Dの作曲家



アンリ・デュティーユ Henri Dutilleux (1916- )

現代フランスを代表する作曲家。1916年1月22日,西フランス,アンジェに4人兄弟の末子として生まれる。3歳の時に一家でドゥエに移る。ドゥエ音楽院でヴィクトル・ウェルシュに就いて学んだ後,1932年にパリ音楽院へ進学し,ジャン・ガロンに和声法(1935年に一等),ノエル・ガロンに対位法とフーガ(1936年に一等),フィリップ・ゴベールに指揮法,アンリ・ビュセールに作曲法,モーリス・エマニュエルに音楽史を師事。1938年にカンタータ『王の指輪』でローマ大賞獲得。1943年から1963年までパリ・オペラ座の合唱指揮者を務めるとともに,1943年,ルイ・オーベールの助手として国営フランス放送の音楽監督に就任,1963年までその職を務める。1961年からエコール・ド・ノルマル,次いで1970年からはパリ音楽院で和声法科の教授に就任し教鞭を執る傍ら作曲活動を展開。調性原理を逸脱することなく,印象主義を始めとする近代音楽の手法と十二音階や無調とを巧みに取り混ぜた作風を得意とし,わけてもその傑出した和声感覚を利して,ドビュッシーが推し進めた流動性の高い脱構築主義的なオーケストレーションを継承。神秘的で思索性溢れる響きの中に格調高い甘美さを併せ持った現代音楽を創造している。1967年に国民音楽大賞(Grand Prix National de la Musique)受賞。1994年に第6回世界文化賞(日本)受章。1973年にベルギー王立アカデミー評議員。1981年に全米芸術アカデミー評議員。


主要作品
※Potter, C. 1997. Henri Dutilleux: his life and works. Ashgate.および
Dutilleux and Glayman. 2003. Henri Dutilleux: music mystery and memory. Ashgate.を入手。
作品表を改訂予定です(時間が出来たら)

舞台作品 ・王の指輪 le anneau du roi (1938)
・3つの交響的絵画 trois tableaux symphoniques d'après les hauts de Hurlevent (1943)
・小さな光と雌熊 petit lumière et l'ourse (1944)
・エラドの王女 la princesse d'Elide (1946)
・プルソニャック頌 monsieur de Pourceaugnac (1948)
・エルニャーニ Hernani (1952)
・狼 le loup (1953)
・時の影 the shadows of time (1981) {3vo, orch}
管弦楽 ・サラバンド sarabande (1941)
・幻想的な舞曲 danse fantastique (1943)
・交響曲第1番 symphonie No.1 (1951)
・交響曲第2番 “ル・ドゥーブル” symphonie No.2 'le double'(1959) {12inst, orch}
・5つの変遷 cinq métaboles (1964) {2orch}
・響き,間隙,動き timbres, espace, mouvement (1978)
・瞬間の神秘 mystère de l'instant (1989) {strings, perc, cymbal}

