五線譜1

私が観たコンサート



1975年3月23日来日公演  於 ; 東京 新宿厚生年金大ホール

1997年10月7日、同9日   於 ; パリ パレ・デ・スポール 

1999年1月17,18,19日  於 ; パリ シャンゼリゼ劇場  

2002年2月 6、7,8日    於 ; パリ ウーロペアン

2006年2月2,3,4日     於 ; パリ  オランピア劇場

2009年1月7、8、9、10日  於 ; パリ カジノ・ド・パリ

2012年1月13、14,15日  於 ; パリ パレ・デ・コングレすた1 NEW! すた2



最新

 plais
                                  Hannekeさん提供


2012年1月13、14,15日  パリ パレ・デ・コングレ

1 Jaloux  
2 La belle est arrivee  
3 Ballade pour un fou (Loco Loco)      
4 Je sais que c'est elle
5 Fou peut-etre
6 C'est une Andalouse
7 La jupe en laine
8 La nuit c'est tous les jours
9 Le coeur volcan
10 Hotel des Caravelles
11 Le patineur
12 This melody
13 Utile
14 Jivaro song
15 Le cygne
16 Niagara
17 Le temps d'aimer
18 Si on chantait
19 Double Enfance
20 Venise
21 Let the sunshine

〜〜 ENCORE〜〜

22 Ma preference
23 Femmes je vous aimes
24 Ce n'est rien
25 Les jours entre les jours de pluis
26 Fais-moi une place

  コンサートの様子






その6
 
 かじの  

 きっぷ

2009年1月7日〜10日  パリ; カジノ・ド・パリ

1 Ou s'en vont les avions?
2 Si on chantait
3 Jouez violons
4 Je voyage
5 Venise
6 Le patineur
7 Deranger les pierres
8 Le coeur Volcan
9 Utile
10 Ivanovitch
11 Une petite fee
12 travailler c'est trop dur
13 Ca commence comme un reve d'enfant
14 Femmes je vous aimes
15 La jupe en laine
16 Double Enfance
17 Sous sa grande ombrelle
18 Ce n'est rien
19 Melissa
20 Lilly voulait aller danser
〜〜 ENCORE〜〜
21 Souvenez-vous
22 Ma preference
23 Partir
24 Fais-moi une place
25 Frere elle n'en avait pas
26 Jaloux
27 Let the sunshine

今回のツアーのテーマは『旅』なのだと思います。
一昨年までのツアーで欧州を一周し、アメリカ、カナダまで行ってその間に色々なことを
見て感じたところからアルバム「 Ou s'en vont les avions?」が生まれ、そのタイトルに沿って
地名が出てくる曲が多かった気がするのと同時に、新たなジュリアンの世界観を表現しましょう〜
との意図があったと私は感じました。

 おじさん、おばさんが客席の9割を占めるカジノ・ド・パリで若いコラリー・クレモンはちょっと
「場違い」な感じだったけど、バンジャマン・ビオレーの妹だからか、オランピアの時のJ・キスリング
よりはずっと好意的に受け取られていたと思います。 日に日に彼女への拍手が大きくなっていました。

さて20:45を廻って、お客さんも「はやく!」と、足踏みや拍手で始まりを促します。
数分後に客席が暗転し、舞台下手からジュリアンが現れます。
今年はヨウジ・ヤマモト! どこかのインタビューで「自分にピッタリ、自分の為にあったような服」と
語っていたけど、私にはいつも同じ”黒い制服”の感じがします。  
前回のJ・P・ゴルチェと何が違うのか、わかる人がいたら教えて下さい。
(でも、ピアノもそうですけど、どこかで日本と係わってくれるのは嬉しいです。)
ステージは何の背景も無く、ライティングも別に際立ってないのでジャズのコンサートかと思う位
質素な感じです。
バックミュージシャンは4人。 ステージに向かって左から、ギター2人、ピアノが置いてあって、
その右後方にドラム、そして一番右にベースという配列。 皆凄腕のマルチプレーヤーばかりです。

客席に一礼して、YAMAHAのピアノの前に座る。
そして始まった1曲目は最新アルバムのタイトル曲。 皆静かに聞き入っていると言う感じ。
10日には最前列からたくさんの紙飛行機が投げ込まれた。(Kさんたち、その日は始まり前に客席で
一生懸命に紙飛行機を折ってましたから〜)
そして立ち上がってステージ中央に出たところで「都会のマリー」のイントロが。。。
拍手しながら一緒に歌い出すお客さんが多かった。 私もまさか2曲目でこの曲が来ると思わなかった
ので、ちょっとビックリ。
「こんばんは!今夜はご機嫌如何?」と、彼が挨拶をすると大きな拍手。 そして彼に詞を提供している
作詞家の紹介があったが、やっぱりロダ=ジルの名前を最後に言うし、お客さんも一番大きな拍手を贈って
いたのが印象的だった。 その拍手の鳴り止まない中、始まったのが「青春を弾け!」  
ジュリアンは40年もこの曲を歌い続けているけど、今だ色褪せない名曲だと思う。
そして、ピアノの前に立ち、客席に背を向けるようにして歌い出したのが「旅立ち」・・・。
この曲は今回のツアーでもハイライトたるべき1曲だったと思う。 私も今までライブで聴いたことが無かった
から、ちょっと感激。 高音が出せるかどうか、私が観た初日は実はハラハラ・ドキドキしたのだけど、
77年のように声を張り上げることはなくても、ちゃんと音が取れていた。 だから2日目からは安心して
聴いていられた。
そして次に「ヴェニスという女」。 歌い終わったあとno.7アルバムのジャケット撮影が夜だったから
黒いアルバムにしたというようなことを言って(と、思います。私の語彙力では相当怪しいですけど)、次は
ファンが一番好きな曲?と言って(これもあいまいです。 すみません)ピアノの前に座り、始まったのが
「氷上の男」。  始まると、最前列の”昔のお嬢様たち”がとっても嬉しそうに身体を揺らしていた。
(ファンクラブの名前「La Bande des Patineurs」はこの曲から来ています。)
そしてカルラ・ブルーニ作詞の「石を散らして」。 先般のTV番組で出だしの歌詞を忘れた話を出して
お客さんを笑わせていた。 今回は忘れずに(笑)ちゃんと歌った。 この曲はジュリアンも思い入れが
深いのかなぁと思わせるくらい、大事に歌っている。
そしてピアノの前に座ったままで始まったのが「Le coeur Volcan」 ステージ後方に大きなスクリーンが
降りて来て、なんだかモヤモヤした赤いものを映し出しているけど、よく分からない。 どうやらマグマを
表現しているのらしいけど、誰も気にしていないふうだった。 そしてステージ中央に出てきて始まったのが
「Utile」。 後ろのスクリーンには大きな満月が映し出され、ステージが青い光に包まれてとても幻想的。
私は90年以降のジュリアンの曲ではこの曲が1番好きだ。 だから何度聴いても目がウルウルしてしまう。
ただ、今回は本来アコーデオンで奏でる旋律がピアニカで代用されていたのがちょっと・・・。
ロダ=ジルやヴァレとの思い出話(かなりお客さんは湧いていた)の後は「イヴァノヴィッチ」。
終わるや否や次の曲「Une petite fee」。 前奏の間、ジェラー・ル・マンセに書いてもらったと曲紹介をして、
言い終わるや直ぐに歌いだすので、そんなところで”ちゃんと呼吸器を鍛えてるねぇ〜”って、感心してしまった。
バックの4人の演奏も、コーラスも完璧です。

