳細については、Michael Praetorius 「De Organographia 1619 (Syntagma musicum Vol II)」に同時代オルガン芸術の基本的概説がある。この概説から、最低音オクターブにいわゆる「ショート・オクターブ」が使用されていた事が明らかである。ショート・オクターブを使うと低音ド#、レ#、ファ#、ソ#が失われ、低音オクターブは;
黒鍵:・・・・・レ・・ミ・・シ♭・・
白鍵:ド・・ファ・・ソ・・ラ・・・シ・・ド
という配置になる。17世紀からこのような楽器サイズは、Esaias Compenius 1610に造られたFrederiksborg, Castle Denmark 収容オルガン等を含む、17世紀初期オルガン、弦を張った鍵盤楽器に顕著に見られる。ペダル鍵盤は往々にして、ショート・オクターブを使用してファ#、ソ#が使われる。ペダル鍵盤低音オクターブは;
黒鍵:・・レ・・・・・・ファ#・・ソ#・・シ♭・・・
白鍵:ド・・・ミ・・ファ・・・ソ・・・ラ・・・シ・・ド
という配置になる。
シャイトの作品の音域は、鍵盤部のバス、ファ#、ソ#を含む4オクターブ(C―b 2:ド−シ2)を越える事は無い。当時音楽が広いインターヴァルを必要とした時には、ショート・オクターブで演奏するしかなかった。当時の状況を反映して、シャイトは補助鍵盤としてファ#とソ#を与える、特殊なショート・オクターブを用いた。これは確かな事であるにも拘わらず、当曲集では殆どショート・オクターブによるファ#、ソ#を含むバスは使用されていない。Michael Praetoriusの記述や歴史的楽器を見ると、バス・オクターブのレ、ミの黒鍵を分割して、同じ鍵盤上にファ#、ソ#を同居させていた。
分割黒鍵:・・・ファ#・ソ#・・・・・・・
黒鍵:・・・・・・レ・・・ミ・・シ♭・・・・
白鍵:・ド・・ファ・・ソ・・ラ・・シ・・ド

このようなバスの分割黒鍵は、17世紀プロフェッショナル演奏家が必要性に応じて、意図する楽器と出会う為のスタンダードな配列だった。一例を引用すると、この配列は1680年にもまだ見られ、Schnitger organ in Cappel (originally located in the Johannis-Klosterkircheハンブルグ)のマニュアル鍵盤に見出される。シャイトのマニュアル鍵盤コンパスはCDE―b 2:ドーレーミからシ2、又はa 2:ラ2、当曲集でb 2:シ2まで使用されている部分は、全巻で8小節しかない。ペダル鍵盤音域はCDE―d 1:ドーレーからレ1。現代楽器で弾く場合は、左手バスをカプル・バスに移行させる。
当曲集の最も意義深く革新的な点は、「Imitatio violistica」という言葉である。この言葉は、2音・4音又はそれ以上の音をグルーピングしてアーティキュレーションする事を、スラーで現す時に使われる。シングル・ストロークで弾くヴィオラ・ダ・ガンバ奏法を模倣して、複数音を弾く時にスラーのかかったアーティキュレーションをシムレーションする事を意図している。

[調律]
シャイトに想定されている調律システムは、17世紀北独で「Preatorianische」と呼ばれる純正3度のミーントーン調律である。ミーントーン調律には8つの純正3度と、11の狭めの(¼シントニック・コンマによる)5度音程が生まれる。必然的に5度圏の終わりソ#とミ♭の間は、減6度、いわゆるウルフが発生するので、H dur, Fis dur, Cis dur...As dur, as moll, b moll, es moll, f mollが使用不可能となる。使用出来る調性の限界を軽減する為に、(*ミーントーン調律のソ#とラ♭、ミ♭とレ#は、現代楽器のように異名同音では演奏できないので)確実に重要な楽器として、ソ#とラ♭、ミ♭とレ#が鍵盤上で分れている分割鍵盤「subsemitones」を持つ楽器がある。H・シュッツはプロフェッショナル用に開発されたこの型のオルガンを、ドレスデン・Hofkapelleに持っていた。しかし当曲集では「subsemitones」の必要な作品は無い。同時代作曲家Jacob Praetorius等に比して、シャイトはミ♭又はレ#を駆使しているが、決してソ#とラ♭、ミ♭とレ#を同作品内で混用する事はなかった。
   Bunde 1998年秋                     Harald Vogel > [完]



Samuel Scheidt [Tabulatura Nova Teil II] Edition Breitkopf 8566 1998
Harald Vogel 著 1998
「1600年前後の鍵盤楽器奏法」P. 145―171



和訳要約:綿谷優子
著者自身より要約許可、掲載許可取得済み
転載・コピー厳禁

Tabulatura Nova第1―2巻には、17世紀初頭、鍵盤楽曲の内最もレベルの高いテクニックを必要とする作品が収められている。シャイトはこの曲集で、驚異的に多様なフィグレーションを駆使して、高いレベルの名人芸的演奏を要求する事で、様式的成熟に達した対位法の規範を提示した。名人芸的鍵盤楽器演奏はTabulatura Novaにより、1625年ドイツにおけるハイ・ポイントにまで達した。
シャイトの演奏テクニックの再現と、彼の時代の基礎となった100年前から遡り系図を辿った論文は、
Max Seiffertは「vierteljahrsschify fr Musikwissenschaft VII 1890 P. 145-260を
「J.P. Sweelinck und seine direkten deutchen Schüler (1891)」として出版、
「Denkmäler Deutscher Tonkunst (1892)」Tabulatura Nova Vol.1、
Sweelinck complete works Vol.1 1894、
Sweelinck complete works 新版 は1943、Max Seiffert
Max Seiffertは又彼の「Geschichte der Klaviermusik Max Seiffertライプツィヒ、1899年」で、初期運指法の発達に関する概説を行なった。この版で彼は、16世紀初頭から18世紀前半までのオリジナル運指法とアーティキュレーション・インストラクションについて比較を論じ、ドイツ・イタリア・スペイン・英国・フランス、オランダから20人以上の著者を挙げ、演奏テクニックにおけるオリジナル文献を伴うスタイルについてのクリティカルな論議を展開した。
1915年アーノルド・ドルメッチは、運指法とアーティキュレーションの相関関係を初めて分析し、実践的な演奏テクニックに多大な貢献をした。
Arnold Dolmetsch 「The Interpretation of the Music of the Seventeenth and Eighteenth Centuries, London 1915 Reprint シアトル、ロンドン、1969」
しかし彼の演奏解釈には誤解が在り、当論文P. 163 に記述した。Alexandre Guilmantは1904年当時としては初めて、初期から20世紀に至る広範なオルガン・レパートリーを大規模なシリーズとしてオルガン・コンサートに組み、鍵盤楽器におけるフランス音楽・演奏テクニックの概観を示した。
[The Forty Programs at Festival Hall/World's Fair, St. Louis/together with/Annotations... St. Louis 1904,
再出版では Alexandre Guilmant's Organ Recitals, Richmond VA 1985 ]を上梓した。彼の死後、論文「La musique d’orgue:les formes, l’exécution, l’imProvisation in Vol. 2 of Lavignac’s Encyclopédie de la musique, Paris 1926, P. 1125-1180」が出現した。
過去10年間に出版された内、訳されている最重要・学術論文、オリジナル運指法を伴うコレクション、教育マニュアル、縮小版文献等は下記一覧を参照。オリジナル運指法の書き込まれた最重要・北独文献のシリーズは、 「Die Helmstedter Tabulatur 1641, ed.by Harald Vogel 」に刊行の予定。

既訳されている最重要学術論文
ハンス・ブヒナー「フンダメンタム、ca.1515 」in: Das Erbe Deutcher Musik 54 1974, ed. By Jost Harro Schmidt
トーマス・デ・サンタマリア「Libro llamado Arte de tañer Fantasia,Valladolid, 1565、 in:Eta Harich-Schneider and Ricard Boadella, Fray Tomás de Santa Maria...Kap XIII-XX, ライプツィヒ、1937、第2版他は原文注5番参照」
ジロラモ・ディルータ「イル・トランシルヴァーノ、Venedig, 1593(Vol.1)1609(Vol.2 )」in:Karl Krebs, Girolamo Diruta’s Transilvano, in:Vierteljahrsschrift für Musikwissenschaft VIII 1892 P. 307-388, and in:Edward John Soehlein, Diruta on the Art of Keyboard Playing:An Annotated Translation and Transcription of Il Transilvano, Parts I 1593 and II 1609 Diss. ミシガン大学1975 」
フランシスコ・コレア・デ・アラウホ「Libro de tientos y discuros de musica Pratica y theorica de organo, intitulado Facultad organica, Alcalá, 1626」
新版他は原文注5番参照

オリジナル運指法文献:
アーノルド・ドルメッチのAppendix [The Interpretation of the Music of the Seventeenth and Eighteenth Centuries, London 1915, reprint, Seattle and London 1969]
マリア・ボクソールとMark Lindley編「Early Keyboard Fingerings. A Comprehensive Guide, London 1992」

重要な教育マニュアル:
Sandra Soderlund 「Organ technique, An Historical Approach. Chapel Hill, NC, 2nd ed. 1986」
Jon Laukvik「 Orgelschule zur historischen Auffϋhrungspraxisシュトゥットガルト 1990 」

縮小版文献:
Julane Rodgers「 Early Keyboard Fingering, ca. 1520―1620. D.M.A. thesisオレゴン大学 1971 」
Ludger Lohmann「Studien zu Arikulationsproblemen bei den Tasteninstrumenten des 16.―18. Jahrhunderts, Regensburg 1982 」
Barbara Sachs and Barry Ife「Anthology of Early Keyboard Methodsケンブリッジ 1981 」

広範な文献一覧は、「Die Helmstedter Tabulatur 1641, ed.by Harald Vogel 」に挙げられる。初期運指法についての膨大な資料検索と長い間の実践経験が、これから書かれる16―17世紀鍵盤楽器レパートリーの演奏テクニック記述における立脚点となった。バロック・ヴァイオリニストとして活躍したSol Babitz (1911―1978) の助力により、私は初めての実践的ガイダンスのアイディアを1960年に獲得した。オリジナル運指法の記載には多くのディテールと、オリジナル運指法が演奏テクニックにおいて優れる点が記され、演奏に必要な洞察を賦与する。北独派の演奏テクニックを紹介する論文はそれほど知られていないが、シャイト以降の包括的論文は、1626年F.C.de Arauxo:アラウホ「Facultad organica」が出版されている。

[運指法の原則]
運指法には6つのメイン・エレメントがあり、基本的な勉強は下記4つの原則に分けて行なわれる。
1. Position Fingering
2. Paired Fingering
3. Step-Over Fingering
4. Thumb-Under Fingering
これら4つの基本原則は、フィグレーション・コンテクストにおける単声(大部分は速い音価)の運指法である。運指法はFiguration Fingeringコンセプトと、対照的にGriff Fingering:隔度音程と和音を弾く時に用いるPosition Fingering、という2つのコンセプトに分類される。(*Griff=猫足状態で指を移動させる運指法)
「良い音」に「良い指」をあてる方法は、独立した運指法エレメントなので後述する。

1. Position Fingering
鍵盤上に手を置いた時の、自然な指の位置から運指を決める方法。
この運指法は、「Applicatio naturalis」として書き表されている。このPosition Fingeringが、殆どの運指法システムの基礎となっている。
16世紀の資料は、指番号の規定が多様な方法による:
ハンス・ブヒナー「フンダメンタム、ca.1515 」、親指から5―4―3―2―1
トーマス・デ・サンタマリア「Libro llamado Arte de taer Fantasia,Valladolid, 1565 ライプツィヒ、1937」、親指から1―2―3―4―5の現代的指番号、
Elias Nicolaus Ammerbach「Orgel oder Instrument Tabulatur ライプツィヒ、1571/83、注19番P. 169参照」、親指から0―1―2―3―4
英国ヴァージナリストは左手親指から5―4―3―2―1、右手親指から1―2―3―4―5、 現在でも有効な指番号
シャイトの時代北独では現代運指と同じく、左手・右手親指から1―2―3―4―5。当曲集に例として挙がっている運指法は、全てこの現代指番号による。
最も古いハンス・ブヒナー「フンダメンタム、ca.1515 」では、真中3本指を如何に使用するかが書かれている。(P. 146―1段目―a本文譜例参照)
● [a]:右手16分ファ―ミ―レ―ミ
運指法・・4―3―2―3

