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危険な(?)マレー語表記
マレー語(マレーシア語)の日本語表記というのは、実に厄介な問題である。新聞や雑誌、旅行本などを見ても、人名や地名の表記はバラバラ。これはおそらく、マレーシア語を理解し、なおかつ「日本語化」することができる人材が不足していることが原因だろう。
ちなみに、筆者がマレーシア語を日本語で表記するときは、Bahasa Baku(標準マレー語)の発音を一応基本としている。つまり、インドネシア語を日本語で表記する場合と同じように、スペリング通りの音になるべく忠実に記すという方法だ。
※「標準」という名前がついているものの、Bahasa Bakuの発音はマレーシア、特に西マレーシア(マレー半島)では決して標準的とはいえない。マレーシアで本来「標準的」なアクセントとされるのは、前述のBahasa Bakuではなく、首都圏やジョホール、マラッカなど、マレー半島の西海岸で顕著な、かなり訛った発音。これを日本語で表すのは不可能。
クアラルンプール(Kuala Lumpur)、ジョホールバル(Johor Baru)、ペラ(Perak)――など、主要都市や州の名前のように日本語表記がすでに定着している言葉はそのままでいい。しかし、日本でまだ知られていない人名や地名を初めて日本語に直す時は、いろいろと気をつけたい。
一番危険なのは、マレー語を本格的に学習していない人が、聞こえたままに表記してしまうこと。これだと、たまたまその人に聞こえなかった音はすべて消えてしまうし、たまたま伸びたふうに聞こえたところは、長音になってしまうことになる。
個人的に使用する文書でなら、どんなふうに表記してもいいと思うが、出版界でこれをやられると、その後に書く人もこれに合わせなくてはならなくなるので困る。
例えば、”bukit”(丘の意)という単語。私自身は通常「ブキット」としているが、日本語表記としては短めに「ブキ」でもいいと思う。ただ、「ブキッ」だけは避けたい。日本語の表記としても「ッ」で終わるのは変だし、たとえ「ブキッ」と発音しても、語尾の”t”が抜けてしまっていたら、マレーシアやインドネシアの人には全く通じない。原音に似せたつもりが、ネーティブスピーカーに通じない発音では意味が無い。
「ブキ」より「ブキット」の方がいいと思うのは、語尾の子音(t, d, p, k, b, g等)を安易に省略したくないからだ。確かに、日本人には聞こえない音もしれないが、例えば英語や韓国・朝鮮語などを母語とする人にはちゃんと聞こえる(感じる、と言ったほうがいいかもしれない)。英語の”start”を「スタート」、”star”を「スター」と区別しているように、なるべくなら語尾の音も表しておいたほうが、後になって混乱が少なくて済むのだ。
もうひとつの例は、3年ほど前から日本の新聞にもしばしば登場している前副首相の名前”Anwar”のように、最後が”r”で終わる単語。大手新聞では「アンワル」(1)が普通だが、書籍や雑誌などでは「アンワール」(2)、「アヌワール」(3)、「アヌワー」(4)、「アンワー」(5)などの表記も見られる。ちなみに、Anwar氏がもしインドネシア人だったら、間違いなく(1)もしくは(2)になる。何故かといえば、インドネシア語ではRの音を巻き舌ではっきり発音するのが普通だから。(3)、(4)、(5)のような表記は、マレー語的なアクセントを意識したものだろう。
この中で一番よくないと思うのは(4)と(5)。マレー人の多くは”r”の音を巻き舌にしないので、伸びているように聞こえるが、マレー語には本来、音を伸ばすという概念は存在しないことも考慮して、「ル」とする方を私は選んでいる。
例外として、筆者は子音の”h”をほとんど省略してしまっている。teh(茶)=「テー」でなく「テ」、putih(白い)=「プティー」でなく「プティ」――という具合に。
旅行本などを見ると、上記のように「ー」を使って長音にする表記もよくあるが、マレー語の”h”は伸ばす音ではなく、あくまでも子音。ただこの音も、マレー・アクセントだと非常に聞こえにくいために、伸びているように聞こえてしまうことも確かではある。
外国語を日本語で表記する時の基本は、「日本人、もしくは日本語のネーティブスピーカーにとって読みやすい」ことだと思う。外国の言葉を日本語で読む必要があるのは、やはり日本人だからだ。私自身は「外国語をカタカナに直した時点で、それはもう日本語」くらいに考えているので、表記が実際の発音とかけ離れてしまっていても、それはそれで構わないと思う。
だから、「ブキッ」のような中途半端な表記をするぐらいなら、いっそのこと「丘(おか)」とでも訳してしまった方がいい。‘Hotel California’を「加州大飯店」と堂々と表記する中華思想(?)を少しは見習おう!
最後にもうひとつ。「マレー語は基本的にカタカナ読みでOK」、「英語などと違い、語尾の子音ははっきりと発音しなくていい」などと書かれた本をよく目にするが、本当だろうか? 筆者は逆に、「マレー語は英語の要領で発音せよ!」と言いたい。カタカナ発音のマレー語より、イギリス人やアメリカ人らが話す英語訛りのマレー語のほうがよく通じる。これだけは確かだ。
長々と書いてしまったが、「表記は日本語風に、発音は英語風に」――というのが筆者としての結論。 |