死海文書の謎


『死海文書』とは何か?

 1947年、春のことである。場所は中東。死海の北西岸、「クムラン」と呼ばれる地域で、3人のベドウィンの羊飼いの少年が、逃げた羊を捜していた。

 死海は、ヨルダンとイスラエルの国境にある塩湖。湖面は海面下400メートル、地上で最も低い場所だ。周りには洞窟も多い。

 羊飼いは、羊の姿を追って洞窟を一つ一つ覗いていった。と、ある洞窟で不思議な物を発見する。

 それは、高さ60センチほどの壷であった。数は10個。中を検めてみると、奇妙な文字の書かれた多数の巻物が出てきたところどころちぎれ、饐えた臭いを発しているところから見て、相当古い物のようだった。が、埃を払って良く見ると、記された文字は、まるで昨日書かれたかのように鮮明だったのである。しかも、巻物の表面は滑らかで、妙に艶めいてさえいた。

 少年はとりあえず、それらを持ち帰った。これが、今世紀最大の発見と称される『死海文書』の、最初の発見であった。巻物は、同じ年の3月にエルサレムの聖マルコ修道院の大主教アタナシウス・イェシュア・サミュエリの手に渡った。

 巻物を一目見て、大主教は我が目を疑った。そこに書かれていたのは、2000年も前に死語になった古代ヘブライ語だったのである。とすれば、当然この巻物は、少なくとも2000年以上も前の物ということになる。

 試みに、彼は巻物の端を切り取って焼いてみた。すると、皮革の焦げる臭いに混じって、これまで嗅いだ事の無い奇妙な匂いが立ち込めたのである。

 この巻物には、何らかの防腐処理が施されているのではないか、と彼は思った。2000年も前の物でありながら文字が鮮明なのは、その為かもしれない。

 しかし、多くの古文書に接してきた彼も、このような防腐処理のことなど聞いたことが無かった。もしもそうなら、この巻物を製作した人間たちは、未知の防腐処理により、この巻物を悠久の未来まで残そうとしたことになる。

 では、一体誰がどのようなメッセージを?

 彼は、様々な専門家にこの巻物を見せた。その相談に乗った一人が、ヘブライ大学教授、エレアザル・スケーニクであった。ほとんどの学者達が、この巻物を無視した中で、スケーニクはその価値を見抜いた。彼の鑑定により、この巻物の全貌が徐々に明かされろ事となるのだ。

だが、巻物表面に施された防腐処理剤だけは、いかなる化学分析をもってしても、その成分は突き止められなかったのである。

『死海文書』だけの『聖書』にない予言

 『死海文書』は、その後の発掘調査などでぞくぞく発見された。

 いずれも古代ユダヤ教の聖典群で、『旧約聖書』の代表的予言書である「イザヤ書」の2つの立派な写本をはじめ、多くの『旧約聖書』の写本が含まれていた。

 これらの写本は、それまでに知られていた主要なヘブライ語写本よりも1000年近くも古い物であり、『旧約聖書』の研究においては、画期的な意味を持つ物であった。

 だが、更に興味深いのは、写本の中に、これまでいかなる文献にも登場したことがなく、聖書学の専門家でさえその存在を知らなかった、謎の文書群が含まれていたことだ。

 その謎の文書群とは、大別して次の7つ。

 崕ゝ要覧・会衆規定」:宗教結社の戒律が記された書。『死海文書』を製作した教団内の宗規であるとともに、「世の終わりの集まったイスラエルの全会衆のための規律である」と記されており、、終末時の地獄の業火が象徴的に描写されている。そのとき、「アロンのメシア」「イスラエルのメシア」と呼ばれる2人の救世主が現れるという。

