Mの作曲家


アーネスト・モーラン Ernest John Moeran (1894-1950)

イギリスの作曲家。1894年12月31日ノーフォーク県ヘストン生まれ。生後まもなく一家はバクトンへ転居。独学でヴァイオリンとピアノを習得。アッピンガム校へ進んだのち,さらに1913年王立音楽学校へ進学し,チャールス・スタンフォードに作曲法とピアノを師事。しかし,第一次大戦で学半ばにして従軍。従軍中に受けた頭部の傷がもとで後年は神経症に悩まされる。1920年に帰還し,再び王立音楽学校でジョン・アイアランドに師事。さらに同校で,ノーフォークの民謡を収集しながら長く教鞭を執る。教職を辞した後はアイルランドへ隠居し,作曲活動を続けた。1945年にチェロ奏者のピアース・コートモア(Peers Coetmore=『チェロ協奏曲』の献呈者)と結婚。作風は穏健なイギリス・ロマン派を基調とするが,ブリスやアイアランドらに通じる,ケルト風の旋律美と,色彩的な和声感覚を特徴とする。1951年に12月1日,嵐の中,アイルランドのケンメア(Kenmare)の桟橋から転落し,溺死体となって発見される。(関連ページ:ワールドワイド・モーラン・ウェブサイト


主要作品
 ※Self, G. 1986. The music of E.J.Moeran. Toccata Press. を入手しました。作品表は時間が出来次第,大幅に改訂します。

管弦楽曲 ・山地にて in the montain country (1921) {orch}
・狂詩曲第一番 first rhapsody (1922) {orch}
・ロンリー・ウォーターズ lonely waters (1924?) {orch}
・トマス・ホワイソーンの影 Whythorne's shadow (1931) {orch}
・ファラゴ組曲 farrago suite (1932) {orch}
・夜想曲 nocturne (1934) {orch}
・交響曲第一番 symphony No.1 (1924-1937) {orch}
・狂詩曲第二番 second rhapsody (1924/1941) {orch}
・シンフォニエッタ sinfonietta (1944) {orch}
・仮面のための序曲 overture for a masque (1944) {orch}
・セレナーデ serenade in G (1948) {orch}
協奏曲 ・ヴァイオリン協奏曲 violin concerto (1938) {vln, orch}
・ピアノと管弦楽のための狂詩曲 rhapsody for piano and orchestra (1942-1943) {p, orch}
・チェロ協奏曲 cello concerto (1945) {vc, orch}
器楽/室内楽曲 ・ピアノ三重奏曲 piano trio (1920-1925) {p, vln, vc?}
・弦楽四重奏曲イ短調 string quartet in A minor (1921) {2vln, vla, vc}
・ヴァイオリン・ソナタ sonata for violin and piano (1923) {vln, p}
・2つのヴァイオリンのためのソナタ sonata for two violins (1930) {2vln}
・弦楽三重奏曲ト長調 string trio in G major (1931) {vln, vla, vc}
・弦楽四重奏曲変ホ長調 string quartet in E flat major (-) {2vln, vla, vc}
・オーボエと弦楽のための幻想曲 fantasy quartet for oboe and strings (1946) {ob, strings}
・チェロ・ソナタ cello sonata (1947) {vc, p}
・前奏曲 prelude for cello and piano (1948) {vc, p}
ピアノ曲 ・3つの小品 three pieces (1919) {p}
・主題と変奏 theme and variations (1920) {p}
・5月の朝に on a May morning (1921) {p}
・トッカータ toccata (1921) {p}
・スタラム川 Stalham river (1921) {p}
・3つの空想 three fancies (1922) {p}
・2つの伝説 two legends (1923) {p}
・夏の谷 summer valley (1925) {p}
・バンク・ホリデイ bank holiday (1925) {p}
・アイルランド風の恋歌 Irish love song (1926) {p}
・白い山 the white mountain (1927) {p}
・2つの小品 two pieces (1933) {p}
合唱曲 ・テ・デウムと年祭 te deum and jubilate (1930) {choir}


