Lの作曲家


ギョーム・ルクー Guillaume Lekeu (1870-1894)

近代ベルギーの陰を代表する作曲家の一人。本名ジャン・ジョセフ・ニコラ・ギョーム・ルクー。1870年1月20日ベルビエ県ウージー(Heusy, Verviers)生まれ。1879年,彼が9才の時一家はポワチェ(Poitiers)へ移住。ほぼ独学でヴァイオリンとピアノ,チェロと作曲法を学んだのち,1888年6月に家族と共にパリへ移住。評論家テオドール・ワイゼワ(T.Wyzewa)に見出され,フランクの弟子,ガストン・ガリンに師事。次いで1889年9月から対位法とフーガをセザール・フランクに学び,彼の死後はフーガと編曲法をヴァンサン・ダンディに師事した。ダンディの勧めを受けて1891年のベルギー・ローマ大賞へ応募し,カンタータ『アンドロメダ』で第2等(deuxième second prix)を獲得。これを聴いたヴァイオリニストであり作曲家のウジェーヌ・イザイの委託で,代表作『ヴァイオリン・ソナタ』を執筆した。1890年から1892年に掛けてはベルビエで,次いでアンジェやパリを行き来しながら作曲活動を続けたが,腸チフス(尿毒症とする見解もある)のため,1894年1月20日仏メーヌ・エ・ロワール県アンジェ(Angers)で死去。作風はワグナーやベートーヴェンの影響下に保守的な書法を基調としながらも,後期フランクの嫡流に連なる高められたロマンティシズムを特徴とし,晩年の室内楽・器楽作品が特に優れている。僅か24才の生涯はブーランジェと並んで,近代に於ける最も短命な作曲家の一人であり,その夭折が惜しまれる。LEKEU Guillaume ベルギー情報管理センター内。英語)


主要作品

舞台作品 ・歌劇【砦の主】 Les Burgraves (1887) ... V.Hugo原作,紛失
・歌劇【バルベリーヌ】 Barberine (1889) ...
A. De Musset台本,2幕の前奏曲のみ現存(下記参照)
管弦楽曲 ・行進曲 Marche d'Ophélie (1887)
・【砦の主】より交響的序曲 Introduction symphonique aux 'Burgraves' (1887)
・フェードル Prélude: pour 3eme acte de Racine: Phèdre (1888)
・【バルベリーヌ】より第2幕の前奏曲 Barberine: Prélude au 2e acte (1889)
・対位法的幻想曲 Fantasie contrapuntique sur un cramingnon Liegeois (1890) {ob, cl, bssn, hrn, strings}
・交響的習作第1番 Première étude symphonique: chant de triomphale délivrance (1889)
・交響的習作第2番 Deuxième étude symphonique (1890)
 
1) ハムレット Hamlet, 2) ファウスト Faust
・アダージョ Adagio, op.3 (1891) {2vln, vla, vc, orch}
・ラルゲット Larghetto (1892) {vc, orch (2vln, vla, vc, b, bssn, 2hrn)}
・アンジェ地方の民謡による幻想曲 Fantasie sur deux airs populaires Angevins (1892) ...
連弾版あり
・組曲 Suite (1892) {vc, orch}
・叙情的な歌曲 Chant lyrique (1892) {choir, orch}
・夜想曲 Nocturne (1892) {msp, orch (2vln, vla, vc)} ...
「3つの詩」の第三曲
・詩曲 Poème (-) {vln, orch} ...
詳細不詳。「3つの詩」かも知れないが,単数形でVln独奏付帯なので異曲として扱う
室内楽曲 ・アンダンテと変奏 Andante et variations, op.1 (1885) {vln, p}
・ヴァイオリンとピアノのためのコラール Choral pour violon et piano (1885) {vln, p}
・キリストの聖句への注釈 Commentaire sur les paroles du Christ (1887) {2vln, vla, vc}
・瞑想曲 Méditation pour quatuor à cordes (1887) {2vln, vla, vc}
・メヌエット Minuet pour quatuor à cordes (1887) {2vln, vla, vc}
・弦楽四重奏曲 ニ短調 Quatuor à cordes en Ré Mineur (1887) {2vln, vla, vc}
・アダージョ・モルト・エスプレシーヴォ Adagio molto espressivo pour deux violons et piano (1888) {2vln, p}
・チェロ・ソナタ ヘ長調 Sonate pour violoncelle et piano en Fa Majeur (1888) {vc, p} ...
D'indyにより補完
・ピアノ四重奏曲 Quatuor avec piano (1888) {vln, vla, vc, p} ...
第二楽章D'indy補完出版,1893年説はこれが原因
・ピアノ三重奏曲 ハ短調 Trio en ut mineur (1890) {vln, vc, p}
・祝婚歌 Épithalame (1891) {3tb, org, 5strings}
・序奏とアダージョ Introduction et adagio (1891) {tba, brass (orch)}
・ヴァイオリン・ソナタ Sonate pour violon et piano (1892) {vln, p} ...1890年とする資料もある。着手時期?
室内楽
※典拠曖昧
・モルト・アダージョ Molto adagio pour quatuor à cordes (1887) {2vln, vla, vc}
・主題と変奏 Thema con variazioni pour violon ,alto et violoncelle (1888) {vln, vla, vc}
・2台のヴァイオリンのためのメヌエット Menuet pour deux violons (1888) {2vln}
ピアノ曲 ・悲曲とレント・ドロローソ Lamento et lento doloroso (1887)
・マズルカのテンポで Tempo di mazurka (1887)
・4声フーガ Fugue en quatre parties (1889)
・4手のためのモルソー Morceau pour quatre mains (1889)
・ピアノ・ソナタ Sonate pour piano (1891)
・3つの小品 Trois pièces (1892)
 
