Aの作曲家



ジュアン・アラン Jehan Alain (1911-1940)

フランスの作曲家。本名ジュアン=アリスト・アラン(Jehan-Ariste Alain)。1911年2月3日,パリ近郊サンジェルマン=アン=レー(Saint-Germain-en-Laye)生まれ。同地の教会オルガニストをしていた父アルベール・アランから最初の音楽教育を受ける。1927年国立パリ高等音楽院へ入学。オルガンをマルセル・デュプレに,作曲をポール・デュカ,ロジェ・デュカスに師事し,即興演奏,作曲法科,和声法科および対位法とフーガ科の4部門でプルミエ・プリ(一等賞)を得た。1936年に『オルガンのための組曲』が『オルガンの友』誌で最優秀賞を獲得。同年メゾン=ラリットの聖ニコラス聖堂のオルガニストとなり,1939年には正式な音楽キャリアをスタートさせるも,時代は第二次大戦に。1940年6月20日,軍属としてソミュール地域の警備中,プチ・ピュイ(Petit-Puy)にてドイツ兵の手により殺害され,僅か29才にして世を去った。新古典的な様式を基調に印象主義などの手法を採りこんだ独自の作風で,ラングレなどと並んで近代オルガン曲に新風を送り込んだ。オルガン曲とピアノ曲,少数の合唱曲と室内楽曲が遺されており,1990年代以降ルデュック社から再版が進んでいる。(関連ページ:ジャン・アラン,マリー・クレール・アラン女史主宰)


