

今回のツアーのテーマは『旅』なのだと思います。
一昨年までのツアーで欧州を一周し、アメリカ、カナダまで行ってその間に色々なことを
見て感じたところからアルバム「 Ou s'en vont les avions?」が生まれ、そのタイトルに沿って
地名が出てくる曲が多かった気がするのと同時に、新たなジュリアンの世界観を表現しましょう〜
との意図があったと私は感じました。
おじさん、おばさんが客席の9割を占めるカジノ・ド・パリで若いコラリー・クレモンはちょっと
「場違い」な感じだったけど、バンジャマン・ビオレーの妹だからか、オランピアの時のJ・キスリング
よりはずっと好意的に受け取られていたと思います。 日に日に彼女への拍手が大きくなっていました。
さて20:45を廻って、お客さんも「はやく!」と、足踏みや拍手で始まりを促します。
数分後に客席が暗転し、舞台下手からジュリアンが現れます。
今年はヨウジ・ヤマモト! どこかのインタビューで「自分にピッタリ、自分の為にあったような服」と
語っていたけど、私にはいつも同じ”黒い制服”の感じがします。
前回のJ・P・ゴルチェと何が違うのか、わかる人がいたら教えて下さい。
(でも、ピアノもそうですけど、どこかで日本と係わってくれるのは嬉しいです。)
ステージは何の背景も無く、ライティングも別に際立ってないのでジャズのコンサートかと思う位
質素な感じです。
バックミュージシャンは4人。 ステージに向かって左から、ギター2人、ピアノが置いてあって、
その右後方にドラム、そして一番右にベースという配列。 皆凄腕のマルチプレーヤーばかりです。
客席に一礼して、YAMAHAのピアノの前に座る。
そして始まった1曲目は最新アルバムのタイトル曲。 皆静かに聞き入っていると言う感じ。
10日には最前列からたくさんの紙飛行機が投げ込まれた。(Kさんたち、その日は始まり前に客席で
一生懸命に紙飛行機を折ってましたから〜)
そして立ち上がってステージ中央に出たところで「都会のマリー」のイントロが。。。
拍手しながら一緒に歌い出すお客さんが多かった。 私もまさか2曲目でこの曲が来ると思わなかった
ので、ちょっとビックリ。
「こんばんは!今夜はご機嫌如何?」と、彼が挨拶をすると大きな拍手。 そして彼に詞を提供している
作詞家の紹介があったが、やっぱりロダ=ジルの名前を最後に言うし、お客さんも一番大きな拍手を贈って
いたのが印象的だった。 その拍手の鳴り止まない中、始まったのが「青春を弾け!」
ジュリアンは40年もこの曲を歌い続けているけど、今だ色褪せない名曲だと思う。
そして、ピアノの前に立ち、客席に背を向けるようにして歌い出したのが「旅立ち」・・・。
この曲は今回のツアーでもハイライトたるべき1曲だったと思う。 私も今までライブで聴いたことが無かった
から、ちょっと感激。 高音が出せるかどうか、私が観た初日は実はハラハラ・ドキドキしたのだけど、
77年のように声を張り上げることはなくても、ちゃんと音が取れていた。 だから2日目からは安心して
聴いていられた。
そして次に「ヴェニスという女」。 歌い終わったあとno.7アルバムのジャケット撮影が夜だったから
黒いアルバムにしたというようなことを言って(と、思います。私の語彙力では相当怪しいですけど)、次は
ファンが一番好きな曲?と言って(これもあいまいです。 すみません)ピアノの前に座り、始まったのが
「氷上の男」。 始まると、最前列の”昔のお嬢様たち”がとっても嬉しそうに身体を揺らしていた。
(ファンクラブの名前「La Bande des Patineurs」はこの曲から来ています。)
そしてカルラ・ブルーニ作詞の「石を散らして」。 先般のTV番組で出だしの歌詞を忘れた話を出して
お客さんを笑わせていた。 今回は忘れずに(笑)ちゃんと歌った。 この曲はジュリアンも思い入れが
深いのかなぁと思わせるくらい、大事に歌っている。
そしてピアノの前に座ったままで始まったのが「Le coeur Volcan」 ステージ後方に大きなスクリーンが
降りて来て、なんだかモヤモヤした赤いものを映し出しているけど、よく分からない。 どうやらマグマを
表現しているのらしいけど、誰も気にしていないふうだった。 そしてステージ中央に出てきて始まったのが
「Utile」。 後ろのスクリーンには大きな満月が映し出され、ステージが青い光に包まれてとても幻想的。
私は90年以降のジュリアンの曲ではこの曲が1番好きだ。 だから何度聴いても目がウルウルしてしまう。
ただ、今回は本来アコーデオンで奏でる旋律がピアニカで代用されていたのがちょっと・・・。
ロダ=ジルやヴァレとの思い出話(かなりお客さんは湧いていた)の後は「イヴァノヴィッチ」。
終わるや否や次の曲「Une petite fee」。 前奏の間、ジェラー・ル・マンセに書いてもらったと曲紹介をして、
言い終わるや直ぐに歌いだすので、そんなところで”ちゃんと呼吸器を鍛えてるねぇ〜”って、感心してしまった。
バックの4人の演奏も、コーラスも完璧です。
そしてステージ中央に座るジュリアンの肩からギターがかけられ、口元にはハーモニカが!
