ソ連・東欧ジャズ、ロックとの出会い
 


 まだ大学生だった1979年。たまたま「短波ラジオ」(いまどきこんなのを聞いている人はいないでしょうが)で「モスクワ放送」の英語番組を聞いたことがきっかけで、私はソ連・東欧のロック、ジャズにはまっていまいました。

そして1981年から数年の間に入手したソ連・東欧のジャズ、ロックのLPは500枚を超えるほどになっていたと思います。とうとう1983年に"Marquee Moon"というプログレ誌に「ソヴィエト・ジャズ・ロック・シーン」という記事を書きました。当時、このような記事を書いたのは私が最初ではないかと思います。それがきっかけで、以後3年ほど、その雑誌で「ソ連・東欧のインフォメーション」を担当することになりました。当時500枚ほどあったレコードは、もう手元には100枚も残っていません。馬鹿みたいな安値で処分してしまったのです。今から考えると惜しいことをしたものです。

このHPでは、どのようにしてLPを手に入れるに至ったかの経緯と現在も所有しているレコードのリストを載せています。リストのリンクは各章の下にあります。多数あるので面倒くさくて、カヴァー写真やリヴューは載せていません。それらは最近、他のホームページで多数見つかると思います。ただしソ連モノに関してのみ、好みのバンドについて触れておきました。レコード・コレクションのUSSRのページにリンクがあります。

私はこのホームページで当時のソ連・東欧の社会状況とロック、ジャズの関わりを必要以上に掘り下げて考察するつもりはありません。単に80年代初頭にソ連・東欧のジャズ、ロックとどのように出会い、どのようにしてレコードを入手するようになったかという経緯を書いていきたいだけです。政治状況・社会情勢に関しては、私はポーランドにしか行ったことがなく、ソ連については断定的なことを述べるほどの知識も体験もないからです。若干、それらについてのくだりがありますが、それは当時のソ連の文通相手やマスコミ(あまりあてにならない)からの情報を元にしたものです。

興味のある方はお読みいただき、感想などを知らせていただくと嬉しいです。

なお私は"Group Therapy"というジャズ=ロック・バンドもやっております。そちらのページも併せてご覧いただければ幸いです。

March 21.2001
Hiroyuki KITADA


 

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