Eの作曲家



モーリス・エマニュエル Maurice Emmanuel (1862-1938)

フランスの音楽史家,教育者,作曲家。1862年5月2日バルスローブ(Bar-sur-Aube)生まれ。1880年から1887年に掛けパリ音楽院でデュボワ,ドゥリーブ,サヴァール(Savard),ブルゴール=ドゥクドレイ(Bourgault-Ducoudray)らに師事したが,同時に古典音楽の旋法やリズムの研究に没頭。エコール・ノートル・ダムでジェヴェール(Gevaert)に就いて音楽史を学ぶ。さらにソルボンヌ大学にも籍を置いて古典言語学を学び,1885年に文学修士号,1895年に同博士号を修得した。専攻したギリシャ古典舞踊音楽や言語学の豊富な知識をもとに,彼は早くも在学中から,旋法を採り入れ印象主義の黎明を告げる斬新な作風をとった(彼がギローの門下となってドビュッシーと知遇を得たのは1889年であり,既に『チェロ・ソナタ』を書いていた彼が,ドビュッシーから作風に影響を受けたことはあり得ない)。こうした進取の気性が元で指導教官のレオ・ドゥリーブとは確執し,ローマ大賞は辞退を余儀なくされている。1887年にパリ音楽院を卒業。1898年から1905年までラシーヌ大学で芸術史の教授に就任。次いで1909年から1936年までパリ音楽院で音楽史の教鞭を執り,オリヴィエ・メシアン,ジョルジュ・ミゴ,ロベール・カサドシュ,イヴォンヌ・ルフェビュールらを輩出した。彼は完璧主義者でもあり,後に心ならず作曲した保守的な自作品の殆どを破棄したため,僅か30作品(実数73)しか残っておらず,それが過小評価に拍車を掛けている。しかしドビュッシーに先んじて印象主義語法の基礎を築き上げた功績はもっと評価されて然るべきである。1938年12月14日パリにて死去。


主要作品

歌劇/バレエ音楽 ・画家ピエロ Pierrot peintre (1886)
・プロメテウスの団結 Prométhée enhaîné (1918)
・サラミヌ salamine (1929)
・アンフィトリオン Amphitryon (1936)
管弦楽 ・或る陽気な物語への序曲 ouverture pour un conte gai (1890)
・ジンガレスカ zingaresca (1902)
・交響曲第1番 symphonie No.1 (1919) <orch>
・交響曲第2番 symphonie No.2 'Bretonne' (1931) <orch>
・フランス組曲 suite Française (1934)
・交響詩「ローヌ河」 le poème du Rhône (1938) <orch>
器楽/室内楽 ・チェロ・ソナタ sonate pour violoncelle et piano (1887) <vc, p>
・ヴァイオリン・ソナタ sonate pour violon et piano (1902) <vln, p>
・四重奏曲 quatuor à cordes (1903) <2vln, vla, vc>
・三重奏曲 trio (1907) <fl, cl, p>
ピアノ曲 ・6つのソナチネ les six sonatines (1893-1925) <p>
歌曲/合唱曲 ・イン・メモリアム in memoriam (1908) <vo, vln, vc, p>
・アナクレオン風のオデレット odelettes anacréontiques (1911) <msp, fl, hrp/p>
・ブルゴーニュ民謡集 trente chansons Bourguignonnes (1913) <msp, tnr, choir, p>
・音楽 musiques (1917) <msp, p>
・ヴォーカリーズ=エチュード vocalise-étude (1926) <female-vo, p>
詳細不明 ・古代ギリシャ民謡のアリアによる組曲 suite sur des airs populaires Grecs (1907)


