(L to R) Yusuke Sumita (g), Norihisa Fukuda (b), Hideki Fujimoto (vo), Yuichi Ishiguro (dr)



住田雄介 (Guitar) インタビュー
聞き手:Mayumi (Far East Extreme Metal)
Date:2001/5/17


最近の活動状況について簡単にお教え下さい。

住田雄介 (以下S) : このインタビューを読んで下さっている皆さん、こんにちは。 俺達 DEFILED は最近は都内で自分達の企画ライブ “Bizzare Voice” をやりながら次のアルバムに向けて新曲のリハーサルを行なっています。 次作は晩夏から初秋にかけてレコーディングできたらいいな、 と考えています。

昨年、ドラマーが石黒さんに替わられましたが、それに伴いバンドのサウンドは変わりましたか? また、昨年末の MERZBOW との共演(12月15日、目黒ライブステーション)は、どのような経緯で実現したのですか?

:石黒は昨年6月に、音楽的相違を理由に脱退した前任の赤松の後任として加入しました。 サウンドの基本路線は変わっていませんが、新曲ではブラスト・パートの比重が増し、 より速い曲が増えています。 MERZBOW との共演は、以前秋田氏と食事した際に軽い気持ちで交わした話が現実化した、という感じです。 とても面白い試みができたと思っています。

昨年に続き今年もアメリカ、ニュージャージーで行われた Metal Meltdown フェスティバルに出演されました (4月6・7日) が、このフェスにおけるアメリカのファンの反応は如何でしたか ?

:予想以上によい反応が得られました。(DEFILEDの演奏) 時間帯が良かった、ということも非常にラッキーだったと思います。 音響 (モニター) 面は相変わらずといった感じで、よくこれでアメリカのバンドは演奏を合わせる事ができるなあ、といつもながら感心させられましたが。

DEFILEDを結成した当時から海外での活動を意識していましたか? 海外での活動をする以前はどんな活動をされてきたのですか? 国内のツアーとかは興味ありませんか?

:正直それほど意識はしていませんでした。 漠然と 「海外にも活動を広げたいな」 と思っていたくらいで、結成当初は自分達の音を確立するのに必死でした。 海外でもライブしたり、海外のレーベルからアルバムが出せたら、と現実的に思い出したのはここ4・5年の話ですね。 それまではガムシャラに日本国内を巡業していました。 札幌、青森から長崎、熊本、高知、鳥取、島根、富山などまで…。’96年は年間70本以上国内でライブしました。 ツアーなんてそんなカッコいい響きのシロモノではなく、まさに 「ドサ廻り」 です。 巡業中は夏は機材車の屋根の上や路上で、冬は寒い車の中で寝袋に入り寝ました。 ホテルになんて泊まる余裕はなかったし、勿論、風呂にも何日も入れませんでした。 でも色々と楽しい思い出がありますし、各地での暖かいファンの声援は今でも憶えています。 そういったことも励みにして、海外へもライブしに行くようになりました。 勿論、国内のツアーも時期をみてまたやりたいと考えています。 以前のように一気に40箇所近く廻ったり、とかはできないかもしれませんが。

まだ DEFILED が駆け出しで海外にツテも殆ど無かった頃、どのようにしてバンドを海外に向けてPRして行きましたか?

1st mini album 「Defeat of Sanity」
Bizzare records BR94001 1994

:とりあえず片っ端からファンジンやレーベルにデモテープを送ったり、ガムシャラにやっていました。 今思えば随分的外れなプロモーションをしていた部分もありますが、そういう失敗や無駄からも多くの事が学べたと思っています。 今はインタビューもEメールで出来たり、ファンジンも紙媒体からネット上に移ったりと、随分便利に変化したと思います。 以前は小さなフライヤーを沢山封筒に入れて郵便でやりとりしていました。今思うと恐ろしく手間暇かかる作業を誰もがしていたんですよね。 効率はともかく、必死にやってたのを覚えています。

DEFILED の名前が国内外のファンの間でも浸透してきている、と初めて実感されたのはいつ頃のことですか?

:いえ、まだ浸透してないですよ。 ホントまだまだです。 もっと頑張らなければいけないと感じてます。

97年と99年に2回韓国公演を行っていますが、なぜ韓国で演奏することになったのですか? また客の反応は如何でしたか? 変な突っ込みで失礼しますが (笑)、当時の韓国は日本の音楽の演奏に関してかなり規制があった、というかまだ禁止されていたのでは …?

