Iの作曲家


ジョン・アイアランド John Ireland (1879-1962)

イギリスの作曲家,音楽教育者。1879年8月13日,マンチェスター近郊チェシャー県ボードンに7人兄弟の末子として生まれた。病弱な母と年老いた父を抱え苦労の中,貧しい幼少期を過ごす。その後両親が相次いで世を去り孤児となるも,1893年に14才で王立音楽学校へ入学し,フレデリック・クリーフェにピアノ,チャールス・スタンフォードに作曲を師事。1901年卒業。1904年にチェルシーの聖ルーク教会のオルガニストとなり,1926年まで務めるとともに,王立音楽院作曲法科の教授にも就任。15年にわたり教鞭を執り,モーランやブリテンらを育成した。作風は形式的にはロマン派の嫡流にあったが,同時にストラヴィンスキーやラヴェルにも接近。また文学好きだった両親の影響でトマス・ターディやクリスティナ・ロゼッティらの詩や文学へも傾倒。作家アーサー・マッチェンを通じてウェールズ地方の民謡に深い憧憬を寄せ,印象主義的な色彩感と躍動的なリズムを採り入れた独自の作風を完成した。1953年,西サセックス県ワシントンに風車つきの屋敷を購入して事実上隠居。1962年6月12日,同地で死去した。(関連ページ ジョン・アイアランド財団


