白馬村青鬼伝統的建造物群保存地区保存計画

 この保存計画は、白馬村伝統的建造物群保存地区保存条例(平成10年白馬村条例第16号。以下「保存条例」という。)第5条の規定に基づき、白馬村青鬼伝統的建造物群保存地区(以下「保存地区」という。)の伝統的建造物と農村景観を守るため、次のように定めるものとする。

1.保存地区の保存に関する基本計画
(1)保存地区の概要
<保存地区の地理>
 白馬村は、長野県の北西部(長野県のほぼ北端)に位置する面積182.34I、人口9,528人(平成12年4月住民基本台帳人口)の観光産業を中心とした村である。周囲65.5km、南北16.8 km、東西15.7 kmの盆地であり、南は佐野坂の分水嶺で大町市と、西は北アルプス白馬連峰で富山県に境を接し、北は小谷村、東は美麻村、上水内郡小川村、鬼無里村に隣接している。白馬村の中央部を南北にフォッサマグナが走っており、この大断層地帯に白馬連峰から流れ出す河川(平川、松川)によって扇状地が形成されている。
 白馬村の南部から北部へ曲折しながら流れる一級河川姫川は、南端佐野坂に源を発し、東西山地より流れる支流谷地川、平川、松川、楠川などと合流し、遠く日本海(新潟県糸魚川市)へ及んでいる。道路は大町市から新潟県糸魚川市へ通じる国道148号線が南北に走り、また東側の鬼無里村を通って長野市へ通じる国道406号線が、白馬村の中心地である白馬町地区から東側に伸びている。また、県道白馬岳線、県道千国北城線、主要地方道白馬美麻線が白馬村に端を発しそれぞれ西方、北方、東方に伸びている。また、鉄道はJR東日本の大糸線が南北に縦断して、南神域、神城、飯森、白馬、信濃森上の5駅が設けられている。
 白馬村の面積のうち、その大半を山岳地帯で占めている。西側の山は標高2,932mの白馬岳を筆頭に北アルプスの急峻な山岳が続いている。それに対し東側の山は、1,433mの物見山等比較的なだらかな低い山が連なっている。西側の山麓にある集落は、スキー場、登山を中心とした観光地であり、旅館、ペシション等の近代的な建物で構成されている。それに対し東側の山腹にあるいくつかの集落は、昔ながらの農村集落を保っているところが多い。
 保存地区である青鬼集落は、白馬村の北東端の標高約760mの山腹に位置している豊村集落である。白馬村のほぼ中心地であるJR白馬駅からは約5 km、国道148号線からは通地区の分岐点から約1.5 km東側に入ったところに位置している。白馬村の市街地から比較的近距離にありながら山懐に抱かれた落ち着いた環境を保っている。
 青鬼集落の東側には、物見山や八方山があり、背後(北側)は岩戸山(1,356m)へ続いている。南東方から西方にかけて明るく開けた空間となっており、南西方向に北アルプスの五竜岳や鹿島槍ヶ岳が眺望できる。

<保存地区の歴史>
 古代の白馬村は、弥生時代以降になると、村南部神城地区の湿地帯を取りまく段年上に米作りの集落群が起こり、古墳時代に入ると、支配者たちが墳墓を築き、今も神城地区には20基を越す古墳が確認されている。また、白馬村は姫川をとおして新潟県糸魚川市と通じ白馬山麓に産するヒスイが縄文時代から古墳時代まで、この谷から運ばれていった。後年千国道とよばれる街道は、はるかな縄文時代にその姿をあらわしはじめていた。保存雄区青鬼集落の周辺にも、縄文時代中期・後期の善鬼堂遺跡・番場遺跡があり、古くから人々の生活の場であったことが知られる。
 今でも白馬、小谷地方を「小谷四ヶ庄」と呼ぶ人が多いが、今から800年位前は、この辺は千国庄と呼ばれ六条院領であった。六条院とは白河上皇が、長女都芳門院婿子内親王の御所として建てたもので、内親王の死後はこれを寺として多くの荘園の寄進が行われ、千国庄もその一つとされている。戦国時代の四ケ庄は、前期六条院領であったが、その実際の支配者は土地の豪族仁野氏の枝族で三日市場に居住する沢渡氏であった。
 慶長19年(1614)に松本藩により、大かがりな地検が行われ、この時石高が示された村は、佐野、沢渡、飯田、飯森、桐山、蕨平、塩島の7村のみであった。その後慶安元年(1648)から承応年間にかけ、細野、大出、野平、峰方、深沢、空峠の各村が新田村して独立を認められ、漸次現在の地区形態ができた。戸数の減少に伴ってかつての畑が杉林に変わるなど耕作地の形態には変化が生じてきたが、景観の基本的な部分は近世以来の伝統的な状態を保ってきた。

