
汽車ポッポ
本居長世:作詞・作曲 篠原真:作曲
「汽車ポッポ」と聞けば、おそらく大半の方が
♪汽車っ 汽車っ シュッポッ シュッポッ シュッポッ シュッポッ シュッポッポ♪
の、富原薫作詞・草川信作曲の方を思い描くと思いますが、ここで紹介するのはそっちじゃない方の汽車ポッポです。こっちはこっちでそこそこ有名なので、多分聴けば思い出すと思います。
本居宣長の子孫で明治、大正、昭和の時代を生きた作曲家、本居長世さんが42歳の時に作った汽車ポッポです。本居さんといえば「赤い靴」、江戸時代から伝わる「とおりゃんせ」の編曲、そして何と言っても「七つの子」「青い目の人形」で有名です。
音楽書などを見てみますと、本居長世さんは「近代的、文化的なスタイルの中に流れる江戸的な感傷的な音楽の情緒が、人々を強く引き付ける」のだそうです。西洋の音楽と日本の伝統の音楽を組み合わせたような作風です。
そういえば、「青い目の人形」も「七つの子」も、明るい長調だけで終わらず、ちょっと暗いような、江戸の音楽っぽいような短調が間に入ってきますよね。
この作風が後に続く童謡作曲家に大きな影響を与えたことから、本居長世さんは「日本童謡の祖」と評されるようになりました。
ただこの汽車ポッポに関しては殆ど長調で終始する、明るい曲に仕上がっています。
あらかじめ聴き所チェック!
お山の中行く 汽車ぽっぽ
ぽっぽ ぽっぽ 黒い煙を出し
しゅしゅしゅしゅ 白いゆげふいて
機関車と機関車が前ひき後押し
なんだ坂 こんな坂 なんだ坂 こんな坂
とんねる鉄橋 ぽっぽ ぽっぽ
とんねる鉄橋 しゅしゅしゅしゅ
とんねる鉄橋 とんねる鉄橋
とんねる とんねる
とん とん とんと のぼり行く
漫謡
この「汽車ポッポ」のことを、作った本居長世さんは「漫謡」と自分でおっしゃっていました。まるで「漫画のようなふざけた曲」という意味の造語です。漫謡は他にもあったそうです。
本居さんは実は淋しがりやで、いつも賑やかに笑っていたい、そんな思いが人一倍強かったそうです。それで真面目である時にも、何かふざけてみたいような気持ちがあったみたいです。
そんな本居さんのご自身による、面白い記述が見つかったので、掲載します。昔の人の文章なのでちょっと読みにくいですけど、よく読むと思わず笑っちゃいますよ!
↓
…このたけのこ掘りでは嬉しい思ひ出がある。いつぞやの春、親しい友人数名のもとに庭のたけのこ掘りを催し、とれたたけのこでたけのこ飯を炊いてご馳走するといった案内状を差し出した。ところが大変事勃発、前夜盗人が這入って竹藪を踏み荒らし、一本残らず芽を折る、ひっこぬくの大乱痴気、さあどうしようと青くなった私は、最後に知恵をしぼって八百屋へ人を駈けさせ、掘りたての凄い奴数十本を仕入れ、大急ぎでこれを植ゑ付けておいた。そこへ続々としてお客様の御入来だ。ともすると、吹き出したくなるのを我慢して、諸君たけのこ掘りはなかなか難しいです、なるべく遠くから深く掘り下げて、最後でなくてはたけのこに手をふれてはいけません。最後に腰を据ゑ、両手をかけて力一杯うんと一思ひに抜いて下さい。と注意したものだ。柔順なるお客様は主人の命をかしこみ、皆手馴れぬ大鍬を振上げて固い根っ子を遠くから掘るわ彫るわ、小一時間かかって大穴を作り、最後に徐ろにたけのこを抱き満身の力、一、二、三の号令で一同安々と尻餅ををかしさ、時ならぬ笑い声は竹薮にこだまして静寂なる目黒の天地を震撼(?)したものだ。後で実はこれこれと実状を白状に及び、却って期せざる御座興となって、お客様を満足させたことであった。
この文章自体も生き生きしてますよね、楽しそうです!
かの本居宣長の子孫だったり写真では仏頂面が多かったりと、てっきり真面目な人とばかり思い込んでいたから、びっくりしました。
参考資料
・「日本の作曲家 近現代音楽人名事典」日外アソシエーツ
・金田一晴彦:著「十五夜お月さん 本居長世 人と作品」三省堂
・小島美子:著「日本童謡史」第一書房
・「本居長世 日本童謡先駆者の生涯」図書刊行会
・「新版 日本流行歌史 上 1868〜1937」社会思潮社