●MACCHI M.C. 72
 ~ 遅れてきた英雄 ~

助手:前回のXB-70バルキリーで思い知りましたが、航空機の歴史は戦争の歴史でもあるみたいですね。
博士:それを否定するわけではないが、決してそれだけではないぞ。 事実、第一次世界大戦前のヨーロッパでは様々な飛行機レース(エア・レース)が盛んで、それが航空機の発展に大いに貢献したのじゃ。
助手:純粋に「空を飛びたい」から始まり、「もっと遠くへ」「もっと高く」「もっと速く」という情熱の時代ですね。
博士:うむ。では今回はその情熱が生み出した傑作を紹介するとするか。


【 写真01:マッキ MC72 】
1933年に記録した最高速度709km/hは、それから70年経っても破られていない。
「M.C.」とは制作者、マリオ・カストルディのイニシャル。
 
【 写真02:マッキ MC72 】
磨き抜かれた美しいライン。長いノーズに収められたエンジン、「AS.6」はフィアット製12気筒エンジン「AS.5」を2つつなげたもの。このモンスターが2重反転金属製プロペラを回転させる。




助手:これまた美しい飛行機ですね。
博士:これはイタリアのマッキ社が、シュナイダートロフィーの為に開発した マッキ M.C. 72じゃ。


シュナイダートロフィー・レース
 様々な前世紀前半のエア・レースの中でも、特に名勝負と華々しい展開で今でも有名なレース。
ほぼ三角形をした一周約50Kmのコースを3周し、スピードを競う。
スポンサーはフランスの富豪ジャック・シュナイダー。彼が水上機・飛行艇の発展を願って賞金を寄付したことにより、1913年にはじめられた。
はじめは飛行艇クラブの競争会みたいな雰囲気だったらしいが、1920年代に入ると、国が総力を挙げて参加し、国家の威信と自国の航空技術力を賭けた激しい競争に加熱していく。
優勝すれば次回の開催地を優勝国にでき、5 年間で三回優勝するとトロフィーが永久保持できるというルールで、イタリアが2連勝すればイギリスが阻止し、アメリカが2連勝すればイタリアが阻止し、イギリスが2連勝すれば・・・という白熱した展開で盛り上がった。
最終的に12 回開催された。
1931年にイギリスが三連続優勝を飾り幕を閉じた。


助手:水上機レースってめずらしいですよね?
博士:この時代は陸上機より水上機の方が速かったのじゃ。
助手:それはなぜに? 水上機には大きなフロートがある分、陸上機より遅そうに思えますが?
博士:フラップが実用化されていなかった・・・つまり油圧システムの導入がまだでの。陸上機は滑走路や離着陸速度などの理由で翼面荷重をあまり大きくできず性能が伸び悩んでいたんじゃ。
反面、水上機は広大な水面を滑走路として利用し、エンジンのパワーも大きくできたし翼面荷重も稼げたというわけじゃ。
助手:それでシュナイダートロフィーが国の威信をかけたレースになっていったんですね。
博士:さよう。して、11回目の1929年、とうとうイギリスのスーパーマリンS.6Bが3連続優勝に王手をかけたのじゃ。イタリーとしては黙っているわけにはいかん。


【 写真03:スーパーマリンS.6B 】
1931年にジョン・ブースマンによる操縦で優勝。イギリスにシュナイダートロフィーの永久保持をもたらした名機。設計は第二次世界大戦中の名機スピットファイヤの設計者であるレジナルド・ミッチェル。エンジンは、Rolls-Royce R 2300 cv , 最高速度は625km/h。
MC72はこいつをうち破るために作られたのだが・・・。