エマニュエルを聴く


★★★★
"Symphonie No.1 / Simphonie No.2 / Le Poème du Rhôme" (Marco Polo : 8.223507)
James Lockhart, Gilles Nopre (cond) Rhenish Philharmonic Orchestra : Staatsorchester Rheinische Philharmonie
彼の遺作である「ローヌ河」を初めとする管弦楽作品を収めたCDです。エマニュエルはパリ音楽院で師匠と揉め,ローマ大賞の自体を余儀なくされましたが,幸運にもその後,エルネスト・ギローによって救われ,彼の口利きでドビュッシーの知遇を得ます。保守的で頑迷なドゥリーブスに対し,進歩的なギローとドビュッシーとの出会いは彼にとってどれほど心強いものだったでしょう。この管弦楽作品集では,そうした彼の持つ色彩的な音楽性が良く出た作品であり,エマニュエルを初めて聴く方にはまずお薦めの作品です。ライン地方B級オケの福音的レーベル,マルコ・ポーロは作曲者の出自などお構いなしにドイツのオケばかりを使う困ったレーベル。しかし,このエマニュエル録音のように,マルコ・ポーロによって日の目を見た作曲家はごまんと居ます。この録音はそんなマルコ・ポーロの面目躍如たる優れた発掘ものといえましょう。

★★★★☆
"Mélodies : Odelette Anacréontiques / Musiques / Vocalise-étude / In Memoriam" (Timpani : 1C1030)
Florence Katz (msp) Marie-Catherine Girod (p) Lionel Peintre (btn) Claude Lefebvre (fl) Jean-Marc Philips (vln) Henri Demarquette (vc)
以前から探しておりましたエマニュエルの歌曲集,ようやく入手できました。彼の作品集は,ご存じの方はご存じのように,マルコ盤2枚とアコール盤(競合盤あり)で大体全部という極めて悲惨な状況にありますので,フランスものの録音には硬派なティンパニから,それも全て世界初録音の歌曲が出たというのは,印象主義ファンにはこの上ない悦びでありましょう。実際,エマニュエルのこの歌曲,出来も素晴らしく,いずれもクラやケックランを思わせる色彩感と,ドビュッシーを思わせる旋法性が非常に好ましい。音楽史学者であった彼の精緻な筆致を存分に堪能できます。それだけに,惜しいのは演奏か。少しヴァイオリンが不安定な他には,ほぼ問題ない伴奏なのですが,唯一ソロのフローレンス・カッツがいただけない。アンナ・シェーアやブリジット・バレーズがいるのになぜカッツ?どちらかというとふくよかでざらついたお声のカッツ女史では,曲の持つ古楽趣味的で無垢な響きを充分に出し切れないと思うのは小生だけでしょうか。

★★★★
"Les Six Sonatines pour Piano :
Sonatine I 'Bourguignonne' / Sonatine II 'Pastorale' / Sonatine III / Sonatine IV 'Sur des Modes Hindous' / Sonatine V 'Alla Francese' / Sonatine VI / Trio" (Accord : 220732)

Marie-Catherine Girod (p) Richard Vieille (cl) Alain Marion (fl)
エマニュエルの「6つのソナチネ」は,学究肌のこの人らしい旋法を駆使した古楽的なたたずまいと,近代以降の和声とを巧みに織り交ぜた小曲集。競合盤もありますが,演奏に関してはこのギロー盤が群を抜いています。ただ,なにぶん一曲が短いので,独立した作品としてよりは,緻密なスケッチといった印象で聴き応えはもうひとつ。むしろ作曲者の至芸は「三重奏曲」に顕著です。名手マリオンを迎えて演奏は目の覚めるような出来。対位法的な書法を用いて,古楽的な旋律の妙を追求した楽曲も秀逸。これを聴くだけでも価値があります。

★★★★☆
"Sonate (Debussy) Trio (Chausson) Sonate (Emmanuel)" (K617 : K617135)
Marc Coppey (vc) Eric Le Sage (p) Trio Wanderer
ストラスブール出身のチェリストはパリ音楽院でフィリップ・ミュラーに師事し一等を得た人物。女性的で甘美な音色が魅力です。ルサージュの伴奏も円やかで,全体に色気と艶めかしさに富んだ演奏。そんな女性的な演奏に,時には荒々しく時にリズミカルなドビュッシーはやはりさほど相性が宜しくなかった様子。音色の美しさこそ特筆すべき水準ではあるものの,些か芯の抜けたものになっており,好みが分かれるところでしょう。しかし,それを補って余りあるのがエマニュエルのチェロ・ソナタ!いや,これには心底参りました。作品番号2。1887年の作ですから,ドビュッシーはまだ『牧神』すら書いていないわけです。音楽を勝ち負けや後先で語るのが不毛なのは重々承知していますけれど,それでもやはりこれを聴くにつけ,少なくともこの時点でエマニュエルがドビュッシーの遙か前を行く存在だったと臆断しても誤ってはいないでしょう。これを聴いたドゥリーブが脅威を感じたのも無理はない,フランキストともワグネリズムとも一線を画す全く新しい音楽語法がここにあります。この後,彼はドゥリーブのもとを離れ,ギローの門下生になりますが,きっとドビュッシーはそのお陰で古楽通のエマニュエルから多くのことを学び得たことでしょう。印象主義史の思わざる裏舞台を見せられたようで,久々に新鮮な感動を覚えました。これに関しては甲種お薦めです。