モーランを聴く


★★★★★
"Symphony in G Minor / Rhapsody for Piano and Orchestra" (Chandos : CHAN 7078)
Vernon Handley (cond) Ulster orchestra
イギリス近代物の発掘に尽力するその素晴らしい見識のうえに,指揮者としても一流。イギリス近代を収集する人間にとっては,リチャード・ヒコックスと並んで得難い指揮者のヴァーノン・ハンドレーによるモーラン作品集です。独奏者のない分,この盤は下の兄弟盤よりも安心して聴けるという美点があります。収録曲は楽章を数えても僅かに5曲。ほとんどの曲が15分前後(1楽章あたり)と長いためか,つい敬遠してしまうかも知れません。しかし,この交響曲は彼の持つケルト臭漂うロマン派的旋律美と印象主義の薫陶を受けた色彩感溢れる和声が横溢した逸品。ディアトニック・スケールを巧みに駆使してロマン派的な主題を拡張しつつ,独自のアイルランド的な陰鬱感を表現する書法は,モーランならでは。ブリスの初期作品,例えば『2つの交響的習作』やヴォーン=ウィリアムスの合唱曲などがお好みの方なら,間違いなく愛聴盤になります。もちろん演奏も良いです。

★★★★☆
"String Quartet No. 1, 2 / Fantasy Quartet / Piano Trio" (ASV : CD DCA 1045)
Nicholas Daniel (ob) Vanbrugh Quartet : Joachim Trio
本盤は,シャンドスにも競合録音が存在するモーランの弦楽四重奏曲とピアノ三重奏曲を併録した室内楽作品集。白眉はピアノのアルペジオとコンピングが美しい『ピアノ三重奏曲』でしょうか。どこかフランスのフレムを思わせる穏健な筆致で,モーランのロマン派的色彩が良く出た作品と言えそうです。演奏するヨアヒム・トリオは,ナクソスにラヴェル,ドビュッシー,シュミットのピアノ三重奏曲集を残してしている顔触れ。そこでも廉価版とは思えない演奏の好さで印象を残しました。果たして,この盤でも演奏はかなり好いです。一方,郷愁を誘う旋律が琴線に触れる弦楽四重奏も,ケルトの薫り豊かなロマン派のモーランらしい躍動感溢れるリズムと,個性溢れる和声感覚は変わりません。バンブルー四重奏団はマイナーですが,時折少しだけピッチが揺れるところがあるだけで,こちらもやはり演奏が好い。室内楽ものでは,この盤が決定版といって宜しいのではないでしょうか。

★★★☆
"String Quartet No.1 / Fantasy Quartet / Violin Sonata" (Chandos : CHAN 10170 X)
Sarah Francis (ob) Donald Scotts (vln) John Talbot (p) Members of the English String Quartet : Melbourne String Quartet
アイアランドに師事した1920年前半作曲の『四重奏』と『ソナタ』に,最晩年(1946年)の『幻想四重奏』を併録したモーラン室内楽曲選。時に翳りを帯びながらも,片田舎の牧歌的な叙情が披瀝される四重奏,バックス辺りが書いてもおかしくなさそうなエキゾチックなロマン派小傑作の『幻想四重奏』と,いずれも見事な筆致。しかし,仏近代ファンにはさらなるクライマックスが用意されていました。ラヴェルとストラヴィンスキが大好きだった師匠の影響が,完璧に投影された『ソナタ』です。より武骨であることを除けば,ポスト・ロマンティストの作と言ってもまずバレないであろう,高度な旋法表現と精妙なピアノ伴奏譜。仏近代好きなら,聴いて間違いなく損はしますまい。しかしですねえ・・本盤には致命的な欠点が。この素晴らしい選曲に比して,演奏はといえばお粗末極まりない。弦楽四重奏を演奏するメルボルン四重奏団は「ASVと同じくらい大手なんだし,ヴァンブルー四重奏と頂上対決かな」と期待させておいて,そりゃないだろというくらい低レベルな演奏に終始。ナクソス盤のマッジーニ四重奏団にすら負けそうな有り様。二台のヴァイオリンを筆頭にピッチは大きく外れ,音色は半世紀前のLPを聴いているかの如く垢抜けない。ならばと気を取り直し,わざわざ別の四重奏団を起用する辺りに,何某かの高邁なる狙いが含まれているのではないかと淡い期待を込めての『幻想四重奏』。しかし,それすらも,見事に英国弦楽四重奏団が裏切ってくださいます。せっかく,どこを取っても翳りを帯びた儚げな美品揃いなのに!こんな酷い演奏,正規盤で買わすなうっき〜!思わず録音してくれた恩義も忘れて激高するわたし。一応世界水準で演奏活動してる人間が,これだけピッチいい加減ってどういうことなんですかねえ・・全く。層が薄いわけでもないでしょうに。これを買うならナクソス盤のほうがまだましです。だって,半額以下だから。