:ボーカルの藤本が DEFILED 加入以前に大学の卒論の調査等で何度か韓国に行ったことがあり、その時彼が知り合った現地の友人のひとりが韓国でライブをオーガナイズしていました。 その韓国の友人が DEFILED の演奏のチャンスを作ってくれました。 おっしゃる通り当時の韓国では日本の音楽がまだ禁止されていましたので、完全にシークレット・ゲストという形で訪韓しました。 ライブ直前までお客さんは日本のバンドが演奏するなどとは予想していなかったのです。 勿論、そのフェスのフライヤーにも俺達の名前は載っていませんでした。 韓国のお客さんの反応は非常に興味深く、素晴らしいものでした。 日本でのそれとは若干違う反応の返し方や、女性客からの黄色い声援などには戸惑いましたが、そのどれもが興味深く、嬉しく、良い経験になりました。

韓国のメタルシーンはどのような感じなんでしょうか? 後に韓国のブルータル・デスの代表格SEEDを日本に招いてますよね? DEFILEDは正しく日韓アンダーグラウンド・メタルの交流に一躍果たしたと思います。

:SEED とはソウルで共演した際に知り合いました。 ライブの後、 「絶対、日本に行ってライブをやりたい!」 と酒を飲みながら熱く語っていましたので、これはなんとか実現させなければと思いました。 彼らの来日できるタイミングを考慮した結果、RITUAL CARNAGE の1stアルバム発売記念ツアーに混ぜてもらう形になりました。 ですので、正確には俺たちではなく RITUAL CARNAGE が招く形を取りSEEDは来日しました。 当時 SEED に韓国成人男子の義務である軍隊徴兵 (2年2ヶ月) を終えていないメンバーが2人いた事もあり、彼らのビザを発行してもらうため何度も韓国大使館を往復するなど、少々手間もかかりましたが、そんな苦労を見事に吹き飛ばす素晴らしいライブを彼らはやってくれました。 彼らの熱いライブを憶えている人も少なくないと思います。 昨年個人的に韓国を旅行する機会があり SEED の人たちと再会しました。兵役から帰ってきたオリジナルベーシストが SEED の名前を継いでハードコアバンドになったそうです。 音楽的に鍵を握っていたドラマーは DOXOLOGY というバンド名で、心機一転、これからの活動に向け曲作りを行っているそうです。 同じアジアのバンドとして、彼らやSEEDにも期待しています。 DOXOLOGY はUSスタイルのブルータルデスメタルだそうです。 韓国のメタルシーンは日本に非常に似ているそうです。 今はメタルというよりハードコアっぽい音が受けるようで、デスメタルはもう今は DOXOLOGY 以外いないそうです。 俺達としてはちょっと寂しい残念な話ですが。

98年のINCANTATIONとの3週間のアメリカ・ツアーがある意味、バンドにとって重要な転機だったかもしれませんね。 なぜ彼らとツアーすることになったのですか?

: INCANTATION のギターの John MacEntee 氏から、何の前触れもなく 「USツアーを一緒にしないか?」 と突然メールが届いたので非常にビックリしました。 それまでも彼らとの交流はありましたが、いきなりツアーに誘われたので。 勿論、断る理由はないので、すぐにその誘いに乗らせてもらう旨メールを打ちました。 その時のツアーでは SKINLESS や JUNGLE ROT、VITAL REMAINS、DECEASED などとも対バンし、交流が持てるようになりました。 とても実り多いツアーでしたね。

INCANTATION といえば日本でもマニアの間では定評のあるデスメタル・バンドですが、初めて彼らのようなバンドと本格的なアメリカ・ツアーを共にした感想は如何でしたか? また何か面白いエピソードなどがありましたらお聞かせいただけますか?