 そしてステージ中央に座るジュリアンの肩からギターがかけられ、口元にはハーモニカが! 
客席はやんやの歓声。 「僕がボブ・ディランのファンだって忘れてるでしょ」と言ってお客さんを笑わせる。
(他の日は別の言い方をしていた気がします。) そして「働くことは辛いけど」が始まった。 ジュリアンの
ギターに合わせているためか、テンポがかなりゆっくりで、ハーモニカもナンだか怪しい音が。(爆)
でも、ギターは一緒に伴奏してたエベールの音しか聞こえてこなかったのだけど....。
次は幻のミュージカル「人民戦線」からのタイトルロール「Ca commence comme un reve d'enfant」。
再びスクリーンが下りてくる。 この曲はコーラスがどうしても必要で、それをバックの4人が歌っても
音が薄くなると思ったその瞬間に後ろのスクリーンにコーラスの人達が映り、ステージのジュリアンの
歌声に合わせて歌っている。 このバランスも絶妙で、バックミュージシャンとの正確なテンポ取りが
できていることに感心してしまった。  大きな拍手。  ピアノの前に座り直し続けて「Femmes je
vous aimes」 これもコーラスが入って、いつもとちょっと違った感じになった。 いつもはお客さんが
一緒に歌うところなんだけど。  で、曲が終わってスクリーンに向かったジュリアンがコーラスの人たち
をしょうかいすると、何とその人たちはお辞儀をしたのだ。 そこまで計算されて作られてるのをみると
「なんだかなぁ〜・・・」。 パリの観客にはそのことが受けていたようだったけど。
間髪入れず「La jupe en laine」 今回バックミュージシャンで1番つまらなそうに(!)演奏していた
コシュマンがとてもいい仕事をしていた。 彼の弾くマンドリンのメロディがうっとりするほど美しかった。
続けては「Double Enfance」。 フランス人はどうもリズム音痴が多いのか、拍手がばらばらばらばら〜
で、聞き苦しかった。 しかしこの曲、かなり受けるんですよね、どうしてなのか謎です。
この辺はもうMCもなくどんどん曲が続きます。 拍手がひとしきりすると次の曲「 Sous sa grande ombrelle」
が始まる。 ピアノの前で身体を左右に揺らして歌うジュリアンはこの辺が1日のステージで1番重そうな感じ
だった。 でも、「アンコール!」って自ら言って、2度も最後のコーラスの部分を歌いました。 
「 Ce n'est rien」そして「 Melissa」。 「メリッサ」の前でバックミュージシャンの紹介がありました。
「メリッサ」が始まるとステージ前には後方のお客さんが押し寄せてきて、連日大ダンスパーティ状態。
今回も私達は怖くてそこへは行かれませんでした。(後悔)
再びギターを肩からかけたジュリアンが「ろっくんろーる!」と、叫んで「Lilly voulait aller danser」を。
どこがロックンロール!?  ロカビリー調で音の厚さ、コーラスの厚さがとても際立っていた秀演でした。 
ステージから皆下がって、ここからがアンコールになりました。
曲説明の後はじまったのが「Souvenez-vous」続けて「僕のお気に入り」。 この辺はアンコールと言っても
ジュリアンはピアノの前に座りっぱなしなので、座高の低い私には余りよく見えない。  しかし、ジュリアンは
毎日歌っているこれらの歌をけっして雑に歌わず、大事に歌っているところがとてもよくわかって、好感が持てます。
やっと前方に出て来て「出発」が歌われる。そして、間奏のところで、今回はギターテクニシャンなどの裏方さん達を
紹介した。 名前を呼ばれると皆、舞台の袖から半身だけ出して、客席に手を振る。 いい演出だなぁ。
「皆でステージを作っています」というのが良く伝わって、ジュリアンも本当に人間が丸くなったなぁ〜と感じた。
再度ステージ袖に引っ込んだけど、ファンが黙っているはずはなく、すぐにジュリアンだけが戻されて始まったのが
「Fais-moi une place」、ピアノを弾きながら♪Je t'aime〜〜〜♪のところはお客さんに歌わせる。 周囲のカップルは
もう目も当てられないほどベタベタと。(苦笑)  そのままピアノの前で曲紹介をして「 Frere elle n'en avait pas」を
歌いだした。  あのアルバム全曲のピアノをジュリアンが弾いていたのが立証されたような、優しいタッチのメロディ
だった。  そして「Jaloux」 アンコールなのにずっとピアノの前に座っているのが不満といえば不満だったけど、2時間
よく声が続くと感心する位に今回も良く歌えている。 凄い、凄すぎる!!    
もうこれで終わり?
客席は全然帰る気配もなく、ずっと拍手、指笛が鳴り止まない。  しばしの間があったけど、再び皆ステージに戻って
来た。 そしてまたスクリーンが下りてきた。 雲の間から太陽の光が差している画像だ。始まったのが「 Let the sunshine」。 
今年40年ぶりにこのミュージカルがフランスでリバイバル上映されるらしい。 だから再び初代クロード役だったジュリアンと
この曲にスポットライトが当たっている。 ジュリアンもそれを意識しての最後の曲に持ってきたのだろう。
ハイライトの♪れっそれっそ〜♪は先にジュリアンが英語で歌って、2番以降は「フランス語で〜」と、指示されたお客さんは
♪れっそれっそ〜♪。  そして1時間55分のステージは終わりを告げました。

最後に、
このところのジュリアンのツアーで思うことは、どんな大きさの会場でも音響がとても良いということ。
各楽器のバランスが良く、お互いがお互いの音を壊すようなことがないし、ましてやドラムの音が
うるさくてジュリアンの歌が聞こえないということもない。 腕利きのサウンド・テクニシャン達の影の
力は絶大なもので、今回のツアーで彼は裏方さん達を紹介しましたけど、皆がジュリアンなのだという
スタンスがとても気持ちよかったです。


みなさn  

左から、Michel-Yves KochmannFred Renaudin 、ジュリアン、Eric Lafont そしてEvert Verhees 。

たぐ











 OLYMPIA 
 TICKET
 
その5

2006年2月 2、3、4日 パリ ; オランピア劇場



1/ Rester
2/ Si on chantait
3/ Danse s'y
4/ La petite sorciere malade
5/ Coeur volcant
6/ Yann et les dauphins
7/ Utile
8/ Rio negro
9/Avant qu'on aille au fond des choses
10/Place Clichy
11/Donne-moi de tes nouvelles
12/Seule au monde
13/Quel jeu elle joue
14/Une vie de rien
15/Femme je vous aime
16/La belle est arrivee
17/Double enfance
18/Souffrir par toi n'est pas souffrir
19/Le patineur
20/Ce n'est rien

〜〜ミュージシャン達の紹介〜〜
21/Melissa
以下メドレー:
22/Venise
23/This melody
24/La californie
25/La fille aux bas nylons
26/Quand je joue 〜〜メドレー終わり〜〜
27/Laissons laissons entrer le soleil
28/Coeur de rocker
アンコール
29/Ma preference
30/Jaloux