・時間大時計 Le temps l'horloge (2007) {zb, orch, perc} ...10断章。2007年9月小澤指揮サイトウ・キネンOrchが初演
協奏曲 ・チェロ協奏曲 “遙かなる遠い国へ” cello concerto: tout un monde lointain (1967-1970) {vc, orch}
・ヴァイオリン協奏曲“夢の樹” concerto pour violon et orchestre 'l'arbre des songes' (1983-1985) {vln, orch}
・ヴァイオリンと管弦楽のための夜想曲 “一つの和音の上で” sur le même accord (2001) {vln, orch}
室内楽曲 ・ソナチヌ sonatine (1942) {fl, p}
・サラバンドと付曲 sarabande et cortège (1942) {bssn, p}
・ピアノ・ソナタ sonate pour piano (1946-1947) {p}
・オーボエ・ソナタ sonate pour haubois et piano (1947) {ob, p}
・トロンボーンとピアノのためのコラール,カデンツとフガート choral, cadence et fugato (1950) {tb, p}
・黒鳥 blackbird (1950) {p}
・相貌 résonances (1965) {p}
・響きの相貌 figures de résonances (1967-1970) {2p}
・3つの前奏曲 trois préludes (1973-1988) {2p}
・弦楽四重奏曲 “夜はかくの如く” quatuor à cordes 'ainsi la nuit' (1975-1976) {2vln, vla, vc}
・パウル・サッハーの名による3つの詩節 trois strophes sur le nom de SACHER (1976?) {vc}
・アルドブールのために for Aldeburgh 85 (1980-1985) {ob, hpcd, perc}
・悪ふざけ le jeu de contraires (1988) {p}
・2つの引用 les citations (1990) {ob, hpcd, b, perc}
歌曲 ・4つの歌 quatre mélodies (1942) {vo, p}
・流刑者の歌 chanson de la déportée (1945) {vo, p}
・岸辺の歌 chansons de bord (1950) {3vo}
・ジャン・カソーの3つのソネット trois sonnets de Jean Cassou (1953) {btn, orch}
・サンフランシスコの夜 San Francisco night (1963) {sop, p}
・往復書簡 Correspondances (2003) {sop, orch} ...
ベルリン・フィル委嘱作。D.Upshaw, S.Rattleに献呈
・時間大時計 Le temps l'horloge (2007) {sop, orch} ...タルデュー,デスノス詩。3楽章。2007年9月小澤/フレミング/斎藤記念管初演。

※“無名の指揮者”氏に新作「夜想曲」(2001)の情報を頂きました。


デュティーユを聴く


★★★★★
"Symphony No.1 / Symphony No.2" (Chandos : CHAN 9194)
Yan Pascal Tortelier (cond) BBC Philharmonic
イギリス屈指のオケを振りながらも仏ものが忘れられず,ついついドビュッシーやラヴェルも録音してしまう仏人指揮者トゥルトゥリエによるデュティーユ録音第一集。結構ムラッ気のある指揮者でもあり,いただけない録音も多いのですが,デュティーユだけはどれも第一級。3枚からなるデュティーユ作品集のスタートを切ったこの録音も演奏レベルは大変に高く,特に決して録音の多くない一番なんか,作品の構成をかっちりと捉えた堅実な指揮に快哉を叫びます。この分だとこの人はマルタンあたりも振れますねえ。その『交響曲第一番』は,1951年に書かれた最初の大規模管弦楽作品。無調・旋法を折衷しつつも,驚くほど新古典主義色が強い。低体温流動型オーケストレーションを聴ける後の作品からすると,別人の如く形式感のかっちりと残った作風に驚きます。リフ主体の激情的な旋律とリズムのバーバルさはオネゲルに,緩奏部の瞑想的な対位法と和声法の精妙さはスイスの大作家マルタンに,そっくりと言っても良いほどに似ており,彼のルーツはこの2人の偉大な作曲家にあったことが良く分かる。才気闊達な人だけに既に完成度は群を抜いており,聴く価値は充分にあり。演目多数の『二番』も,速めのテンポ取りで説得力も見事。甲種お薦めいたします。

★★★★★
"L'arbre des Songes / Timbres, Espace, Mouvement / Two Sonnets by Jean Cassou / Prière pour nous Autres Charnels" (Chandos : CHAN 9504)
Martyn Hill (tnr) Neal Davies (btn) Olivier Charier (vln) Yan Pascal Tortelier (cond) BBC Philharmonic
デュティーユーは,無調や十二音階技法を印象主義の書法と折衷し,微分音(半音をさらに細かく分割した音)を利した,晦渋で神秘的な和声の響きによって,マルタンと並ぶ孤高の音場を創り出す現代フランスの代表的作曲家です。フランス人らしく,マルタンよりロマン派的で,様式よりも色彩感覚の巧みさ,流麗さで聴かせるのが特徴。『夢の樹』は,そんな彼の持ち味が最も色濃く緊密に,効果的に発揮された畢生の名品。近代音楽と現代音楽とが最も好ましく融合した,妖艶な美がここにあります。トゥルトゥリエはラヴェルやドビュッシー,ブーランジェなど録音多数ですが,多くは大味な演奏の堕盤。しかし,なぜか彼のデュティーユー演奏は極上で,この盤の弦の響きの良さにはただただ唖然とするばかりです。デュティーユーの決して多いとは言えない作品集の中で決定盤をとなれば,間違いなくこれは最右翼に来る名盤といえましょう。

