秘密基地「道楽庵」
雑 記 帳


ドラマ『太陽にほえろ!』
 第111話「ジーパン・シンコ その愛と死」
 1974年8月30日 日本テレビ

 テレビドラマ史上に残る名場面中の名場面として、今なお語り続けられる松田優作演じるジーパン刑事こと柴田純の殉職シーンを含むエピソードである。

 拳銃の不法所持で七曲署の柴田刑事(松田優作)と石塚刑事(竜雷太)が逮捕し、管轄の城西署の警官に引き渡した会田(手塚しげお)が護送中、警官を射殺し、逃走する。
 柴田は、同僚のシンコこと内田伸子(関根恵子)にプロポーズしたが、シンコの父親宗吉(ハナ肇)に刑事である事を理由に結婚を反対される。
 会田が結婚の約束をしていた智子(皆川妙子)に裏切られ、ヤケを起こしていた会田を暴力団竜神会が利用した事が分かると、会田に感情移入してしまい、逃走中、スーパー強盗を働いた会田を取り逃がしてしまう。山村刑事(露口茂)に「犯人を人間として見るって事は、臆病になるって事ですか?」と問いかける柴田。「お前は決して間違っちゃいない。だが、今は犯人を追うんだ」と諭される。
 そんな中、会田から柴田に救いを求める電話が入る。柴田は石塚と一緒に竜神会に拉致された会田を乗せた車を追跡するが、石塚は途中で対向車を避けようとして、道路の橋脚に激突し、負傷してしまう。単独で追跡する事になった柴田は、会田が連れ込まれた廃工場に一人乗り込む。激しい銃撃戦の末、左腕に被弾したものの八人の竜神会組員を倒し、会田のもとに歩み寄る。
 銃撃戦の中、パニックを起こした会田は、無意識に倒れた竜神会組員の拳銃を手にしていた。「会田、助かったぞ。もう大丈夫だ。拳銃渡せ」と右手を伸ばした柴田に、会田は発砲してしまう。腹部に被弾しながら、「どうしたんだ?会田、どうしたんだよ?」と近づく柴田に、会田は拳銃を捨てて、逃げてしまう。
 廃工場に一人取り残された柴田は、漸く腹部の異常に気づき、自分の手に付着した血を見て「何じゃ、こりゃあー?」と叫ぶ。倒れた柴田は最後の煙草をくわえるも、火をつける前に口元からポトリと落ちた。
 柴田の死を知らせようと、シンコに電話を入れた藤堂警部補(石原裕次郎)であるが、言葉にはならなかった。

 これが放映された私が小学生だった頃は、家庭用ビデオデッキも無かった。友達の中には、ラジカセで音声だけ録音し、繰り返し聞いて、頭の中に残る鮮烈な殉職シーンと重ね合わせた。今のようにDVDやビデオが無かったからこそ、必死にドラマを見ていた気がする。再放送というチャンスはあるかも知れないけれど、その保証は無く、ドラマは放送されたら、二度と見られないかも知れない貴重なものだった。そんな時代だった。
 同じ「太陽にほえろ!」で一年前に、萩原健一演じるマカロニ刑事の(立ち小便後にナイフで刺される)殉職シーンも印象的だったが、ジーパン刑事の殉職シーンは、30%以上の高視聴率を記録し、その後の「太陽にほえろ!」での若手刑事の殉職シーンを名物化してしまった感がある。ただ、その後の名物化した殉職シーンでは、いたずらに死を美化したり、やたら被弾しても死なないとか、演出過剰になってしまう。
 松田優作自身は生前、「太陽にほえろ!」を好きでなかったというような発言をしていた。それでも、あの躍動感あふれるジーパン刑事役が無ければ、その後のドラマや映画での活躍は無かったはずである。
 そう言えば、私にとっても、宇宙人や改造人間ではない、初めての等身大の人間のヒーローは松田優作だった気がする。

 余談であるが、「ジーパン・シンコその愛と死」には、その後、ドラマ「大都会 PartU」、「大都会 PartV」の弁慶刑事役、「西部警察」玄田刑事役で活躍する刈谷俊介が竜神会のスキンヘッドに髭面の組員役で出演している。

松田優作プロフィール
 1949年9月21日生まれ(出生届が遅れた為、戸籍上は1950年生まれになている)、山口県下関市出身。1973年に「太陽にほえろ!」でデビュー、同年9月に映画「狼の紋章」でスクリーン・デビュー、その後、テレビドラマ、映画で活躍するも、1989年11月6日、膀胱癌の為、40歳の若さで逝去


(2012年9月2日)


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