1) 無言歌 Chansonette sans paroles,
 2) 忘れられたワルツ Valse oubliée,
 3) 喜びの舞踏 Danse joyeuse
声楽曲 ・子馬の群れ Les pavots (1887) {vo, p} ... Lamartine詩
・降誕祭 Noël (1888) {2sop, 2vln, vla, vc, p}
・影はより濃く L'ombre plus dense (1889) {vo, p} ...
Lekeu詩
・古風な作品と舞曲風メヌエット quelque antique et menuet danse (1889) {vo, p} ... Lekeu詩,1895年刊行
・五月の歌 chanson de mai (1891) {vo, p} ...
Lekeu詩
・アンドロメダ andromède (1892) {sop, tnr, btn, bass, choir, orch} ...
J.Sauvenière詩
・3つの詩曲 trois poèmes pour soprano et piano (1892) {sop, p} ...Lekeu詩
 
1) 墓前にて sur une tombe, 2) ロンド ronde, 3) 夜想曲 nocturne
・2重唱のフーガ fugue, double choir (-) {choir}


ルクーを聴く


★★★★☆
"Sonate pour Violon et Piano (Lekeu) Rêve d'enfant (Ysaÿe) Ballade et Polonaise (Vieuxtemps)" (Philips : PHCP-9653)
Arthur Grumiaux (vln) Dinorah Varsi (p)
ルクーが一部の美旋律マニア以外にも知られているのは,蓋しこの『ヴァイオリン・ソナタ』一曲だけでしょう。それほど,これは魅力のある作品です。彼の師匠セザール・フランクはルクーと同じくベルギー出身でしたがフランスへ渡り,パリ音楽院オルガン科の教授として長く君臨。ショーソン,ロパルツ,デュパルク,ピエルネら多くの優れた弟子を育成して,ドビュッシー前夜のフランス音楽界をほとんど独りで形作るほど巨大な潮流を生み出しました。彼ら【フランキスト】に共通するもの,それが美旋律です。フランクが最晩年に作曲した『ヴァイオリン・ソナタ』は,そうしたベルギー〜パリ音楽院族の伝統を象徴する名品のひとつ。ルクーが偉大な師匠に倣って,その伝統に名を連ねる最高傑作を残そうと考えたとしても無理からぬことでしょう。併録された2人はともにベルギー人で,ヴァイオリンの名手としても知られた人物。特にイザイはドビュッシーからも曲を献呈されているモダニスト。近代好きへの配慮も完璧です。さらに輪を掛けて,演奏者は同郷の名匠グリュミオー。この上なく艶のある澄み切った音色が素晴らしい。しかも安価(1000円)!

★★★★☆
"Molto Adagio / Quatuor avec Piano / Larghetto / Adagio / Trois Poèmes" (Harmonia Mundi : HMA 1901 455)
Rachel Yaker (sop) Isabelle Veyrier (vc) Ensemble Musique Oblique
ルクーの人となりを,CDやご尊顔,伝記的記述などから想像すると,どうしても個人的に滝廉太郎のイメージが頭について離れないんですが,それは単にどちらも病弱ゆえ若くして亡くなってしまったからではありません。どちらも素晴らしい美旋律の書き手で,おまけに若死に作家特有の妖しい情念とエネルギーの奔流を,その旋律に聴くことができるからです。彼は名教師フランクに見出されてパリへ出ますが,師匠から吸収した表現技術の力を得て,彼の秘めた才気が作品へと現れるようになったのはパリで勉強し始めてからのこと。それから,彼が他界するまで,僅かに数年間。そのオーラは頂点に達し,目映いばかりの輝きを放ちます。本盤は,晩年の彼が残した作品を中心に編まれた素晴らしい選集。熱情と悲壮感漂う彼の書法は,どこかショパンやベートーベンに通じる危険な一途さがありますが,パリに居た彼のそれはいっそう薫り高い気品があります。カプレの室内楽作品集でお馴染み,アンサンブル・ムジーク・オブリクの周到な演奏で聴けます。