◆峇脅佞了輅圈廖20の詩編からなる。宇宙的な規模の破局を描いた壮大な叙事詩であり、来るべき人類の破滅の様相が非常、かつ克明に描写されている。

「光の子と闇の子の戦い」(「戦いの書」):「光の子」と「闇の子」と呼ばれる2派の戦いが記されている。

ぁ屮魯丱ク書注解」:『旧約聖書』にある予言書「ハバクク書」の注解という形をとる予言書。

ァ岾暗義論さ」:ヘブライ語の方言の一つ、アラム語で書かれている。『旧約聖書』の「創世記」の物語の異本。

Α屮癲璽擦慮斥奸廖Э世モーセを召して命じた言葉に始まり、次にモーセがイスラエルの全会衆に語った決別の言葉が続く。

А岷義の書」:「秘密」もしくは「奥義」を意味する語が頻出する謎の文書。「奥義の黙示」とも言われる。
これらの文書は、いずれも羊皮紙がパピルスの巻物にインクで書かれていたが、それ以外に、銅板に彫り付けた物もあった。

 そして、この銅板こそ、この謎の文書を書いた人々の正体を突き止める、最大の手がかりとなったのである。というのも、そこには莫大な金銀財宝の隠し場所と、その所有者と目される「クムラン宗団」の名が記されていたのだ。

ノストラダムスも予言した文書発見

 「クムラン宗団」の詳細については、文末の「補足説明」を参照にして頂きたいが、最重要ポイントは、彼らが厳しい修行や瞑想により卓越した超能力を獲得した、史上希に見る予言集団であったと言うことである。

 そして、『死海文書』にも、人類の行く末や、終末が「予言」として書かれていた。

 それだけではない。『死海文書』こそ、『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」や『コーラン』、或いはノストラダムスなど、その後に登場したあらゆる予言書の原点であり、いわば「原始予言書」ともいうべきものにほかならないのだ。

 それほど重要な予言書が発見されたというのに、『死海文書』発見当時、学会の反応は冷たかった。それどころか、これを「偽書」として葬り去ろうというキャンペーンさえ繰り広げられた。

 しかし、その一方で、イスラエルをはじめとする各国政府、それにバチカンが、激しい争奪戦を繰り広げたのである。

 事実、『死海文書』は、発見以来、常に覆い隠されてきた。

 『死海文書』のなかで、量的にも、内容的にも最も重要な文書とされる「神殿の巻物」が公開されたのは、何と発見から40年を経た1983年になってからのことなのである。しかもこれを公開した考古学者にしてイスラエル軍の将軍ヤディン(先のスケーニク教授の息子である)は、その翌年に、謎の急死を遂げているのだ。

 ちなみに「神殿の巻物」は、クムランにとっての聖書のような物であり、彼らだけに啓示された、新しい歴史計画書ともいえる聖典だった。「最も重要」というのは、まさにこの点による。

 なお、バチカンを中心とする勢力は、その後も『死海文書』の隠匿を続けた。未公開であった『死海文書』の全ページの写真資料が、カリフォルニアのハンティングトン図書館によって公開されるされるに至ったのは、ようやく1991年になってのこと。同図書館も、その写真を返還するようバチカンから圧力を受けている。

 ところで、ノストラダムスの詩に、『死海文書』の発見を予言したと思われる物が含まれている。

 彼の予言書『百詩篇集(一般には『諸世紀』で知られている)』の第1巻、第25番には、次のような予言詩があるのだ。
「失なわれ、長い間隠され、再び見出される。
一人の羊飼いは、半ば神のように尊敬される。
かくして月は、かの長い時代を終える。
他の風説は、不名誉を得るだろう。」

 まず、1行目と2行目だが、「失なわれ、長い間隠され」ていたものが、「 一人の羊飼い」の手によって、「再び見出され」たのは、まさしく『死海文書』発見の経緯そのものである。また、4行目は『死海文書』により、これまでの聖書学や予言解釈における風説(学説)覆されることを意味しているのであろう。

 最も難解なのは、3行目の「月の時代」の解釈だが、ノストラダムスの予言詩において、「月」がイスラム教の象徴であることは、多くの研究家の一致するところである。とすれば、素直に読めば「イスラム教の時代の終わり」を意味していることになる。