16世紀中期スペインの、親指が使われている例を含む運指法インストラクション。(P. 146―1段目―b本文譜例参照)
● [b]:右手16分ファ―ミ―レ―ド
運指法・・4―3―2―1
参照☆Charles G. Jacob「The Performance Practice of Spanish Renaissance Keyboard Music, Vol. I. P. 211―235, Vol. II. P. 131―138 Diss. ニューヨーク大学1962 」
英国ヴァージナリスト運指法に初めて現われる、whole hand で行なうPosition Fingering、
(P. 146―1段目―C本文譜例参照)
● [c]:右手8分ファ、16分ソ―ファ―ミ―レ、8分ド
運指法・・4・・・・・・・5―4―3―2・・・1
Peter Le Huray「English Keyboard Fingering in the 16th and Early 17th Centuries, in:Source Materials and the Interpretation of Music:A Memorial Volume for Thurston Dart, London, 1981」参照

2. Paired Fingering
隣接する指をペアーの音に使用する運指法、各ペアーはアクセントの付く「良い音」から始める。第5指はPaired Fingeringには使わない。Paired Fingeringは音階に最も多く使用され、16世紀に重要性を増し、シャイトの時代の鍵盤楽器作品には不可欠の技法となった。Paired Fingeringは文献から大量の例を見出す事が出来るが、このタイプの運指法が20世紀において初期演奏テクニックの基本的論議として存続した。
シャイトの時代右手のPaired Fingeringには、アクセントの付く「良い音」から始めるメイン・フィンガー(アクセントの付く「良い音」を弾く指)として、第3指が使われた。本書P. 152と注9番参照、Prael:ex G. From the 「Die Helmstedter tabulatur 1641, hrsg. von Harald Vogel」と比較して欲しい。
(P. 146―2段目本文譜例参照)
●右手16分ド―レ―ミ―ファ―ソ―ラ―シ―ド、・・レ―ド―シ―ラ―ソ―ファ―ミ―レ、
運指法・・3―4・3―4・・3―4・3―4・・3―2・3―2・3―2・3―2、

ドイツでは左手に右手と異なるペアー運指法を適応したが、英国ヴァージナリストは左手も右手のシンメトリカル・メイン・フィンガーとして、下行音階に左手第3指が当てられた。典型的例証はJ.ブル「Preludium in G MB XIX, Keyboard Music II, ed. Thurston Dart, London 1970 P. 134 」に挙げられている。(P. 146―3段目本文譜例参照)
●左手16分ド―シ―ラ―ソ、ファ―ミ―レ―ド、
運指法・・・3―4・3―4・3―4・3―4、

しかし17世紀北独派は、オリジナル運指法の記述では左手下行音階メイン・フィンガーにもっぱら第2指を当てていた。(P. 146―4段目本文譜例参照)
●左手16分ド―シ―ラ−ソ、ファ―ミ―レ―ド、
運指法・・・2―3・2―3、2―3・2―3、

当時最も運指法テクニックに先進的だった16世紀スペインの文献から、初めて左手上行音型に親指を使う運指法が見られる。(P. 146―5段目本文譜例参照)
●左手16分ミ―レ―ミ―ファ、ソ―ラ―シ―ド、
運指法・・・2―3・2―1・2―1・2―1、

3. Step-Over Fingering
アクセントの付く音から付かない隣の音へ向かって、隣り合っているより長い指でまたがせるので、2―3―4の3本指のみが使われた。Step-Over Fingering という言葉は、C.P. E.バッハ「Versuch ϋber die wahre Art, das Clavier zu spielen Berlin 1753, Part I P. 33 ff.」に規定されている。曰く、「Step-Over Fingering (Überschlagen)」とは、鍵盤を押さえている途中の指を隣の指が上から乗り越え、次の音を弾いた時に手の位置を変えて離す奏法」(P. 146―6段目本文譜例参照)
●右手16分ラ―ソ―ファ―ミ、レ―ド―シ―ラ、ソ―ラ―シ―ド、レ―ミ―ファ―ソ、
運指法・・4―3・2―3・・2―3・2―3、2―3・4―3・4―3・4―3、

第3指から第2指、又は第4指へまたがせる運指法は、手の位置の高低、手首の回し方、異なるアーティキュレーションの必要性等に依存している。
Step-Over Fingering が優勢な運指法として扱われている資料は僅かしかない。Step-Over Fingering は1593年ジロラモ・ディルータ「イル・トランシルヴァーノfirst part 」に既に書かれてあり、1600年直前には、鍵盤楽器にStep-Over Fingering が最も重要で広範囲に適用出来る演奏テクニックとして使われていた事が分る。
Step-Over Fingering の中でも特別なフォームとして、Step-Over Fingering with the Thumbs(*親指) は左手に使われた。このフォームが最初に紹介されたのはトーマス・デ・サンタマリア「Libro llamado Arte de taer Fantasia,Valladolid, 1565 ライプツィヒ、1937 」で、特に英国ヴァージナリストにより使われた。音階を弾く時にアクセントの付く音「良い音」に親指、人差指と2音ずつのペアー指を当て、常に終始音も親指で終わる。(P. 147―1段目本文譜例参照)
●左手16分休符、16分ド、レ―ミ―ファ―ソ、4分ラ、
運指法・・・・・・・・・2、1―2・・1―2・・1、
このように人差指は親指をまたぐ(*親指がもぐる)が、親指の使用は、真中3指が他指をまたぐ運指法とは指のテクニック・演奏感覚共に異なる手法である。

4. Thumb-Under Fingering
Thumb-Under Fingeringは、親指は鍵盤を押しながら手のひらを回して他指をまたがせる、独立したモーションがベースになっている。今日まで実践されて来たこのフォームが、いつどのようにして開発されたかを確実に規定するのは難しい。18世紀鍵盤楽器奏法に見出されるエレメントとして創られ、以来、長いスケールに完璧になめらかなアーティキュレーションを与えられる運指法として使われた、以下の運指法は既に16世紀文献サンタ・マリアfol.40に出現している。(P. 147―2段目本文譜例参照)
●左手8分ソ―ラ―シ♭―ド、レ―ミ―ファ―ソ、
運指法・・4―3・2―1、4―3・・2―1、
17世紀後半から一般的に用いられた運指法の一つに、ソロ・パッセージ、又は長いスケールを弾く場合、なめらかなアーティキュレーションが受け入れられる、Passaggio Technique (本書P. 158譜例、Johann Mattheson Der Vollkommene Capellmeisterハンブルグ, 1739, Kassel 1954, P. 477f. 参照)があった。しかし北独レパートリーでは17世紀前半までこの演奏テクニックを見出す事は無いので、以下には言及しなかった。

16世紀トーマス・デ・サンタマリアに既出例:P. 147―2段目本文譜例は、手を安定させて一拍ずつ4音グループ:4―3―2―1の組になったPosition Fingeringを施行した方が、Thumb-Under Fingeringより手が安定して良いかも知れない。しかしサンタマリアにはP. 147―3段目の運指法も言及されており( fol. 40v )、親指はアクセントの付く音と最終音に当てられている。(P. 147―3段目本文譜例参照)
●右手8分休符、8分ファ―ミ―レ、ド―シ―ラ―ソ、
運指法・・・・・・・4―3―2、・1―3・2―1、

16世紀トーマス・デ・サンタマリアの運指法は、親指を押さえたまま親指の付け根を回して他指をまたがせるThumb-Under Fingeringが例証に挙がっているが、この為手首を非常に低く保ちながら演奏すると述べている。しかし18世紀後期から19世紀には手首を高く保ちながら演奏するようになり、この方法だと親指の付け根を容易に回す事が出来るが、サンタマリアの系図では無い。1626年F.C.Arauxo アラウホ「Facultad organica」には同様に、臨時記号を含む上行音階(Carreras extraordinarias)運指法として、3又は4音一グループのThumb-Under Fingeringが載っている。(P. 147―4段目本文譜例参照) ●左手8分3連音ファ―ソ―ラ、シ♭―ド―レ、ミ―ファ―ソ、
運指法・・・・・3―2―1・・3―2―1・・3―2―1、
明らかにThumb-Under Fingeringは、シャープキーを含む上行音階で初めて必要となった運指法である。
音程差のある音型と和音に使うGriff Fingering、(注Griff Fingering*猫足状態で指を移動させる運指法)の演奏テクニックは,16―17世紀コンスタントな運指法として存続した。ハンス・ブヒナー「フンダメンタム、ca.1515 」、Eilas Nicolaus Ammerbach「 Orgel oder Instrument Tabulatur, 1571」(新版はファクシミリ付き、Charles Jacobs, Oxford 1984, P. LXXXVIII.)等には、下記にあげる隔度音程に適応する指使いを左手・右手対称に記している。両書における隔度音程の左手・右手運指法は、以下のとおり:
(P. 147最終段からP. 148本文参照)
3度音程:4/2
4度音程:5/2(Eilas Nicolaus Ammerbachのみ適用)
5度音程:5/2
6度音程:5/2
7度音程:5/1
8度音程:5/1
和音移行の右手運指法
ミ―ソ―ド:2―3―5
ラ―ド―ミ:2―4―5

  トーマス・デ・サンタマリアfol. 44v―45では、Interval Fingeringについて特に装飾を弾く場合の運指法として勧めている。3度音程には3/1,4/2,5度音程と6度音程には3/1,4/1,5/2等多様な可能性が挙がっている。連続する3度重音の運指法には、3/1,4/2が交互に用いられる。
chord fingaringの僅かなインストラクションは、interval fingaringと完全に一致する。従ってP. 153/154に見られる和音の右手指使いは、第1展開型は5/3/2,基本形は5/4/2で弾かれる。
現代の演奏テクニックに重要な要因として挙げられる「指の入れ替えfinger substitution」は、これまでに見た隔度音程と和音奏法に、ほぼ完全に欠けている運指テクニックである。指の入れ替えfinger substitution は主に旋律を弾く時のテクニックとして18世紀に使用されたもので、和音奏法のアーティキュレーションとは必ずしも一致しない。C.P.E.バッハ「Versuch uber die wahre Art, das Clavier zu spielen Berlin 1753, Part I P. 45.」に曰く、「同じ鍵盤に、既に押さえている指と入れ替える後の指を同時に用意して弾く方法は、松葉杖でつっかえ棒を当てながら歩くようなもので、他にどうしても解決方法が無い時、又は困難に直面してこれを避ける為に用いざるを得ない時にしか、生徒に進められる奏法ではない。クープランは他の点では周到であるにも拘わらず、不必要に指の入れ替えを多用している。」
初期運指法では、和音と隔度音程の隣接鍵盤に同じ指を当てる事が必要である。C.P.E.バッハは、隣接鍵盤に同じ指を当てる「fortsetzen: continuation 」という言葉を適用した。Griff fingeringにおける手ごと移動させる手法は、可能な限り同じ指を使う事を避けるFiguration Fingeringとは、全くの対照概念である。
右手の広いインターヴァルでは親指を避ける。Figuration Fingeringでは近接音程が対象となっている為、真中の3本指をにょっきりのばす事は避けられ、Figuration Fingeringは「close hand Position 」に在る手の形:反してGriff Fingeringは隔度音程が対象となる為、「open hand Position 」にならざるを得ない。親指は7度音程・オクターブ音程にのみ使用される。親指を使うテクニックは、隔度音程の臨時記号や和音の臨時記号に使用する事は避けられた。

初期演奏テクニックの評論における多数の誤解の一つは、親指の使用を排除してしまった事にある。この誤解は、過去100年間に初期運指法が正しいフォームで音楽学出版物に現れたにも拘わらず、一般的に固執されてきた。明らかに当時、多数の参照文献には特徴的な描写が省略されていた。1919年フーゴー・リーマン「Musik―Lexikon 9th edition 1919」は運指法について、「バッハ以前の初期演奏テクニックには、小指・親指は可能な限り排除すべきである」と記している。単声フィグレーションを弾く場合、16世紀に既に親指が使われ、特に左手には頻用されていた。Griff Fingeringでは右手に親指を使う事を回避している。初期音楽から左手に親指が使われたのは、オクターブのコード、ショートオクターヴの楽器を使って弾く広い音程等に、親指を使う事が不可欠だったからである。 前述した4つのFiguration Fingeringのフォームは、finger mechanicsの質・量の点で大きく異なるコンセプトである。この4つのテクニックとは独立した概念として、「良い指」を「良い拍」に当てる概念は、フィグレーション中の早い音価・定旋律を伴う遅い音価・両方に用いられる。この概念は、アクセントの付く音「良い拍」に決った指を当てる定義に大きく反映している。原則的にはどの指も「良い指」となり得るが、実践的には真中の3本指が当てられていた。この「良い指」の選択が、個性的な演奏センスに大きく影響する。