★★★★☆
"Cello Concerto / Sinfonietta" (Chandos : CHAN 8456)
Norman Del Mar (cond) Raphael Wallfisch (vc) Bournemouth Sinfonietta
『チェロ協奏曲』は,下にご紹介する兄弟盤と全く同一内容。あまり気持ちのいい商売の仕方ではありませんが,逆に言えばヴァイオリンがもう一つな同盤以外に選択肢があるともいえます。個人的にはミヨーを思わせる『シンフォニエッタ』の入った本盤のほうが好いという気がします。この『チェロ協奏曲』は『チェロ・ソナタ』と並んで,モーランが晩年に,愛妻ピアース・コートモア(チェロ奏者)のために書き下ろした作品の一つで,彼の最後の大作。モーランらしいノスタルジーと憂いをたたえた旋律美が横溢する逸品です。わけても郷愁をそそる緩章の第2楽章は白眉の美しさ。故郷を離れてご活躍の皆様なら,涙なしには聴けぬことでしょう。チェロを弾くラファエル・ウォールフィッシュは,現在入手可能なモーランのチェロのための2作品両方でソリストを務めるなど,モーランに造詣の深い人物。一部少しピッチのおかしなところもありますが,ここでも作品の持つ陰鬱なアイルランドの香りを,彫りの深い演奏で充分に捉えた好演を展開。指揮棒を執るノーマン・デル・マーは1982年からこのオケの常任指揮者を務める人物。イギリス近代物を精力的に採り上げておいでのようです。ボ ーンマス管の演奏は弦部を中心に粗いところも散見されるものの,弱音部などでは情感溢れる響きで好ましい助演を展開します。

★★★★
"First Rhapsody / Second Rhapsody / Rhapsody in F# for Piano and Orchestra / In the Mountain Country" (Chandos : CHAN 8639)
Vernon Handley (cond) Margaret Fingerhut (p) Ulster Orchestra
シャンドスが数枚出しているモーラン作品集から,今度は『狂詩曲』ばかりを集めたCDです。しかし,このCDも『ピアノと管弦楽のための狂詩曲』が,同じシャンドスから出ている『交響曲』と同一内容。版の違いなのか何なのかは良く分かりませんが,決して気持ちの良い商売の仕方とは言えますまい。シャンドス関係者は反省してください。聴きものは『第二狂詩曲』。初期作品の『山国にて』と聴き比べると,彼の書法が見る見るその天才的な閃きを増し,充実していったのが如実に分かるという仕組みになっております。どうせなら『第二狂詩曲』と『交響曲』をカップリングしてくれりゃ一枚買わずに済んだのにな,というほど,この盤の白眉を形成しております。ハンドレー/アルスター管の演奏は,いつもながら細部に神経が行き届き,デリカシーに溢れ,好いです。

★★★★☆
"The Complete Solo Piano Music" (ASV : CD DCA 1138)
Una Hunt (piano)
イギリスのシュミットおじさんことモーランのピアノ作品集は,随分前にCDで一度出たことがあったものの,レーベルがマイナーだったためか,その後程なく入手至難になってしまいました。今回,全集の形で目出度く再録してくれたASVには感謝の言葉しかございません。モーランがピアノ曲を書いたのは1920年代を中心に,およそ10年間のみ。土着民謡の「白い峰」や「アイルランド風の恋歌」を編曲する嗜好が示す通り,彼のピアノ曲は,管弦楽や室内楽で聴ける呪術的でバーバルな表情からは想像もつかないほど簡素で牧歌的なものです。平行和音を用いて近代的な筆致を展開する『トッカータ』のように,時には持ち前の野趣が覗く瞬間もあるとはいえ,総じてラヴェルの『クープランの墓』に入っている「フーガ」や「メヌエット」の雰囲気をそのまま英国風にしたような,穏やかで飾り気のない筆致。甘さに流れるアイアランドや,土臭いバックスとはまたひと味違った形でラヴェルを消化しており,程良い色彩感の中に愛らしい佇まいを備えていると思います。聞いたことのない独奏者は,ダブリン三重奏団のピアノ弾きをなさっているアイルランド人。ジェームス・ゴールウェイの伴奏者だった経験もある彼女は,ラジオ番組でアイルランドの作曲家を紹介するラジオ番組を監修するなど,地元に眠る人的資源の発掘にも熱心。今回の録音もその延長線上で実現したのでしょう。曲が簡素なのも手伝ってか,若干装飾音の粒立ちが弱くなる他は,テクニックの不足もほとんど気になりませんし,良く曲想にも共感した好演奏かと思います