主要作品

舞台音楽 ・放浪者 the vagabonds (1946)
付帯音楽 ・シーザー王 Julius Caesar (1942)
管弦楽 ・トリトン tritons (1899)
・交響詩 orchestral poem in A minor (1903-1904)
・忘れられた儀礼 the forgotten rite (1913)
・交響的狂詩曲 mai-dun (1921)
・マイ=ダン mai-dun (1921)
・エピック・マーチ epic march (1940)
・スケルツォと付曲 scherzo and cortége (1942) {winds/orch}
・サテリコン Satyricon (1944)
協奏曲 ・ピアノ協奏曲 piano concerto (1930) {p, orch}
・ヴィオラ協奏曲 concerto, by Cecil Forsyth (1904) {vla, p}
・伝説 legend (1933) {p, orch}
・田園協奏曲 concertino pastorale (1937) {orch}
映画音楽 ・オーヴァーランダーズ the overlanders (1946) {orch}
器楽/室内楽 ・弦楽四重奏曲第1番 quartet No.1 for strings in D minor (1895) {2vln, vla, vc}
・弦楽四重奏曲第2番 quartet No.2 for strings in C minor (1897) {2vln, vla, vc}
・六重奏曲 sextet (1898) {cl, hrn, 2vln, vla, vc}
・子守歌 berceuse (1902) {vln, p}
・哀歌調のロマンス elegiac romance (1903/1958) {org}
・カヴァティーナ cavatina (1904) {vln, p}
・即興メヌエット menuetto impromptu (1904) {org}
・幻想三重奏曲 fantasie trio in A minor (1906) {p, vln, vc}
・ヴァイオリン・ソナタ第1番 violin sonata No.1 in D minor (1908-1909) {vln, p}
・バガテル bagatelle (1911) {vln, p}
・アラ・マルシア alla marcia (1911) {org}
・カプリッチョ cappriccio (1911) {org}
・マルシア・ポピュレール Marcia populare (1912) {org}
・ヴァイオリン・ソナタ第2番 violin sonata No.2 in A minor (1915-1917) {vln, p}
・ダウンランド組曲 a downland suite (1932) {brass}
・三重奏曲第二番 trio No.2 (1938) {p, vln, vc}
・喜劇的序曲 a comedy overture (1934) {brass}
・三重奏曲第三番 trio No.3 (1938) {p, vln, vc}
・幻想ソナタ fantasy sonata (1943) {cl, p}
・マリータイム序曲 maritime overture (1944) {brass}
・ミニアチュール miniature suite (1944) {org}
・小品 piece for oboe and piano (1952) {ob, p}
・瞑想曲 maditation on John Keble's rogationtide hymn (1958) {org}
ピアノ曲 ・懐かしき日々 in those days (1895)
・幻想曲第一番 first rhapsody in C sharp minor (1905)
・アイランド・スペル the island spell (1912)
・装飾 decorations (1912-1913)
・4つの前奏曲 four preludes (1913-1915)
・狂詩曲 rhapsody (1915)
・3つの舞曲 three dances (1913)
・拡がる道 the towing path (1918)
・子どものスケッチ帳から leaves from a child's sketchbook (1918)
・夏の夕方 summer evening (1919)
・メリー・アンドリュー Merry Andrew (1919)
・ロンドン小品集 London pieces (1917-1920)
・影落ちた谷 the darkened valley (1921)
・フェリー the ferry (1921) {choir, p}
・2つの小品 two pieces (1921)
・エキノックス equinox (1922)
・誕生日の日に on a birthday morning (1922)
・前奏曲 prelude in E flat (1924)
・4月 April (1925?)
・2つの小品 two pieces (1925)
・ロンドンの夜へのバラッド ballade of London nights (1930)
・我が魂は主に導かれ meine seele erhebt der herren (1931)
・マンスの心 Month's mind (1935)
・緑の道 green ways (1937)
・ル・カチオロ le catioroc (1940-1941)
・3つの水彩画 three pastels (1941)
・コロンビーヌ columbine (1947)
合唱曲 ・穏やかな西風 the peaceful western wind (1890) {choir}
・軍政 vexilla regis (1898) {choir, tp, tb, org}
・詩編の歌 psalm chant (1904)
・晩祷 evening service in A (1905) {choir?}
・主の祈り the lord's prayer (1907) {choir}
・詩編第42番 psalm 42 (1908)
・哄笑の歌 a laughing song (1910) {choir}
・揺りかごの歌 a cradle song (1912) {choir}
・至上の愛 greater love hath no man (1912) {sop, btn, choir, orch}
・夕べの歌 evening song (1912) {choir, p}
・歓喜 Jubilate in F major (1914) {choir, org}
・晩祷 evening service in F (1915) {choir?}
・ヘ調のベネディクトゥス benedictus in F (1912/1918) {choir, org}
・フラタニティ fraternity (1919) {choir?}
・無名の愛 love unknown (1919) {choir?}
・五月の花 may flowers (1919) {choir, p}
・逞しき父 mighty father (1919) {choir}
・譜面を変えようか fain would I change that note (1921) {choir}
・新たな王子,新たな教皇 new prince, new pomp (1927)
・ディーズ・シングス・シャル・ビー these things shall be (1937) {btn, choir, orch}
・ミサ・ブレヴィス missa brevis (1940) {choir}
・晩祷 evening service in C (1941) {choir?}
・朝課 morning service in C (1941) {choir}
・ニンフォルド・キリエ ninefold kyrie in A minor (1941) {choir, org}
・新年のキャロル a new year carol (1942)
・エクス・オレ・イノセンティウム ex ore innocentium (1944) {choir?, p/org}
・(邦訳不詳) man in his labour rejoyceth (1947) {choir, brass}
・丘 the hills (1953) {choir}
・詩編第23番 psalm 23 (1958)
・愛の天使 cupid (pub 1961) {choir}
歌曲 ・アナベル・リー Annabel Lee (1910) {recit, p}
・夜明け前 at early dawn (1911)
・アルパイン・ソング alpine songs (1911)
・ウェイフェアラーの歌 songs of a wayfarer (1903-1911)
・(邦題不詳) full fathom five (1908)
・カエルとカニ the frog and the crab (1909)
・愛の窓 love's window (1911)
・オバド aubade (1912)
・夏のベッド bad in summer (1912)
・さあいざ船へ here's to the ships! (1912)
・緑のこだま the echoing green (1913)
・マリーゴールド Marigold (1913)
・海への情熱 sea fever (1913)
・プエル・トリコ Porto Rico (1913)
・子どもの歌 child's song (1914)
・看護婦たちの歌 nurses' song (1914)
・ガリソン教会の領分 a Garrison churchyard (1916)
・心の欲望 the heart's desire (1917)
・2つの歌曲 two songs (1917-1918)
・母と子 mother and child (1918)
・サン・マリーの鈴 the bells of San Marie (1918)
・リメンバー remember (1918)
・ホーソーンでの時 Hawthorn time (1919)
・イースト・ライディング east riding (1920)
・失われた大陸 the land of lost content (1920-1921)
・ love is a sickness full of woes (1921)
・メリー・マンス・オブ・メイ the merry month of May (1921)
・トマス・ハーディの5つの詩 five songs to poems by Thomas Hardy (1926)
・3つの歌 three songs (1926)
・卒業の歌 a graduation song (1926)
・神聖な歌と世俗的な歌 songs sacred and profane (1929-31)
・5つの16世紀の詩 five sixteenth century poems (1938)
・男の子らの名前 boys' names (1941)
・幸福の地 o happy land (1941)
・ ride a cock-horse (1941)
・葉の中の鈴 bell in the leaves (1942)
・ルッキング・オン looking on (1949)