演奏テクニックについての最初期インストラクション、ハンス・ブヒナー「フンダメンタム」は、第2指と第4指が「良い音」に当てられる傾向を表し、4音の譜例に5通りの運指法が挙がっている。注5番、P. 2, 3, 11を参照。(P. 148本文譜例参照)

●A:右手8分ラ―ソ―ファ―ミ、
運指法・・・・4―3―2―3、
●B:右手8分ミ―ファ―ソ―ラ、
運指法・・・・2―3―2―3、
●C:右手8分レ―ミ―ファ―ミ、
運指法・・・・2―3―4―3、
●D:右手8分ラ―ソ―ファ―ソ、
運指法・・・・4―3―2―3、
●E:Dの逆光、右手8分ソ―ファ―ソ―ラ、
運指法・・・・・・・・・2―3―2―3、

「良い指」をアクセントの付く「良い拍」に当てるアイディアは、初めてジロラモ・ディルータ「イル・トランシルヴァーノ、Venedig, 1593, first Part fol.8,9 」により、体系的コンセプトを現した。全く対照的に、北欧で当時開発された演奏テクニックでは、ハンス・ブヒナーが指摘したように、「良い指」とは第2,第4指をさし、第3指は「良い指」として避けられていた。イタリア・ディルータのシステムではStep-Over Fingering が主流だったが、北欧ではPaired Fingeringの演奏テクニックが最も主流だった。
北欧演奏テクニックは、ディルータが示したような体系的関連性を、「良い指」とアクセントの付く「良い拍」について求めなかった。「良い拍」に「良い指」を当てる奏法は、Figuration Fingeringで述べた4つのフォームとは整然と分けて考えなければならない。さもないと、多様な運指法フォームの複雑性は容易に理解出来ないだろう。
サマリーでは、Figuration Fingeringは16―17世紀初めまで主導的に使われたが、全てが一様で在った訳では無い事を言わなくてはならない。しかしFiguration Fingeringは、独創的な実験方法と演奏テクニックの創造性を性格付けた。反してGriff Fingeringは、高い水準で演奏に順応した。
Figuration Fingeringを使うと、スピーチにおけるアーティキュレーションと同様に、「ものを言う能力」を獲得する事が出来る。異なるテクニック・フォームと「良い指」についてのコンセプトは、「指が良くものを言う能力:finger-speech」を発揮する為の手段として理解される。
文献には多くの実施例が初心者の為に書かれ、その平明さにおいて教育目的に採択された。例えばスウェーリンク「Lyner A 1 manuscript」のように、プロフェッショナルな性格を持つ例証では、様々なタイプの運指法が混用されている。
Lydia Schieming. 「Die Überlieferung der deutchen Orgel- und Klaviermusik aus der 1. Hälfte des 17. Jahrhunderts, Kassel, and others 1961, P. 66ff 」
Pieter Dirksen 「 The Keyboard Music of Jan Pieterszoon Sweelinck, ユトレヒト 1996 」参照
この混用タイプの運指法は、最も初期文献として挙げられる、Konstanzでホフハイマーの弟子だったハンス・ブヒナー「フンダメンタム」から、「Fundament style」として見出す事が出来る。5例が混用して以下の通り列挙されている。参照(P. 148本文譜例参照) Position Fingeringとして、
●C:右手8分レ―ミ―ファ―ミ、
運指法・・・・2―3―4―3、
●D:右手8分ラ―ソ―ファ―ソ、
運指法・・・・4―3―2―3、

Paired Fingeringとして、
●B:右手8分ミ―ファ―ソ―ラ、
運指法・・・・2―3―2―3、

Step-Over Fingering として、
●A:右手8分ラ―ソ―ファ―ミ、
運指法・・・・4―3―2―3、
●E:Dの逆光、右手8分ソ―ファ―ソ―ラ、
運指法・・・・・・・・・2―3―2―3、

スペインと英国の16―17世紀初めに好まれたPaired Fingeringの文献から、多数書かれた演奏テクニックが見出される。
スペイン:トーマス・デ・サンタマリア「Libro llamado Arte de taer Fantasia,Valladolid, 1565 ライプツィヒ、1937 」fol. 40r―44v. Paired Fingering, Step-Over Fingering が並んで紹介され、4通りのThumb-Under Fingeringが記述されている。
英国ヴァージナリスト達の運指法インストラクション:アーノルド・ドルメッチArnold Dolmetsch [The Interpretation of the Music of the Seventeenth and Eighteenth Centuries, London 1915, reprint, London 1969]
ドルメッチのPaired Fingeringでは、main finger:メイン・フィンガーに第3指を当てる原則、しかし左手の親指が使用されるStep-Over Fingering の際にのみ、変更されると記されている。反対に、ジロラモ・ディルータ「イル・トランシルヴァーノ、Venedig, 1593, 1609」には、ヴェネチアの演奏テクニックとして、Paired FingeringよりStep-Over Fingering の方が好まれたと書かれている。イル・トランシルヴァーノには、アンドレア& ジョヴァンニ・ガブリエリ、ルツァスコ・ルツァスキ、クラウディオ・メルロ他の譜例と共に、ヴェネチア派のエステティックが紹介されている。ヴェネチアでPaired FingeringよりStep-Over Fingering の方が好まれた事から、第2指・第4指が「良い指」として用いられる運指法だけが、重要な演奏テクニックだったとするのは可能である。
ブヒナーとディルータの一部に見られる左手・右手対称の運指法は、スペイン・北独の典型的運指法ではなかった。シャイトの時代、右手は第3指、左手は第2指がメイン・フィンガーとして使われていた。フランシスコ・コレア・デ・アラウホP. 36―67 (注5番) では、右手は第3指、左手は第2指がメイン・フィンガーとして選ばれたのは、左手上声部のテノールに装飾音がある場合、又は右手ソプラノが保持音でアルト声部をdiminution(*主音より音価の速い音型で飾る、基本的には装飾音)で弾く必要性がある場合、或いは左手バスが保持音でテノール声部をdiminutionで弾く必要性がある場合、(*つまり手の内側の指だけが忙しく動き外声は保持音であるような音型の場合)に用いられたのが始まりであると説明している。
一方、16世紀初めのFundament style におけるフィグレーションの運指法テクニックは、真中3指のみを使っていたが、スペインの文献では16世紀中・後期になると、左手にのみ親指を使い始めた事が例証されている。更に新たな運指法として英国ヴァージナリスト達の演奏テクニックは、第5指までフィグレーション演奏の使用範囲を広げた。第5指の追加使用は、Position Fingeringに多くの可能性を開いた。オルランド・ギボンズ、3つの変奏曲「Prelude 第2番、 in G 、MB. XX. P.3-5 」には、僅かに逸脱する運指法が記され、大変貴重な例証である。

Susanne van Sold manuscript Alan Curtis 編「Monumenta Musica Neeerlandica III, ed. by Alan Curtis アムステルダム、1961」は、16世紀後期アントワープの商人の娘が鍵盤楽曲譜面を持っていた事から命名されたマヌスクリプトで、冒頭部分が下記に分析されている。冒頭2小節の Branle champanje運指法は、1599年一家がロンドンに転居してから実施されたと見られる。(P. 149本文譜例参照)
第1小節1−2拍目、右手第3指が全ての「良い音」に当てられている。第1小節3−4拍目はこの逆のコンセプトで、右手の親指・小指を含めて5本指が全て使用され、手はPosition Fingeringの位置にある。従って4―5―3指と同じく、親指も「良い音」に当てられている。装飾音は常に主音から開始、第3指から始められた。(P. 149本文譜例参照)
第2小節1―3拍目●右手8分ソ―ラ―シ―ド、レ―ミ―ファ―ミ、
・ ・・・・・・・・運指法:3―4―3―4・3―4―5―4、

第2小節の音型では、Paired Fingering3―4、3―4、の循環が、2拍目最高音ファで小指を用いる(5−4)事によりペアー運指法の循環が切断され、この時にPosition Fingeringが瞬間的に再現される。
このマヌスクリプトの初めには教育用の章があり、16世紀後期英国・オランダの鍵盤楽曲を演奏する際の右手運指法の限界が、可能な限り簡明に示されている。ここにはPaired Fingeringが規則的に、かつ予測可能なやり方で適応され、必ず第3指を「良い音」に当てる事、従って「良い音」が続く場合第3指はやはり続けて用いる事が出来る。しかしPosition Fingeringでの「良い音」の充当は、適時対応する事とされている。

[ドイツ・オルガニストの演奏テクニック]
16世紀ドイツ語圏での鍵盤楽曲演奏テクニックは、方法論として、スペイン、イタリア、英国とおおむね正反対だったと考えれば良い。オルガン音楽の繁栄、演奏テクニックをFundament style から学ぶ豊かな教育マテリアル、
(Hans Joachim Marx「Die geschichtliche Stellung der oberrheinischen orgeltabulaturen, inSchweizerische Musikdenkmäler Vol. 7」と、「 Die prgeltabulatur des Clemens Hör Basel 1970 P. Vii-XVIII.」を比較されたい)
初めて出版されたオルガン・ビルディングついての論文、
(Amolt Schlick 「Spiegel der Orgelmacher, Speyer 1511,facsimile and Transcription by P. Smets, マインツ1959, facsimile and English translation by E.B. Barber, Buren 1978 」)。
これらが16世紀初め、特にOberrhein地方では華々しかった豊かなオルガン文化として結実した。しかし宗教改革の政治的大変動時代は、より以上の発展を中断する結果をもたらした。オルガンの役割は、ルター派典礼音楽の中では進展の余地が無かった。
(Georg Rietschel 「Die Aufgabe der Orgel im Gottesdienste bis in das 18. Jahrhundert, ライプツィヒ、1893, reprint Hildesheim, 1986 」から優れた概説が見出される)
面白い事に16世紀後期までドイツでは、オルガニスト達は伝統的後期ゴシックから盛んになった「Fundament style」にしがみついていた。彼等は、流布していた左手右手2段譜による「colorist style:文体華麗なスタイル」を手離さなかった。(Cleveland Johnson 「Vocal Compositions in German Organ Tablatures 1550―1650, New York & London, 1989 」参照。)16世紀中期のドイツ語圏には、カベソン(スペイン)、アンドレア・ガブリエリ(イタリア)、トーマス・タリス(英国)の様に、ハイ・レベルに達したオルガニストは誰も輩出しなかった。
1571年、ライプツィヒ・トーマス教会オルガニスト、Elias Nicolaus Ammerbachによる 「Orgel oder Instrument Tabulatur 」が出版されるまで何十年も、ドイツではオルガン芸術についての記述は全く見当たらない。ドイツは初めてElias Nicolaus Ammerbachの宗教・世俗的作品「Orgel oder Instrument Tabulatur 」をもって、ダイナミックな作品の開発に熟達していたイタリア、スペイン、英国と、かろうじて肩を並べるレベルに達した。「Orgel oder Instrument Tabulatur 」には「オルガン芸術を学ぶ初心者への、短い手ほどきとイントロダクション」というタイトルがあるにも拘わらず、ドイツ語で「Tabulatur」の表記、運指法(Applicato)のルールについて詳細に記されている。Nicolaus Ammerbachは彼の序文(fol.IIIv)で、「外国で巨匠達に学び、多くの苦闘を経て技法について調査した。」と報告している。
16の例証には左手・右手別々に運指法が記してあり、ブヒナーのフンダメンタム(fol. VIII―XI)で知られた、第2指、第4指を「良い音」に当てるFundament styleのテクニックが示されている。(P. 150本文譜例参照)
●8分ファ―ソ―ラ―シ♭、ド―レ―ミ―ファ、ソ−ラ−シ♭−ラ、ソ−ファ−ミ−レ、・・
右手:2−3−2−3  2―3―2―3  2−3−4−3  2−3−2−3・・
左手:4−3−2−1  4−3−2−1  4−3−2−3  2−3−2−3・・
・・・3度重音ミ
・・・・・・・ド
右手:・2/4
左手:・4/2

