
FUJI ROCK FESTIVAL '99
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7/31。
早朝の新幹線で苗場に向う。フジロックフェスティバルの2日目、3日目に参加する為だ。前日からスマッシュのHP等でその盛り上がりを目にして、すっかりテンションが高くなってしまっている。万が一のことも考えて、荷物が多め。新幹線の中で他のメンバー3人に笑われる。
苗場に到着。駅にはなんともビッグでファンキーなモノがそそり立っている。男性器と女性器をかたどったこのオブジェに、祭りの始まりを予感する。
天気は最高。シャトルバスに乗込み、会場へと向う。バスの中で少し眠る。
会場に到着。苗場プリンスホテルの背後には、無数のテントの群れ。これがキャンプサイトだ。(写真に写ってる人は知り合いでもなんでもない。でもいい顔してる。)
入場ゲートで、チケットをリストバンドに交換し会場に入る。沢山のボランティアがゴミ袋を配っている。空気は清々しく、歩く人たちはみな笑顔。グリーンステージに到着し、一緒に見る他のメンバーと合流。僕は全て初対面の人たち。緊張する。前日のステージではPROPELLERHEADS with JUNGLE BROTHERSが良かったらしい。そいつは見たかった。JUNGLE BROTHERSは3日目にダンステントでもやったのだけど、ハッピーマンデーズと重なってしまい見ることが出来なかった。
その後屋台村で食事をとって、レジャーシートの上でごろごろしているとスカパラが始まった。僕のフジロックは、中村達也(from BJC)のカッコいいドラムソロから始まった。
会場でまず気づいたのはトンボの多さ。とにかく大量にいる。人の体にも躊躇せずとまる。
スカパラは文句無しに盛り上がる。次のボアダムズは前で見ようと決意し前線にあがる。間抜けヅラしてステージを眺める。
ボアのステージで最初の昇天。突き抜ける青空の中のノイズとドラムの爆音が皆を躍らせる。完全に酩酊状態。いきなり気持ち良すぎる。
グリーンステージ正面からの眺め。山の緑が素晴らしい。会場には山から風が降りてくる。灼熱の太陽に照らされても、風に吹かれると生き返る。木陰も沢山ある。ホワイトステージとの間にある小川では水遊びする人多数。
UAは僕にとっては休憩時間。心地よいダブの音響の中横になる。会場内も完全にうまってきた。薄着(過ぎる!)女子たちの姿を眺め、随分と幸福な気分になる。でも写真をとったらなぜか半裸の男の姿が。男の2割はこんな格好。
レイ・デイヴィスがスタート。ほとんどの人にとってはこれが休憩時間のようだ。僕はキンクスの熱心なリスナーではないが、彼のことを知らない人も相当数いたようだ。ステージ前の普段ならモッシュポイントとなるブロックが、みるみるオッサン達でうまっていく。「sunny afternoon」,「you really got me」,「all day and all of the night」「waterloo sunset」と超有名曲が続き、最後は「Till the end of the day」。オッサンはオッサンなりに熱烈に盛り上がる。「waterloo sunset」で思わず泣きそうになる。
お腹が空いたので、屋台村へ。向こうに見えるのがLevis New Stage。くるり、WINOなんかが演奏する小さなステージだ。ダンステントからの強烈な重低音を体に浴びながら、地べたに座って和牛串焼きを喰らう。うまい。他にもタイラーメン、ドネルケパブ、ステーキライスなど食欲をそそるものがいっぱいある。500mlのペットボトルは200円、食事は500円均一。なかなか良心的な価格設定だと思う。
SKUNK ANANSIEのステージが始まる。僕はレジャーシートの上で休憩。スキンヘッドのボーカルの女の子が凄い迫力で歌いまくる。客も挑発されてステージ前のブロックは沸騰状態。あのボーカルは凄い。バックの演奏は僕の好みじゃなかったが、彼女はソロになってビョークのようにヘッドライナークラスになるかもしれない、と勝手に予想する。ホントに力のあるボーカリストだ。
