私の日記です

香ばしいコクもなか
先日、セブンイレブンで「香ばしいコクもなか」というアイスクリームを買って食べた。
これが美味しすぎる!
パッケージにセブンイレブンのマークが入っているので限定品だとは思うが、森永製菓が製造していると書いてあった。値段はなんと160円!

値がはるので躊躇すると思うけど、買って食べてみるべき。その辺で売っているアイスとは味が違う。観光地でたいして美味しくもないソフトクリームに300円も使うなら、地元のセブンイレブンで早速買うべきだ。絶対に後悔させないよ。
2003年09月20日 16時14分25秒

吐き出し
不満というものは溜まるもので、どこかで吐き出さねばおかしくなる。違うんじゃないの?と思われる向きもあろうが、その際は途中で読むのをやめて欲しい。

昨日、野球応援があった。その会場でのこと。

1.遅刻してきたヤツ。目の前に顧問がいても一言もなし。むろん、そんなヤツは部長にも何も言わない。「礼儀がなっとらん!」
2.応援席でのこと。ノリがいいのはよいが、ベンチに靴のまま上がり、飛び跳ねて応援・・・。終わった後、そこを応援団の1年が雑巾で拭いていた。「靴のまま上がるな!拭けばいいってものじゃないだろう!」
3.我が学校はいつの間にか野球応援の曲は代々耳コピーになっていたので、細かい音の間違いが多すぎた。そこで、何日もかけて何曲も書き直し前日に配ったのに、結局、当日は昔のままの耳コピーのヤツがいっぱい。「直した意味がないだろっ!」
4.単に野球応援で何かを発散したいOBがいつも来る。現役部員を応援する意味なら大歓迎なのだが、後輩達の前で威張りたいだけに見える輩もぽつりぽつり。それも楽器を持ってこないのに、後輩から借りると称して「半強制的に取り上げ」る輩も。で、吹きたいだけおかずを好きに吹いて現役を翻弄する・・・。「ちょっと違うよな。もう卒業生だもんな。高校4年生・5年生じゃないもんな。」
そのうえ、顧問がいるのを知っていながら、自ら挨拶に来ようとしない。誰よりも先に挨拶をして礼を尽くすべきは目上の人間に対してなのでは? オレ自身が卒業間もない頃はもちろんお世話になった顧問の先生にまず最初に挨拶したものだ。顧問が替わっても、最初に行くべきは顧問のところであって、自分が手下のように見下している後輩のところではないのでは?
できの良いOBとできの悪いOBは、全く違う。最近の卒業生はとみに礼儀がなっていない。

着任以来3年間、数少ない「できるOB」と出会ってきた。でも残りのほとんどが「できないOB」だ。オレの後輩って、みんなこんなになってしまったのか? そうじゃないよな、「できるOB」達よ!!
2003年04月30日 08時17分41秒

入手したもの
DVD
1.ハイティンク/ベルリン・フィル 1993ヨーロッパ・コンサート(Pioneer)
2.ストコフスキー ベートーヴェン:交響曲第5番ほか(EMI)
3.カラヤン ベルリオーズ/幻想交響曲ほか(EMI)
4.クリュイタンス ムソルグスキー/展覧会の絵ほか(EMI)
2003年04月14日 14時52分51秒

たぶんたいしたことはないんだろうけど
今日の合奏は良かった。
何より彼らのサウンドが良かった。

午後1時半から4時までぶっ通しだったのに、よく頑張った!リズムの甘さとか、音程の悪さとか、細かいところを見ていけばダメなところはたくさんあるんだろうけど、とにかく響きが良かった。優しかった。暖かかった。あいつらにもこんな音が出せるんだな、と感心した。

それにしても何でだろう?
学指揮の普段の合奏が良かったのかな?
今日取り上げた基礎練が良かったのかな?

まあいい。いい音を聴いた日は、気分がいいのだ。

合奏が終わって部室を出た。外は雨が降っていた・・・。
2003年04月12日 16時23分52秒

生命について
命の大切さって、授かってみないとわからないもんだね。授かってみて感じたのは、出産というのは、人間の他のどんな行為よりも、高次元にあるのではないか、ということ。

「産む」とか「産まない」とか、それが「権利」だとか「義務」だとか、そんな我々の頭の中で処理できるような選択肢で悩む次元のことではないような気がする。それを技術的に可能にする医学があったり、それを倫理的道徳的に反古にする者がいたりするのは事実だけれど、果たしてそれは「善」なのか?

何をもって「善」と判断するかは難しすぎて答えは出ない。個別の事例で判断するしかない、というのが現状最上の解答なのだろうけど、生命ってそんな次元の問題なのかって思った。

誰を否定するでもないし、現状の人々の選択を「悪」とするつもりもない。ただ、ふと、「生命って何だろう?」と思っただけ。

たまにはこんな難しい話もいいでしょ。
2003年04月09日 13時54分41秒

DVD−R
おもしろすぎる。
DVD−Rを購入して以来、保存しておきたい番組はすべてDVD−Rに残している。圧縮がかかっているとか何だとか、いろいろと専門家に言わせれば問題があるそうなのだが、オレは所詮初心者。今までのS−VHSから考えれば、ずっときれいなのだ。それだけでいい。保存も薄くていいし、goodだ。
問題点は、買うのに金がかかることだな。あとは勢いが解決してくれるだろう。みなさんもどうぞ!!
2003年02月24日 13時25分00秒

訂正
約3行目
×「いいだおる」 → ○「いいだろう」
2003年02月10日 15時10分30秒

気になる表現
電話で、「○○さんは、おりますか?」と言う人がいる。たぶん、その人なりに「いますか?」を丁寧な表現に直したつもりなのだろう。
 しかし、丁寧にするならば、「○○さんは、いらっしゃいますか?」になるはずだ。そして○○さんが実際にいる時は、電話受け手側が「おります。少々、お待ちください。」と答えるのだ。いない時は「おりません。」でもいいだおるが、より良くは「席を外しております。」が正解だろう。
 すなわち、「おる」を使われる側が下になるのだ。よって謙譲語として使うべきである。冒頭の例では、相手の位置を自分より下げていることになり、失礼極まりないだろう。
 前任校の校内放送で、「校長先生、校長先生、おりましたら○○までご連絡ください」というのがあった。オレは声を大にして言いたかった。

「おまえの方が上なのか〜!」

 正しく言葉を知らないと、そのつもりがなくても相手を不快にさせてしまうのである。気をつけなくてはならない。
2003年02月10日 15時08分49秒

地理覚え書き「ノーフォーク農法」
18世紀にイングランド東部ノーフォーク州で始まった新農法。
大麦→クローバー→小麦→かぶの順に4年周期で行う四輪作法。
休耕地がなくなり、牧草栽培による家畜の飼育が可能になり、
エンクロージャーの拡大とあいまって穀物生産を増大させた。
(世界史B用語集<山川出版社>より)
2003年01月21日 09時36分22秒

今朝の一枚
最近、朝が寒い。冬なので当然ではあるが、車のエンジンのかかりが悪くなると、「ああ、冬だな」と実感する。何やら、オレの車は本来より小さなバッテリーが積まれているらしく、以前ガソリンスタンドの兄ちゃんに「夏はいいですけど、冬は危ないですよ。動かなくなるかも・・・」と言われた覚えがある。こりゃ、危険な時期に差しかかったということなのかもしれない。

さて、今朝の通勤車中での一枚は、ラフマニノフのシンフォニックダンス。吹奏楽の世界では第3番のみ有名だけれど、1番も捨てがたい(実は1番も編曲譜が出ている)。
指揮者の大植英次は、ずいぶん前のバーンスタイン来日公演で、バーンスタインの代役として急遽ステージにのぼった人。当時は、代役がバーンスタインの強い意志にもかかわらず、「バーンスタイン指揮じゃなければイヤだ」という多くのお客さんの間で、ボロクソ言われ問題となった時の人。演奏が悪かった訳じゃないだろうけど、本振り予定の人がバーンスタインじゃ、代役を務めるのも大変だったろう。
さて、その人指揮のこの演奏、オケの音像が比較的遠目に設定され、弦の音色は爽やかで、管も丁寧な鳴り。「舞曲」なのだから、幾分、音の立ち上がりの良さが求められるが、それは少しばかり甘め。きれいなので許せてしまうが、キレの良さは少々犠牲。しかし、押さえるべきポイントは押さえ、少々作為的ながら演奏の表情に表れている。なるほど!と思える味付け。
この曲の代表的な名演奏はプレヴィン/ロンドンsoだろうが、それに似た、いい仕上がりである。マゼール盤を嫌い、プレヴィン盤を好む人が、2番目に聴く演奏としてお勧めである。カップリングも、なかなか好演。

データ:
ラフマニノフ:交響的舞曲、ヴォカリーズ、練習曲「音の絵」(レスピーギ編)
大植英次指揮 ミネソタ管弦楽団
(輸入盤 Reference Recordings RR-96CD)
2003年01月09日 13時19分04秒

教室冷房化は、贅沢か??
ニュースより

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「教室冷房化」に赤信号

 文部科学省が来年度の概算要求に盛り込んだ小中高校の「教室冷房化計画」に、財政当局や関係議員から異論が相次ぎ、実現が危うくなってきた。

 「国がやるべき事業なのか」「子どもを甘やかしすぎだ」などの批判を受け、財務省から事業の再検討を求められた文科省。「大規模改築や新築の際に、冷房化を補助対象にする」との代替案も示しているが、例年より早く吹き始めた北風に、生徒たちへの暑さ対策は風前のともしびだ。

 学校の冷房化計画は、寒冷地などを除く公立小中高校の普通教室30万室に、今後10年間で空調設備を導入する計画。概算要求に100億円を計上している。冷房はこれまで、コンピューター教室や保健室などに限られていたが、国が設置費の3分の1を補助する形で、導入の拡大を図った。

 文科省は、「家庭の冷房普及率が9割近い中、学校だけが取り残されている」との認識に立っている。

 ところが、財務省側から「事業の優先順位を再考しては」と注文が付いた。

 来年度の公共投資関係の予算は、今年度当初比で4%削減することになっている。しかも、小泉首相は地方行財政改革の第1歩として、「補助金制度の廃止」を掲げた。

 このため、「新しい補助制度を求めるには、最悪のタイミング」と文科省施設助成課は頭を抱えている。

 財務省側は、「私立校では、親から施設費を集めている。東京の区立校も独自に設置している。冷房化は国としてやる事業なのか疑問だ。財政難なのだから、もっと国としてやるべき事業を絞るべきだ」と指摘する。

 一方、文部行政に理解のある与党議員からも、「日本の子どもは世界一恵まれている。これ以上、甘やかす必要があるのか。むしろ、学校施設の耐震化を進める方が先なのでは」という声も出ている。自民党内には、冷房化を支持する意見は皆無だという。

 また、冷房化について、地球温暖化など、環境への悪影響を心配する児童・生徒からの新聞への投書も文科省を動揺させた。

 「サイレント・マジョリティー(声なき多数派)は、冷房化を支持してくれていると思う。でも、子どもが環境問題を心配するのはいいこと」と、同省施設助成課は複雑な表情。「概算要求の夏には、みんな燃えているのだが、予算案を決める冬には冷え込んでしまう」とのぼやきも出ている。

 財務省の注文にこたえて、既存の校舎に冷房設備を付けるための補助制度でなく、校舎を新築したり、大規模に改造する際には、設備費も助成対象に含めるという代替案も示した。その場合、冷房化のペースは格段に落ちることになるが、「少しでも実が取れればいい」とトーンも落ち気味だ。(読売新聞)
[12月16日3時7分更新]
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オレも、何も国にやれとは言ってないが、どこかしらの公的機関が取り組まない限り、いつまでたったって設置されない。
今どきクーラーのない塾に通わせる親はいないだろう。それなりのことをするには、それなりの設備は必要なのだ。年寄り国会議員が、30年も40年も昔の自分たちの頃を振り返って「水あびてりゃ、何とかなるもんだ」的な発想で、現状をとらえられては困る。確実にここ10年で暑さが増しているのだ。あの暑さの中で勉強させ、「学力低下」を叫ぶのは止めて欲しい。無理に決まってる。
校長も校長で、教育委員会がなんと言おうと、生徒達の学習環境を整える意味で、それ相応の保護者負担をさせてでも設置すべきなのだ。そのほうが、民意にかなっている。

少なくとも、クーラーの整った環境にいる人たちに、「クーラーは贅沢品だ」と言われたくはないね。まずは、官公庁のクーラーを止めて、その悪影響を肌で感じたらどうなのさ!
2002年12月16日 08時26分30秒

昨日見た夢
ある日実家に帰ると、2階の自分の部屋がおかしい。上がってみると・・・。
なぜか、小さなカウンターがあって女の人が座っている。すごく狭い部屋なのに見知らぬ人が数人いる。彼らはみな、何やらオレの部屋にある本やらLDやら楽譜やらをあさっている。

むむむ???

そう、なぜかオレの部屋が「ブックオフ」化しているのだ。そう、「中古屋」!! オレの今まで集めてきた物品が、勝手に売られてるー!!!!!

つけられている値札を見ると、すべて激安! オレの買ったときの値段はどこへやら。カウンター内の女性に「これ、全部自分のものなんですけど、売ってるんですか?」と聞くと、当たり前のように「そうですよ」との返事。訳のわからない状態となったオレは、「あの、大事なものだけでも持って行っちゃっていいですか?」と言ってみるが、「ダメですよ。商品ですから」なんて言われる。最悪の状況。

泣くに泣けずに一階に下り、母に訴える。
「何で、2階はあんなになっちゃってるのー?」
「お父さんが話を聞いたら、業者が『5分間に1000万円の売上げ』って言ってたから、売っちゃうことにしたのよ」
「はあ? 何考えてるんだよ。あんなに大事にしてるのに。何で勝手に売っちゃうんだよ!?・・・」

混乱して大声で騒ぐオレ。なぜか、親戚のおばちゃん達がコタツでポカポカ。そんなおばちゃん達も、オレのさすがの剣幕にびっくり。

あ〜あ〜、どうすればいいんだぁ〜〜〜〜!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

訳のわからない状況に発狂しそうになった時、ふと目覚めた。

疲れる夢だった。

実家に置いてきた楽譜やLDや本達が、「置いてきぼりにするな!」と怒ったような夢だった。

物は大事にしなきゃな。
2002年12月03日 08時21分33秒

草取り 追記
鎌で地道に草を刈るのは疲れる。
「草取り」と言うけど、「草刈り」が限度。
どうせ、生えてくるし。
「草取り」すれば、生えてくるスパンも長くなるのだろうけど、一月経てばまた「草刈り」があるのだからと思い、結構いい加減にやっている。

先日、草ぼうぼうの南庭が、さっぱりしていた。話を聞くと、同居の方の親類が「人間の住むところではない」と、草刈りマシーンで刈ってくれたらしい。

ムム? 草刈りマシーン??

今までそんな選択肢を考えたことがなかったが、あの草ぼうぼうを何とかするには、マシーンが有効かもしれない。と思い、お店に見に行った。

19700円!

思ったより安い。これは購入もありか!? 団地住まいのみんなと協議してみる価値はあるな。
2002年09月04日 12時05分13秒

始業式?
世の中のほとんどの学校では、今日は始業式。
しかし、最近は今日始業式をやらない学校が増えてきている。

それはなぜか?

実は、学校週五日制に伴う授業時間確保のため、前期・後期という「二学期制」を導入する学校が増えた。それらでは9月末が学期末となるため、今まで9月アタマにずっと行われてきた始業式は10月1日に移動したのだ。

それは実際にどんな日程となるか。
本校の場合は、1時間目にホームルームと大掃除。2時間目に全校集会。そして・・・

3時間目から普通授業なのだ。そう、6時間目まで。
このクソ暑い中、彼らは教室の自分の机で勉強するのだ。我々もクソ暑い教室で、頭を使って授業するのだ。

先日、国費で教室にクーラー設置へ、と話がまとまったようだが、まだまだ道のりは長い。

私自身は、次から2時間連続でテスト監督。
そう、休み明けの「課題テスト」が実施されるのだ・・・。
2002年09月02日 11時04分04秒

暑い!
お盆はあんなに過ごしやすかったのに、またこの暑さ。ぶりかえすなよ!

暑いのは嫌いだぁ。

今日はこれから団地の草取り。暑いぞぉ〜。
2002年09月01日 08時25分41秒

愛読者のあなたへ
こんなページのこんな日記を読んでくださっているあなたへ

1.結構、楽しみにしているあなた、あなたは相当な変わり者です、ハイ。
2.最近、更新が進まないので「つまんないなぁ」と思っているあなた、そうとう「重傷」です。
3.ハーボットに話しかけているあなた、人間の友人を作りましょう!

