Bの作曲家



リリー・ブーランジェ Lili Boulanger (1893-1918)

パリ音楽院の名教師として知られるナディア・ブーランジェの妹。1893年8月21日パリ生まれ。生来病弱であったため,学校での音楽教育はほとんど受けることができなかった。しかし音楽は6才から16才まで10年間にわたって学び,うち3年間はポール・ヴィダル,ジョルジュ・カッサードに師事している。1913年(19才)には『ファウストとヘレーヌ(Faust et Hélène)』で,女性としては史上初めてローマ大賞を受賞。将来を嘱望されつつイタリーで留学生活に入ったが,第一次大戦の勃発と,健康状態の悪化のため2年後にはパリへと戻る。その後,パリで負傷兵の看護に身を捧げたためさらに健康を害し,僅か24才の若さで夭折。現存する作品はほぼ全て1911年以降の7年間に執筆されたもので,それ以前の作品は彼女自身の手で破棄された。妹の死後,姉ナディアは,作曲家としての才能は妹のほうが上だと考え,作曲家としては断筆した。作風は才気に溢れ,印象主義的な色彩感を基調としながらも,後期ロマン派の流れを汲むより明瞭な主題と,緻密かつ堅牢な構成力とを併せ持つ。作品の多くは合唱曲および歌曲で,大編成の作品は重厚,荘厳。戦禍の下,己が薄幸を儚むかのような沈鬱なムードに満ちた作風をとる一方,歌曲では印象主義,わけてもドビュッシーの強い影響下に,ロマンティックで瀟洒な作風をとった。1918年3月15日没。奇しくもドビュッシーが世を去る僅か11日前のことである。


 主要作品 
合唱曲 ・シレーヌ les sirènes (1911) {sop, choir, p}
・太陽への賛歌 hymne au soleil (1912) {msp, choir, p}
・或る兵士の葬儀のために pour les funérailles d'un soldat (1912) {btn, choir, orch}
・嵐 la tempête (1913) {choir, orch}
・平原の夕暮れ soir sur la plaine (1913) {sop, tnr, btn, choir, p}
・抒情的エピソード「ファウストとヘレ−ヌ」 episode lyrique "Faust et Hélène"(1913) {msp, tnr, btn, choir, orch}
・詩篇24番 psaume XXIV (1916) {choir, orch}
・詩篇129番 psaume CXXIX (1916) {choir, orch}
・詩篇130番 psaume CXXX (1917) {choir, orch}
・古い仏教徒の祈り vieille prière bouddhique (1917) {choir, orch}
・哀れみ深きイエス pie Jesu (1918) {vo, 2vln, vla, vc, hrp, org}
・マレーヌ妃 la princesse Maleine (1918) {act, orch}
*incomplete
歌曲 ・夢想 attente (1910) {vo, p}
・反映 reflets (1911) {vo, p}
・帰路 le retour (1912) {3vo(vo), p}
・フレデゴンド Frédégonde (1913) {vo, orch}
・空の晴れ間 clairières dans le ciel (1916) {vo, p}
・限りなき悲しみ dans l'immense tristesse (1916) {vo, p}
管弦楽曲 ・シシリエンヌ sicilienne (1916) {orch}
・陽気な行進曲 marche gaie (1916) {orch}
・悲しき夕暮れ d'un soir triste (1918) {orch}
器楽曲 ・主題と変奏 thème et variations (1914) {p}
・古の庭園 d'un vieux jardin (1914) {p}
・月の庭 d'un jardin clair (1914) {p}
・葬列 cortège pour flûte, violon et piano (1914) {fl, vln, p/p}
・オーボエとピアノのための小品 pièce pour haubois et piano (1914) {ob, p}
・チェロとピアノのための小品 pièce pour violoncelle et piano (1915) {vc, p}
・トランペットのための小品 pièce pour tromtette (1915) {tp, p}
・ヴァイオリン・ソナタ sonate pour violon et piano (1916) {vln, p}
・ある春の朝に d'un matin de printemps (1917) {vln, p}