客席はやんやの歓声。 「僕がボブ・ディランのファンだって忘れてるでしょ」と言ってお客さんを笑わせる。
(他の日は別の言い方をしていた気がします。) そして「働くことは辛いけど」が始まった。 ジュリアンの
ギターに合わせているためか、テンポがかなりゆっくりで、ハーモニカもナンだか怪しい音が。(爆)
でも、ギターは一緒に伴奏してたエベールの音しか聞こえてこなかったのだけど....。
次は幻のミュージカル「人民戦線」からのタイトルロール「Ca commence comme un reve d'enfant」。
再びスクリーンが下りてくる。 この曲はコーラスがどうしても必要で、それをバックの4人が歌っても
音が薄くなると思ったその瞬間に後ろのスクリーンにコーラスの人達が映り、ステージのジュリアンの
歌声に合わせて歌っている。 このバランスも絶妙で、バックミュージシャンとの正確なテンポ取りが
できていることに感心してしまった。 大きな拍手。 ピアノの前に座り直し続けて「Femmes je
vous aimes」 これもコーラスが入って、いつもとちょっと違った感じになった。 いつもはお客さんが
一緒に歌うところなんだけど。 で、曲が終わってスクリーンに向かったジュリアンがコーラスの人たち
をしょうかいすると、何とその人たちはお辞儀をしたのだ。 そこまで計算されて作られてるのをみると
「なんだかなぁ〜・・・」。 パリの観客にはそのことが受けていたようだったけど。
間髪入れず「La jupe en laine」 今回バックミュージシャンで1番つまらなそうに(!)演奏していた
コシュマンがとてもいい仕事をしていた。 彼の弾くマンドリンのメロディがうっとりするほど美しかった。
続けては「Double Enfance」。 フランス人はどうもリズム音痴が多いのか、拍手がばらばらばらばら〜
で、聞き苦しかった。 しかしこの曲、かなり受けるんですよね、どうしてなのか謎です。
この辺はもうMCもなくどんどん曲が続きます。 拍手がひとしきりすると次の曲「 Sous sa grande ombrelle」
が始まる。 ピアノの前で身体を左右に揺らして歌うジュリアンはこの辺が1日のステージで1番重そうな感じ
だった。 でも、「アンコール!」って自ら言って、2度も最後のコーラスの部分を歌いました。
「 Ce n'est rien」そして「 Melissa」。 「メリッサ」の前でバックミュージシャンの紹介がありました。
「メリッサ」が始まるとステージ前には後方のお客さんが押し寄せてきて、連日大ダンスパーティ状態。
今回も私達は怖くてそこへは行かれませんでした。(後悔)
再びギターを肩からかけたジュリアンが「ろっくんろーる!」と、叫んで「Lilly voulait aller danser」を。
どこがロックンロール!? ロカビリー調で音の厚さ、コーラスの厚さがとても際立っていた秀演でした。
ステージから皆下がって、ここからがアンコールになりました。
曲説明の後はじまったのが「Souvenez-vous」続けて「僕のお気に入り」。 この辺はアンコールと言っても
ジュリアンはピアノの前に座りっぱなしなので、座高の低い私には余りよく見えない。 しかし、ジュリアンは
毎日歌っているこれらの歌をけっして雑に歌わず、大事に歌っているところがとてもよくわかって、好感が持てます。
やっと前方に出て来て「出発」が歌われる。そして、間奏のところで、今回はギターテクニシャンなどの裏方さん達を
紹介した。 名前を呼ばれると皆、舞台の袖から半身だけ出して、客席に手を振る。 いい演出だなぁ。
「皆でステージを作っています」というのが良く伝わって、ジュリアンも本当に人間が丸くなったなぁ〜と感じた。
再度ステージ袖に引っ込んだけど、ファンが黙っているはずはなく、すぐにジュリアンだけが戻されて始まったのが
「Fais-moi une place」、ピアノを弾きながら♪Je t'aime〜〜〜♪のところはお客さんに歌わせる。 周囲のカップルは
もう目も当てられないほどベタベタと。(苦笑) そのままピアノの前で曲紹介をして「 Frere elle n'en avait pas」を
歌いだした。 あのアルバム全曲のピアノをジュリアンが弾いていたのが立証されたような、優しいタッチのメロディ
だった。 そして「Jaloux」 アンコールなのにずっとピアノの前に座っているのが不満といえば不満だったけど、2時間
よく声が続くと感心する位に今回も良く歌えている。 凄い、凄すぎる!!