アイアランドを聴く


★★★★★
"A Downland Suite / Orchestral Poem / Concerto Pastorale / Two Symphonic Studies" (CHAN 9376)
Richard Hickox (cond) City of London Sinfonia
イギリス近代ものを振らせると滅法巧い指揮者,ヒコックスがシャンドスに連続録音したアイアランド作品集でも,英国吹奏楽選手権のために書かれた『ダウンランド組曲』を収めたこのCDは頂点に立つ傑作。もともとはブラスバンドのために書かれた曲ですが,それが信じられないほどに弦楽の響きとマッチ。バックスに通じる北方系の厳しい佇まいと,メランコリックな詩情溢れる曲想には溜息しか出ません。優美な弦楽主体の編成による曲が,アイアランドには合っているのでしょう。作曲者の持つ,英国気質ならではの上品で控えめな和声と,ケルト臭漂う民謡的な主題が放つモデストな芳香が,最も良い形で味わえるものとして,アイアランドを初めて聴く方にはまずお薦めしたいCDです。幸運にもこのCD,演奏も滅法素晴らしい。作品の持つの慎ましやかな叙情を巧みに再現するヒコックスのタクト捌きを前にただただ,快哉を叫びます。なお,『2つの交響的習作』は,映画音楽『オーヴァーランダーズ』からの抜粋。

★★★★★
"Sinfonia Concertante (Walton) / Piano Concerto (Ireland) / Phantasm for Piano and Orchestra (Bridge)" (Conifer : 74321 15007 2)
Vernon Handley (cond) Kathryn Stott (p) Royal Philharmonic Orchestra
アイアランドはケルト臭漂う中にも穏健なロマン派的曲作りを特徴とする,いかにも英国紳士然とした作風の持ち主でしたが,そうした彼の作品の中で異彩を放つ傑作が『ピアノ協奏曲』。極彩色の和声と躍動感溢れるリズムはカップリングのウォルトンや,ラヴェルのピアノ協奏曲当たりに通じるところがあり,作者が珍しく新しい傾向の音楽に挑戦した異色の傑作です。演奏は僅少ながら,このハンドレー盤はウォルトンのピアノ協奏曲共々,決定版ともいうべき出来映え。発売から10年以上経っているので入手は難しいかも知れませんが,探す価値はあります。この『ピアノ協奏曲』には本盤以外にも,シャンドスからエリック・パーキン(下参照)をソリストに迎えた盤が出ておりますが,こちらの内容は酷いものです。到底お薦めできるような代物ではありません。

★★★★
"Songs by John Ireland :
Five Songs to Poems by Hardy / Songs Sacred and Profane" (Saga : EC 3338-2)

John Shirley-Quirk (btn) Eric Parkin (p)
珍しいアイアランド歌曲集。彼はイギリスの作曲家ですが,ラヴェルとストラヴィンスキーの近代的な作曲技法にも学んでいたようです。そういえば,ラヴェルとストラヴィンスキーが音楽的邂逅を行った結果の産物に『ステファヌ・マラルメの3つの詩』がありました。この歌曲集を形容すると,ちょうどイギリス版ステファヌ・マラルメ。ストラヴィンスキーの『日本の抒情詩』よりは色彩的で叙情的。しかし,ラヴェルの『叶わぬ望み』より和声進行がイッちゃっております。アイアランドとしても晦渋な部類に属する作品といえましょう。私家ものか録音は悪く,シャリー=カークのバリトンはお年のせいか野武士風。しかしソリストとしては醜態を晒すパーキンのリリカルな助演が光ります。独唱との一体感がちょっとない気がするもののピアノの書法も秀逸,独立させて聴いた方が良いかも知れません。後者はドビュッシーの『舞曲』をもじった?

★★★☆
"A London Overture / The Holy Boy / These Things Shall Be / Vexilla Regis / Greater Love Has No Man / Epic March" (Chandos : CHAN 8879)
Richard Hickox (cond) Bryn Terfel (btn) Paula Bott (sop) Teresa Shaw (alto) James Oxley (tnr) Roderick Ekms (org) London Symphony Orchestra & Chorus
アイアランドには器楽曲や室内楽もありますが,多くはブラームス辺りの影響が顕著で,印象主義的な魅力はありません。いきおい,彼の魅力をという向きには,大規模な作品を紹介することになります。幸運にも,その魅力を秀逸な演奏で伝えてくれているのが,シャンドスのアイアランド連続録音。このCDは,その中でも最も大規模な編成の合唱曲やカンタータを集めたもの。そのためか,アイアランドにしては相当男性的で,シベリウス的傾向が顕著です。それが彼の魅力である優美な旋律を若干減退させているところもあるものの,彼らしい色彩感はいかんなく織り込まれています。