・・・失礼しました。(笑)
2002年08月30日 22時58分55秒

今日は
充実した合奏が出来た。
コンクール目前にして、音の間違いをたくさん見つけた。
何より、彼らの取り組みがよかった。
これなら期待できる!
2002年07月31日 15時12分10秒

最近
吹奏楽から離れたくなっている。

時間があれば、本が読みたいし、勉強がしたい。

でも棒を持つと気持ちが変わる。
今はそんな段階。どうしたらいいんだろう?
2002年07月28日 08時47分00秒

水道止まるの巻
ひねれば出てくる便利な水道が止まったら・・・。

昨日の落雷でわが住宅のポンプがいかれてしまったらしく、夜中になってその症状が現れた。

「水が出ない・・・」

最初は元栓が閉められたとかの悪戯くらいにしか思っていなかったのだけれど、元栓は開いてるし・・・。どこがおかしいのかと外回りを点検してみるものの、まったく手がかりなし。シロートには何の判断も付かない、技術屋の世界が広がっていそうだ・・・。
しばらくして、3階の人が顔を出す。「水が出ないんですよ」という。「ウチも出ないので調べてるんです」と答える。貯水槽の配電盤か?などと言いながら、2人でいろいろ調べるがまったくわからず。水道局に電話して聞いてみると、「揚水ポンプのブレーカーが落ちているか、フューズが飛んだんでしょう」との答え。わかりやすく言うと、夕方の近所への落雷で屋上の貯水槽に水をあげるための機械がイカれてしまい、水が上がらず、その中の水を使いきった夜中に水が出なくなったという話・・・。しばらく悩むが、どうにも解決しないので、深夜にもかかわらず、とりあえず「水道故障の時には」とメモしてある業者に電話する。すると、「じゃあ今から行きますので、30分後くらいに到着します。」と言われる。仕事といえども、深夜の労働は大変だ。

業者が来ると、一通りの点検。電気は来てるので、フューズでもブレーカーでもない。あるスイッチ類をいじっていた業者曰く、「ポンプが漏電してますね。今すぐには直りませんので、朝になったらポンプ業者に発注かけます。直るのは最悪夕方になりますね・・・。」

今年はその建物の管理人の輪番。まだ電気がついている家には連絡してまわり、明かりの消えている家には事情を書いた紙を作成し配布した。

今朝、トイレで水を流すのが一苦労。でも、こんな時に風呂水ポンプが役に立つとは思わなかった。今日の我が家は水が出るまで風呂水がトイレのタンクに注がれ続けるのだ・・・。
2002年07月10日 08時05分12秒

ギブ・ミー・クーラー!
自腹を切ってでもつけたい。でも、電気代が払えないからダメだという。

仮にも学校と言うところが脳みそを鍛える場所であるのなら、「頭寒足熱」という古くからの言葉通りにはして欲しい。うだるような暑さの中で、何を学べというのか。

温度計が36度を指している。生徒達はこの暑さの中、英語や数学を学んでいるのだ。あなたにそれができますか??私が生徒なら、まず無理です。ぐったりしている生徒を見ては、そう感じます。

我々の労働環境としてはどうなのでしょう? 改善されるべきではないのでしょうか。県庁にはとっくにクーラーが入っています。温度制限をしているとはいえ、それだって28度には抑えられています。外からの客が来るから必要なのだそうです。

なぜ、学校にはないのでしょう? 職員室にはついています。がしかし、そこから出たら蒸し風呂です。この温度差が身体にいいわけがありません。どうしてくれるのですか??

父母の負担を軽減するために、私立には助成金が払われています。もともとお金が高いところだと知っていながら入れておいて、学費がかかるから今以上に補助が欲しいという親がいるそうです。ふざけないでほしいですね。そんなお金があるなら、まずは我々の労働環境を整備して欲しい。そして、生徒の学習環境を整えて欲しい。それが私立の「クーラーがありますよ」宣伝を意味のないものにするというのなら、それでいいじゃないですか。それでこそ、公教育というものでしょう。それを保障しないくせに、成果だけ上げろ!という、これは何かが大きく間違っていると思います。

生徒募集だって、上記のような環境を整えれば、今ほど苦労することはない。進路実績だって、自ずと伸びる。私立に流れる輩が減る。父母の負担は軽減される。公教育が生き生きとしてくるのです。

たいしたことではないように感じますが、夏休みに学校で合宿を組んでおきながら、会場は学校ではなくクーラー付きの研修所。この矛盾を、英断によって直して欲しい。きっと、小さな一歩が大きな変化を遂げることになるはずです。わかるかなぁ?校長先生!!教育長!!
2002年07月08日 15時14分42秒

ナクソスの邦人作品集CD
大手CD屋では790円で手に入れることが出来る、貴重な演奏。最近注目を集めるナクソスのCDである。

第1弾、外山雄三:ラプソディ、小山清茂:木挽歌 などと、おいしいどこ取りだったので売れた。

第2弾、矢代秋雄。これもまあ、交響曲が入っていたので、吹奏楽向けにはよかったかも。

第3弾、大栗裕。今までいろいろな人がこの企画を願っていたけど、やっと実現した。むろん、吹奏楽をメインターゲットにしているのはその収録内容からして自明。

しか〜し、この次からが不安なのだ。何故かというと・・・、

・松平頼則
・橋本國彦

誰が買うんだ? 知ってるヤツがいっぱいいるのか? この人達の代表的な作品の名前は何だ??

オレは買うけど、抱き合わせにしないと少々厳しい売れ行きになる模様。出だしの3枚がそれなりに売れたからといって、パタリと売れなくなったら残りの企画を途中で止めてしまうことのないようにお願いしたい。
だって、黛も、芥川も、武満も、外山も、三善も、これからなんだから。

乗りかけた船、最後まで進めてくださいよ、ナクソスさん!
2002年05月16日 06時00分01秒

最近は
忙しくて、日記なんて書こうとも思わなかったな。
連休は「初節句」ということで両方の実家に顔を出しに行ったんだ。3日はカミさんの、5日はオレの。
いやあ、3日、道路が混んでたなぁ。関越が74キロ(?)も渋滞していた日だけあって、一般道もゲロ混みだったな。とにかく凄かった。オレは縦軸の動きではなくて、横軸の移動だったので渋滞の大きな影響を受けずに済んだけど、横切る道はほとんどすべて大渋滞だった。関越をまたぐ新しい橋を渡った。とっても気持ちいい斜度で、また通りたくなった。
5日は鯉のぼりをもらいに行った(笑)。 けれど、団地住まいの現在のオレの身には大きな鯉のぼりは“無用の長物”。実家にあった本当におもちゃみたいなサイズの鯉のぼりをもらって帰った。

部室の脇に、もう一部屋確保した。通称「第2部室」。仕事ができる机とオーディオセットを置いた。これで部活をすぐ脇から見ていられる。彼らとの実距離が近くなることで、円滑な部運営が行えることに感謝したい。
2002年05月08日 13時28分26秒

先日の会話
学年末テストの三日目、部員との会話。

私 :「ようっ! どうだ、テストの出来は?」
部員:「いやぁ、大変ですよ。すっかり不況です・・・」
私 :「そりゃ、構造改革が必要だな」
部員:「もう、あれですよ。成績がデフレスパイラルです」
私 :「ハハハ、そりゃ大変だ。」

何気ないこの会話、まだまだ彼らも捨てたもんじゃないな、と思いました。
2002年03月14日 08時17分43秒

NHK−FM
普段聞くことはまずないのだが、車が代車のためCDが聴けない。よって、仕方なく通勤のお供はNHK−FMである。

いつものようにラジオをつけると7:20から「名曲スケッチ」なる番組をやっていた。わりと中身がレアだ。

今朝は、
「青少年の管弦楽入門」ブリテン作曲
  東京フィルハーモニー交響楽団 指揮 尾高 忠明

「管弦楽のための協奏曲」バルトーク作曲、山本直純・編曲(!!!!!!)
  東京フィルハーモニー交響楽団 指揮 山本 直純

だった。
何だ!山本直純編曲のバルトークって!!(笑)
バルトークの名曲がパッチワークされて「迷曲」になっていた!!

意外と注目だったりする。たったの10分間だし。
2002年03月11日 08時24分47秒

事故に遭う・・・
やってしまった・・・。いや、やられてしまった・・・。

昨日、所用のため旧職場に出向いた。その際、見通しの利かない狭い交差点で脇道からワゴン車が出てきた。そんなところで出てこられても止まれない。「車は急に止まれない」のだ。両運転手の「アーッ!」との声むなしく車がガツン。ぶつかってしまった。My Carは、右前方がボコッと削られ、相手は左前角がベコっと曲がった。
 出てきたのは金髪のお兄ちゃん。まずは「あ〜あ、そりゃないっスよ〜!」が第一声で、オレも「やっちゃったねぇ〜」が第一声。近くの農協に車を入れて、お互いの住所・氏名・電話番号の交換。すると、周囲は田舎のおばちゃん達の集合場所と化し、「やっちゃったんかい?」「ありゃまぁ」などという定番の声が渦巻く。金髪兄ちゃんは地元の人。その辺のおばちゃんらに「いや〜、どうも」とか「やっちゃいましたよ」なんて会話している。するとその中に「先生、やっちゃったねぇ〜」という声。見ると、2年前に教えていたヤツ。今は3年生で家庭研修中。近所でも有名な駄菓子屋の倅。そう、そいつの家のすぐそばで事故に遭ってしまったのだ。すると周囲のおばちゃん達は「な〜に? ○○(学校名)の先生かい〜?」と素性バレバレ。もちろん相手にもバレバレ。はたまた、相手もそこの卒業生だという話。相手の兄弟もらしい。もう止まらない。(笑)
 思った以上にオレの車がボコボコになっていたので、金髪兄ちゃんも「保険を使いたい」とのことで、一応、警察においでいただく。オレは目前だった旧職場に届けるべき物を届けに行く。両手いっぱいの荷物が、より一層むなしさを感じさせた。現場に戻ると、警察が来ていた。免許証を見せ、自賠責のメモを取られ、「事故証明は10日くらいたってから来てねぇ」などという呑気な警官に頭を下げ、聴取終了。
 お互いに連絡をまた取り合うことを約束し、別れる。オレはすぐに近所の知り合い板金屋さんに電話。代車があることを確認して、その事故車で出向く。事情を説明し、修理してもらうことになる。
 実家に戻り、保険屋に電話。いろいろと教えてもらう。そして終了。

 両者とも身体に一切問題が無くて良かった(車の先っぽだけの衝突ですんだので)。これからは事故に気をつけようと思った。

一応、相手方の道路は一時停止、オレの方は停止線はあるけど「止まれ」はない。さて、どんな結果が待っているかな??
2002年02月27日 10時54分44秒

読書
本を読まなくなった。音楽も聴かなくなった。最近、そう感じていた。しかし、昨日・今日と時間がたくさんあった。

先日、西関東大会の引率のため、新潟に赴いた。その行きの新幹線の中できっと暇になるだろうと、その数日前に文庫本を手に入れた。その本は「田中角栄 その巨善と巨悪」(水木楊著:文春文庫)である。我ながら、新潟とちなんだ良い本を手に入れたモノだと喜んでいた。
 もちろん、往復の新幹線の中で読むべく持参していたのだが、気持ちが落ち着かず、読書なんてできない。帰りなんて、センター試験の初日の問題と解答が新聞に載っていたので、それを解きながら・・・となってしまった。結局、文庫本一冊、読み終えることなく帰宅したのだ。
 それがずっと気になっていた。うちの親父は新潟出身である。おでこは「三波春夫」とまったく同じだ。テカリ具合など「田中角栄」とまったく同じなのだ。そしてまた、小さい頃、親父の実家に出向く道すがら、「あそこが角栄さんの実家だ」なんて教えられたこともある。勝手ながら親しみを持っているのも事実であった。
 そしてその本を先ほど読み終えた。小学校卒だとか、ロッキードだとか、様々なことが一つの事実として紹介されていた。とても興味深い内容だった。角栄さんがやってきたことが良いとか悪いとか、そんなことよりも、生きざまそのものが面白かった。善悪はともかく、凄い人だったことには変わりない。勉強になった。

ブックオフで350円だった。いい買い物だった。
2002年02月24日 17時21分30秒

同窓会の仕事
我が高OBの方々には、3月末に年に一度の同窓会報が送付される。あれは私の担当なので、今はその下準備に忙しい。
今日は封筒に郵便振り込みの用紙を入れる作業を自習の生徒を使って実施する日なのだけれど、3時間目、1−2が来ない。朝の職会で担任の先生に何度も念を押したのに、来ない。生徒達が勝手に教室で戯れているとは思えないので、これは担任が言い忘れたか、正しく伝えなかったかのどちらかだろう。
年輩の先生にはよくある現象で、こっちとしても困る。予定の作業が一コマ終わらない。

我が家は赤ちゃんのために湿度が上げられている。まあ、加湿器がフル稼働なのと、ストーブの上のやかんは常に沸騰中ということなのだけれど、そのせいで壁の結露が激しい。窓とか、玄関のドアとかは金属もしくはガラスなのでカビが生えることだけを気にすればいいのだが、壁一枚で外と向かい合っている「内壁」が恐ろしく結露している。ぞうきんで拭き取っても拭き取ってもつく。もちろん換気もするし、風も動かしているのだけど、それでもとれない。このまま春までいくのだけど、大丈夫なんだろうか? 我が家の壁は・・・。

この間のバルトーク、演奏していたのはメータ指揮ベルリン・フィルだった。どおりで骨太で上手だなと思ったわけだ。でも、オケコンの最高の演奏はショルティ指揮シカゴ響だと思っている。一聴の価値があるよ。

今日も暖かいね。雪は降りそうもないね、今年は。
2002年02月18日 11時20分44秒

次の歯医者はいつだったか
よく覚えていない。定期検診が3月にあったはず。よく確認しよう。

高校入試真っ盛りだ。今日も中学生が願書を出しに来ている。夢と希望にあふれた生徒が欲しい。

今日はmayuさんにレッスンしてもらえる。部員達は幸せだ。

明日はアンサンブル校内予選。ちなみに他校からの申込みも明日締め切り。忘れてないといいな。

陽射しが暖かい。春は目前だ。しかし、冬はやっぱり雪がしっかり降らないとダメだ。季節感が毎年毎年無くなっていると思う。

東和銀行は窓口に中年男性が座っていた。笑顔がぎこちなかった。隣の窓口の女性は、化粧が「間違って」いた。誰かが注意してあげないと、みんなに笑われるぞ。

あさひ銀行は窓口全員が女性だった。笑顔に無理が無く、好感が持てた。対応も柔らかかった。東和よりすべてにおいてランクが上の銀行だと感じてしまった。

郵便局は、女性は女性でもおばちゃんだった。でもなぜか、これが一番安心した。手際も良かった。ただし、郵便局のATMで先日下ろした分を戻そうと入金したら、万札が2枚戻ってきた。何度入れ直しても2枚戻ってきた。「にっ、偽札か!!」と思った。

試しに1枚ガソスタで使ってみた。きちんと使えた。もう一枚はどこで使おう??(笑)

「黒板にチョーク」って時代遅れもいいところだと思うのだけど、相変わらず。解放されないものなのか、この石灰地獄から。

今朝、通勤車中で聴いていたCDは「バルトーク:管弦楽のための協奏曲」だったのだけど、自分で積んだCDのくせに、誰の演奏のものか分からなかった。意外と上手だった。続いて「中国の不思議な役人」が始まった。ホント、誰の演奏だろう、あれ。

「ずんだ豆まんじゅう」が準備室にある。誰かが仙台方面へ出かけたらしい。1つ食べてみた。とっても美味しかった。

今日は1時間目と6時間目しか授業がない。ラクだ。(終)
2002年02月14日 12時10分46秒

灯油を買いに行った
近所では一番安い「カイ○ズホーム」。18L=¥585(税込)

何気なく並んでいたが、目の前のオヤジの持っている灯油缶(ポリタンクだが)が、普通と違う。汚れたブルーなのだ。「業務用」っぽかったのだけれど、驚いたのはその後。
斜め前方にそれと同じタンクが10個以上積んである・・・。

唖然・・・・・・・・・・。

そのオヤジは、そのタンク全部を満タンにすべく、買いに来ていたのだ。
寒空の下、行列を作って安い灯油を買いに行っているのに・・・と、あきらめ半分・悔しさ半分のオレ。

やっと自分たちの順番が来た。
オヤジは意気揚々とそれらタンクを係りの人に手渡している。係りのおじちゃんもびっくりだが、これは仕事。仕方ない。
オレも赤いタンクを3つばかり係りのおじちゃんに手渡す。そして、先払いして置いた灯油券も渡す。