先ず、以下に書く1日目、2日目、最終日というのは、それぞれ2月2日、3日、4日を指しますので
ご了承下さい。 また、今回は曲順調査の為に録音しようと持って行ったMDの調子が悪く,録って来れ
ませんでしたので、曲順がもしかしたら違っているかもしれません。

オランピアはやはり聖地でした。 幾ら経営者が変わっても、私が過去行ったどのコンサートホールよりも
フランス色を感じる場所でした。
ヴィデオなどで見ていましたが、実際に中に入ってみると、こじんまりした器で、でも、2Fのバルコンが
せり出していて、2F席の最前列で見たらきっと、ステージ上のジュリアンに手が届きそうな、そんな感じです。
私達は前から5列目、最終日は6列目でしたが、最前列ではきっと首が疲れそうになる位見上げる姿勢になるので
5列目はベストだったと思います。 会場はやはり年齢層が高く、お金持ちそうなマダムが多かった様に思いました。

さて、幕が開き、前奏が始まると割れんばかりの拍手。 先にお知らせした通り、紫のシャツに黒のジーンズ、黒の
ジャケットのジュリアンが左手から登場。 ピアノを弾きながら、「Rester」を歌い出した。 バックは6人で、
ステージに向かってキーボード、フルート、(ジュリアンのピアノ)、ギター(2人)、パーカッション、ベースの順。
ステージ上には何個ものライトが環になっているものが2重(大きな環の中にさらに小さな環)になっていて、その
内側の環は曲によって左右に移動するという、大掛かりといえば、大掛かり、シンプルといえばシンプルなものでした。

 「Rester」が終わると、ジュリアンはステージ前方に出て来て”bonsoir!”と挨拶。
そして、歌い出したのが
Si on chantait」いきなり70年代の曲が来てびっくりするが、その次も[踊れ、踊れ!」で、初めてジュリアンを
見た時の衝撃が頭の中で重なって行く。。。彼の声はあの時と同じに太く、伸び伸びと歌っている。
次にまたピアノの前に座って歌い出したのが「病気にかかった小さな魔女」。 最近この曲に自分を重ねる事が多い
こともあって、またチョッピリ涙腺が緩んでしまう。 さて短いMCのあと、ステージが暗転、ジュリアンがジャケットを
脱ぎ捨てると、きゃ〜という悲鳴と歓声。 ステージのライトにはもう1つ仕掛けがあって、無数の電球がついた大きな
板があって、夜空の星の様に瞬く仕掛けになっていた。その無数のライトが赤く光り、ピアノに向かって歌い出したのが
「La Coeur volcant」。この時はさすがに”う〜ん、やっぱり50代にこの曲は厳しいかなぁぁ”と思ってしまった。
ちょっと柔らかく歌いすぎてしまうのはもう仕方がないことなのかもしれない。 そして次は「ヤンといるかたち」。
これも私が初めて聴いた時と歌い方を少し変えているので、今のジュリアンの歌になっていた。 少々寂しい気もする。
次はステージ前方で「Utile」を歌い出す。この曲に聴衆は一弾と大きな拍手で歓迎する。だけど、私には前回のツアー
の時ほどには気合が入っていない様に感じられた。最終日は「♪ら〜、ら〜、ら〜ら〜」と、聴衆も一緒になって歌って
いたのが印象に残る。 短い曲紹介をして始まったのが「Rio negro」。この曲は結構ステージでは映える曲。バックが
上手いせいもあるけど、今のジュリアンらしい曲だと思う。2日目は「♪アーメン」と歌うところで、お腹の前(あれは
どう見ても胸の前じゃなかったぞ)で、十字を切っていた。
 そして再び曲紹介、多分マキシムが良い歌詞を書いてくれた
・・・という意味の事を言ってたと思うが、始まったのが「Avant qu'on aille au fond des choses」。私は正直、
この曲は余り好きじゃないから、「Studio」からだったらもっと別の曲を歌って欲しかった。3日間ともこの曲は聞流し
状態だった。
 ステージ前方のジュリアンにピン・スポットが当り、始まったのが「
Place Clichy」。ありがとう!ジュリアン。
この曲は生で聴きたかったんだぁ。最後のフレーズ ♪qui commande ici〜 ♪という所では右手で自分の足元を
指して歌っていたのが印象的だった。 そして、ロダ=ジルとの歴史を短く語り、その拍手に応えながらピアノの前に
座ったジュリアンは「Donne-moi de tes nouvelles」を歌い出した。今回もピアノの前に座る事が多いけれど、
この曲ではジュリアンのピアノの音も良く聞えて、良かったと思う。個人的にも好きな曲なので、しんみりと聴いて
しまった。 会場も静かに聴いていた。 続けて「
Seule au monde 」をピアノ弾き語り状態で続けた。 これも
「Si j'etais elle」だったら、もっと良い曲を選曲して欲しいなって思って聴いていたのだが、最終日にここでカルラ
ブルーニが登場して来て、デュエットした。最終日はカメラを持って入っていたので、2ショット写真を撮るのに夢中で
殆ど何も聴いてませんでした状態だった。カルラの作詞だから、こうなったわけね、と納得はしたけど、デュエットで歌う
には、2人ともキーが高すぎて辛そうだった。 次もピアノを引きながらの「Quel jeu elle joue」。こんなにノリが
良い曲なのに、ピアノ弾きながら歌っちゃうの? と思っていたら、歌い終わった後、
自分が♪Quel jeu elle joue〜
って歌ったら、皆が
♪Quel jeu elle joue〜って歌ってネって説明して、再度後半部分を聴衆との掛け合いで歌わせた。
そうそう、この曲はそう来なくちゃ! ピアノの前に戻り、続けて「Une vie de rien」が始まった。自然体で歌う
ジュリアンには余裕すら感じる。 そして、
ステージ前方に出てきたジュリアン,今度はダバディに賞賛の言葉を述べて
始まったのが「Femme je vous aime」。 聴衆の歓声もひときわ大きい。 1日目は高音部分でちょっと危なっかしい
感じもしたけど、物凄いエネルギーで熱唱する。 どうして20年もこの歌をこんな風に熱唱して歌えるのだろうか? 聞き
惚れる前に、私には驚きがあった。 次は「La belle est arrivee」。気がつくとバックのメンバーは皆キーボードを
弾いている。 おっかなびっくりに弾いているメンバーもいれば、ぎこちない手つきのメンバーもいる。 でも、皆一応に
楽しそうだったのが印象的。
 そして終わると今度はメンバー全員がピアノの前でこじんまり円陣になったその中心で”小さな楽団です”と言って
ジュリアンが歌い出したのが「Double enfance」。 聴衆は皆手拍子を打ってるけど、そんなに明るい曲じゃない
のになぁ〜って思ったのは私だけだろうか。。。 歌い終わるとまた聴衆の歓声が大きかった。
そして、「君のための苦しみ」、「氷上の男」「時は過ぎ行く」と、また70年代の曲が続く。 最終日はCe n'est rien
と、ジュリアンが歌い出しただけで、聴衆は総立ち。 拍手に応えたジュリアンの前にボンゴが置かれ、それを叩きながら
始まったのが「
Melissa」。待ってましたとばかりに聴衆総立ち、ステージ前方に人々が押し寄せる。 いつもながらこの
曲はダンスパーティ状態。ジュリアンがボンゴを叩きながらちょっと腰を振って歌う姿は結構セクシーだ。 そしてステージ
は暗転。聴衆が”まだまだ!”と、拍手でジュリアンを呼び戻す。 「次はプチ・メドレ〜だよ」と、「ベニスという女」から
始まって、「Quand je joue」まで一気に歌いきる。 聴衆はやんやの大歓声。 またステージ袖に下がったが、直ぐに
ステージに呼び戻される。 そこで、次の曲の説明をしようとしたら、2F席の方から
マイクを通して変な声が聞えて来た。
「ジュリアン、また、ミュージカルをやらないか?」 聴衆大歓声!。ジュリアンは「もう出来ないよ」って応えていた。
聴衆のガッカリした声。 ふ〜ん、面白い演出だなぁ。と、思っていたら、天の声は更に色々な質問をジュリアンに浴びせる。
そのたびに会場中が大爆笑。 私は同じやりとりを3回も聴いたのに、半分も理解できなかったが、「ジュリアン、いつ
死ぬの?」って言うのだけは分って、私も大笑い。 ジュリアンは苦笑いしながら「あと20年位は生きていたいな」って
応えていた。
そんなやり取りの後、歌い出したのが「ヘアー」のあの曲だ。聴衆も総立ちのまま「♪レ〜ッソ、レッソ」と歌っている。
そして、コンサートの締めは「Coeur de rocker」。ステージも聴衆も一体になった感じだった。
再びステージ袖に下がったジュリアン達を聴衆が引き戻そうとする。「La Coeur volcant」で赤かった無数の豆電球が
今度は赤、青、緑、黄色ととりどりの色で点滅した中、ジュリアンがピアノの前に座って歌い出したのが、「僕のお気に入り」
・・・ああ、いよいよステージも終わりの時間だなぁ〜とイヤでも思わせる。そして、再度ステージから去るかと思ったら、
そのまま「嫉妬」を歌い出した。皆ジュリアンと一緒になって歌っていたが、私は最後がこの曲なのがちょっと残念というか
意外だった。余りにも定番過ぎちゃって”オランピアだからこうなっちゃっうのかな〜”などど思ったりしていた。
そしてステージは終わりを告げる。 最終日はもう1曲位多くやってくれるかと思って、密かに期待していたのだが、歌ってる
本人も、お客さんも30年前とは違うわけで、あっさりと終わってしまったのには物足りなさを感じずにはいられなかった。