★★★★
"Scherzo and Cortègé / Tritons / The Forgotten Rite / Satyricon / The Overlanders" (Chandos : CHAN 8994)
Richard Hickox (cond) London Symphony Orchestra
シャンドスから出ているアイアランドの管弦楽/合唱曲集は,目下アイアランドの魅力を最もよく堪能できる選集です。この盤は映画音楽や交響詩などの形で単発的に作曲されたものを集めており,ここでも,どことなくストラヴィンスキーを思わせる躍動感と重厚なロマン派様式を基調にした男性的な作風のものが多めです。それでも随所にアイアランドの魅力である,ケルト風の旋律美と慎みのある和声感覚が出た佳曲が揃っており,国民楽派っぽい作風がお好みの向きには推薦に値する内容といえましょう。ところで,指揮のヒコックスは,この盤と『ロンドン序曲』盤ではロンドン交響楽団を率いていますが,なぜか演奏の一体感はロンドン市立交響楽団のほうが遙かに上。一体何故なんでしょう?

★★★☆
"Sextet / Phantasie Trio / Piano Trios 2 & 3" (ASV : CD DCA 1016)
The Holywell Ensemble
『ピアノ協奏曲』や歌曲などがアイアランドの進歩的な側面を代表する作品とすると,彼の室内楽や器楽作品は,彼の保守的な側面を代表する作品群といって良いのではないでしょうか。ブラームス以前のドイツ・ロマン派を思わせる構成と,控えめで前近代的な和声感覚を基調とするこれらの作品群は,良くも悪くも穏健。特に初期の作品である『六重奏曲』あたりは,ロマン派以前の作品を愛好する方にはお気に召すかも知れませんが,印象主義の耳で聴くのは少々退屈かも。しかしながら,後年になるほど書法は充実してきます。『三重奏曲第三番』はかなり印象主義的で,おおいに愉しめましょう。イギリス近代物の録音に奔走する楽団は演奏も安定しており,好内容です。

★★★★
"Violin Sonata No.1 / Berceuse / Cavatina / Violin Sonata No.2 / Bagatelle / The Holy Boy" (Hyperion : CDA66853)
Paul Barrett (vln) Catherine Edwards (p)
アイアランドの遺したヴァイオリンとピアノのための作品を全て収録したCD。ソリストはブカレスト出身。王立音楽学校を出てイギリス室内管弦楽団,ノーザン・シンフォニアの首席に君臨していた人物です。1737年代の古楽器を使っているせいか音色は湿ったような感じで厚ぼったくハスキー。個人的にはあまり好みの音色ではないんですけれど,1980年に大ロンドン芸術院の年間最優秀新人音楽家に選ばれただけに技量はかなり達者です。曲想はサン=サーンスやフランクを激情的にし,フォーレとラヴェル(室内楽のラヴェルですが)の色を加えたような感じと言えばよいでしょうか。ラヴェルのヴァイオリン・ソナタなどお好きな方なら,あれをもう少し懐旧的にしたような感じと言えば分かりやすいのでは。やや薄味ですけれど,近代の香りは十全に漂い,後期ロマン派が守備範囲に入っている方なら充分楽しんで聴けます。ピアノはペルルミュテルの弟子だそうで,演奏堅実です。

★★★☆
"April / The darkened Valley / London Pieces / Three pastels / In Those Days / A Sea Idyll / Preludes / The Towing Path / Summer Evening / Green Ways" (EMI : 7243 5 68750 2 9)
Desmond Wright (piano)
他にもシャンドスやナクソスから作品集が複数枚出ているピアノ曲は,今となってはアイアランドの諸作品中でも,特に評価の進んだジャンルと言ってもいいのではないでしょうか。おそらくその嚆矢となったのが,デスモンド・ライトの手になるこのピアノ曲集です。アイアランドのピアノ曲は,牧歌的な情緒を持ち,派手な装飾音で気取ることなくあくまで簡素。庶民的な親しみやすさを旨とした小品揃い。作品の構成は後期ロマン派サロン音楽が範でしょうか。シューマンやシャミナード辺りを類似の例として挙げれば,一番分かりやすいのでは。それでいて,適度に近代化されたモーダルな和声が色彩感を与え,サティやラヴェルを思わせる快い緊張感も加味される。時折漂う多調性や機能性を離れた曲進行は,遊びの匂いももたらす。あくまでロマン派形式をベースにした上で,そこにトッピングされる近代の気分。いかにもイギリス楽壇の牽引者らしい,「冒険しないモダニスト」ぶりが色濃く出た瀟洒なトーン・ポエム集と言えるのでは。