今月の1曲

2004年  2月

Des jours entiers a t'aimer  (愛ゆえの日々)

      desjours

Paroles: Etienne Roda-Gil.
Musique: Julien Clerc


Tout au pied de la colline
Perdue parmi les lauriers
Se tient la silhouette fine
De la maison de papier
La porcelaine si fine
Des petites tasses de the
Reflete tes yeux d'amande
Aux reflets mouilles

Des jours entiers a t'aimer
La la la la
Des jours entiers a rever
Aux jours passes et a venir

En marchant vers la colline
Sur le sentier escarpe
Je vois ta silhouette fine
Dans la maison de papier
Tous les parfums de la Chine
Et tous les Japons dores
Font de toi la mandarine
Au pouvoir sacre

Des jours entiers a t'aimer
La la la la
Des jours entiers a rever
Aux jours passes et a venir
Et a venir
Des jours entiers a rever
Des jours entiers a t'aimer


久々にアップしようと思って、選んだのがこの曲でした。偶然にもgayakoさんからの
書き込みもあり、そのgayakoさんが書かれていた 「フランス人の仏語の先生(女性)が、
「この歌は、あなたたちのような(アジアの)女の子(?)のことを歌っているのよ」と
言っていた、という思い出があります。。。」で、「え、そうなの?」と思っちゃったのですが、
取りあえず、私なりの思い込みで書きたいと思います。
曲は最も初期の頃、1970年に作られ、2枚目のこの曲と同名のアルバムに収められて
います。上のシングル盤のジャケットは、オフィシャルのHPには出ていませんので、ラジオ
向けか、はたまたフランス以外の国でプレスされたものではないかと考えます。
(その辺は後々にでもハッキリさせなくてはいけませんね。) 作詞はロダ=ジルです。
 
 蜜月の恋人との暮らしを歌ったのでしょうか。 と、言うよりも恋人との生活の理想形のような
気がするのです。 森の中の小さな家で、エイゾチックなアジアの調度類に囲まれて、
二人だけの時が静かに流れていく・・・。

Tout au pied de la colline
Perdue parmi les lauriers
Se tient la silhouette fine
De la maison de papier

丘の麓、月桂樹に紛れて
紙の家の薄い影が建っている

月桂樹はギリシャ・ローマ時代には勝利と栄光のシンボルとして、勝者の頭に飾られた
その意味から”祝福された家”を指している、平たく言えば小さくても幸せに満ちた・・・
と言う
ことなのかもしれませんね。

Des petites tasses de the
Reflete tes yeux d'amande
Aux reflets mouilles

小さな茶器に君の濡れたアーモンド色の瞳が映る

「mouilles」は湿ったと言う意味なんでしょうが、辞書を引くと、もっと危ない俗語の
意味が書かれていて、多分、”ロダ=ジルおぢさん”のことだから、そっちの意味の
ほうが正解かもしれないなぁと、ここは深読みしてしまったのですが、いちおう、
正統派?で読みを続けましょう。
 2番の歌詞には、

Tous les parfums de la Chine
Et tous les Japons dores
Font de toi la mandarine
Au pouvoir sacre

中国のさまざまな香りと、日本の金箔は
君を神聖不可侵な力をもつマンダリンに仕立てる

実は柑橘類が苦手な私は、マンダリンの放つ濃厚な匂いもダメなのですが、
中国の香、日本の金箔(屏風のこと?)で彼女が濃厚な香りを放つオレンジ色の
神々しい姿に感じられたのでしょうか。 表現の善し悪しは別として、恋人のことを
そこまで表現できるのは、日本人にはちょっと出来ない「技」ですね。

ルフラン
Des jours entiers a rever
Aux jours passes et a venir
Et a venir

来る日も来る日も夢を見よう
過ぎ去った日々の そして未来の日々の・・・

もうホント、二人の世界って感じで、羨ましい!(笑)
でも、何となくこの歌は絶頂期の二人の日々であって、ここからだんだん
灰色の影が忍び寄って来る・・・な〜んて思うのは変な小説の読み過ぎ
なのでしょうか??

20年前はこの歌詞にとても憧れていたのですが、現実は厳しかった!です。






2003年  8月

LE COEUR VOLCAN (愛の鼓動)


    volcan

Paroles:
Étienne Roda-Gil
musique: Julien Clerc
,

Comme un volcan devenu vieux
Mon coeur bat lent'ment la chamade
La lave tiede de tes yeux
Coule dans mes veines malades
Je pense si souvent a toi
Que ma raison en chavire
Comme feraient des barques bleues
Et meme les grands navires

J'ai la raison arraisonnee
Dans un port desert
Derisoire toute ma vie s'est arretee
Comme s'arreterait l'Histoire
J'ai la raison arraisonnee
Dans un port desert
Derisoire toute ma vie s'est arretee
Comme s'arreterait l'histoire

Comme une legende qui s'eteint
Comme un grand peuple en decadence
Comme une chanson qui se meurt
Comme la fin de l'esperance
Mon coeur volcan devenu vieux
Bat lentement la chamade
La lave tiede de tes yeux
Coule dans mes veines malades

Comme une armee de vaincus
L'ensemble sombre de mes gestes
Fait un vaisseau du temps perdu
Dans la mer morte qui me reste
Mon coeur volcan devenu vieux
Bat lentement la chamade
La lave tiede de tes yeux
Coule dans mes veines malades



久々にアップしました今月は、ジュリアンも大好き(らしい)初期の曲です。
1971年発表。シングルでは出ましたが、オリジナルのアルバムには入っていません。
 さてさて、選んではみたものの、詞の内容が私には抽象的で厳しい選択をしてしまった
ものだなぁと、実はちょっと後悔しています。
ロダ=ジルおじさんの
得意のパターンなのでしょうか、多分、聴く人によって解釈が多少
変わってしまうだろうなァと
思いますが、私は恋人未満の、いえ、きっとまだ片思いの男の
歌ではないかと思うのです。

それが、繰り返し出てくる

La lave tiede de tes yeux
Coule dans mes veines malades

君の目の温かい溶岩流が
僕の病んだ血管の中を流れる

この2行でそう思ったのです。
tiedeを辞書で引くと「生暖かい」の意味の他に「不熱心な」という言葉も出てきます。
だから、余り良い意味ではないのだろうと判断しますが、彼女は彼の事を恋の対象者として
見てはいないのではないでしょうか。

だけど彼は彼女に会うと
Comme un volcan devenu vieux
Mon coeur bat lent'ment la chamade

活力を失った火山のように
僕の心はゆっくり鼓動を打つ

メロメロなわけです。

そして彼のそのメロメロ度合いをロダ=ジルは色々な表現を
用いて表しています。
単純で使えそうなのが
Je pense si souvent a toi
Que ma raison en chavire・・・・
終始君のことを考えていて
僕の理性は転覆してしまった
青い小船のように・・・・

ちょっと大げさですけど、気持ちは良くわかります。
次のヴァースの
J'ai la raison arraisonnee
理性はあるけれど

で、強がっては見るものの、
Dans un port desert
Derisoire toute ma vie s'est arretee
Comme s'arreterait l'Histoire
小さな砂漠の中で
全ての力を失ってしまうという
物語を夢見るのだ

彼女に魂を抜き取られてしまっているのですね。
 
 ロダ=ジルは詩人だから、歪曲した書き方で
聴いてる人を煙に巻く?ような表現を楽しんでいるかように
私は思えてならないのです。
最期のヴァース、
L'ensemble sombre de mes gestes
Fait un vaisseau du temps perdu
Dans la mer morte qui me reste
僕の動作の1つ1つが集まって
失われた時間の船を作る
その船は僕に残されている死の海に浮かんでいる

