Sの作曲家


アレクサンドル・スクリャービン Alexander Nikolayevich Scriabin (1872-1915)

本名アレクサンドル・ニコライエヴィチ・スクリャービン(Alexander Nikolayevich Scriabin)。1872年1月7日(ロシア歴のクリスマス),モスクワで,外交官の父ニコライ,A.ルビンシタイン及びレシェティッキー門下のピアニストだった母リューボフとの間に一人息子として生まれる。10才で陸軍幼年学校に入学。翌1883年からピアノを習い,次いで1884年からタネイエフに作曲法を,ズヴェーレフにピアノを師事。モスクワ音楽院へ進んで,サフォーノフにピアノ,タネイエフとアレンスキーに作曲法を学んだ。在学中,過度の練習が祟って右手に運動麻痺を起こし,生涯その後遺症に苦しむことになったが,1892年にピアノで金メダルを得て音楽院を卒業。師アレンスキーと対立したため,作曲科は中退。当初はピアニストとしてのみ注目された。しかし1894年,彼のリサイタルを聴いた出版業者ベリャーエフの後援を受け,本格的な作曲活動に入る。ベリャーエフの援助でヨーロッパへ演奏旅行をした彼は,まずワグネリズムの官能美に傾倒。さらにモスクワ宗教哲学協会に参加し,イワーノフやブリューソフ,バリモント,トルベツコイら象徴派の知識人たちと親交を結んで神秘主義の薫陶を受けた。1902年に,妻子ある身でありながらタチアーナ・シュレーツェルと恋に落ち,このスキャンダルが元で1904年ヨーロッパへ移住。以降6年間の間にスイス,イタリア,フランス,ベルギーを転々としながら作曲活動を展開。この間1908年にはクーセヴィツキーから5000ルーブルの年金を獲得。作品出版の援助,『プロメテウス』初演を受け,ほぼ評価を確立。同年ブリュッセルに移り,デルヴィル,シゴーニュらベルギー象徴派の芸術家と親しく交わり,神智学協会に入会。次第に神秘主義への傾倒を強めた。1910年にロシアへ帰国。イワノフ,ブリューソフ,バリモントら後期ロシア象徴派の芸術家との親交を深め,強い影響を受ける。1911年にクーセヴィツキーと断交。その後極度の潔癖性に陥り,次第にその交友関係はロシア象徴派詩人に限られた。やがて彼は,音・光・芳香・舞踏と宗教を総合する【ミクスト・メディア】手法により人々を恍惚状態に誘い,その魂の救済を意図した『神秘劇』を構想するに至り,1914年作曲に着手したが,間もなく唇の腫瘍が元で敗血症を併発。『神秘劇』の断片を遺し,1915年4月27日モスクワで急逝した。作品の大半はピアノ曲で,初期にはショパンを始めとするロマン派の強い影響下にあるが,神智学への傾倒を契機に,後年のものほど無調・神秘主義的傾向が強まる。(関連ページ:アメリカ・スクリャービン協会


主要作品

※Kelkel, M. 1999. Alexandre Scriabine: un musicien a la recherche de l'absolu. Fayard.入手。作品表完全版へ移行予定。

