「俺たち2」管理人による戯言

まだお会いしたことが無いけど、ブログ「Go!Go!新検見川・わが街地域情報」のShinさんは、素晴しい眼力で、取材し、情報を流してくださる。今回の「しばざ記」もShinさんからの情報に基づいたものである。(2006/4/8)

大正・昭和の歴史がそこにはあった
検見川無線送信所




畑の向こうに無数の鉄塔が立つ奇妙な風景。私が小学生のときから非常に気になっていた風景だった。中学になるとたまたまアマチュア無線をやっていた友人がいて、感化され私も免許を取ったのだが、その時、自宅に張ったダイポール方式のアンテナと、検見川送信所のアンテナ群が似ていたので、余計に興味を持った。

都内方面の行き来にはそのアンテナ群をいつも眺めていた。とんでもなく広い広い下総台地の向こうにいつか行ってみたいという衝動に駆られた。あれは、中学3年生だったか、それとも高校生になった頃か、ふらりと新検見川の駅を降りて歩いてみた。

それからあっという間に時は流れ、Shinさんの情報で、上の写真の建物が取り壊されることを知り、慌てて、私も写真を撮りに来た。ご覧のように、その外観はとても大正時代に造られたとは思えないほど近代的である。しかも、この雰囲気。詳しくは書かないけど、この建物は、大正、昭和の時代を静かに語っている。

この建物の重要性などは、Shinさんのブログをご覧ください。有名な建築家である吉田鉄郎さんの作だそうです。また、検見川無線送信所につていは色々なページがあります。役割や歴史についてなどなど。検索してみてください。あの「ニイタカヤマノボレ」もここから送信したとか。となると、歴史的な建造物なわけで、なんとか保存する方法はないのだろうか。



たまたまそこで遊んでいた子どもたちと仲良くなってしまった。んで、記念写真。真ん中の女の子は、「ここ、前にね、テレビでやってたけど、心霊スポットなんだって。」と言った。右端の男の子も、そうだよ、と言いつつ、「でも、心霊スポットってなあに?」とこっそり訊いていた。左端の女の子は、「ずーっと前に、ここでイベントがあって、中に入ったことあるよ。」と言っていた。おそらく彼女たちがこの建物を記憶する最後の世代になるのだろうか。

2006/4/6

<<< 前の記事 次の記事 >>>