今回は1日目にはTF1だかTF2の有名なキャスターが来てたり、2日目には首相のDominique de Villepinが、
3日目は私達のすぐ後ろの席にダバディが来ていたし、 「Seule au monde 」を歌い終わったカルラが私達の後ろに
座っていたり・・・と、会場も華やか?だった。 最初の2日は随分ロダ=ジルを賛辞していたジュリアンだったが、ダバディ
が来ていた最終日はその言葉も少し少なめで、セット・リストも色々な方面に配慮してあの選曲にしたんだろうな〜と、
思うと
ジュリアンの立場も大変なんだろうと感じた。
しかし、2週間もほぼ毎日あのステージに立って、音も狂わず、声も掠れず、毎回のコンサートをキッチリ歌いきる精神力と
体力は本当にスゴイ。 きっとあと5年後にステージに立っても今回と同様に素晴らしい歌が聴けるのではないかと思う。
Merci JULIEN !!
 
 



2月4日、オランピア劇場の模様を撮った写真館はこちらです。



その4

ウーロペアン
20020207








2002年2月 6、7,8日 パリ ; ウーロペアン


 1. LUNE LUNE
 2. LE VERROU
 3. BALLADE POUR UN FOU (LOCO LOCO)
 4. HOLLYWOOD (デビッド・マックニールの曲)
 5. TU T'ES EN ALLEE
 6. UTILE
 7. JOUEZ VIOLINS, SONNEZ CRECELLES
 8. 4 HEURES DU MATIN
 9. J'OUBLIE
10. FAIS MOI UNE PLACE
11. SI J'ETAIS ELLE
12. ON SERAIT SEULS AU MONDE
13. LA FILLE DE L'ETE DERNIER  (ジョニー・アリディの曲)
14. MON FILS MA BATAILLE (ダニエル・バラヴォワーヌの曲)
15. ASSEZ...ASSEZ
16. MELISSA
17. LES SÉPARÉS
18. LA PATINEUR
19. LILI VOULAIT ALLER DANSER
20. FEMMES...JE VOUS AIME
21. CE N'EST RIEN
〜アンコール〜1
22. LE PIANO ÉLÉPHANT
23. HORIZON CHIMERIQUE
24. MA PRÉFÉRENCE
〜アンコール〜2
25. JALOUX DE TOUT
26. MANGOS


2月5日(火) 午後。
「高田馬場の名画座みたい」。
私がl'europeenを初めて見た感想だった。
ひなびた場末の名画座の趣のこんな場所でジュリアンが歌うのね。
その3日前までは6,000人は入るzenithでのコンサートだったのに、今日からは350人のキャパ。
歌う方も難しいだろうなぁ。。。。と思いつつ、前日は場所の確認だけ。

2月6日(水)。中に入ってもっとびっくり。 とても小さなステージ、これは小学校の講堂?いや、
もっと小さい、幼稚園の講堂のようだった。
日本でも私はこんなに小さいライブハウスに行った事がないので、とにかく驚いた。 そのステージを
ほぼ180°取り囲むように客席が配されている。これならどの席でもジュリアンの爪先まで見えそうだ。
小さなステージは左手からキーボード、グランドピアノ、ベース、ギターそして真ん中奥にドラムキットが
置いてあり、PAなどでいっぱい。
それなのにステージの右端のある部分を音響のスタッフが占領している。まさに「足の踏み場もない」状態。
おのずとジュリアンの立つ場所も限られるはず。
"PIANOより右側!"と、言う事で、初日は真ん中のご招待席の隣、通路を挟みステージに向かって右のブロックの
左端(つまり、ご招待席の右隣)へ陣取る。前の方にはステージに向かって8列ほど7〜8人がけのベンチ席が
あった。ツシマさんもyasco-yaさんもここを「ゲットしなさい」ってアドヴァイスして下さったんだなぁと
思ったのですが、背が低い(155cm)の私は1番前のカブリツキでないと
見えないだろうから。。。。。。

開始予定時刻を少し過ぎた頃、場内が暗転して、バックミュージシャンの人たちが現れる。
なんだかみんな黒っぽい服装で忍者みたい。(笑)
そしてジュリアン登場!
ひときわ高い歓声があがる。 やっぱり、、、、ジュリアンの洋服も黒。(笑)
KENZOが引退してしまって誰の衣装で現れるかも興味があったが、今回はJ・P・ゴルチェだそうだ。
革の上下にハーフブーツ。下のシャツはシルクで、カフス部分は革仕様。で、ぜーんぶ黒。忍者の集団!