<保存地区の現状>
 青鬼集落の景観を特徴づけるのは隣接して建つ建造物群の姿と、主に東方に広がる棚田である。
 青鬼集落は段丘状の緩傾斜地の保存地区の西端に集落、東方に耕作地が展開する。
 道は西端の集落の入り口から、農地の終点まで、4m幅で舗装がされている。この道に接続して、集落の中央をほぼ一巡する道が通っている。また農地の終点から奥は青鬼下堰、青鬼上堰(青鬼では用水路を堰という。)の取水口を通り、林道東山線まで、近年林道が4m幅で開設されている。
 建造物群のうち主屋は1戸近年に建築されたものがあるが、14戸は伝統的な姿を残している。また伝統的な土蔵、蔵が主屋から少し離れた場所に、7棟ある。その他に近年建築された、車庫、倉庫等が並んでいる。
 屋敷回りは家庭用の菜園や畑地、部分的に水田も存在。東方の緩傾斜地は大半が水田で、周辺部に畑地がみられる。
 集落の中央部より、参道を上ったところに青鬼神社がある。祭神はお善鬼様で、岩戸山のお善鬼様の岩屋と深い関係を持っており、祭典時には花火の打ち上げ(戦前は火薬の調合を村人が行っていた。現在青鬼神社に花火打ち上げ用の竹筒が残されている。)、白馬村指定無形文化財の火揉みの神事、灯籠揃えなどが行われ、古い伝統をよく伝えている。また5月に春祭、11月に秋祭も行われる。
 また、青鬼神社のすぐ近くにカツラの大樹があり、その根元から清水が湧き出している。古代人たちもこの湧き水に頼ってきたことは間違いなく、現代の青鬼集落においても飲用水は、ほとんどの家はこの水に頼っている。カツラの大樹は目通り685cmの見事な大樹である。この湧き水は姫川・関川水系の小百選に選ばれている。
 集落の東側小高いところに広がる水田(一部畑)は棚田を形成しており、またそれぞれの棚田は石垣によって形成されているため、景観上の存在意義は大きい。なお、この棚田は平成11年に「日本の棚田百選」に選ばれている。
 棚田の水田は沢から遠くまた高い位置にあるため、給水の便が悪く、その水源を青鬼沢上流部に求めている。最上部の水田から東北に約1.5km離れた地点と、さらに500m程遡った地点に取水口を設け、2系統で引水している。この2系統の用水路を「青鬼堰」と呼び、特に上流の用水路(青鬼上堰)は、急な山腹斜面を緩やかな勾配で横断して設けられている。青鬼上堰は集落の東側の水田を潤し、青鬼神杜の一段上を迂回するように流れ、集落のはずれで沢に落とされている。この堰と集落のあいだには畑が.広がっていたが、今は大半が杉林となってしまっている。
 青鬼下堰は、青鬼上堰と平行して設けられており、東側農地の下半分の水田に給水している。
 その他景観を形成しているものとしては、集落入口付近の向麻石仏群、阿弥陀堂にある阿弥陀堂石仏群をはじめ、道祖神、馬頭観音などの石仏、祠などが各所に点在している。