管弦楽曲 ・ピアノ協奏曲 piano concerto, F#minor (1896)
・交響詩 symphonic poem, D minor (1896-1897)
・夢 revêrie (1898)
・アンダンテ andante (1899)
・交響曲第1番 symphony No.1, Emajor (1899-1900) {choir, orch}
・交響曲第2番 symphony No.2, C minor (1901)
・交響曲第3番『聖なる詩』 symphony No.3 'le divin poème' (1902-1904)
・『法悦の詩』(通称:交響曲第4番) le poème de l'extase (1905-1908)
・『プロメテウス−炎の詩』(通称:交響曲第5番) promethée 'le poème du feu' (1908-1910)
室内楽 ・ロマンス romance (1890) {hrn, p}
・ロシア民謡の主題による第2変奏曲 variation II in Variations on a Russian theme (1899) {2vln, vla, vc}
ピアノ曲 ・カノン canon (1883)
・夜想曲 nocturne, A flat major (1884)
・ワルツ valse, F minor, op.1 (1885)
・幻想ソナタ sonate-fantaisie (1886)
・ワルツ valse, G#minor (1886)
・ワルツ valse, D flat major (1886)
・エゴロワの主題による変奏曲 variations on a theme by M.Egorova (1887)
・ソナタ sonata E flat minor (1887-1899)
・3つの小品 three pieces, op.2 (1887-1899)
・アルバムの1頁 feuillet d'album, A flat major, (1889)
・10つのマズルカ ten mazurkas, op.3 (1889)
・マズルカ mazurka, F major (1889)
・マズルカ mazurka, B minor (1889)
・幻想曲 fantasy (1889) <2p>
・アレグロ・アパッショナート allegro appassionato: sonata, E flat minor: 1'st mov. (1892)
・2つの夜想曲 two nocturnes, op. 5 (1890)
・ソナタ第1番 sonata No.1 (1892)
・マズアを讃える2つの即興曲 deux impromptus à la Mazur (1892)
・2つの練習曲 deux études, op.8 (1894)
・2つの左手のための小品 two pieces, op.9 (1894)
・2つの即興曲 two impromptus, op.10 (1894)
・24の前奏曲 twenty four preludes, op.11 (1888-1896)
・2つの即興曲 two impromptus, op.12 (1895)
・6つの前奏曲 six preludes, op.13 (1895)
・2つの即興曲 two impromptus, op.14 (1895)
・5つの前奏曲 five preludes, op.15 (1894-1895)
・5つの前奏曲 five preludes, op.16 (1895-1896)
・7つの前奏曲 seven preludes, op.17 (1895-1896)
・演奏会用アレグロ allegro de concert (1896)
・ソナタ第2番『幻想ソナタ』 sonata No.2 'sonata fantasy' (1892-1897)
・ポロネーズ polonaise (1897)
・4つの前奏曲 four preludes, op.22 (1897)
・ソナタ第3番 sonata No.3 (1897-1898)
・9つのマズルカ nine mazurkas, op.25 (1899)
・2つの前奏曲 two preludes, op.27 (1900)
・幻想曲 fantasie, op.28 (1900)
・ソナタ第4番 sonata No.4 (1903)
・4つの前奏曲 four preludes, op.31 (1903)
・2つの詩曲 deux poèmes, op.32 (1903)
・4つの前奏曲 four preludes,op.33 (1903)
・悪魔の詩 poème satanique (1903)
・4つの前奏曲 four preludes, op.37 (1903)
・ワルツ valse, op.38 (1903)
・4つの前奏曲 four preludes, op.39 (1903)
・2つのマズルカ two mazurkas, op.40 (1902-1903)
・詩曲 poème, op.41 (1903)
・8つの練習曲 huït études, op.42 (1903)
・2つの詩曲 deux poèmes, op.44 (1905)
・3つの小品 three pieces: feuillet d'album/Poème fantasque/prélude, op.45 (1904-1905)
・スケルツォ scherzo, op.46 (1905)
・変則的なワルツ quasi valse (1905)
・4つの前奏曲 four preludes, op.48 (1905)
・3つの小品 étude/prélude/revêrie, op.49 (1904-1905)
・アルバムの1頁 feuille d'album (1905)
・4つの小品 four pieces: prélude/poème aile/danse languide, op.51 (1906)
・3つの小品 three pieces: poème/enigme/poème languide, op.52 (1906)
・ソナタ第5番 sonata No.5 (1907)
・4つの小品 four pieces: prélude/ironies/nuances/étude, op.56 (1907)
・2つの小品 two pieces: desir/caresse dansée, op.57 (1907)
・アルバムの1頁 feuillet d'album, op.58 (1910)
・2つの小品 poème/prélude, op.59 (1910)
・詩的夜想曲 poème-nocturne, op.61 (1911)
・ソナタ第6番 sonata No.6 (1911)
・2つの詩曲 deux poèmes: masque/étrangete, op.63 (1911)
・ソナタ第7番『白ミサ』 sonata No.7 'messe blanche' (1911)
・3つの練習曲 trois études, op.65 (1912)
・ソナタ第8番 sonata No.8 (1912-1913)
・2つの前奏曲 two etudes, op.67 (1912-1913)
・ソナタ第9番『黒ミサ』 sonata No.9 'messe noire' (1912-1913)
・2つの詩曲 deux poèmes, op.69 (1913)
・ソナタ第10番 sonata No.10 (1913)
・2つの詩曲 deux poèmes, op.71 (1914)
・炎の側で vers la flamme (1914)
・2つの舞曲 deux danses: guirlandes /flammes sombres (1914)
・5つの前奏曲 five preludes, op.74 (1914)
歌曲 ・アリア aria, opera - Keistut i Birut (1891)
・ロマンス romance (1894)