主要作品

管弦楽曲 ・3つの舞曲 trois danses: joies, deuils, luttes (1937/1940) {orch /org /2p}
・祈り prière pour nous autres charnels (1938) {orch /tnr, bass, org} ...
管弦楽配置は1946年にデュティーユが担当。
室内楽 ・カノン canon (1932) {p, harmonium}
・弦楽五重奏曲 prélude, adagio, andante con variazioni et scherzo (1933-1934) {2vln, 2vla, vc?}
・間奏曲 intermezzo (1934) {bssn, 2p /vc, p}
・3つの動き trois mouvements (1935) {fl, p}
・ラルゴ・アッサイ largo assai, ma molto rubato (1935) {vc, p}
・3声のインヴェンション invention à trois voix (1937) {fl, ob, cl /fl, org}
・ヴィヴァーチェ vivace (-) {hrp}
・サラバンド sarabande (1938) {2vln, 2vla, vc, rg?}
・聖ニコラの行進 marche de saint Nicolas (1938) {2clairon, tambour, org}
・バッハのカンタータによる断章 fragment de la cantate de J.S.Bach (1938) {2tp, org}
・ヘンデル風協奏曲 concerto en sol majeur, si bémol de Händel (1938) {2tp, org}
オルガン曲 ・子守唄 berceuse sur deux notes qui cornent (1929)
・フィリギア旋法のバラード ballade en mode phrygien (1930)
・悲曲 lamento (1930)
・唱句のコラール verset choral (1931) {org /p}
・グラーヴェ grave (1932)
・小さな小品 petite pièce (1932)
・アニュイ・ヤヴィシュタの2つの舞曲 deux danses à Agni Yavishta (1932)
・ルシー・クレアトールの名による変奏曲 variations sur Lucis Créator (1932)
・2つの世俗的な前奏曲 1er prélude profane : 2e prélude profane (1933)
・間奏曲 intermezzo (1933)
・2つのコラール deux chorals (1934)
・シトー教団の祈祷のためのコーラル choral Cistercien pour une élévation (1934)
・幻想曲第一番 1er fantaisie (1934)
・組曲 suite (1934‐1936)
・幻想曲第二番 2e fantaisie (1936)
・3つの舞曲 trois danses (1937-1938)
・モノディ monodie (1938) {org /p /fl}
・アリア aria (1939)
・クレマン・ジャヌカンの主題による変奏 variations sur un thème de Clément jannequin (-)
歌曲/合唱曲 ・オ・カム・スアビス・エスト o quam suavis est (1932) {btn}
・祝婚歌 chant nupital (1932) {btn, org /btn, bass, vc, org}
・フリギア旋法による唱歌 cantique en mode phrygien (1933) {4vo-choir}
・唱歌 chanson à bouche fermée (1935) {4vo-choir}
・幻想曲 fantaisie pour choeur à bouche fermée (1935) {3vo-choir}
・白い雲々 laisse les nuages blancs (1935) {sop /tnr}
・市場 foire (1935) {vo, p}
・オ・サルタリス o salutaris, dit de Dugay (1935-1936?) {4vo-choir}
・童謡による歌 chanson tirée du 'chat-qui-s'en-va-tout-seul' (1936) {sop}
・ドリア旋法によるヴォーカリーズ vocalise dorienne (1937) {sop, org}
・アヴェ・マリア ave Maria (-) {sop, org}
・ノヴェレッテ風ノエル noël nouvelet (1938) {3vo-choir}
・愛すべき嬰児 que j'aime ce divin enfant (1938) {2vo, org}
・汝はペトラなり tu es Petrus (1938) {3vo-choir}
・グレゴリオ風婚礼ミサ曲 messe gréforienne de mariage (1938) {vo, 2vln, vla, vc}
・レクイエム requiem (1938) {4vo-choir}
・7重奏のための旋法的なミサ messe modale en septuor (1938) {sop, alto, fl, 7strings (org)}
・小ミサ曲 messe brève (1938)
ピアノ曲 ・4つの音符からなる主題による練習曲 etude sur un thème de quatre notes (1929)
・哀しい歌 chanson triste (1929)
・トーゴ togo (1929)
・エッス・アンシーラ・ドミニ ecce ancilla domini (1930)
・五分の八拍子の主題 thème varié à 5/8 (1930)
・4つの変奏曲 quatre variations (1930)
・神よ我らに永遠の平和を seigneur, donne-nous la paix éternelle (1930)
・2つのペダルを用いたソノリティのための練習曲 etude de sonorité sur une double pédale (1930)
・2つの音符のための練習曲 etudes sur les doubles notes (1930)
・灰色の雲 des nuages gris (1930) {2p}
・開拓地のために pour le défrichage (1930)
・窓から降る光 lumière qui tombe d'un vasistas (1931)
・小さな狂想曲 petite rhapsodie (1931)
・幸いなるかな heureusement, la bonne fée sa marraine.. (1931)
・絨毯の上の物語 histoire sur un tapis, entre des murs blancs (1931)
・メロディ=サンドウィッチ mélodie-sandwich (1931)
・7度のカノン canons à sept (1931) {2p}
・夜想曲 nocturne, soir du 22 août 31 (1931)
・靴下を脱いで en dévissant mes chaussettes (1931)
・1931年9月26日 26 septembre 1931 (1931)
・夢のあとで dans le rêve laissé par la ballade des pendus de François Villon (1931)
・日本の神話 mythologies japonaises (1932)
・アッソン夫人へ贈るバラの花束 le rosier de Mme Husson (1932)
・アンダンテ andante (1935)
・前奏曲とフーガ prélude et fugue (1935)
・単旋律風の組曲 suite monodique (1935)
・子守歌 berceuse (1936)
・タラス・ブールバ tarass boulba (1936)
・4つの操り人形 quatre marion.. (1937)
・もう森へは行かない nous n'irons plus au bois... (1937)
・易しい組曲 suite facile (1937)
・即興を行うための提案 idée pour improviser sur le Christe eleison, deuxième Amen (1937)
・典礼 litanies (-) {2p}