しかし左手のテクニックはPosition Fingeringを示し、4音ずつのグループに使用される。これは初めて16世紀中期スペインの文献に出現した。次の運指法例証は、Nicolaus Ammerbach1583年版に書かれた。これは回転フィグアで、ホフハイマー派の初期作品に多数輩出するが、右手2―3―2―3というブヒナーのStep-Over Fingering より、右手3―2―3―4の Position Fingeringが使用されている。右手Position Fingering3―2―3―4は、スペインと英国の実施例と同じ。左手Position Fingering4―3―2―1は、スペインの演奏テクニックから生じている。(P.151、1段目本文譜例参照)
●右手8分レ―ミ―ファ―ソ、ラ―ソ―ファ―ミ、
運指法・・・3―2―3―4・4―3―2―3、
●左手8分レ―ミ―ファ―ソ、ラ―ソ―ファ―ミ、
運指法・・・4―3―2―1・2―3―2―3、
Nicolaus Ammerbachの2版目にあたる1583年版では、1571年第1版の運指法例証は修正され、1571年第1版には16例あった例証が10例に減少された。Nicolaus Ammerbachの1571・1583年両二巻を比較すると、伝統的なFundament styleから、彼が進んで精通した外国の新たなコンセプトへと移行した過程が明らかである。従って、スペイン・英国・イタリアの洗練された作法では隣接鍵盤を同指で叩く事は回避されていたが、これは勿論成果を上げなかった。
1571・1583年二巻を通して、Nicolaus Ammerbachの運指法インストラクションは広域に普及した。この普及を、例えば1602年Wilhelm Sixtにより書かれたミュンヘン・マヌスクリプトにも見る事が出来る。(München, Bayerische Staatsbibliothek, Mus. ms. 4748、 Johnson 注33番 Part II P. 121と比較されたい。)この1602年Wilhelm Sixtミュンヘン・マヌスクリプトを、信憑性のある1620年コピー・マヌスクリプト(München, Bayerische Staatsbibliothek, Mus. ms. 1581 Nr. 5; ed. Lindley et al. 注6番 P. 2-3 )に書かれている、Augsburg市 Domカテドラル・オルガニストChristian Erbachのリチェルカーレ「Primi Toni」に施されたオリジナル運指法と比較すると、多数の近似点がある事に気付く。しかしながら、Christian Erbachの「Primi Toni 」では、ディルータのStep-Over Fingering や、左手下行スケールにやはりディルータのPaired Fingeringを取り入れている。Christian Erbachのリチェルカーレ第1小節には朱筆で運指法が書き込まれている。(P.151、2段目本文譜例参照)
16世紀後期、伝統的Fundament styleと外国からの影響はドイツで統合され、ドイツ・オルガニスト達は伝統的スタイルに加えて、高水準に開発されたスタイルを吸収して行った。重要な局面は、ドイツ最高峰のオルガニストの一人だったHieronymus Praetoriusが、1600年頃息子のヤコブをアムステルダムのスウェーリンクの下で勉強させた事である。彼と彼に続く才能的な北独オルガニスト達の世代が、シャイトを含み、後に1740年Johann Matthesonにより報告されている(Johann Mattheson 「Grundlage einer Ehren-Pforte ハンブルグ1740 」 new edition by Max Schneider ベルリン1910 P. 331 reprint Kassel 1969 )にあるように、「nice fingering on the organ (was).especially .famous:オルガンの優れた運指法として.特に有名だった」スウェーリンクに学んだ。このようにして1600年から1620年までに、スウェーリンクのオルガン演奏と作曲テクニックは、北独オルガン演奏スタイル進展に必須の要因となった。
しかしながら、演奏テクニックについての種々のコンセプトは、多くの議論を呼んだ。意見交換と恐らく推論を含めた論議が、1596年8月グローニンゲン(Harberstadtの近く)王室礼拝堂のオルガン落成式の際、有名なOrganists Conference中に行なわれた。
(Andreas Werckmeister, Organum Gruningense redivivum, Quedlinburg and Aschersleben 1705と比較されたい)。
ドイツからHerog Heinrich Juliusに招かれた52人のオルガニスト達の中には、Hans Leo Hassler 、Hieronymus and Michael Praetorius等がいた。以下の短い評論は恐らくユーモアとアイロニーを込めて、良質な大量のワインと優れたエンターテイメントの後に催されたグローニンゲンでの討議に起因する事例が報告されている。(1619年版Michael Praetorius「Syntagma Musicum, Part II:Organographia, Wolfenbüttel 1619, reprint Kassel 1985, P. 44 」)「いかに、それゆえ・・・と、多数のオルガニスト達は特にそれ(*運指法)を考察した。それに関して他のオルガニスト達に、彼等がこの運指法、あの運指法を使っていないという事から、軽蔑の眼差しを向けたがった。しかしながら賞賛に値する議論では無かった。人が、初めの、真中の、最後の指を下げたり上げたり動かせば、そう、もしくは鼻でさえ使えば、全ては完璧で、精密で、耳に快く演奏されるだろう。従ってどのマナーを獲得するかに大差は無い。」
この状況の中で、スウェーリンクの手法はオーソリティとして認められ、北独スタイル発展のステージにすぐさま登場した。スウェーリンクの演奏テクニックについて、ここでは言及しない。(スウェーリンク鍵盤楽器音楽についての文献にある運指法インストラクションは、殆どがモダン・エディションで再出版されている。Harald Vogelによる新スウェーリンク・エディション「Sweelinck new edition Vol. I」は、近刊の予定。Harald Vogelが詳細に記述したスウェーリンクの演奏テクニックについても紹介されるだろう。)しかし17世紀前半、シャイトの時代に使われた北独演奏テクニックについてはこれから述べる。これらの例証は、運指法インストラクションの付いた下記マヌスクリプトから引用される。 以下引用マヌスクリプト一覧:
1. Wolfenbüttel, Herzog August-Bibliothek, Cod. Guelf 1055
(Helmstedter Tabulatur, 1641), to date unPublished 注9番参照
2. Copenhagen, Det Kongelige Bibliotek, Gl. Kgl. Saml. 376 fol.(1626-ca. 1650), majority unPublished ;Alis Dickson A Closer Lookat the Copenhagen Tablature in the Royal Library, コペンハーゲン、in:Dansk Arbog for Musikforskning VIII 1977 P. 5-49参照
3. Tablature from the estate of Heinrich Husman注44番参照
4. ベルリン、Staatsbibliothek (Nachlaß Wilhelm Tappert), Passamezo von S.Scheidt, forst P. ...iblished in Vol.1 of the new edition of the Tabulatura nova (EB 8565 Wiesbaden 1994, P. 19 and 168 ff.)
5. ブタペスト、Nationaibibliothek (Orzágos Széchényi Könyvtára), Ms. Mus. Bartfa 27;S. Scheidt:Galliarda Varirt Sam. Sch, fol. 52-54. 第13―16小節の運指法インストラクションは、Christhard Malhrenhorz in Vol.V of the complete works of Scheidt ハンブルグ、1937に編集されている。

[北独スタイル]
北独から、存在する鍵盤楽器の演奏テクニックに関するインストラクションを見出す事は出来ないが、多数のオリジナル運指法が残っている。これらの運指法は教育的性格のマヌスクリプトに見出す事が出来るが、しかし又、個人的使用を意図して書かれた多少ともプロフェッショナル・スタイルのマヌスクリプトにも見出される。これらの運指法は教育配慮から平易化されたインストラクションで示され、より重要な事は「予測出来る」運指法である事、一方ではよりプロフェッショナルな運指法例が、変化に富む運指法に対応出来るフォームとして、柔軟性のある用法を準備している。
「Helmstedter Tabulatur 1641」には、オリジナル・フィンガリング・インストラクションを伴う教育的志向の文献から、典型的例証が挙げられている。このマヌスクリプトには作曲者不詳レパートリーの45曲が収集され、殆どの作品に指使いがふってある。(前記一覧表−1.)レパートリーはコラールで構成され、2―3の自由書式作品、舞曲、歌曲を含む。短い前奏曲中の、豊かで代表的とされるクロス・セクションに運指法が書き込まれ、その意図を良く伝えている。8音のフィグレーションで書かれた初心者用作品から、上級者、更に当時重要な作曲家に用いられた北独フィグレーション・スタイルが示されている難度の高い変奏曲まで、基本的運指法システム(in the sense of Applicato)を採択している。Preludium ex. G fol.20v―21r、とPreludium ex. a fol.19v―20rは、 (Preludium ex. a fol.19v―20rは、フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブックNo.CCXにも作曲家サイン「Doctor Bull」のある作品として載っている)、両作品同士非常に良く似ている。この例証は、スウェーリンク派と英国ヴァージナリストとのコネクションを示す好例。Preludium ex. G fol.20v―21rは、体系的に基本的運指法システム(Applicato)を概括している。(P. 152 本文譜例参照)
「Helmstedter Tabulatur 1641」には左手・右手の割り当てが明瞭に書かれ、水平に右手左手の割り当てが分割されている。現代記譜では左手・右手の割り当ては、英国ヴァージナリスト達の五線譜表と同じく、上段が右手、下段が左手となる。
これらの運指法インストラクションは、我々が多数の例証に見る事の出来る北独演奏テクニックを包括している。右手中指、左手第2指がメイン・フィンガーとなる。北独演奏テクニックでは、殆ど全てのスケールにPaired Fingeringを用いた。このPreludium は初心者用作品だが、初心者用作品にはPaired Fingeringが往々にして絶対的主流として適応されていた。既に16世紀スペインの演奏テクニックでは、右手左手非対称のメイン・フィンガーを使ったPaired Fingeringが開発されていた。
1640年頃からHelmstedter Tabulatur 1641におけるFiguration Fingeringは、当時のスタイルを持つ運指法を伴うシャイトのTabulatura Novaを含む同時代作品の演奏に、発展的に貢献した。Figuration Fingeringは多彩なバラエティを持っているにも拘わらず、Helmstedter Tabulatur 1641では、他の殆どのマヌスクリプト同様、特に和音奏法については省かれている。写譜者(又は編集者、作曲家?)不詳、単旋律フィグレーションの運指法だけが書かれ、Griff Fingeringの例証については他のマヌスクリプトから借用している。
20世紀初めに発見された「コペンハーゲン・376マヌスクリプト」(前記一覧−2.参照)は、音楽学者達の調査研究には垂涎の的となった。含まれている76作品の内65曲に完全な運指法が書き込まれ、11曲は部分的に記されている。レパートリーは舞曲、声楽楽章、2−3の自由書式作品、10コラール等広域分野にわたる。Helmstedter Tabulatur 1641と比較すると、より難度の高い部分を世俗曲の中に見る事が出来る。従って「コペンハーゲン・376マヌスクリプト」は、ドメスティック用に使用される事を意図したマヌスクリプトとして、重んじられていたとみなされる。Preludium ex.clave G 、1―18小節、30―35小節は(fol. 2r-3r)に模写され、目覚しいGriff Fingeringの手法が見られる。(P. 153本文譜例参照)
以下のGriff Fingeringは抜粋。
a) Interval Fingering:
・・・・・・左手運指法・・・・・・・・・・右手運指法
3度音程:・・4/2・・・・・・・・・・・2/4(3/5,1/3)
4度音程:・・4/1(5/3)・・・・・・・2/5(2/4)
5度音程:・・4/1、5/2、(5/1)・・2/5
6度音程:・・5/1(5/2)・・・・・・・2/5
7度音程:・・5/1
8度音程:・・5/1・・・・・・・・・・・1/5

b) Chord-:Fingering:
左手:
ド―ミ―ソ:
4―2―1
右手:
ミ―ソ―ド:
2―3―5
ラ―ド―ミ:
2―4―5

Figuration Fingeringに見られるように、左手には右手よりも親指が多用される。この実践は3声和音にも適用された。明らかに左右の手で非対称の運指法だった。
更に、P. 153本文3段目第18小節譜例の、交互にペアーで(*2/4,3/5)使用される運指法は重要な例証である。2/4の連続的運指法は殆どの場合長い音価の3度重音、短い音価の3度重音にも使用されるが、コペンハーゲン・376マヌスクリプト、第1番プレリュード開始小節から同じ運指法例証が見られる。
P. 153本文3段目第18小節譜例
●右手3度重音連続8分:ファ#/ラ、ソ/シ、ラ/ド、ソ/シ、ファ#/ラ
運指法・・・・・・・・・・2/4・・3/5・2/4・3/5・・2/4、
2/4の運指法は、全ての運指法システムに見出される。このone hand Position を使うと、3度重音の上下どちらの音からでも、下接音又は上接音からの装飾音を入れる事が出来る。

