−挨拶に代えて−

マレー音楽をちゃんと聞き始めたのは1991年頃だったと思う。ワールドミュージックがかつてないほどの盛り上がりをみせ、アジアの大衆音楽を聞く人も増えてきたころだ。東南アジアの音楽ではインドネシアのダンドゥットやクロンチョン、タイのルークトゥンやモーラムなどが話題に上り、わたし自身もやはり、その辺のジャンルに首を突っ込み始めたばかりだった。
マレーシアのアルバムで最初に買ったのは多分、『アルバム・ムラユ・デリ』という1982年リリースのカセット。ダンドゥットのような刺激を求めていた当時のわたしには少し物足りなかったが、なんとなく毎日かけて聞いているうち、まろやかで女性的な歌声とコブシにだんだん引き込まれていったような気がする。

間もなく、独学でマレー語(マレーシア語)をやり始めた。これは単に、英語の他になにか外国語をやりたいと思ったからで、当時はマレーシアに旅行する予定もまったくなかった。入門用テキストを修了した後は語学学校にも通い始めたが、初級クラスを終えたところでインドネシア語クラスに変えてしまい、その2年後にはインドネシアへ留学することになった。
話は少しさかのぼるが、初めてのマレーシア旅行は1992年のこと。トランジットで寄ったシンガポールからジョホールバルへちょっと羽を伸ばした2泊3日の小旅行だった。この時、マレーシアを訪れるインドネシア語学習者なら誰もが味わうという「言語ギャップ」を初体験。テレビのニュースはなんとなく理解できるが、街中で普通の人が話している日常会話が恐ろしいほどに聞き取れなかった。ショックを受けたわたしは、現地のラジオ放送をカセットテープに片っ端から録音して日本に持ち帰った。これらのテープは通勤電車の中などで聞きまくり、後に留学先のインドネシアにも持っていくことになったが、リスニングの勉強用というだけでなく、アナウンサーのトークの合間に入るムラユ音楽のリズムとメロディが体内にしみ込み消えなくなる要因にもなったかもしれない。
伝統系のエスニックな音にはすでに慣れ親しんでいたわたしも、おセンチに泣きまくる典型的マレー歌謡の方に興味が沸くまでには2年ほどの時間が必要だった。きっかけは、『アジア・バグ―ス』というテレビ番組でマレーシア人の出場者が歌うラブ・バラードを何べんも聞いたことか。それとも、旅行の時に買ったジアナ・ゼインやラムラ・ラムのカセットを聞くたびに、(東南アジアでの)初恋相手だったマレー娘の顔が浮かび、悲壮感を共有できるようになったせいかもしれない。

1997年から短期間だがシンガポールに住んだとき、ラジオでノラニザ・イドリス(ノラニーザ・イドリス)の歌をよく聞いた。彼女の人気沸騰のきっかけになったヒット曲「アワラ・ドンダン」だ。歌はそれほどスゴイとその時は思わなかったが、濃厚なのに繊細というアンバランスな声質が特徴的だった。同じ年にはシティ・ヌルハリザ(シティ・ヌールハリザ)の「チンダイ」もラジオで流れまくっていた。この曲のプロモビデオをテレビで見た次の週には国境を越えて、2人の最新アルバムと、もう1人気になっていた新人女性歌手リザ・ハニムのデビューアルバムを買った。
そして、1998年にバンコクに移り住んでから約1年。タイ人度100%という感じの快適でのどかな生活に浸りまくっていた頃、ノラニザとシティの共演作が出たことを知り、わざわざマレーシアまで買いに行ってしまった。
3年ぶりに訪れたクアラルンプールは以前とまったく変わらない様子だが、繁華街ブキット・ビンタンには、あのタワーレコードがそびえ立っていた。世界一のノッポビル「ペトロナス・ツインタワー」よりも、こっちの方がすごい。西暦2020年の先進国入りに向け着実に歩んでいるマレーシアの姿をまざまざと見せつけられた気分だ。ホテルの部屋へ帰り『スリ・バラス』を聞きながら、「そろそろマレーシアに住むべきかもしれない…」などと、意味もなく思い始めていた。(よく考えてみると、当時タイには5軒のタワーレコードがあったのだが…)

2000年11月、20世紀最後の年次歌謡大賞「ジュアラ・ラグ」をテレビで見た。最優秀楽曲にシティ・ヌルハリザの「バルキス」が決まった瞬間、同じステージ上にいたノラニザは飛び上がって喜んだ。シティの受賞というよりも、自身のプロデューサーでもあるパック・ンガの作品であること、そしてなによりも、伝統メロディが最も優秀な音楽として選ばれたことが素直に嬉しかったのだと思う。
感動のシーンだった。この人とマレー音楽をもっと応援したいと思った。ものぐさなわたしがお粗末ながらもウェブサイトを開設することができたのは、このシーンのおかげかもしれない。
日本でのマレー音楽認知度向上のために、このサイトがほんの少しでも手助けになれたとしたら、こんなにうれしいことはない。

Hidup Irama Melayu!

2001年1月1日 深井 信



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