★★★★☆
"Trio en Ut Mineur pour Piano, Violon et Violoncelle" (Koch Schwann : CD 310 060 H1)
Daniel Blumenthal (p) Thanos Adamopoulos (vln) Gilbert Zanlonghi (vc)
ルクーは1888年にフランクを慕ってパリへ移住。僅か2年ほどの間に別人の如く変貌を遂げることになります。習作期の彼に才気の萌芽を見たフランクとダンディは,やはり最高の教育者だったということでしょう。第三楽章を除く3曲が10分をゆうに超えるこの『三重奏曲ハ短調』は,彼のオーラが妖しい輝きを放ち始めた1890年の暮れ,『交響曲第2番』に続いて書き上げられた作品。年を改めた1月に,若干終曲を手直しして完成しました。ルクーは,1889年に独南部のババリア地方を旅行して霊感を得たらしく,案外とその経験が大きな転機になったのかも知れません。教条的なぎこちなさが先に立っていた1888年の『チェロ・ソナタ』から僅かに2年しか経っていませんが,この作品から横溢する青白く危険な一途さの宿る主旋律は,紛れもなくルクー独自の語法に到達している。ショパンの儚さとベートーヴェンの激情を足して二で割ったような,狂おしい情念のエネルギーが洪水のように溢れ出し,全ての美旋律フェチの涙腺へ襲いかかります。どうしてもパリジャン的な軽さと甘さがここに加わってしまうフランスの作曲家にはない,薄幸青年ルクーならではの持ち味といえるでしょう。幸運なことに本盤,演奏も良い。デュポンやアンゲルブレシュトなど近代ものを多数録音。理解あるピアノ弾きブリュメンタルがピアノを弾いて,間違いはありますまい。初耳の弦2名をリード。少しヴァイオリンが弱い面もありますけれど,大曲ゆえ録音僅少なのを考えれば,恐らく最上の部類に近いのではないでしょうか。

★★★☆
"Sonate pour Piano et Violoncelle / Trois Pièces" (Cypres : CYP1617)
Jean-Paul Dessy (vc) Boyan Vodenitcharov (p)
ルクーの珍しいチェロ・ソナタとピアノ小品を収めたCD。チェロ・ソナタは,ルクーが最も乗っており,多作だった1888年の作品。僅か18才でこんな作品を作るなんて,早熟だったのですな。マイナー調で激情を帯びた主題はベートーベンやショパンを思わせ,胸に迫るものがあります。いかにもルクーらしい作品というべきか。ただこの作品は,後に師事することになるフランクやダンディとようやく出会うか出会わないかの時期で,彼がポワチェに居たときのものです。当然ながら,近代ものを愛好する向きには,あまりに形式的に古臭いうえ,和声も貧弱。見るべきものはあまり多くないです。小生的には,後半のピアノ曲を面白く聴きました。依然和声は旧態然としていますが,こちらは情念渦巻くチェロ・ソナタから一転して,サロン音楽を思わせる洒落た小品。パリで洒脱な風に吹かれると,人間こうもがらりと変わってしまうのかと感心させられること請け合い。チェロのジャンポール・ドージー氏はジルソン賞受賞,ピアノのヴォデニチャロフ氏はセニガラ国際コンクール優勝の実績を持つ御仁で,いずれも技量確かです。

★★★☆
"Oeuvres Symphoniques I :
Barberine / Première Etude Symphonique / Seconde Etude Symphonique / 2e Partie: Ophélie / Fantasie sur Deux Airs Populaires Angevins / Adagio pour d'Orchestre" (Ricercar : RIS 084067)

Pierre Bartholomée (cond) Orchestre Philharmonique de Liege
本盤は,今から10年ほど前に仏レーベルSprl Ricercarが集大成したルクー全集からの分売で,管弦楽作品集です(その後,箱盤になりました)。ルクーの作風は後期ロマン派ですが,管弦楽作品の多くは,彼の才能が輝きを増す1892年より前に書かれたもので,やや保守的で頑迷。彼が当初傾倒していたドイツ・ロマン派寄りの書法です。ブラームスやワーグナーなどといった劇的で大仰な作風をお好みの方には,それなりに秘曲として楽しめましょう。しかし,,覆匹妨修譴訐律美はこの人ならではと感心するいっぽう,近代ファンには物足りないのでは。トゥルヌミールの管弦楽作品集でお馴染み,バルトロメーとリエージュ管弦楽団の周到な指揮で聴けます。(付記:本CDの入手に際しては“よ”さんのご助力を頂きました。有り難うございます)