もうこれで終わり?
客席は全然帰る気配もなく、ずっと拍手、指笛が鳴り止まない。 しばしの間があったけど、再び皆ステージに戻って
来た。 そしてまたスクリーンが下りてきた。 雲の間から太陽の光が差している画像だ。始まったのが「 Let the sunshine」。
今年40年ぶりにこのミュージカルがフランスでリバイバル上映されるらしい。 だから再び初代クロード役だったジュリアンと
この曲にスポットライトが当たっている。 ジュリアンもそれを意識しての最後の曲に持ってきたのだろう。
ハイライトの♪れっそれっそ〜♪は先にジュリアンが英語で歌って、2番以降は「フランス語で〜」と、指示されたお客さんは
♪れっそれっそ〜♪。 そして1時間55分のステージは終わりを告げました。
最後に、
このところのジュリアンのツアーで思うことは、どんな大きさの会場でも音響がとても良いということ。
各楽器のバランスが良く、お互いがお互いの音を壊すようなことがないし、ましてやドラムの音が
うるさくてジュリアンの歌が聞こえないということもない。 腕利きのサウンド・テクニシャン達の影の
力は絶大なもので、今回のツアーで彼は裏方さん達を紹介しましたけど、皆がジュリアンなのだという
スタンスがとても気持ちよかったです。
左から、Michel-Yves Kochmann、Fred Renaudin 、ジュリアン、Eric Lafont そしてEvert Verhees 。



その3
1999年1月17日18日19日 パリ・シャンゼリゼ劇場
1. LES SÉPARÉS
2. PARTIR
3. CARABAT
4. 20 ANS(レオ・フェレの曲)
5. JUSTE COMME UN ENFANT
6. HÉLÈN
7. LA BELLE EST ARRIVÉE
8. LE COEUR TROP GRAND POUR MOI
9. LE PATINEUR
10. Cucurrucucu Paloma(スペイン語の原曲にロダ=ジルが仏語詞を付けた)
11. DANSE S'Y
12. ET MAINTENANT(ジルベール・ベコーの曲)
13. CONFIDENCES POUR CONFIDENCES(ジャン・シュルテスの曲)
14. JE DORS AVEC ELLE
15. CE N'EST RIEN
16. AU CREUX DE MON ÉPAULE(シャルル・アズナブールの曲)
17. POISSONS MORTS(途中まで)
18. LE COEUR VOLCAN
19. SOUFFRIR PAR TOI N'EST PAS SOUFFRIIR
20. ROMINA
21.J'AI RENDEZ-VOUS AVEC VOUS(ジョルジュ・ブラッサンスの曲)
22. LA CARIFORNIE
23. LE PHARE DES VAGABONDES
24. MELISSA
〜以下 アンコール〜
25. LE QUETE(ジャック・ブレルの曲)
26. MA PRÉFÉRENCE
27. TRAVAILER C'EST TROP DUR
28. JALOUX DE TOUT
1度観ても何度も観たくなる。 それがジュリアンのコンサート。
YTTのツシマさんにチケットをお願いして、再びパリの地を踏んだ。
前回は12日間の内、たった2日しか観なかったので(旅行日程は8日間だった)後々
後悔の念が残ったので、今回は旅行日程8日の内、4日間がコンサートとぶつかったので
そのうちの3日間をコンサートに当てた。
ツシマさんからのメールを読むまで、このコンサートが今までと違う形式のものとは
知らなかったのだが、ジュリアンを含め、3人でのアコースティック・ライブと言うことで
また、私の心は旅行前から沸き立った。
今回はパリ管弦楽団のお膝元、シャンゼリゼ劇場でのコンサートである。 パリ管のコンサートを
ここで聴いてみたいなぁ〜と、初めてパリに来た時は思っていたのだが、まさかジュリアンの
コンサートで、この建物の中に入れるとは・・・・・。
ただ、今回は多少の不安もあった。アコースティックと言うことで、初期のテンポの速い曲、
賑やかな曲は演らずに、最近の落ち着いた曲ばかりで、ディナー・ショーみたいになっちゃったら
やだなぁ〜(笑)とか、他のアーティストの知らない曲ばかりで、しらけちゃったらどうしよう。。。等々。