「どう解釈したら良いの ロダ=ジルさん!」という
有様で、感覚的には判らないでもないのだけれど
う〜ん、と唸ってしまうのです。

勝手な判断で考えると、彼女にはマッタクその気がないから
彼には普通に接しているけれど、彼にとってみれば
彼女の一挙手一投足が全部自分にとって「・・・・」だ、と。
「・・・・」にはその時々の僕の感じた言葉を埋めるわけですが、
とにかく彼女が自分に気がないことは明白で
彼女の行動に対して何かを感じる都度に
溜め息と絶望の想いが心の海に堆積されて行くと
いった解釈をしてみました。
 曲はエキゾチックで2ヴァース目からアコーデオンが伴奏に
入ってくるのですが、それが何とも言えない郷愁がありますね。
ジュリアンがライブでこの曲を取り上げる時には必ずその
アコーデオンを入れます。今考えると、この頃はアルゼンチン
タンゴ(ピアソラ)の影響をかなり受けていたのではないでしょうか。

 




2003年  1月


LES MENHIRS   (メンヒル)

Paroles: Maurice Vallet
musique: Julien Clerc
,

Ne m'attends pas trop longtemps
A l'ombre fraiche des menhirs
La lande restera la meme
Avec fougeres et bruyeres
La cote gardera sa rage
Et le froid crachin son rire
Pour des souvenirs amers
Quand je passe
Et je t'oublie Et je t'oublie

Ton amour sera silence
Tes instants seront des jours d'ennui
Et de temps trop lourd
Pour une vie de grande absence
Tu retrouveras les plages
Ou mers et rochers s'aiment
Les tristes blockhaus y revent
Il y fait froid
Et je t'oublie Et je t'oublie

D'entendre sonner le tocsin
Quand les femmes attendent pour rien
Quand le phare se jette au temps
Tu apprendras le gout du vent
Pour oublier Pour oublier

Tu compteras chaque seconde
Tu t'inventeras des forces
Tu t'acheteras des amours
Puis tu t'habitueras aux autres
A la certitude de tes nuits
T'abandonnant au sommeil
Et quand chaque jour se leve
Te dire encore
Que je t'oublie Que je t'oublie

D'entendre sonner le tocsin
Quand les femmes attendent pour rien
Quand le phare se jette au temps
Tu apprendras le gout du vent
Pour oublier Pour oublier

Ne m'attends pas trop longtemps
A l'ombre fraiche des menhirs
La lande restera la meme
Avec fougeres et bruyeres
La cote gardera sa rage
Et le froid crachin son rire
Pour des souvenirs amers
Quand je passe
Et je t'oublie Et je t'oublie



2003年最初の曲は1970年発表のLES MENHIRSです。邦題で「遺石」とされたこの曲はM・ヴァレが詞を書いて
いますが、実は私は最近までこの詞がロダ=ジルだと思い込んでいたので、詩人M・ヴァレの力を思い知らされた
気がしました。
メンヒルはブルトン語で「長い石」と言う意味ですが、この遺跡の存在由来については諸説あるようで、調べてみると
なかなか興味深いものです。
イギリスのストーンヘンジやイースター島のモアイなども同様な”メンヒル”とされているようですし、日本にも
点在しています。
この石たちについて、ホーキンズ博士の「ストーンヘンジの各々の石の配置位置に見い出される方向線が太陽と月の
運行を観測する観測点として正確に配置されているのではないかと言う仮説のもとに、測量とコンピュータによる
データー解析を行い、この有史前の遺跡が、当時は天文台であり天体観測コンピュータとして利用されていた」
という談話に、さすが現代科学の先端を行く博士ならではと思いましたが、私にはフランスのメンヒルを
ブルターニュ地方に進軍してきたローマ軍が魔法によって行軍する姿のまま石化させられた、そしてクリスマスの
夜には魔法がとけた彼等は川に水を飲みにくる」
という伝説のような話の方が夢があっていいなと思います。  
 さて、詞の内容なのですが、多分この詞の中の二人は別れようとしている、いや、すでに別れてしまった恋人達
ではないかと思います。
曲名のLES MENHIRSはここでは「二人の思い出」で、墓標みたいな、と言うか、形骸化された思い出では
ないでしょうか。
苦しい苦い思い出ばかりになってしまった「僕」は”もう君を忘れたい”と言い続けているのに対して「君」である
彼女はまだやり直したいと思っている。。。。。。
僕の気持ちは歌の出だしの

Ne m'attends pas trop longtemps
僕をあまり待ち続けないで

で、決定的なのです。でもきつい言い方ではない。
彼女に対しての最後の愛情みたいな表現です。
La cote gardera sa rage
Et le froid crachin son rire
Pour des souvenirs amers
Quand je passe
海岸は荒れて、冷たい霧雨が苦い思い出をあざ笑う
僕が行く時に

彼女との思い出の場所が僕をもっと落ち込ませるような感じ、でしょうか。
だからもうこれ以上は思い出したくないし、考えたくない。

彼女の気持ちが変わっていないのは次のヴァースでとてもよく表現されている気がします。

Ton amour sera silence
Tes instants seront des jours d'ennui
Et de temps trop lourd
君の愛は沈黙
瞬間(とき)は憂鬱の日々になり
苦痛の時間になる

何を言っても彼は反発するだけ、でも待っていればきっと彼は帰ってくる。
その気持ちだけで日々を送っている彼女の心の状態がよくわかります。
 ルフランの部分で、
Tu apprendras le gout du vent
Pour oublier Pour oublier
君は風の味を知る
忘れることを 忘れることを

がとても印象的です。風を受けて-それは多分「僕」が感じた風と同じもの、で-
彼女も「僕」を忘れて欲しい。それは彼の願いのよう。
このルフランの1行目
D'entendre sonner le tocsin
警鐘が鳴るのを聞く時

の鐘は「君」にとっては警鐘だけど「僕」にとっては希望の鐘の音である気が
します。
で、曲中では鐘の音が聞こえて非常に臨場感在る編曲になっています。
ここでちょっと脱線しますけれど、この鐘の音はチューブラーベルという楽器で、TVの
「のど自慢」で鳴らす鐘と言えば曲を知らない方にも分って頂けると思います。
この楽器はクラシックでは結構使われます。ベルリオーズの「幻想交響曲」、ムソルグスキー「禿山の一夜」
マーラーの交響曲第2番「復活」などがそうです。曲中でのこの楽器の響きがその曲の
雰囲気によって悪魔の言葉にも荘厳な教会の鐘の音にも聞こえるすごい楽器です。この曲では1回目の
ルフランの部分がちょっと遠慮がちに小さな音で「君」への警鐘のように聞こえ、2度目のルフランでは大きく
「僕」から「君」への引導のように、そして「僕」の希望のように明るく聞こえます。

Tu compteras chaque seconde
Tu t'inventeras des forces
Tu t'acheteras des amours
Puis tu t'habitueras aux autres
君は1秒1秒をかぞえる
自分を力づける
(新たな)愛を買い求める
そして(僕以外の)他の人達と仲良くなるだろう

もう、これは「僕」のお仕着せに近い彼女への”立ち直りのプログラム”みたいですが、
こんな想像ををしているのは、別れても、かつては恋人だった「君」の幸せを願って
いるんだと言ってるのではないでしょうか。

その後に出てくる
Et quand chaque jour se leve
Te dire encore
Que je t'oublie Que je t'oublie
毎日目覚めた時
君にまた言う
君を忘れたい 君を忘れたい

毎日目覚めた時と言うのが「僕」にかかるのか「君」にかかるのか
ちょっと判別出来ないでいるのですが、どちらにしても
この部分で彼の苦悩が表れている、「もしかして別れなくてもやり直せばよかったのか。
いや、もう後戻りは出来無いのだ」と。



2002年  9月


LUNE LUNE (不思議な月)


Paroles: Étienne Roda-Gil
Musique: Julien Clerc

Quand elle regarde la lune
La femme du boulanger
A une certitude
Ce sont des pains ranges

Quand il regarde la lune
Monseieur la cure
Y voit un refectoire
Ou les anges vont manger

( refrain )
Lune, lune, lune, lune
D'amertunme ou bien sucree
Lune, lune, lune, lune
Douce pomme de mon pommier


Quand il regarde la lune
Le si beau general
Y voit la grosse medaille
Qui manque a son poitrail

Quand il regarde la lune
Le marchand de journaux

Y voit des cosmonautes
Qui ecoutent la radio

( refrain )