 ブーランジェを聴く

★★★★★
"3 Psaumes / Vieille Prière Bouddhique / Pour les Funérailles d'un Soldat / D'un Soir Triste / D'un Matin de Printemps"(Timpani: 1C1046)
Sonia de Beaufort (mezzo-soprano) Martial Defontaine (tenor) Vincent Le Texier (baryton) Mark Stringer (conductor) Orchestre Philharmonique du Luxembourg : Choeur Symphonique de Namur
最近まで,ブーランジェの大編成ものの録音といえば,姉ナディアがBBC交響楽団と残した実況録音か,マルケヴィッチ/ラムルー管盤くらいしかありませんでしたが,最近になって,トゥルトゥリエのシャンドス盤が出,ナウモフのマルコ・ポーロ盤をはじめ他のジャンルも録音が出てきました。漸く彼女も再評価がなされてきたようで嬉しい限りです。残念ながらそれらの多くは,内容的には満足の行くものとは言えないものばかりだったのですが,ここにきてとうとう素晴らしい録音が出ました。代表的な大編成作品である3つの詩篇(特にオネゲル紛いの『130番』は大傑作),『古い仏教徒の祈り』,『或る兵士の葬儀のために』,『悲しき夕暮れ』などが収められた本盤は,米国出身の気鋭ストリンガーのタクト捌きの妙,重厚なオケの響き,合唱団の安定感と,どれを取っても第一級。ブーランジェの堅牢精緻なオーケストレーションの粋を見事に描き出した決定盤です。

★★★★☆
"Les Mélodies :
Clairières dans le Ciel / Trois Morceaux pour Piano / Quatre Mélodies"(Timpani: 1C1042)

Jean-Paul Fouchécourt (tenor) Sonia de Beaufort (mezzo-soprano) Alain Jacquon (p)
彼女の作品中最も録音が多いのはここにも収められた,13曲からなる歌曲「天の空間」で,果たしてこの作品は,持前の印象主義的な和声感覚と,後期ロマン派の流れを汲む瀟洒かつ優美な旋律美が非常に好ましい形で結合した,大変美しい小曲集です。ヴァロワ,アコールと並び仏近代のマイナー作家の積極的な再発掘に取り組んでいるティンパニの本盤は,フランスの若手実力者を集めた,「天の空間」の決定盤というべき内容。若干ピアノのペダル捌きが粗いようですが,それを補って余りあるのが新進気鋭のテノール,フシェクールの歌声。若さを利して,青い声色で悲壮感漂うアプローチを見せる様は,どこかしら青年の危い官能美を感じさせます。

★★★★☆
"Clairières dans le Ciel / Les Sirènes / Renouveau / Hymne au Soleil / Soir sur la Plaine / Pour les Funérailles d'un Soldat"(Hyperion: CDA 66726)
Martyn Hill (tenor) Andrew Ball (piano) James Wood (conductor) The London Chamber Choir
管弦楽付帯の『詩篇』などを除くと,彼女の主な合唱曲はほとんどこのCDで抑えることができます。イギリスものに強いハイペリオンの,珍しいフランス近代もの。テノールのマーティン・ヒルは,既に多くの録音を残しイギリスではトップクラスの実力者。年齢のためかフシェクールほどの官能的な響きはありませんが,さすがに実力者。フシェクールにはない落ち着きと余裕を持って,しっとりと謳い上げています。全体に丁寧な作り込みがなされていて好感が持てますが,分けてもピアノの伴奏は隅々まで神経が行き届いており素晴らしいの一語です。ロンドン室内合唱団も,男声パートに若干の弱さこそ感じられるものの,しっかりと唄いこなしております。

★★★★☆
"Psaume 130 'Du Fond de l'Abime' / Psaume 24 / Psaume 129 / Vieille Prière Bouddhique / Pie Jesu" (Everest : EVC 9034)
Igor Markevitch (cond) Oralia Dominguez (alto) Alain Fauqueur (boy sop) J.J. Grunenwald (org) Michel Sénéchal, Raymond Amade (tnr) Pierre Mollot (btn) Orchestre Lamoureux : Choeur Elisabeth Brasseur
最近までブーランジェの管弦楽作品を聴ける唯一のCDとして,巨大な存在価値を有していたのが,このマルケヴィッチ盤でした。EMIからも再発されたようです。オリジナルは姉ナディア女史の全面的な監修のもと1960年に制作されたもの。35mmの3トラックに録音された原音は,半世紀前のものとは思えないほど良く録れています。マルケヴィッチはストラヴィンスキーの演奏でも知られ,近現代ものは大得意だっただけに,秀抜な録音と豪華な布陣で作られたこの盤が,その後長きに渡ってブーランジェ演奏のスタンダードとなり,対抗馬のない状況を作ってしまったのはある意味で不幸だったかも知れません。しかし,それからはや半世紀。専門化が進み,演奏家の技量も録音も,飛躍的に向上しました。細部に肌理の不揃いが見られる弦部,ビブラートがややばらつく合唱隊,味はあるけれど朴訥な木管,重厚さは満点なものの少々流動感や洗練された香気は不足がちな古めかしい指揮など,やはり現代のものに比べると,多少分が悪くなるのは致し方ないことでしょう。それでも,演奏水準はいまなお第一級。ボーイソプラノを使った『哀れみ深きイエス』は,なおも至高の演奏です。

