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「走るそよ風たちへ」 誕生秘話

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管理人が麗美の曲の中で一番感動できる曲が「走るそよ風たちへ」です。
このHPを立ち上げた本当の目的は、この「走るそよ風たちへ」が誕生した
経緯と麗美がこの楽曲に込めた想いを伝えたかったからなのです。

管理人はあまり文章が得意ではありませんが、麗美本人から再びこの話
を聞く機会は無いと思って書き残しておきます。

これまで、CDだけを聴いて麗美のファンを続けている方も、ぜひ以下の
ストーリーを読んで「走るそよ風たちへ」を聴き返して下さい。

当ストーリーは以下のインタビューやファンクラブの会報をもとにまとめたものです。

 1.1990.02.26 ラジオ番組:ザ・ボイストラック
 2.1990.xx.xx ラジオ番組:番組名不明(探索中)
 3.ファンクラブ会報19
 4.ファンクラブ会報25


【ストーリー】

 1985年、麗美は人気アイドル・学園祭の女王として活躍していた。
 ある時、横須賀にある陸上自衛隊の学校でライブを開くことになった麗美。
 基地のある町で育った麗美は、親元を離れ共同生活をしているまだ若い兵士たちに
 なつかしいものを感じながら、普段は怖いであろう教官に連れられ校舎の中を進んで行った。

 その途中、麗美の目に飛び込んできたものは、普通に走りまわる戦車と校舎の壁に無数に
 貼られたポスター。そこには... 「優しくされるとその時に秘密がもれるから気をつけろ」 等々

 多くの人に助けられ、ファンに支えられて過ごしてきた麗美にとって、これらのメッセージは
 別世界の言葉。こんな環境で若い彼らは日々訓練をしている..

 ライブが始まった。年に1度の学園際を楽しむ兵士たち。麗美の頭の中には、彼らに伝えたい
 メッセージが次々に浮かぶ。だが、周りを取り囲む多くの教官たちがそれを許さないことは
 分かっていた。余計な事を話せばライブはすぐに中止され、麗美も連れ出されることになるだろう。


 「この気持ちを彼らに伝えたい。
直接は言えないけど、せめて曲にのせて歌うことができたら..
  すぐに歌が出てくればいいのに..  今すぐに..」
 しかし、あっという間にライブは終わりを向かえた。何も伝えられないまま。

 とても悔しい思いだけが残った。学校を後にしながら、先ほどの想いを早く楽曲にしたいという
 気持ちでいっぱいになった。


 5年間言葉を探し続けた。  
 
 次に呼ばれた時も、すごく厳しい目で学校の先輩達や先生達がホールを取り囲み
 立っているだろう。歌っている最中に中止させられることのないように、なるべく曲調を
 ソフトにしながら爽やかさを残して言いたい事はスッと途切れないで歌えるような詞に
 しようと思って書いた。

 クリスマスソングにした理由も、クリスマスは世界的にみんなで一緒に祝う祭りだから、
 金網に囲まれて別世界みたいに閉じ込められている彼らにも、同じように祝ってクリスマス
 を楽しんで欲しいという気持ちから。

 また、遠い国の事じゃなく日本にあるミリタリー・スクールの事を歌っているんだと言うことも
 示したかった。ドイツ語とポルトガル語で歌っているのは他の国のミリタリー・スクールに閉じ
 込められて、一生懸命夢をみながら生活している子供たちにも贈りたいから。

 こうして完成した「走るそよ風たちへ」は、無事ミリタリー・スクールの彼らにも伝えられました。
 みなさんにも麗美の平和を愛する気持ち伝わったでしょうか?

 後日談ですが、このミリタリー・スクールの卒業生から麗美宛に手紙が来て、校長先生が
 みずからその音をテープで流しながら特別授業をしたそうです。
 ちょっと騒ぎが起こったそうですが、卒業生には一番心に残った楽曲になったようです。




管理人より:

 多くの教官に取り囲まれる姿を想像しながらも、「活躍する日は来なくてもいい」と歌詞を書いて
 しまう麗美を本当に勇気のある人だと思います。実際に再ライブが行われたかどうかは定かで
 はありませんが、麗美なら誰に止められてもこの曲を歌ったことでしょう。
 自分の想い・スタイルを貫き通し、持てる力を1つ楽曲に注ぎ込む。このエピソードを聞いて、
 音楽の力というものを感じ、麗美にどっぷりハマってしまいました。

2003.08.31

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