Quand il regarde la lune

Le triste enfant gate
Veut qu'on la lui achete
Pour pouvoir la jeter

Il n'y a qu'on lune
Et chacun de ses yeux
Y voit sa fortune
Son malheur ou bien les deux

( refrain )

Quand je regarde la lune
Comme je suis amoureux
Je sais qu'elle regarde la lune
Et moi, je suis heureux

( refrain )


久々に再開の今月は今年のジュリアンの「julien demenage」ツアーでも1曲目を飾った
’74年発表のアルバム、「TERRE DE FRANCE」から、ロダ=ジルの詞が可愛いこの曲です。
ロダ=ジルにしては平易な単語が並び、でもちゃんと韻は踏んでいて、ちょっとだけ文学的で
ロマンティックな歌詞ですね。
 
 パン屋のおかみさん、司祭、軍人、新聞売り、甘やかされた子供、そんな人達が見る月は
それぞれに違って見えるのを少々皮肉っぽく書いてあります。 が、最後から2番目のヴァース

Il n'y a qu'on lune
Et chacun de ses yeux
Y voit sa fortune
Son malheur ou bien les deux


月は1つ。だけど、それを見るそれぞれの人の目に
幸福か不幸かそのどちらにも見える。

単純だけど深いですね。
別に月じゃなくても(例えば太陽でも星でも空でも海でも)いいのに
「月」を詞の対象にした所がロマンチックであり、さすがはロダ=ジルだと私は感心してしまうのです。
多分、今回ジュリアンがこの曲をツアーで歌ったのには去年のアメリカのテロのことが頭の中に
あったのではないかと思うのです。
この地球上から見える月は1つで、世界の何処でもこの月を眺めることが出来るけれど、
色々な国の色々な人によって、この「月」と言うものが違って見える。意味が違っていることを
多分、言いたかったのではないでしょうか。
そして、あるひとつの事柄についても、人によって見方が違うし、それをどう見るかで幸か不幸か
の全く正反対の解があるんだよ、と。

最後のヴァースは私はとても好きです。

Quand je regarde la lune
Comme je suis amoureux
Je sais qu'elle regarde la lune
Et moi, je suis heureux


僕が月を見るとき、僕は恋をしていて
彼女も(同じ様に)月を見ているから
僕は幸せだ。

子供の頃、良く友人と「何時何分にOO座の1等星を見ようね」と、意味なく約束して
星空を眺めた憶えがあります。子供だったし、恋人ってワケじゃぁないので、ちっとも
ロマンチックじゃないですけど、このヴァースを読んで、思わず昔のことを思い出しました。
別の場所で同じ月を見てお互いのことを想う....心が思わず暖かくなるようなエンディングです。




2001年 11月

ROMINA   (ロミーナ)
Paroles: Maurice Vallet.         ブラックアウト
Musique: Julien Clerc

J'me leve et j 'mets dans mon cafe
Deux ou trois larmes pour le saler
Rien de nouveau dessous la porte
Sauf un billet pour la mer Morte

A la radio on n'parle pas d'toi
Et dans la glace on ne voit qu'moi

(Refrain)
Romina, Romina,
T'as laisse bien trop d'place chez moi
T'as laisse trop d'traces sur mes doigts
Sur mon piano et sur mon coeur

Je ferme et j'descends l'escalier
Je tangue comme un bateau paume
Sans mon pilote et sans ma foi
Je risque de bientot m'ecraser

Dans les journaux, pas d'mots sur toi
Mais dans l'orage on ne voit qu'moi

Refrain

Je vais nager dans le quartier
Avec ma peine a mes souliers
Et ma boussole dereglee
M'entraine dans de droles de pensees

A mon cine, une photo d'toi
Mais a l'entree, il n'y a pas qu'moi

Refrain

今月は’76年発表のアルバム、「ブラック アウト」から、ノリの良いナンバー、「ロミーナ」を選びました。
このアルバムは75年に5年もの長き間恋人だったフランス・ギャルと別れたジュリアンがロダ=ジル、ヴァレ以外の
新たな作詞陣を迎えて作ったアルバムなのですが、ものの見事に(?)、失恋の歌ばかりです。
 その中でもいちばんジュリアンを理解していたであろうヴァレの作品をあげたのは、ヴァレの詞の世界が
紙芝居的(良い意味で)なので、情景がイメージし易かったからです。

J'me leve et j 'mets dans mon cafe
Deux ou trois larmes pour le saler

朝起きて、コーヒーを辛くする為に
2、3滴の涙をたらす

出だしから私はこの詞にとても惹きつけられてしまいました。
朝、起きていきなり不愉快モードになる人は余りいないでしょうけれど
コーヒーを飲もうとしたら色々思い出して涙がこぼれて、コーヒーに落ちたってことで
また悲しみを引きずるような一日が始まったということでしょうか。

ルフランのところ、

Romina, Romina,
T'as laisse bien trop d'place chez moi
T'as laisse trop d'traces sur mes doigts
Sur mon piano et sur mon coeur

ロミーナ、君はボクに大きな場所を残していった
ボクの指に、ボクのピアノに、そしてボクの心に大きな傷を

”心”は、良くわかります。(誰もがそうでしょうから)
そこに”ボクのピアノと指”って所がジュリアンの歌らしいですね。
指だけだと余りにも官能的すぎるけれど、ピアノを入れることで
ちょっと中和している感じです。

そのルフランを挟んだ前後の詞に

A la radio on n'parle pas d'toi
Et dans la glace on ne voit qu'mo
 と、
Dans les journaux, pas d'mots sur toi
Mais dans l'orage on ne voit qu'moi

が、あります。

ラジオは君のことを語らない、
新聞に君の記事は無い

って、ことは「相手はあの女性だよ」って
ズバリ言っているようなものです(笑)
ヴァレっていつもこうなんですよね。(笑)

あと、ひじょうに面白い表現が色々出てきて
失恋の歌ながら、とても楽しい曲だと感じました。

A mon cine, une photo d'toi
Mais a l'entree, il n'y a pas qu'moi

ボクの映画には君の写真、
でも、入り口にはボクはいない

彼女=フランス・ギャルはM・ベルジェの力でまたショー・ビズの世界に
戻っていくわけですが、彼の手の届かぬところへ
行ってしまったことを暗示しているかのようで、ちょっと
悲しい気持ちにもなる部分ですね。


2001年 10月

今月はいつもの私のいい加減な「今月の〜」を変更して、特別にこの曲の詞にaqui_en_japonさんが
訳を付けて下さいましたので、全篇ご紹介させて頂きます。
9月11日アメリカであのような事件が起こり、真っ先に浮かんだのがこの詞の事でした。
しかし、私にはこの詞が重過ぎて、どう解釈していいか、悩んでいました。
aqui_en_japonさんは10月9日がフランスでの死刑廃止から20年であることでこの訳詞を送って
下さったのですが、是非、この時期に皆さんにこの詞の意味を考えて頂ければと思い、私の変な
解釈無しに頂いた訳詞を全文載せさせて頂きます。

L’assassin assassine (殺された殺人者)

詞: ジャン=ルー・ダバディー
曲・歌: ジュリアン・クレール

ある日、私は家にいて
歌を作りたい気持ちだった
窓際で作りたかったのはたぶん愛の歌
私が愛し、私を愛しているひとが
ジョーノの本を読んでいた
魔法の仕事台の上にかがみ込むように
私はピアノの上に身をかがめ
言葉を私の曲に合わせようとしていた...

まさにその朝、サンテ刑務所で
一人の男が... 一人の男が処刑されていた...
私たちはといえば、こんなにも平穏なまま
町に心をときめかせ
午後の終わりに
貞節な人影が少しずつ外に出てゆき
静かに夜を織りなしてゆく
今日のように...

刑吏たちは抜き足差し足でやってきて
その男に静かな調子でこう言った
「今日が処刑の日だ... もう時間だ」
半裸の男は
顔色も変えずに刑吏たちを見た
「手紙を書きたいか?」
男は「はい」と言ったが、書くことはできなかった
ただ煙草を一本吸っただけ

私の作品の上に夜の帳がおりていた
しかし言葉は闇の中にとどまったまま
私を許してほしい
愛の歌を書くことができない日もある
だから私はピアノの蓋を閉めた
この歌詞と曲は誰のものでもない
そして私はこの卑劣漢のことを思った
舗石に流れたその男の血を死刑執行人が洗った...