[サムエル・シャイト]
シャイトの鍵盤音楽作品には単純なものから名人芸的運指法に至るまで含まれており、北独・中独派で実践された運指法の好例を示している。シャイトはFiguration Fingeringの難度の高いプロフェッショナル・レベルの運指法から、教育目的の初心者用運指法Applicatio に至るまで全ての要素を網羅した、傑出したpre-18世紀の鍵盤楽器作曲家である。
以前には知られていなかった17世紀中期タブラチュアは、Heinrich Husman の遺産から最近発見され、非常に重要である。
Heinrich Husman1908―1983、1960年からゲッティンゲン大学音楽学部教授を務める。この出版された17世紀中期タブラチュアは、以前には知られていなかったシャイトのトッカータin C、とPraeludium in d, 2つのJohann Erasmus Kindermann, 作者不詳レパートリーを含み、各々ファクシミリとしてゲッティンゲンのJürgen Heidrichが写譜した譜面で、現在出版準備中である。このタブラチュアに含まれているシャイトのトッカータin CとPraeludium in d は、単純なアプローチと完全な運指法の記譜から、初心者用とみなされる。この他の小曲も運指法インストラクションを詳細に示している。 右手第3指・左手第2指をメイン・フィンガーとするPaired Fingeringは、シャイトのトッカータ ex C# 開始部に現われ、シャイトは非常に啓蒙的だ。この単旋律パッセージは全く同じ音型で左手右手に現れ、音階の断片と、特徴的なスウェーリンク派スタイルの循環音型を含んでいる。(P. 155本文1―2段目譜例参照)
通常右手第3指をメイン・フィンガーとするPaired Fingeringとしては唯一例外的に、冒頭右手ド8分音符―16分音符開始音にのみ、右手第2指がメイン・フィンガーとして冒頭ドに使われており、このドの下には「║」の装飾記号が書き込まれている。「║」の装飾記号についてはP. 166装飾音の項を参照、主音から始まり、第2指と第3指で弾く。
同様に右手反復進行の音型は、一貫して第3指をメイン・フィンガーとしたPaired Fingeringが用いられている。(P. 155 本文3―4段目譜例参照)
一方同じフィグレーションの左手には、8音を一グループとしたPosition Fingeringが当てられられている。(P. 155本文5段目譜例参照)
左手:・ド−レ−ミ−ド、レ−ミ−ファ−レ、ミ−ファ−ソ−ミ、ファ−ソ−ラ−ファ、
運指法:4−3−2−4―3−2−1−3、・・・4−3−2−4―3−2−1−3
Praeludium in D♭(S.シャイト)の右手にも、6音一グループにしたPosition Fingeringが当てられている。(P. 155 本文6段目譜例参照)
右手:・8分休符−32分ファ−ソ・16分ファ、32分ミ−ファ・16分ミ、
運指法:・・・・・・・・3−4・・・・3、・・・・・・2−3・・・・2、
32分レ−ミ・16分レ、小節線、8分休符ド、32分ド−レ・16分ド、
・・・3−4・・・・3、・・・・・・・・・2、・・・・3−4・・・・3、
32分シ−ド・16分シ、32分ラ−シ・16分ラ、8分休符ソ
・・・2−3・・・・2、・・・・3−4・・・・3、・・・・2

今まで知られていなかったこれらの作品には、2声部を片手で弾く時の運指法が書き込まれ、最も速い音符に連続して同じ指を当てている。対位法の演奏には珍しい運指法だが、特に片手で長短音価の違う2声部を同時に弾く時の運指法である。Husmann―Tabulaturから多くの例証が挙げられるが、ここではシャイトのPraeludium で、シャープキーに親指が回避されている2例を挙げておこう。(P. 155本文7段目譜例参照)
●右手2声部・・4―5・・・・5―4・・3―5・・・4―5
外声部:・16分ミ―ラ・・・ソ―ファ・・ミ―ラ・・・ミ―ソ
内声部:・・8分ド#―――4分レ―――――――――――8分ド#―――
・・・・・・・・2――――・・2―――――――・・・・・2―――――――
●左手2声部・・2―1――1―1・・2―3―2―――
外声部:・・・16分ミ―ファ―ソ―ファ、ミ―レ―8分ミ〜〜
内声保持音:・2分・ラ====================
・・・・・・・・・・5====================
●左手2声部・・・・・・2―1―1―1・・2・・・・・・・1・・・・・2
外声部:・・・16分ファ#―ソ―ラ―ソ、16分ファ#―8分ソ〜〜16分ファ#
内声保持音:・2分レ==========================
・ ・・・・・・・4==========================

カノン・フィグレーションの運指法は重要で、16世紀後期―17世紀初め北独レパートリーで広範に使われた。右手6度音程コードには2/5が義務付けられ、Griff Fingeringが常に用いられる必要から、16分音符に5―5という同指連打の運指法が頻発している。(P. 155本文8段目譜例参照)
● 右手2声部:
ソプラノ:
16分シ−レ−ミ−ファ、ソ−レ−ミ−ファ、ソ−ファ−ミ−レ、ソ−ファ−ミ−レ、
運指法:1−2−3−4、5−2−3−4、 5−5−4−3、 5−5−4−3、
アルト:
2分音符シ================シ===============
運指法:1===============(2)==============
ソプラノ:
16分ド−ミ−ファ−ソ、ラ−ミ−ファ−ソ、ラ−ソ−ファ−ミ、ラ−ソ−ファ−ミ、
運指法:1−2−3−4、 5−2−3−4、 5−5−4−3、 5−5−4−3、
アルト:
2分音符ド==============ド==============
運指法:1=============(2)=============

● 左手2声部:
テノール:
16分休符―16分レ、ミ−ファ−ソ−レ、ミ−ファ−ソ−ファ、ミ−レ−ソ−ファ、
運指法:・・・・・2、1−2−1−2、・・1−2−1−1、・・2−3−1−1、
アルト:
2分音符ソ===============ソ================
運指法:5===============5================
テノール:
8分ミ、16分休符、16分ミ、
・・2〜・・・・・・・・・2、
バス:
2分音符ラ============伸ばしたまま
運指法:5============伸ばしたまま
テノール:
8分ファ−ソ−ラ−ミ、ファ−ソ−ラ−ソ、ファ−ミ−ラーソ、
・・1−2−1−2、・・1−2−1−1・・2−3−1−1
バス:
ラ==========ラ================
5==========5================

当曲集唯一の「Applicatio 」例証は、第2巻P. 178、「Ach du feiner Reuter 」第5変奏曲に見られる。同音反復は右手第3指、左手第2指をメイン・フィンガーとして、音階を弾く時のPaired Scale Fingeringで弾かれる。(P. 156 本文1―2段目譜例参照)
第1―2小節:左右2声部
●右手上声部:8分ドドドド・ドドドド・シシシシ・ララララ
運指法・・・・・・3232・3232・3232・& c.
●左手下声部:8分ドドドド・ミミファファ・ソソレレ・ファファドド
運指法・・・・・・2121・・2121・・2121・& c
(他例は本文参照)

音階と同音反復音型とは同じ運指法を共有し、英国ヴァージナリスト達に既に出現していたが、シャイトでも非常に重要な運指法である。下記の例はHusmann-Tabulaturトッカータから同音反復音型の運指法:(P. 156本文3段目譜例参照)
第9小節:
● 右手:ドドドド・レレレレ・レレレレ・ミミミミ
運指法・・3434・3434・3434・3434
第10―11小節:
● 左手:ララララ・ファファファファ・ソソソソ
運指法・・2323・・2323・・・・(2)

これは進みの遅い生徒の為に書かれた教材だが、名人芸的パッセージにもこの運指法を見出す事が出来る。Wilhelm Tappertの遺産から発見された、パッサメッツォ(*シャイト作)に書き込まれた運指法は、素晴らしい啓発をもたらした。Tabulatura Nova第1巻EB 8565 P. 168 f. に写譜されているパッサメッツォに書き込まれた運指法と、第1巻P. 19の序文(Harald Vogel著)は特に参照されたい。このパッサメッツォ(*1635)第4変奏曲は、左手フィグレーションが技術的に要求しているものを伝える手段として、ほぼ完全に運指法が書き込まれている点で、計り知れなく貴重な文献である。第3,5,7,9小節の運指法は、左手3度音程連続に2/4を使っている。8分音符上に装飾記号(*の変形と上部に黒点)が一つおきに書かれ(主音―上接音―主音と入れるトリル)、従って左手第2指をメイン・フィンガーとして弾かれる。(P. 156本文4段目譜例参照)
●左手8分:ド―ラ―レ―シ、ド―ラ―シ―ソ#
装飾記号: *・・*・・、*・・*・・・
運指法・・・2―4―2―4、2―4―2―4

第14小節は例外的だが、それ以外のPaired Fingeringによる左手下行音階の2―3、2―3、Step-Over Fingering による親指を使う左手上行音階の1―2、1―2は、同変奏曲に証明されている。第12,13,24,25小節には、連続3度音程に使用する独特のPaired Fingeringが出現している。第27小節・左手分散和音音型は非常に重要なパッセージで、4音一グループとし、連続的に親指を伴うPosition Fingeringが現われている。 (P. 157本文1段目譜例:第1巻P. 169共に参照)
第27小節:
●左手下行分散和音16分:ソ―レ―ソ―(オクターブ上がる、他音型も同様)ソ、
運指法・・・・・・・・・・1―2―5―――――――――――――――――――――――1、
・・・ラ―ミ―ラ―ラ、ソ―レ―ソ―ソ、ファ―ド―ファ―ファ
運指法1―2―5―1、1―2―5―1、1―2――5―1、

8音一グループとする左手下行分散和音16分同手法は第29小節に見られる。
(P. 157本文2段目譜例:第1巻P. 169共に参照)
第5指を連続して用いるPosition Fingering、左手下行分散和音16分同手法は第17、21小節に見られる。
(P. 157本文3段目譜例:第1巻P. 168共に参照)
第12、13、24、25小節:左手連続3度音型は、(*4−2の)フィンガー・パターンに(*2音一グループとした)僅かなアーティキュレーションをつける。この運指法と、第29、30小節:長い連続的Position Fingeringが、組み合わせて交互に使用されている。
第26小節:左手上行音階の運指法は非常に珍しい運指法である。4音一グループとした音階運指法の直後に、3音一グループとした音型運指法、最後には2音一グループとした親指を使うStep-Over Fingering に変って行く。
(P. 157本文4段目譜例:第1巻P. 169共に参照)第26小節:
左手16分:
4音一グループ:
・・・・ラ−6度上がるファ−ミ−レ、ド−シ−ラ−ソ、
運指法:5・・・・・・・1−2−3、2−3−2−3、
3音一グループ:
ファ−ソ−ラ、シ−ド−レ、
4−3−2、・1−3−2、
2音一グループとした親指を使うStep-Over Fingering :
ミ−ファ、ソ−レ〜〜〜
1−2、・・1−2〜〜

この例ではPaired Fingeringと、親指を用いたStep-Over Fingering が交互に使われ、Position Fingeringが独特の混用技法として収斂されていく様子が見られる。第2―4指がアクセントの付く音には最も頻繁に用いられるが、親指・小指も広い音程では使われている。 右手第2指と第4指がアクセントの付く音に優先的に当てられている特殊例として、Galliarda Varirt シャイト作、Bartfa Ms. 27. マヌスクリプト、前記一覧表―5。 (P. 157本文5段目譜例参照)
パッサメッツォ第6変奏曲冒頭部分には、教訓的示唆を多分に含んだ運指法が右手下行音型に見られる。
(P. 157本文6段目譜例:第1巻P. 169共に参照)
●右手下行音型16分:
・・・・ラ(オクターブ上がって)ラ―ソ―ファ、ミ―レ―ド―シ、
運指法:1・・・・・・・・・・・5―4―3、 2―3―2―3、
ラ―ラ―ソ―ファ、ミ―レ―ド―シ、ラ8分
2―4―3―2、・・3―2―3―2、3
この例は、Step-Over Fingering とPaired Fingeringが交互に用いられている音階音型の例証。この例証が鍵盤の演奏テクニックとして、当曲集第2巻P. 129「Toccata super In te Domine speravi」最終部、第190小節からの右手にも現われる。ここでは同音型でスラーの付く音型と付かない音型が隣接し、スラーは「Imitatio Violistica」規則の例証として示されている。ここでのStep-Over Fingering とPaired Fingeringの交互使用は優雅な演奏テクニックを寄与」し、アーティキュレーション・コントラストを必要とする難度の高い演奏を求められた奏者に有益である。
(P. 158本文1−2段目譜例参照)