助手:イタリア人ってこういう勝負事が好きそうですもんねぇ。
博士:それはどうだかしらんが、とにかく彼等の気合いは普通じゃなかった。その気合いが天才的設計者マリオ・カストルディにこのM.C. 72を作らせたのじゃ。このM.C. 72には必勝のための秘密があった。
助手:それはどんな?
博士:それはこいつのエンジン「AS.6」にある。
助手:ほほう。エンジン。
博士:2つのフィアット製V型12 気筒1,500馬力エンジンAS.5を直列でくっつけて1つのエンジンとしたのじゃ!
助手:24気筒! スーパーマリンS.6Bのロールス・ロイス12気筒の倍!
博士:これでロールスの2,300馬力に対し、フィアットは3,000馬力じゃ!
助手:すごい、勝利が見えてきました!
博士:しかも特殊な伝達装置で金属製の2重反転プロペラを回転させる。
助手:それにはどのような意味が?
博士:単純にパワーを推進力に変える効率という意味だけではない。この頃のレーサー機はパワーウェイトレシオをあげるために小さな機体に大きなエンジンをのせていたのじゃが、それが行き過ぎてエンジンのパワーに機体が負けてしまうようになった。
そこで、MC72は2重反転プロペラを採用したのじゃ。2重反転プロペラは互いのトルクをうち消すことでその問題を解決できる。
助手:他の機体はその問題をどう解決していたんですか?
博士:片側のフロートだけに燃料を入れたり、大きくしたりしていたらしい。
助手:それは根本的な解決になりませんね。では、MC72だけがその問題を解決したといっても過言ではないわけだ。
圧倒的なパワー、そして飛行の安定性を一挙に獲得。よーし、これで優勝だ!
博士:そう!これで勝利は確実・・・・のはずじゃった。
助手:だった・・・・?  というのは?
博士:M.C.72の機体表面に張られている金属の板。これはなんだと思うかね?
助手:え、ただの外装じゃないんですか?
博士:これは全て放熱板じゃ。このでっかいエンジンを冷却するのは楽じゃない。胴体や翼面、フロートなどあらゆる部分が冷却器として利用され機体全体が放熱板で覆われていたんじゃ。
助手:そりゃ冷却装置だけでも複雑そうですねぇ。
博士:さらに2重エンジンから2重反転プロペラを駆動させる伝達装置の複雑さもハンパではない。
助手:まさかそれらの熟成に時間がかかって大会に間に合わなかったとか?
博士:間に合うはずじゃったんだけどのう。1931年6月のデセンザーノはガルダ湖でのテストで伝達装置の故障による事故で死人が出てしまってな。
助手:本当に・・不出場?
博士:本当じゃ。金も時間も全然足りなかった。
第12回レースはスーパーマリンだけしか飛ばんかった、一人勝ちじゃ。
助手:だめじゃん!!
博士:しかし、1933年にはMC72が5機が完成し、6月10日にフランチェスコ・アジェロが682.078km/h、10月8日にはカシネ-リ陸軍中佐が629.370km/hを記録。翌年1934年10月23日、フランチェスコ・アジェロが最高711.462km/h、平均709.202km/hで、世界最高記録を破った。
この記録は当時の陸上機より時速で160km以上も速かったし、このレシプロ水上機の世界速度記録はいまだ破られていないのじゃ!
助手:しかし資料を見ると、総製作数5機のうち1機以外(現:イタリア軍事航空史博物館)は全て燃えたり墜ちたりしてるんですけど・・・。
博士:かなり無理のある機構だからのう。しかしそれをここまで美しくまとめあげたイタリア人のセンスに感服じゃ。
助手:「試合には負けたが勝負には勝った」とでも言いたいのですか?
博士:いいじゃん。かっこいいんだし。




おまけ:「『紅の豚』に出てくるサボイアS.21試作戦闘飛行艇」の真実を探ってみる。
助手:シュナイダートロフィーと言えば今や世界の宮崎 駿氏によるアニメ映画「紅の豚」。あれに出てくる、“サボイアS.21試作戦闘飛行艇”ってやつなんですが、「サボイアS.21」もシュナイダーレーサーですよね?
博士:そうじゃ、しかし、映画のそれとは大きく違うぞ。