私は何の代表者でもない
一介の音楽家にすぎない
それはよくわかっている
このことを言うために私はかっこうをつけることはしない
皆さん、人殺しを始めるのは殺人者です
しかし社会が人殺しをまた繰り返しているのです
死刑囚の血も人間の血...
流されるのはまた人間の血なのです
執行には手順がある、笑い事ではなく
その男に二言三言の言葉をかけ
酒を少し飲ませる
男に話しかけ、断頭台に縛りつけ、顔を布で覆う
中庭に据えられた大きな黒い天蓋にさえぎられ
男の死は人々から見えなくなる
そしてその後、首が切り落とされる時間は
一瞬で終わる

一曲の歌、たぶん愛の歌の代わりに
沈黙を歌う許しを私が皆さんに求めるのは
この思い出が頭から離れないから
刃が落ちた時
死刑に処せられた側から死刑を執行した側に罪が移った
今晩、私の記憶の中に眠るのは
殺された殺人者
殺された殺人者

(1980年、アルバム、Julien Clerc ”Sans entracte”に収録)

1979年1月10日、FR3のテレビ番組”L’invite du dimanche”(「日曜日のゲス ト」)で作詞家
ジャン=ルー・ダバディーの特集が組まれた。ダバディーはジュリア
ンをゲストとして呼び、
1976年に書かれて発表されないままになっていたこの歌を
「一度だけでいいからテレビで
歌ってほしい」とジュリアンに頼んだ。
その番組で
ジュリアンがピアノに向かって歌い終わった時のダバディーの回想:
「それは強烈な瞬間でした。テレビ局の代表電話に、この歌がどこに収録されている
かと、視聴者からの問い合わせが殺到したのです。」

視聴者からの反応に驚いて、ジュリアンがこの歌を当時のコンサートツアーで取り上 げた時の
ダバディーの回想:

「アーティストにとって多数派の考えを攻撃する歌を持って戦地に赴くことは容易な
ことではありません。歌詞以上に歌い手の歌唱の力が観客の心を動かしたのです。」

あるインタビューでのジュリアンの発言(発言の中の裁判は1977年のことと思われ る):
「私はアンテーヌ2のニュース番組をすることになっていて、現行犯についてのルポ
したいとお願いしたことがあります。なぜなら、司法の問題に私は特に興味がある
からです。
司法記者のポール・ルフェーヴルが私に電話してきて、トゥールーズで死
刑の模範裁判が
あるから一緒に行こうと言うんです。再犯者で、死刑を宣告されたの
ですが、原判決が
破棄されていた事件でした。上告審でロベール・バダンテール弁護
士が弁護を担当することに
なりました。このような裁判に立ち会って、私の国の司法
がどう機能しているかを
見ることができました。死刑の裁判を見た後では、裁かれて
いる人が誰であろうと、
何が起ころうと、人は死刑廃止論者になるものです。
ただ、
そこに断腸の思いはあります。なぜなら、犠牲者の家族や友人、知人には犯人が
死刑
を免れることが理解できないからです。そのことはよくわかりました。彼らは「この 国には
もう正義はない」と言って、バダンテールをリンチにかけかねない様子でし
た。
わかるでしょう、こういうことは簡単なことではないんです。しかし、この場合
は思想のための
闘いなのです。バダンテールは当時、この被告を弁護していたという
よりも、
一つの思想を弁護していたのです。だから、この理由だけによって、凶悪犯

パトリック・アンリ被告を死刑から救うことができたのです。「殺された殺人者」
も、
題名の中ですべてが言い尽くされていて、この思想への弁護でもあるのです。」


「この歌を歌うことによって死刑存置論にくみする65%の聴衆を失う恐れはないので
すか?」というインタビュアーの問いに対するジュリアンの答え:
「わかりません。毎晩、コンサート会場には死刑廃止論者ばかり3000人集まるわけで
ないのです。それはありえません。でも、この歌が一番喝采を浴びていました。こ
の歌に
賛成でないとしても、この歌詞で表現された尊厳は無視できません。」


1981年9月17日、ミッテラン政権のもとで法務大臣になったロベール・バダンテール
の国会での演説の一節:
「明日、みなさんのおかげで、フランスの刑務所の中、黒い天蓋の下、夜明けに人目
をしのんで行なわれていた死刑執行がなくなります。フランスの司法は人殺しをする
正義と決別するのです。明日、私たちの司法の血塗られた1ページがめくられます。
明日、死刑が廃止されるのです。フランス立法府のみなさん、心からお礼を申し上げ
ます。」

1981年10月9日、フランスの国会で賛成369票、反対113票で可決された法律81-908
号、第1条:
「平時であると戦争時であるとを問わず、死刑は、これを廃止する。」

参考資料:
- ”Paroles et musique”誌 1985年4月号
- Mathias Goudeau & Patrice Tourne : ”Sur l’air du temps - 30 chansons
qui ont change la France” (JC Lattes, 1999)



2001年 6月

PARTIR  (出発〜たびだち〜)


Paroles: Jean-Loup Dabadie        partir
Musique: Julien Clerc


Depuis l'enfance
Je suis toujours en partance
Je vais je vis
Contre le cours de ma vie

Partir Partir
On a toujours
Un bateau dans le coeur
Un avion qui s'envole
Pour ailleurs
Mais on n'est pas a l'heure

Partir Partir
Meme loin de quelqu'un
Ou de quelqu'une
Meme pas pour aller chercher fortune
Oh partir sans rien dire
Vivre en s'en allant

Et en s'envolant
Et les gens l'argent
Seraient du vent
Mais c'est vrai le temps
Nous prend trop de temps...

Partir Partir
Meme loin loin de la region du coeur
N'importe ou la peau
Change de couleur
Partir avant qu'on meure

Partir Partir
Comme les trains sont bleus
Quand on y pense
Et les bateaux heureux
Quand on y danse
Oh partir sans rien dire

Mais c'est vrai le temps
Nous prend trop de temps
Et on n'appareille
Pour aucun soleil
Et pendant ce temps
On est vivant...

Partir Partir
On a toujours
Un bateau dans le coeur
Un avion qui s'envole
Pour ailleurs
Mais on n'est pas a l'heure

Partir Partir
Meme loin loin de la region du coeur
N'importe ou la peau
Change de couleur
Partir avant qu'on meure

Partir Partir
Comme les trains sont bleus
Quand on y pense
Et les bateaux heureux
Quand on y danse
Oh partir sans rien dire


今月は1977年のシングルヒットとなった「PARTIR」です。
この曲はアルバム(ベスト盤、ライブ盤を除く)には収録されていないので
この曲を初めて聴いたのは77年のパレ・デ・スポールのライブでした。
ピアノを基調としたバラード調ではじまり、だんだんとポップに盛り上がって
アップテンポでドラマティックに終わるので昨今のライブでも欠かせない曲の1つに
なっています。
まぁ例外もあるでしょうが、男の人って旅が好きですよね。人生を旅にたとえた
松尾芭蕉に代表されるように、一生を放浪する夢は男の浪漫という感じがします。
その点、私は旅をするといっても旅先に必ず目的があって、当ても無くフラフラとした
旅は出来ないようです。せいぜい近所の散歩程度です。(苦笑)
 この曲はそんな男の浪漫溢れる夢を歌っているかのようです。
歌詞を読んでくだされば、私がここで何もウダウダ書く必要も無いのでしょうが、
作詞したJ−L・ダバディさんは余りにもストレートに書いていて、読みながら、
”うん、そうだよね。”と、うなずくことばかりでした。ただ、「その通り」と思うことを
歌詞として仕上げるのはやっぱり詩人の腕の見せ所でしょう。

On a toujours
Un bateau dans le coeur
Un avion qui s'envole
Pour ailleurs


人はいつも心の中に船を、
旅立つ飛行機を持っている

こういう表現って、とっても簡単なんだけどポンと思いつかないです。
今までのジュリアンが選ぶ歌詞はもっと歪曲したオブラートに包んだような
書き方をされていた様に思えるのですが、この歌詞はとってもストレート。

Meme loin de quelqu'un
Ou de quelqu'une
Meme pas pour aller chercher fortune
Oh partir sans rien dire


せめてあの人から遠い場所に行かせて
宝捜しに行くことは出来なくても、何も告げずに
出発するんだ。

あっ、やっぱり旅立ちのベースには失恋があったのでしょうか。
次のヴァースでは、

Meme loin loin de la region du coeur
N'importe ou la peau
Change de couleur
Partir avant qu'on meure


心が痛まない遠くに行かせて
肌の色の違う人々の国でもいい
死ぬ前に出発したい

かなり打ちのめされてしまったようです。
でも、人が旅に出たいと思うのは根底になる原因が仕事であったり、
失恋だったりすることは多々あると思います。

Mais c'est vrai le temps
Nous prend trop de temps
Et on n'appareille
Pour aucun soleil
Et pendant ce temps
On est vivant...