 賢明な読者の皆様にはもうおわかりだろう。

 そう、パレスチナに長く続いたイスラム教の時代が終わり、イスラエルが国を築いたのが1948年。そしてこの年は、『死海文書』発見のまさに翌年のことだったのだ。


『死海文書』の未来予言

 紀元73年、5月。マサダの砦が陥落した。

 ローマの圧政に反抗したユダヤ人たちが、紀元66〜73年に起こした第1時ユダヤ戦争。その最後の激闘が、『死海文書』が発見された遺跡から南方の、マサダの砦を舞台に繰り広げられたのだ。

 ここに立てこもったユダヤ人は、女、子供を含めた約1000人。これに対して、フラウィウス・シルワ率いる7000人のローマ兵が襲いかかったのである。

 勝敗は、明らかだった。ユダヤ人達は、ローマ軍の侵入直前に全員が自決したと伝えられている。

 これが、今も世界のユダヤ人にとって。打ち消しがたい記憶となっている「マサダの戦い」である。この日を境に、ユダヤの民は祖国を失い、2000年に及ぶ漂白の運命を背負うことになったのだ。この歴史を知らずして、ユダヤ民族の悲願であるイスラエル建国を理解することはできない。

 時を同じくして、クムラン宗団の人々も、キルベト・クムランの寺院を捨てて、いずこかに姿を消す。

 おそらく、その並外れた予知能力によって危機を察していた彼らは、『死海文書』というはるかな未来へのメッセージを洞窟の奥深くに残し、姿を隠したのだろう。

 かくして、『死海文書』は2000年の眠りについた。そしてそれは、イスラエル建国1年前によみがえったのである。

 これは単なる偶然ではない。なぜなら、『死海文書』に記された予言は、すべてイスラエル建国後にユダヤの民に降りかかる悲劇を告げていたからだ。

 では、この史上まれに見る予言者集団「クムラン宗団」が、『死海文書』にしたためた予言とは、どのようなものだったのだろうか?

 結論から言えば、そこには20世紀末から21世紀にかけての人類の運命が、非情にも記されていた。恐るべきアルマゲドンの様相と、その後に訪れる世界が克明に描かれていたのである。

 『死海文書』を記したクムラン宗団あ、『旧約聖書』のなかでも事のほか重視し、最高の奥義としていたのが、予言書「ダニエル書」である。彼らはこれをもとに新たな霊感を得て、予言を啓示されたのだと言う。

 その「ダニエル書」第9章2節には、次のような言葉がある。

「私、ダニエルは文書を読んでいて、エルサレムの荒廃の時が終わるまでには、主が予言者エレミヤに告げられたように、70年という年数がある事を悟った」

 この「エルサレムの荒廃」とはなにか?それは、同じ章の25〜26節で「エルサレムの復興」が語られている箇所に明らかである。

 そこには、「危機のうちに(エルサレムの)広場と掘りは再建される・・・・その後、都と聖所は、次に来る指導者の民によって荒らされる」とある。

 つまり、聖なる地にイスラエルが建国された後の荒廃が語られているのだ。

 マサダの戦い以来、エルサレムが復興し、「広場と堀が再建」されたことは経った一度しかない。

 すなわち、それが『死海文書』発見の翌年、1948年のイスラエル建国なのである。

 ダニエルによれば、イスラエル建国されてから70年の間、荒廃したままであるという。これはまさしく、現在のイスラエルの状態とぴったり重なる。自分達の論理によって強引にパレスチナの地に侵入し、建国を果たしたイスラエルは、大量のパレスチナ難民を生み、周辺のアラブ諸国と4度に渡る戦争をふくむ、泥沼のような対立を繰り返して来たのだ。

 ダニエルは言う。

「その終わりには洪水がある。終わりまで戦いが続き・・・・そしてついに、定められた破滅が荒廃のうえに注がれる」
 最後の破滅が訪れる?1948年を基点に考えるならば、破滅の時は2018年である。

中東の核戦争は避けられない?