(2)伝統的建造物群の特性と環境物件
<保存地区の特性>
 保存地区は、青鬼集落の屋敷地と水田等の農地に山林の一部を含んだ範囲である。青鬼は茅葺きの集落で、なだらかな南斜面の傾斜地にほぼ標高に沿って、東西約250m、南北約100mの中に15軒の家がほぼ三日月形状に2段に並んでいる。15軒のうち、現在は14棟の伝統的な茅葺き(鉄板被覆)の主屋が残っている。道路は、幅員約4mの保存地区を東西に走りぬける道とそれに接続して集落の中央をほぼ一巡する道で構成されている。
 集落の入り口には道祖神・庚申塔・大日女一乗・馬頭観音などが並ぶ向麻百一仏群があり、またその北方の一段高い位置に阿弥陀堂と阿弥陀堂石仏群がある。集落の周りには4カ所(集落の入り口付近に2カ所、東側に2カ所)の墓地が広がる。集落の中央部の北方には長い石段と石畳が延び、これを上ったところに鎮守の青鬼神社がある。神社には本殿のほか諏訪杜も祀られている。また神楽殿も設けられている。神社では、5月に春祭、9月に本祭、11月に秋祭が行われるなど、住民の生活にとって欠かせないものとなっている。屋敷地の周囲にも若干の耕作地はあるが、集落より上手には水田が広がり、これらは小規模なうえ形もさまざまで、青鬼集落の景観を形成する大きな要素となっている。また、傾斜地にあるため、石垣を築いた棚田となっている。これらの棚田の用水は青鬼堰から2系統の用水路で取水されている。この用水路のうち、上部にある青鬼上堰は万延・文久年間に、4年の歳月をかけて完成されたもので、部分的には急な岩盤をノミで削って水路を開削した場所(延長約290m、一部粘土で堰の底をつき固めた箇所もある。)もあり、現在でもなお使用されている。これらの古い石垣を伴う棚田及び堰は、祖先の偉業を現在に伝えるものとして貴重な存在である。
 また、青鬼下堰は、青鬼上堰が完成した後設けられたものと考えられている。規模は青鬼上堰の水路幅が約50cmから1mであるのに対し、青鬼下堰の幅は約30cmから50cmと小規模ではあるが、やはり部分的には急な岩盤をくり抜いて造られた場所もあり青鬼上堰とともに貴重な存在である。
 集落各戸の敷地境は道路と若干の植栽あるいは石垣や水路などで区画され、特に周囲に塀や生け垣を設けることもなく開放的である。斜面地のため、南面する主屋の背後には石垣が築かれている。主屋の周囲には納屋等の付属屋がある。土蔵は主屋と離れて造られているものが多い。

<伝統的建造物群の特性>
 青鬼集落の伝統的建造物群の主体をなすのは、茅葺の主屋である。これに付属する土蔵などの建物、及び神社・堂、石造工作物等によって伝統的建造物群が構成されている。主屋は、現存する中で14棟が茅葺屋根(現在は鉄板被覆)の建物で、平屋の建物と表側に中二階を造る建物がある。この主屋が、等高線に沿って棟を連ねている点が青鬼集落の特色である。同じ形態の建築が規則的に建って並ぶ様子は、極めて特徴的で印象的な農村景観を形成している。主屋は、正面の軒をせがい造りとし、特に中二階の建物では、屋根の正面をかぶと造りにして、二階の壁面を白壁と化粧貫の意匠で統一している。また、主屋の間取りは、部屋の並ぶ形式によって「三間づくり」、「四間づくり」と呼ばれ、太い柱が部屋境に2列あるいは3列に並んでいるのが特徴である。
 青鬼集落に現存する建物の多くは江戸時代末期から近代に建てられたものである。最も古いとみられるものは19世紀前期に遡ると推定される。
 附属建物のうち土蔵は火災を考慮して、居住部分から少し離れた場所に建てられているものが多い。こうした配置も青鬼集落の特色である。土蔵の屋根は板葺(現在は鉄板葺)の置屋根形式である。外回りに柱を立て、貫を5段ほど入れ、ここに藁を架けて、雪囲いとすることが晩秋から冬季に見られた景観の特徴となっている。
 青鬼神社には、本殿、諏訪社などの社殿およびこれらの石屋、神楽殿、鳥居、石祠などが配置されている。本殿は一間社流造、こけら葺きで、明治26年に造られたものである。石屋(本社)は、間口12尺、奥行17尺、切妻造、鉄板葺(もと茅葺き)で、前4.5尺を吹放ちとして縁を三方に設けている。建築年代は本殿と同じ明治26年(1893)頃と考えられる。青鬼神社本殿の東側に諏訪社がある。諏訪杜の本殿は一間社流造、見世棚造、板葺きで、延享4年(1747)に造られたものである。また、石屋は、間口8尺、奥行7尺、寄棟造、茅葺き(鉄板被覆)の建物である。建築年代は本殿石屋と同じ明治中期と考えられる。本殿・諏訪社の境内より一段下の境内に参道を向いて神楽殿(明治の本殿棟札では拝殿と称す)が配置されている。神楽殿は間口4間、奥行3間4尺、寄棟造、茅葺き(鉄板被覆)の建物である。奥行の後半には中二階が造られている。建築年代は本殿石屋・諏訪杜石屋と同じ明治中期と考えられる。