17世紀の終わりに役を担った、Passaggio Technique、Thumb-Under Fingering、Finger substitution(指の入れ替え)、この3つの演奏テクニック要因は、シャイトの時代初期にはまだ出現・発生した段階と言える。
Passaggio Techniqueは(Johann Mattheson「Der Vollkommene Cap.ellmeisterハンブルグ 1739, reprint Kasel 1954, P. 477 f」と比較されたい)、左右両手に渡って弾かれるPosition Fingerings で、音階音型を伴うソロ・パッセージに出現する。グルーピングされた音型は、上下2段譜表で左手・右手が指定されている。この演奏テクニックはドイツ・バロック、J.S.バッハに至るまで、ドイツ・レパートリーの高度なテクニックに到達する。例えばJ.S.バッハの作品では、「B.W.D.564トッカータC dur」開始部、「B.W.V.572 Piéce d'Orgue G dur」に同例が見られる。
16―17世紀スペインの運指法文献から、シャープキーのある音階にThumb-Under Fingeringが使われていたという信憑性のある推論が成立つ。このフィンガー・パターンは、シャイトとシャイト同時代作曲家には稀にしか現出しない。左手上行音階には4音を一グループとして、殆ど4―3―2―1が多用される。
指の入れ替えは18世紀に初めて出現した。(注20番)この手法はずっと後期になってから、対位法的演奏テクニックの重要因子となった。それ以前にはGriff Fingeringを使用し、特に親指・小指を使う連続的な運指法が行なわれていた。17世紀ドイツの文献には、モダン・レガート奏法の原理は僅かの孤立したケ―スにしか見られない。唯一のケースは、コペンハーゲン376マヌスクリプト、「Praeludium ex clave G 第25小節」
右手和音:2分音符・・運指
レ・・・・・・・・・・・5+タイ:レから8分レ―ミ―レ―ド
ラ・・・・・・・・・・・3
ファ#・・・・・・・・・・2
レがタイで8分レ―ミ―レ―ドと進行する時に、和音のレを第5指から第3拍目頭のタイ付きレで第3指に入れ替えて、3―4―3―2とする運指法。

[当曲集のアーティキュレーション・インストラクションについて]
当曲集の内2−3曲には、運指法とアーティキュレーションのインストラクションが書き込まれている。1624年前後の他の出版物を調べると、このようなインストラクションは豊富な文献に存在する。例えば、フレスコバルディ「トッカータ1627−37年」、「音楽の花束1635年」、アラウホ 「Facultad organica1626」、Johann Ulrich Steigleder「Tabulaturbuch Dass Vatter Unser1627、現代版ed. by Willi Apel, in:Corp ...us of Early Keyboard Music, Vol. 13 American Institute of Musicology 1968 」等。当曲集のアーティキュレーションには以下3種類のインストラクションが明記され、後代に影響を与え、そのうちの幾つかは初めての例証となった。

インストラクション3例:
1.Imitatio Violistica
2.Overlegato―Notation
3.Imitatio Tremula Organi

1.Imitatio Violistica
当曲集第1巻末にシャイトは以下のように書き込んでいる、『ここに示すスラーで括られた音型は、特別な用法として扱かわれる。これはガンバ奏者がスラーを弾く時、数音を一弓同弦で弾く「schleiffen」奏法である。この奏法はドイツのガンバ奏者により推奨されたが、オルガン、リーガル(ペダルの無いリード・ストップのみ、1段鍵盤オルガン)、チェンバロ、クラヴィコードにも、軽く浅いアクションgelindschlägigeの楽器なら優雅でチャーミングな演奏効果を与える。従って私は、この用法を私の鍵盤楽器に適用する事を喜ばしく思う。』
「geschleiffte」、又は鍵盤楽器のアーティキュレーションに関する奏法として、スラーが記譜上に現われたのは当曲集が始めてである。スラーで括られたグループは、第1巻では2音一グループのスラー、第2巻には4音一グループのスラーが現出する。Imitatio Violisticaの原則に基づいたパッセージは、主としてディアトニック音型(*臨時記号が無いという意味)で、スラーを用いてアーティキュレーションとフィグレーション・スタイルの関連性を明確にする事に寄与している。Imitatio Violistica はもっぱら16分音符に使用される。 Imitatio Violisticaがガンバ奏法の模倣だという事を配慮すれば、複数音が一弓で弾かれる訳だから音価以上に伸ばす事では無いが、音と音が重なり合って聞こえるオーヴァー・レガート奏法である事が明らかである。意図としては、後続音を弾くまで前音を保持し、後続音を弾いた瞬間に前音を離す奏法であり、この連続した音の離鍵の為に、軽く浅いアクションとプラッキング・ポイントの「gelindschlägigen」楽器を必要とした。2音一グループである為に、このタッチはペアーのアーティキュレーションを創出した。

2.Overlegato―Notation
Overlegato―Notationの記譜は16世紀に源を発し、最も初めの例証はW.バード他に見出される。W.バード「Munsers Almaine(第115,119,120小節), The Tennthe Pavian: Mr.W. Peter(第77,78小節) from My Ladye Nevells Booke 1591, 現代版、ニューヨーク 1969 」
シャイトは、3度から6度音程の隔度音程にスラーのかかったアーティキュレーションの為に、オーヴァー・レガートの音のグループが精密に演奏できるように、外見上2声部に見える書法で書き表した。第1巻「パッサメッツォ」P. 98・第11変奏第19小節(P. 159本文2段目譜例参照a )と、P. 94・第9変奏第19小節(P. 159本文2段目譜例参照b )との上声部を比較したい。
● 第1巻「パッサメッツォ」P. 98・第11変奏第19小節(P. 159本文2段目譜例a )
○右手16分:6度下行連続音型
ド−ミ−レ−ファ、ミ−ソ−ド−ミ、シ−レ−ド−ミ、レ−ファ−シ−レ、
● 第1巻「パッサメッツォ」P. 94・第9変奏第19小節(P. 159本文2段目譜例b ) ○同音型が右手2声部、8分音符で書き直されている:
ソプラノ:
8分ド・・・・・・レ・・・ミ・・ド、
アルト:
16分休符・8分ミ・・ファ・・ソ・・16分ミ、
ソプラノ:
8分シ・・・・・・ド・・・レ・・シ、
アルト:
16分休符・8分レ・・ミ・・ファ・・16分レ、

第11変奏第19小節には、音のグルーピングがマークされていない普通の記譜法:「a」、同音型第9変奏第19小節には、8音を一グループとするオーヴァー・レガート奏法が書き込まれている記譜法:「b」。パッサメッツォ第9変奏において、左手の音価は右手のオーヴァー・レガート音価より、長い音価となっている。隣接する第26,27小節には、異なるグルーピングが見られる。パッサメッツォ第9変奏第26,27小節:(P. 159本文3段目譜例参照)
第2巻「アルマンド」P. 108、第9変奏冒頭には、様々な種類のオーヴァー・レガートが右手に書き出されている。(P. 160本文1段目譜例参照)
第2巻「トッカータsuper In te Domine speravi 」P. 126、第108小節目から第122小節まで、15小節に渡り繰り返される分散和音の為のオーヴァー・レガート表示は重要である(P. 160本文2―3段目譜例参照)、
しかし最も強い作用を及ぼしているのは2音一グループとするオーヴァー・レガートで、第1巻P. 121「エス・マルス変奏曲」第2変奏曲、P. 122、第11―12小節には、(*上声部の8分音符4音グループと内声16分休符+16分音符との、上下声部がペアーになったアーティキュレーション奏法が表示され、上下2音ごとのアーティキュレーションを示すと同時に、)上声部と内声部はアーティキュレーションで同時に離鍵する。(P. 160本文4段目譜例参照)
Overlegato―Notationは鍵盤楽器テクニックの重要な鍵として引き継がれ、現代レガート奏法とは異なるノーマルなアーティキュレーションが、すぐに聴き手に知覚される。

3.Imitatio Tremula Organi シャイトは唯一のImitatio Tremula Organi運指法インストラクションを、当曲集第2巻「Applicatio 」P. 178、第5変奏にのみ示している。Ach du feiner Reuter 第5変奏の同音反復音型は、P. aired Scale Fingeringで弾かれなければならない。(P. 160本文5−6段目譜例参照)
ラテン語の説明を読んでみよう。「Bicinium imitatione Tremula Organi はオルガンのト レモロの模倣で、左手・右手とも2本の指で同一鍵盤を(*交互に)弾く奏法」。
同音反復音型は、可能な限りトレモロの効果に近く奏さなければならない。後続音を弾く時に隙間無く瞬時に先行音を離鍵する。この演奏テクニックでは、先行音と後続音に時間的ギャップが無い。一方先行音の離鍵と後続音の発音は鮮明に聞き取られ、音粒がダイレクトに繋がらなければならない。このアーティキュレーション・フォームは、ノン・レガート、デタッシュ、分離等とは言われない。話し言葉の「structured legato」(H.ヴォ―ゲルZur Interpretation des barocken Orgelrepertoires in :Der Kirchenmusiker 33 1982 P. 4―11 の記述に、「structured legato」が紹介されているので参照したい。)は、先行音を離鍵する直後に後続音を弾く奏法により創出される。
Imitatio Tremula Organiのアーティキュレーション・インストラクションは、サンタ・マリア(1565)からマテゾン(1735)に至るまで、アーティキュレーションの学識として紹介されている。インストラクションには、全ての鍵盤は後続音を弾く前に、先行音の音価通り完全に離鍵するべきだと書かれている。
サンタ・マリア(注5番) fol.38v.には、「正確かつ明瞭に演奏する技巧」と名付けられた第4番目の条件として、「後続音を弾く前に先行音の指は離鍵しなくてはならない。後続音はダイレクトに続いて弾かれなくてはならない」とある。
マテゾン「Kleine General-Bas-Schule ハンブルグ1735 reprint Laaber 1980 P. 72 」では 、「何故と言って、しかしながら、指のこの上下運動は自立した手法を持ち、以下のインストラクションはガイドラインを与えられるだろう。ド音上に左手中指を置き、静かに鍵盤を押す。次にこの中指のド音を離鍵する時に、レ音上に人差し指を置く。この人差し指のレ音を離鍵する時に、ミ音上に親指を置き、こうして人差し指と親指を交互に使う運指法は、上のド音まで続く・・・」
残念ながら、Imitatio Tremula Organiにおいてアーティキュレーションをどのようにするのか、又はアーティキュレーションとの関連性がどう演奏されるべきであるかという記述は、例外的ケースにしか見られない。ディルータ「Transilvano fol. 5v 」はこの例外的ケースとして、対位法的レパートリーをオルガンで演奏する時のcloseアーティキュレーションと、舞曲音楽をチェンバロで演奏する時のよりopenアーティキュレーションとの差異を、明確にしている。
これに関して、シャイトのImitatio Tremula Organiについてのインストラクションには、注目すべき2つの方法がある。すなわち、「Imitatio Tremula Organiは8分音符にのみ用いられ、同音反復音型にはPaired Scale Fingeringが用いられる。原則的に、同音反復であってもなくても演奏テクニックに差は無い。シャイトのコンセプトでは、ディルータが示した対位法的レパートリーをオルガンで演奏する時のcloseアーティキュレーションが、Imitatio Tremula Organiの8分音符演奏に匹敵する。
Tabulatura Novaのアーティキュレーション・インストラクションは、レガート奏法の記譜法に異なるフォームを与えている:
1) Imitatio Violisticaのスラーは16分音符にのみ使用され、明確なアーティキュレーション・グループを形成する。
2) 旋律的Overlegato―Notationの記譜は外見上2声部に見える旋律線を示し、通常 上声部は16分音符、内声部はそれより長い音価で記される。和声的Overlegato―Notationの記譜は、特に8分音符で記される。Overlegato―Notationのアーティキュレーション効果は最も複合的で、2音を一グループとした単純グループから、多数音を一グループとしたグループにまで範囲が及ぶ。(トッカータsuper In te Domine speravi 最終小節:第2巻P. 129参照。)
3) Imitatio Tremula Organiは明らかに、新たなアーティキュレーション・コンセプ トである。ここでは8分音符が、シングル・シラブルのスピーチ・テンポに匹敵する。可能な限り滑らかに又はレギュラーに演奏し、アーティキュレーションしなければならない。このアーティキュレーションは、反復音の間の隙間を最も縮めたアーティキュレーションとして精密に度合いが限定される。