 では、『死海文書』は、破滅をどのように伝えているのか?

 まず第1に、それは核兵器、もしくはそれ以上の兵器(文末参照)を用いた恐るべき戦争だという。たとえば、次のような1節。

「亡びの矢は一斉に放たれて、あやまたず命中する。それはきらめく炎とともに襲いかかり、そこで水を飲む者らは、みな消え失せる」(「感謝の詩篇」3章27・30節)

 これが書かれた約2000年前には無論、ここに描かれたような「亡びの矢」に該当する兵器など、影も形も存在していなかった。戦闘といえばもっぱら槍や刀であり、飛び道具なら弓矢か投石機くらいしか思いつかない時代である。火薬でさえ、この時代から1000年後の未来にならなければ発明されないのだ。

 このような恐るべき兵器など、当時の人間には夢想だにできなかったはずである。

 にもかかわらず、ここに記された兵器は、現代の核ミサイルにそっくりだ。放射能に焼かれ、水辺に逃げた人々をみな消し去るという、この具体性にも驚かされる。

 これだけでも恐るべき事であるが、さらに兵器の威力の描写も凄まじい。

「それは土の礎、陸の果てまでなめつくす。
山々の基は焼かれ、硬い岩の根は樹脂の川となり、大いなる淵にまで燃え広がる。
陸に住む者らも、海をゆく者らのように水の轟におびえる。
逆巻く怒涛が轟きとともに砕け散る。
波が荒れ狂う時、黄泉の門は開き、すべての亡びの矢は放たれる」(前褐書3章14〜16,30〜31節)

 こうした記述は、断じて想像で得られるものではない。まさしく、これらの兵器とその威力を眼前に「見た」人間が、自分達に理解できる言葉を使って書いたレポートに他ならない。

 彼らは、この光景を「神」から見せられていたのだ。未来に起こった実景として。

 だが、真に恐るべき事は、これが核兵器発明の予言だけではないということだ。まぎれもなく、核兵器が実際に使用され、地上の物がみな  
「大いなる禍の中に亡び去る」(前掲書3章37節)と予言していることなのである。

 恐ろしいことだが、ここまで精密に描かれている以上、それが外れるとか、実際に使用されずに終わるということはありえない。恐らく中東を舞台に、核兵器は必ず実戦投入されるのである。

全てが破滅へと突き進んでいた!

 「そんなバカな」と、あなたは思うだろうが、ひと昔前ならいざ知らず、ソ連の崩壊以後、世界の枠組みは大きく変化した。米ソの冷戦構造なき今、核兵器が実戦投入される本格的な戦争など起こり得ない。現に中東においても、長年の宿敵同士であったイスラエルとアラブ諸国の間に、緊張緩和の動きがあるではないか、と。
 
 だが、その見方は甘いといわざる得ない。

 ソ連の崩壊によって、確かに米ソの前面衝突の危機は遠のいたかのように見えるだろう。だが、旧ソ連が保有していた膨大な核兵器は、今も手付かずのまま放置されている。いや、むしろ中央からの強力なコントロールを失って、安全管理は以前よりも杜撰になっているのだ。

 また、軍需産業の民需転換も軌道に乗ったとはとても言えず、武器や原発プラントなどの輸出は増加の一途をたどっている。ウクライナやバルト三国などの火薬庫をいくつも抱え、しかも共産党という箍の外れた現在のロシアは、まさに一触即発の状態にある。

 中東もまたしかり。イスラエルとアラブの対立は、ソ連なき後、米国の強力なイニシアチブのもとに和平が実現しつつあるかに見えたが、1995年に和平推進派のラビン首相が暗殺され、その後を継いだのが和平反対派のネタニヤフだ。こうして今や平和の実現は、「駱駝が針の穴を通るより難しい」といわれている。

