ケルン追憶


ケルン追憶

ケルン留学中に随時書いてきた 「ケルン通信」に変わり、
これからはこの「ケルン追憶」を 随時発行していく予定です。


居酒屋Kneipe

現在 No.1 & No.2 掲載中。


第1回
2002年10月12日更新

「守るべきもの」

2ヶ月。本当にあっという間だった。ビルの合間から見える四角い空を見上げて思いを馳せる。 あの空が懐かしい。Uniの公園、あのどこまでも遮るもののない真っ青な空を初めて見た時 「ああ、私、今日はいっぱい笑いたかったんだ」と突然、心がほぐれていったことを今でもはっきり覚えている。 何もかもが優しくて。あったかくて。少し前を歩く彼の背中に飛びついた。あの空と 同じくらい大きくてあったかい背中。あの風。あの青・・・。

本帰国してきたばかりの頃はそうでもなかったのに、少しずつ経つにつれて私の中で 何かが壊れていっていた。そんな自分に気づかず、それを日本のせいにしてた。 しがらみを感じたり、親や彼と喧嘩するたび「ああ、ドイツのほうがよかった。帰りたい」と思った。 自分が日本へ帰ると決めたくせに。
眩しすぎるネオン、夜でも明るい空、24時間営業のスーパー(コンビニではない)・・、 そんな眠らない町は、今や東京だけではなくなった。
音や物、人があちこちに氾濫しすぎていて、何が絶対に必要なものなのかという輪郭がぼやけている。 あまりのものの多さに息苦しさを感じた。自分のペースがなかなかつかめない。
雑用が多くて、自分の時間がどんどん削られていく。
絶対に必要とされるものの輪郭が薄くなって、いつのまにか大切なものがずれていく。
あんなにドイツでは当たり前のようにみんなが大切にしていた「自分」というもの、「自分の時間」という 誰も踏み込めないはずのものも、いつのまにか「お金」「稼ぎ」といった現実に平伏していく。 確かに、今まで(こんな歳まで)学生と言う身分でいられただけでも甘えていたと思う。 だからこれから環境が再び変わった、というだけでなく、学生でなくなった、という 大きな変化とともにスタートした日本での生活だから甘んじてはいけないのだけど。
それにしても 何で日本はこんなに余裕がないんだろう?
なんでこんなに心が殺伐としてるんだろう?
そこまで考えたとき、初めてハッとした。それは私なんじゃないかって。
余裕がなくて、心が殺伐としてるのは、私なんじゃないかって。

ここに辿り着くのに2ヶ月もかかってしまった。
だからなかなかこのホームページも更新できなかった。なんだか、あのまま、 あの8月のケルン空港で別れたときのまま、終わっておいてもいいんじゃないかな、とも思った。
正直、親の小言にもうんざりし、今まで自分のペースで一人(もしくは二人で) 生活してた分、その小言が重く感じるときもあった。そのストレスをぶつけてはいけない彼に いつでもぶつけ、ぶつけた分だけ自分も後で落ち込んだ。
今まで黙って聞いてくれてた彼がある日言った。
「“帰国病”だよ。“日本病”っていうかさ。かかっちゃったんだね。俺もそうだったからわかるよ。 気づかないところで焦ってるんだ。でも焦ったって仕方ないよ。帰ってきてすぐ仕事なんてあるわけないし、 自分と同じ年頃の友達は結婚して、軌道に乗ってバリバリやってたり。 俺も周りが成功していく中、耐えてるよ。でも焦っちゃいけないんだ。その分、心の中に財産がある。 ケルンの生活は決して遠回りなんかじゃないんだ。“ドイツはよかったなあ”ってそこで ストップして、いつまでも逃げ道をそこに持っていってたら、そこから前に進めないよ」
同じ頃、ケルンの大親友から電話もあった。
「な〜んかえらくごちゃごちゃメール書いてきたなぁ、と思って。でも、書けるようになっただけ マシになったのかなとも思ったけどね。ほら、その渦中にいると文なんてまとめられないからさ。 こっち(ドイツ)にいる時と日本で生活していく時を同じ視点から比べちゃだめよ。 ドイツで出してたような音が出ないなんて、あなた、当たり前よ。同じ音を出そうとするのが間違いよ。 ドイツであんなにあなたが身軽に動けたのは自由だったから。家族もそばにいなけりゃ、 それに付随するものが一切なかったから。だから、今、しがらみとかいろんなものが出てきて当然なの。 それはあなたにとって守るべきものができたってこと。故郷には守るべきものもあれば、逆に あなたを守ってくれるものもある。守るべきものを得た人の音は、変わって当然なの。わかる?」
そう言われた時、ふと私の心に過ぎった人がいた。