★★★☆
"Images 1er, 2e livre / Masques / L'isle Joyeuse (Debussy) : Sonatines IV-VI (Emmanuel)" (Fy : FYCD 109)
Yvonne Lefébure (piano)
生涯の大半を教育者として過ごした名ピアニスト,ルフェビュールの録音は決して多くなく,しかも晩年にヨレヨレになってからのものが大半。勿体ない話です。しかし,幸運にもその大半が昨今,フランスのレーベルから続々再発されています。本盤もその一つで,彼女の珍しいドビュッシー録音。大いに期待しつつ購入したものの,余りに酷いミスタッチと音符の消滅ぶりに,大いに落胆しました。では,なぜそんなゴミにを3つ半も付けているのか。答えは簡単で,エマニュエル『6つのソナチヌ』の後半3集を収めた併録の演奏が,到底同じ人間とは思えないほど粒立ち良く,みずみずしく煌めいているからです。あまりに巨大な落差に,さしもの小生もこれはオカシイと思いましてよくよく見たところ,エマニュエルの方は1974年の録音で,1982年録音のドビュッシーより8年も前だったというのが真相でした。そういえばラヴェルの演奏も1980年前後でしたっけ。1970年代でこの粒立ちと技巧なら,絶頂期はいったいどんなに凄いピアニストだったのでしょうか。ただただその威光を偲ぶばかりです。

★★☆
"Songs of Burgundy" (Marco Polo : 8.223891)
Florence Katz (msp) Jean-Pierre Quenaudon (tnr) Roger Toulet (cond) Choeur Régional de Bretagne
音楽理論家ロベール・ジャルディエは,ブルゴーニュ地方の民謡を収集,30曲からなる歌曲集を編纂します。この試みに,編曲という形で加わったのがエマニュエル。従ってこれは,厳密にはオリジナルではなく,編曲作品と呼ぶべきものです。印象主義は近代音楽の幕開けを告げた音楽でしたが,その書法は現代音楽とは違い,既存の音楽理論(旋法・和声法など)を拡張する試みに特徴があります。既存の音楽を否定したのではなく,一見古めかしい音楽の中にある斬新な要素を取り出しては集めてきた上に再構築するという性格上,この作品のように,しばしば過去の作品を引用し検討するという試みも頻発することに。それはそれで好いことで,必要なことなのでしょうが,そうなると「いかにその元ネタを損なわずに〜するか」という命題を無視できない。結果,他の作品と違い,ここでの書法は本当の「伴奏」となり,民謡の旋律を主役にした背景に過ぎません。結果としてこれは,印象主義的色彩感もほとんど皆無。あまりお薦めできるものではありません。

★★★★
"Chants d'Auvergne (J. Canteloube) : Chansons Bourguignonnes du Pays de Beaune (M. Emmanuel)" (Erato : WPCS-11016/7)
Dawn Upshaw (sop) Kent Nagano (cond) Orchestre de l'Opera National de Lyon
師ダンディや印象主義の影響を受け,フランスの山地オーベルニュ地方の民謡収集に明け暮れ,それらを集大成して制作した『オーベルニュの歌』だけで知られるカントルーブの代表作に,エマニュエルの『ブルゴーニュ民謡集』の抜粋版を併録したCD。2枚組1900円でエラートが投げ売りを開始したのを機に購入しました。この盤の美点はやはりドーン・アップショウの美しく張りのある歌声に尽きましょう。柔和と言うよりは力強く,雄々しく歌いますが,他盤に比して声が伸び,艶やかで美しい。録音僅少のエマニュエルを,アップショウほどの大物の歌で聴け,しかも管弦楽が付きますが,内容は上記の通りです。

(2001. 1. 5)