でも、それは全くの危惧だった。 今回も素晴らしいコンサートだった。
シャンゼリゼは近代的な趣きとは違い、建物の中は荘厳だ。プログラムを売っていたおじさんも
格好いいパリジャンで何とタキシードを着ていた。
座席は3日間共2Fのバルコン。舞台(何たってシャンゼリゼ劇場ですから、ステージとは言い難い)
までは少々遠いけど、正面だったのでゆったりと観ることが出来た。
さて、ジュリアンはと言えば、今回は紫に近いグレーのベストスーツ。同系色でまとめられていて
とってもお似合いだった。
舞台は何の装飾もなく、客席の方から見て左からキーボード、ピアノ、ギターが置いてあるだけ。
「あらら、全然お金が掛かって無いわね」なのである。(爆笑)
で、キーボード、マリンバはJEAN SCHULTEIS、ギター、バンドネオンなどを HERVÉ BRAULTが
務めた。2人共、何年も前からジュリアンのコンサートには欠かせないブレーンのミュージシャンだ。
音もけっしてスカスカにならず、タイトな演奏で安心して聴けた。
さて、コンサートの中味ですが、特に目新しい曲があったわけでもなかったけれど、ジュリアンが
敬愛するアーティストの曲が時々織り込まれ、(大体は私の知ってる曲だったし)アコースティック
主体の演奏がとっても新鮮だった。
「La Carifornie」では聴衆に口笛を吹かせたり、「ROMINA」の間奏では、ジュリアンの使っている
グランドピアノの上に子供用のおもちゃのピアノが置かれ、それを弾いたりと簡素でも全く飽きることも
散漫になることも無くて、ジュリアンの歌がじっくり聴けた。
特に良かったのがロダ=ジルが作ったスペイン語の歌で、到底何を歌っているのか分からなかった
けれど、大変美しい曲だった。
また、アンコールでJ・ブレルの曲を歌ったが、ジュリアンが舞台中央でスポットライトを浴びて熱唱
する姿に思わず涙した。
最後はお決まりの3曲で聴衆と共に歌って終わった。
全く同じプログラムだったが、3日間とも「来て良かった」と思わせてくれたジュリアンに敬意の想いで
いっぱいだった。 (99年記 完)

17/01/99 シャンゼリゼ劇場楽屋口で


<<コンサート記録と言うよりはミーハーの日記近いものです!?>>
第一部
1. MA PRÉFÉRENCE
2. CARABAT
3. NIAGARA
4. C'EST MON ÉSPOIR
5. FAIS MOI UNE PLACE
6. LA FILLE DE LA VÉRANDA
7. ON PEUT RÊVER
8. LES MENHIRS
9. LES SÉPARÉS
10. LES YEUX REVOLVERS(MARC LAVOINEの曲)
11. TRAVAILER C'EST TROP DUR *
第二部
1. ASSEZ....ASSEZ
以下メドレ〜
2. SI ON CHANTAIT
3. COEUR DE ROCKER
4. MÉLISSA
5. LILI VOULAIT ALLER DANSER
(メドレー終わり)
6. QUAND JE JOUE
7. LE PHARE DES VAGABONDS
8. NOË
9. J’AI EU 30 ANS
10. THIS MELODY
12. ELLE VOULAIT QU'ON L'APPELLE VENISE
13. LAISSONS ENTRER LE SOLEIL
14. ÇA COMMENCE COMME UNE RÊVE D'ENFANT
15. CE N'EST RIEN
16. JALOUX DE TOUT
ひとりで初めてパリの地に立った。 YTTのツシマさん(注;リンクを見てね)に「おいでよ」って言って
戴けなかったら実現しなかったこのコンサート。
22年という歳月を経てやっと実現したジュリアンのコンサートをパリで観るという夢。
おまけにジュリアンの50歳を記念するコンサート。
気持ちが高ぶらないでいられる訳がない!。
ホントはお誕生日当日のコンサートに行って、私もフランスのファンとお祝いしたい気持ちは
あったけれど、仕事が一番忙しい時期に休暇を取ってきてしまったので、どうしても
10月4日のお誕生日当日のコンサートには行かれず、返す返すも残念だったが、それは後に