 更に気がかりなのは「最後の社会主義大国」中国の情勢である。

 膨大な人口を抱える中国は、今やエネルギー面で湾岸地帯への依存国となりつつある。米国の出方次第によっては、必ず衝突するであろう。

 しかも、中東情勢を左右するイスラエル、イラン、シリア、リビアには、いずれも核保有の疑惑がある。今や中東は、まさしくハルマゲドンの前夜といった状況なのである。

 われわれは、中東で核戦争が起こるかどうかではなく、起こることを前提として、問題に立ち向かわなければならない事態に陥っているといえよう。

迫りくる危機はすべて現実に

 だが、『死海文書』に含まれる「光の子と闇の子の戦い」(「戦いの書」)、「感謝の詩篇」、それに『旧約聖書』の予言者たちやイエスらの言葉を総合すれば、核戦争さえも終末時の人類を襲う災厄の一部でしかない。

「感謝の詩篇」には、次のような描写がある。
「貧しい者らの生命は大いなる混乱にさらされ、迫りくる禍・・・その時、亡びの罠がことごとく開く」(3章25〜26節)
「亡びの罠」は核兵器一つではないのだ。様々に張り巡らされた「罠」が、その時「ことごとく開く」のである。

 では、2018年の最終破局に向けて、次々と開きつつある「亡びの罠」とは何か。
まずその第1は人心の混乱である。
「感謝の詩篇」には、「大いなる禍の中に亡び去る」(3章34節)前に、「地上の物はみな気が狂う」(同じ)とある。
「地上の物」が「みな」かどうかは別にして、人類の精神が今、深く静かに狂気に蝕まれているのは事実である。

 これは、例えば犯罪の若年化、異常化などに現れている。銃器を使った犯罪やドラッグ乱用など年々拡大する一方だ。世界規模で子供までもがこうした犯罪に手を染めている現状は、まさしく『死海文書』の予言が現実化していることを物語っている。

 また、「感謝の詩篇」には、「あらゆる木々が、青木、枯れ木の分かちなく根こそぎにされる」(3章29節)という描写もある。実はクムランの人々が「ダニエル書」とともに重視した『旧約聖書』の予言書「イザヤ書」にも、同様の予言があるのだ。
「水は干上がり、草は枯れ、青草は尽き、緑はなくなる」(15章6節)
これらは、まさしく現代における森林破壊の状況を鋭く指摘した物だろう。
たとえば1980年から90年までの10年間で、熱帯雨林の総面積は1億6900万ヘクタールも減少した。こうした事が現実になったのは、歴史上、現代をおいてほかににない。

 破滅時には、人類は様々な疫病にも悩まされる。「感謝の詩篇」は、その様子をこう語る。
「一瞬ごとに、次第に力が尽き、肉は時とともに衰える。
力は身体から抜け、身体は蝋のように溶ける。
腰の力はまったく萎え、腕は付け根から折れ、膝は水のようなって、歩むことすらできない」(8章31〜34節)
これなどは、まさに「エマージングウイルス」と称される、エボラウイルスやマールブルグ病、ラッサ熱などの熱帯性熱病、腎症候性出血熱などの感染症を思わせる。もちろんエイズや狂牛病などもその範疇に入るだろう。

 このように、我々人類は、2018年の最終破局に向けて、『死海文書』の予言通りの道を着々と歩みつつあるのだ。

破局後の人類の行方

 前章では、『死海文書』の予言と、それが現実化しつつある現状を見そこには確かに、「地上の物はみな」「大いなる禍の中に亡び去る」との断定があった。

 では、未来には、亡びの道しか残されていないのだろうか。

 そうではない。確かにおそるべき予言ではあるが、そこに一抹の救いがないわけではないのだ。

 たとえば「宗教要覧」には、次のような一節がある。

「およそ、立法の会議から離れて、自分達の心のかたくななままに歩んではならない。
その時は、彼らは共同体の人々が初めに教えられた第一の掟によって裁かれる。
アロンおよびイスラエルのメシアが現れるまで。」(第9章9〜11節)

