「俺たち2」管理人による戯言

今、8月2日の亀田興穀が新チャンピョンになった試合でかなりの人々がTBSに抗議の電話をかけまくったり、WEBで大騒ぎしているけど、私は、咄嗟に、あのいつだったか忘れかけてたミッキー・ロークのインチキ試合を思い浮かべていた。

ミッキー・ロークの猫パンチ
92年の両国国技館 私は現場で観ていた


92年というのは、ネットで調べた。便利な世の中である。ネットで調べられなければ、面倒だから92年なんて数字は一生分からないままだった。そうか、今から14年前のことになるわけだ。むむむ。

そのとき、私は両国国技館の割といい席にいた。普段ならば、砂被りっていうところ?よく分からないけど、サジキ席ってなところ?ま、どっちだっていいや、とにかく、そのミッキー・ロークの試合があることで、えらくお高い料金であったのは間違いない。しかし、チケットは会社の先輩に貰ったと記憶している。

会場は超満員。当然ながらテレビでも生放送。現れたミッキーロークは、シースルーのトランクス。これがボクシングか、というくらいの派手なパフォーマンスをしていた。今だったら、全然派手じゃないと思うだろうが、当時とすれば凄いことなのである。

ミッキー・ロークの猿試合は、その後のユーリが世界チャンピョンに輝いた凄い試合の前に行われた。でも、メディアの扱いなどはミッキー・ロークのことを大きく報じていて、どちらがメインイベントか分からないくらいだった。実際、どうだったのか。私の記憶でも、ユーリを知ったのはその試合からである。一方、ミッキー・ロークは映画「ナイン・ハーフ」で超人気。(ちょっとエッチな映画らしいが、私はまだ観ていない。)

試合のほうは、皆さんご承知のとおり、例の猫パンチで、無名の相手選手がマットに沈んだ。ダウンしたときには会場が騒然となった。私も一瞬叫んでいた。私のいる場所は、結構ちゃんとパンチの音が伝わってきて、重いパンチか、軽いパンチか耳で聞き分けることができた。もちろん、猫パンチは音がしなかった。

しかし、あのとき、次のユーリの試合があまりにも素晴らしかったので、ミッキー・ロークの茶番をいつまでも引き摺っていたイメージはない。むしろ大衆はあの見ているだけで恥ずかしい試合を記憶の中から消し去る努力をしていたのではないか。私もユーリの試合はなんとなくビジュアルで覚えているけれど、ミッキー・ロークの試合は、試合前のパフォーマンスと、例の猫パンチのシーンしか記憶にないし、よくよく考えてみれば、気持ちの悪いシースルーのトランクスだけが鮮明なビジュアルとして残っているだけだ。

あれはなんだったかといえば、ショーだったのである。どこまでミッキー・ロークが脚色に絡んでいるか知らないけど、本人だって、スポーツじゃなくて、単なるショーだという自覚があったに違いない。だが、あの試合をきっかけに、ミッキー・ロークは俳優を休んで、本気でボクサーの道を歩んでしまった。いったいどういうことなのだろう。

私は、彼が恥ずかしさのあまり、世間から暫く消えるものだと思っていた。でも、ボクサーになったのだ。年齢はその当時(たぶん)35歳だったからかなりきつい。案の定、彼の戦績はまったく振るわなかった。また、日本のメディアもその後の彼をあまり追わなくなっていた。

それから、14年。ボクシングは時々、八百長じゃないかと言われるような試合があった。でも、それは、たまたま片方の選手が体調不良なのか、あるいは、微妙な判定で、判定を巡って賛否が分かれたりした試合だった。私には分からない。

でも、先日の亀田の試合は、いや、試合そのものは絶対に八百長ではない。それは素人でも分かる。多くの方々から非難されているのは、あくまでも判定の公平さだ。試合は誰が見ても、真剣だったし、亀田の負けである。判定だけでそれがひっくり返ってしまうわけで、日本国中が注目しているその中で、まあよくもまあぬけぬけと、そんなことが出来たものだ。

スーパー凄まじい。そのうちテポドンが打ち込まれても、マスコミが「あ、あれは大型の花火です!」ってニュースで流し、全国民があっけに取られてもシラを切ってるうちに、歴史まで改ざんされてしまうのだろうか。
誤字、脱字、稚拙な表現力、その他は、何卒ご容赦ください。

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