: 毎日アメリカの色々な土地でライブできたことは俺達にとって素晴らしい体験でした。 ただ、ツアー・バスなどは勿論なく、INCANTATIONと車2台での移動でした。 毎日の長時間のドライブでヘロヘロになりました。 アメリカ全体の地図で見るとほんの少しの移動に見えても、実際は相当移動距離がありました。 アメリカでのバンド・ツアーの一日平均移動距離は700マイル (約1100キロ、東京-福岡間ぐらい) だそうで、毎日ハイウェーを最低でも7−8時間、通常10−11時間ぶっ飛ばしました。 特に夜中のドライブは睡魔との闘いで、よく自分の顔をひっぱたいたり絶叫したりして眠気覚ましをしながら運転しました。 よく事故も起さず3週間アレをやれたな、と思いますね。 アレを平気で6週間から10週間やるアメリカのアンダーグラウンドのデスメタルバンド達はアホなぐらいタフだなあ、と本当に感心します。 面白いエピソードならいろいろありますよ。 INCANTATION号とはぐれて自力で辿りついた Springfield (イリノイ州) という街が実はライブをやる場所とは全然違う場所で、本当はミズリー州の Springfield (同名地) だったというハプニングがありました。 勿論、気がついた段階でミズリー州に向いました。 ハイウェーをぶっ飛ばしました。 絶対ライブには間に合わないだろう、と思いましたがなんとかギリギリ間に合いました。 NYCでのライブも、後30分到着が遅かったらキャンセルになるところでした。 いろいろアブない橋を渡りながらもアメリカでの日程は全部こなすことができました。 アメリカの後、カナダに入国拒否されたためカナダでのショウをキャンセルせざるを得なかったことが唯一の心残りです…。 実はついこないだ4月も2回目のカナダ入国拒否を食らい、またしてもカナダのフェスをキャンセルせざるを得ませんでした。 バンドにとってアメリカ-カナダの入国は本当に難しいですね。2年前は入国に成功しプレイできたのですが。

2ndアルバム "Erupted Wrath" をリリースした Nightfall/Terrorizer Records との契約のきっかけになったのも、この INCANTATION とのアメリカ・ツアーだった、という話を聞きました。 どうようにして契約に至ったのですか? 具体的には彼らは DEFILED のどのような点が気に入ったのだと思いますか?

2nd full album 「Erupted Wrath」
Nightfall/Terrorizer records
NFTR006 1999June

:シカゴでライブをやった時、Nightfall/Terrorizer Records の Don Decker 氏と初めて会いました。 丁度 ANAL BLAST のCDがリリースされたばかりで俺達にもCDをくれました。 「俺のレーベルからリリースしたバンドだ」 と言われ、てっきり 「えっ!このヒトが CRADLE OF FILTH をリリースしてたの?」 と驚きましたが、よくロゴを見たら ANAL OF BLAST と書いてありました (笑)。 しかも、本人自身が ANAL BLAST のシンガーでもありました。 彼はその夜の DEFILED のショウをとても気にいったらしく、ライブ後一緒に酒を飲みました …もっとも彼はライブ前から飲んでましたが (笑)。 当時、DEFILED は Nightfall/Terrorizer Records とは違うレーベルと契約の交渉をしていたので、その時は Nightfall/Terrorizer Records と契約する事は考えていませんでしたが、交渉していたレーベルとの話合いがなかなか進ますイラつき始めていました。 そんな1998年9月24日早朝、いきなり Don Decker 氏から電話が掛ってきて、「今から Fax を送る。 それを読め。」 という早口の10秒くらいの電話が入りました。 それから10分後に契約のオファーの Fax が送られて来ました。 当時交渉していたレーベルになかなか了承してもらえなかった条件をダメ元で Don Decker 氏に訊いてみたら、あっさり 「OK」 との事だったので、Nightfall/Terrorizer Records からリリースする事に決めました。 ただ、それからもペーパーを作成しサインに至るまでいろいろと細かい法的な事とかがあったので、リリースまでには半年以上の時間が掛りました。

アメリカのファンと日本のファンとの違いは何ですか? 日本のファンやバンド、シーンをサポートする人達が、アメリカ人から何か学べるとしたら一体どんなことですか?