1曲目、何から始まるかと思っていたらピアノの前に座った。
(ちなみにピアノは今回ジュリアンが実家?から持ってきたヤマハです。)
出だしの和音3つ目で私は驚いた。「えっ、この曲をやるの!」。
75年の来日で2曲目に披露した「LUNE LUNE」だ。
この曲ってもう20年近く歌っていなかったはず。 感激!!
サウンドは、ギター、ベースが入っているが、とてもアコースティックに近い。
小さなハウスに丁度良い音量で(いつもラウドなメタルばかり聴いているせいもあるけれど)耳に心地よい。
ドラムとのバランスが若干気になったが、サウンド・プロダクションもまぁまぁだ。
照明もこんな小さなステージなのにライティングにも工夫がされていて、月の絵(天体望遠鏡からの実写)を
天井に映したり、ミラーボールみたいなライティングにしたりと、なかなか凝っている。
色々考えている内にLUNE LUNEが終わり、ジュリアンがステージの真ん中前方に立つ。
今まで歌っているジュリアンを自分のひとさし指程の大きさ位でしか見た事が無かったのに、ここでは手が
届きそうな距離である。 最高だ!!!
2曲目は 「VERROU」。ちょっとドラムがうるさい気がする。間奏部分のフルートも同様。でも演奏は上手い。
そしていつもならばアンコールに持ってくるメンバー紹介をさっさと終わらせてしまった。
今回のミュージシャンは4人。(プログラムによるとゼニットでは6人だった)
ギター(アコーディオン) HERVE BRAULT
ベース           EVERT VERHEES  
ドラム           LOIC PONTIEUX
ピアノ(アコーディオン)JEAN LOUIS HENNEQUIN
ドラムの人を除くとみんな40歳代後半の人のようだ。
3曲目はピアソラの曲「ロコ ロコのバラード」最初から熱唱モノを持ってくるのは、やはり自信があるのだろう。
この曲を聴いていると、その日のジュリアンの調子が良くわかる曲だ。私が観たいずれの日も良かったけど、
ただ、この曲はアレンジが悪いと余り面白味が無い。正直前回(94年のライブ盤)のアレンジの方が
私には良かったので、今回は及第点としておく。
次の「HOLLYWOOD」。この曲だけはここに置かれた意味も、歌われた意味も不明瞭。
(でもフランスの聴衆には結構馴染み深い曲のように感じた。)ちょっと消化不良な感じ。
そして本邦初公開(フランスだからこうは言わないか)SI J'ETAIS ELLEからの曲「TU T'ES EN ALLEE」だ。
う〜ん、こうやって聴くとCDとは違う雰囲気で印象も変わるから面白い。
アコースティックギターを中心にしたアレンジで、CDで聴くよりシンプル。でも、このワルツをジュリアンは
ちょっとサラッと歌いすぎているような気もした。
そして「UTILE」。MC無しで唐突に始ってちょっとびっくり。
しかし、ジュリアンはとっても大事に大事に歌っている。 アコーデオン、ピアノ、ベースだけをバックに
聴衆ひとりひとりに語りかけるように歌っていたのが印象的だった。(聴衆の拍手も一際大きかった)
「青春を弾け!」(邦題で書くと青春ドラマみたい)は、出だしで声がひっくり返ってしまって(笑/6日)、
急遽MCを入れたりして誤魔化してやり直し。
この曲も久しく歌っていなかった曲。ピアノだけをバックにとてもシンプル。
ナンだか怪しいMCのあとはピアノの前に座って「午前4時」がはじまる。
この曲だって私は日本公演後1度もライブレコードでも聴いていない。
何だか27年前にタイムトリップしてしまったようで、感慨が深い。
でもアレンジはだいぶ違う。とにかくエルヴェのギターがすごく上手くて、やたら感心してしまった。
ここでジュリアンは皮のジャケットを脱いでステージ後方にいたスタッフに放り投げる。
一段と歓声があがる。 そして始まったのがタンゴ ステップをしながらの「J'OUBLIE」。
この曲は今回のコンサートでも出色の出来でした。アレンジはCDとほぼ同じなんだけれど、
歌に艶があって、踊りながら歌うジュリアンに思わずポワ〜っとなってしまった。
MCで場内を笑わせた後は再びピアノの前に。「FAIS MOI UNE PLACE」はジュリアンのピアノと
小さな打楽器(トライアングル、シャカシャカ)を中心にしっとり聴かせる
そして「SI J'ETAIS ELLE」。 またまたエルヴェのギターが冴える。でもその前のFAIS MOI…に
比べるとちょっと浮いちゃう気がした。
続けて「ON SERAIT SEALS AU MONDE」。自分の中で余りこのアルバムの曲に執着心が
ないせいか、アレンジがほぼCDと同じ為か、この2曲はどちらかと言うと聞流してしまった感じで、
余り記憶がありません。
"フランスには沢山の良い曲があって、それを歌うのも自分の楽しみ"と
MCを入れた後で歌い出したのがジョニー・アリディとダニエル・バラヴォワーヌの2曲。
でも、この曲って過去「心のレストラン」でジュリアンが歌っていた曲なので、余り目新しさを
感じなかった。また、"今年の「心のレストラン」に出られないから歌ったのかな"、なんて思ったりした。
そしてまた今回もソフィー・マルソー事件を引き合いに出して歌い始めたのが
「ASSEZ….ASSEZ」。このアレンジはギターとピアノとコンガで、とっても南国風。
会場がとってもホンワカしたムードに包まれる。
こういう小さい器にピッタリのアレンジだなァとまた感心。
続けて同じムードで"マッテ マ メティッス"のコーラスで始まった「MELISSA」では客席も手拍子と
コーラスでジュリアンを盛り上げる。
再びピアノの前に座ったジュリアンが弾き始めたのは「LES SEPARES」
(この曲、プログラムに書いてなかったぞっ。)
またまた会場はしっとりムード。
さて次もジュリアンはピアノの前で。そして「氷上の男」だ。これはドラムが入っていた為か
アレンジとしては99年のトリオの方が良かった。
またステージ前に現れて歌い出したのが「LILI VOULAIT ALLER DANSE」
ピアノがJAZZ風で会場も盛り上がる。途中で呂律が回らない危なっかしい場面もあったが、
一気に歌いきった。そしてまたピアノのところに座っって「FEMMES JE VOUS AIME」が始まる。
コンサートも終盤に来たとイヤでも思わされる曲。聴衆もジュリアンの歌に聞き入っている。
疲れると高音が出ない(らしい)曲だが、私が聴いた3日間共、とても伸びやかに歌っていた。
「CE N'EST RIEN」。みんな手拍子で盛り上げる。 この曲は今まで行ったすべてのコンサートで
歌われたが、聴く度にアレンジが違う。今回はアコーデオン中心でピアノの音が余り聞こえない。
でもレトロなシャンソンぽくってなかなか良かったと思う。
(この辺で私の涙腺がいつも緩んで来ることもあるけど)
ここでジュリアン達はステージのそでに引っ込む。 "ジュリアン、ジュリアン"の大歓声と手拍子。
暫くして現れた面々にまた大喝采。ピアノの前に座ったジュリアンが弾き始めたのが「ボクのピアノは象」。
この曲も27年ぶりだ。ギターのアレンジはちょっと今風だけど、フルートも入って、まるで1975年の
厚生年金ホールに戻ったかのよう。
そのまま続けて「L'HORIZON CHIMERIQUE」が始まる。ジュリアンのピアノがメインでCDよりずっとずっと
シンプルだけど、それだけに歌が心に染み入ってくる。ジュリアンはアンコールには必ず"聴かせる曲"を
1曲持って来て、私の涙腺を緩めてしまう。今回も泣かされてしまった。
そして「ボクのお気に入り」。今回は聴衆は歌わずにみんな聞き入っている。
そしてステージの皆が引っ込んだ。 聴衆は"まだ終わりじゃないよ"と言わんばかりに大喝采と大声援。 
そして再びステージに戻って来たジュリアンが自分の曲を作詞してくれた人達ひとりひとりの名前をあげて
感謝の意を伝えた後に「嫉妬」が始まった。それまで聞き入っていた聴衆もジュリアンと一緒に歌う。
これも今までにないギターしっとりの落ち着いたかんじ。
間奏部分ではジュリアンの"楽しい宵を有難う"との挨拶も入った。
 あれ、またみんなステージそでに引っ込んでしまった。「こんな終わり方ないよねっ」と、スタンディング・
オベーションで聴衆はジュリアンを何とかステージに戻そうと手拍子をする。そしてみたび彼は戻って来た。
さて、いよいよフィナーレ。歌が始まるまで何の曲が始まったのかがわからなかったが、それが
「マンゴ」だったのでまた驚いた。  この曲をラストに持ってきたとは!。
確かにノリはいいし、ジュリアンも楽しんで踊って歌っている。 聴衆もステージ前に押しかけ、
にわかディスコのようになる。さすがはラテン系の人達だ。
サルサっぽいアレンジであったが、バックのメンバーの技量が並以上であることがこの曲でも良くわかった。