スクリャービンを聴く


★★★★★
"Horowitz plays Scriabin" (RCA : R32C-1108)
Vladimir Horowitz (piano)
初期と後期の作風がまるで別人のように違う作曲家は,音楽イディオムが激変した19世紀末には別段珍しくありません。スクリャービンもまた,この典型をなす1人。初期のスクリャービンは退屈なロマン派もどき。印象派好きの小生は,ナクソスが出している初期作品集を凡庸なピアノ弾きの演奏で聴いてしまったため,すっかり彼を過小評価してしまいました。しかし,その後彼は豹変。蓋しロシア版フロラン・シュミットとも言うべき書法で,狂気すれすれの美を展開しました。内に秘めた彼の熱情を余すところなく堪能するには,ぜひ最高の演奏で。ホロヴィッツはまさに,理想の弾き手です。印象派の録音が僅少なため当館では馴染みが薄いですが,彼は前世紀に出現したあらゆるピアニスト中でも,技術とテンペラメントを最も高次元で和合させた巨匠中の巨匠。本CDは,特定の作曲家をまとまった数で弾くことがまずなかった彼の数少ない例外で,全編に鞭のようなしなやかさと陰影感,明晰な技巧,底知れぬ熱情と狂気を滾らせ,ともすれば凡庸に聞こえて仕舞いかねない作品に新たな命を吹き込んだ怪演です。

★★★★★
"Feuillet d'album / Etudes op.8-2, 8, 10, 11 : op.42-3, 4, 5 / Sonata No.10 / Two Poems / Vers la Flamme" (Columbia : M 31620)
Vladimir Horowitz (piano)
旧ソ連が生んだ20世紀最強のピアノ弾きウラジミール・ホロヴィッツは,同郷の音楽家スクリャービンを殊の外高く評価し,精力的にその作品を録音しました(シュミットがさっぱりなのにスクリャービンがここまで知名度を得たのは,間違いなくホロヴィッツのお陰でしょう)。『ホロヴィッツ・プレイズ』と『カーネギ・ホール』で全集になると思っていましたら,「全集」はあくまでRCAへの録音で・・とのこと。まだまだ他にもあるんですねえ。こちらのコロムビア録音は,1966年のライヴと1972年のスタジオ録音をカップリングしたもの。後年のホロヴィッツらしくロシア臭い棘は取れ,超絶技巧にもかかわらず円やかでニュアンスに富んだ表現力は素晴らしいです。冒頭から完璧に粒が揃って丸く,しかも全く冷たさを感じない恐るべき運指。爆裂技巧と鬼気迫る熱情が乱れ飛ぶ。練習曲の前半などは比較的初期の作品で,ショパン臭さが滲むものの,聴きもののソナタや『炎の側で』などは,底知れぬ作者と奏者の狂気が組んずほぐれつ大爆発。ただただ唖然で,もはや評価云々すら憚られます。