:基本的に音楽を愛しているという点では変わりないと思います。 勿論ライブでのリアクション等の違いはありますが、それは国が変われば気質も変わるという事でしょう。 アメリカの方がシーンの規模が大きいからか、ファンジンをやってる人が日本より多いかもしれませんね。 日本ももっとデスメタルをサポートするファンジンとかが増えたらいいのにな、と思うことはありますが、かといって特に日本でのサポートに不満はないです。 日本でもアメリカでもサポーターの応援は、スタイルこそ違えど大変ありがたく感じます。 そういう応援から俺達がエネルギーをもらってる部分は大きいです。

97年、"Erupted Wrath" のレコーディングはシカゴ近郊の Brian Griffin 氏 (BROKEN HOPE) 所有の Qualitone Studios にて Brian 自身のプロデュースにより、そしてミックスダウンはタンパの Morrisound で Jim Morris 氏により手がけられていますね。 初めての海外レコーディングだったと思いますが、機材や要領の違い等の点では何か戸惑いはありませんでしたか? Jim 氏は経験豊富ですし、Brian 氏も現役ギタリストということで、ミュージシャンとしての立場が良く理解できるプロデューサーではないかと察してはいますが…。 それに対して、"Ugliness Revealed" は国内でレコーディングされていますが、またアメリカでレコーディングしようとは思わなかったのですか? そしてミックスダウンは前回と同じくタンパの Morrisound で今度は Tom Morris 氏によって手がけられましたが、 両者で違いはありましたか? "Ugliness Revealed" の出来には満足していますか?

:"Erupted Wrath" レコーディング時は、何もかもに必死で戸惑いを感じるヒマもなかった、というのが正直なところですね。 それまで日本で経験していたレコーディング方法とアメリカでのそれは、マイクの立て方から始まり何から何まで異なっていました。 特に日本との違いを感じたのはドラムの録り方でした。 それまで俺達の常識とは正反対の方法でした。 長くなるのでここで全ては述べませんが、本当に録り方か全然異なっていました。 全てを乾いた感じに録りたかったんです、特にドラムを。 Brian Griffin 氏は自身もデスメタルバンドをやっているだけあって、こちらが何を求めているか非常によくわかっており、作業はとてもやりやすかったです。 Morrisound での Jim Morris 氏も素晴らしい技を披露してくれました。 "Erupted Wrath" に関しては今では反省点も勿論ありますが、その当時はベストを尽くしたので後悔はありません。 "Ugliness Revealed" レコーディング (東京) においては、アメリカでの経験から学んだやり方でどこまで俺たちなりに出来るか、 という試みがありました。今回は東京のイエローナイフスタジオというところでレコーディングしたのですが、エンジニアの方も理解のある方で、作業は非常にスムーズに進みました。 仕上げ (ミキシング他) は、丁度ライブで渡米する機会もあったので、またMorrisoundに行きました。 今回は Jim Morris 氏の兄である Tom Morris 氏にやってもらいました。 MORBID ANGEL の "Blessed Are The Sick" とかの音をとても気に入っていましたので、彼にミキシングしてもらうのも夢の一つでしたし。 "Ugliness Revealed" の出来に関しては非常に満足しています。

今までの DEFILED の海外活動は Milwaukee Metal Festival への2年連続出演を始め、アメリカがメインだったと思いますが、昨年9月にはDEMENTOR とのヨーロッパツアーや、マレーシアでもライブを行っていますね。 今後、他の地域での活動計画は今のところ具体的にはありますか?

:世界的なシーンの分布を考えると、やはり今後もアメリカとヨーロッパがその中心である事に変わりはないと思いますが、勿論、アジア諸国、ロシア、南米、オーストラリアなどにも行ってみたいです。 具体的に決定している予定は今のところないですが、ちらほら御誘いのメールなどは来ています。 タイミングと条件さえ合えば、俺達はどこへでもライブをやりに行きたいと思っています。

DEFILEDは海外で活躍するのみならず、日本国内でも過去にいろんな来日バンドと共演していますよね… TESTAMENT、CANNIBAL CORPSE、MORBID ANGEL、VADER、IMPALED NAZARENE、MORTICIAN、ARCH ENEMY 等、これらのバンドとの共演経験のうち、特に印象深かったものについてコメントやエピソードをお願いします。