アランを聴く


★★★★
"Jehan Alain The Complete Works for Organ :
Suite / Climat / Prélude et Fugue / Choral Dorien / Choral Phrygien / Aria / Variations sur Lucis Créator / Berceuse sur deux notes qui Cornent / 1er et 2e Prélude Profane / Monodie / Ballade en Mode Phrygien / Choral Cistercian pour une Élévation / Variations sur un Thème de Clément Jannequin / Le Jardin Suspendu / Litanies / Dantasmagoire / Trois Danses / Grave Petite Pièce / Intermezzo / Lamento / 1er et 2e Fantaisie / Deux Danses à Agni Yavishta / Complainte à la Mode Ancienne / Fugue en Mode de Fa / Varset-Choral / Berceuse / De Jules Lemaître / Chant Donné / Andante / Postlude pour l'Office de Complies / Page 21 de 8er Cashier de Notes de Jehan Alain" (Nimbus :NI 5551/5552)

Kevin Bowyer (organ)
教会オルガニストでもあったアランの作品は,トゥルミヌールやラングレーといったこの当時のオルガニスト兼作曲家の多くがそうであるように,その大半がオルガンかピアノのための作品です。29才でこの世を去った彼の作品は決して多くなく,戦禍での夭折が過小評価にいっそう拍車を掛ける事になりました。このため,充分な録音/演奏条件でアランの作品が聴ける盤はほとんどありません。それだけに,ダブリン,ペイズリー,オーデンス,カルガリー国際コンクールの覇者ケヴィン・ボウヤーの演奏に加えて,素晴らしい録音の本盤は,アランを聴くのにこれ以上ない一枚。ベルギーを代表する大作曲家ジョンゲンを思わせる重厚な躍動感と,フランスのオルガニスト,ラングレーを思わせるダークな色調とのちょうど中間に位置するかのような,この人ならではの妖しい才気の輝きが溢れています。

★★★★★
"L'Oeuvre pour Piano" (Fy-Solstice : FYCD 027)
Désiré N' Kaoua (piano)
オルガン曲の世界では既に有名人と言っても良いジュアン・アランも,他ジャンルでは滅多に紹介されることがありません。1976年に録音された本盤は,アランのピアノ曲を集めた珍しいCDです。オルガンに比べ,圧倒的に打楽器的色彩の濃いピアノのための作品だからでしょうか。近現代の和声法や旋法表現を織り交ぜつつも,かっちりとした対位法様式がとられ,形式感はバッハを聴いているかのように堅牢。時にドビュッシーやラヴェル,時にメシアン,時にデュティーユのピアノ曲を伺わせる瞬間を秘めながら,かっちりとした輪郭線が低層を支え,曲の相貌を保ちます。六人組がすっかりおちゃらけた方向へ持ち去ってしまった,新古典的な美意識を,教会オルガン奏者を務めたアランやラングレが受け継いでいったのだなあ・・と厳粛な気持ちになること請け合い。アランは夭折し,デュリフレは10余曲しか書かず,ラングレは盲目だった。ここに,フランス近代をマージナルなものにしてしまった,歴史の皮肉があったのかも知れない。と同時に,後代の優れた作家達は音楽院で,確かにオルガン奏者たちの美学からも,多くのものを学び取っていったのだと,厳粛な感動を覚えました。本盤は幸運にも,演奏が素晴らしい。独奏者はコンスタンティヌ生まれ。パリ高等音楽大学でピアノ科一等を得たのち,ジュネーヴ国際で優勝,ヴェルチェリ国際で金賞,カゼラ国際でも第一等を得た凄腕。その後はベルリン・フィルの専属ピアニストやシエンヌ音楽アカデミーの名誉ソリストを歴任。1988年には仏政府功労賞の騎士賞を受けました。最近は教育者や研究者として活動しているようで,ロワール州立国際音楽アカデミー所長の傍ら,パリ高等音楽大学で音楽評論の教鞭を執っているようです。名前が知られていないのは独奏者の地位に拘りがないせいでしょうが,かなりの腕利きと聴きました。紛うかたなき名録音と断言します。