★★★★
"Métaboles / Cello Concerto: Tout un Monde Lointain / Mystère de l'instant" (Chandos : CHAN 9565)
Boris Pergamenschikow (vc) Yan Pascal Tortelier (cond) BBC Philharmonic
デュティーユーの作品は,作品集としては,彼の地での名声の割にまだそれほどCDになっていないので,選択肢が余りありません。しかし,幸運にもその限られたCDがいずれも好内容。分けても,トゥルトゥリエによるこの連続録音は,些か手薄な感のあった彼の管弦楽作品に素敵な選択肢を加えてくれました。ここでの聴きものは,他では滅多に聴けない『チェロ協奏曲』でしょうか。どこかバッハの無伴奏を思わせる導入部から,一気にあの映画『ミクロの決死圏』の音世界に突入です。チェロという楽器の特性を考慮してか,弦楽による伴奏は控えめに処方されており,全体にリフを誇張した旋法的な書法に依拠しようとしたようです。その意味ではやや異色の作品で好みが分かれるかも知れません。パリ管盤と競合する『5つの変遷』は,断片化された装飾的な旋律と,打楽器の効果にストラヴィンスキーの明らかな影響が見て取れる作品。パリ管盤に比べるとややアクセントの置き方が不自然で些か洒脱さに欠けますが,相変わらず抜群に良い弦の響きでカバーしています。

★★★★☆
"Mystère de l'Instant / Métaboles / Timbres, Espace, Mouvement" (MFA-Erato : 2292-45626-2)
Paul Sacher, Mstislav Rostropovitch (cond) Collegium Musicum : Orchestre National de France
『瞬間の神秘』は,デュティーユがパウル・サッハーの依頼を受け作曲したもので,サラステ指揮スコットランド室内管が1990年6月に世界初演。本盤の録音は9月ですから,世界初だったのは間違いないでしょう。恐らくこのCDは。その発売にあたって,1982年のロストロポーヴィチの吹き込みを併録してアルバムの体裁を整えたものと思われ,メインはサッハーと言うことになります。題目そのままに,瞬間を楽しむ音楽。ごく短い音型の反復や変移を除いて明瞭な主題は霧散し,流動感溢れる弦部が,ときにツィンバロンとパーカッションの手を借り雅楽的なピチカートを交えながら,瞬間瞬間に曲の姿を変えていく。全体を貫く形式や主題を拠り所に,意味的連関として音楽を聴こうとする向きには苦痛でしょうけれど,怠惰な反復なしに,次々と趣向を変えては刹那に耳を楽しませようとする作品だと考えれば,すんなり聴けるのでは。手抜きとしか思えない貧相なジャケット・デザインに購買意欲も減退しましたが,演奏はといえば驚くほど高品質。確かにコレギウム・ムジクムのほうはサッハーの統率力が充分でないのか,細部がばらついていて神経の行き届かない面もありますけれど,凄いのは仏国立管のほう。オケの透明度と一体感が溜め池と摩周湖くらい違います。さらに,作曲者からチェロ協奏曲の献呈を受けた斯界の大チェリスト,ロストロポーヴィチの作品解釈力が素晴らしい。特に『5つの変遷』は出色の一語。通常ドビュッシー的な流動感を基調に振られるこの作品を,前後の脈絡をきっちり踏まえた上で理路整然と振り抜く彼の譜読みの確かさには驚愕しました。トゥルトゥリエとは対極の美意識で,なおかつ見事に一貫性のある素晴らしい演奏ではないかと思います。こちらに関しては文句なしに5つ星。

