Duka(s) or Duka:S ?
通な皆さんのご意見一覧

フランスの作曲家ポール・デュカは,専門書においてもしばしばポール・デュカスと表記されます。
フランス語の通常の表音規則では,母音を受けた語尾の子音は表音されません。例えばDoretはドレ,Francaixはフランセです。同じくGeorgesはジョルジュでジョルジュスではなく,Casadesusはカザドシュでありカザドシュスではありません。これに従うとDukasの読みは「デュカ」になります。しかし,人名の場合はデュラス(Marguerite Duras=詩人:1914 - ?)のように表音する例もあります。では,実際どっちが正しいのでしょう?

当館では現在のところ,
下記一覧の通り,フランスへの留学経験を持つ訳者は,書籍中で「デュカ」を用いる例が大半である。いっぽう「デュカス」は,おもに平島閥(東大閥,非芸大系)の表記が定着したものと思われる。ただし,標本抽出が手の届く範囲の書籍に限られ,純粋に無作為とはいえないので,この見解に統計学的裏付けがあるとはいえません。
作曲家ロジェ=デュカスとの区別の都合(日本ではしばしば「=」は「・」と混同される。ロジェ=デュカスはロジェデュカスであり,デュカスではないが,俗にそう読まれることもある),
複数の仏在住・留学経験者から,「デュカ」表音が現地でも一般的との情報を頂いている(協力:無名の指揮者氏・小林のぞむ氏,大谷千正氏),
・・以上の理由から総合的に判断し,「デュカ」表記を採用しています

ただし典拠は不明ながら,ヴァイオリン奏者のティボーからの伝聞として,デュカ自身が《誰も感嘆詞のHelas!をエラ!とは発音しないやうに・・(自分の名前は)・・デュカスだ》と主張していたと述懐しているのを,何某かの批評家が書籍に記していたとの情報も頂いております。もしこの本の書誌情報ををご存じの方は情報をお寄せください。
2006年11月13日付BBC放送ウェブ・マガジンに上記の説の出所を臭わせる記事が載りました。消える可能性があるので,該当個所のみ引用しますと{The other name that causes much frustration among our Radio 3 listeners, Dukas, is in fact pronounced due-KASS, and not due-KAA. This pronunciation was passed on to the pronunciation unit in 1955 by a friend of the Dukas family, who assured us that this was the composer's own pronunciation."}【出典】とあり,《「デュカの家族の友人」が1955年,BBC放送の担当者へデュカスと発音した》ことを根拠に,デュカスであると断定しているものです(= is in fact は事実を指す)。ただしこの文章を読む限り,その人物はデュカの家族のさらに友人から話を又聞きしているだけであること,英国人を相手に話をする場合,フランス人のほうが綴りが分かるよう配慮してSを表音した可能性は充分考えられること(欧米人に日本人が自己紹介をするとき,自分のファーストネームを先に言うのと同じ理屈)・・などから,これのみを根拠にデュカでないとするのは些か浅慮であると当館は考えます(2006. 12. 9)。

追記:
フォーレ研究者の大谷千正氏より,デュカ説の立場から以下の寄稿をいただきました。
 
ガブリエル・フォーレを研究しております大谷千正と申しますが、P.Dukasは、デュカと発音いたします。小生、パリ留学中に、P.Dukasの愛弟子で、作曲家のTony Aubinに約5年間師事しておりましたが、その間、彼(トニー・オーバン)が時折、パリのコンセルヴァトワールのDukasの作曲のクラスに在籍中に体験した様々な逸話を、まるで昨日のことのように懐かしげに語って聞かせてくれたことを思い出します・・・。メシアンもトニー・オーバンとは同級生でしたが、お二人とも、公私ともにDukasに愛された才能ある弟子であったようで、両者ともに、デュカと呼んでおられました。

 一方、ロジェ=デュカス(Roger-Ducasse)は、フォーレの愛弟子でしたが、実は、フォーレの隠し子の一人であったとも言われる人物です。さらにJ・ティボーは、フォーレの作品を数多く初演している、いわばフォーレ・ファミリーの一人ですが、彼がDukasのことをデュカスと・・・というようなことは、まず考えられません。何故なら、フォーレとDukasはとても気の合う親友同士で、ティボーが師のフォーレが敬愛する作曲家の名前をとやかく言うとは考えにくいからです。

 ただ、デュカ本人がティボーにデュカスと呼ぶように指示したかどうかについては、つまびらかではありません。デュカの後年の精神状態からすると、一時の気まぐれで、そのような発言をすることも考えられなくはないのです・・・。フランス人は、人を煙に巻くような時に、あえて逆のことや、間違ったことを平気で言うことがよくあります・・・。一種のシニカルなジョークとして・・・。ティボーが記しているとすれば、恐らく、デュカのそういった一面を伝えたかったからではないでしょうか。ティボーが生前、デュカの正式な名前の呼び方を知らなかったとは、到底考えられないからです・・・。

 ともかく、人名とは、その人固有の表記・呼び方をすべきものであって、間違ってはならないものです。日本で、今日においてもデュカスと呼ばれることがあるというのは、とても残念なことに思えます・・・。
(2006. 9. 26)





訳者・資料名 デュカス デュカース デュカ デューカ 訳者
在仏
経験
井上和男編 (2004) 「クラシック音楽作品名辞典:改訂版」三省堂.
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F. ルシュール著・笠羽映子訳 (2003) 「伝記 クロード・ドビュッシー」音楽之友社.
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J=M. ネクトゥー著・大谷千正監訳 (2000) 「評伝フォーレ 明暗の響き」新評論.
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F. ルシュール著・笠羽映子訳 (1999) 「ドビュッシー書簡集 1884-1918」音楽之友社.
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青柳いづみこ著 (1997) 「ドビュッシー 想念のエクトプラズム」東京書籍.
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平島正郎訳 (1996/1972) 「ドビュッシー音楽論集」岩波文庫.
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杉本秀太郎訳 (1993) 「音楽のために ドビュッシー評論集」白水社. - - -
(村井範子)平島編 (1993) 「作曲家別名曲解説ライブラリー10 ドビュッシー」音楽之友社. - - - -
T. ヒルスブルンナー著・吉田仙太郎訳 (1992) 「ドビュッシーとその時代」西村書店. - - - ×
V. ジャンケレヴィッチ著・船山隆・松橋麻利共訳 (1987) 「ドビュッシー 生と死の音楽」青土社. - - -
P. グリフィス著・石田一志訳 (1984) 「現代音楽小史 ドビュッシーからブーレーズまで」音楽之友社. - - - -
ノルベール・デュフルク著・平島正郎・遠山一行・戸口幸策共訳 (1972) 「フランス音楽史」白水社. - - - -
平島正郎 (1966) 「大音楽家・人と作品12 ドビュッシー」音楽之友社. - - -
アンリ・ビュッセル著・池内友次郎訳 (1966) 「パリ楽壇70年」音楽之友社. - - - -
ノーマン・デマス著・徳永隆夫訳 (1964) 「フランス・ピアノ音楽史」 - - - -
大田黒元雄 (1952) 「ドビュッシィ音楽論集」音楽之友社. - - - -
大田黒元雄 (1951) 「ドビュッシィ評伝」名曲堂. - - - -
大田黒元雄 (1949) 「ピアノ音楽夜話」音楽之友社. - - - -
デュウラン著・小松清訳 (1931) 「佛蘭西音樂夜話」 - - -
小松耕輔 (1925) 「現代佛蘭西音樂」アルス. - - - -




訳者の留学経験×表記の好み(但し,統計的有意差はありません)




資料提供
リッチー・カニンガム(当館上級研究員)