本当に、人は余りに多くの時間を費やす
そして旅立ちの準備をする。
どんな太陽も照らす間は
それが生きているということなのだ

ちょっと意訳になっていますが、
多分、詩人ダバディがこの歌で最も言いたかったのが
この部分ではないでしょうか

人は無駄な時間を使い過ぎるけれど、
生きていることは旅であり、どんな人にもそれぞれの
太陽(旅)があるんだよ、と。




2001年 5月


L'HORIZON  CHIMERIQUE (幻想の水平線)

Paroles : Jean dela ville de Mirmont.     SIJ’ETAISELLE
Musique : Julien Clerc.

Je me suis embarque sur un vaisseau qui danse   
Et roule board sur borad et tangue et se balance,  
Mes pieds ont oublie la terre et ses chemins     
Les vagues souples m'ont appris d'autres cadences 
Plus belles que le rythme las            
Des chants humains.

A vivre parmi vous ,helas !             
Avais-je une ame ?                 
Mes freres, j'ai souffert               
Sur tous vos continents               
(bis)

Je ne veux que la mer               
Je ne veux que le vent               
Pour me bercer, comme un enfant,       
Au creux des lames.                

Hors du port qui n'est plus            
Qu'une image effacee
Les larmes du depart               
Ne brulent plus mes yeux           
Je ne me souviens pas             
De mes derniers adieux……         

O ma peine, ma peine             
Ou vous ai-je lassee ?             
Voila je suis parti ?              
Plus loin que les antilles           
Vers des pays nouveaux           
Lumineux et subtils              
Je n'emporte avec moi            
Pour toute pacotille              
Que mon coeur                
Mais les sauvages              
En voudront-ils ?
(bis)


今月は先月の反動というわけでもないのですが、ジュリアンの最新アルバム
「 SI J’ETAIS ELLE 」から目下のところ1番のお気に入りのこの曲を選びました。
この前作 「 julien 」で彼は19世紀フランスの詩人マルセリヌ・ヴァルモアの詩を
取り上げて歌っていますが、今回もその延長でしょうか、
(カルラ・ブルニの詞だけでは物足りなかったとは決して......!)
19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの詩人ミルモンの詩を取り上げています。
この「幻想の水平線」はフランスを代表する作曲家の一人、ガブリエル・フォーレ作曲で1921年に
歌曲集「幻想の水平線」として初演されています。この歌詞の部分は第2曲目です。
ジュリアンはフォーレに対抗して曲を書いた事になるのでしょうね。
私は残念ながらこのフォーレの曲を聴くどころか、ミルモンのことは恥ずかしながらこのコーナーの為に
調べて解った事なので、機会があったら是非このフォーレの歌曲を聴いてみたいと思っているところです。
 さて、曲の中味です。
一人の男が航海に出ている。
海へ出れば陸地での苦悩は皆消え去る...はずだけど、
別れた彼女のことがどうしても心の底から消え去らない
・・・・そんな詩でしょうか。
最初のルフランのところで、こう歌っています。

A vivre parmi vous ,helas !             

Avais-je une ame ?    
Mes freres, j'ai souffert               
Sur tous vos continent
君の生活の中に
僕の(魂)存在はあるの?
僕は苦悩していたんだ
総ての大陸の上では

陸地ではいつも彼女にとっての自分の存在の大きさが
わからない、と、言うか、多分僕は彼女が僕をどれだけ
想ってくれているのかを考えてばかり、つまり
彼女の気持ちが信じられなかったのかもしれません。
海へ出れば男だけの世界で、煩わしさもなく、彼女のことを
考える余地もなく、ただ、波のうねりの子守唄が僕を包んで
漂うだけ。

だけど、その波に揺られながら、僕はいつしか彼女のことで
頭が一杯になっている。

次のヴァースでは
Hors du port qui n'est plus            
Qu'une image effacee
Les larmes du depart              
Ne brulent plus mes yeux             

湾の外ではもはや幻想は消えた
別れの涙はもう 目に沁みない

と、また海へ出てしまったら、陸地での苦悩は
忘れてしまったよとでもいわんばかりの内容です。

でも、 しかし........

O ma peine, ma peine             
Ou vous ai-je lassee ?              

僕の苦悩、 僕の罪
君は僕の何処にうんざりしたの

寄せては返す波のように、また僕の心は
彼女の気持ちを大海原の上で探っているのです。

つまるところ、彼女にadieuxを言って新天地へ船出したのに、僕は
彼女に心を捕われたまま、彼女の心を掴めないままに、海の上を
さまよい続けてゆく。。。。。

曲も穏やかな波のように奏でられるピアノの和音がベースになっていて
動的な部分は殆ど無いのですが、最近のジュリアンらしい
メロディだと感じます。


2001年 4月

SUR TES PAS         (君の足跡)

Paroles : Étienne Roda-Gil.             200104
Musique : Julien Clerc.


Je garde le souvenir précieux
De tes joies et de tes rires
Je garderai comme un cadeau
Ma si nouvelle solitude

*Tu ne reviendras pas sur tes pas
Tu ne verras plus le rivage
Et puis un jour tu m'oublieras
Et puis un jour tu m'oublieras
Tu ne reviendras pas sur tes pas *


Pendant ce temps tu vieilliras
Dans un quotidien sans charme
Pendant ce temps tu regretteras
Parfois tu verseras des larmes

Qui couleront comme un cadeau
Que je te fais bien à distance
Qui te diront le froi de l'eau
Et puis le poids de la souffrance

Refrain*

Pendant ce temps tu changeras
Et tu prendras des habitudes
Parfois peut-être tu penseras
Á notre si bréve aventure

Et un jour comme par un hasard
Qui dissimule nos mystères
on se rencontrera trop tard
Avec nos rides dernières
Refrain*

J'aurai conservé ton cadeau
Cette si vieille solitude
Je te dirai "tiens il fait beau
Marchons un peu, le vent est dur"

Tu voudras revenir sur tes pas
Et revoir le vieux rivage
Tu penseras comme autrefois
Mais quand tu te retourneras
Je ne serai déjà plus là
Il fait calme dans ma solitude
Tes rides apparues loin de moi
Me seront comme des meurtrissures,
des meurtrissures


Refrain*

Je ne reviendrai pas sur mes pas
Je t'abandonne là le rivage
Où un jour tu m'oublieras
Bien avant la fin de ton âge
Où un jour tu m'oublieras
Bien avant la fin de ton âge


今月はずっと遡ってジュリアンのデビューアルバム 「 JULIEN CLERC 」から選びました。
このアルバムは どの曲もストーリー性があって、どの詞も色々な側面を持っているから
聴く人によっては随分と違う解釈が出来ると思います。
ですから、これから私が書くのはあくまでも私の感じた事であって、「違うんじゃない?」
と、思われたら、また教えて下さい。

さて、この詞のキーワードは"Solitude" "Temps" "Cadeau"の3つではないかと思います。
時("Temps")を軸に僕の孤独感("Solitude")と君が推し量る僕の気持ち("Cadeau")が描かれています。
別れた相手に対してちょっと意地悪いようにも受けられるのですが、「君は僕と別れたことを最後には
後悔するよ、今は僕が後悔してると思っているだろうけれども…」と、歌っているのではないでしょうか。

