長唄とは? 〜 杵屋喜三郎 〜


長唄三味線の始まり
 室町時代、永禄年間 (
1558〜69) 琉球 (現在の沖縄)より堺 (大阪) の港に輸入された三線 <さんしん> (蛇皮線) と琉球組唄が琵琶法師、検校 (盲人の最上級の官位)達により改良された。それが、江戸時代、寛永年間 (1624〜43)に歌舞伎舞踊と供に江戸に下る。始めは伴奏としての小唄 <めりやす>であったものがやがて歌詞が長くなり「長唄」→「江戸長唄」と呼ばれるようになりました。
 * 元禄4年 (
1691)「松平大和守日記」<まつだいらやまとのかみにっき>に始めて「長唄」の名称が記載

長唄宗家とは ?
 
歌舞伎舞踊と供に江戸に下った猿若勘三郎の弟が三味線を弾くようになり、その子孫に、杵屋 喜三郎、吉之亟、勘五郎、六左衛門等の三味線の名手が輩出した。次第に彼等と師弟関係を結ぶ門弟が多くなり、中村座 (猿若勘三郎) の囃子頭としての地位を不動のものとし、「杵屋」(旧姓 : 中村)は、長唄界の宗家 (ひとつの芸能を始めた創始者のこと) としての権威を確立しました。
現在は15代目、杵屋喜三郎が継承しています。「吉之亟」は代々の幼名 < ようみょう >。

三味線音楽について ( 上記の堺に伝わった三味線)
 
唄物系と浄瑠璃系に大別される。
・唄物系 ( 語り物、花鳥風月、など) ― 長唄、端唄、小唄、荻江、等
・浄瑠璃系 ( 世話物、段もの、心中物、など ) ― 義太夫節、清元、常磐津、等

長唄に興味を持たれた方は…
 長唄は日本の人情、風土によって発達し、
370年の歴史ある民族音楽です。興味を持って頂く為には、良師を選ぶ事が必要です。各派の演奏会や、カルチャーセンターの教室を見学することにより、自分に合った師匠を選び指導を受ける事で、長唄の面白さがお分かりになる事と思います。

杵屋喜三郎 ( 長唄協会会長、人間国宝 )

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