★★★★☆
"Sonate / Préludes / 'Tous les Chemins...Mèment à Rome' / Bergerie / Blackbird / Résonances / Figures de Résonances* / Au Gré des Ondes" (Virgin : 7243 5 45222 2 2)
Anne Queffélec (piano) Christian Ivaldi (p)*
ラヴェルの好演奏盤もあるフランスの名女流ケフェレック女史によるデュティーユのピアノ作品集です。デュティーユのピアノ作品は,専ら『ピアノ・ソナタ』だけが有名で,これだけなら演奏も少なくないのですが,それ以外の作品となると,滅多に録音をお見かけしません。ミュンヘン国際の優勝者でもあり,ブレンデルやデームスの弟子でもあるケフェレックくらいほど名のある弾き手の演奏で,主だった作品を網羅できるこのCDは,得難い一枚といえるんじゃないでしょうか。他に演目も多く,比較しながら聴ける『ソナタ』は,彼女の演奏哲学を良く伝える内容。とくに第一楽章はスタッカート多めでパーカッシブな効果を狙う曲解釈,速めのテンポ取りなど,ジロの演奏を相当に聴き込んだのがありありと分かります。この人はラヴェルの演奏でもフランソワをかなり研究してから録音していましたし,とても実直でプロ意識の強い演奏家なんだなと再確認しました。相変わらずやや打鍵はハードで,やや作為的なルバートは頂けない面もありますけど,技巧的には相当に高水準。収録作品も興味深いものばかりです。作品集として聴くとさらに良く分かるのは,作曲者がドビュッシー・イディオムの後継者であること。残響音にまで目配りしての,透徹した響音フェチぶりには目が点になりました。

★★★★
"Symphony No.1 / Timbres, Espace, Mouvement" (Harmonia Mundi : HMC 905159)
Serge Baudo (cond) Orchestre national de Lyon
チェコ管つながりで何かと比べたくなるフルネとボード。2人とも堅実な指揮者で,何となくイメージ的にも近いものがあります。実際,かたやフルネはチェコ管に足を引っ張られ,かたやボードは折角鍛え上げたところでリヨン管をクリヴィヌに譲り・・と,どうにも美味しいところに恵まれない点まで,良く似ている。どちらも,地方オケの興隆を意図した仏文化省に依頼され,精力的に野に下った指揮者なんですよね。その意味では彼らの生き方はどこか,ロパルツやセブラックと似たところがあるのかも知れません。本録音はボードが1986年に,手兵リヨン管と組んで録音したデュティーユの管弦楽集。この人はどちらかというと構築性の高い作品のほうが上手いフシがあり,実際,代表盤もオネゲルなくらい。彼のドビュッシーは実に面白みのない堕演でした。そこへいくと,マルタンやオネゲル色の濃い初期作品の1番などは,彼の音楽的嗜好ともマッチ。オケも良く協調しており,決して悪い演奏ではないと思います。しかし,既にトゥルトゥリエの極上この上ない名盤がある管弦楽。リズムに弾むような切れと抑揚があり,立体感が遙かに豊かな指揮と,細かいビブラートにまで(バレエでいうなら,指先まで)神経が行き届いた,オケの圧倒的な能力差を前に,この盤の存在価値は一気に霞んでしまいます。ボドの指揮は良く構成を掴んでいて立派なんですけど,逆に言うと拍節構造に神経を奪われすぎている。細かい強弱/テンポ揺らしや精妙な弦で生み出される流動感が拍節に抑え込まれているため窮屈になり,メリハリに乏しく素っ気なく振っているように聴かせてしまう。この曲が新古典っぽいところに神経を配りすぎたんでしょう。先に『夢の樹』でも振っていれば,もう少し解釈も変わったかと思うと,ちょっと勿体ない。・・尤も,トゥルトゥリエのがなければ,これでも充分満足したでしょう。相手が悪かったですねえ・・。

