
| 英語名 | Susie Kang |
| 漢字名 | 姜修智(韓国語で「姜(Kang)」「修(Su)」「智(Ji)」と発音する) |
| 生年月日 | 1971年5月20日生まれ |
| 出身地 | 韓国ソウル特別市(その後、一時米国ニューヨークに7年間移住) |
| 職業 | 歌手 作詞家(作曲を少し また女優やいわゆるタレント的な活動も行う) |
| 血液型 | A型 |
| 星座 | 牡牛座 |
| 韓国デビュー | 『ポラピッ ヒャンギ(紫色の香り)』で1990年にデビュー |
| 日本デビュー | 『愛だけじゃ足りない』で1995年にデビュー |
| 趣味 | 詩を書くこと、音楽鑑賞(ゴスペル、クラッシック等)、映画鑑賞 |
| その他 | 1988年韓国MBC大学歌謡祭アメリカ地域金賞を受賞 |
スージー・カンさんは、韓国を代表する歌手です。全盛期は過ぎたのですが、まだまだ韓国では知名度も高いですし(3人に1人は知っているのでは?)、ファンクラブが4つもあります(デイジー、イェップニ、スージーラン、サイタースの4つ)。彼女のヒット曲は韓国女性のノレバン(カラオケボックス)の定番になっています。
1995年には日本でも活動を開始しました。『アジアン・ビート』なる番組に出演したり、日本語の楽曲を発表したり、ミュージカルに挑戦したり頑張っていらっしゃいますが、正直いって日本での知名度は今一つです(^_^;。日本でのプロモーションの方向性が明確に定まらず、彼女の歌う姿を見る機会がなかなか現れないのが大きな原因だと考えられます。しかし、じかに彼女の楽曲を耳にした日本人の少なからずが彼女の非凡さを認めていることも確かですが・・・。
この文章の表題、ひとりの女性に対する3つの名前の存在がそれを示しています。韓国ではハングル読みで「カン・スジ」。日本で最初に彼女が紹介された当初は、「カン・スジ」とそのままの名前で呼ばれていました。1995年、東芝EMIで本格的に歌手デビューしたとき、日本での芸名として「カン・スージー」が採用されました。このころは数曲の楽曲を発表するだけで、『アジアン・ビート』に出演するとき以外はあまり日本国内では積極的な活動はしなかったようです。1997年頃から芸能事務所スカイプランニングに所属、レコード会社をBMGジャパン(現BMGファンハウス)に移籍、ミュージカル・テレビのバラエティー番組出演、日本各地でのイベント活動など精力的な活動を行うようになったころ「スージー・カン」という芸名に変わりました。所属事務所がビビアン・スーを擁しているため、それに則した処置だと思われます。
日本のファンは、彼女の存在を初めて知った時点で呼ばれていた名前、「カン・スジ」、「カン・スージー」、「スージー・カン」と好き勝手に呼んでいるようです。売る側もファンも責めるわけにはいきませんが、こういう名称の混乱自体が彼女の日本での知名度向上の足を引っ張っているのだと思っています。それどころか、いまこの文章を書いているときに参考にさせてもらっている『KOREAN MUSIC 創刊号』の「完全保存版 韓国アーティスト名鑑」では「カン・スージ」と紹介されています。先に掲げた3つの名前との違いが果たしてお分かりになるでしょうか・・・。
それはさておき、結局のところ現在での彼女の日本での正式な芸名は「スージー・カン」です。このホームページでは、この名前で統一することにします。多くの人に彼女の歌声が伝わり、その真価が理解されていって欲しいと願います。
<参考文献>
- 『KOREAN MUSIC 創刊号』KOREAN MUSIC編集部(セボンエンタープライズ)
- 『アジオンラヴァーズ』丸目蔵人著 (大村書店)
- 『韓国カルチャーナビゲーター』一ノ橋海甲著(れんが書房新社)
- 『ポップ・アジア No.21』(ブルース・インターアクションズ)
- 『TVガイド臨時増刊 TVスター名鑑』(東京ニュース通信社)
- 『中学二年コース 1999年3月号』(学習研究社)
この場を借りて以上の文献を参考にさせて頂いたことに謝意を表わしたいと思います。 (文章の無断引用は行っておりません。あくまでも資料として参考にさせていただき、 文章はすべて私の手でおこしました。)