あんなに小さな会場であったにも拘わらず、音響は抜群で照明も凝っていたし
曲のアレンジも多分会場の大きさに合わせたはずで、どれをとっても
今回のコンサートは私には満足できる内容でした。
このライブがCDやDVDになって、多くの人に楽しんで貰えたらと思います。
ライブに行ってガッカリするアーティストが多い中で、ジュリアンは本当に何度も観たいと思わせる
プロフェッショナルなアーティストだと私は感じます。
                                                 (02年記 完)


6日のじゅじゅ




  2/6 L'EUROPEEEN出口にて
 (シャンソン歌手の石原 歩さん 撮影) 
 ファンと話すジュリアンの前でパチリ。
 ジュリアンの前に立っているのはコワーい
 ボディ・ガードのおじさん。
 職場の人に「こんな嬉しそうな顔してるTOMIを
 見たことがない。」と、言われてしまいました。 

 (私の顔は割愛させていただきます)




その3

チケット99

199年1月17日18日19日 パリ・シャンゼリゼ劇場


1. LES SÉPARÉS
2. PARTIR
3. CARABAT
4. 20 ANS(レオ・フェレの曲)
5. JUSTE COMME UN ENFANT
6. HÉLÈN
7. LA BELLE EST ARRIVÉE
8. LE COEUR TROP GRAND POUR MOI
9. LE PATINEUR
10. Cucurrucucu Paloma(スペイン語の原曲にロダ=ジルが仏語詞を付けた)
11. DANSE S'Y
12. ET MAINTENANT(ジルベール・ベコーの曲)
13. CONFIDENCES POUR CONFIDENCES(ジャン・シュルテスの曲)
14. JE DORS AVEC ELLE
15. CE N'EST RIEN
16. AU CREUX DE MON ÉPAULE(シャルル・アズナブールの曲)
17. POISSONS MORTS(途中まで)
18. LE COEUR VOLCAN
19. SOUFFRIR PAR TOI N'EST PAS SOUFFRIIR
20. ROMINA
21.J'AI RENDEZ-VOUS AVEC VOUS(ジョルジュ・ブラッサンスの曲)
22. LA CARIFORNIE
23. LE PHARE DES VAGABONDES
24. MELISSA
〜以下 アンコール〜
25. LE QUETE(ジャック・ブレルの曲)
26. MA PRÉFÉRENCE
27. TRAVAILER C'EST TROP DUR
28. JALOUX DE TOUT

 1度観ても何度も観たくなる。 それがジュリアンのコンサート。
YTTのツシマさんにチケットをお願いして、再びパリの地を踏んだ。
前回は12日間の内、たった2日しか観なかったので(旅行日程は8日間だった)後々
後悔の念が残ったので、今回は旅行日程8日の内、4日間がコンサートとぶつかったので
そのうちの3日間をコンサートに当てた。
ツシマさんからのメールを読むまで、このコンサートが今までと違う形式のものとは
知らなかったのだが、ジュリアンを含め、3人でのアコースティック・ライブと言うことで
また、私の心は旅行前から沸き立った。
今回はパリ管弦楽団のお膝元、シャンゼリゼ劇場でのコンサートである。 パリ管のコンサートを
ここで聴いてみたいなぁ〜と、初めてパリに来た時は思っていたのだが、まさかジュリアンの
コンサートで、この建物の中に入れるとは・・・・・。
ただ、今回は多少の不安もあった。アコースティックと言うことで、初期のテンポの速い曲、
賑やかな曲は演らずに、最近の落ち着いた曲ばかりで、ディナー・ショーみたいになっちゃったら
やだなぁ〜(笑)とか、他のアーティストの知らない曲ばかりで、しらけちゃったらどうしよう。。。等々。
でも、それは全くの危惧だった。 今回も素晴らしいコンサートだった。
シャンゼリゼは近代的な趣きとは違い、建物の中は荘厳だ。プログラムを売っていたおじさんも
格好いいパリジャンで何とタキシードを着ていた。
座席は3日間共2Fのバルコン。舞台(何たってシャンゼリゼ劇場ですから、ステージとは言い難い)
までは少々遠いけど、正面だったのでゆったりと観ることが出来た。
さて、ジュリアンはと言えば、今回は紫に近いグレーのベストスーツ。同系色でまとめられていて
とってもお似合いだった。
 舞台は何の装飾もなく、客席の方から見て左からキーボード、ピアノ、ギターが置いてあるだけ。
「あらら、全然お金が掛かって無いわね」なのである。(爆笑)
で、キーボード、マリンバはJEAN SCHULTEIS、ギター、バンドネオンなどを HERVÉ BRAULTが
務めた。2人共、何年も前からジュリアンのコンサートには欠かせないブレーンのミュージシャンだ。
音もけっしてスカスカにならず、タイトな演奏で安心して聴けた。
さて、コンサートの中味ですが、特に目新しい曲があったわけでもなかったけれど、ジュリアンが
敬愛するアーティストの曲が時々織り込まれ、(大体は私の知ってる曲だったし)アコースティック
主体の演奏がとっても新鮮だった。 
「La Carifornie」では聴衆に口笛を吹かせたり、「ROMINA」の間奏では、ジュリアンの使っている
グランドピアノの上に子供用のおもちゃのピアノが置かれ、それを弾いたりと簡素でも全く飽きることも
散漫になることも無くて、ジュリアンの歌がじっくり聴けた。
 特に良かったのがロダ=ジルが作ったスペイン語の歌で、到底何を歌っているのか分からなかった
けれど、大変美しい曲だった。
 また、アンコールでJ・ブレルの曲を歌ったが、ジュリアンが舞台中央でスポットライトを浴びて熱唱
する姿に思わず涙した。
最後はお決まりの3曲で聴衆と共に歌って終わった。
全く同じプログラムだったが、3日間とも「来て良かった」と思わせてくれたジュリアンに敬意の想いで
いっぱいだった。                                  (99年記  完)