ホワイトステージに移動してeastern youthを見る。徒歩で10分くらいの距離がある。移動中に一番好きな曲である「夏の日の午後」が聞こえてくる。「蝉時雨と午後の光 まだ生きて果てぬこの身なら」と歌いながら走ってステージに到着。グリーンに比べるとかなり小さいステージで、下が土の為、前の方は砂ぼこりがたっている。連れを後ろに残し、前方へ突進。夕暮時に吉野の絶叫。客もダイブしまくり。「こんなしみったれた演奏でゴメンな、下手だと思った人すんません、LINP BIZKIT行けば良かったと思う人、今からでも遅くないよ」と自虐的なMCとともに「例えば僕が死んだら」のカバーを演奏。最高。ラストはまだ残る夕日を背にして「青すぎる空」。良かった。
ホワイトステージ側からグリーンステージを見下ろす。左手に見えるのが回収されたペットボトルの山。去年もそうだったらしいが、ゴミの分別は徹底されていて、多くのボランティアが回収ボックスの中で汗まみれで働く。僕も当然携帯灰皿持参で、ぽい捨てなどしなかった。ホワイトステージ横でトイレを待っていると、古びたハイエースワゴンに乗って、eastern youthのメンバーが手を振りながら帰っていく。あんなボロ車に乗っているのか。感動。
ホワイトステージで、ATARI TEENAGE RIOTがスタート。結構前の方にいたのだけど開始10分で、後退する。周囲は騒乱状態。音は我慢できないインダストリアルな感じで、ライブというよりアジテーション&決起集会みたいな感じ。PUBLIC ENEMYにも似ているが、彼らにはいい意味でも悪い意味でも、ファンキーさが微塵もない。ちょっとこれに付いてく元気はない。グリーンステージに撤退。
CHEMICAL BROTHERSのステージが始まっている。演奏に合わせて巨大な映像を流している。この日一番のダンスの渦。全ての踊れないロックリスナーは彼等によって、ダンスの快感を知ったのだろうか。正直、僕には分からない。しかし会場の一体感は最高で、僕もいつのまにか踊っていた。夜空の星が驚くほどくっきり見える。凄い光景だった。
トリはBLUR。「TENDER」でスタートする。これは本当にいい曲だ。カモンカモンカモンと大合唱が起きる。デーモンはステージの明かりを消させて星を眺めたりする。このキザ野郎が。
「13」からの曲が次々と演奏される。「coffee&TV」でのグレアムのボーカル。僕はBLURにこのギタリストがいなかったら、きっともう聴いていないと思う。技術はドラム、ベース同様に無いが、いい感じのギターを弾く。そもそも上手く演奏しようと思ってない感じ。ペイブメント直伝のノイズギターでポップソングをかき乱す。40分程で一旦演奏終了。第2部に流れ込む。
第2部はヒットパレード。ビートルハム(だっけ?)でスタートする。懐かしい「ポップシーン」も演奏される。最後にアンコールで「GIRLS&BOYS」「PARK LIFE」「SONG2」。「GIRLS&BOYS」ではまたもや泣きそうになる。当時を思い出すからかもしれない。足がくたくたになる。これで31日のライブは終了。しばし休憩し、今日で帰るメンバーと別れの挨拶をする。引き続き明日も観る3人で、苗場プリンスに向う。
8/1。
なんで苗場プリンスなんかに泊まれるのか良く分からないのだけど、ちょっとしたブルジョア気分で徒歩でホテルへ。シャトルバスはとんでもない長蛇の列になっていた。ホテルにつき、同室の人達(これも初対面)に挨拶し、シャワーを浴びる。翌日のホテルの部屋からの写真がこれ。リッチな気分だ。無職なのに。
ホテルの朝食を食べずに、場所取りの為会場に向う。屋台村で食事。エチオピア料理の「クィーンズシチュー」。これはとても美味かった。白ワインで喉を潤す。
この日は夜のマンデーズに照準を合わせて、日中は無理をしないことにする。清志郎まではずっと日陰で聴いていようと思ったのだが、FEMI KUTIに続いて登場したCATATONIAが結構良くて、前の方まで行ってしまう。ウェールズのバンドで、ボーカルの女の子の声がとても可愛い。まったりした曲ばかりでダイブなど起こりようもないが、いい演奏だった。