青タンクのオヤジは全部手渡した後、「すいませんねぇ」などと心にもないことを口走っていた。

がしかし・・・、

係「あの、灯油券もらいましたっけ?」
オヤジ「とっ、灯油券??」
係「先に買ってきてくださいねえ」
オヤジ「先に買うんかい。うんじゃあ、行ってくらあ。」

そう、オヤジは灯油券を先に買うことを知らなかったのだ。

よって・・・、
オヤジの後だったオレは、オヤジが券を買いに行っている間に給油してもらえ、帰ってくることができた。

フフフ、ありがとうよ、オヤジ!!(笑)
2002年02月11日 14時32分39秒

昨日は
カミさんが通院のため、家で子供の面倒を見ていた。とはいっても、午前中だけの短い時間だったが。

1人で子供の世話をするのは大変だ。おむつを替えるのが・・・とか、ミルクをあげるのが・・・とか言っているのではない。急変したとき、自分しか対応できる人間がいないからだ。子供の望んでいることが表情や動きで分かる段階まで来れば、いくぶんの安心もできよう。しかしながら、「泣いて」いる顔を見て、その声の感じで何が不快なのかを察しなくてはならないのは、結構大変だ。焦らずにゆっくり構えて対応すればいいのだが、そうは言っても気になる。みんな最初はそんなものなのだろうが、やはり疲れる。

別に何が起こるわけではないのに、子供が真っ赤な顔をしてリキんでいると、「本当にただリキんでいる」のか「苦しい」のか、気になってしまう。ミルクを飲み終わり、ゲップをさせてあげるときも、数回出たら終わりなのか、それともまだまだなのか、子供の顔を見ているだけでは判断しにくい。

「楽しいけど、緊張する」のが、子育てなのだろうか? イヤじゃないからいいけど、何かが起こったら大変だという気に常になっている。

今、我が子は4時間おきにミルクを飲んでいる。3時間を過ぎたころから、かすかに泣き声が始まり、何回も合間に睡眠を挟みながら4時間経ったころには激しい泣き声に変わる。深夜、子供の泣き声でオレが起きると、もうカミさんはミルクを作っていたり、おむつを替えていたりしている。より子供に近い位置に寝ているカミさんの方が先に泣き声に気づくのだろう。オレも一緒に起き、子供をあやす。それくらいしかできない。大変だといいながらも、カミさんがしっかりやってくれるので助かっている。

ありがとう!
2002年01月31日 09時59分31秒

子供が退院してきた!
「天使」とはよく言ったものだ。我が家にも天使がやってきた。
顔を真っ赤にしてグズったり、涙を流してミルクをせがんだりする。ちょっとわがままな天使である。3時間おきにミルクをせがむこの天使は、そのたびごとにおむつを替える。昨日は、うん○が出たので泣き叫んでいた。交換してやったが泣きやまない。むろん、ミルクが欲しいためだ。ミルクを飲ませると泣きやむが、いくぶん元気がなくなる。→次はゲップアワーなのだ。とても頼りない顔になり、お母さんの手の中に身体を預ける。背中をたたいたり、さすったりしてもらいながら、いつもの自分に戻るべくリキむ。ダラ〜ンとたれてみたり、ムギュ〜と力を入れてみたりと、なにやら忙しそうだ。自分もこんなことをしながら今のサイズ(爆)になったのかと思うと、不思議でたまらない。
いやいや、やはり我が子は可愛いものだ!

今朝は、自宅にカミさんと子供をおいてきた。当然だけど、気になる。でも、オレには授業がある。職場では大きな子供を育て、自宅では小さな子供を育てるのだ。それを仕事にしているのだ。やらねば!!
・・・そろそろ学校が動き出す時間だ。
2002年01月28日 08時18分17秒

成人式に思う
成人式って、成人した人のためにあるのか?
成人するということは、「大人になる」ということと同義ではないのか?

遊園地で式典を行うのはなぜか?
市長が成人と一緒にステージ上で歌うのはなぜか?
来賓の挨拶をカットするのはなぜか?
成人式実行委員会なるものを設置するのはなぜか?

だいたい、いつから成人式は成人主体になったのか。成人式とは、社会に「大人として認めてもらう式」ではないのか。それなのに、なぜ大人が新成人に迎合する必要があるのか。新成人こそ、社会に適合すべきなのではないか。何年も前から、「時代遅れ」だとか「新人類」だとかいう言葉で、大人が理解不能な若者達を区別してきた結果が、この恥ずべき状態なのではないか。

成人式にまで親を同席させるとは何事だ!
そこまで、社会の大人は「大人であること」を放棄したのか!

「大人びた子供」が昔より減った。
「子供じみた大人」が増えた。

今、社会に問いたい。

世の中に子供の論理をはびこらせるのは、大人社会の破滅を意味する。いつまで、奴らをのさばらせておけば気が済むのか。もっと「大人」であることを再確認すべきではないか。「大人」とは何であるかを、再考すべきだ。

疑問を持たず、素直に喜べる人はそれでもいい。しかし私は、成人と一緒に大騒ぎしながら歌を歌った市長の脳裏に「今年行われる市長選」のことがなかったことを祈りたい。
2002年01月15日 13時58分35秒

久しぶりにクラシック!
最近、忙しすぎて、音楽をゆっくり聴く暇がない。しかし、今日はテストの採点をしながら聴くことができた。「ながら仕事」はいけないのだけれど、たまには許してもらおう。

「モルダウ」を聴きたいという先生がいたので、我がライブラリーを探した。個人的にはアンチェル/チェコフィルが好きなのだけれど、万人向けではない気がして、とりあえず、カラヤン/ウィーンフィル(85年録音)を持っていった。カップリングはドボルザークの新世界。聴いたような、ロクに聴いていないようなCDなので、一応耳を通してからその先生に貸した。先生曰く「これいい曲だから自分で買うよ」とのことで、すぐに返却されてきた。それがずっと職場の机の脇に置きっぱなしになっていた。それを聴いてみた。

まずは「モルダウ」。
あまりにくどい。弦のツヤがいいとかで「名演」とされているはずだが、まったく好きになれない。あっさり行って欲しいところで変に味が付いている。これはカラヤンの指示だとは思えないのだが、どうだろう? ウィーンフィルの団員の技だと思うのだけれど、まったく感心しない。ルバートもわざとらしくて、それまでのカラヤンらしいスマートさが無い。テンポ設定も私の好みではなく、人に貸すような代物ではなかったと後悔した。
そして「新世界」。
これも同じ。まったくイヤらしいの一言につきる。これはカラヤンの音楽ではないはずだ。なんでこんな状態のままリリースしたのだろう? 若かりし頃のカラヤンなら、もっと厳しくチェックしていたのではないか。本当に味付けが良くない。変に濃い。止めて欲しい。あえて言うなら、弱奏部は聴ける。2楽章は確かに美しい。しかし、強奏部は管の音色に品が全くない。バランス悪すぎる。私は昔からウィーンフィルの管は嫌いなのだ。特に金管は上手だと思うことは極稀。木管は音程を正しく奏するのが難しそうな古い系の楽器を使うので、音色が良ければ音程はある程度我慢している。金管はどこが一流?と思う。多少厳しい感想だが、ウィーンフィルというブランドの一人歩きが当時の時点でずいぶん進んでいたのだと感じた。
弦はつややかでいいのになぁ・・・。そんな弦も昔に比べれば、ツヤが無くなってギシギシいうようになったという意見も聞く。あ〜あ、
ウィーンフィル!なのだ。

今日は家に帰ったら、耳直しにアンチェル/チェコフィルで両曲とも聴こう。たぶん、心地よく眠れるはずだ。
2001年12月13日 17時03分52秒

我が子は
確実に成長してきている。今まではすごく痩せて見えたのに、昨日は首周りも余計なお肉がついてきていて、いかにも「赤ちゃん」ぽくなってきた。素晴らしい! 体重も1156gとなり、相対的には小さいながらも、オレは安心している。大きくなってね!

一人暮らしもひと月となり、少々疲れが出てきた。昨日は早めに寝たのに、今朝は目を覚ましたら7時。すぐに着替えて出勤した・・・。
しかし、腹の具合が悪い。少々ストレート・・・。昨日あたりから喉がガラガラし始め、今は頭も重い。まさに「風邪」だ。やばい。テスト作らねばならない。がんばらなくちゃ。
2001年12月06日 10時26分29秒

子供の体重が
やっと1000gを超えた。祝!!!!である。新生児は、1日に30−60g増えることがある。すごいもんだ。今の自分がその勢いで増えたら・・・。考えるだけで恐ろしい!!(笑)

*****************

偏った世界にどっぷり浸かっている人には周りは見えないらしい。成長期に偏った思想で育てられると、大人になってもその思考回路から離れられないらしい。

こんなことを言っている私も充分偏った人間なのだが、それ以上に凝り固まった人がいるようだ。人間を育てる仕事をしている私は、その重大さを痛感する。ああなったら大変だ。

昔と同じように火をつければ火がぼっと燃え上がると思っている輩も多い。時代は確実に進んでいるのに・・・。

他人の人格を否定しようとする輩さえいる。それも「大の大人」なのに。

個性尊重の時代を逆手にとって、何でも自由奔放にやることを認められていると思っている輩もいる。

みんな「適度に!」という加減が分からないらしい。


最近、身の回りでこんなことを考えさせられることばかり起こっている。あまりいいことではない。そういう意味で、ちょっとツライ。

そういえば・・・、
カミさんが実家に帰っているので、すっかり一人暮らしである。炊事・洗濯をすべて自分でやっている。もちろん、それが当たり前なのだが、今までこれまでやったことがないことばかりだったので、新鮮だ。思ったよりできる自分に気づくこともある(笑)。もうしばらくカミさんは実家だ。一人で寂しいけど、その間、家を守らなくてはならない。しっかりやろうっと。

追記:閉店間際のスーパーの総菜コーナーには大変お世話になっている。あれじゃ、定価で買う気になれない。どうせ夜8時頃食事なのだから、寸前に買いに行くことにしている。もうしばらく、スーパーの店員と仲良くなろうと思っている。(終)
2001年11月30日 13時18分33秒

子を持って思うこと
生まれてから今日で14日目。我が子はやっと952gになり、先生にも「あと少しで1000gですねぇ」と言われている。普通よりずっといい成長をみせているらしい。とてもいい伸びだ。順調な証拠。ありがたい!

さて、今日のタイトルは「子を持って思うこと」。
まず、「親になればわかるさ」と言われ続けてきた事柄が、親になった途端、感じられるようになってきた。子供の大切さや可愛いさ、期待感等々・・・。子供がカミさんのお腹の中にいるときは実感できなかった「親になる」という感覚が、分娩室から保育器に入れられて出てきた瞬間に感じられた。「親」になったのだ。そしてその途端に、我が両親は尊い存在になった。また、カミさんの両親も敬うべき存在になった。保育器の中の赤ちゃんを覗き込んでいた両家の親達は、その瞬間から自分と同じ位置にたつ人になった。いや、自分が親と同じ視点をもてるようになった、というのが正しいか。思い上がりに聞こえるかもしれないけど、あの瞬間は自分を成長させた。子供だった自分が、決して追いつくことはできないしその存在感にはかなわないが、親と同じ位置に立たせてもらえたのだ。これはすごいことだ。

世の中には子供ができなくて悩んでいらっしゃる方々がいる。その一方で、遊び半分で子供が「できちゃった」という若者がいる。どんな心境であれ、「子づくり」というプロセスは同じである。少なくとも、子供は「望んでできるもの」であって欲しい。望まないのに避妊しなかったばっかりに、「できちゃった」というのは、子供があまりにかわいそうである。そういう点で、神様は非情である。望んでいてもできず、望んでいなくてもできちゃうのだから。

自分が普段接している生徒達は、一番異性を意識し、性に目覚める年頃である。もう熟しすぎているヤツもいるかもしれない。彼らが誤って「望まない子供」をもうけてしまう可能性は否定できない。だから、私は彼らに言っている。「責任が取れない行動はとってはならない」と。ひどい話、「堕胎すればいい」と思っているバカもいるはずだ。でもそれは自分のとった行動に責任をとっていない。子供はできちゃったのではない。「作った」のだ。生まれてくる子供を不幸にしないために、親になる覚悟が必要だ。いや、「覚悟」を後から意識するいうのもひどい話だ。自分の行動に責任を持てないことは、してはならないのだ。最低限、守るべき事は守らねばならない。それは男でも女でも同じことだ。身体を傷つけることになる女だけが庇われることではないのだ。

子を持って思うこと。元気でいて欲しい。大きくなって欲しい。幸せになって欲しい・・・。
どれもすべて真実。虚飾なし。親しかわからない心境ってあるんだな・・・と、子を持って初めてわかった。
2001年11月27日 14時18分42秒

毎日、この時間帯に更新していると
「おまえは暇なのか?」とお叱りを受けそうだが、今週は修学旅行中のため学校は半日。お許しいただきたい。

さて、昨日の続き。
昨日(15日)も早めにお休みをいただいて帰宅。しなければならないことがたくさんある。
まずは保健所に行く。未熟児養育医療給付のための手続き用紙をもらいに行く。そして市役所にて出生届をもらう。まだ名前は決まっていないので、出せない。諸々の家の用事も併せてすませ、病院に向かう。

まずは、カミさんから面会。さすがに痛み止めも切れて、子宮の収縮がそうとう痛いらしい。「痛いッ!」と言いながらお腹を押さえる場面が目立つ。何もしてやれないのが歯がゆい。しかし、病気ではないし正しい反応なのだから、怖がる必要はない。そっとしておく。痛みが落ち着いたところで赤ちゃんの名前の件やら、これからの段取りやら話し合う。狭い病室ICU(個室)の中で、気兼ねなく話し合える。お茶も飲めるし、ご飯も量は少ないものの普通に出る。オレが盲腸をやったときは「おかゆ」スタートだったから、うらやましい限り。
カミさんのところを離れ、一階上の赤ちゃんのICUに向かう。昨日と同じ位置に、昨日と同じように保育器の中で寝ていた。話しかけながら見ていると、看護婦さんが寄ってきて「触ってあげてください!」と言う。自分の子とはいえ、緊張する。手をきれいに洗い直し、そっと触る。昨日よりちょっとほっそりしている。看護婦さん曰く、「むくみが取れるので、赤ちゃんはいったん痩せるんですよ」。850gくらいだという。ちょっとビックリしたが、「そういうものだから安心していいんですよ」と言われれば、安心する。足をつついたり、手をいじったりしてじゃれた。
看護婦さんが「仰向けにしますね」といい、向きを変えた。気持ちよさそうに寝ていた赤ちゃんが起きた。「ミャーミャー」泣いた。まだ身体は自由自在の柔らかさだ。頭はこっちを向いているのに、身体は全然違う方向を向いていてもまったく問題ないらしい。おもしろい。がしかし、仰向けは呼吸しにくいらしく、赤ちゃんは手足をノビノビさせながら泣き、訴える。また腹這いに戻す。首と頭の下にタオルを入れる。段差をつけてあげると赤ちゃんは胸をふくらまし息を吸えるようで、またまた気持ちよさそうに寝た。それにしてもよく寝る。しかし、しばらくすると、またまたミャーミャー泣いている。オレが手を触ってなでてあげたら、泣きやんだ。「おっと、パパってわかったか!」なんて、またまた親バカぶりを発揮しながら見ていた。写真をまた撮って、赤ちゃんと別れた。

生後24時間のヤマは無事越えたらしい。次は72時間だという。一生懸命に生きて欲しい。大きくなってパパとママの前で笑って欲しい。きっとこの子はいい子になるぞ!!(←親バカ)

そうそう、カミさんは車イスを使って、この日赤ちゃんと対面したらしい。2回ほど、がんばって見に行ったようなことを言っていた。がんばりすぎて熱が出た。少しはおとなしくしてもらわないとな。ハハハ。
2001年11月16日 13時51分01秒

Takejan、パパになる
昨日の昼、赤ちゃんが生まれた。30週目前の出産だったから、予定より2ヶ月以上早い。

朝9時半、実家に帰っていたオレのところにお医者さんから電話。状態がよろしくないので10時半から手術に入るという。あまりに急な展開に何も用意していなかったオレは大慌て。両親とともに医者に向かう。

お腹の中での成長が芳しくなく、そのまま入れておくよりも、切開にて出して保育器に入れた方が良いとのお医者さんの判断。オレはただただお腹の中で大きくなって欲しいと祈るばかりだったが、この期に及んで素人の出る幕ではない。お医者さんに最善の方法をとってもらうことにした。

しかし、カミさんが分娩室に入る10時半までには医者に到着できず、自分が着いたときにはもうカミさんは分娩室の中。入る前に一言声をかけてあげたかったと思った。

・・・・・

赤ちゃんが分娩室から保育器に入れられて出てきた。赤ちゃんを運ぶお医者さん・看護婦さんが「元気な赤ちゃんですよぉ〜」と言いながら見せてくれた。まずは、五体満足であることを感謝。我慢しきれず、涙が出てきた。今でも考えるだけで涙が出てくる。へその緒は、クリップのようなもので止められていた。我が夫婦の両親4人もこのとき対面。この後、赤ちゃんは新生児科のICUに運ばれていった。

しばらくして、担当医が分娩室から出てきた。執刀したのは若い先生だったらしい。詳しく話してくれた。後から、術前に話をしてくださった先生が付け加えで説明してくれた。とにかく、的確な判断をしてくれたお医者さんに感謝だ。

30分くらいたって、カミさんがベッドに寝かされた状態で運ばれてきた。局部麻酔だったらしく、赤ちゃんの生まれたときの泣き声を聞いたという。オレは聞けなかったので、うらやましい。姿もはっきりと見たらしい。がんばったカミさんに感謝。またまた涙の応酬。オレってこんなに泣き虫だったか??