<工作物>
 諏訪杜本殿の両脇には、一間社見世棚造の小祠2棟が祀られている。社殿のまわりには石造物の灯籠、石祠、手水鉢が並んで、歴史的景観を作ってい戸。また神社に通じる参道は、延長約100mの石段と石畳、幟立て、鳥居がある。神社の北側の少し登った斜面に、円錐形に茅葺きされた祠内部に三峯様が祀られている。
 集落の入口付近には、道祖神、庚申塔(享保10年、万延元年、昭和55年)、大日如来、馬頭観音など27基が並ぶ向麻石仏群、そこから約150m北側の小高いところには千部塔(宝暦7年)、庚申塔(宝暦11年、寛政12年、大正9年)など28基が並ぶ、阿弥陀堂石仏群がある。阿弥陀堂は戦後に再建されたものであるが、内陣は墨書から天明5年(1785)のものとわかり、木鼻の形式に時代的な特色がよく示されている。
 そのほか石造物である馬頭観音等の石仏、氏神様や稲荷社とその鳥居等が保存地区内に点在しており、建造物と共に集落の環境を構成している。
 集落東側の田畑は斜面のため石垣が積み上げられている。この田畑の石垣で形成されている棚田は「日本の棚田百選」に選ばれており、近世以来の美しい農村風景を残している。これは、大小さまざまな石で積み上げられており、幕末から明治期に、水田が開かれたときにでてきた野面石を使用したものと伝えられている。高いものでは高さ3m以上の石垣があり、総延長は4kmを越えている。水田に給水するための用水路(青鬼堰)が保存地区東側奥の青鬼沢から2系統で築造されている。青鬼沢の上流部より取り入れている用水路を青鬼上堰といい、主に山間の急な斜面の岩盤をくり抜いた用水路である。青鬼沢の青鬼上堰より下流側で取り入れている用水路を青鬼下堰といい、青鬼上堰よりは急斜面ではないもののやはり岩盤をくり抜いて造られたところもある。これらの棚田と、青鬼堰は現在でも使用されており、青鬼集落の景観上欠かすことができないものとなっている。

<環境物件>
 青鬼集落には環境物件として、目通り685cmのカツラの大樹、目通り515cmのホウノキ、抜け止めのカツラ、スギの大木など年代を経た巨木があり、これらの樹木は集落の周辺に位置し、青鬼の景観の重要な要素となっている。
 また「桂の清水」、「馬場の清水」は江戸時代以前から使用されていたものと考えられ、地区の歴史を考えるうえで重要である。したがってこれらは、伝統的建造物と一体となって価値を形成する歴史的風致としての環境物件として保存の対象となっている。

(3)保存の基本方針と保存地区の範囲
 保存地区は山間地の農林業を基盤とした生活環境と茅葺家屋を中心とした伝統的建造物群および棚田を形成している農地、並びに山林が一体となって歴史的風致を形成している集落である。したがって、これらの価値を保存し、後世に伝えていくことを目的として、伝統的建造物群・工作物および環境物件のほか、保存地区内の水田、畑、旧耕作地、山林を適切に保存し、よって住民等の生活環境及び文化的向上を図る。また、保存地区に伝承されている伝統的行事、民具などの民俗文化財、保存地区周辺の山林や農地などの環境も併せて保存する。
 地区内における伝統的建造物と一体をなす環境を保存する目的を遂行するため、地域住民と行政当局が一体となって、文化遺産の管理、修理、修景、復旧事業を行い、あわせて関連する文化財の保護と産業の振興につとめ、住み良い里づくりにつとめる。

保存地区の範囲:別図一1に示す範囲。
保存地区面積:59.70ヘクタール

2.保存地区内における伝統的建造物及び環境物件の決定
(1)伝統的建造物及び環境物件特定の基準
 イ.建築物
  昭和20年代以前に伝統的な技法で建てられた建築物とする。
 ロ.工作物
  昭和20年代以前に伝統的な技法で造られた工作物とする。
 ハ.環境物件
  縄文遺跡地内の清水、および概ね樹齢200年以上の樹木で環境と一体をなしているものとする。
(2)特定物件
 1)伝統的建造物
 イ.建築物:別表一1
 ロ.工作物:別表一2
 2)環境物件:別表一3
(3)伝統的建造物及び環境物件の位置と範囲:別図一1