最初のヴァースでは、僕が君と別れた孤独感を大事な思い出として抱いている様子が
Je garderai comme un cadeau
Ma si nouvelle solitude


僕が失恋の痛手を負っていることを、別れたことで孤独に苛まれている事を
君は想像しているのではないかと言うことでしょうか。
 そして、次のヴァースでは
Pendant ce temps tu regretteras
Parfois tu verseras des larmes

Qui couleront comme un cadeau
Que je te fais bien à distance

(時が流れて)その間、君は後悔するだろう
涙を流すだろう
それは僕が遠くから贈る贈り物のように

何だかちょっと意地悪な感じですが、それだけ「僕の想い」が強いのだろうと
想像しますし、僕自身がやっぱり後悔しているのだろうと想像します。
2ヴァース後では歳を取った二人が偶然にも再会したことを想像して

Tu voudras revenir sur tes pas
Et revoir le vieux rivage
Tu penseras comme autrefois
Mais quand tu te retourneras
Je ne serai déjà plus là
Il fait calme dans ma solitude


君は自分の足跡に戻って
(いつも二人で歩いた)海岸を見たいと思うでしょう
かつてのように
でも、君が戻ってきたら
僕はもうそこには居ないだろう
僕の孤独は平静でいる

偶然の再会に君が喜んでも、僕はもう
自分の孤独に慣れ親しんでしまって
きっと君とのことは痣のように思うだけ。
つまり、アザは出来た時は痛いけれど、何時の間にか
消えて、痛みを忘れてしまうのと同じなんだ。
と、歌っているように思います。

でも、僕の本当の気持ちは、繰り返し歌われる

Et puis un jour tu m'oublieras

のフレーズと

Où un jour tu m'oublieras
Bien avant la fin de ton âge


君の命が終わるずっと前に
君は僕を忘れるだろう

どうせ君は僕を忘れてしまうんだろうな。
もう僕達は2度と過去に戻れない

でも、本当は”僕を忘れないで、戻っておいでよ”
と、言っている気がするのです。






2001年 3月

DANS MON CIRRAGE  (愛の積荷)

今月も”今は昔”で、古い曲を取り上げてみました。
1978年発表の「JALOUX」(嫉妬)のなかの1曲です。
今月も歌詞を全文載せましょうか。


DANS MON CIRAGE

Paroles: Maurice Vallet                  200103
Musique: Julien Clerc


je suis assis près d’un piano
c'est un moment entre l'été
mes doigts s'effacent comme des pattes de mouettes
au bout de mon clavier

il y a du brit autour de moi
et des voix en Anglais glissent dans les bffles
une guitare discrète swingue nonchalante
dans un coin du studio

et mon coeur retrouve le tien
un avion invisible décolle
aveugle imbécile de ce coin d'Amérique
il emporte vers toi une chanson muette

dans mon cirage
j'oublie tout, tout, tout
et dans toute ma joie
je n'existe que pour toi

je suis assis près d’un piano
c'est un moment entre le jour et la nuit
la fatigue a transformé la guitare
en fanfare ivre

dans ce pays où tu n'est pas
je ne sais plus le mois ni la saison
je vais faire ma nuit dans un motel
comme dans les romans noirs

et mon coeur retrouve le tien
un bateau doucemont balance
lourd et trop fragile dans ce port d'Amérique
chargé pour toi d'une cargaison d'amour

dans mon cirage
j'oublie tout, tout, tout
et dans toute ma joie
je n'existe que pour toi

et mon coeur retrouve le tien
un bateau doucemont balance
lourd et trop fragile dans ce port d'Amérique
chargé pour toi d'une cargaison d'amour

このアルバムにはジュリアンのコンサートでは定番になっているjaloux de tout や
travailler c’est trop dur など人気曲が入っていますが、この曲はその中で
ひときわ地味目な曲になってしまっているようです。が、私はとても好きです。
それから、M・ヴァレはいつもジュリアンの身辺を題材にして歌詞を書いており、
直接的に愛を語るタイプの詩人ではないと思っていたのに、遠い国にいる恋人を想い、
心の空洞を歌うような「らしくない」歌詞にも惹かれました。

スタジオでピアノを弾いていると周りではジャズが流れてくる。
英語で歌われるその曲に自分がアメリカに来ていること、そしてフランスにいる恋人を思い出す。

aveugle imbécile de ce coin d'Amérique
il emporte vers toi une chanson muette
アメリカの片隅にいるバカな盲人
君のところへ無言歌を運ぶ

自分を「愚かな盲人」と喩えているのは感覚的に私も解ります。
何で恋人の元を離れてアメリカに来てしまったのだろうか....との
後悔の念なのでしょう。
そして、僕のピアノの音は君には届かないけれど
君を想って弾いているのだ、と。

dans ce pays où tu n'est pas
je ne sais plus le mois ni la saison
君のいないこの国で
月も季節もわからない

こんな単純な文でも私はとても感動します。
言葉が平易であるほうが詩人の能力の大きさを推し量れると
思うのです。

dans mon cirage
j'oublie tout, tout, tout
et dans toute ma joie
je n'existe que pour toi

ルフランの部分  いいですねぇ〜。
(こんなこと、1度で良いから言われてみたいっ。)
特に

j'oublie tout, tout, tout
って思い入れたっぷりに歌っているところが
大好きです。

結局「僕」はまだアメリカに留まっているのでしょうか。
でも、もう直ぐ帰るのでしょうね、彼女のいる国へ。


曲はクラビアーノ調のキーボードが基調で、ドラムの音も
ミュートが掛かっていて、とても穏やかな感じで
うらぶれた酒場の暗い片隅での情景が浮かぶような
感じです。
ルフランの部分はストリングスも入っています。
クライマックスで盛り上げて最後は出だしの調から上がった
長調で終わるジュリアンお得意のパターンです。


2001年 2月

C’EST POUR TOI  (僕は歌う)


1970年に発表された曲ですが、日本ではLPで70年のオランピアのライブにしか        200102
入っていませんでした。とても素敵な曲なので今回は歌詞を全文ご紹介致しましょう。
なお、日本でLPが出た時は題名は C'EST POUR TOI QUI JE CHANTE となっていました。

C'EST POUR TOI

Paroles: Etienne Roda-Gil               
Musique: Julien Clerc


c'est pour toi que je chante
tremblant et peureux
toi la foule
des gens heureux
qui me guette et qui me rend heureux
qui me guette et qui me rend heureux

tu sais qu' apres bien des annees
et quand je serai vieux
toi la foule
des gens heureux
tu reviendras pour d' autres cheveux
tu reviendras pour d' autres cheveux

tout ca n' a pas d' importance
pourvu qu'_on vive et qu'_on chante
tout ca n' a pas d' importance
tant qu' on peut rire et chanter

mais je suis sur la terre
et j' entends ses sanglots
ses coleres et tous ses maux
tous ses reves et puis tous ses oiseaux (bis)
si je suis sur la terre
si je la prend aux mots
si je chante des jours plus beaux
dites-moi donc un metier plus beau
dites-moi donc un metier plus beau

tout ca n' a pas d' importance
si je mets les reves dans la balance
tout ca n' a pas d' importance
moi je mets mes reves dans la balance

une petite fille bleme
derriere le rideau
elle m'aime
presque en sanglots
que je chante juste, bien ou faux (bis)

elle sait quand s' eteindront les lumieres
reprenant mon manteau
pour ma mere, Etienne et puis Momo
je resterai toujours le plus beau (bis)

tout ca - tout ca
comme le vent
passera

ロダ=ジルにしてはやけに真面目で優等生的な歌詞だと言うのが第一印象だったのですが、
私はあまりにも彼をちょっと斜に構えた変わり者と思い過ぎていますね。(苦笑)
 さて、前回のutileとちょっと似た感じの歌詞ですが、時代が遡っている分
もっと素直で純粋・・・・言い方を変えれば、まだ世間が狭いお坊ちゃまの詞なのかもしれません。
でも、この歌を聴いていると、ジュリアンはずっとこの歌のように自分の夢を大切にして、ファンを
大切にして歌ってきた人だと感じるのです。
こんな平易な歌詞でバックもピアノ、アコーディオン、ストリングスというとても簡素な中で
ジュリアンはこの歌をとても大事な宝物を両手で包むように歌っていて、彼の暖かな体温を感じます。
この歌詞の中で私がとても気に入っているところが、

et quand je serai vieux

toi la foule
des gens heureux
tu reviendras pour d' autres cheveux
僕が歳を取ってしまったら
君は別の歌手を聴きに行くだろう
でも大した事じゃないよ
みんなが生きて歌っていれば。。。。。。