★★★★☆
"Complete Piano Sonatas : Sonatas (Scriabin) Sonatas (Prokofiev) Sonatas (Shostakovich)" (MCPS-Brilliant : 6137)
Håkon Austbø (piano: Scriabin) Murray McLachlan (piano: Prokofiev) Colin Stone (Shostakovich)
ホーコン・アウストボーはノルウェイのピアニスト。日本での知名度はかなり低めと言わざるを得ませんが,ミュンヘン,ラヴェル,ブラティスラヴァ国際で入賞,1989年にノルウェイ批評家賞,1992年のノルウェーの年間最優秀演奏家に選ばれるなど,彼の地では評価の高いピアノ弾きです。ナクソスからメシアンのピアノ曲集を出しているほかサティの録音もあり,得意分野は明らかに近現代。わけてもここに収められたスクリャービンは定評のある録音で,彼はこの演奏でノルウェイ・グラミー賞を獲得しました。原盤が入手至難な中,またしても動いたのはブリリアント・クラシックス。ブロムシュテットのベートーベン,ファーガス=トンプソンのドビュッシーを射止めたこのレーベルの見識の高さをまたしても見ることになりました。廉価盤の顔をしていますが,かなり博識なバイヤーを抱えているのは間違いないでしょう。果たしてこのCD,5枚組1800円の価格が罪作りに思えるほど素晴らしい。ペダルを控えた透き通るような音色,確信に満ちた打鍵,ペダリング,しなやかなルバートが織りなすパーカッシブで立体感に富んだ拍節の操縦力,絶えず全体像への配慮が行き届いた極めて見通しの良い構成力は見事です。彼は廉価盤しか出していないみたいですが,自分の芸に厳しい方なんでしょうか?到底廉価盤で埋もれるような人ではなく,下手な有名ピアノ弾きより余程素晴らしいのに。

★★★★
"Piano Music : Etude No.2-1 / Piano Sonata No.1-No.10 / 4 Préludes / 2 Morceaux / Feuillet d'album / 2 Poèmes / 2 Préludes / Vers la Flamme / 5 Préludes" (EMI : 7243 5 72652 2 5)
John Ogdon (piano)
ホロヴィッツの悪魔的な名演があるロシアのフロラン・シュミットことスクリャービンのピアノ作品集。しかし残念ながらリサイタル・ピアニストを自認していたホロヴィッツは,いつも飛び飛びにしか特定の作曲家を録音してはくれませんでした。体系的に聴こうとなると,他のCDを探すことになります。シュミットの好演奏盤もあるジョン・オグドンの演奏による本CDは,2002年現在,上手く買えば僅か1400円ほどで二枚分べったりスクリャービンの演奏が揃うという破格値といい,中途半端な抜粋もほとんどなしに,ソナタの全曲を始め主だったスクリャービンのピアノ曲がクロノロジカルに聴ける内容といい,紛れもなく近年稀に見るバーゲン品の一つでしょう。加えてこの盤,演奏も良い。オグドンは,どちらかというと破天荒な感じを持っていたのですが,ホロヴィッツの怪演があるからでしょうか。本盤の演奏はホロヴィッツに対抗しようとするような野心はまるでなし。ホロヴィッツとは反対に強打ではなく,艶めかしい緩奏部で聴かせようとしている。作品の持つ妖艶な香気をホロヴィッツのように扇情的に滾らせるのではなく,ゆらり漂わせる。打鍵はフランソワ風ですし,決して並外れた技巧派ではない彼ですが,その落ち着き払ったピアニズムに驚きました。アウストボー盤を聴いてしまうと,リズム面の解釈はインテンポで一本調子。些か深みには乏しいですし,ペダルに逃げる技巧の確かさの点で見劣りしてしまうものの,値段を考えれば充分お薦めできます。

