藤井将雄投手プロフィール

お疲れさま。もう、苦しまなくてイイからね、安らかに眠ってください。


氏名:藤井 将雄
背番号:15
経験年数:6年
身長:177 cm 体重:72 kg
投打:右・右
生年月日1968.10.16
出身地:佐賀
球歴:唐津商高−日産自動車九州−福岡ダイエー(95〜)
記録・表彰:パ・リーグ最多ホールド26(99年)

藤井投手は10月13日夜10時ごろ、福岡ドームそばの国立病院九州医療センターで亡くなった。
日本一達成後、医師が母・正子さんに「肺癌」が発覚したことを伝えた。
本人に告知はしなかった。
我々が肺炎だと思っていた前に、肺癌は発覚していたのだ。

藤井投手は日本シリーズ第2・5戦に登板、計2イニングを投げたが、その時も
「マウンドで胸がゼーゼーする」と周囲に漏らしていたという。
シリーズ終了後、正子さんが親友の若田部投手に藤井投手が肺がんであったことを伝えた。
王監督にも伝えられていたという。
藤井投手は肺がんでありながら、ウェスタン・リーグ(ファームのリーグ)で6試合に
登板していた。
入退院を繰り返しながら、再起の闘病生活を続けていた。
9月4日の再入院後、チームがM3とした10月上旬。
藤井投手自ら広報担当に「皆に会いたい」と電話を入れ、チームメイトら50人が
お見舞いに行った。
10月7日のV2、胴上げの瞬間を見ることができたのは奇跡に近かったという。

この日、容体急変を聞いて駆けつけた王監督、秋山選手らが病室へ。
小久保選手は藤井投手のユニホーム・スパイクを持って駆けつけた。
その後続々と選手が駆け込み、深夜まですすり泣きが聞こえたという。

発病から約1年、藤井投手は立派に戦った。
16日、藤井投手は32才の誕生日を迎える。
(10/14西日本新聞より)



昨年のV1パレードの写真。私が撮った写真です。
手前、前の席で、手を振っているのが藤井選手。
この日もファンの声援に笑顔で応えていた。
この写真を撮る時、藤井選手を見たのが最後になるとは・・・。

藤井将雄投手の最後の手記「皆様へ」が書かれているホームページ日記です。
みんな、この日記の藤井投手のあたたかい言葉が大好きでした。