夏以外はひなびた漁村という感じの地中海沿いの小さな町、チェルボ。小高い丘のてっぺんの 教会を中心にこじんまりとたたずむ町。海岸沿いからシャッターを押せば、そのレンズの中に すっぽりと町全体が収まってしまうような小さな町。そこの教会であの女性と出会った。
たまたま私はその日、サンレモから一人でローカル電車に乗ってこの街へ来た。
もう10月も半ば。町にはほぼ人がいない寂しい状態になっていた。
教会の中においてあったサイン帳みたいなノートになんとなくドイツ語で 「ちょうど1ヶ月前に来たばかりだけど、またこの町に来てみました」と書いて外へ出た。
教会の外の広場にあった石段の手すりに(太かったから)寝ころんで地中海を見てたら、 あとから教会から出てきた女性に
「ドイツ語できるのね?あなたはここに前にも来た事あるって 書いてあったけど、他にどこか教会のある場所知らない?」
とドイツ語で話しかけられた。 彼女は南ドイツから来た人だった。
「もう一つ、教会は確かこの裏手の階段を下っていったところに ありましたよ」
私が起き上がって答えると
「ありがとう。ところで、なぜこんなところにきたの?」と 質問された。私が笑いながら
「サンレモでピアノのコンクールがあったんだけど、 昨日の2次予選で落っこちちゃったから、今日は休憩」と答えると
「そう、残念ね。でも 後悔はしてない?」と聞かれた。
「後悔はしてません。やるだけのことはやったし」
と答えると 彼女はとっても綺麗な笑顔で
「そう。それが一番大切よ。次につながるから」
とこちらまで 清々しくなるような笑顔で言ってくれた。
私が「あなたはなぜここに来たの?」と 逆に質問してみると
「最愛の夫を亡くしてね。それで思い出の場所に祈りに来たの」
と 胸元のまだ1歳にも満たない子をあやしながら、笑みを絶やさず答えられたとき、 私は言葉を失った。その笑顔。強さ。
今になって思う。あれは、守るべきものがある強さなんだろう、と。

私にはまだそんな大それた守るべきものなんて言えるものはないけど、 でも大切なものはたくさんある。家族、恋人、友達、先生、音楽、思い出・・・。
そんなかけがえのない思い出たちをもう逃げ道にはしない。糧にしていこう。
そういえばドイツにいたとき、こないだ電話をくれた友達が言ってた。「周りを見たら(上ばかりで)キリがないよね。 今いい仕事(下積み・練習)を続けてたら、それは後で実になる。そう信じるしかないよねー…」
胸を張って、いい仕事をしてる、と日本で言えるように、私もがんばろう。
それは自分をしっかり持つ、ということになる。ドイツで大切にしてたもの、日本でも大切にすればいい。

というわけで、これからもどうぞヨロシク!!

第2回
2003年3月18日更新

「反響」

本帰国してまだ間もなかったときに書いたこの「ケルン追憶」の第1回目を読んだ方から いろんな角度からいろんな意見を頂きました。そのどのメールにも感動し、力づけられました。 今回、このスペースを借りて3人のメールを一部抜粋して紹介したいと思います。 それぞれの方が様々な角度から海外と日本を結んでいます。 きっと同じような悩みや想いを抱いている人は多いでしょう。 どうぞじっくり読んでみてください。そして、励みにしてください。

『「ケルン追憶」は私もまったく同じような状況でした。 本帰国後、生活が落ち着いてくるにしたがって、私の中で精神的なバランスが崩れてきてしまったのです。やはり、仕事が見つからない焦り、ボストンはよかったな〜なんて思って、どうしても日本を日本人を肯定的に見れなかったり(自 分も日本人なのにね!)、周りに知っている人や友達がいないという環境もよくな かったのでしょうね。彼しか話相手がいなくて随分当たってしまいました。(笑) 完全 な「逆カルチャーショック」状態。まるで外国人と話しているみたいだな〜なんて彼 に言われていました。まさしくみいちゃんの彼の言っていた「帰国病」の症状。
最近やっと気分的などん底からはいあがってきたかな〜と思います。ほんと焦ってもしょ うがないんだよね。どこに住んでいても自分次第でどのようにでもなるのに、ボスト ンにいた時の自分が最高!日本だと自分のやりたいことができない、楽しくない、充 実していないなんて思ったりして。実際、緑いっぱいの公園をゆったり散歩したり、 ふらりとコンサートに出かけたり、いろいろな国の友達たちとはしゃいだり、なんて ことは日本ではなかなかできないけど、それに代わるたくさんのことがあるんだろう ね。』