★★★★☆
"Symphony No.2 / Rêverie / Le Poème de l'extase" (BIS : BIS-CD-535)
Leif Segerstam (cond) Royal Stockholm Philharmonic Orchestra
マルコ・ポーロで,しこたま指揮棒を振りまくっているフィンランドの指揮者セーゲルスタムが,出稼ぎ先ではなく本業のストックホルム管を振って残したスクリャービン管弦楽作品集の一枚。さすがスウェーデンを代表するオケだけに,響きはマルコ盤のB級グルメ(失礼)ラインラント管とは段違いで,お薦め度も高いです。スクリャービンはピアノ弾きでもあり,有名なのも個性的なのも断然ピアノ曲。特に後年の作品などはフロラン・シュミットかと思うくらいフォーヴィスティックで呪術的な官能美を備えています。いっぽうの管弦楽はといえば,本来の彼の出自であったチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフなどと近く,和声がやや近代的な他にはプレ・モダンな印象。ラフマニノフ,ショパンなどが古臭いと感じる方はピアノ曲で止めておいた方が好いかも知れません。しかし,1つくらい管も聴いてみたいという方は是非このCDあたりからどうぞ。『法悦の詩』は,明示的な形式のうえに立脚している他の作品とは明らかに異質。管楽器(主にオーボエ)がつらつらと断片的なモチーフを変形・反復し,弦が背後で低奏部を支えながらその断片を組み上げて全体を構成していく形をとり,テンポは生き物のように極めて自由に形を変える。トレモロ風のフルートの装飾音までまさしくドビュッシー。『牧神』や『海』を多分に意識した作品であることは明白で,印象派ファンの貴方にも全く違和感なく聴けることでしょう。

★★★★☆
"Piano Concerto / Symphony No.3" (BIS : BIS-CD-535)
Leif Segerstam (cond) Roland Pöntinen (p) Stockholm Philharmonic Orchestra
スクリャービンの管弦楽作品を収めたBISのこの企画は,マルコ盤でも頑張っているセーゲルスタムが,本来の力量を遺憾なく発揮したお薦め企画。マルコ盤だけ聴くと,ラインラント管がB級なためお安い指揮者と錯覚してしまいますが,本国のまともな一流オケと組めば,これだけ素晴らしい作品を録音できるのだというお手本のようなシリーズです。さて,このCDはスクリャービンただひとつの協奏曲を収めたもの。彼の作風はもともとがショパンの強い影響下にあると述べましたが,この協奏曲はそのものズバリ。甘くロマンティックな感傷を存分にたたえた協奏曲です。ラフマニノフの協奏曲中最も人気の高い『ピアノ協奏曲第2番』やショパンの独奏曲なんかに涙腺を刺激される方なら,間違いなくはまってしまうでしょう。ソリストを務めるペンティネンは国際的な受賞経験に乏しいためかあまり名前を聞きませんが,1963年生まれの中堅。ジェルギー・シェベックやエリザベス・レオンスカヤに師事した人で,デリケートに粒の揃った綺麗なピアノを弾いています。併録の3番は後年の作品。後年の割には保守的な形式で,ちょっとムソルグスキー臭いチャイコフスキーですが,和声面だけが妙に近代的。随所にさりげなく色彩感が織り込まれています。