 終末の際、ユダヤの民は「律法の会議(神に啓示され、宗団が伝え発展させた律法の伝統)」から離れて、勝手なことをしてはならない。もしそんなことをすれば、ユダヤの民といえども「掟」にしたがって裁かれる。と、ここにはあるのだ。

 言い換えれば、宗団の規律、すなわち神の裁きの掟は、全人類にとって、終末まで有効であるということを意味する。ここでいう、「終末の時」とは、「アロン及びイスラエルのメシアの現れる」時をさす。

 つまりハルマゲドンとは、恐るべき破局であると同時に、2人のメシアの出現する希望の時でもあるのだ。

 ユダヤ・キリスト教系の予言において、終末時に「メシア」が出現し、正しき者を救う、というのはひとつのセオリーでもある。

 だが、この「メシア」の解釈において、『死海文書』は際だっている。なぜなら、はっきりと「メシア」は2人である、とうたわれているからだ。
『旧約聖書』の黙示文学のほとんどすべて、或いは「マタイ伝」などにみられるイエスのことばや、「ヨハネの黙示録」などの『新約聖書』の予言においても、終末時に出現する「メシア」は1人だ。

 ユダヤ・キリスト教の伝統の中で、「2人のメシア」が予言されているのは、『死海文書』が唯一といってもよい。厳密には、「アロンのメシア」という言葉は『旧約聖書』の「レビ記」などにも登場する。が、「イスラエルのメシア」は、『旧約聖書』のどこにも見当たらないのだ。「2人のメシア」…その正体は何なのか?かれらは、破局を迎えた人類に何をもたらすのか?

 そもそも「アロン」とはモーセの兄であり、モーセとともに、イスラエル人の「出エジプト」を導き、神の名を受けて最初の司祭長となった人物だ。ユダヤ教の祭儀を確立したといわれ、そのためアロンの子孫は、バビロン捕囚以後、代々祭司職を務めたのである。

 このようなことから考えれば、「アロンのメシア」とは、ユダヤの祭司階級の末裔であろう。すなわち『死海文書』を残したクムラン宗団の後継者ではないだろうか。卓越した超能力をもって、誰よりも明確な啓示を受けた彼らこそ、「祭司」の名にふさわしいからだ。

 だとすれば、これは彼らの秘儀を受け継ぐもの、すなわちフリーメーソンを意味する(文末参照)。彼らこそ、破滅後の世界に新たな宗教理念を提示し、ユダヤの民に新しい光を投げかけるのである。メーソンの密議の神殿の奥深くに秘蔵された古代の叡智は、こうしてよみがえることになる。

歴史の闇に消えたイスラエル十氏族

 では、もう1人の「イスラエルのメシア」とはだれか?

 これを知る為には、どうしても避けて通ろことのできない問題がある。「失われた十氏族」である。

 モーセの有名な出エジプトの後、イスラエル十二氏族は、祖父の地にあるカナンに建国し、繁栄の絶頂を極める。が、やがてかれらは神との契約を忘れ、北のイスラエル王国(十氏族)と南のユダ王国(二氏族)に分裂してしまう。

 そして紀元前8〜前6世紀にかけ、北のイスラエルはアッシリアに、南のユダはバビロニアによって滅ぼされてしまった。このうち南の二氏族は有名な「バビロン捕囚」の後にカナンの地の戻ってくる。現在のユダヤ人は、みなこのユダ二氏族であり、クムラン宗団も例外ではない。

 これに対して、北の十氏族は、ついにカナンの地の帰ることはなかった。彼らの行方は杳として知れず、そのまま歴史の闇に消えていまうのである。

 だが、『旧約聖書』には、終末の時代、イスラエル十氏族が戻ってくるという予言が残されている。

「見よ、このような日がくる、と主は言われる。
わたしはダビデの為に正しい若枝を残す。
王は治め、栄え、この国に正義と恵みの業を行う。彼の代にユダは救われイスラエルは安らかに住む」(「エレミヤ書」23章5〜8節)

 すなわち、終末にはユダとイスラエルが再び一体となる、というのだ。

 このことから考えて、もう一人のメシア、つまり「イスラエルのメシア」とは、この「失われた十氏族」の末裔であることはほぼ間違いないだろう。

 では、彼らはどこにいるのだろうか?