【 写真04:「紅の豚」のサボイアS.21試作戦闘飛行艇 】
アニメ映画「紅の豚」に登場する。サボイア社の倉庫で眠っていたものを、空賊狩りの賞金稼ぎ、ポルコ・ロッソ(紅の豚)ことマルコ・パゴット元イタリア空軍大尉が買い受けた。あまりの高速重視セッティングの為、操縦はかなりシビア。最高速度は330km/h
 
【 写真05:現実のサボイアS.21 】
グイド・ジャンネッロ専用機、1921年のシュナイダートロフィー・レースの為に作られたが、肝心のジャンネッロが病気のため不出場。
あまりに過激なセッティングのため、ジャンネッロしか扱えなかったが、性能は当時の水上機の最高速度記録を上回っていたという。最高速度290km/h




助手:確かに全然違いますね。実物は複葉機だし。
博士:うむ。ほんとうはMacchi M33がモデルだと言われているね。ポルコ・ロッソのS21はサボイアの特長を感じないのじゃよ。



【 写真06:マッキM.33 】
1925年のシュナイダートロフィーにおいてジョバンニ・ブリガンティの操縦で3位に輝いた。片持ち式の主翼が特徴だったが煮詰め不足でフラッターに悩まされたという。エンジンはカーチス(アメリカ)のD12A 500cv。その時の最高速度は271.08km/h
ちなみに、この年の優勝機は「紅の豚」でポルコのライバルだった「カーチスR3C-0非公然水上戦闘機」のモデル、Curtiss R3C.2(エンジンはカーチス V.1400 565cv、レース時の最高速度374.274km/h)
 
【 写真07:マッキM.33 】
しかし、翼と水面が近い。離着水にかなり神経を使っただろう。また、水上機に対する飛行艇の不利が明らかになり、これがマッキのレーサー最後の飛行艇となった。
エンジンの両脇についているラジエーターの形に注目。




助手:おぉ、これですよ、単葉機だし、あの特徴的なラジエーターの形状がそのまんま!
博士:しかしだな、どうもこの機体も参考にしていると思うのじゃが・・・。

【 写真08:CAMS36b 】
1922年のシュナイダートロフィーに出場したが入賞ならず。最高時速250km/h
ボディのラインと白い塗装はイタリーのそれとはちょっと違うイメージ。


助手:あぁ、複葉機だけどボディのラインはこっちの方が似ている気もしますね。
博士:CAMS(カムス:セーヌ海洋航空機会社)の36bってやつじゃ。まぁ、当時のサボイアのボディも似たような感じなのじゃが、少なくともS21よりは似てるじゃろ。
助手:セーヌ?ということはフランスですよね?
博士:そうじゃ。ま、映画の飛行機はいろいろなところからモチーフを折衷したんじゃろうな。
助手:主翼の取り付け方法はオリジナルっぽいですね。

助手:ところで、実際のところポルコのS21でカーチスに勝てると思いますか?
博士:う~ん、実はシュナイダートロフィーでも前述のトルク関連のこととプロペラ径が大きくできるためか、飛行艇から水上機に主役が交代しているのじゃよ。それとなんといっても原作でも指摘されているが前面上方視界が全く無いのが戦闘機としての大きな欠陥と言えるだろうね。
事実、M33はマッキ最後の飛行艇レーサーで、次は水上機のM39になっとるしの。

助手:あと、変なことに気づいたんですが。
博士:なんじゃね?
助手:この資料によると、1925年のシュナイダートロフィーでカーチスR3Cに負けたマッキM33ってカーチスの型遅れらしいエンジンを積んでいるんですけど。
博士:自前のエンジンが間に合わなかったのじゃろうか? ま、アメリカも敵に塩は送らんだろう。
助手:しかし「紅の豚」のモデルの飛行機のエンジンがカーチス製というのは意外だなぁ。




LAST MODIFIED : 19/JUN/2005
ON SET : 11/APR/2003