★★★★
"Symphony No.2 / Le Poème de l'extase / Symphony No.3 / Concerto for Piano and Orchestra" (Melodiya : 74321 66980 2)
Evgeny Svetlanov (cond) Yuri Krivosheyev (tp) Alexei Nasedkin (p) USSR Symphony Orchestra
好んで聴かれる『法悦の詩』を含むスクリャービン管弦楽作品集が,同郷ロシアの演奏盤で聴けるお買い得な2 in 1CDです。交響曲などを聴くと,一見スクリャービンの作品は恐ろしく穏健で,リムスキー=コルサコフの和声の豊かさの上に,チャイコフスキーの重厚な旋律美を折衷したような,伝統的な書法に則った作風を展開していますが,例えば第2番3楽章冒頭のフルートの旋律などに,ロシアものを超えたフランス的な官能性を容易に見て取ることができましょう。後年のピアノ曲がフローラン・シュミットと異母兄弟のように似ていることから見ても,スクリャービンは重厚な音楽的風土のロシアに生まれてしまったフランス人だったのかも知れません。圧巻はやはり『法悦の詩』。『牧神』も真っ青のフランス的抽象性と官能美をたたえたこの作品は,印象主義ファンにも全く違和感なく聴ける,まさに異郷のフランス人が残した永遠の傑作といって宜しいでしょう。巨匠スヴェトラーノフとソビエト連邦交響楽団の演奏は,録音のせいか若干細部にアラも見られるものの,スクリャービンの持つ露仏両方の側面に目配りした好演奏です。

★★★★
"Piano Concerto in B flat (Bliss) Piano Concerto in F# minor (Scriabin) Hungarian Fantasia (Liszt)" (EMI : CDH 763821 2)
Solomon (p) Adrian Boult, Issay Dobrowen, Walter Susskind (cond) Liverpool Philharmonic Orchestra : Philharmonia Orchestra
普段は3Bものなどを録音しているらしいイギリスのピアノ弾き,ソロモン氏の残した珍しい近代ピアノ協奏曲集です。彼のフランスものを全く見たことがない小生にとってこの人物は彼岸の人。ファーストネームすら分かりません(笑)。しかしその手の音楽を愛でる人にとってはこの人物,かなりのブランドらしく,実際ここに収まった彼の演奏は,表情の整った丸いタッチと闊達な技巧とが好ましく同居した秀演で,大いに溜飲を下げることになりました。ピアノ協奏曲は,近代の作曲家にはどこか特別な思いを以て眺められているジャンルらしく,このCDも,鍵を握るのは最後に収まったリスト。ブリスやスクリャービンの協奏曲のいずれもショパンやリスト,チャイコフスキーなどを彷彿とさせる,技巧的なロマン派コンチェルトとなっており,印象派以降の近代的な作品を好む向きには少々物足りなく聞こえてしまいそうです。作品としての出来映えは異様なほど官能的なスクリャービンのそれが圧倒的な個性を放ち,優れていると聴きました。一方のブリスはやはり昼行灯。スクリャービンと比べてしまうと,見劣りする感は否めません。既に曲をご存じで,良演をお探しの方にのみ推薦します。

★★★★
"Actual Recording of Carnegie Hall Recital, February 25, 1953" (RCA-BMG : BVCC-37309)
Vladimir Horowitz (piano)
20世紀を代表するピアノの巨人ホロヴィッツは自らをリサイタル・ピアニストだと思っていたようで,特定の作曲家の作品をまとまった形で録音するのを嫌い,自分がこれを弾きたいと共感できる作品だけを選んで弾くことに固執したピアニストでした。そんな彼がショパンと並んで,まとまった形でその作品を録音しているのがスクリャービンです。このCDは彼のアメリカ・デビュー25周年を記念して行われたカーネギー・ホールでのリサイタルをライヴ録音したもの。何しろ含まれているスクリャービンの作品は『黒ミサ』ただ一曲だけなので,一般にお薦めするのは難しいのですが,後年の露版シュミット的な呪術的躍動感が強く現れているこの作品は,ピアノにかぶりつくような獰猛さをたたえた彼の打鍵で聴いてこそその真価を発揮します。余談ながら上記のピアノ曲集にこの『黒ミサ』を合わせると,ホロヴィッツがRCAに残したスクリャービン録音は全集になります。一曲だけなので点数は辛くなりますが,演奏そのものは文句なしの5つ星。


(2002. 5. 30 upload)