★★★★
"Violin Concerto / Cello Concerto / Lonely Waters / Whythorne's Shadow" (Chandos : CHAN 7106)
Vernon Handley, Norman Del Mar (cond) Lydia Mordkovitch (vln) Raphael Wallfisch (cllo) Ulster orchestra : Bournemouth Sinfonietta
モーランのヴァイオリン協奏曲他を収めた大編成ものです。作風はブリス辺りに近く,民謡風の旋律美が基調。急速調ではウォルトンを思わせる躍動感もあります。ブリスの代表曲,『チェロ協奏曲』や『色彩交響曲』をもう少しロマン派に近づけたような内容といえば好いのでしょうか。ヴァイオリンを弾くリディア・モルコヴィッチは以前ウォルトンの『ヴァイオリン協奏曲他』でもご紹介した人ですが,速いパッセージに入ると緊張し身構えてしまうからなのか運指が固くなってしまい,また時々ピッチがずれるなど,ソロイストとしてはもう一つ不安定。この盤の美点はむしろ『チェロ協奏曲』。甘美なアダージョの美しさは絶品です。また,ハンドレー以下のオケも好調で窮地を救います。いずれにしろ,録音の少ないモーラン盤としては演奏も良好で,イギリスもののもつ上品で穏健な風情に趣を感じる方には,この隠れた逸材を知るのに好適な一枚と思います。お試しください。

★★★☆
"String Quartet in E flat Major / String Quartet in A Minor / String Trio in G Major" (Naxos : 8.554079)
Maggini String Quartet
彼の作風は師アイアランドに連なる民謡風の旋律と,印象主義に根ざした色彩感溢れる和声が基調。王立音楽院に進んだものの,学半ばにして対戦に従軍,運が尽きてしまったという些か悲劇的な経歴は,同じ非業の作家カプレに通じるところがあります。楽閥に自らを列することが出来なかったことと,戦争で負傷して以降を棒に振ったことが,その知名度に深い影を落としていると申せましょう。少なくとも近い作風のアイアランド,バックスなどとは同等に扱われるべき作曲家です。当館の威信を懸けてこういう作家をこそ発掘しなくてはなりません。残念ながら本盤,演奏に関しては問題あり。気は入っていますがピッチが不安定。名前の由来は中世の楽器職人だそうで,古楽器を使用しているらしいのですが,その弦の音色もやや濁り気味。廉価盤としては充分も,微妙な色彩感を出すにはちょっぴり困りもの。減点の大半は演奏に起因するものです。

★★★★☆
English Tone Poems "Irish Landscape (Bax) The Banks of Green Willow / Two English Idylls (Butterworth) Two Pieces (Moeran) There is a Willow grows aslant a Brook" (EMI : TOCE-6420)
Jeffrey Tate (cond) English Chamber Orchestra
これはEMIから出た,近代イギリスのトーン・ポエム(交響詩)を集めた作品集。バックス以外は現在でもなお過小評価の極みにある作曲家ばかりです。旋法・多調を利して巧みな対位法を駆使するモーランの個性がやはり抜きんでているような気がしますが,ここでは,バターワースの作品に注目していただきたい。彼は若くして戦死してしまったため作品は僅少で,管弦楽はここに収められたもの以外に僅か1曲だけ。それ以外のジャンルを含めても,この他に歌曲・合唱曲が数点ほど残されているのみ。夭折が無名に拍車を掛けているだけに作風は穏健で,いかにもこの時代のイギリスの作曲家らしい,牧歌的なロマンティシズムが満ちあふれた佳品ばかりです。演奏は作品への共感に溢れ,弦部は伸びやかで演奏も好い。これからイギリスものでもという方には,こういうCDなど良いかも知れません。

★★★☆
"English Cello Sonatas :
'Sonata in G Minor' (Edmund Rubbra) / 'Sonata in A Minor' (Ernest J. Moeran) / 'Sonata in G Minor' (John Ireland)" (Marco Polo : 8.223718)
Raphael Wallfisch (cello) John York (p)
モーランを始め,過小評価気味のイギリス近代作曲家のチェロ・ソナタばかりを集めた作品集。いずれも無名でありながら優れた作曲家です。ここに収められた『チェロ・ソナタ』は最晩年の作品。民謡風の旋律美と,多調を用いた和声の色彩感はブリスやアイアランドに通じる,後期の彼の特徴的な作風。どこかドビュッシーの『海』を思わせる印象主義的なカラーもあります。この作品を含め,晩年の彼にやたらとチェロのための作品が多いのは,1945年,死の僅か5年前に,彼がチェリストと結婚したからでしょう。戦争のために学半ばで従軍,そのためにとうとう楽壇で大きな評価を受けられなかった彼が,生涯の最後に辿り着いたつかの間の歓びが,この作品からは溢れています。

(2001.02.14)