赤ちゃんもカミさんもそれぞれ適切な処置を受けるためICUへ入ってしまった。しばし休憩。

・・・・・

その後、まずは術後のカミさんに会えた。麻酔がまだ残っていたので、声がおかしい。一通り、感謝の意を伝え、労をねぎらった。

しばらくして、オレだけ赤ちゃんのICUに連れて行かれた。ここで、2度目の対面を果たす。赤ちゃんは立派な保育器の中。担当医から今後の詳しい説明を受けた後、「赤ちゃんに触ってもいい」という。おっかなびっくり、真っ赤な赤ちゃんに触れた。プヨプヨしている。でもあたたかい。まさに肌だ。「パパだよ〜」と小さな声で話しかけながら、つっつく。話しかけたとき、ちょっとだけ目を開けるそぶりをした。・・・わかるのかもしれない。腹這いになっていたので左手が手前にある。手のひらを軽く突っついてみると、赤ちゃんがキュッと握りかえした。あとに「反射なのだ」と聞いたが、うれしかった。自分の子供なのだ。ぬいぐるみじゃない。反応が返ってくる。とにかくうれしかった。
担当看護婦さんから、今後の手続きの仕方を教えてもらう。いろいろしなくてはならないことがあるらしい。カミさんは大役を果たした。社会的なことはオレがやらねばならない。しっかりしないと。
説明が終わり、写真を撮ってもいいというので用意していったデジカメで何ショットも撮影した。さっそく親バカぶり発揮である。とにかくかわいいものだ。

なんだかんだ手続きをしたら、夕方になっていた。カミさんも赤ちゃんに会いに行くべく、歩かされたが、さすがに術後3時間半じゃ無理だ。車いすでの移動にも耐えられず、ベッドに戻った。カミさんは相当疲れていた。一通りの会話をこなした後、「眠い」と言って目を閉じた。オレも朝から慌ただしかったので、早めに帰ることにした。4時半過ぎ、オレは病院をあとにした。

とうとうオレもパパになったのだ!
男の子のね!

ただ、赤ちゃんは906gの未熟児だ。今後、どんな試練が待ち受けているかわからない。オレもカミさんももう何もできない。赤ちゃん自身と、お医者さんの力に任せるしかほかはない。祈るような気持ちだ。贅沢は言わない。元気に育ってくれればいい。


・・・その後、カミさんは保育器の中の赤ちゃんと対面を果たしたのだろうか? 今日の夕方、会いに行くとき、聞いてみようと思う。
2001年11月15日 13時25分25秒

先日、「立冬を過ぎた」と生徒から聞いた。そういえば、季節感の無い生活をしているなぁと、自分を反省した。
今、準備室ではストーブがついている。今日は、予想以上に冷え込んでいて、ストーブがよく似合う。
このあと、掃除の生徒たちがくる。たぶん、ストーブがついていることに喜び、いつもは嫌がる準備室掃除を喜んですることだろうと思う。そうなると難しいのが、目の前にあるトイレの掃除だ。ストーブなんてあるわけもないし、水を使う。冬はトイレ掃除は人気がない。夏は、人気があったのに・・・。
2001年11月09日 14時55分59秒

ブロードバンド
やっとつながりました、YBB!
11/4夜にモデムが届き、さっそく接続。(非常に簡単)
そして、開通!となったわけです。

このシステムの利点は、第1に「ネット中でも電話はかけられる(かかってくる)」ということ。そして、第2に「通信速度が快速だ」ということ。第3に「電話代はかからない」こと。ISDNにしなくてもこれらが実現されるのだから、こんなにいいことはない。また、最高8Mだという速度はあくまで最高値であって、普段はずっと遅い。しかし、我が家では夜8時くらいの段階で、1.6Mを記録。今までのノロノロに比べれば、雲泥の差。非常に快適のうちにネットサーフをしているのであります。それにくわえ、電話代を気にしないで使えるので、ホントに自由自在。いくらやっても3000円程度。これは私にとっては夢のような状態なのであります。

・・・こんなことを言っている私も、ちょっと前までは誰に言われても「通信」には手を出さなかった男。ハマルというのは恐ろしいことです(爆)
2001年11月06日 12時57分11秒

大河ドラマ
「独眼竜正宗」のテーマは、数多い大河ドラマのテーマ曲の中でも、傑作の部類に入る。たぶん、そう思っている人も多いだろう。
あのテーマは、近年吹奏楽コンクール課題曲作曲でも、N響アワーのダジャレおじさんとしても有名な、池辺晋一郎氏の作曲による。ちなみに、あのドラマのオープニングに流れていた演奏は、岩城宏之指揮のN響である。なぜそんなことまで今さら分かるのかというと、今日手に入れたのだ。「NHK大河ドラマ主題曲集」CDを!!
昭和38年放送「花の生涯」から平成8年「秀吉」までが収録されている。その途中、昭和62年「独眼竜正宗」、昭和63年「武田信玄」となるわけである。
実は、ほかに探し続けていた曲がこのディスク購入によって手に入った。それは「赤穂浪士」のテーマ(芥川也寸志作曲)である。よくTVで耳にし、ずっと欲しかったのだが、やっと入手できた。
今、それを最初から順番に聴いている。
やはり「独眼竜正宗」は傑作だ。短時間に凝縮された音楽が聴ける。
みなさんも聴いてみる??
2001年10月12日 17時20分56秒

ものには限度が・・・
あるじゃない?
茶髪は悪いとは思わないし、ピアスも付けていいと思う。このオレだって、どっちもしてみたいと思った時期がある。ただ、どっちも限度があるじゃない?
昨日何であんな事を書いたのかというと、準備室にこの春卒業したばっかりの奴ら(オレには無関係)がK先生を訪ねて来てたんだけど、正直言ってまず見た目からして汚らしい。全く似合っていない金髪、多すぎるピアス、本当の「無精」ヒゲ・・・。
「仮装行列」じゃあるまいし、そんな格好して堂々と先生なんか訪ねてくるなよ!ってな感じだった。それにそいつら、自分たちから勝手に「無礼講」で、言葉遣いはなってないし、ソファーに偉そうに座ってるしで、ムカついて仕方なかったんだよ。何でこんな奴らが後輩なんだろうって。オレを訪ねてきた訳じゃないし、K先生がニコニコ応対してるのにオレが怒鳴り散らすわけにはいかないしで、憤りの行き場がなかったんだよね。
一番ひどかったのは、「もう卒業しちゃったし、関係ないもんね」という言葉を口走ったこと。生徒の時はこちらも生徒として扱うからある程度のわがままも目をつぶれるけど、卒業して社会人になったらもっと大人として付き合わなきゃいけないじゃない? なのにこれだもの。あきれるにもほどがあったね。 
社会常識って誰に言われるでもなく自分から身につけるものだし、そんなことすら出来ないヤツって大人じゃないよ。そんなヤツが我々の範疇から卒業していったのだから、わかるよね、このやるせなさ・・・。
人間の出来の悪さにがっかりしたよ。
2001年10月06日 15時28分43秒

OBになると・・・
茶髪にするヤツがとても多い。それも「茶」より「金」という感じだ。
それに、ヒゲをだらしなく生やし、節操のないほどピアスを付けている。

高校現役時「抑え込まれている」ことへの反動だという人がいる。全部がそうか??

何がかっこいいのか? 何がすてきなのか??

端から見ている限り、質の低下としか思えない。その内部に自分が関わっていることが嫌になる時がある。

どうすればいいのか・・・。ふう〜。
2001年10月05日 15時42分17秒

たまには・・・
ガラにもなく、絵を見るのが好きだ。昨日は、夫婦揃って上野の東京都美術館に行き、第63回一水会展を見に行った。
知り合いの先生が数年前から出展しているので、それを見るのがちょっとした楽しみなのだが、今回も期待して出かけた。

入場料800円は高いか安いか!?などと思いながら、入る。「委員」と書かれたたくさんの絵が並んでいる。ふと名前を見てびっくり。自分の小学校の時の担任の先生のダンナさんの名前が! 絵が上手だとは聞いていたけど、こんなところの「委員」をなさっているとは知らなかった。
1階すべて見終わって、夫婦で談笑。私は黒い下地にポツポツと色を使って描かれた「アンダルシア」という絵に惹かれ、カミさんはタイトルは忘れたが南仏風の街角が、光あふれるタッチで描かれていたものに惹かれていた。ちなみに、私の中で次点は「マッターホルン」を描いたものだった。空と山のコントラストがとても気に入った。
2階に行き、お目当ての先生の絵を探す。その絵は一番奥の部屋11室にあったが、ちょうど一番手前の部屋から通路を通して見渡せる位置にかけられていたので、遠くからでも「あ、あれだな」とわかった。しかし・・・。
描いている対象は今まで同じだったけど、構図に変化があった。左右に南瓜が5つずつ点々と描かれ、壺が左側にだけ1つプラスされていた。「空間を描く」と前におっしゃっていたけれど、今回はその「空間」が印象的ではなかった。こんなことを絵も描けない素人が言うのは失礼千万なのだろうけど、今までと違っていたのが気になった。また、今までより南瓜の写実性が減っていた。より絵画的になっていた。
先生の心の中に今どんな変化があるのだろう?と、ちょっと気になった。そこに先生の意図があってのことならいいのだけれど、職場を同じくしていない今、それを推し量るのはとうてい無理だ。何もなければ、いいのだけれど。
・・・そんなこんなで3階まで全部見終えた。カミさんは先ほどの「光あふれる絵」が一番好きだといっていた。私は「アンダルシア」も捨てがたいが、「湿原」という絵の『動と静の対比』に惹かれるものがあった。

なかなか充実した休日だった。
2001年09月25日 13時48分08秒

望郷
窓を開けて運転する
心地よい風
連なるトラックとすれ違う
懐かしいにおい


まっすぐに伸びた道
お店がいっぱい
山に沿ってクネクネ曲がる道
たんぼ
ゆったりと曲がる道

錦鯉
カブト虫

トンネルをぬけると大きなダム

開きっぱなしの踏切
古そうなお寺

モーゥ

干し草
牛のにおい

着いた

腰の曲がったおばあちゃんがいた
2001年09月19日 09時17分44秒

疑問を解消しよう!
耳にはするけど、意味のわからない言葉。

トピックス【TOPIX】〔Tokyo Stock Price Index〕
東証株価指数のうち,一部上場全銘柄を対象とした総合指数のこと。1968 年(昭和 43)1 月 4 日を基準日とし,その時価総額を 100 として算出したもの。

「東京ドーム何個分」って、一個どれくらいの大きさかわからないと、結局何も分からない!

東京ドームは、建築面積46,755平方メートル。
すなわち、0.046755平方キロメートル。
たとえば、日本の国土面積(北方領土を含む)は、37.8万平方キロメートルなので、東京ドーム・・・約80,846,968個分!!
2001年09月18日 13時40分38秒

昨日、スズメが
準備室に飛び込んできた。窓が2カ所だけ開いていたのだが、そこから文字通り「飛び込んで」きた。最初はさして気にもとめていなかったのだが、しばらくしてから気づいた。

「このままにしておくと、部屋中が鳥糞まみれになってしまうのでは・・・!?」

部活の連絡網を作っていた部員とともに、ほうきでスズメを窓に追いやろうとした。しかし、そうは言うことを聞いてくれるものではない。我々はスズメのためにも逃がしてやりたいのに、スズメはそんなことにはお構いなし。というか、まるで命が狙われているかのよう。
結局、努力むなしく、スズメは準備室のどこかに逃げ込んだまま、息を潜めてしまった。仕方ないので、そのままにして、鍵を閉めて帰った。「明日はどんな惨状になっているだろう?」と思いつつ。

今日、そんなことはすっかり忘れて準備室の鍵を開けた。PCのスイッチを入れ、一呼吸おいたとき、スズメはどこからともなく飛び出した。

「そうだ、結局逃がせなかったんだ・・・」

窓を3カ所開けて、様子をうかがっていた。相変わらず室内を飛び回り、ガラスにぶつかっては痛そうにしている・・・。すると、次の瞬間、スズメは準備室の奥から、開いた窓を通り抜け外へと飛び立っていった。

おしまい。
2001年08月29日 10時11分30秒

いらない存在
人間は他者との関わりの中で生きている。
この地球上に自分一人しかいなかったら、こんなに寂しいことはない。
一緒に泣き笑いしてくれる仲間がいるから、生きていけるのだ。
もし、その仲間がいなかったらどうだろう?
きっと、寂しすぎるに違いない。


自分の存在意義ってなんだろう?
「他人様から必要とされる人間」は幸せだ。
そこに自己の存在意義があるからだ。
しかし、必要でなくなったら・・・。
いつまでもそこにとどまる必要はない。
新天地を探すべきなのだ。


・・・うまくいってないんだよ、仕事が。
2001年08月28日 12時51分41秒

夏が終わって
去年もこんなことを書いていた気がする。

コンクールが終わった。そう、「夏が終わった」のである。練習を重ねている最中は、私にとって喜びもあったが苦しみの方が多かった。重箱の隅をつつくような練習は本来嫌いなのだ。そういう意味で、終わって良かった。けれど、終わって欲しくはなかった・・・。

毎日があれほど忙しかったのに、急に暇になった。読書ができる!と思い、早速本を買いに行った。

みなさんは「白い犬とワルツを」(テリー・ケイ作 新潮文庫)をご存じだろうか? 妻に先立たれた男サムの余生を淡々と描いた作品なのだが、これがなかなかジ〜ンとくる。今日の午後だけで、読み終わってしまった。文庫の世界では驚きの部数が売れている話題の本なので、みんなもう読んだかもしれない。読んでいない人には、私からもオススメしたい。

ついでに、VOW13が発売になっているので、買って見るように!!(笑)
2001年08月09日 17時42分40秒

コンクール直前にして
演奏の仕上がりが良くないのは、いつものこと。今年はそれ以上に、部員たちの体調管理ができていないのが気になる。調子悪い状態をずっと引きずっている。8日が本番だから、今は相当体調管理をしっかりしなくてはならないのだが、何だかんだと「調子が悪い」ことを訴えてくる輩が多い。
そういう自分も、夏休みに入ってから全く休みがないので、体調がおかしくなる寸前である。ストレスもたまってきている。だから、コンクールは好きじゃないんだな。
一昨年までは、下手なりに努力すればきちんと入賞できたから楽しかったし、夏休み中も「日曜日は休もう」と決めてやっていたので、たまに熱を出すやつがいたけど、ほぼ大丈夫だった。去年から転勤して現在の学校にいるわけだけど、休みを全く取らないので、疲れはたまる一方。実際、去年は午後だけ!と決めて練習したが結果が思わしくなく、部員の申し出により、今年は連日一日練習が続いている。いくら吹奏楽好きでも、これじゃ疲れるよ・・・。
どんな結果にしろ、そのうち今の2年生が主導権を握るようになる。そうしたら、きちんと休みを取る方向へ持っていきたい。その方が、負担が少ないと思う。

いやはや、疲れましたよ、3日前にして。
2001年08月05日 09時55分59秒

楽譜の輸入
昨日、あんな事を書いていて何だが、最近のお気に入りは、アメリカからの楽譜の輸入である。もちろん、私用だから大量購入ではない。商売にするつもりもない。しかし、日本では手に入らなそうなスコアを売っているので、ついつい手が出てしまう。

例えば、去年の自由曲だった「ウォルトン作曲 メジャーバーバラ」。もちろん、オーケストラスコア。この曲は日本の一流音楽商社「ビュッフェクランポン」に頼んでも入手できなかった(クランポン自身の分でさえ入手できていないと言っていた)のに、アメリカに頼んだら一発だった。また、次に狙っていたのが、「ショスタコーヴィチ作曲 喜歌劇『モスクワのチェリョムーシカ』」。こんなものはまず日本では売っていないので、調べたら案の定売っている。今朝ほど大きな箱(ゆうパック)が届いたので開けてみると、分厚い「ショスタコーヴィチ全集」のなかの一冊が丸ごと入っていた。なんと厚さが4cmもあった。にもかかわらず、値段は30ドル。こんなの日本で買ったら、いくらするかわからない。こんな感じで、2回ほどまとめて購入した。

吹奏楽曲のスコアの入手って、フルセットを買わないとできなかったのだが(最近は日本の楽譜屋さんでも対応するようになってきた)、それこそアメリカなら直に一曲8ドルとかで入手できる。これまた入手しにくい曲のスコアを手に入れて、見ては楽しんでいる。

今日もまた、CDを聴きながら、新曲の発掘をしているのであった。
2001年07月24日 11時36分08秒

暑中お見舞い申し上げます
相変わらず暑い日です。みなさん、いかがお過ごしですか?