 その行方をめぐっては、今も尚、さまざまな説がささやかれている。イギリスに渡ってケルト人の祖先となったとか、インドや中国、或いはアメリカに渡りインディアンの祖先になった等、百花繚乱である。

 だが、最も説得力があるのは、彼らが日本にやってきて皇室の祖先になったという、いわゆる「日ユ同祖論」であろう。

 皇室の3種の神器にはヘブライ文字が書かれているとか、伊勢神宮の灯篭には「ダビデの星」の図案が見られるなど、この説を裏付ける物的証拠は多い。

 歴史的に言えば、第26代の継体王朝いかがユダヤ系であるという説も有力視されている。

 このように、「失われたイスラエル十氏族」の正体とは、他ならぬ、日本人である可能性が高い。

 とすれば、『死海文書』に登場する「イスラエルのメシア」も、日本のことと取れるのだ。

終末に果たす日本の役割とは?

 これを裏付ける証拠が『死海文書』のなかにある。それは、もっともなぞめいた書物とも言える「奥義の書」の次の言葉である。

「それは、悪が義の前から退く時に起こるだろう。
悪は永遠に終わるであろう。
そして義が世界の基準として、太陽とともに現れ出るであろう。
驚くべき奥義を止めておくすべての者は、もはや存在しない。
この言葉は確実に実現し、この託宣は真実である。」(1章6〜8節)

 日本の予言解釈学において「太陽」といえば国旗に太陽を書く国、すなわち日本を意味するのがセオリーになっている。

 この詩は、終末の混乱を救う義の基準として、日本が出現することを予言しているのだ。この点からも、「アロンのメシア」と並ぶもう一人のメシア、すなわち、「イスラエルのメシア」は日本から出ると考えられる。

 では、この救世主はどのような働きをするのだろうか?

 『死海文書』をよく読むと、「アロンのメシアが…最初にパンに手を出すべきであり…その後にイスラエルのメシアが手を出し…その後、共同体の全会衆がその位に応じて祝福する」(「会衆規定」2章13〜21節)とある。

 この2人の救世主(個人とは限らず集団の可能性もある)は、会衆に先立って「祝福」の象徴である「パン」に手を伸ばす。その後、全会衆がそれにあずかるのである。

 これが何を意味するのかはハッキリとは分からない。だが、恐らくは「新たな種」への進化なのではないのか、と想像できる。その先陣を切るのが、アロンとイスラエルのメシアなのだ。

 生物の進化には、長期にわたって変化のない穏やかな続いた後に、突如としてまったく新しい生命形態へ爆発的な飛躍を遂げる、というパターンがある。

 そしてその飛躍が起こる際には、必ず何らかの大量絶滅、カタストロフィーがあったとされる。もしかするとカタストロフィーが、生命に眠る進化へのスイッチをオンにするのかもしれない。

 いずれにせよ、人口、エネルギー、文化など、あらゆる面において人類が極限に達していることは間違いないようだ。このまま、同じような世界が未来も続くと信じている人はいないであろう。

