「俺たち2」管理人による戯言

マギーさんにしろ、イケダマコト君にしろ、タイトルで呼び捨てしちゃってすみません。皆さんはご存知ないかもしれませんけれど、お二人ともミッキー・カーチスさんのミッキー亭一門の方です。ミッキー亭というのは立川流の一門です。立川流は言わずと知れた・・・。まあこのくらいにしときましょう。

三丁目の夕日とマギーとイケダマコト
ALWAYS三丁目の夕日という映画については賛否はあるものの、
概ね評判はいいようです。



しばざ記で、寅さんのことに触れたけれど、寅さん(映画)を観て泣ける人間と、どうもあんまりよくわからん、はなっから人情モノが嫌い、ってな人もいる。私は初期の寅さんの情緒が好きなんだけれど、後期になってくると寅さんの加齢に伴う声の張りとかが気になって、また水戸黄門にも言えるけれど、ストーリーの単調さに苛立ってしまい、あまり観なかった口だ。人情モノが嫌いというわけではないし、昭和30年代の懐古調が嫌いかというと、めちゃくちゃ好きなのではある。

昭和33年を舞台とした「ALWAYS 三丁目の夕日」は、とても興味があったのだが、泣かせるポイントというのが容易に想像できてしまうようなこの作品は観る気になれなかったので、ロードショーでは観なかったし、ビデオ(DVD)が発売になっても観なかった。一番観たくない原因は、昭和30年台を経験していない監督にある。そんな若造に語ってほしくないね、みたいな年寄り臭い了見の狭さなのである。しかし、先日、テレビでやっていたので、ついつい観てしまった。

観終わった後、まず思ったのは、「やっぱりなあ。」というのと、「お、マギーが出ている!」というこの2点である。もちろん、感動はしたのだけど、予定調和的なものだった。なんせ、こちとら年齢的なものかもしれないけれど、涙もろくっていけねえや。予告編だけでも十分泣けてしまうのである。そう、CGといっても、東京タワーが、それほど高い建物の無かった時代にどかーんと天にそびえている映像を見せてくれるだけでもう涙、涙、なのである。

東京タワーって、先日もテレビのドラマでリリー・フランキー氏のドラマにも登場してきたけれど、昭和のあの時代に少年時代と送っていた世代を泣かせやすいアイテムなのかもしれない。実は私もニ十代後半にやたらに東京タワーに凝っていて、仕事の途中で何回も行ってた。その後、ナンジャタウンというのが池袋にオープンしたけれど、昭和三十年ってのは、なにか特別な空気があるのだろうね。

そう、マギーが出ていたのにも感動した。一昨年だったか、同じミッキー亭の一門、センベーの独演会をレストラン・ジャイネパールで開演した際にセンベーの兄弟子マギー(たびたび恐れ入りますが敬称略です)が会場に応援に来ていたのである。センベーの落語が終わり、そのときのマギーのコメントが面白かった。「えー、センベーの(落語の)語尾は『ね』で終わることが多いですね。そんなに『ね』(音)をあげてどうする!」という具合。兄弟子としては、話し方などを細かくチェックしているのだけれど、ちゃんと落語家っぽいひねりを加えてるんですな。すばらしい。

で、マギーを見たら、すぐにイケダマコト君を思い出した。イケダマコトは同じくミッキー亭の三番弟子で、マギーが二番だからマギーの弟に当たる。そのイケダマコトとは11月27日に会っていた。今、12月4日の8時だから、ちょうど1週間前だ。彼の住んでいる高田馬場でお目にかかった。写真は以下。



おー、イケダマコト(池田真琴)って、意外にかっこいいじゃん!と、お思いの貴方、そう、かっこいいのである。なんせ、俳優さんですよ。俳優養成所ではオダギリジョー氏と同期だったらしい。あの中村獅童とも一緒に過ごした時代もあったようだ。宮崎出身。英語が得意らしい。これから色々と彼とは仕事で、あるいはプライベートで絡むこともあるかと思うし、幕張にも遊びに来ると思う。その節には幕張の皆さんにもよろしくお願いします。

あ、写真の右側にいる奴は私の後輩でデザイナー。でも、猛烈に馬鹿。一度、この「しばざ記」にも出てきている。

しばざ記195 (2006年12月4日 記)
誤字、脱字、稚拙な表現力、その他は、何卒ご容赦ください。

<<< 前の記事
次の記事 >>>