★★★★☆
"The Shadows of Time" (Erato : 3984-22830-2)
Seiji Ozawa (cond) Joel Esher, Rachel Plotkin, Jordan Swaim (vo) Boston Symphony Orchestra
ドビュッシーがまだご存命だった1916年生まれのデュティーユは,音楽的にもドビュッシーの高流動語法を継承した,まさしく生き証人?にして最長老。決して多作家ではないものの,細く長く股に掛けること2世紀。一昨年にも新作『夜想曲』を発表するなどまだまだ意気盛んなようで頭が下がります。『時の影』は,現在ではウィーンへと渡った小澤征爾氏が,じきじきに委嘱して書いて貰った1981年の作品。本盤はその世界初録音で,1998年3月,ボストン・シンフォニー・ホールで収録されたものです。全体は,少年合唱を加える間奏曲を間に挟んで5部から構成。マルタンとオネゲルの御落胤『交響曲1番』やヌルヌル無調マジック炸裂の『夢の樹』など,若い頃の尖った作品群に比べると,調性感は明瞭になってルムランに通じる穏健な叙情性がありますし,形式的にもシンプル。鬼才の神懸かり的な五感も,年を経て少しは万人に近くなったようで,デュティーユを手始めに聴くなら,格好の作品といえるかも知れません。この曲はグラフ/ボルドー管も廉価版を録音しており,本盤と競合します。小澤の指揮は,グラフに比べさっぱりとした情感表現と速めのテンポ取りが特徴か。こういう指揮で充分サマになるのは,申すまでもなくオケの性能が段違いに良いため。個人的に小澤の表層的な解釈は些か物足りず,深めのテンポ・ルバートで情感豊かなグラフ盤の方が音楽としての含み豊かで良いような気はしますけれど,世界初録音との事実を勘案するに,敢えて小澤が後進の参照枠に徹した・・と好意的に聴く事もできるでしょう(実際,デュティーユがボルドー管の再録にも関与したのは,この録音に不満が残ったからでしょうしねえ)。欲を言えば収録内容。今どき30分にも満たない演奏時間でCD一枚ってのは,幾ら何でもお高く留まりすぎなのでは?もう一曲くらい併録したってバチは当たらんでしょうに。

★★★★
"Le Double / The Shadows of Time / Métaboles" (Arte Nova : 74321 80786 2)
Hans Graf (cond) Orchestre National Bordeaux Aquitaine : Children's Voices
2001年に出たこのCDで,取り敢えず新世紀まではご存命であったことを確認できたデュティーユさん。フレムの五重奏曲で名前が出てきたボルドーの国立アキテーヌ管弦楽団の珍しい演奏を聴けるという意味でも,まだ1997年に初演されたばかりで録音僅少な『時の影』を廉価盤で聴けるというお得感の高さでも,これはお薦め度の高いCDなのでは。指揮者のグラフはフランコ・フェラーラ,セルジュ・チェリビダッケの弟子で,1979年にカール・ベーム国際で優勝して評価を確立した人物。1984年からザルツブルクのモーツァルテウム管の音楽監督をやるなど,仏ものとは縁遠い彼らしく,演奏は流動感よりも独流の重厚なリズムを強調したもので,それは打楽器効果の強い『ル・ドゥーブル』と雅楽的な『メタボール』を持ってきた選曲からも明らか。オケは録音こそ少ないながら1853年からの長い歴史を持つだけに響きは廉価盤とは思えないほど端正。欲を言えば拍節の間を冷たくも艶めかしく溶かしていくデュティーユ芸術の真骨頂たる流動感が,グラフの指揮からは伝わりにくいと言う点と,ピッチは悪くないものの統率が充分でないため,ややバラバラで緩いオケでしょうか(追記:後日伺った話では,彼は有名な練習嫌いなんだとか。やっぱりなあ・・笑)。それでも,知名度が高い割にオケの性能が悪いミュンシュのをご大層に買うくらいなら,入門盤としてはこちらのほうが遙かにお買い得でしょう。デュティーユも丸くなったかと吃驚の『時の影』は,久石譲を思わせるカラフルで穏健な和声に溢れた名品。さらなる名録音を期待。トゥルトゥリエさんあたり是非にお願いします。