またもや食事をして(ウマイものが多いから喰いすぎてしまう)、レジャーシートに戻ってくると席の後方に人だかりが出来ている。見に行くとマニ(元ローゼス、現プライマルスクリーム)がいるではないか。確かダンステントでDJをするために来てるのだ。マンチェスターUのレプリカを着てる奴を見つけて喜んでいる。そういえばサッカーのシャツ着ている奴が多かった。一番人気はやはりマンU。BLURの時はチェルシーのユニフォームを見かけた。他にもユベントス、バイエルン・ミュンヘン、オランダ代表、バルセロナなど出演者に関係ないものも多い。僕も横浜FCとFC東京のタオルマフラーを首にしていた。ロックンロールとフットボールは相性がいい。
清志郎がスタート。ほとんどが「ラフィータフィー」からの曲。シンプルな4人編成。勿論リードギターも清志郎。「雨上がりの夜空に」をやるようなサービスは一切なし。みんなが知らない曲でぐいぐい押す。しかしどうしようもなくカッコいい。MCは「〜でござる」と最近の彼のはやりの武士口調。それが途中から「暑いゼベイビー」と普通に戻る。そして圧巻はパンクアレンジの「君が代」のシャウト。ただただ君が代の歌詞を繰返す。ギターソロでは君が代のメロディーと「星条旗よ永遠なれ」を猛烈なテンションで弾きまくる。「歌えって言うから歌ってやったぜ!」ということだろうか。オッサンはいつまでも最高のパンクロッカーだ。ラストはこれもニューアルバムの「SWEET LOVIN'」で終わり。
この後、夜にそなえて休憩をとる。OCEAN COLOUR SCENE(この人たち演奏がメチャクチャ上手い。)では近くで観てた知らない女の子と談笑しながらダラダラしていた。「私もう結構いい歳なんですよ」というから聞くと26歳だった。同い年やんけ!初日から来てるという彼女達の一行は、クーラーボックス、アイスジェルなど完璧な準備だった。そして写真には撮ってないのだけど、HOLEの替わりで出演したバーナード・バトラー、これが良かった。素晴らしいメロディーとギター。2日間で最高のギタリストだった。しかももろニールヤングの影響を受けました、って感じの激しいギターソロが鳴らされる。
その後、明日は仕事という連れが帰る。硬い握手をかわし、暗くなってきた苗場を後にする彼を見送る。残った二人でジョー・ストラマー。皮パンでなく、ダボパン。薄くなった頭で熱唱するジョー。でもあの声を聴くと無条件に盛り上がる。ロンドン・コーリングで泣きそうになるが、ハッピーマンデーズを観るため、ホワイトステージに移動する。
ホワイトステージは時間通りの進行。マンチェスターUのユニフォーム着た集団が「ユナイテッド!」コールで盛り上がっている。スマッシュの日高さんが出てきて「このフェスティバルの主役はあなたたちです。有難う。来年もやりましょう。それではマンチェスター軍団がこのステージを乗っ取ります!」と紹介する。そしてヤツラが登場する。「LOOSE FIT」でスタートする。後方の客までみんなが踊り始める。僕も我を忘れて踊る。ベズは昔と全く同じ動きで客を煽る。ショーンライダーは太って、時折歌詞を間違えたりしながら、相変わらずダラダラと歌う。ベストの選曲。ベズは最高のパフォーマーだ。彼のダンスだけで会場が揺れる。ピースな空間があっという間に出来上がる。
「KINKY AFRO」「STEP ON」「GOD'S COP」「 DENNIS & LOIS」「HALLELUJAH」。祭りはいつ果てるともなく続いていく。前にいた男はキャンプサイトでずっと生活してたのか汗くさい体を、揺らし続ける。全員がベズに合わせて手を振る。ショーンはマンUのユニフォームに着替える。最後は「WROTE FOR LUCK」で完全に高みへ。この時間が終わって欲しくないと願うが、終わりの時間がやってくる。僕も汗びっしょりのまま放心したようになってしまう。スタッフがステージにあがり挨拶する。大きな拍手が起こる。終わった。とりあえず僕のフジロックは最高のライブで終わった。
その後CHILL OUTの為に会場を散歩。行こうと思いながら行けなかったフィールドオブヘヴンへ行く。PHISHの演奏がまだ続いていた。(聞くところによると)おそらく3日間を通して演奏し、最も評価の高かったバンドらしい。僕にはもう力が残っていなかったが、なんとも言えない緩くて、サイケな演奏は心地よく、多くの人がゆっくりと体を揺らしていた。このステージは他のステージとは違う感じだ。会場のあちこちにロウソクがともり、ラベンダーの香りがする。このステージもちゃんと観たかったな。