[運指法とアーティキュレーションとの関連性]
3つのアーティキュレーション・インストラクションについては、演奏タイプの違いを明確に記述した。すなわち一方は種々段階のレガート奏法にグルーピングしたもの、他方は精密でなめらかなアーティキュレーションである。この枠内にあるスラーのマークやオーヴァー・レガートのグルーピングを含まないフィグレーショングの演奏方法が、Paired Fingeringの巧みなアーティキュレーション・グルーピングから、Position FingeringとStep-Over Fingering におけるよりなめらかなアーティキュレーションへと拡大した。 奏者はPaired Fingeringにおいて使われるグルーピングの種類を、自分で決定しなくてはならない。このグルーピングの判断が、グルーピングした音型で弾くか、殆どなめらかなアーティキュレーションで弾くかを巧みに処理する鍵となる。しかしながら明らかに、強いグルーピング効果を意図するImitatio Violisticaのスラーは、アーティキュレーション記号の無い普通のフィグレーションの演奏スタイルとは、全く別の奏法でなくてはならない。例えば第2巻トッカータ「super In te Domine speravi」P. 129、第190―204小節のように、前述両方の記譜が同音型 Imitatio Violisticaに、スラーがあるものと無いものと並べて書き分けられている例に示されている。
シャイトは特に、速い音型に詳細なアーティキュレーション記号を記した。とりわけ、異なるグルーピングに多様なレガート・フォームを与えている。長い音価について見てみると、全く速い音型と相違して、4分音符・2分音符等は、確実なコネクションの度合いやアーティキュレーションの分割について、必要なインストラクションは言及がされていない。しかしこのケースには、16世紀終わりから17世紀初めの2段譜レパートリーに見られる、話し言葉を優先させる: speech-orientedアーティキュレーションが必要とされる。加えて音響条件により調整する必要性が大きい。反響の多い所では、より多くのアーティキュレーションが必要となる。Imitatio Tremula Organiのレガート奏法は、スラー又はオーヴァー・レガートの記譜と、オープン・アーティキュレーション(*デタシェを目的としたアーティキュレーション)のボーダーライン上に発生する。
運指法とアーティキュレーションの関連性は、多様なファクターにより決定される。オルガンの場合鍵盤を押す度合いで音を強くする事が不可能なので、押さえている鍵盤が戻ってくる離鍵の瞬間を区別する事に、重要な役割が課されている。オルガンで音にアクセントを与えるという事は、先行音を離すはずみにより、後続音の強調が聞こえるという事からしか生まれない。離鍵のスピード・コントロールが語りの抑揚を生み、鍵盤の上下運動を無限の色を作り出すパレットへと変えさせる。長い音価の場合には、全ての音の終わりに離鍵スピード・コントロールが可能である。速い音価の場合には、離鍵スピード・コントロールが運指法からしか実践出来ない。
Paired Fingeringは指のモーションから、「良い音(アクセントのある音)」を規定する。音の移行の際、隣接しない指(右手、上行:4―3下行:2―3)の方が、隣接する指(右手、上行:3―4下行:3―2)より離鍵スピードが素早くなる。「良い音(アクセントのある音)」の前の音を素早く離鍵する事により、「良い音(アクセントのある音)」に強いはずみが加わる。
Position Fingeringはこれと異なり、北独派の演奏テクニックではPaired FingeringとPosition Fingeringの組み合わせが多く使われ、ペアー・グループの僅かなアーティキュレーションと、よりなめらかなアーティキュレーション奏法との間には、色や明暗のぼかしに相当する微妙な差異が存在する。音のグルーピングと「良い音(アクセントのある音)」のアクセントを想定する事が、オーヴァー・レガート・テクニックとImitatio Violisticaを発現する。
Step-Over Fingering は、「良い音」と「悪い音」の自然なアクセントに反する「不本意な:against the grain」指の運動により、グルーピングされたアーティキュレーションを導き出す。しかしディルータはそれでも、エレガントでなめらかな演奏スタイルを提唱している。Step-Over Fingering は特殊なアーティキュレーションを創出するが、短い指を弾いた後に手の位置を変えて指をまたぐ為、手の位置を安定させておく事が出来ない。Step-Over Fingering による明確なアーティキュレーションは、スピーチにおける「シングル・シラブル(発音分離法)」と比較できる。
グルーピングが最も顕著となるのは、最小単位のアーティキュレーションからなるオーヴァー・レガート奏法である。オーヴァー・レガートは2音グループから連続的多数音グループに至るまで、多様に適応させる事が出来る。これらオーヴァー・レガートのグルーピングは、シャイトのスタイルと同時代作曲家に特有の演奏技法である。
Imitatio Violisticaのレガートを意味するスラー・マークによるグルーピングに、大差は無い。このケースでは、ディアトニック音型は2音グループ、4音グループ、どちらにも可能である。
Paired Fingeringで巧妙にグルーピングされた2音ずつの音型と、Position Fingeringのよりなめらかなアーティキュレーションとの持続的な交換は、無印(ノーマル)フィグレーションである事が特徴的である。Step-Over Fingering は、早いスピーチ・パターンでのシングル・シラブルを際立たせる、よりopenアーティキュレーションを必要とする。 アーティキュレーションがcloserになると、結果的にグルーピングが強調される。アーティキュレーションがよりopenによると、なめらかなサウンドとなる。全てのアーティキュレーション・フォームは、運指法フォームとの緊密なコネクションを持つ。このコネクションとは、単声部フィグレーションや分散和音奏法に明らかである。長い音価の場合には、鍵盤の上げ方のスピード・コントロールが、「良い音」と「悪い音」のアーティキュレーション効果の差異を生む。Griff Fingeringの場合には、多様な条件下の反応が考えられる。1600年前後のトッカータでは、伴奏音型、隔度音程、和音等の音価は、部屋の音響条件から音価の縮小が自在に行なわれた。
このように運指法とアーティキュレーションのフォームは、様式解釈に不可欠な要素であり、これにより複雑なフィグレーションでも、聴き手にはより明確になり、弾き手にはより容易く演奏出来るようになる。運指法とアーティキュレーションは、作曲意図を明確にし、幅広い未知の音楽言語を学ぶガイダンスにもなる。全ての例証において、オリジナル運指法は有益な演奏解釈モデルを示している。クラヴィコードから大オルガンのように、規模の違う楽器から異なる結果が滲出したとしても、対位法や和声構造とフィグレーションの間に、相通じる均衡を聞き取る事が出来る。
初期音楽演奏テクニックの論議は、19―20世紀のレガート・コンセプトが常に演奏上主役を担うとする所に限界がある。17―18世紀演奏解釈について革新的存在だったアーノルド・ドルメッチは、早々と運指法とアーティキュレーションの重要性について評価を与え、1915年の著述には、隣接指はレガートに、隣接しない指にはノン・レガートを当てるよう書いている。彼の論述はその後の演奏解釈論に多大の影響を与え、何十年にも渡りこの説が実践され続けた。単純音階フィグアにおける極端なアーティキュレーションの相違を、英国の文献とディルータが主張した運指法とを比べたドルメッチから引用する。Dolmetsc(注3番P. 380 ff. )Howard Fergusonは彼の著述「Keyboard Interpretation London 1975 P. 76 」で、なおもドルメッチ説を引き継いでいる。
(P. 163本文1―2段目譜例参照)。
●右手上行&下行音階8分:
英国ヴァージナリスト:
Paired Fingering:
ド―レ―ミ―ファ、ソ―ラ―シ―ド、レ―ド―シ―ラ、ソ―ファ―ミ―レ、
1―2―3―4・・3―4、3―4、5―4―3―2、3―2、3−2、
ディルータ:
Step-Over Fingering :
ド―レ―ミ―ファ、ソ―ラ―シ―ド、・レ―ド―シ―ラ、ソ―ファ―ミ―レ、
2―3―4、3・・4、3―4・3―4―3―2・3―2、3―2、3

このように運指法とアーティキュレーションの関連性についての演奏解釈は、絶えず行なわれるアーティキュレーションの分割により、グルーピングに著しい差異をもたらす。しかし弦楽器の運弓や管楽器のタンギングでは、鍵盤楽器よりはるかに微妙なアーティキュレーションが可能となる。ドルメッチの初期運指法;アーティキュレーション・コンセプトを適応する事は、稚拙な演奏へと導き、洗練度が低くなる。従って20世紀中頃まで、多くの音楽家は初期運指法に抵抗して来た。他楽器の演奏テクニック発展をかんがみて、初期運指法・アーティキュレーション・コンセプトを実践的に適応し始めたのは最近10年の事だ。