今私は、学校のPCの前に座ってこの日記を打っています。窓の下からは、我が部員たちがお昼ごはんを買いに近所のコンビニに行った帰りの、楽しそうな話し声が聞こえてきます。

【夏の高校野球】
あまりに残念な負け方でした。勝負というのはどういう結果が出るか、終わるまでは分からないものですね。事前予測で、あと2戦はあるだろうと思っていたのに、まさか、土曜日の3回戦で敗退することになろうとは、誰も予測しなかったのではないでしょうか・・・。そのおかげで、我が部の練習予定もいくらか余裕ができ、野球部の分まで頑張っているところです。

【夏のコンクール】
前述のような理由から、我々は例年以上に練習に励むことができるようになりました。課題曲は4「SLが行く」、自由曲はバルトーク作曲「舞踏組曲」です。
私もこの行事に18年間参加しています。中学3年間、高校3年間、大学3年間(3年次のみ、不参加)、社会人9年目。そのうち、指揮者として出場しているのは高3の時からなので、12年目ということになります・・・。正直申し上げて、いい加減、飽きてきたというのが本音です。顧問がそんなことではいけないとは思うのですが、昨年来、コンクールのあり方には疑問を感じ始めています。まあ、単純に結果が出せないからの「逃げ」だとは自分でも感じるところはあるのですが、他の方々がどのような心境で参加しているのか、気になるところです。

実は、今日、学校に吹奏楽連盟の加盟団体一覧が送られてきました。大勢の顧問の名前が記されていました。よく聞く名前がたくさん掲載されています。「みなさん、どんな気持ちでコンクールに臨んでいるのだろう?」と、ふと感じました。

そろそろ別の自分探しをすべきなのでしょうか?
2001年07月23日 12時58分01秒

udaruyouna
 どうも頭がくらくらするんだよな・・・と思っていた。がしかし、そんな環境で仕事をするのが現状だから、しかたなくクラスでテスト返しをしていた。
 お昼をK保先生と外に食べに行って戻ってくる頃には、とんでもない気温になっていた。あまり面白くない「職員会議」があった。議題がそれほどでもなかったので、時間を有効に「採点」のために少々使わせてもらった。ちなみに、会議室はクーラーがあるので、快適に仕事をすることが出来た。
 会議が終わって、職員室で涼んでいた。しかし、私の仕事場の本部は準備室にある。道具を取りに準備室へ行った。・・・そこには「うだるような暑さ」の空間があった。ホワイトボードの前に立てかけてある小さな温度計を覗くと、そこには恐ろしい現実が待っていた。

37℃!!!!!!!!!!!!!
2001年07月12日 19時17分30秒

何やら・・・
 学指揮が来て、「みんなにヤル気が感じられないんです・・・」だと言う。どういうことか、よく話を聞いてみたが、「自主的に音楽の中身について考えていない演奏をしている」ということらしい。それは、非常に難しい事柄なので、そうそうできるものではないな、と思いながら聞いていた。
 あまりに悲痛に訴えるので、今日は予定していなかった「金管分奏」をこのあとすることにした。どういう状態なのか、気になるところだ。あまりにボロボロだったら、きつくお灸をすえておこうと思う。そうでもなかったら、どうしようかな? やっぱり、怒っておこうかな・・・?

 といいつつ、今日はテスト返し初日。オレのテストは昨日実施だったので、さすがに今日返せとは言われない。しかし、明日3クラス返さなくてはならないので、現在大急ぎで採点中。あまりに単調な作業に疲れたので、今こうやって日記を書いているところ。今回は210点満点!だったので、問題量が半端じゃなく、彼らも相当苦労していた様子が解答用紙からうかがえる。それを最後に100点換算する(2.1で割る)ので、びっくりするほどの低い点数となるであろう。
 今回は、赤点が出そうなら、遠慮しないでバンバン付けるつもりでいる。夏休みの課題をたんまり出して、否が応でも勉強させないといけない。そうしないと、結果的に彼らが苦しむことになるし、オレの授業もやりにくくなる。

ハハハハハ、鬼のような仏のようなワタクシなのである・・・。
2001年07月11日 15時18分08秒

明日がテスト
先週末、慌てて作った期末テストだったが、実施は明日。今日は午前中はテスト監督があったので仕事をしている〜!という感じだったが、午後は銀行に行くくらいしか仕事が無く、だらけた時間を過ごしている。現在、パソコンに向かってそろそろ2時間が経ちそうな勢い。

一年間にいくら貯金できるものだろうか? よく雑誌に「一年間に100万円貯める方法」とか書いてあるが、あれは実現可能なものか? どうすれば貯まるのか? 逆に、どういう生活だと貯まらないのか? 誰だって浪費すれば貯まらないのはわかっている。しかし、節約しているのに貯まらないという家庭も多いはず。その違いはいったい何なのか?? 他人から見たらそういうのを「浪費」っていうんだよ!と注意されてしまうほど浪費認識が甘いのか、昔の浪費が今たたっているのか?
・・・私は問題なくやってますけど(笑)

昨日「ジュネス」(わかる人にはわかるだろう)を聴きに行った。実はステージ上にちょっとした知り合い(Trp吹き)が乗っていたからだったのだが、これがまたいい演奏をした。指揮者も「こんな振り方をする人だったのか!」と今までの私の認識を塗り替えてくれる勢いだったし、アマチュアならではの凄演だったから、楽しめた。
招待してくれてありがとう、アキラ君!
2001年07月09日 16時12分48秒

合宿!
部員たちの発案で、合宿をすることにした。
・・・というと普通のことに聞こえるが、これは大きな変化である。

というのは、今までうちの学校で合宿といえば「校内」が当たり前。これを「校外」で行うことになったのだ。

場所は「新潟」。今月の下旬から少しの間だけ行って来ることにした。

これが吉と出るか、凶と出るか!? 面白くなってきた。
2001年07月03日 09時53分38秒

ブロードバンド?
我が職場の同僚に勧められた。
「ヤフーのブロードバンド、いいよね?」

訳がわからなかったが、話を聞いた。
常時接続で、月3000円弱なのだという。おまけに、電話料金は「込み」だというのだ。現在の自分の環境と比べてみると、

現在:プロバイダ料金2000円/月
   電話料金   3000円/月(PC分のみ。こんなもんかな?)
    よって、合計5000円くらい。

これが、常時接続料金 3000円弱/月 だけになるというのだ。NTTに払っていた電話料金がいらなくなるというわけ。これが真実なら、これに乗り換えるしかないと言うのが現在の心境! 初期費用が3600円かかるらしいのだが、そんなのはすぐに元が取れるから問題なし。かつ、接続スピードは現在の56K(?)が最高8M(?)になるという。

とりあえずは、予約してみた。本契約ではないので、いつでも取り消せるとのこと。気楽に考えたい。ただ、これを実行すると、現在のメルアド(plalaアドレス)は使えなくなる。がしかし、あまりに美味しい話なので、熟考のうえ、結論を早めに出したい。

・・・すっかりネットにはまっている、私であった。
2001年07月02日 11時33分38秒

水まき
数日前から暑くて寝られやしない。窓を開けて寝たら不用心だし、締めきったら尋常じゃないし。しかたなく、文明の利器「クーラー」のお世話になっている。

しかしながら、我が職場にはクーラーはない。いや、職員室にはあるのだが、それ以外にはないので、準備室に控えている人々は、みんな暑い思いをしている。ましてや、生徒は教室で、まわり全部「男」という、むさ暑苦しい環境にいる。

自分が小学校の頃、夕方になると、庭に水まきをした。隣のおじさんは道路にまいていた。気化熱で一瞬涼しい風が通り、気持ちが良かった覚えがある。あれは「水打ち」と言うのだっけ? コンクリート相手に水をまいても、モワッという生暖かい「風」というか「臭い」が出るだけで、風流でも何でもなかったが、それでもいくぶん涼しくなった気がしたものだった。
しかし、そんな様子を最近は町中で見かけない。あの風習はいったいどこに行ったのか?

こうも暑いと、こんな考えがよぎる。NHKのニュースかなんかで、日本全国一斉に「水まき」をしたら、どうなるだろう? 正午と午後6時くらいに一斉に。お風呂の残り湯でもよし、雨水を溜めておいたものでもよし・・・。涼しくなるのだろうか? 日本列島が一斉に気化熱で涼しくなったら、大成功なのだけれど。

誰か、実現してくれないだろうか? どうなるかは、やってみないとわからない。しかし、きっと今よりは夜が涼しくなると思う。

そうすれば、夜中までクーラーで冷やし続ける必要が無くなり、その排気熱で夜も気温の下がらないままだった日本が、少しは涼しくなるのでは!?

・・・理系の頭のいい人は、きっとこの思いつきのおかしいところを指摘するだろう。ただ、こういう発想って、必要だと思わない??
2001年06月28日 12時26分25秒

何やら
モメ気味らしいじゃない? 何で?
一緒に音楽をやろうと集まった仲間で、仲間割れするなんて良くない。どんな理想があるにしても、目標がどんなに高くても、他人にどうやって声をかけるか、考えた方がいいのでは? 音楽は「心が奏でる」と思わない? その心が濁っていたら、いい音楽はできないでしょう? だったら、相手を不愉快にさせちゃいけない。あくまで楽しくなくてはならない。
 昔は、自分も「コンクールに出たい」と思っていたけど、今はそんな欲はないし、「求めちゃいけないんだ」と思ってる。それでいいんだし、そうでなくても上手な演奏はできると感じた。

 未だ、昔の上下関係を引きずっている人も、そろそろ考え直した方がいいのでは? 後輩はあなたを見下してはいないし、かといって、自らを卑下してもいません。いつまでも「先輩」であることを自分から態度で示さなくてもいいのでは? そんなことを口にしなくても(態度で示さなくても)、あなたが「先輩」であることを後輩たちは意識してますから。それが露骨になると、かえって反発を買うだけです。

ただ、自分の存在を「不必要なのでは?」と感じてしまったら、なかなか自分を立て直すことはできません。「口」だけではなく「実(じつ)」をもって、周囲に「必要だ!」と思われる存在になれるよう、努力しなくてはならないですね。

自戒の念を込めて・・・。
2001年06月25日 11時56分27秒

週末を
家で過ごすことができたのは、どれくらいぶりだったか? とにかく、一日中自宅近辺にいられるというのは、疲れがとれていいものだ。

昨日は、午前中に髪を切りに行って、お昼前後はショッピング。久しぶりにCDを見に行った。買いたかったのだが、ろくな物が並んでいなかったので、買えなかった。輸入盤を地元で買える店が欲しい。石丸には期待していたのだが・・・。まあ一点褒めるならば、ナクソスCDが安価で買えることだろう。

バルトークの舞踏組曲をコンクールでやることにした。いろいろな演奏をひっかき集めてきて「聴く」というのは私の得意技で、今回も集めている。しかし、曲自体が「超メジャー」というわけでもないので、そのディスク探しには苦労している。現在、11種類の演奏を聴いている。ネットで検索にかけてみると、他にもあるらしく、是非とも聴いてみたいと思っている。

それにしても選んだはいいが、変拍子がすごいので、振るほうはひと苦労である。変拍子好きなので文句は言えないのだが、さすがにバルトークの変拍子は甘くなく、毎日格闘である。

話は変わって、先週までの2週間、教育実習生が私のところにも来ていた。今までは受け持ったことがなかったので、どんなものか?と思っていたのだが、やってみると「人の振り見て我が振り直せ」という意味で貴重な経験だった。実習生を通して、教員がどうすれば生徒たちが授業を受ける気になるか、ヤル気になるか、ということを痛感させられた。私の担当した実習生は一生懸命で熱弁だったが、いくぶん空回りしているきらいがあった。他の実習生を見ると、生徒の扱いが巧い人や板書の字がきれいな人もいて、9年目にして少し勉強になった気がする。
 そんなわけで、今日からは自分が教壇に復帰した。やっぱりこの仕事は生徒に直接関わっていないと面白くないなぁと思った。そう、今日の2時間目の授業は、久しぶりに楽しく充実した時間であった。さて、4時間目と6時間目も充実させようっと!
2001年06月18日 11時02分35秒

定演、終わる
終わった。定期演奏会が終わった。とにかく終わった。

 去年の今頃、当時の2年生に「来年は合同演奏やるからな!」と言った。夏に世代交代があって、彼らの中で「OBに定演を乗っ取られるのはイヤだ!」という意見が大勢を占め、調整に苦労した。しかし、最終的に理解してくれ、先日のようなステージができることになった。いろいろな問題を乗り越え、このような形でOB合同演奏ができたことに、大きな喜びを感じた。

 それにしても、松本先生による「威風堂々」は感動的であった。出だしのつまずき、終わりのTimp.大ミスがあったものの、あの雄大なメロディがあそこまで感動的に響いた演奏を私は知らない。また最後の音があれほど充実している演奏も、知らない。合同演奏は正解であった。

私のすべき仕事は終わった。やらなくてはならないことは終わった。さて、次は何をするか・・・?
「みなさんの期待に応えることだ!」
これからは自分の可能性を試してみたい。彼らの才能をどこまで伸ばせるか、やってみたい。

昨日、部室で反省会をした。一人一人の部員たちが自らの言葉で深く反省していた。夕方5時に始まった反省会は、私が話す頃には7時45分になっていた。話し終わったら8時をまわっていた・・・。

彼らには未来があり、夢がある。「だるま」に目を入れなくてはならないらしい。私はその可能性の限界にまで付き合いたい。
2001年06月13日 11時35分37秒

音を楽しむ!
我が部の定期演奏会が今週末「日曜日」に控えている。今はその準備に大忙しの毎日だ。今だって、学校にいる。昨日は8時半まで合奏していた。もっと早く終わりにしろよってなもんだが、なかなかそういうわけにもいかない。

 部員たち、特に3年生にとっては泣いても笑っても最後の演奏会である。これが終われば、発表会か、コンクールしかない。それは演奏できるという意味においては同義だが、性質が全く違う。HWE(私が属する団体)がコンクールに出ない大きな理由の一つでもあろうと思う。

 コンクールで賞をとる最大の秘訣は何か・・・というと、「傷」をなくすことである。なぜそう思うかというと、審査員の審査する内容が、あまりに技術面に偏りすぎているからだ。すなわち、彼らは往々にして減点法で審査しているのではないかと思うのだ。審査用紙を読む限り、どこがいいから・・・という加点法ではないと感じる。確かに審査用紙に「今後努力すべき点」が書いてあれば、後々の役に立つだろうが、良かった点についても評価をしてほしいものだが、まずそういう記述はない。

 私は今の仕事に就く前、中学校バンドの指導を頼まれやっていた。一つは我が母校。中Bの地区銀賞バンドが、1年で関東大会(東西分離する前)金にまで行けた。その次の年から、私は同じ町内の別中学校の指導をすることとなり、そこでは中D地区賞なしバンドが、3年で中B西関東大会(銅賞?銀賞? 忘れた・・・)にまで行けた。
 方法は簡単であった。高校レベルのことを中学生に要求すれば可能であった。かつ、傷を無くしさえすれば何とかなった。正直に言って、両バンドとも、個人の技量なんてボロボロである。個人では地区で入賞することすらできないであろうレベルの集まりだったのだ。しかし、より高度なことを要求し、傷を見せないように合奏をまとめ上げていけば、当時は上位進出はいとも簡単に為し得たのだった。むろん、指揮者は音を出さないわけで、実際に音を出している部員たちの努力は並大抵ではなかったと思うが・・・。