3.保存地区内における建造物及びその他の物件の保存整備計画
(1)伝統的建造物の修理
 建築物は、現状の構造及び屋根、外観の維持を目的とした修理を行うが、可能な限り茅葺き屋根の復原に努める。後世の改造や修理で伝統的建造物の価値を甚だしく損ねているものは、復原修理を合うことを基本とするが、個別的な経緯や事情も尊重する。復原は、科学的調査と根拠に基づくものとする。
 工作物は、現状維持を原則とするが、現状が歴史的風致を損ねる状態にあるものについては科学的調査と根拠に基づいて、復旧、整備、修景する。

(2)環境物件の復旧
 環境物件は現状維持を原則とするが、現状が歴史的風致を損ねる状態にあるものは科学的調査と根拠に基づいて、復旧整備する。

(3)伝統的建造物以外の建造物等の修景
 伝統的建造物以外の建造物で現状が歴史的風致を損ねる状態にあるものは、周囲の景観に調和させることを目的とした修景を行う。

(4)建造物の移転、除却、新築、増築、改築
 伝統的建造物の移転、除却、増築、改築及び伝統的建造物以外の建造物の新築、増築は、本条(1)〜(3)に規定する修理、復原、修景、復旧、整備によるもの以外は行わないことを原則とするが、特別の事情により許可された場合には、規模、材料、屋根形式、棟高、軒高、色彩などが周囲の環境と調和したものとする。

4.保存地区の建造物等の保存および保存活動に係わる助成
(1)保存地区の建造物等の保存に対する助成
 村は前条の保存整備計画に基づく事業に対し別に定める「白馬村伝統的建造物群保存地区保存事業費補助金交付要綱」により、必要な助成をすることができる。

5.保存地区の管理及び保存のための施設・設備の設置ならびに環境の整備計画
(1)管理施設等
 伝統的建造物のうち、その保存のために必要があるときは買上げや借上げを行い、保存地区の歴史的価値を周知・広報し、共有するために一般公開するほか、積極的な活用に努める。地区内には、保存地区を示す標識、説明板、案内板など必要な設備を設置する。これらの設備の設置にあたっては歴史的風致を損なわないように配慮する。

(2)防災施設等と防災活動
 地区内の消火設備の拡充を図る。初期消火及び延焼防止を目的とした総合的な消火設備として、消火栓・放水銃を新たに設置する。
 また、地区住民による消防組織とその防火訓練活動が保存地区の防災にとって重要であることを認識し、その活動の維持と充実を図る。

(3)電柱等の整備
 電力用及び電話用の配線、電柱については、移設や配線整理、地下埋設等によって歴史的景観の阻害とならないような措置をとる。

(4)下水道の整備
 保存地区内の水路の水質保全と住民の生活環境の向上のために、下水道の整備を図る。

(5)交通規制、駐車場等
 保存地区内への観光客の乗用車・大型車両は制限するのが望ましい。また、既存の駐車場や車庫で現状が歴史的風致を損ねる状態にあるものについては、修景を施し、歴史的風致との調和を図る。

(6)道路、水路等の整備と復旧
 道路、水路等の位置及び幅員は現状維持を原則とするが、現状が歴史的風致を損ねる状態にあるものは、科学的調査と根拠に基づいて修景、復旧、整備する。

(7)その他
 アンテナ類、ガスボンベ等の屋外設備類、屋外の看板、標識などの類で、歴史的風致を損ねる状態にあるものは、修景、整備等を行うことが望ましい。
 テレビアンテナを屋外に設置しているものは、将来的に共同アンテナ化をするなどの方策を図る。

6.保存地区の保存及び活用に係わるその他の方針
(1)伝統的慣習及び伝統的技術の保存と継承
 伝統的建造物群とその歴史的環境を真に活きた形で保存するためには、昔から伝えられている道・堰普請などを中心とした相互扶助制度、祭りなどの季節行事の継承、家造りなどの伝統的技術の保存が肝要である。今後もこれらの保存と継承を積極的に進める。

(2)伝統的建造物保存のための資材の確保
 可能な限り茅葺き屋根の復原に努めるため、かつての茅場の復原と白馬村内あるいは近隣の村に働きかけその確保に努める。

(3)観光化対策
 保存地区の住民生活向上のための地域振興や、保存地区の価値を多くの人々に実感してもらうことを目的とした観光は必要であり、また、避けることはできない。しかし、一地域のなりわいを阻害するような行きすぎた観光は、保存地区の歴史的風致を損ね、美しい農村景観を俗化させることになるので、これを規制して必要最小限で、且つ、良質な観光の振興を図る。