Dの作曲家



アルチュール・デ・グレーフ Arthur De Greef (1862-1940)

ベルギー(フランドル系)の作曲家,ピアニスト。1862年10月10日ルヴェン(Leuven)生まれ。ブリュッセル音楽院へ進学し,ルイ・ブラッサン(Louis Brassin)にピアノ,ジョセフ・デュポン(Joseph Dupont)に和声法,ユベール=ファルナン・クフェラート(Hubert-Fernand Kufferath:メンデルスゾーンの弟子)にフーガ,フランソワ・ジェヴェール(François Auguste Gevaert)に作曲法を学び,1879年に,留学中のアルベニスと並んでピアノ科のプルミエ・プリを得た。ブラッサンの後任となったジュリウス・ザレブスキ(Juliusz Zarebski)に短期間学んだのち,ジェヴェールの助言に従って1881年秋からドイツへ留学し,1883年秋まで,ワイマールでフランツ・リストに師事。またパリではサン=サーンスにも学んでいる。存命中はピアノ奏者として名高く,英国を中心に欧州を楽遊。特にグリーグのピアノ協奏曲の解釈には定評があった。1885年にザレブスキの後任としてブリュッセル音楽院ピアノ科の講師となり,1887年に同教授に就任。1920年から1930年には同音楽院でマスター・クラス(Cours de perfectionnement)を開講して後進の育成に尽力した。のち1925年には王立アカデミー委員にも選ばれている。1940年8月29日ブリュッセルにて死去。なお,イタリアで教鞭を執った,スカルラッティ(A.Scarlatti:1660-1725)に師事したとする資料が一部にあるが,言うまでもなく事実無根である。


主要作品 

管弦楽 ・ユーモレスク humoresque pour orchestre (1891/1928) {wood, hrn, timp, bell, strings /orch}
・バラード ballade en forme von variationen über ein flämisches volkslied (-) {strings}
・イタリア組曲 suite italienne (-)
・フランドル組曲 suite flamande (-)
・秋の印象 impression di automne (-)
・ヴィエール伴奏による4つのフランドル民謡 quatre vileilles chansons flamandes (-)
協奏曲 ・幻想曲 fantaisie sur des vieilles chansons flamandes (1892) {p, orch}
・ピアノ協奏曲第1番 concerto pour piano No.1 en ut (1914) {p, orch}
・ピアノ協奏曲第2番 concerto pour piano No.2 en Si (-) {p, orch}
・小協奏曲 concertino pour piano et petit orchestre (-) {p, orch}
室内楽曲 ・ヴァイオリン・ソナタ第1番 sonate No.1 en ré mineur (1896/1932) {vln, p}
・ヴァイオリン・ソナタ第2番 sonate No.2 en ut mineur (1933) {vln, p}

ピアノ曲 ・斜陽 coucher de soleil (1913) ... 管弦楽配置版あり。管弦楽に分類する資料もある
・5つの演奏会形式の練習曲 cinq etudes de concert (1914-1918)
・2台ピアノのためのソナタ sonate en ut mineur pour deux pianos (1928) {2p}
・ヴァルス=カプリス valse-caprice (-) {2p}
歌曲 ・5つの愛の歌 cinq chants d'amour pour soprano et orchestre (1903) {sop, orch}
典拠 Blom, E(ed.). 1966. Grove's dictionary of music and musicians. London: Macmillan Co.ltd.
Sadie, S.(ed.) 1980. New grove dictionary of music and musicians. Oxford Univ.Press.


デ・グレーフを聴く


★★★★☆
"Humoresque for Orchestra / Cinq Chants d'Amour / Piano Concerto No.2" (Klara-Et'cetera : KTC 4013)
Yannick Nézet-Séguin (cond) Artur Pizarro (p) Charlotte Riedijk (sop) Flemish Radio Orchestra
作曲者は1862年生まれのベルギー人。ブリュッセル音楽院ではアルベニスと席を並べ,のち留学してリストとサン=サーンスに師事した人物です。ドビュッシーの同輩だけに,或いはと期待が膨らむいっぽう,師匠はジェヴェールで留学先は保守派。不安材料もあるこの人物。果たしてというべきか,師匠サン=サーンスの傍流に連なる保守ロマン派書法がベースでした。1891年の『ユーモレスク』はいかにもワグネリアンな大仰さと,明瞭な主題の装飾的反復で曲の相貌を作る模範的なまでの保守ロマン派。「うっへ〜ドイツ被れかよ」と一旦はゲンナリしました。しかし,20世紀に入ってからは,彼なりに近代化すべく努力した模様。基調にあるワグナーの大仰さは抜けないものの,洒落た転調を駆使して叙情の香りを振りまく『愛の歌』は,初期のロパルツくらいには甘い。こんな彼だけに,本盤の聴きものは,最後年に書かれたピアノ協奏曲第2番でしょう。ポーランド起源の厳しい佇まいを抜いたショパンや,スラブ臭くなくやや旧態然としたラフマニノフあたりの風合い。20世紀に入って時を経過したからか,半音階書法を敷衍して,旋法風の歌い回しを用いたり,ホルスト『惑星』を一瞬ちらつかせる和声が用いられたりと,保守派の枠内でかなり健闘。緩楽章などは,近代の耳にも充分聴ける甘美な佳作となっているのではないでしょうか。独唱を含め,演奏陣はかなり高水準。ペーテルス録音も素晴らしかったフランドル放送は今回も肌理の揃った弦部で頬を緩めますし,ポルトガル出身で1990年のリーズ国際の覇者アルチュール・ピサロのピアノもタッチ美麗で言うことなし。これで曲さえもっとモダンだったら文句なしだったのになあ。

(2006. 9. 21 Uploaded)