 音楽って、「音を楽しむ」と書くけれど、その「音を楽しむ」レベルの演奏をするには、努力の積み重ねが要求される。そのときは、「音を楽し」んでいる余裕はない。悔しいくらいに、自分の下手くそさを痛感させられる毎日なのだ。それを乗り越え、自分でも、自分の音色に・自分の音楽表現に満足ができるようになったとき、初めて「音を楽しむ」ことができるようになるのだ。「音楽」を甘チャンのやるものだとバカにするやつがいるが、そんなシロートには何も分からないのである。重ねて、「音を楽し」めばいいんでしょ、と軽く言うやつは、音楽の「お」の字にかじり付いているだけなのである。「音を楽しむ」というのは、非常に重みのある言葉なのだ。

 私自身、まだまだ「音楽を楽し」めるレベルにはないと、思っている・・・。
2001年06月05日 19時53分09秒

またまた書きため
何より忙しい。同時にいくつもの仕事が進んでいる。こんな状況は思いもしなかった。去年は余裕綽々だったのに・・・。

6/1は衣替えだ。しかし、これは毎年感じるのだが、もう少しこの日に幅を持たせられないものか? なぜ一斉に衣替えする必要があるのだろうか? 暑がり方、寒がり方は人によりずいぶん違うはずだ。なのに、なぜ一斉なのだろう? たとえば、前後2週間くらいは自由にさせたらどうだろう。そうすれば、個人差にあわせて服装を自由にすることができる。もっと言うと、「そろそろ制服は廃止したらどうだ?」
2001年06月02日 18時08分06秒

書きため
 とにかく時間がなかった。忙しすぎた。ので、今日は思い切っていっぱい書こう。

 まずは、校内実力テストの採点、いつだったか、一日で仕上げた。次の日に生徒に返却し、採点ミスを申し出るようにさせ、誰からも出てこなかったので、そのまま点数決定。非常に能率のいい方法だった。
 そして、21日現在でまったく手をつけていなかった中間テスト、22日の朝9時半から午後5時で一気に仕上げた。そして、昨日そのテストが行われた。今日はもう、採点を始めている。「去年の問題をそのまま出せばいいじゃないか」とよく言われるのだけれど、それは通用しない。生徒達は先輩から去年の問題を受け取っている可能性があるのだ。だから、まるっきり同じ問題は出せない。ただ、やっている中身がほぼ同じなのだから、テストで問う項目もほぼ同じで、そういう意味では問題作成には毎年苦労する。ただ、年々、いい問題に仕上がっていると思う。
 部活のほうだが、テスト前休みに入って、すっかり音がしなくなっている。むろん、それでよいのだけれど、一日10分くらいは楽器をさわって欲しいと思うのが本音。しか〜し、心配ご無用だった。昨日の放課後、所用があって部室に行ったら、数名の部員だが練習していた。もしくは、企画の話し合いをしていた。振り返れば自分自身が、当時彼らと同じ事をしていたのだ。部活が休みなのはあくまで表面であって、個人練習を否定されているわけではない。勝手な論理だが、今でも彼らはそれを実践しているらしい。もちろん、練習にいっさい来ない輩もいるわけで、そいつらがテストでいい成績をおさめるのであれば、それで良しとしたい。
 見ず知らずの人に勝手に愛称を付けるのが得意である。というか、ずいぶん失礼な話だが、勝手に名前を付けて呼んでいる。古くは「マフラーババア」なんていうのもあるのだが、今回は違う話。毎朝、車で通勤途中に見かける姉妹、名付けて「バカボン姉妹」! ナンデカって言うと、「顔」が、もっと言うと「目」が、バカボン系の漫画に出てくるヤツそっくりなのだ。ちょうど指で「3」を表したときに出来る鳥の足にも似た図形が、その姉妹の目の部分にぴったりはまるのだ。昨年の春に見かけてもう一年経つのだが、これがいつ見ても一緒に自転車で通っているのだ。もしかしたら高2? それも双子らしいので、2人ともそっくり。だから、毎日どっちがどっちだか分からないけれど、2台の自転車が縦に並んで学校に向かって進んでいるのだ。ただ、先日、一日だけ、一人ずつバラバラに見かけた。いつも一緒にいる姉妹がバラバラに走っているのだから、さすがにその日は一人目を見たときに「あれ、バカボン姉妹が一人だけだぁ」と思い、もう一人の動向を心配した。しかし、しばらくしてもう片割れを見かけ、「ありゃりゃ、けんかでもしたかなぁ」なんて勝手に想像している。そんな毎日である。・・・どうでもいいのだが、あの姉妹の本当の名前を知りたい。(バカボン姉妹だから、美人ということはあり得ませんよ、念のため。)
 すっかり忘れていたのだが、今日は前橋で「マイスキー・チェロコンサート」である。チケットを買っていたのをすっかり忘れていた。T氏に教えられ、思い出した。
 さて、採点に戻るとするか。今日はこの日記を書くのに15分ほど使ってしまった。それじゃね!
2001年05月24日 13時15分35秒

感謝状
春休み中に、交通安全フェアのお手伝いとして演奏をしに行ったのだが、今日、その時の感謝状贈呈式があった。警視本人の手書きによる感謝状で、それはそれはきれいな字だった。
しかしまあ、こういう背筋がぴっと伸びる行事もたまにはいいもんだ。周りの人たちがみんな警察官という環境も面白いものだ。そういう意味では、私の周りも他の人たちから見れば特殊な環境なのだろうが。

 さて、のんきに日記をつけている場合ではない。水曜日実施のテスト、まだ一問しか作っていない。今から作るのだ。
2001年05月21日 16時04分17秒

昨日の日記
載せてはみたものの、結局何回も校正してしまった。言い過ぎには注意だ。前にそれで失敗しているし。この程度ならいいだろう。

今日は高校だというのに授業公開。「どうせ、そんなに見に来ないだろう」とタカをくくっていたが、教育熱心な保護者の方々がたくさん来て仰天。我が授業のクラスにも常駐組3人、移動組4人くらい、廊下組5人くらいがいた。
他人様に見せられないような授業をやっているつもりは全くないけれど、それでも緊張する。いわば、職場を堂々と覗かれているに等しいわけだから。しかし、そんな中でも生徒達のいつものペースに乗ったまま、いつもと変わらない授業ができたことをうれしく思う。
午後からはPTA総会。300人くらい集まるらしい。教育熱心すぎますよ、本当に・・・。(苦)
2001年05月19日 13時17分04秒

何もしない人
あの人は何もしないつもりらしい。
噂には聞いていたものの、本当に何もしないつもりらしい。
すべてオレにやらせようとしている。
オレはそのほうが気が楽なので、それでいい。
しかし、それなら名前もいっそのこと消してほしい。
来年は、ウダウダ言って引き受けないでもらいたい。
そうすれば、雑用くらい動いてくれる人が引き受けてくれるかもしれない
今日からワンマンでやらせていただく。
いっさい頼まないし、相談しない。
所詮、そんな人なのだろう、噂通りの。
2001年05月18日 16時25分41秒

ココア
みのもんたがTVで言ってたかどうかは関係なく、昔からココアが好きだ。例えばヴァンホーテンのように本格的ではないほうが、自分の好みである。

準備室では毎日ココアの香りがする。いや、私が毎日飲んでいるのではない。同僚の先生が好んで飲んでいるのだ。実は、男ばかりのこの学校、職員もむろん男が多く、飲み物といえば「お茶」or「コーヒー」というのが定番だったのだ。そこに私が新風「ココア」を導入したというわけ。たまにティーバッグで入れていた紅茶を「葉っぱ」にし、夏には冷たい「麦茶」も用意した。今年は「アイスティー」と「アイスコーヒー」にもチャレンジしている。というわけで、一気に我が教科の飲み物環境は充実したのだ。その先生も、ちょっとしたきっかけでココアに手を出し、それ以来ハマっているという状態。

少しは環境を変えないと面白くないからね。
2001年05月17日 18時19分28秒

通学班
 このところ、朝早く家を出るようにしている。道路が混まない時間帯を狙うように。おかげで車窓から見える風景が以前とは違う。今一番目立つのは小学校の通学班である。黄色い帽子に赤や黒のランドセル、小さな身体に大きな荷物。かわいらしい風景である。

 そんな中で今朝見かけた風景を一つ。班長らしき高学年の女の子が先頭を歩く。続いて男の子。その子のすぐ後ろにそれより小さい女の子。その男の子が道端の草に興味を示す。フェンスの向こうにあるので手を伸ばさないと採れない。すぐ後ろの女の子が、「何?なに?」という雰囲気で男の子のすることをそばで見ている。すると、最後尾につけていた副班長らしき女の子が「班長さんはずっと前に行っちゃってるよ、早く行きなよ!」と言わんばかりに怒る。「あの草、持っていきたかったのになぁ」と名残惜しそうに男の子が班長さんのほうに向かって走っていく。一番小さい女の子もその男の子の後を追いかけていく。副班長さんはちょっと「まったくしょうがないんだから」と言わんばかりのムスッとした顔つきで、最後尾から歩いていく・・・。
 男の子は結局草を採れなかった。その隣の女の子は男の子のよろこぶ顔を見られなかった。がしかし、2人とも、何かそういう戯れを楽しんでいる様子だった。子供ってそういうものなのかもしれないなと思った。
 対照的なのは残る2人。班長はずっと先を歩き、副班長が最後尾から実質的に班をまとめていた。これって結構、大人社会の縮図だったりして・・・。(笑)
 
 これはほんの数秒の出来事。世の中にはまだまだ見るべきものがあるらしい。
2001年05月16日 10時14分06秒

今日はソフト路線!
机の上が汚い。散らかっている。何とかせねば・・・。

風が強い。でも、窓の締め切りは暑い。で、開ける。風が強い。カーテンが揺れる。紙が吹っ飛ぶ。鉢植え(ゴムの木)が倒れる。土が散乱する。一番年下の私が片づける。結局、窓を閉める。暑くなる。窓をちょっとだけ開ける・・・。

テスト一週間前だけど、部活は続く。でも、一年生は休み。定演に出ないからではなく、最初のテストはしっかりいい点数をとらせないと、(成績が悪いのを)部活のせいにするから。2・3年生は、保護者も半分諦めているので問題なし(笑)。私自身の部活事務処理はまだまだ続く。

校内実力テストが終わって、答案が手元にある。まったく○付けをする気になれない。疲れてるから。生徒達は、いつ返されるか、ヤキモキしていることだろう。まだ、返せないよ〜!

P503isは、いい。財務大臣に感謝!

SMAPのベストアルバムを聴きながら、通勤している。この歳にしてSMAPを低音ガンガンにしながら聴いているのは、端から見たら変なオヤジと映るだろうか。私は歌詞がどんな内容であろうといっさい気にかけず、曲だけを聴いている。このメロディがあの楽器だったら・・・とか想像しながら聴いている。特に、ダイナマイト??とか、シェイクが好きだ。あのリズム、サウンドは私の好みである。
ちなみに、電気グルーヴのシャングリラも好きだった。
2001年05月15日 13時47分53秒

暑くなってきた
 嫌な季節が到来しつつある。「夏」である。もちろん、「暑い」から嫌なのだが、実は理由はそれだけではない。「コンクール」があるからなのだ。
 吹奏楽コンクールは毎年夏に行われる。夏休みの前半はそれだけで終わってしまう。この「休みがない」という状況も苦しいのだが、それ以上に「賞が決まる」ことが苦しい。中学時代から毎年のように(大学3年の時を除いて)コンクールに出場しているが、奏者として出場している時はそれほど苦ではなかった。しかし、指導する側からそれに関わるようになって、初めて本当の苦しさを味わうことになった。
 部員達に「いい賞を取らせてあげたい」「いい演奏をさせたい」などと考えれば考えるほど、事前の練習は厳しくならざるを得ない。彼らの限界に挑戦するような課題を出し、時には涙を流させるほど怒らなければならない。
 しかし、これを実践するためには、部員との人間関係ができあがっていなくてはならない。かつ、指導者としてどこまで楽譜を読み込んでいるかが問われる。すなわち、コンクールとは単に音楽の完成度を発表する場ではなく、その音と音の間に見え隠れする人間そのものが、さらけ出される場なのだ。
 信用を得られない指導者は、部員から反古にされる。今現在、私自身がそうかもしれない。「頼りにしてます」というフリをしつつ、根っこの部分で信じてもらえていない気がする。もちろん、部員全員がそういう状態にあるとは思いたくないが、「あんたより、あの人がいい」と思われているうちは、結果的に音楽がまとまらず、いい賞は受賞できない。その反面、信用さえ得られれば、物事はスムーズに運ぶ。精神的団結は、音楽的完成をももたらす。
 そういう意味において、私は前任校では「出来ていた」気がする。だから今、私はその精神的溝を早く埋めたい。「何を彼らに与え、何を彼らからもらう」のか、彼らにぶつかっていくことで答えを出せるような気がする。
2001年05月14日 11時13分38秒

ああ忙し・・・。
何でこんなに日記を書ける日が少ないのだろう。疲れてしまって家に帰ったらバタンキューである。どうにかしないとなぁ〜。

さて、このところ気合いを入れて、毎日の日記を後から埋めていたけど、こういうのはあまり面白くないので、これからは(当初の予定通り)思いついたときに書くことにする。

5/10(木)
久しぶりに前任校に行く。用件は楽器の借用。自分がいた頃に買ったきれいな楽器がたくさんしまってある。ドラムセットなんかは、人が羨むほどいい楽器を買ったのだけれど、それを叩きまくるのを見ぬまま転勤してしまったので、心残りだった。それは楽器庫に静かにしまってあった。あの価値を分かってくれる人に叩いてもらいたいものだ。
何点か打楽器をお借りしてきた。顧問の先生方は、職員会議中だったので、挨拶できなかった。

5/11(金)
5分の4というハードスケジュールの授業を終え、6限から早退してオケの演奏会に行った。場所は大宮。オケは日本フィル。指揮は「炎のコバケン」こと、小林研一郎氏。
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲をコバケンのうなり声と共に開始。まるで放送オケのような端正なつくり。座席の位置の関係なのか、低音弦がきれいに響いていた。(ちなみに、ホールで座席をとるときは、自分の上が直接天井のところを選ぶべきだ。ひさしの下、例えば2階席の下の1階などは避けた方がいい。響きがやせる。ちなみに私は2階席に座った。)思ったよりもいい出来に感心、感心。
中プロはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソロはサチェンコ氏。瑞々しい音色がホールいっぱいに響いた。伴奏をつけるオケもなかなかの好演だったが、いくぶんテンポ変化についていけない部分があり、乱れが生じてしまった。
そしてメインはストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。これを楽しみに行ったわけだが、これまた凄演! まさに「炎の」という形容詞が嘘でない、コバケンの独壇場と化した。打楽器を遠慮させない、実演ならではの聞かせ方をしてくれる。録音して聞いたらあまり感心しないのだろうが、あれだけ叩いて、空気を振動させれば、自然と聴衆の心もふるえるはず。最後の一打は、コバケンの大きなうなり声と共に下ろされた。キマッた・・・!