[Ach du feiner Reuter変奏曲(第2巻P. 172)の運指法]
有名なAch du feiner Reuter変奏曲のシャイト自身により書かれたインストラクションは、初心者向きの運指法ではない。むしろプロフェッショナル用マヌスクリプトにおける、複合的:mixed運指法スタイルが提示されている。この変奏曲は第1巻に含まれる作品で、1600年前後の演奏スタイルをベースに、編者(*Harald Vogel)により巻末参考譜例として第2巻に再版された。
開始テーマとなっている単声歌曲「Cantio Belgica」にはホモホニックな和声が賦与され、ヴォーカル・テクストに良く合致する。この曲ではInterval fingeringのルールが適用され、左手・右手が2声部ずつを弾く。アーティキュレーションはスピーチから規定されている。第1小節目・反復和音は、離鍵スピードのコントロールを区別する為の練習モデルとしてふさわしく、アクセントの付く音はゆっくり離し、アクセントの付かない音は素早く離すテクニックにより、(*「良い音」と「悪い音」の差異を強調するように要求している。) 第1変奏は左手・右手が酷似していて、2声部ずつを弾く。この変奏曲の第1部分は、上声部のメロディーに模倣声部を伴う、特徴的コンソート(*16―17世紀同属楽器編成合奏曲、合唱隊の)・スタイルで書かれ、第2部分は連続する繋留フィグア、第3部分はディアローグとなる。ここでもInterval fingeringが適用されている。
第2変奏はよく動く上声部とホモホニックに支えられた下声部を持つ、トッカータ様式が使われている。上声部には、多様なフォームを持つFiguration Fingeringが与えられている。第1小節上声部16分音符にPaired Fingering、第7小節上声部16分音符にPosition Fingeringが当てられている。Position Fingeringは、第9―11小節上声部8分音符分散和音、第29―30小節上声部では、反復する同じ音型にPaired FingeringとPosition Fingeringの交換が使われている。関連性のある多様なPosition Fingeringの適応により、運指法は平易化される。しかしこのように平易化された運指法は、より均一化したアーティキュレーションを生み出す。規模の大きい込み入った音楽は、運指法とアーティキュレーションの錯綜したコンセプトを意味する。平易なアーティキュレーションと運指法を選択するか、より複雑なアーティキュレーションと運指法を選択するかは、実際には演奏解釈の問題である。
第2変奏の下声部には、いわゆるGriff Fingeringとして知られる運指法を文献から復元出来る。既述したようにFiguration Fingering以外には、異なる運指法の可能性が僅かにしか存在しない。最も重要な事は左手に親指がよく使われている事で、右手のGriff Fingeringには開始テーマCantio Belgicaに見られるように、一貫して親指使用が回避されている。この左手・右手不均衡な演奏法は、特にテーマCantio Belgicaの第1小節目にも顕著である。
器楽的2声部で書かれた第3変奏の運指法は、フィグレーションにおいてPosition Fingeringが広範囲に使われ、装飾の無い旋律と同音反復音型にPaired Fingering(第5変奏のImitatio Tremula Organiと同じ感覚で)が用いられている。
第4変奏は名人芸的トッカータ・スタイルで、片手で3度重音連続を弾くという超絶テクニックが書かれている。片手重音3度連続にPaired Fingeringを用いる最初の文献は、Juan Bermudo 「Comienca el libro llamado declaración de instrumentos musicales, Osuna 1555, Facsimile Kassel 1957, fol. lxi, and Santa Maria, 注5番、fol.45 」。
第9―12小節、第26―28小節、第30小節の循環フィグアには、殆どの場合Position Fingeringが当てられているのに反し、第16小節;右手重音3度連続はPaired Fingeringが可能である。ここではPaired Fingeringが小さなグルーピングを賦与して、この部分だけが際立つ事を減じている。重音6度連続では、下声部の親指を完全にリラックスさせなければならない。Praeludium ex clave G (P. 153本文譜例5段目34小節参照)のように、連続する重音6度に当てられる右手5/2指は、重音3度連続の4/2指に匹敵する長い音価の重音奏法である。重音3度と重音6度の速いパターンに使われる連続した4/2指又は5/2指の運指法は、大きなopenアーティキュレーションとなる。
第5変奏のApplicatoは、運指法とアーティキュレーションの関連性、「良い指」「悪い指」のコンセプトを理解する事について、キーポイントとなる役割を担っている。同音反復音型のCloseアーティキュレーションは、オルガン・トレモロを模倣し、オーヴァー・レガートから、音価を縮小して行なうアーティキュレーションまでの中間的アーティキュレーションの位置にある。
シャイトは軸となるアーティキュレーションの範囲を、始めて明確に規定した作曲家である。彼は英国ヴァージナリスト達やスウェーリンクの伝統に基づいて、同音反復音型にPaired Fingeringを用いた。(*同音反復音型では、初めの鍵盤が完全に戻ってから次の同音を弾かなくては発音が出来ない。)従って後続音の鍵盤を押す前に、先行音は完全に鍵盤の上がった状態になる事が必要である。この鍵盤運動の上下コネクションは、楽音の始まりと終了を聞き取る事に寄与し、結果として、既述したstructured legatoを生む。structured legatoにより、多様なフォ―ムのFiguration Fingeringをベースとする音楽的効果===結果としてスピーチ・アーティキュレーションと同じ効果===を獲得する事が出来る。その結果、同音反復音型と同音反復でない音型とは、運指法・アーティキュレーションにおいて基本的に差異は無い。
第5変奏の第5―7小節、左手32分音符の名人芸的フィグアは、指運動の限界速度にアプローチしている。この音型では、Position Fingering1―2―3―4―5、又は5―4―3―2―1で明確なアーティキュレーションを継続する事は、先行音より長い指を最後に当てる運指法:1―2―3―4―3、4―3―2―1―2―を除いて、殆ど不可能である。
同様に第6変奏の左手運指法も、名人芸的パッセージに提示されている。第5小節と第8小節には、親指を使うStep-Over Fingering が、音型の最後に親指が常に当てられるように書かれている。第9―11小節、第17―22小節は、Position Fingeringが重きを成し、対照的に第25―31小節はPaired Fingeringが重きを成す。右手のGriff Fingeringには親指が使われている。左右の手の構成的役割に、第2変奏のミラ―(鏡反射)が採択されている。
最終変奏は器楽舞曲スタイルのホモホニック楽章で、曲の最後に器楽コンソートとしても弾く事が出来る。歌パートが第1変奏と同じく右手上声部に据えられている。右手が上部、左手が下部を弾き、両方の運指法はInterval fingeringによる。
この変奏曲には、スウェーリンク派の演奏テクニックを練習する秀逸なマテリアルが盛り込まれている。従って、シャイト鍵盤楽器スタイルのトレードマークとなった、広域に渡る Composition タイプが理解を助ける。
Composition タイプのコントラストは、第1巻P.84-100、パッサメッツォ変奏曲にも盛り込まれている。パッサメッツォ第9変奏(第1巻P.94-95 )のオーヴァー・レガートを意味するアーティキュレーション・フォーム、又は第8変奏(第1巻P.92-93 )のImitatio Violisticaは、きわめて緊密に結び合わせて演奏しなければならない。第10変奏右手にはもっぱら重音3度・6度連続が駆使され、高水準の名人芸的鍵盤テクニックが求められる。 全てのアーティキュレーション・フォームは、運指法フォームとの関連性の内に存する。 初期演奏テクニックを練習する以外に、運指法とアーティキュレーションの関連性を完全に習得する方法はない。Figuration Fingeringによって解決する幾つかの運指法の可能性を、全て完全に復元する事は不可能である。Ach du feiner Reuter変奏曲(第2巻P.172 )に与えられている運指法は、1600年前後、オリジナル運指法のコンセプトをベースとしたレパートリーの演奏解釈のモデルとしてその役目を果たしている。

[装飾音]
装飾音はシャイトの手書き文献にのみ出現するが、当曲集の演奏テクニックを論議するには、装飾音にも言及しなくてはならない。初期活版印刷の活字テクニックでは、装飾記号を刷り込む事は出来なかった。この理由により、当曲集のオリジナル記譜に、1600年前後の鍵盤楽器スタイルの重要な装飾記号を見出す事は出来ない。近刊スウェーリンク鍵盤楽曲集には、スウェーリンクの音楽と彼のドイツ人生徒達の文献から見出される、「|」、「║」、「+」、「*の変形に上部黒点」等のサインと装飾音スタイルについて、詳細な記述がある。17世紀ドイツの装飾法では、装飾音は主音から始める。
Frederic Neumann「Ornamentation in Baroque and Post―Baroque Music Princeton 1978, P.296―311」参照。
フランシスコ・コレア・デ・アラウホ「Facultad organica of 1626 」には、装飾音を弾く為に、右手第3指・左手第2指をメイン・フィンガーとして採択する事が書かれている(注27番)。このメイン・フィンガーの採択は当曲集でも同様で、アラウホの「Facultad organica of 1626 」と当曲集(1624 )は、ほぼ同じ頃に出版されている。
アラウホは運指法ルールの解明について、サンタ・マリアで行なわれたように、運指法は装飾音を演奏しやすいテクニックから導かれるという立場をとる。初めて我々はここに、運指法テクニックが詳細かつ合理的に説明されているのを見出し、これが鍵盤楽器対位法の特定された演奏テクニックから発現された事を知る。運指法と装飾法の密接な関連性は、北欧の演奏スタイルに限られている訳ではない。右手第3指は、装飾音を弾く時のメイン・フィンガーとして好まれた。装飾音の開始音は主音からが大多数だった。

[ペダル・テクニック]
北独オルガニストのペダル・テクニックはオルガン演奏の不可欠な要素として発達したにも拘わらず、実際のインストラクションは知られていない。ペダル・テクニックについては、後期の文献を参照せざるを得ない。ペダル・テクニックを明確に限定して、踵(かかと)奏法を含む多数の課題を収集した文献は、Johann Samuel Petr’s 「Anleitung zur P.raktischen Musik, 2nd edition Lauban 1782 reprint Giebing 1969, P. 314-331 」。 踵奏法の系統的なテクニック発展について書かれている、後期の文献を理解するよりどころとなるのは、ペダル・クラヴィコードでペダルを演奏する経験である。当時ペダル・クラヴィコードは、ドイツ・オルガニスト達の練習楽器として重要な役割を担っていた。ペダル・クラヴィコードはそのtone productionにおいて、踵奏法で発音のコントロールをする事は、つま先から踵までのウェイト・シフティングが演奏に間に合わないので、如何なる状況においても不可能だった。足と脚両方のウェイトを使用する事が、ペダル・クラヴィコードのtone productionには必要だった。くるぶしからはずみをつけて、踵・つま先を交互に利用して演奏する事は、楽器の弦の反動:reboundメカニスムに相当する。それでも踵奏法は、定旋律の長い音価を演奏するのには問題が無い。筆者自身のペダル・クラヴィコード演奏経験は、Johann David Gerstenberg pedal Clavichord 1760 のレプリカ、Joel Speerstra がJohn Barnes と協議の上造った、エジンバラ 1993-94作。オリジナルGerstenberg pedal Clavichordは、ライプツィヒ、楽器博物館所蔵。

17世紀北独レパートリーに使われたペダル・テクニック3つの可能性は、それぞれが異なる用途を持つ:
1. 両足のつま先を交互に使う
2. 片足のつま先を継続して使う
3. 踵を使う
交互:alternationテクニック(*両足のつま先を交互に使う)は、19世紀の最も重要なテクニックとして存続した。ペダル・テクニックの一般的基礎として重んじられた体系的な踵奏法は、20世紀までは続かなかった。Marcel Dupré 「Méthode d’Orgue Paris 1927 」、更にFernando Germani 「Metodo per Organo Roma 1939、1952」参照。
17世紀、踵は、主に定旋律の長い音価を演奏する事に用いられた。3−4声部をペダルで弾く奏法は16世紀初めArnolt Schlickにより記述されたが、踵の使用を余儀なくさせるのは、勿論踵とつま先を交互に使うという意味においてでは無い。
(Arnolt Schlick注31番、「fol. Viv and P. 78 f. 」参照。
10声部 Ascendo ad patrem meum の内4声部をペダルで弾く記述は、注目に値する。
Arnolt Schlick「Orgelkompositionen」 マインツ 1969 P. 52 f.参照。)
このテクニックは後の16・17世紀になっても言及された事はなく、当時のレパートリーにも現われない。
ペダル・テクニックの第4番目として挙げられるfoot crossingは、ナチュラル・キー上に足を前後させて置く手法だが、17世紀のオリジナル・ペダル・ボードにのみ例外的に使用された。(1610年建造Compenius organのペダル鍵盤は疑わしい。非常に稀な例証として、現在はFrederiksborg Castle Helsingør DK 礼拝堂に収容されている。)Jacob Adlungの意見は「ペダル鍵盤はあまり短くないように、何故なら足がクロスした時に動かし難いからである」、Jacob Adlungの時代の比較的長いペダル鍵盤と、古い楽器に見出される短目のペダル鍵盤との違いを引用している。
Jacob Adlung 「Anleitung zu der musikalischen Gelahrtheit Erfurt 1758 reprint Kassel 1953 P. 359」参照。
Paired Fingeringが北独レパートリーで大きな役割を果たしたように、18世紀以前の単純なペダル・テクニックは、常套手段としてつま先を両足交互に使い、「良い音」「悪い音」或いは「アクセントの付く音」「アクセントの付かない音」の実践に容易く用いられたという仮説が成り立つ。メロディーの進行、又は長い音価の為には、同じ足のつま先が反復される。(当曲集第1巻 P. 130 Da Jesus an dem Creutze stundt, 1. Versus 第28―33小節参照)
(P. 167本文譜例1段目参照)
定旋律声部をペダル・ボードの真中で弾く時に、このルールは立証される。
(P. 167本文譜例2段目参照)
ペダル・ボードの外側では、連続する音も片足で弾く事がある程度可能である。しかしながら、つま先を両足交互に使う、又は踵を使う奏法、この両方のペダル・テクニックは、ペダル・ボードの外側で行なう長い音価のアーティキュレーション・コントロールについて、高いレベルを獲得した。特に定旋律にリードのレジストレーションを使う場合、敏感な離鍵が要求される。上下いずれかののペダル・ボードにある定旋律を弾く為に腰を回して足の位置を変える:turned posture も、変奏曲の間にポジションを替える必要が無い場合に可能である。
ベーシックなテクニックとして使われた「良い音」「悪い音」に適応する、つま先を両足交互に使うテクニックは、僅かな逸脱が必要となる事から少量の練習時間を余儀なくされ、拍節と旋律テクスチャーに見合った即興性を寄与する。

サマリーでは以上の観察から、1600年頃からの鍵盤楽器奏法・エステティックについて有益な洞察を提供した。明らかに初期テクニックは決められたルールに固執すべきものでは無く、演奏に於いて柔軟性のあるコンセプトである。 Ach du feiner Reuter変奏曲(第2巻P.172)の運指法サジェスチョンは、シャイトと彼の時代の演奏テクニックに、良いイントロダクションとして役に立つ。又ソロ・パッセージでFiguration Fingeringが如何に使われたかを、他と区別して理解することが出来る。
ルネサンスとバロック演奏テクニックの使用の為に、最重要ステップは次の3点:
1.指の置き換えを避ける事
2.ペダル奏法において、踵の使用を避ける事
3. 最小限のThumb-Under Fingeringを使用する事

1998年秋、Bunde                 Harald Vogel
[完]



[HOME]

mail : WatayaYuko@aol.com