 解釈の当否は別として、予言されたハルマゲドンは必ず起こる。

 なぜなら、それが『死海文書』そのものの言葉だからだ。最後に、再び『死海文書』の言葉を借りて、この稿を終わることにしよう。

「この言葉は確実に実現し、この言葉は真実である」



クムラン宗団とは?
 クムラン宗団は、ユダヤ教の一派「エッセネ派」に属する教団である。エッセネ派はほかのパリサイ派、サドカイ派に比べ、熱烈にメシアを待望しており、中でもクムラン宗団は、メシアの啓示を強く受けていた。
 彼らは『義の教師』と呼ばれる人物に率いられ、12人の信徒と3人の祭司からなる議決機関を持ち、10人ごとのグループに別れて律法を学び、厳格な戒律を守り、生活の細部に渡り清浄さを保ちながら修行に明け暮れていた。こうした修行の過程で、彼らは神から直接メッセージを受信できるほどの超能力を得たのである。
 かのローマ軍の手から『死海文書』を守り抜いたばかりか、何千年もの時を越えてそれを保存できる防腐処理の技術力までもちあわせていたのは、その能力の一端の発露にほかならない。
 彼らは紀元前100年頃、パリサイ派から迫害を受け、人里は離れたキルベト・クムランにあつまり、紀元67年の第1時ユダヤ戦争のころまで、ここに定住。現在「キルベト・クムランの遺跡」と呼ばれる廃虚がかつてのクムラン宗団の本拠地であった。

クムランとイエス
 キリスト教で唯一の「救いの主」とされるイエス。彼は伝道開始以前、どこで何をしていたのか?答えのヒントは洗礼者ヨハネとイエスの関係にある。
 今日、ヨハネはクムラン宗団の出身といわれている。イエスはヨハネから受洗したことから見て、もともとヨハネの弟子だった。つまり、イエスもクムラン宗団の出身で、若い頃ここで修行を積んでいたのである。イエスはクムランでの修行で超能力を得た。そしてある日、強烈な啓示を受けて、独自の伝道をはじめたのだろう。しかし、短い伝道活動の後、彼は磔にされて死んでしまう。
 集団活動を重視するクムランにとって、イエスの伝道は反逆と映った。しかし、彼らはイエスを自分達のもとに返らせるべく、超能力を持ってイエスを生き返らせる。今日「復活」と呼ばれる奇跡がそれだ。生き返ったイエスはクムランに帰り、生涯をここで過ごしたと考えられる。
 しかし、この奇跡を目の当たりにし、イエスの教えを受けた信徒達はクムランに属することなく、独自の宗教を打ち立てた。これがキリスト教である。キリスト教の教義や儀式にクムラン宗団との類似点が多いのは、いわばクムラン宗団の変形であるといえよう。

クムランの末裔
 クムラン宗団は、中東世界に伝わる古代密議を集大成し、独自の体系にまで昇華させた教団だった。彼らは、第1次ユダヤ戦争の終結とともに、歴史の表舞台から姿を消すが、それですべてが消滅したわけではなかったのである。
 古代ローマ帝国は密儀宗教の坩堝だった。特に古代エジプトのオシリス・イシス密儀が取り入れられ、セラピス神信仰となって、後の西欧神秘思想の源流となる。
 このセラピス神殿を意味する「テラペウタイ」という語は、エジプトにおけるエッセネ派の通称で、その儀式は、近代に至る西欧の秘教形成の源流ともなった。つまり、クムラン宗団の秘儀は、歴史の闇の部分で連綿と受け継がれていたのである。
 近代以降、その巨大な体系を継承、発展させてきた集団がある。フリーメーソンだ。世界に隠然たる力を振るう彼らこそ、クムランの教の姿だ。

現在核兵器以上の兵器などあるのか?
現在、我々地球上で最も破壊力がある兵器といえば間違いなく核兵器であろう。

 ところが現在アメリカで核兵器以上の破壊力を持つ兵器が開発されているとう情報がある。その名も「ハープ計画」
 これは、一種のマイクロウェーブを使った兵器であり地上のありとあらゆる物質を原子単位で破壊する。
 核兵器などは地上を汚染するがこの兵器は地上を汚染せず、さらに、確実に敵を駆逐する恐るべき兵器である。



説明:この文を書いたのは1998年だったと思います。今、読み返すと特に後半部分がかなり電波入っていて自分でも痛いです。

TOP