その後、荷物を取りにグリーンステージに戻る。ボランティアスタッフがゴミを拾っている。そう、やはりゴミはどうしても出てしまう。彼らがいなかったら、こんなフェスは絶対に出来ない。警備の人も、屈強なセキュリティの外国人たちも、会場整理のシミズスポーツの人も、最低限の人数だったがこのフェスは成功したと言えるのではないだろうか。スタッフに感謝の声をかけている観客も沢山いた。店じまい寸前の店でジュースを買ったら「お疲れ様でした」と声をかけられた。屋台を出していた人たちも、とても満足げな顔をしていた。嬉しかった。
グリーンステージでは、ちょうどZZ TOPの演奏が終わったところだった。まだ沢山の人が残っている。「ZZ TOPがみなさんが帰ってしまうのをとても心配しています」と日高さんが事前に呼びかけたの効を奏したのだろうか。そしてさらにその後にはアルゼンチンのバンドのTODOS TUS MUERTOSがステージにあがることが発表される。しかしさすがに僕らに体力は残っていなかったので近くのホテルに泊まることにする。ちゃんと当日宿泊案内のブースがあったのだ。素晴らしい。
8/2。
翌日のシャトルバス乗り場は、またもや長い列が出来ていた。しかし、残っているのは月曜日に予定がない人ばかり。のんびりとバスを待つ。
バスに乗って、越後湯沢駅へ。途中で会場を見下ろす場所を通りかかる。ここで僕は2日間過ごしたのだ。最高の音楽と、空気と、太陽と、食い物と、酒と、そして人間達がいた。
苗場と東京は近いと思った。新幹線で1時間ちょっとである。遠いと思う人もいるかもしれないが、1時間であの空気が吸えるなら、東京でやるよりいいだろう。家にたどりつき、ベッドに倒れ混む。夕方ころ起きた。そして腕のリストバンドをカッターで切り取る。
8/3。
昼ごろに起きだして、祭りの後の寂しさを感じながらこのリポートを書いている。僕は多分誘われなかったらこのフェスには参加しなかった。今、参加して本当に良かったと思う。場所が遠いとか、出演者にイマイチ魅力がない、とかお金がかかり過ぎる、と思っていた。でもそんなことは全然関係なかった。
もしラインナップの中で2、3個しか知ってる名前がなくても行って後悔はしないはずだ。なぜならライブであるまえにこれはフェスティバルだからだ。全国の音楽好きが、気合を入れて楽しみにやってくるお祭りなのだ。批評家になってバンドを見てもつまらない。楽しむことが大切だ。
お金に関して・・・チケット代:30000円、旅費:14000円、宿泊費:17000円、その他雑費:10000円、その他準備にかかったお金:9000円。合計で80000円の出費である。確かに痛い出費だけど、お金は使う為にあるのだ、ということを実感できる。
そうやって僕は僕はフジロックフェスから生還した。これから年々体は衰えるけど、また参加したいと思った。2日間とも快晴で、もしも雨が降っていたらこんなにいい思い出ばかりじゃなかったかもしれない。でもこのそのリスクを背負うだけの価値はある祭りだ。
最後に恥ずかしいけど一つ。ウッドストックは「ロックンロールで世界が変えられるかもしれない」という祭りだった(よく知らないけれど)。そして90年代も終わる今、日本で開催されたフジロックフェスは、「音楽で世界は絶対に変らない」ということを物語っているような気がした。そして同時に「音楽で人生が変る」ことだけは事実だということも。あそこに集まった人たちは音楽によってつき動かされてきた人たちだ。程度の大小こそあれ、音楽はその人の生き方に関ってきた。優れた音楽によって、ネクタイを締め続ける人もいれば、全身にタトゥーを入れる人もいる。つき動かされ方は人によって全然違う。その人がどんな音楽が好きかということは全く問題ではないのだ。そのことが僕はよく分かった。
少なくとも僕にとって音楽は特別な存在で、そのことは僕のやり方に大きく関ってきた。圧倒的な自然の中で鳴り響く音楽も、遠く離れてしまえば誰の耳にも届かない。だけども近寄ってみればそこには確かに、人を動かす熱が存在するのだ。その熱がどんな風に、どこに伝わっていくのかは誰も知らない。そして最終的に自分を動かすのは、自分でしかない。そのことが理解できて、とても嬉しかった。
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