ロダ=ジルの歌詞で面白いところは色々ありますが(^^;
この歌はその最たるものの1つではないかと私は思うのです。
だって、最後の方でこの歌の主人公の「僕」が舞台の袖で聴いている女のコを意識しているにも
かかわらず、

この照明が消えたらコートを着て
僕のママとエチエンヌとモモのところへ帰ろう
僕は彼らにとって1番のお気に入りなんだ。
 
と、歌わせてしまっているのです。(大笑い)
その上普通の日本人(東洋人)的発想からすれば、歌詞を書いたロダ=ジルの自身の名前を
入れるのは一番最後で、モモ(モーリス・ヴァレ)を先に立てるのでしょうが、自分の名前が
先に来ているのはメロディに乗せた時の韻の問題なのか、ロダ=ジル自身がジュリアンにとって
一番身近な人間でありたい(ママには勝てないでしょうけれど)心理状態だったのか、と、
考えると結構面白いと思いますよ。

最後の1フレーズ
comme le vent passera
は、「総てのものは風化する」と、ロダ=ジルの悟りきったような捨てゼリフのような
一言ですね。





2000年11月


UTILE  (有益)

1992年に発表されたアルバム「UTILE」よりアルバムタイトル曲をご紹介         200011
致します。
歌詞はエチエンヌ・ロダ=ジルです。
私にとってジュリアンの曲はどれも特別な存在ですが、無理矢理にジュリアンの曲
ベスト10を挙げよと、言われたらこの曲を真っ先に挙げる位大好きな曲です。


A QUOI SERT UNE CHANSON
SI ELLE EST DESARMEE?
ME DISAIENT DES CHILIENS.
BRAS OUVERTS, POINGS SERRES.

チリ人が言う武装解除された歌」とはどう言うことなのか、はっきり言って
世界史がきちんと学べていない私にはぼんやりとしたイメージでしか映りませんが、
かなりインパクトのある出だしだと思います。
この冒頭部分は次のVERSEで何も判っていない私にも具象化された意味で
繋がっていきます。

COMME LA LUNE FIDELE
A N’IMPORTE QUEL QUARTIER,
JE VEUX ETRE UTILE
A CEUX QUI M’ONT AIME  
A CEUX QUI M’AIMERONT
ET A CEUX QUI M’AIMIENT. 
JE VEUX ETRE UTILE
A VIVRE ET A CHANTER.


月はどの街角にも同様に輝
いている
私を愛した人、愛してくれた人、愛していた人のため
私は生きて歌う人の役に立ちたい。

ここを訳していたら、この歌詞の主語は「私」(ジュリアン)ではなく、
「歌」であることに気が付きました。
でも、「歌」=「私」なのだろうと思います。
”自分が歌を歌うことによって、その歌が愛を与えてくれた人、それは過去であれ、
現在であれ、その人達の心の支えになって欲しい”・・・・と、私は解釈します。

MEME SI LES MAITRES PARLENT
ET QU’ON NE M’ENTEND PLUS,
MEME SI C’EST MOI QUI CHANTE
A N’IMPORTEN QUEL COIN DE RUE
LES MAITRES

JE VEUX ETRE UTILE
A VIVRE ET A REVER.


私の声が誰にも届かなくなっても、歌うのが私独りになっても
私は生きて夢を見る役に立ちたい。

”生きて夢を見る”とは、ここには書かれていない特定の「VOUS」もしくは
「TU」を隠しているのかもしれませんが、この歌を聴いている人にはジュリアンが
あたかも自分の為に歌ってくれているように思うるのではないでしょうか。

ストリングスが奏でるワルツのリズムと途中から入ってくるアコーデオンの響きが
とても物悲しいのですが、同時にこの歌を聴くたびに心を癒される思いでいます。


2000年10月

MON ANGE
(僕の天使)

1987年に発表されたアルバム「LES AVENTURES AL’EAU」からの曲です。   200010
(やっと最近の曲登場!?)
このアルバムから友人でもあるフランソワーズ・アルディが何曲かの詞を提供するように
なりました。そして、この詞も彼女の作品です。
彼女の書く詞はもっと散文的なものだと思っていたのですが、この曲では言葉遊びのようで
私はこの曲でずいぶん単語の勉強をさせてもらったような気がしています(笑)
 
 MON ANGE(僕の天使)はとても気まぐれで、僕はその天使に翻弄されている。
でも、僕も気まぐれだから、僕だって君が夢見るような天使ではないんだ・・・・・。

女性は恋愛に対して「王子サマは白馬に乗って」みたいな何か掴み所の無いフワフワした夢を
描く事って多いですね。(最近は計算高い人も多いかもしれませんけれど。)
で、恋愛対象の男性に自分の理想形をぶつけてみたり、又は「アバタもエクボ」になっちゃう
事は自分の経験からも納得出来る話です。
それが、この歌の出だしでも表れています。
 
 TU RÊVAIS D’UN AMOUR
 TOUT EN SOIL ET VELOURS
 QUE DIRE MAINTEMONT

SOIL ET VELOURS ”絹とビロード”とはアルディさん、なかなか面白い単語を
使いますね。

ルフランされる部分はずっと韻を踏んだ言葉、単語の羅列なのですが、それが、恋人達の気まぐれさを
表すのにとても興味を覚えます。最初のルフランは

 BEL ANGE  MON ANGE  MÉLANGE  SE VENGE
 SE CHANGE  EN DEMON
 MON ANGE ME MORD ME MANGE 
 J’SUIS MORT  J’SUIS MARRON

そして

J’DÉCOLLE J’M’ENVOLE JE FLÁNE JE PLANE 
J’FAIS DES BONDS・・・・・

といった感じで、どんどん言葉が広がり、あふれています。

2人の愛情の変遷(歴史と書いたらちょっと重々しい)が短い「単語の羅列」のような形で
ずっと語られていくのがとても面白いです。
結局、僕は彼女の魅力には勝てないと告白しているのでしょうか。




2000年9月


PRENDS TON COEUR LA MAIN
(君の心を掴み出せ)

1976年に発表されたアルバム「NO.7」からの曲です。                    200009
それまでの曲調とはかなり異なった路線で出来たアルバムで、「孤独」とか「漂泊」と言う感じの
言葉を連想させるような曲が多いアルバムです。
 さて、この曲はそのアルバムの2曲目に入っています。E・ロダ=ジルの詞です。
この曲を聴いていて自分(ジュリアン)自身を鼓舞する内容であることを強く感じます。
ロダ=ジルの詞でも、ヴァレの詞であっても、ジュリアンは自分自身の心に響かない内容の
詞では歌わない歌手ですから、何かに迷っている当時の彼の心をそのままにしたこの詞は彼自身にも
かなりインパクトがあったことだろうと想像できます。
 出だしから詩の内容はとても厳しいと言うか、ハッとさせられます。

NON PASSE PAS TON TEMPS
A REGARDER TES MAINS
CRISPEES, TENDUES OU VIDES
OU PLEINES DE CHAGRIN

そして、次のヴァースでは

NE PASSE PAS TA VIE
EN JOURS SANS LENDEMAIN
SECOUE UN PEU TON COEUR
ET PRENDSLE PAR LA MAIN

”手を眺めて(いるだけのような)時間を無駄にするな” ”将来の無い日々に人生を費やすな”
・・・・・私も耳が痛い。
多分、生き方そのものに悩んでいたであろうこの頃のジュリアン自身の気持ちををロダ=ジルは上手く
捉えて叱っているようにも思えます。