★★★☆
"Psaume 24 / Faust et Hélène / D'un Soir Triste / D'un Matin de Printemps / Psaume 130" (Chandos : CHAN 9745)
Yan Pascal Tortelier (cond) Lynne Dawson (sop) Ann Murray (msp) Bonaventura Bottone, Neil MacKenzie (tnr) Jason Howard (bass) BBC Philharmonic : City of Birmingham Symphony Chorus
ヤン・パスカル・トゥルトゥリエはヴァイオリンも嗜む指揮者。フランスものにも造詣が深く,ドビュッシー,ラヴェルなど基本編のみならず,デュティーユくんだりまで手を伸ばす,なかなかに男気のある指揮者です。このCDは1999年に出て,記憶が確かならグラモフォン誌か何某かの雑誌で大きな賞も獲ったはず。『ファウストとへレーヌ』を初録してくれたのは嬉しい限りですし,ブーランジェ再評価の機運を一気に高めた功績は最大級に評価されるべきものでしょう。しかし,それと中身とはまた別問題。最大の問題は訓練の悪い合唱隊。『詩篇第24番』冒頭のテュッティから合唱団が入った途端,いきなり外れた声を入れてるのはどいつだ!テノール(マッケンジー)の声も硬さを拭えませんし,声量不足気味のマレイは気取り過ぎ。救いがあるとすればやはりオケのみの演奏でしょうか。『悲しき夕暮れ』,『或る春の朝に』に聴ける,とろけるように肌理の揃った優美な弦は,デュティーユの名演奏を残したこのオケならではのものです。

★★★
"Psaume 24 / Pie Jesu / Psaume 130 'Du Fond de l'Abime' (Boulanger) Messe de Requiem (Fauré)" (Inta'glio : INCD 703-1)
Nadia Boulanger (cond) BBC Symphony Orchestra and Chorus
パリ音楽院の先生として,数多くの大作曲家,演奏家を育成してきたナディア・ブーランジェは作曲者のお姉さん。妹さんの才能に触れて自ら筆を折る自己規制の強さも名教師の証でしょう。しかし正直なところ,心のどこかでは,有り余る才能と美貌を持った妹に対して複雑な気持ちを抱いたことも有ったんじゃないでしょうか。50年掛けて築き上げた名教師としてのキャリアが,ようやく冷静な目で妹の遺徳を心から讃えられるだけの自信と謙虚さを彼女の中に築き上げたのでしょう。このCDは1968年,妹の没後50周年を記念して行われたコンサートでナディア自ら指揮した作品集。時代と録音状況を反映してか,演奏の肌理は何とも不揃いですし,一音一音,確かめるように音を置いていく指揮ぶりに流動感はなく,洒落てもいませんけれど,日陰の道を選んだ彼女ならではの生真面目で律儀な愛が感じられるものです。白眉は,冒頭の遅めの歌い回しが見事な『詩篇130番』でしょうか。なおこのCDは最近BBC放送が独自に監修した新盤も出ていて入手平易ですので,ご興味のある方はそちらをお探しください。

★★★☆
"Psaume 24 / Psaume 129 / Vieille Prière Bouddhique / Psaume 130 (Boulanger) Symphony of Psalms (Stravinsky)" (Deutsche Grammophon : 463789-2)
John Eliot Gardiner (cond) Sally Bruce-Payne (msp) Julian Podger (tnr) The Monteverdi : London Symphony Orchestra
史上初の女性ローマ大賞受賞者ブーランジェの合唱作品集が今度はなんとガーディナーの指揮で出ました。しかもオケはロンドン響。ここ数年ブーランジェの録音が急増する中,彼ほどの有名人までもが手を染めたというのは内容以前にひとつのニュースであり,おかげで国内版でブーランジェが出回るという嬉しい事実。そのためかマルケヴィッチの旧盤までEMIから再発された様子です。これでブーランジェの知名度が上がるのなら,それだけで歓迎すべきことかも知れません。ガーディナーさんアンタは男だ即購入,して期待も最高潮・・だったのですが,内容のほうは「?」と言わざるを得ませんでした。一言でいえば,これは指揮者と作曲者の思惑(音楽観)の違いが,いかに奇妙なカコフォニーを奏でるかの好例。ガーディナーは,ストラヴィンスキーの詩篇をカップリングしたことからも伺えるように,恐らくブーランジェ合唱曲の持つ,オネゲルばりの重厚な様式美に惹かれたのでしょう。それはそれで的を得ていますが,ブーランジェが一方で『天の空間』を書くほど流麗なロマンティストであることも見落とすべきではなかった。ガーディナーはあまりに作品の荘厳さに目を奪われているがゆえに,そのかっちりとした様式をさらに輝かしいものにしている,作曲者特有の潤滑油−ロマンティシズムを完全に見落としている。そのため,作品の伸びやかで滑らかな叙情は欠落してしまい,曲の表層は日照りの田畑のようにカサカサと乾ききってしまいました。ロシア人であるストラヴィンスキーのほうが聴くに堪える内容なのを見ても,それは明らかでしょう。もしこのCDでブーランジェに目覚めた方は,ぜひティンパニから出たストリンガー/ルクセンブルク放送のティンパニ盤を一聴なさることをお薦めいたします。