『私はあなたの帰国病はすごく良く分かります。私はヨーロッパで暮らしたことはな かったけれどあなたが今日本で感じていることをずーッと長い間感じていて、コレは おかしい、なんかおかしい、それとも私が変なのか、とそれこそ病気になってしまう ほど苦しんできましたから。そして、やってみて駄目だったらあきらめるけど、なん にも挑戦しないまま日本で我慢していたら一生後悔する、と41歳にして何もかもリ セットして飛行機に乗ったのですから。
こちらで仕事が取れて、こうしてココにいて、本当に運が良い、と思わない日はあり ませんが、結局、日本と同じ事は多かれ少なかれココでも起こります。特に、オーケ ストラ、という社会は同じです。ただ、起こったことが同じでも、ココにいる私は違 います。自分で選んでココにいるのだから、どうするかは自分で決めよう、と思うの です。相手にヒステリーをおこすか、それとも笑って私はこう思うんですが、と言う か、自分と相談して自分が決めていく感じがします。日本にいたとき、もちろんそう していたつもりだったけど、まわりに押しつぶされて、結局自分は悪くないのに、と 思えるようにしないと辛くてやって行けなかったのです。
日本は、難しい国です。1人の人間が自分の思いを大切にしようとする、そんな簡単 な基本的なことが、よほどの意志を持ってしてかからないと出来なくなります。家族 の中にいたってそうです。家族同士でさえ、愛し合っているのにそれ以外の何かが絡 み合って重くなります。自分を大切にしたいから、人がその人本人を大切にしようと することを尊重する、というスタンスが全くない国柄だと思います。それがわかって いるから、ココにいて寂しいけど楽だなあ、思う反面、日本から逃げてきたのかな あ、と思うこともあります。
けれど、最終的に何が良かったか、なんて終わってみなければわからないのだから、 その時、その時、一生懸命自分の信じたことをやって行くしかないのだと思います。 あなたにも、必ずあなたらしい、あなたが自身で幸せだ、と思える道がひらける、と 私は思います。こうしてたいそうなことを言っていても、私が何を頑張っているかと 言えば、ちゃんとご飯を作る、1人で寂しくても作る、1人でもちゃんと食べる、良 く噛んで食べる、ちゃんと寝る、目覚まし3個掛けて起きる、そんなことなんです。
UさんもNさんも、あなた達もケルンにいなくて、ココはケルンに近いから良 いかなあ、と思っていたのにますます寂しいです。木枯らしみたいな風が吹き、また もや暗い長い冬です。だけど、こういう国で、あんなに頑張ったのだから、というあ なたの経験は誰のものでもない、あなただけの宝物で、あなたはそういう自分を充分 に誉めて、誇りを持って歩いていける人だと思います。私もいつかそうできるよう、 おくればせながら頑張ります。』

『帰国後の生活、なーんか私は本帰国したこともないのに、みいちゃんの言っ ていること良く分かります。私が一時帰国したときいつも感じていたことだから・・・。 外国で日本にはない自由な空気の中で過ごしている人と、狭い日本のあの空気の中で すごしている人のギャップは、そりゃ難しいよね。でも私、日本のこと悪く言うつも りなんてないよ。だって今、こっちに住んでて日本のよさばかりが思い浮かぶんだも ん。知ってる?私が結婚すると決めて、ずっとこっちで暮らすことが決まってから、 だんだん日本が恋しくなっちゃって、「永住病?!」にかかってた。ちなみに言っと くと、96年にヨーロッパに出て5年くらい(つまり結婚する前)は、そんなこと思っ たこともなかった。だって帰国すれば、今のみいちゃんと同じようなことを期間は短 いにしろ、考えていたし、いつもココこそが私の生きる場所と思っていた。なのにね え・・・。本当面白いです。
今はもう卒業して、永住することが決まって1年が経ち、社会の厳しさにも慣れ、強 くなることも覚えたけど、みいちゃんには信じられないかもしれないけど、学校を出て からというのはまた今までとは違う厳しさが待っていて、もう1度覚悟が必要でし た。
だからみいちゃんの逆の立場のを読んでて、おかしくなったというか、やっぱり人間 どこにいても「頑張り」というか「踏ん張り」が必要なのかなあと、ちょっと勇気ず けられたというか・・・。
絶対大丈夫。無理そうでも自分のための時間を作ってあげて、静かに自分の事考えてください。』

私がなぜ今頃ここにこんな事を書くかと言うと、(というか、本当はもっと早くに更新したかった!!遅れてすみません)私もいつの間にかこんなことを友達に言って励ます逆の立場になったからです。まだまだ第1回目のケルン追憶を書いたときは頭と心がバラバラで、整理のつかない気持ちもたくさんあったけど、あれから7ヶ月がたち、リサイタルも皆さんのおかげで無事終え、結婚も決まり、ようやく地に足着いて歩き始めたかな、という実感が自分の中に出てきました。
1つの演奏会やお仕事が次を呼び、人との縁がまた次の縁を呼び・・と、どんなに小さなことでも心を込めて接していけば、また自然とどんな形であろうと次へつながっていきます。
長いものには巻かれろ、の日本政府の対応を見てると失望するし、いろんな壁にぶつかる度に「ああ、ドイツではあんなに簡単に出来たことが、なんで日本ではできないんだろう」と今でも思うことはよくあります。でもドイツでしか出来なかったこともあれば、日本でしかできないこともあります。
どこにいても勉強できるし、どこにいたって悩みはつきもの。自分を大切にして、そしてまた、自分を大切に想ってくれる人を大切にして。そんな当たり前の事ができれば、どこにいたってきっと一緒。 これから留学を考えているみなさん、留学中のみなさん、留学はできないけど日本で頑張ってるというみなさん、そして帰ってきたKちゃん。一緒にマイペースに頑張りましょう!p(^^)q  

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