コンサート後

17/01/99  シャンゼリゼ劇場楽屋口で





その2

ぱれですぽーる

 チケット

1997年10月7日・9日 パリ・パレ・デ・スポール

<<コンサート記録と言うよりはミーハーの日記近いものです!?>>

第一部
1. MA PRÉFÉRENCE
2. CARABAT
3. NIAGARA
4. C'EST MON ÉSPOIR
5. FAIS MOI UNE PLACE
6. LA FILLE DE LA VÉRANDA
7. ON PEUT RÊVER
8. LES MENHIRS
9. LES SÉPARÉS
10. LES YEUX REVOLVERS(MARC LAVOINEの曲)
11. TRAVAILER C'EST TROP DUR *

第二部
 1. ASSEZ....ASSEZ
 以下メドレ〜
 2. SI ON CHANTAIT
 3. COEUR DE ROCKER
 4. MÉLISSA
 5. LILI VOULAIT ALLER DANSER
 (メドレー終わり)
 6. QUAND JE JOUE
 7. LE PHARE DES VAGABONDS
 8. NOË
 9. J’AI EU 30 ANS
10. THIS MELODY
12. ELLE VOULAIT QU'ON L'APPELLE VENISE
13. LAISSONS ENTRER LE SOLEIL
14. ÇA COMMENCE COMME UNE RÊVE D'ENFANT
15. CE N'EST RIEN
16. JALOUX DE TOUT

ひとりで初めてパリの地に立った。 YTTのツシマさん(注;リンクを見てね)に「おいでよ」って言って
戴けなかったら実現しなかったこのコンサート。
22年という歳月を経てやっと実現したジュリアンのコンサートをパリで観るという夢。
おまけにジュリアンの50歳を記念するコンサート。
気持ちが高ぶらないでいられる訳がない!。
ホントはお誕生日当日のコンサートに行って、私もフランスのファンとお祝いしたい気持ちは
あったけれど、仕事が一番忙しい時期に休暇を取ってきてしまったので、どうしても
10月4日のお誕生日当日のコンサートには行かれず、返す返すも残念だったが、それは後に
ライブアルバム「LE 4 OCTOBRE」で気持ちを少し補えたから・・・・・・。

独りで言葉の不安なパリに来るのは無謀だったけど、海外でのコンサート初体験の私は
独りでコンサートに行くのはもっと不安である。
7日のコンサートはチケットを取っていただいたツシマさんに無理を言って同行をお願いした。
夜も更けた20:30のパレ・デ・スポールは人、人、人。 円に近いプラネタリウムの様な形の
ドームの中にはいるとコロシアムのような形状でステージが下に見える。
”スポール”と言う位なのだから普段はこのステージがボクシングのリングなどになって
いるんだなぁ〜。と、感心していた。 ただし、客席の床は木製だ。 木製の床なんて、
東京では古い学校か世田谷線(玉電)に残っている位のモノである。
後で調べたら、この会場は70年代に建てられた建築物である。
 さて、私とツシマさんの周りはおじさん、おばさんばかり。。。 まぁジュリアンが50歳ならば
それも頷けるけど、中には高校生ぐらいの若いカップルや両親に連れられた小さな子供もいた。
かなり世代が広範囲に渉るのを見て、改めてジュリアンの人気に驚いた。
また、夫婦、家族単位でコンサートに来ているのは日本とだいぶ違う点でしょう。
開演予定の20:30を大分廻ったが、なかなか客電が消えない。 じれた聴衆は足踏みと共に
「ジュリアン、ジュリアン」と、コールを始める。
す、すごい!   木製の床は地響きとなって会場全体に広がる。
そして観衆の大歓声の中、ジュリアンが登場した。
1曲目は「私のお気に入り」。 いつもはアンコールに持ってくる曲だ。
数10メートルしか離れていないところで私のジュリアンが歌っている。
もうそれだけで涙が出るのを怺えきれない。
と同時に、「おじさんになっちゃったなぁ〜」との気持ちが交錯する。
CDのジャケット写真を見る都度、髪がだんだん短くなっていたのだけは判っていたけど、
私のジュリアンは1975年からずっと同じチリチリの長髪の、笑うといたずら小僧のようになる
あのジュリアン・クレールだったから・・・・・・・
この日の衣装は先ず(第1部)紫のシャツにシルクっぽい光沢のあるグレーのスーツで現れた。
(何かの病気ではないかと心配になるほど)痩せていて、何でも似合いそうだけど、
どうもあの配色は気に入らない。私のセンスの方がジュリアンより劣っていることは
確かだしなぁ〜などと色々な事を考えている内に、”げす・すたー”とジュリアンが言ってる。
どうやらゲストが現れるらしい。
で、歓声の中で現れたのがMARC LAVOINEだった。 私は彼のことを全然知らなかったが、
WEB上にファンサイトがある位なのだから、なかなかの人気スターなのだろう。
で、彼の持ち歌をジュリアンとデュエットしたあと、さらに持ち歌を2曲披露して、
トラディショナルソングの「働くことは辛いけど」でジュリアンが再び登場してデュエットした。
ステージ上はコーラスのお姉さんを含めて12〜3人の演奏者がいただろうか。
打楽器に配されてるミュージシャンが多かった。
10分ほどの休憩の後、第2部へ。
”ソフィー・マルソーのおっぱい”と歌って物議を醸した「ASSEZ...ASSEZ...」から
いきなり始まり、メドレーで往年のヒット曲オンパレードだ。
第2部では白のシャツに皮の上下に着替えていた。やっと私の好きなスタイルの
ジュリアンである。
1部では大人しかった?聴衆ー特に若い女の子達ーがステージ下に陣取って、2重3重の
人の輪が出来ていた。私もステージ下へ行きたかったが、さすがに控えた(笑)
「50歳の記念コンサートだからヒット曲は全部やるだろうね」とツシマさんが言っていた通り、
フランスでシングルカットされた曲はほぼ網羅されてたようだ。そしてビックリしたことに
「LAISSONS ENTRER LE SOLEIL」が始まった。そう、ミュージカル「ヘアー」のあの曲だ。
聴衆はジュリアンと共に”レッ〜ソ、レッソ”と歌っている(それも大きな声で)。
歌が終わると共に大歓声。 そしてジュリアンはバックのメンバーをひとりづつ紹介していく。
いよいよコンサートも大詰めだ。バックのメンバーがステージ前方に並び、始まったのが
私がコンサートで最も聴いてみたい曲の1つだった「ÇA COMMENCE COMME UNE RÊVE
D'ENFANT」だ。再び涙が出てくる。ピアノの伴奏にジュリアンのソロが乗り、
バックメンバーが混声4重唱のコーラスを付けていく。最高の演出だ。
またまた聴衆は大歓声。アンコールを求めている。そして「CE N'EST RIEN」がはじまり
客席も熱気に包まれる。最後はこのところの通例となった「嫉妬」で聴衆も大合唱の中で
約2時間のコンサートが終わった。