しかし、曲の後半で、詞の内容がちょっと雰囲気を変えます。

PRENDS TON COEUR PAR MAIN
INSTALLELE CHEZ MOI
METSLE DANS LA LUMIERE
AU LIT ON DANS MES BRAS 

この言葉を投げかけている相手は恋に破れた想い人へのものなのか、それとも
何かに絶望してしまった恋人への言葉なのかはわかりませんが、
「僕がここにいるよ」と言いたいのを遠まわしに、またはちょっとひねた表現で
出している感じです。
ロダ=ジルの詞の書き方はこのように多分受け手によって解釈が変わるようなつくりをしているようです。
たった1行の詞の意味を色々と連想するのはとても面白いのですが、1行に拘っているとなかなか先に
読み進めませんね。

サウンドはピアノとクギター、ベース、ドラム、ストリングスと、アクセントに拍子木。 
中心はベースとピアノで、アレンジもとてもシンプルです。 
シンプルな分だけ今までのアルバムに比べてジュリアンの歌が前面に出ている印象を受けますね。

この曲でも最後のヴァースにまた私はぐっと来ました。 ロダ=ジルの技に今回もはまってしまいました。

PRENDS TON COEUR PAR MAIN
ET PUIS DONNELEMOI
ET PUIS DE TES DEUX MAINS
FAIS CE QUE TU VOUDRAS

力強いジュリアンのこのフレーズの歌い方に何か背中を押されたような気持ちです。



2000年8月


ÇA FAIT PLEURER LE  BON DIEU
(神様がお泣きになるから)

初期の曲が続いてしまいますが、今月は73年発表のアルバム               200008
「ÇA FAIT PLEURER LE  BON DIEU」からタイトル曲を
選びました。はじめてこのタイトルを目にした人は”どういうこと?”と、思われ
ますよね。 私も意味が分かったのはフランス語の詞ではなくて、訳詞を読んでから
でした。 概訳は、農家の人は子供が泣くと、「そんなに泣くと、神様も泣いちゃうよ」
と言ってあやすのだ。と、言うことでしょうか。E・ロダ=ジルの詞です。
これをジュリアンはマーチ風に作曲してちょっと勇ましい感じの曲にして歌っています。
フランスにNHKの「みんなのうた」みたいな番組があったら、きっと取り上げられる
だろうな〜と思いました。(笑)
私の中ではどうしても「ロダ=ジル≠子供が好き」の、構図が出来ているのですが、
ひょっとしてこんな詞を書いたロダ=ジルのことを私は見誤っているのかもしれません。

ON NE SAURA JAMAIS TRES BIRN
POURQUOI PLEURENT LES ENFANT

大人にははっきりしない理由で子供たちは泣くのです。私にも子供の時代がありましたので
歌詞のこの部分には納得してしまいました。
どうして「神様が泣く」と言う発想になるのかは文化の違いから来るものなのでしょうね。

DEPUIS J'AI APPRIS BIEN SUR
QUELE BON DIEU NE PLEURAIT PAS

ははは、ロダ=ジルもジュリアンもサンタクロースが居ると思って
育った子供だったのかな。
しかし、次の

DU MOINS PAS AUSSI SOUVENT
PAS AUSSI SOUVENT QUE L’ON CROIT

で、「でも神様が時々ではなくても泣くことがある」と、歌っています。
これは、世の中の悲哀を示しているようですね。神様が泣いてしまいたく
なるほどの事件も起こるのだと・・・・。
でも、私は最後のフレーズで思わず笑いがこみ上げてきました。

MAIS CHAQUE FOIS QUE JE VOIS
QUELQU’UN PLEURER PRES DE MOI
JE NE PEUX PAS M’EMPECHER
DE DOUCEMENT LUI CHANTER

そばで泣いている人は、きっとその人にしか分からないワケがあって
泣いているのでしょう。


2000年7月

LE CANON DE LA NATION
(ナシオン広場)

今月は72年に発売されたジュリアンの4枚目のアルバム「SI ON CHANTAIT」   20007
からの曲です。若々しくて、自信があって...このアルバム全体にそれがあふれています。
当時の彼は24歳。恋の歌が多くても当たり前です。そんな中でこの曲は恋人を待つ
主人公の「僕」の小さな物語。

 JE T’AI DONNE RENDEZ−VOUS
J’AVAIS CHOISI L’ENDROIT
JE SAIS BIEN C’EST UN PEU FOU
C’EST COMME CA・・・・ 

「ちょっと変だけれど、恋人と逢うのにその場所(ナシオン広場)を選んだ・・・」
この意味は昨年ナシオン広場を初めて訪れて理解できました。「広場」と言ってもただのロータリー
みたいで、ちっとも広場らしくない。歌の中にある、

LES DEUX COLONNES BARBARES 
COMME DES CHEMINEES

(煙突のような2本の柱)は、確かにあったのですが、1880年に革命記念日の式典を行った所とは

到底想像もできないパリの普通の1区画のようでした。
 そして「僕」は来ない恋人を待ち続け、レモンティーを7杯も飲んでいた。
待ち合わせをしていて相手がなかなか来ない時のあの何ともしがたいイライラ感が主人公がこの広場の
歴史を遡る表現で
続きます。 でも、最後はハッピーエンド。 待った甲斐があって、彼女はやってきました。

MAIS TU VIENS DE M’ARRIVER
ET EN PLEIN FRONT
JE NE VOIS PLUS LE CANON
NI LA NATION....


彼女の顔を見たら、大砲もナシオン広場ももう見えなくなった・・・・この表現に思わず「うん、うん」と
納得してしまった私でした。
 



2000年6月


LA CARIFORNIE (燃えるカリフォルニア)


今月の1曲」のコーナー、記念すべき1曲目をどうしようかと約2ヶ月もバカみたいに迷っていたのですが       200006
やはり最後は「これしかない!」で、この曲です。
「ジュリアンとの出会い」でも書きましたが、この曲こそが
その後の私とジュリアンを結びつける運命的な曲に
なったからです。


この曲は彼のセカンドアルバムである [DES JOURS ENTIERS A T’AIMER]に入っています。
当時の資料を読むと、1969年5月でミュージカル「ヘアー」の舞台を終えたジュリアンはすぐにレコー
ディングに取りかかり、1970年4月にこのアルバムを発表したようです。この「燃えるカリフォルニア」は
そのアルバムの発表に先がけて2月にフランスでシングルカットされています。

LA CALIFORNIE
LA CALIFORNIE
LA CALIFORNIE SE DORE PRES DE LA MER
UNE CONNAIS PAS L'ETE DE LA MER
LA CALIFORNIE EST UNE FRONTIERE
ENTRE MER ET TERRE , LE DESERT ET LA VIE

異国のアメリカ、その中でも”とびきりの良い気候”(父談)であるカリフォルニア。きっと冬が長くどんよりした
パリから憧憬を込めて作られたのだろう。作詞はエチィエンヌ・ロダ=ジル。
カリフォルニアは異国の地、未知の世界で有ると共に、主人公の憧れの女性の名前として歌われているようだ。

印象的なピアノイントロに続き、お世辞にも上手いとは言えない女性コーラスが「ら、かりふぉるに〜」と歌い出し、
手拍子とピアノの和音、そしてあのジュリアンの特徴的な野生味たっぷりの歌が始まる。
ジュリアンが「LA CALIFORNIE〜」とルフランを歌うと,ブラスのファンファーレが後押しする。
そして犬を呼ぶときに吹くような口笛。
(99年のコンサートでもこの口笛を聴衆に何度か練習させてからこの曲に入った事を思い出す。)
口笛が曲に実に良いアクセントを生んでいて、この口笛がなかったら、曲の雰囲気が随分変わって
聞こえただろうな、と思う。
歌詞の繊細さや、私がカリフォルニアに対して持っているイメージとはちょっとかけ離れた曲で、結構ロック
していて、元気の元になるような曲。
私がこの歌詞の中で最も好きな部分が

MAIS LA CALIFORNIE
EST SI PRES D’ICI
QU’EN FERMANT LES YEUX
TU POURRAIS LA VOIR

ジュリアン、私も目をつぶればすぐにあなたの姿が見えるのです。
 

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