★★★★
"Symphonie No.2 'Le Double' / Timbres, Espace, Mouvement / Métaboles" (Philips : 438 008-2)
Semyon Bychkov (cond) Orchestre de Paris
近代と現代の境界線上に位置するデュティーユーは,スイスのマルタン,スイス系フランス人のオネゲルなどと同じ系譜に括ることができる作風の持ち主だと思うのですが,同時にストラヴィンスキーからエドガー・ヴァレーズへと向かう表現主義〜打楽器主義の流れにも片足を乗せている作曲家です。そうした彼の側面を良く表した『交響曲第2番』は,タイトルが示すとおり2群の弦楽,吹奏楽,打楽器からなる編成で,様々なパートがかわるがわる主題を変奏しながらソロをリレーしていく,極めて協奏曲的な側面のある作品です。しかし,ここでも作品の魅力はその神秘的な響きを持つ弦楽による伴奏。極めて官能的でありながら神秘性を失わない響きは素晴らしく,いわゆる『訳のわからん現代音楽』という一般のイメージとは明瞭に一線を画したデュティーユの才気が横溢しています。ビシュコフ/パリ管も,ちょっと統率が取れきれないところがありますが,総じて良好な演奏。特に『5つの変遷』の出来が良いです。

★★★★
"Deliciae Basilienses (Honegger) : Métaboles (Dutilleux) : Suite (Roussel)" (Erato-BMG: B18D-39148)
Charles Münch (cond) Orchestre de l'Association des Concerts Lamoureux : Orchestre National de l'O.R.T.F.

パリ管,後にボストン響を率いて活躍,フランス近代ものに深い理解を示し,その積極的な紹介者となった大指揮者シャルル・ミュンシュの面目躍如ともいうべき作品集です。作品の持つ生き生きとした精気,躍動感を大切にした彼の指揮は,現代の指揮者のそれに比べると,時に少しばかり緻密さにおいて見劣りすることがありますが,作品全体のつかみ取り方,ダイナミズムの表し方に掛けては,今以て第一級水準の魅力を保っていると思います。このエラート盤はまさしく,そのようなミュンシュの持ち味が色濃く表れた内容。オネゲルの4番は速めのテンポをとり,流れるようにいきいきと表情をつけた,同曲の決定版と言って良い出来映えで,本CDのクライマックスと言えましょう。彼のデュティーユは,流麗な曲の表層の下へと潜行し,拍節構造に周到な目配りをしたもの。新古典ものを得意とする彼の面目躍如たるものでしょう。それだけに勿体ないのはオケの性能。微分音を駆使した冷徹で現代的な響きを鳴らし切れない。結果,精密なピッチで演奏されれば妖艶なまでの透明感を醸し出すはずの和声が濁ってしまっている。当時の水準(録音も含めて)ではデュティーユを完璧に鳴らすのは無理だったのでしょう。デュティーユを聴くなら現代のオケです。

★★★★☆
"Sonate / Figures de Résonances / Trois Préludes / Trois Strophes / Ainsi la Nuit / Deux Sonnets / Les Citations" (Erato : 8573-88047-2)
Geneviève Joy, Henri Dutilleux (p) David Geringas (vc) Gilles Cachemaille (btn) Maurice Bourgue (ob) Huguette Dreyfus (hpcd) Bernard Cazauran (b) Bernard Balet (perc) Quatuor Sine Nomine
近代と現代音楽との境界線に位置した作曲家の中でも,最も優美かつフランス的な作風を堅持し,なおかつ他に類を見ない超人的な和声感覚を以て現代的な響きの中に叙情性を開拓したデュティユーの,室内楽や器楽作品を集めた2枚組。昨今の価格破壊の煽りを受けて,エラートが旧録音を投げ売りするシリーズ企画「ウルティマ・シリーズ」の一枚として出ました。この作曲家も,録音は決して多い方ではないので,器楽・室内楽方面の演奏が多く入ったこのCDは得難い一枚と申せましょう。この中で代表曲となれば,やはり『ソナタ』なんでしょうが,同曲の演奏が実に個性的で面白い。ジュヌヴィエーヴ・ジョワは作曲者の奥さんで同曲の献呈者。異常なハイ・テンポでこのソナタを弾いており,パーカッシヴな効果を上げ,これまでになく現代音楽的側面をえぐり出した怪演です。駄盤の多いエラートにしては,これは掘り出し物の一枚と申して宜しいのではないでしょうか。