★★★★
"In Memoriam Lili Boulanger :
Thème et Variations / Trois Pièces / Clairières dans le Ciel / D'un Vieux Jardin / D'un Jardin Clair / Dans l'immense Tristesse / Le Retuor / Pie Jesu (L. Boulanger) Lux Aeterna / Pièces pour Piano (N.Boulanger) In Memoriam L. Boulanger (E. Naoumoff)"(Marco Polo : 8.223636)

Emile Naoumoff (p) Olivier Charlier, Aude Perin Dureau (vln) Doris Reinhardt (msp) Isabelle Sabrié, Sylvie Robert (sop) Roland Pidoux, Raphaëlle semezis (vc) Catherine Marchese (bssn) Francis Pierre (hrp) Eric Lebrun (org) Magali demesse (vla)
自らも作曲を嗜むエミール・ナウモフが監修したブーランジェの器楽・歌曲集。監修者のピアノは,ブーランジェ好きらしく思い入れたっぷり。些か技巧面には難がありますが,後半の2曲のピアノ曲はこのCDの白眉というべき演奏に。O.シャルリエやR.ピドゥら器楽ソロ陣も豪華,とここまでは良いのですが,歌唱陣がやや弱いのが残念。ブーランジェの作品はほとんどが歌曲か合唱フォーマットなので,まだ習作の域を出ない『主題と変奏』など珍しい演目も含むこれは貴重な録音。ブーランジェの死を前に擱筆した姉ナディアの作品が聴けるというおまけもつく。なぜ擱筆したか分かるような気がしますが,何れにせよ珍品です。

★★★
"La plus que Lente / Rêverie / Clair de Lune (Debussy) Gymnopédie No.1 / Le Piccadilly / Gnossienne No.3 (Satie) D'un Vieux Jardin / D'un Jardin Clair / Cortège (Boulanger) Trois Rag-Caprices (Milhaud) Pavane pour une Infante Défunte (Ravel) Pastorale en Ré,/ Romance / Hommage à Debussy (Tailleferre) Mouvements Perpétuels (Poulenc) Le Petit âme Blanc / A Giddy Girl (Ibert)" (Arts : 47672-2)
Cristina Ariagno (piano)

イタリア人ピアノ弾きアリアーニョ女史による,アール・ヌーヴォー期の作家を集めた作品集。ブーランジェの三曲からしてかなりの慧眼であることは明らかです。ケックランやミヨーの影響を感じさせるタイユフェールの小品も3点。いずれも良く書けた佳品です。奏者はペダリングも穏当ですし,技術も確か。ミヨーやタイユフェールなど,比較的形式やテンポの明瞭な作品の演奏に関しては演奏も良好と思います。ただ一方で,ドビュッシーやラヴェルの,それもテンポが遅めの曲を聴くと,出自からでしょうか。ルバートが不自然なほどに頻出する。サティの『ジムノペディ』は曲想が単調だからか,ピアニストは皆テンポを揺らしたくなるようですが,これは却って原曲の持つ無垢な佇まいを殺してしまう。どんな言葉も過ぎれば逆効果になるように,ルバートは一種の決め台詞。「愛してるよ」と同義です。使い方一つで演奏を生かしも殺しもする諸刃の剣。全体の曲の流れの中で要所となる部分で使ってこそ,効果を発揮するものではないでしょうか。(Acknowledgement : The site owner is indepted to Ms. Ariagno for kindly providing this disc to enrich this discography and spread the composer's fame.