Sの作曲家



ピエール・サンカン Pierre Sancan (1916-2008)

ピアニスト,教育者,指揮者であり作曲家。1916年10月24日仏南部マザメ生まれ。モロッコのムクネス音楽学校(Meknès),次いでトゥルーズ音楽院で学んだのち,国立パリ高等音楽院へ進学。イヴ・ナットにピアノ,ジャン・ガロンにフーガ,アンリ・ビュセールに作曲法,ジャン・アスティユに対位法,シャルル・ミュンシュとロジェ・デゾルミエールに指揮法を師事。ピアノ,和声法,伴奏法,対位法,作曲法の5部門で一等賞を得た。1943年にカンタータ『イカロスの伝説』でローマ大賞を受賞。その後1956年から1985年まで,イヴ・ナットの後を継いでパリ音楽院ピアノ科で主任教授として教鞭を執り,多くの優れたピアニストを育成。弟子にはベロフ,コラール,ポミエ,ルヴィエなどがおり,ジャズ・ピアニストのクリスチャン・ヤコブなども彼の弟子である。作曲家としても活動を継続。試験課題曲を多く残したほか,3つのバレエ音楽,オペラ,交響曲などを執筆している。ラヴェルやドビュッシーを基調とした伝統的な作風の上に表現主義や新古典主義の書法をバランス良く採り入れて,職人気質溢れる優れた作品を作曲。しかし,録音は極めて少ない。1970年には初来日も果たした。2008年10月20日パリにて死去。


主要作品

歌劇 ・水の精 ondine (1962)
・森の妖精 fille de la forêt (1962)
バレエ音楽 ・コメディア commedia dell'arte (1952)
・反映 reflet (1963)
・蟻 les fourmis (1966)
管弦楽 ・ピアノ協奏曲 concerto pour piano et orchestre (1957) {p, orch}
・ヴァイオリン協奏曲 concerto pour violon et orchestre (1958) {vln, orch}
・弦楽のための交響曲 symphonie pour orchestre à cordes (1961)
・ピアノと室内管弦楽のための小協奏曲 concertino pour piano seul et orchestre de chambre (1963) {p, small-orch}
器楽曲 ・ソナチヌ sonatine pour flûte et piano (1946) {fl(cl/ob), p}
・ヴィオラ・ソナタ sonate pour alto et piano (1961) {vla, p}
・チェロ・ソナタ sonate pour violoncelle et piano (1961) {vc, p}
・幻想組曲 suite fantasque (1966) {p, clvcin}
・小さな手で petite mains (1967) {p-3main}
・狂詩曲 rapsodie (1970) {tp, p}
・悲曲とロンド lamento et rondo (1973) {sax, p}
・主題と変奏 thème et variations pour harpe (1975) {hrp}
・バラード ballade (1982) {hrn, p}
・動き mouvement (-)
ピアノ曲 ・イ調のトッカータ toccata en la (1943) {p}
・ロマンチックなカプリース caprice romantique (1949) {p}
声楽曲 ・カンタータ【イカロスの伝説】 la légende d'Icare (1943)
・3つの印象 trois impressions (1949) {vo, p}

蒋龍さんより,彼の訃報を教えていただきました・・うぇぇん(2008. 11. 8)


サンカンを聴く


★★★★☆
"Concerto pour Piano (P. Sancan) Concerto for Piano No.1 in Bb Minor (Tchaikovsky)" (EMI : 7243 5 57800 2 7)
Jean-Philippe Collard (p) Emil Tabakov (cond) Bilkent Symphony Orchestra
かつてラヴェルの名録音を残したものの,その後あまり見かけなくなったコラール氏。いつの間にか白髪交じりのおじさんに変貌。2004年に出たこの録音では,ビルケント交響楽団という,お世辞にも有名とは言えないトルコのオケをしつらえて2編のピアノ協奏曲をカップリング。メインは,申すまでもなくチャイコでしょうけれど,当サイトの領内じゃチャイ子なんぞ「良くわからん作家」にも入らぬ無名野郎に過ぎません。これでもし,カップリングがサンカンじゃなかったら,少なくともあっしの脳内からは瞬殺されて当然の一枚でした。サンカンの弟子だったコラールが,長年実現を望んできたお陰で実現したこの録音。いわば恩返し企画の趣といえましょう。冒頭,大音響とともに,鬱状態のオネゲルを思わせるヒステリックな音の固まりが投下された時は頭を抱えましたが,ピアノが挿入されるや雰囲気は一転。冒頭からラヴェルのP協のカデンツァを露骨に踏襲したトレモロと16部音符の拍動を披露。独奏と伴奏は供応しながら,やがてミヨー,ガーシュインのピアノ協奏曲,さらにはシュミットの協奏的交響曲までを次々に巻き込んでいきます。主題は循環し,あくまで近代の枠内に留まったうえでの冒険。伝統に則った温故知新のコンチェルトであることをアピール。「センセーショナルであるために,新奇な和声を弄して奇を衒うようであってはいけない」と自らを律していた作曲者が,1959年という時代を背景に,上記の先例から幅広く学んで,メタ表象としての《正統な仏近代コンチェルト》の列に自作を加えようとするのは無理からぬことでしょう。演奏も良質。さすがにオケは若干細部に至らないところが散見されるも,ロレーヌ州立に準じるレベルの満足は充分に提供しますし,コラールのピアノは煌びやかで粒立ち明晰。かつての輝きは健在であることを証明します。しかし,何で併録はチャイコなんですかね。ソーゲとかフェルーの線で,幾らでも面白い曲はあるでしょうに。