帰りの車中には、興奮ぎみの私がいた。コバケンのハルサイは面白い。今後も、機会があったら聴きに行きたい。

携帯を買い換えた。P503is。高かったけど、欲しかったので、衝動買いしてしまった。これで、携帯メールが出来るようになった。
2001年05月12日 17時31分03秒

やっと休み
5/5(土)
やっと休めた。しかし、今日はカミさんの実家へ。最近全く顔見せをしていなかったので、不義理にならないように! 行く前に大好きな\100ショップへ。鶴ヶ島のダイソーは2階建ての割には、商品が少ない気がした。もっと混んでいてもいいようなものだ。トイレットペーパーをティッシュ代わりに使うための、プラスチックでできた入れ物(上部中央から引っ張り出すタイプ)が欲しかったのだが、無かった。どこにあるんだろう?
結局、カミさんの実家で夕飯までいただいて、夜のドライブがてら、またまたお店回り。

5/6(日)
とうとう明日はGW明け。そればかりが頭の中をぐるぐる回る。しかし、そんなことを考えているヒマに、今日の楽しみを見つけなくては、と思いつつ、家の掃除。風呂場のカビ取り。塩素系の薬が臭い、臭い。忙しいことこの上なし。他にも山のように家事が・・・。処理しなくては・・・と焦ってみても、進むわけ無し。ふと、回りの家の車を見ると、一台も止まっていない。うちだけが掃除??? 「みんな遊びに行ってるんだ!」ということで、我が家も負けじと買い物に行くことに。そうそう、昨晩借りてきた映画とCDをレンタル屋へ返しに行き、その足で大宮のドンキホーテへ。友人希望のビールサーバを購入。続けていろいろな店を見て回ったが、たいしたものは見つからず。ただ、最後の店「マツモトデンキ」で携帯電話を購入できたのはよかったか。ただし、オレのじゃなくて、カミさんの。オレは新発売予定のP503isを狙っているので、今日は購入せず。さて、この計画、どうなることやら・・・。(笑)
2001年05月07日 19時03分16秒


5/1からの分
5/1(火)
昨日野球応援が雨で延期になったので、今日は授業を自習にして応援。むろん、部員達は「公欠」。しかし、結果はがっかり、10対6。さすがに私立は底力があるね。うちも、打撃力を鍛えた方がいいと思うよ、素人ながら。
夕方からは歯医者。また歯が痛くなった。

5/2(水)
久しぶりに授業。1限はLHR=PC室でインターネット。2限は空き。3限は授業。4限は避難訓練。5・6限と授業。今日はとっても中身の詰まった日だった。放課後、修学旅行の業者選定作業をするはずだったが、学年主任が休みだったので次回まわし。夜は、旧同僚達と大宮で飲み会。久しぶりにいっぱい飲んでしまった。そして、なぜかカラオケで「愛の賛歌」を歌わされた。以前歌ったことがあるらしいのだが、自分では全く記憶がない。皆さんのリクエストとあらば何でも歌うこの私。仕方ないから、思いつく限りの節回しで歌った。結構、巧く歌えた。自分でも感心した。

5/3(木)
今日は久しぶりに休み。朝、カミさんを駅まで送って、そのまま北上尾のPAPAへ。\100ショップや本屋、ユニクロなどを経て、メインの石丸電気へ。こんないい店が近所に出来たなんてうれしすぎ。吹奏楽のCDを数枚買う。結構な出費となってしまった。ごめんなさい、カミさん・・・。
さてと実家にでも行こうかな・・・と車を走らせ始めた途端、部員から電話。すぐに学校へ行かねばならぬ状態となり、昼飯も食わずに学校へ。一通りの作業を終え、やっとこさ実家へ。実家の近所にはかの有名な「ものつくり大学」がある。すぐそばのフライ屋「山下」へ行って久しぶりにフライでも食べようかなと思ったものの、店の前まで行ってあまりの混雑に断念。あそこは安くて美味いので人気がある。午後3時頃行っても満員。やっぱり、電話予約しないとダメだね。
実家で赤飯をいただき、腹もいっぱい。親孝行の一つもして帰宅する。カミさんを駅まで迎えに行き、そのまま夕食は夢庵のそば屋version。「野菜天そば」は量が少なくて結局腹減り。家に帰ってポップコーンを作って食べた。

5/4(金)
今日は部活で合奏。曲はバルトークの舞踏組曲。2楽章は変拍子で手こずったがまあまあ。4楽章は下手すぎたので、一回通してやめた。あまり下手なままだったら、プログラムから降ろすことにしよう。5楽章はOK。終曲は変拍子に引っかかりまくった。でも、前よりも一人一人が出来るようになってきているので、今後が楽しみだ。
部員達は午後から伊奈学園の定期演奏会に行っているので、自分だけで作業。彼らをあまり手間取らせると結果的に演奏が下手なままになってしまうので、ハガキの印刷作業はすべて自分一人でやった。OB諸兄、そのハガキは私が印刷したものです。
「郵便番号がズレまくってごめんなさい!(謝)」

さてと、今日はまだ時間がある。何をしようかな?
2001年05月04日 14時15分13秒

続編
我が家から続編書き込み。

28日(土)
野球応援後の帰宅途中、若き獅子「K辺」から電話。
「今日ヒマ?」
ヒマではないけど、遊んでいる余裕はあるのでOKサインを出す。ちょうど実家に戻る予定だったので、行田のK辺に会うには都合がいい。午後2時過ぎK辺から再度電話。出先から戻ったのですぐにでも連みたい!とのこと。さっそく家へ拾いに行く。行きたかった本屋に足を運ぶが狙う物は無し。そこを後にするとK辺の口から
「宮脇書店に履歴書売ってる?」
「(???)」
そういえば、電話で「今日4時からバイトの面接がある」と言っていたっけ。K辺は、オレと会うまで履歴書すら用意してなかった。びっくり。
すぐに100円ショップに連れて行く。写真は持参していたので書きやすい水性ボールペンと履歴書を購入し、すぐ前のマックで記入。しかし、この男、写真の周囲を切り取っていなかったので、写真のサイズが大きすぎ! 急いで100円ショップに戻り、はさみも購入。これで300円の出費。しかし、これだけの物を買っても300円しかかからないというのは、ありがたい話。「100円ショップ様々」である。
そして面接の時間。結果は後日電話でといわれ、無事終了。
少し話を急ごう。その後、ウインドで楽器の練習。久しぶりのK辺の登場だったが、みんなに温かく迎えられた。そして練習後、先月から施行された「ヤ(8)ク(9)トー(10)の日(これらの数字がつく日)」につき、蔵の湯にて汗を洗い流した。それにしても、あの「薬湯」ってのは、しみて困る。そう、「あそこ」にしみる。痛かったぁ〜。
そしていつもの通りファミレスで長話。深夜になったので眠い目をこすりながらK辺を送り、帰宅した。

29日(日)
午前中は部活の合奏。久しぶりに気合いを入れた。午後は農三の定演。予想以上の好演で、楽しめた。今年はいいかも!
その後、友人宅にお世話になる。おいしいお酒が飲めた!! 夜中まで眠気を乗り越えながらトークした。

30日(月)
振り替え休日。野球応援は雨により延期。本来の予定のOB合同練習が実施された。大勢のOBが雨の中、部室へ駆けつけてくれた。刺激的なサウンドが部室いっぱいに広がった。さすがに今日は初見だったので巧くはなかったが、あと数回練習を重ねることで、驚くほど巧くなるのだろう。現役生に与える刺激も大きく、非常な効果を上げてくれることと思う。
2001年04月30日 20時56分23秒

またまた書きため
27日(金)
離任式があった。ご退職なされた松本先生をはじめ、多くの先生方のありがたいお話を伺うことができた。夜は恒例の飲み会で、久しぶりにきちんと飲んだ。

28日(土)
吹奏楽部の保護者後援会役員会が午前9時半から。しかし、10時から上尾で野球応援。忙しいったらありゃしない。むろん、両方に間に合うわけもなく、保護者会を最初の30分だけで失礼して、すぐに上尾へ。到着したのは、11時だった。試合はすでに5回の裏。本校が圧倒的にリードしていた。部員達の一所懸命な応援をデジカメにて撮影した。

・・・つづく!
2001年04月29日 16時16分43秒

楽譜を
実家に取りに帰った。しかし、見つからない。学校にもない。いったいどこに行ったんだろ?
とっても不思議だ。

昨晩、同僚からあまりうれしくない電話が来た。夕飯ができあがる少し前に来たので、できあがった一番美味しい時は、電話中だった。カミさんが食べるのを待っていてくれたが、終わりそうもないので、合図して先に食べ始めてもらった。電話をかけてきた人は、いったいどういうつもりで自分の好きなことをまくし立てていたんだろう? みんなが迷惑がっているのを知らないのだろうか?

近くの小学校で交通安全教室が開かれていた。交通安全指導員のおじさん達が、かわいらしい黄色い帽子をかぶった小学生の指導をしていた。一列に並んで、横断歩道を渡っていた。1時間位して、もう一度その小学校のグランドをみると、今度は自転車の乗り方指導を受けていた。
・・・そういえば、そんなことをやったよなぁ、と思った。自分の小学校には、踏切や横断歩道があったよな。放課後、わざわざ学校まで自転車を乗りに行った記憶がよみがえった。
2001年04月26日 17時54分17秒

今日を入れて三日
日記をつけていなかった。というより、忙しすぎた。今日は、出張帰りが早かったので、こうやって自宅で書き込みが出来る。

23日(月)、いつものように週があける。やはり気が重い。夕方、歯医者に行った。昨夏からずっと続いているのだが、あまりに虫歯が多いので先生もびっくりしながら治療を続けてくれている。この前も「あと少しで・・・、あれっ、ここにも虫歯があるよ。先生、あと少し通ってよね。」と言われた。あと何回行けば、完治するのだろうか。恐るべし、我が歯である。歯医者から学校へ戻って、準備室で明日の準備やら何やらをしていると、いつの間にか、19時半を過ぎている。階下からにぎやかな声が聞こえるなぁ・・・と思っていたら、同僚の先生4人が、真っ赤な顔をして入ってきた。むろん、息は酒臭い。すっかり出来上がったみなさんと笑える話の一つもしながら、しばし仕事を中断して談笑。ここは焼き鳥の名所だから、こんな風景はよくあること。オレも行きたいな〜なんて思っても、飲酒運転はダメなので、叶わぬ願い。

24日(火)、この日は同窓会の会計監査が入る日。なぜか11時からなんて、私の授業のことなんか全く考慮しない時間なので、しかたなく自習課題を用意して、監査に臨む。本年度の会計担当である私が、同席しないわけにはいかないのだ。来年の今、同じようなつっこみが入るわけだから、心しておかないと。そんなことを考えながら、監査の様子を見る。こりゃ、来年は大変だぞ、と思った。
放課後、先日ぶち切れた金管分奏の続きをやることになっていたので、部活へ。さすがに前回のようなだらしない演奏はしないで、非常に難しい曲ながら何とか最後までついてきた。この調子なら先があっていいんだけどな、と思う。
次の日が一日中出張なので、何だかんだ準備をしていると、野球応援の日程の一報が入った。よりによって、我が部の行事が以前から組まれていた日を直撃! ただ、野球応援は我が部の主要行事の一つであり、学校行事としても大きなものなので、何とか都合をつけ参加できるように、部長らと対策を会議。各方面に連絡をつけ、何とかなる。
そんなこんなしていると、もう21時。真っ暗になった学校を出る。我が教え子のYozyから電話が入る。約束していたブツを手渡しに行く。家に着いたのはその後。もう、くたくたでした。

25日(水)、今日は吹奏楽の会議の日。一日中、所沢に閉じこめられる。しかし、少ないながらも知り合いのいる環境、気持ちは落ち着く。ただし、そのぶんいろいろな役が回ってきて、いつの間にか「役員選出委員」に就任。午後の全体会で説明をさせられた。そんなことはあったけど、普段の学校にいる日より早く解放されたので、もう家にいる。早く帰宅すると、疲れがとれるね。いいことだ。
2001年04月25日 18時01分40秒

先週末の出来事
週末は、なかなかPCの前で日記を打っているヒマがない。なぜって? それは、来週の授業の用意に忙しいから。その分、週明けはゆとりがある。

さて、先週末の出来事。
21日(土)は、部員の要望で、私が金管分奏指導。譜読みがほとんど出来ていなく、初見と何ら変わらない状態。インテンポの倍の遅さでやっても、出来ない。変拍子が多い曲だとはいえ、いくら何でも2月に配ってある曲を未だに出来ないっていうのは問題あり過ぎじゃないか・・・。というわけで、ぶちキレた。
そんなこんなで夜の部「ウインド」には大幅に遅れていく羽目になり、ご迷惑をおかけしました。しかしながら、深夜の部の「夕食」は面白かった。我がテーブルでの「抽象トーク」は熱狂を極め、いつまでも喋っていられる勢いだったのに、あくまでバイトに徹しきるCASA店員の不愉快な態度で、強制終了させられた。もう2度と、北坂戸のCASAには行くもんか!と心に決めた。
・・・それにしても面白かったね。Okku、Yopio、Yossy!

22日(日)は、ひょんな事からたずさわることになった劇団JOBの公演を撮影。チーム名は「デビルアイズ」、すなわち「悪魔の目」。久しぶりにHRTと強力タッグを組み、撮影に臨んだ。休憩前までの前半、全くの問題なしで順調に進んだ・・・にもかかわらず、後半、目の前のオヤジが大イビキをかき始めた。あまりの大イビキに場内は嘲笑にあふれ、シリアスな芝居に冷や水をさすことになった。周囲は冷笑、嘲笑だけで済んだだろうが、我々は大変だった。そのオヤジの座席は、我々の目の前。すなわち、ビデオカメラの直下だったのだ。ということは、すなわち・・・マイク直下なのだ! そのイビキがカメラのマイクを通して永久に保存されると思うと、我々デビルアイズの面々は笑いが耐えられなくなり、ヒクヒクしながら苦しい思いをさせられることになった。オヤジのイビキ以上に我々の笑いを耐える姿が周囲の反発を買っていたようで、くやしいったらありゃしない。悪いのはあのオヤジだ! オレらは我慢していたんだ! オレらに怒る前に、オヤジの禿頭をひっぱたいてくれー!!!!!! ってな気持ちだった。
なんとか公演が無事終了し、帰宅してDVからS−VHSにおとしていた。1時間50分あたりからオヤジのイビキがクリアーに収録されていた。自宅でも我々チームの笑いは続いた。あのオヤジは何者だったのか?
劇団のみなさんの表現力には、いつものことながら感心する。その道の人々に言わせれば「まだまだ」なのだろうが、外野から見れば、身近にこういう人たちがいるということの素晴らしさを感じる。また、二十歳を迎える若き男達の確実な成長を目にし、彼らの大きな可能性を信じるに至った。次が楽しみである。

・・・さてと、2時間目の授業に行くとしよう。
2001年04月23日 09時49分14秒

朝ご飯を
きちんと食べたのに、さきほど3時間目の授業中にお腹が鳴った。グーグー・・・。

新入生に楽典を教えようと思うのだが、どう教えようか思案中である。

液体ノリを使っていると、やたらと出がいい日があって、原稿はナミナミになるし、手にははみ出しノリが付くし、次の日はフタが固まってて開かないし・・・とよくないことだらけ。もっとちょうどよく出るノリは無いものかね? ちなみに、スティックのりは、少しだけ頭が出るくらいで使っても途中にこぶが出来て、やっぱりナミナミになるし、それをより少しだけ出して使うと、かすれかすれになって結局付かないしで、ロクでもない。

今年は、部活の会計、同窓会の会計、学年団の幹事会計と、会計づくし。どれがどれの領収書・請求書か分かるようにしておかないと、ただでさえ数字の嫌いな私にとっては、恐ろしいことになる。そのうえ、同時に授業を組み立て、部活を指導し、クラスを運営する・・・。対外的なつきあいも、この学校に来てから一段と増え、吹奏楽がらみの会議や出張・飲み会だけでも年間何回あることか??? みんな同じなんだろうけど、ホントによくやるよね。もう少し、静かにしておいて欲しいよ、ほんと。

ゆっくりレコ芸を読みたいな。もっと趣味に走りたい!! けど、無理だね。仕事があるもんね・・・。(笑)

さてと、お昼ご飯を食べに学食に行こう。どうせまた、油っこい食事が並んでいるのさ・・・。
2001年04月20日 12時05分08秒

新入部員
春のこの時期になると、部活は新入生をどうやって獲得するかが、最大のポイントとなる。我が部もたぶんに漏れず、作戦を練っていたらしいのだが、その効果はあまり上がらず、17名を迎えるにすぎなかったらしい。昨日、部長からそう報告があった。
前任校では、17名なんて部の総人数より多い数だから、飛び上がるほどうれしかったはずだが、ここでは少々落ち込み気味だ。何せ、去年は35人入ったのだから、今年は半分以下なのだ。その代わり、応援団に山ほど入っていたのを報告しておこう。

さてと、今から、新入部員のパート配分を考えなくてはならない。集団芸ゆえ、必ずしも個人のやりたい楽器と配分楽器が一致しない。別楽器になっても、やる気をなくさず、部活を背負う人間に成長して欲しいと思う。
2001年04月19日 12時37分25秒

あたたかくなる朝
気温が、ではない。気持ちが、である。

今朝、制服(学ラン)の清潔さから言って新一年生であろう、中学生の2人組を見た。まだ部活も始まっていないので、小学校の時より少しばかり遅い時間帯にのんびり通えばいい中学校は、彼らにとって楽しいところに違いない。太陽がちょっとばかりまぶしい朝に、小学校に通うのと同じく、道路の右側を楽しそうに話をしながら歩いている。ふと、一人が道端の紫がかった花に手を伸ばし、手に取った。彼はその花を自分の鼻に近づけ、匂いをかいだ。さぞかしいい匂いなのだろう。彼は匂いをかいでは、ニコニコしていた。その彼の顔のすぐ隣に、一緒に歩いていたもう一人の男の子の顔があった。彼もまた、朝日がまぶしいのであろう。目を細めながら、満面の笑顔で、匂いをかいでいる様子を見ていた。

彼らは、どうやって育てられたのだろう?
どんなに幸せな育てられ方をしたのだろう?