: どのバンドとの共演もそれぞれに想い出深いです。 どのライブも印象深く、よい勉強になりましたが、今思うと、VADERのCD、”Live in Japan” のレコーディング・ライブでステージを共にできたというのは特に感慨深いものがありますね。 あの時の彼らのライブは本当に素晴らしかったです。 MORBID ANGEL や TESTAMENT のライブにもド肝を抜かれました。 6年前に CANNIBAL CORPSE が来た時などは一緒に六本木に繰り出したり、ステージ以外でも色々楽しかったですね。また ARCH ENEMY や IMPALED NAZARENE といった、タイプが違うバンドとの共演からも学ぶべき点は沢山ありました。 どれも俺達にとっては素晴らしいチャンスであったと思います。

ところで待望の3rdアルバム "Ugliness Revealed" がいよいよ3月にアメリカ Baphomet/Necropolis より発売された訳ですが、プレス等の反応は如何ですか? またレーベルのプロモーションは満足できるものですか?

3rd full album 「Ugliness Revealed」
Baphomet /Necropolis records
BAPH2115 2001 March

:日本に関しては飽くまで輸入盤としてしか入って来ず、プレスの反応等は (01年5月中旬現段階では) まだ見ていませんが、 アメリカやヨーロッパでは大にして良いみたいです。 中には痛烈なレビューも見かけますが。 レーベルのプロモーションに関してはとても満足しています。 俺達自身でやらなければならない部分の負担が確実に減りました。 ただ、今後も引き続きセルフ・プロモーションは最大限やらなければ、とは考えています。

では "Ugliness Revealed" のアルバムの内容について簡単に説明していただけますか? 基本路線は前作と変わらず、複雑かつ緻密でアグレッシブなものだと思いましたが?

:そうですね。サウンドにしても歌詞にしても前作と根本的な路線変更はありません。 ただ、「変化」 ではなく 「進化」 「発展」 を前作と比較し感じてもらえると嬉しいです。 歌詞に関しても、扱っているテーマは基本的に変わりませんが、今回はボーカリストの藤本が歌詞を全部書いているという事もあり、歌詞の視点が若干変わったといえます。 音楽的には、今回は俺達が苦手なミドルテンポの曲にも挑戦した点など俺達なりの試みがあります。 ミドルテンポでも飽きさせずにダレなくカッコよく曲を作る事の難しさを俺個人は感じました。 DEFILED らしさを失わないで創作する事も俺達自身が拘っている部分です。 口で説明するのは非常に難しいですね。 出来れば聴いてもらえると手っ取り早いとは思います。

日本のバンドとして、海外で活動していく上での壁や不利な点はいったい何でしょうか? そういった障害はどのようにして克服していったのでしょうか? 逆に日本出身だから得をしている点、有利な点はありますか?

S:今の時代はEメールもあるし、ちょっと英語ができれば海外とのコミュニケーション自体はそれほど難しくないと思います。 不利な点はやはり日本は地理的に明らかにハンディがあります。 日本からだとシーンの中心であるアメリカやヨーロッパに乗り込んで行くのに、必ず飛行機に乗らなければなりません。 渡航費を貰える約束のなかった初期の状況下は 「初期投資」 として渡航費を自腹で払ってライブをやりにいかなければならなかった事です。 日本出身で得する点は、アジア系は少数なので見た目が目立つ事ぐらいですね。 「オマエら DEATH ANGEL か?まだやってたのか?」 なんていうアホな質問をいまだによくされます。 もうD.Aはとっくに解散してるっていうのに(笑)。

最後に、これから世界へ向けて頑張って活動していこうとしている日本の若い世代のバンド達へ何かアドバイスなどありましたらよろしくお願いします。

S:俺達だってまだ若いですよ (笑)。 若いつもり。 せめて気だけでも若く持ってやっていきたいです。 アドバイスなどという偉そうなものをいうつもりはないです。 一緒に助け合ってよいシーンを作っていきましょう。 大勢多数に媚びない頑固な音のバンドが増えればもっとシーンも面白くなると思います。 誰かのコピーみたいなクローン音楽じゃなくて、オリジナルなモノを目指すバンドが増えれば日本のシーンにも世界から脚光を浴びる時代がきっとくるはずと信じています。 一番大事なのは音楽を楽しんでやっていく事だと思います。 一緒に頑張っていきましょう。

これからも応援していきます。 今回はどうもありがとうございました!

DEFILED コンタクト先 : defiledjpn@hotmail.com (住田雄介)
DEFILED オフィシャル・ホームページ : http://listen.to/defiled/