★★★★☆
"Paris :
Sonate (Poulenc) / Sonatine (Dutilleux) / Sonatine (Sancan) / Sonatine (Milhaud) / Jeux (Ibert) / Aria (Ibert) / Le Merle Noir (Messien) / Chant de Linos (Jolivet)" (EMI : 7243 5 56488 2 2)

Emmanuel Pahud (fl) Eric Le Sage (p)
本盤は,フランスの新世代をリードするエマニュエル・パユとエリック・ル・サージュによるフランス近代の器楽作品を集めたオムニバス盤。今を時めく若手のみずみずしい感性に満ちた本盤は,演奏に関しても超一級品です。ここに収められた『ソナチヌ』は,デュティーユーらしい鋭敏な和声感覚に富んだ作品。管弦楽作品では現代音楽の境界線上にぎりぎりまで接近した,晦渋な作風を見せますが,『ソナチヌ』は意外なほど穏健で,印象主義の影響も顕著。瀟洒な美意識に溢れた内容で,充実した仕上がりと申せましょう。この盤はオムニバスですが,他に収録された作品はいずれも優れ,デュティーユーの曲想も間口が広い。近代ものの入門編としても充分にその役割を果たす好企画ではないかと思います。

★★★★☆
"Sonate pour Piano (Auric) Sonate pour Piano (Dutilleux) Sonate pour Piano (Jolivet)" (Solstice : SOCD 18)
Marie-Catherine Girod (piano)
近代ものピアノ作品に殊更造詣が深く,本作を始め多くの無名作家に慈悲の光を当てるフランスの女流ピアノ弾き,ジロ女史による近代ピアノ・ソナタ集です。オーリックの作品を聴いたのは久しぶりですが,やはり初期のミヨーに共通する斜に構えた擬古典音楽。ピカソの絵のように,至って古典的なソナタ風の主題をぶっつぶっつと裁断し,おどろおどろし気にデフォルメしてくっつけ直すシニカルな制作態度が眼に見えるようです。いかにも移り気でムラッ気の多いフランス人らしい作品という印象ながら,歌曲など聴く限り通俗的で下品の極みなオーリックとしては,取り敢えずクラシックに聞こえるこの作品なんか,入口には丁度良いかも知れません。ところで,本ソナタ集はいずれも速いパッセージの多い技巧的な作品が並びますが,演奏は実に見事。これまで聴いた彼女のCDの中でも,「鬼気迫る」という点では最高度の出来映えではないかと思います。特に出色はデュティーユのソナタ!これは凄い。献呈者ジョワをも遙かに凌駕する,異常に速いテンポ取りに唖然とさせられる本ソナタは妖気すら漂う怪演で,完全に独自の世界を構築しているといっても宜しいのではないでしょうか。デュティーユ・ファン必聴。

★★★★
"Matrix 27 :
Piano Sonata (Dutilleux) / Deux Mirages (Schmitt) / Piano Sonata (Dukas)" (EMI : 7243 5 65996 2 8)

John Ogdon (piano)
パリ音楽院の和声法を教えているという経歴からもご推察の通り,デュティーユーの神懸かり的な色彩感の鋭さを最も良く味わえるのは管弦楽作品と言うことになります。いきおい,器楽や室内楽の作品は,オムニバス盤で断片的に聴ける以外にはなかなかまとまった形で耳に出来ません。ピアノ・ソナタはそんな中でも有名な作品。何しろ片足半は現代音楽家なので,書法は印象主義から見ると相当に晦渋なのですが,この人の場合はあくまで基底にある様式や主題,和声進行の骨格は近代のそこに置いた上で,装飾として現代音楽の手法を使うというのが特徴なため,いったん表層の晦渋さに慣れてしまえば,近代の耳でも充分に楽しめる作曲家。デュカからシュミット経由でデュティーユへ。ロマン派ものなら大丈夫な人はデュカから。現代ものより前はツマンナイという人はデュティユーから。どれも余り日の当たらない作品ばかりで,間口の広い選曲といえるかも知れません。現代音楽に抜群の理解力を発揮する個性派オグドンのテンペラメンタルな演奏が,曲想を見事に捉えます。才気走った怪演で,最近のピアニストからはなかなかこういう演奏は聴けなくなりました。