★★★★☆
"Oeuvres Symphoniques II :
Seconde Etude Symphonique / Epithalame / Larghetto / Introduction et Allegro / Fantaisie Contrapuntique / Chant Lyrique" (Spil Ricercar : RIS 138128)

Pierre Bartholomée, Norbert Nozy (cond) Carl Delbart (tba) Marie Hallynck (vc) Bernard Foccroulle (org) Orchestre Philharmonique de Liège : Grand Orchestre d'Harmonie des Guides : Choeur Symphonique de Namur
近代ベルギーが生んだ夭折の作曲家ギョーム・ルクーは,ここ2年ほどこそ,国内でも幾つかサイトができて知名度が上がってきましたが,その前は代表作の『ヴァイオリン・ソナタ』がヴァイオリン弾きのオムニバスCDで僅かに紹介されるだけの存在でした。そんな彼の知名度を上げるのに最も貢献したのは,フランス文化省とブリュッセル楽壇が共同で制作した壮大なルクー全集でしょう。もとはバラで売られていたものですが,箱盤で再発されています。本CDはその全集中の一枚で,ルクーの管弦楽作品を集めた第2集。1890年から1892年までの間に書かれたものを収録しています。大仰なばかりで荒削り。ブラームス的な古臭さ全開の第1集(1880年代の作品を収録)と比べると,筆致の端々から放たれるオーラの強まりは誰の耳にも明らか。大袈裟なテュッティの間隙に流れる緩奏部に満ちた,適度に禁欲的な品格を備えたメランコリックな叙情性は,明らかにフランクの薫陶を得たものです。ここから僅かに3年。死とひき替えに,彼の創作活動は神懸かった領域へと高まってゆくことになります。

★★★★☆
"Deux Pièces en Trio (Jongen) / Trio en C-Moll (Lekeu)" (Signum : SIG X54-00)
Clara Wieck Trio : Rumiko Matsuda (p) Claudia Noltensmeyer (vln) Gisela Reith (vc)
晩年のルクーを象徴する器楽・室内楽の傑作群。『ピアノ三重奏曲ハ短調』もまた,その一角を占める重要作品です。なにぶんにも全体で50分を超える大曲。録音も少ない中,充実した演奏でその穴を埋めてくれたのがこの録音でした。他にもコッホ盤で聴くことができますが,クララ・ヴィーク・トリオによる本盤は非常に力感があり,ルクーの持つ熱情と悲壮感を捉えた秀演。アンサンブルのバランスが良く,競合するコッホ盤よりトリオとしての密度は上ではないでしょうか。しかも,同郷ベルギーの大作曲家にして,同じく過小評価の極みにあるジョセフ・ジョンゲンの器楽に於ける代表作『2つの小品』が一緒に愉しめてしまうというおまけつき。実に素晴らしい。この2人,実は生まれはたった3年違い。方やベルギーに残って彼の地に君臨し,長命を得て様式美溢れる作風を展開,方やパリへ出て健康を害し,短命に終わるもロマン派的旋律美を利した作風を展開と,何から何まで正反対。しかし,いずれも過小評価の極みにある作曲家。これほど取り合わせの巧いCD,そうあるもんじゃございません。

★★★☆
"Andromède / Introduction Symphonique aux 'Burgraves'" (Ricercar : RIS 099083)
Pierre Bartholomée (cond) Dinah Bryant (sop) Zeger Vandersteene (tnr) Philippe Huttenlocher (btn) Jules Bastin (bsse) Choeur Symphonique de Namur : Orchestre Philharmonique de Liège
ルクーは早熟な才能の持ち主で,作曲も早いうちからしていたようですが,本格的な作曲活動を始めたのは1880年代の後半に入って,パリへ出てからのことです。ここに収められた2作品のうち,特に後者はその最も早い時期の作品。それだけに,作品としてはまだ荒削りで,後年の官能的な旋律美はそれほど大きくありません。逆に言えば,この作品から僅か数年のうちに,彼が師セザール・フランクから,いかに多くのものを吸収したかが,この作品から如実に伝わります。こうした原石を発掘するフランクの眼力の鋭さに,逆に驚嘆させられます。一方の『アンドロメダ』はダンディの強力な後押しのもと応募したローマ大賞受賞作。ここから,彼の作品は急速に円熟味と深みを増してゆきます。最晩年に一瞬の輝きを放った彼のいわば出発点となる作品のひとつです。

(2006. 9. 22 作品表改訂)