★★★★☆
"Paris :
Sonate (Poulenc) / Sonatine (Dutilleux) / Sonatine (Sancan) / Sonatine (Milhaud) / Jeux (Ibert) / Aria (Ibert) / Le Merle Noir (Messien) / Chant de Linos (Jolivet)" (EMI : 7243 5 56488 2 2)

Emmanuel Pahud (fl) Eric Le Sage (p)
サンカンの本職はピアニストと教育者ですが,本業の傍ら作曲をしているというイメージは余程マイナスに働いているのでしょう。彼の作曲家としての側面には滅多に焦点が当たりません。しかし,知名度に関係なく優れた印象主義の作品を聴きたいというファンにとって,このマイナス・イメージが彼の存在を目に届かぬところに追いやっているとしたら勿体ない話です。そんなサンカンの作品で,こんにち最も演奏機会が多いのは,フルートのためのソナチヌでしょう。フラッター・タンギングと派手な跳躍が横溢するこの作品,腕自慢のフルート吹きがみな吹きたがるお陰で,演奏に関してサンカン中最も贅沢のいえる演目といえましょう。本盤は,フランスの新世代をリードするエマニュエル・パユとエリック・ル・サージュによるフランス近代の器楽作品を集めたオムニバス。今を時めく若手のみずみずしい感性に満ちた本盤は,演奏に関しても一級品です。彼の「ソナチヌ」は,パリ音楽院の試験課題曲として作曲されたものですが,ここでもカプレやイベールを思わせる瀟洒な美意識と,ポスト近代の危険な香りが代わる代わる顔を覗かせ,作曲家としてのバランス感覚の良さを良く物語っている。その他の選曲も理に適い,仏近代秘曲への入門盤としても充分お薦めできる録音です。

★★★★☆
"Musique Française pour Harpe :
Deux Divertissements pour Harpe (Caplet) / Étude de Concert pour Harpe 'Au Matin' (Tournier) / L' Éternel rêveur (Tournier) / Impromptu (Fauré) / Une Châtelaine en sa Tour (Fauré) / Impromptu-Caprice (Pierné) / The Little Shepherd (Debussy) / Thème et Variations pour Harpe (Sancan) / Harpalycé (Constant)" (Auvidis Valois : V 4779)

Isabelle Moretti (hrp)
管見の限り,現在入手可能な録音でサンカンにのみ焦点を当てたものは,ひとつもありません。僅かに,器楽ソロイストのオムニバス作品で,その至芸に触れる事が出来るばかりです。このヴァロワ盤は,3大ハープ・コンクールを制した才媛にして,大変な美人でもいらっしゃるイザベル・モレッティ女史によるハープ独奏曲集。ここでもトゥルニエは2曲だけです。しかし,上記のジレス女史に比べ,細部に至るまで圧倒的に輪郭明瞭かつ澱みのない運指技巧,そして周到な録音は,本盤の大きな美点でしょう。収録曲はフォレに始まってコンスタンまで,フランス近現代のハープ史を大づかみに俯瞰。編曲作品を多く含み,企画自体は軽めのものと言わざるを得ませんが,奏者の素晴らしい美演ゆえに,好事家的にも聴くに堪える内容です。トゥルニエの二曲はいずれも彼のハープ曲の中では最もポピュラーなもの。初期ドビュッシーの管弦楽作品を思わせる瀟洒な和声感覚と,程良い擬古典的形式感を留めた輪郭線の対比が好ましい小品です。本盤ではほかに,作曲家としてはほとんどまともに評価されていないサンカンのハープ曲が嬉しい。シュミットの呪術性と異教徒趣味をドビュッシーの原型に取り込み,部分的にはポスト無調書法も援用しながらも,あくまで近代の敷衍に留まる彼の「主題と変奏」は,逸脱ではなく拡張のベクトルでポスト=ドビュッシーの道を進んだ彼の,目立たぬ乍堅実な歩みを良くあらわしているといえましょう。

★★★★
"A la Francaise : Sonata (Decruck) Croquembouches (Delvincourt) Lamento et Rondo (Sancan) Tableaux de Provence (Maurice) Etudes (Koechlin) Prelude, Cadence et Finale (Desenclos)" (BIS : CD-1130)
Claude Delangle (sax) Odile Delangle (p)
『サクソフォン・フォ・ア・レィディ』では,そのビロードのように艶めかしい音色で聴き手を圧倒したパリ音楽院教授ドゥラングル夫妻。彼らは先に,イライザ・ホール絡みのサックス秘曲を集めたオムニバスを作って大成功を収めました。その第2弾となった本盤は,サンカン,デサンクロを始めとする激マイナー作家選で,前作の好事家路線をさらに徹底。そもそもケックランが一番知名度的に恵まれているという発掘精神旺盛な選曲に吃驚。1941年からパリ音楽院長を務めたダルヴァンクル,夫がニューヨーク管のサックス奏者だったドクリュック,プロヴァンス地方の民謡収集をやっていたらしいポール・モーリスなど,普通に音楽ファンをやっているだけだと,まず名前しか聞くことのない作家のオンパレードです。やや六人組の香りを漂わせつつも,基本的にロマン派イディオムのドクリュック,完全におどけた六人組的作風のダルヴァンクル,同じくミヨー風のモーリス,彼としてはかなりオネゲル的なサンカンに現代音楽要素もふんだんに採り入れたデザンクロと,内容にはかなりの開きがあります。個人的には呪術的な語法に独自性をきっちりと織り込んだデザンクロの出来が突出していると思うのですが,これまで聴いたこともなかったモーリスは思わぬ拾いものでした。前盤同様,現代屈指の名手ドゥラングル氏の演奏は相変わらず見事です。この企画,ぜひ続けていただきたいですねえ。