そんな男の子2人組の笑顔を見ているうち、「今日もがんばらなくちゃ!」という気になった。

心がとってもあたたかくなる朝だった。


リムスキー・コルサコフ:歌劇「サルタン皇帝の物語」、チェクナヴォリアン指揮アルメニア・フィルの演奏(ASV)を聴いた。とっても素人っぽい、ブレンド感のない楽器群が、ただただ同時に演奏していた。これなら、自分でも出来ると思った。
2001年04月18日 10時21分56秒

礼儀について
今日も天気が良すぎる。我が家の女将さんは今日は仕事をお休み。さすがにお疲れのご様子。ゴン太とともに、ゆったりとした午後を過ごしていることだろう。

さて、今日は礼儀について。
先日、我が部のOB合同演奏に参加できるかどうかの意思確認往復ハガキを出したのだが、もう一月にもなろうというのに返事が返ってこない。回収率が半分いかないのではないだろうか。結婚式のハガキにしてもそうだが、このテのハガキは返事をもらうことを前提としてわざわざ往復ハガキで出しているのだから、早く返事を出すのが礼儀だと思う。しかし、未だ半分以上返ってこない。これはどういうこと?
OBという存在である以上、こちらは失礼の無いようにお誘いしているつもりであるが、無返答だというのは無責任すぎないだろうか。むろん、実家を飛び出て現住所が変わっている人にまで怒るつもりはないが、それだとしても、ご家族の方が代理で返事を出してくれるとか、対処の方法はあるのではないだろうか。それとも、住所も電話番号も返信先も学校のものにしてあるのに、何か怪しいと思われているのだろうか。
私には単にルーズなだけにしか思えない。たまたま自分自身がOBの一人であるだけになおさら感じるのだろうけど、少しは責任ある対応が出来ないものなのだろうか。
強制するつもりはないが、返信の宛先が「○○行」のままで「様」「御中」に直してなかったり、「ご住所」の「ご」が消してなかったりと、日本文化の美徳とされる「謙虚さ」は消え失せてしまったのだろうか。これらは必要のない事なのだろうか。

合理的な生き方を要求される現代において「いつまで古風なことを言っているのだ!」と言われればそれまでだが、私はそんな小さなことでも、日本文化の素晴らしさを感じるのである。そして、そんな小さなことが忘れ去られようとしている現代に、危惧を覚えるのである。「古くさいこと」を捨てることによって現在の繁栄を勝ち取ってきた日本は、大切なことを過去に置いてきてしまったのかもしれない・・・。

ドラティ指揮ミネアポリス交響楽団(Mercury)の「コッペリア」は、聴いていると舞台の情景が浮かんでくるようだ。あまり上手じゃないけど、一聴の価値はありますよ!
2001年04月17日 14時11分15秒

あまりに天気がよく
室内でウダウダ授業をやっている場合じゃないと思うけど、そういうわけにもいかない。今日は、「交通の発達と情報化社会」について喋っている。

桜もすっかり葉桜になってしまって、寂しい限りである。
昨日、ハイキングがてらにサイクリングをしている人がいた。我が家には自転車は1台しかないから、夫婦でサイクリングというわけにはいかないのが残念なところ。後輪車軸にステップでもつけて、高校生よろしく2人乗りをしようかな、なんて冗談を飛ばしてみたものの、普段それを禁止している立場の人間がするわけにもいかず、未だ願いは叶わず。「もう一台買えよ」と言われればその通り・・・。

月曜日はなぜにこんなに憂鬱なのか。ひどいときは、日曜日にサザエさんが始まるとグッタリしたこともある。昨日はそこまではいかなかったけど、今朝はやはり憂鬱だった。みんな同じような思いをしているのだろうな、きっと。

今日はPCの壁紙を何にしようか、ちょこっと悩んでいる。こういう日には、ヨハン・シュトラウスのワルツが似合う・・・。
2001年04月16日 11時03分30秒

編曲
最近、めっきり楽譜を書かなくなった。以前は珍しいクラシックのCDを買ってきて、それが気に入ったら、銀座のヤマハへスコアを買いに行き、すぐに編曲を始めたものだ。むろん、根性無しだから、いつ使うか分からないそんな編曲にすぐに飽きて、そのうち五線紙はゴミとなり、いつの間にか消えて無くなった。
今は、PCの前に座り、ソフトを立ち上げ、それに打ち込む。でも、画面が小さいのでスコア全体のバランスを考えながら構成を考えるということができない。仕上がりがきれいなのでこんなに喜ばしいことはないのだが、全体像をつかみながら細部を書き込んでいた自分には、ちと使いにくい。現在はもっぱら浄書用である。
素人の書いた楽譜なんて普通は演奏してもらえないから、自分の編曲が演奏会のプログラムに載るということはとてもありがたいことである。紙の上に書いたものが実際に音になって出てくるという快感は、書いたものにしか分からないだろう。とてもうれしいのだ。しかし、現在はPCが機械的ながらデモ演奏をしてくれる。これを聴いているとまったく納得がいかず、自分の書いたものが相当ひどいものだと感じるのだが、やはり人間の身体を通して実際に演奏されると、想像通りの響きがして、これまたうれしい。
「おお人事!」で有名になってしまったチャイコフスキーの弦楽セレナーデの冒頭だけを吹奏楽に編曲してみた。ちょっとした小ネタには使えるだろう。うちの部員が定期演奏会のなかでそんな企画を立てているらしい。実際に使うかどうかは分からないが、彼らが「楽譜ありますか?」と言ってきたら、そっと出してあげたい。結果は、定期演奏会当日に分かるだろう。

ペレス・プラードのマンボだけが入ったCDを聴いた。このノリは、出せないと思った。口では言い表せない微妙な揺れがいっぱいある。スイング感というのか、その場のノリというのか・・・。だから、オリジナルはいいのだろう。他の誰がやっても、真似の域を出ないだろうね。
2001年04月15日 12時43分09秒

ここを読んでくださっているみなさんは
私のことをよく知っている方々だから、想像がつくでしょう。

学期初めは、生徒から集める書類だ雑巾だなんだで、学校は非常に忙しい。LHRが3時間続く入学式の次の日なんて、文字通り息をつく暇がないほどだ。昨年は教科の準備室にいつも居られた私が全くと言っていいほど姿を見せないので、同教科の先生から「ほんとに忙しいんだねぇ」といたわりの言葉まで頂くほどだった。でも、これはまあいい。その次が大変なのだ。

準備をよくしてある優秀なお方ならいざ知らず、アバウトな性格の私Takejanが授業の下準備を完璧にしてあるはずがない。ただでさえ忙しい新学期に、下準備すらしていないのだから大忙しなのだ。LHRが終わって次の日はもう普通に授業がある。「自己紹介くらいでお茶を濁せば・・・」という声も聞かれるが、妥協するとどこまでもダラダラしてしまうので、初日から授業をすると心に決めていた。
しか〜し、そこは自転車操業の私。空き時間を120%有効に使って、指導書・参考書・去年のノート・資料集をすべて広げ、教科書に沿った板書内容を我がノートに書き上げていく。書くというのは不正確か。昨年も板書事項は事前にPCで打った。今年も同様にPCのキーボードをたたいて作っている。「どの項目でこの資料の写真を見せ、ここでこの話題、これを質問して、この答えが返ってきたらこう・・・」と組み立てていく。文字の大きさを大きくしたり、小さくしたりしながら、「これは説明用、これは板書用」と作り上げていく。
そうして、授業時間を迎える。予想していたとおりに授業が進めばOK! 突拍子もない展開が待ち受けていることもあって、どうなるかはそのとき次第・・・。
自分が生徒だった頃、教壇に立っていた先生方は、何も見ずにただ頭の中の知識だけで授業をしていた気がする。自分がその場に立ってみると、あの先生方の脇道トークは、相当な知識の裏付けがなければ出来ないことなんだと思い知らされる。
年齢を重ねるのとともに、自分にも出来るようになっていくのだろうか? あの達人の技を身につけることが出来れば、授業ノートを作る必要もないのだろう。それはまだまだ先の事になりそうだ・・・。

最近、頭脳パンにハマっている。
2001年04月13日 13時02分32秒

昨日のこと
昨日書く時間がなかったので今から書きます。

校歌応援歌練習は相変わらず続いているが、新入生の歌はことごとく音痴である。それは教えかたが下手だからである。応援団員が一回歌ってそれを真似するというスタイルでは、相当記憶力が良くない限り、音程までは覚えられない。歌詞を覚えるのが精一杯である。それなのに、すぐに大声で歌うよう指導され、声を出さないと怒られる。これではいつまでたってもメロディを覚えられないはずである。吹奏楽の伴奏をつけるよう申し出たのだが、彼らの中には吹奏楽と合わせて校歌練習をするという伝統がないようで、すぐには受け入れがたい申し出だったらしい。オレの頃は、伴奏がついている方が普通だったのに、いつから無くなったのか? よく分からないが、自分たちの領域を犯されることを極端に嫌う応援団ならではの反応であると思った。
メロディを知らない曲をカラオケで歌おうと思わないのと同じ次元で歌えなくなってきている。これが悪循環して、校歌を「歌わなく」なったら、寂しいことだと思う。

オー・ソレ・ミオを大声で歌いたい、そんな気分である。
2001年04月13日 08時10分59秒

大人になる
部員達が定期演奏会で何をやろうか、選曲している。先ほど呼ばれて会議に出たのだが、演出と選曲が同時進行的に考えられるヤツと、分離してしか考えられないヤツがいて、会議はなかなか先に進まない。「どうやって演出するの?」と質問して、彼らの意図を読みとろうとしてみた。横道にはずれた楽しい意見の時は話が弾むが、まじめに話し合おうとすると結局話題が尽きてしまう。大勢の意見をまとめていくのは大変なことなんだな、と今更ながら思った。意見を一本化する作業は、物事を総合的に判断できるヤツにしか、できないのだ。

応援団による、新入生に対する気合い入れは続いている。昨日の校歌練習に引き続き、今日は朝の8時から校門のところで「大きな声で挨拶すること」「挨拶するときは自転車から降りること」などを怒鳴りとばされていた。こうやって、少しずつ大人になっていくのだ。
世間での礼儀を知らない輩が最近は非常に増えている。このまま不良品の子供達をどんどん成人させていっていいものか・・・と常々感じている。本校ではまだ少ないが、それでも混じっていることは事実である。近隣の学校なんて、そういう視点で見れば、見るに耐えない連中の集まりである。どうしたものか・・・。
学校教育は、いつの間にか、親がやるべきところまでやらなくては「ならなく」なっている。かすかな「教師」という地位があるからこそ、相対している生徒達は耳を貸し、態度を変える。その地位でさえ、現在は無くなりつつある。子供達は、一部の大人に甘やかされ「権利」だけを主張し、義務を果たさなくなっている。大変な時代になったな。
2001年04月11日 19時27分33秒

新しいクラス
新学期の最初にやることといえば、係決め。
誰がHR委員長になるのか、誰が体育委員になるのか、ハラハラドキドキするもの。我がクラスも今日それらを決めたのだが、HR委員長はいとも簡単に立候補が出たのですぐに決定した。その後の他の係り決めは、委員長を中心に進め、円滑な会議が行われたやはり、図書委員は人気があり、じゃんけんが白熱したことは言うまでもない。大変で仕方ないのに、学校祭実行委員に大勢が名乗りを上げていたのも「知らぬが仏!?」。逆に、LL係なんて何もすることがないのに、英語だというだけで誰も立候補せず、数少ない人気のない係りになってしまった。
中学生のあどけなさが抜けず、でも男だけの世界を笑顔で楽しんでいる彼らは、今日の夕方から行われる地獄の「校歌応援歌練習」にて、真のこの学校の姿を知ることになるであろう。今朝の「対面式」程度では、本当の姿を知ることは出来ないのだから・・・。

プール下にある我が部室は、何かと雨漏りがするので困りもの。今日も部員が「あの、雨漏りがすごいんですけど」と来た。急いで事務室の方にお願いして、水の栓を止めてもらったのだけど、楽器は大丈夫だったのだろうか? 今は5時間目。部員が報告しに来るわけもなく、ただ放課後に「あの、楽器が濡れてしまったんですけど・・・」とまるで他人事のように言いに来る奴がいないことを祈っておこう。君たちの楽器は君たちが責任を持って管理するんだよ!

今は日記を書くなんて余裕をかましているが、本当は授業の用意をしなくてはならないのだ。自転車操業なのが、私の悪いところ。

オネゲルの「パシフィック231」は、なかなか面白い。けど、編曲許可が下りないと言うことで有名な作曲家でもある。
2001年04月10日 13時53分03秒

入学式
毎年春に行われる「入学式」。
オレもとうとう担任になった。中学生のあどけなさを残しているヤツと、もう一端の大人みたいな顔をしているヤツがいて、面白くなりそうだ。
桜もまだ残っていてよかった。やっぱり桜が散っちゃった入学式は寂しいものがあるしな。

書き忘れたが、先週の金曜日は春の交通安全フェアのお手伝いとして、高坂サービスエリアで吹奏楽演奏をしてきた。野外での演奏だったけど、部員達のおもしろ司会もあって、なかなか好評を博した。用もないのに、観光バスに乗ってインターチェンジから高速にはいるというのは面白いもので、出来ることなら温泉にでも出掛けたいという気になった。下り線を走れなかったのが残念だった。

土曜日は大宮公園をふらつき、今年初めての花見をした。ハーゲンダッツで美味しいアイスを食べ、ショッピングを楽しんだ。その代わり、歩き疲れ、足が棒になった。その後、ウインドに行ったが、行きの車中は眠くて仕方なかった。それなのに、仲間との夕食は話が弾んで、結局、深夜1時まで話し込んでしまった。面白かったよ、Yopio君!

日曜日は、ウインドの役員会と、午後からK辺タカシのオケ演奏会に行った。ハルサイはごちゃごちゃで笑えるほどだったが、彼はホルンの6番を一所懸命に吹いていた。オレの大好きな曲を先に演奏しやがって、うらやましい限りだ。

ラデツキー行進曲を吹奏楽でやると、クラの高音がうるさくてダメだ。もちろん、下手だというのはあるが・・・。
2001年04月09日 16時32分45秒

便乗
今朝、車にて通勤途中に横道から救急車が出てきた。それも我が車の前にタイミング良く! もちろん、間を空けて救急車を入れてあげたんだけど、間髪開けずに(救急車のすぐ後ろにぴったりくっついていた)軽自動車がさも当然のように入り込んできた。「お前を入れるとは言ってねぇよ!(怒)」と思ったけど、あまりに堂々と入りこんだので「(救急で運ばれている人の)関係者か??」という推測も手伝って腹が立ちつつも素直な自分に戻った。
しかし!! 小さな橋を渡ってすぐの信号を、救急車は直進、軽自動車は左折しやがった!! 「やっぱりお前は赤の他人だったんじゃないかぁ〜!!!!!!!!!(怒)」

それにしても今日見た救急車は、恐れを知らない運転手だった。407バイパスにそのままのスピードでつっこんでいった。普通、減速ぐらいはするだろうよ!

準備室の掃除をした。パソコンの配置換えをした。ホコリがすごかった。何年掃除してないんだよぉ状態だった。

今日の桜は最高潮である。花見をまだしていない自分に気がついた・・・。

アウェイデーはスコアを見ながら聴いていても目が泳ぐ。
2001年04月06日 10時22分48秒

今年度から
日記なるものをつけてみようかと思う。
毎日はどうせ無理だから、思いついたら書くことにしよう。思いつきを書くのだから、支離滅裂になることは間違いない。・・・私の性格を反映してるな、きっと。

今日は部活のため学校に来ている。教室からは楽器の音が聞こえる。ある程度まとまったところから聞こえてくるから、分奏(今どきの連中は「セクション練」と呼ぶ。)なのだろう。彼らの自主的活動に任せているので、詳細については全く知らないイイカゲンな顧問である。明日は交通安全フェアの演奏があるので、それの練習もしてくれているだろう、たぶん。

準備室には誰かが買ってきたお土産のチーズケーキがある。食べちゃうかな、全部!?

職員室のコピー機の調子がおかしい。ソーターに原稿を入れてスタートしても、一枚一枚止まってしまう。全然ソーターの役目を果たしていないじゃないか!(怒)

昨日、秋葉原でCDを買った。カラヤンのポスターをもらった。家に帰って広げてみたら、カレンダーになっていた。おしゃれなので、パネルにでも入れて、飾っておこうと思う。

バルトークの舞踏組曲は難しい。
2001年04月05日 10時25分34秒


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