9日はひとりでパレ・デ・スポールで聴いたが、その時は第2部のメドレー後に聴衆が
ジュリアンに”BON ANNIVERSAIRE"(ハッピーバースデー)を歌ってお祝いするという
微笑ましい一幕もあり、聴衆とステージが一体となった素晴らしい夜を体験できた。 
                                            (97年記 完)


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その1

ちけっと

1975年3月23日 新宿厚生年金会館大ホール


第一部
  1. LE DIRECTEUR DU GRAND HOTEL
  2. LUNE LUNE
  3. CA FAIT PLEURER LE BON DIEU
  4. LE PIANO ELEPHANT
  5. LE PATINEUR
  6. CRIS, TAMBOURS ET MASQUES DE GUERRE
  7. JE SAIS QUE C'EST ELLE
  8. BATEAU PRESSE, CAPITAINE PAS BON
  9. JOUEZ VIOLONS, SONNEZ CRECELLES
 10. LA PETITE SORCIERE MALADE
 11. LA CARIFORNIA
 12. ADIEU ,LA FLEUR DE MADLAS(不詳) 
 13. COMMUE  HEIR (ジョルジュ・ブラッサンスの曲)
 14. MON CARAMADE (レオ・フェレの曲)
 15. DONNEZ-MOI LA MAIN MADEMOISELL (モーリス・シュヴァリエの曲)

第二部
  1. C'EST UNE ANDALOUSE
  2. LE COEUR VOLCAN
  3. LA FILLE DE LA VÉRANDA
  4. ELL A AU FOND DES YEUX
  5. NIAGARA
  6. SANS TOI
  7. SI ON CHANTAIT
  8. DANSE S'Y
  9. YANN ET LES DAUPHINS
 10. CE N'EST RIEN
 11. 4 HOURES DU MATIN
 12. POISSONS MORTS
 13. LES MENHIRS

ジュリアンの74年の公演に続く2度目の来日。その最終日に行った。
前から15列目の中央。前列にはフランス人ご夫婦が座っていた。 
先ず、通訳の田中さんが登場。中学生のガキっ子だった私はそれまで
コンサートなんて片手の指も余る程しか行って無いし、周りは大人ばかりで、
かなりの緊張をしたのを憶えているが、その前に友人に無理矢理連れて行かされた
ルネ・シマール(知ってる人いますか?)のコンサートでも司会兼通訳を(故)土居まさるが
やっていたので, ”外人”のコンサートは通訳がいるのだなぁ〜と、漠然と思っていたが、
その認識は後々誤りと気付きました。
通訳(司会?)が入ると、コンサートの流れが遮られてしまうけれど、でも、フランス語を
知らなかったので, 曲の解説をしてもらったのは ー特にブラッサンスやフェレの曲はー 
後々良かったと思うことにしている。
で、1曲目の「グランド・ホテルの支配人」で幕が開き、バックに6人の演奏者を配し、
ジュリアン登場。
「きゃー!!」と、女性の黄色い歓声が上がる。(笑) でも殆どのお客さんは皆静かに
聴き入っているようだった。
ステージは色とりどりの風船が飾ってあったが、それだけ。 結構シンプルだった。
ジュリアンはと言うと、パフスリーブのコットンシャツを2枚重ね着した上に手首と首に
スカーフ、下はジーンズと言うこれまたサッパリしたスタイル。 後で聞いたが、
有名デザイナーのデザインのものだったらしい。。。。
来日直前に新しいアルバムが出た(「フランス我が大地」)ばかりだったので、選曲も
そのアルバムからが多かったが, このアルバムが大いに気に入っていた私は、
それまでのライブレコードで聴けない新曲に大興奮していた。
3曲目「神様がお泣きになるから」では、冒頭に聴衆から手拍子をとって貰ってリズミカルに
ロック歌手のように歌っていたのが印象に残っている。
ライブと言うこともあってかなりリズミカルな曲が多かったが、「僕のピアノは象」や「夜の太陽」、
「病気にかかった小さな魔女」など、しっとりと聴かせるところもきっちりポイントを押さえていた。
そして第1部の後半ではジュリアンの尊敬する歌手達の歌が披露された。
特にシュヴァリエの曲はジュリアンが自分でピアノを弾いて歌ったのだが、このコンサートの中でも
かなり強烈に私の心を打った曲の1つだった。 ロック調の曲も大好きだが、こういうグランド
シャンソンを思い入れたっぷりに歌うジュリアンに、さらに参ってしまった。

10分程の休憩を挟んで第2部が始まる。
第2部も「フランス我が大地」からのアップテンポの「アンダルシアの女」で幕が開き、続けて
「愛の旋律」へ。
「愛の旋律」はアルバムに入っていなくて日本では余り馴染みが無い曲だが、バンドネオンが
とても印象的でその後の私のベストチューンの1曲に加わる事になる。多分この頃から
ジュリアンはピアソラの影響を受けていたのだろう。
あっという間にコンサートは進行し「ヘィ! ニアガラ」が始まった。しかし、最初の数小節を
歌い出したところでジュリアンが急に歌を止め、”通訳の田中さんをみんなで呼んで!”と
客席に向かって言い、田中さんが現れ事態を説明すると、どうやらアンプの具合が悪くてギターと
ベースの音が出ないので、直す間ちょっと待って下さいとのことらしい。 
ホールにちょっとしらけた雰囲気が漂おうとしたその時に、「ごめんなさい、日本のジョークは
解らないんです」とジュリアンが英語で言ったので会場がドッと沸いた。
アンプも直り、気を取り直して(?)再び「ヘィ! ニアガラ」無事に歌いきった。
そして”SI ON CHANTAIT!!”。 歌が始まると何とジュリアンは日本語で ♪ トカイガ、ボクラノ、
ジンセイヲ ウバウヨ〜♪ と、歌い出した。「都会のマリー」と改題されて日本語で歌ったこの曲は
シングルが出ていたので、日本の聴衆へのサーヴィスだったのだが、カンニングペーパーを見て
歌うのに嫌気がさしたのか、途中からはフランス語に戻して歌い終わった。
コンサートも佳境に入り、最後は「ス ネ リアン!」
惜しみない拍手がホールを包み、ジュリアンはアンコールに応えて3曲を歌う。
後にファンクラブの方から教えてもらったが、最終日のこの日は「死んだ魚達」の分、
1曲多かったそうだ。
最後は「メンヒル(遺石)」をジュリアンが自分のピアノだけで歌い,とても雰囲気のある終わり方だった。
私は非常に幸福感に包まれて新宿厚生年金を後にした。

また、事後談だが、日本に来てすっかり風邪を引いてしまったジュリアンのこの日は絶不調の
体調だったそうだ。しかし、コンサート前の取材を全て断って臨んだこの日は、私だけでなく
一緒に行った2人の友をも虜にするほどの素晴らしい歌とステージングだった。 
                                                   (75年記 完)


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