ライブアルバム「LE 4 OCTOBRE」で気持ちを少し補えたから・・・・・・。
独りで言葉の不安なパリに来るのは無謀だったけど、海外でのコンサート初体験の私は
独りでコンサートに行くのはもっと不安である。
7日のコンサートはチケットを取っていただいたツシマさんに無理を言って同行をお願いした。
夜も更けた20:30のパレ・デ・スポールは人、人、人。 円に近いプラネタリウムの様な形の
ドームの中にはいるとコロシアムのような形状でステージが下に見える。
”スポール”と言う位なのだから普段はこのステージがボクシングのリングなどになって
いるんだなぁ〜。と、感心していた。 ただし、客席の床は木製だ。 木製の床なんて、
東京では古い学校か世田谷線(玉電)に残っている位のモノである。
後で調べたら、この会場は70年代に建てられた建築物である。
さて、私とツシマさんの周りはおじさん、おばさんばかり。。。 まぁジュリアンが50歳ならば
それも頷けるけど、中には高校生ぐらいの若いカップルや両親に連れられた小さな子供もいた。
かなり世代が広範囲に渉るのを見て、改めてジュリアンの人気に驚いた。
また、夫婦、家族単位でコンサートに来ているのは日本とだいぶ違う点でしょう。
開演予定の20:30を大分廻ったが、なかなか客電が消えない。 じれた聴衆は足踏みと共に
「ジュリアン、ジュリアン」と、コールを始める。
す、すごい! 木製の床は地響きとなって会場全体に広がる。
そして観衆の大歓声の中、ジュリアンが登場した。
1曲目は「私のお気に入り」。 いつもはアンコールに持ってくる曲だ。
数10メートルしか離れていないところで私のジュリアンが歌っている。
もうそれだけで涙が出るのを怺えきれない。
と同時に、「おじさんになっちゃったなぁ〜」との気持ちが交錯する。
CDのジャケット写真を見る都度、髪がだんだん短くなっていたのだけは判っていたけど、
私のジュリアンは1975年からずっと同じチリチリの長髪の、笑うといたずら小僧のようになる
あのジュリアン・クレールだったから・・・・・・・
この日の衣装は先ず(第1部)紫のシャツにシルクっぽい光沢のあるグレーのスーツで現れた。
(何かの病気ではないかと心配になるほど)痩せていて、何でも似合いそうだけど、
どうもあの配色は気に入らない。私のセンスの方がジュリアンより劣っていることは
確かだしなぁ〜などと色々な事を考えている内に、”げす・すたー”とジュリアンが言ってる。
どうやらゲストが現れるらしい。
で、歓声の中で現れたのがMARC LAVOINEだった。 私は彼のことを全然知らなかったが、
WEB上にファンサイトがある位なのだから、なかなかの人気スターなのだろう。
で、彼の持ち歌をジュリアンとデュエットしたあと、さらに持ち歌を2曲披露して、
トラディショナルソングの「働くことは辛いけど」でジュリアンが再び登場してデュエットした。
ステージ上はコーラスのお姉さんを含めて12〜3人の演奏者がいただろうか。
打楽器に配されてるミュージシャンが多かった。
10分ほどの休憩の後、第2部へ。
”ソフィー・マルソーのおっぱい”と歌って物議を醸した「ASSEZ...ASSEZ...」から
いきなり始まり、メドレーで往年のヒット曲オンパレードだ。
第2部では白のシャツに皮の上下に着替えていた。やっと私の好きなスタイルの
ジュリアンである。
1部では大人しかった?聴衆ー特に若い女の子達ーがステージ下に陣取って、2重3重の
人の輪が出来ていた。私もステージ下へ行きたかったが、さすがに控えた(笑)
「50歳の記念コンサートだからヒット曲は全部やるだろうね」とツシマさんが言っていた通り、
フランスでシングルカットされた曲はほぼ網羅されてたようだ。そしてビックリしたことに
「LAISSONS ENTRER LE SOLEIL」が始まった。そう、ミュージカル「ヘアー」のあの曲だ。
聴衆はジュリアンと共に”レッ〜ソ、レッソ”と歌っている(それも大きな声で)。
歌が終わると共に大歓声。 そしてジュリアンはバックのメンバーをひとりづつ紹介していく。
いよいよコンサートも大詰めだ。バックのメンバーがステージ前方に並び、始まったのが
私がコンサートで最も聴いてみたい曲の1つだった「ÇA COMMENCE COMME UNE RÊVE
D'ENFANT」だ。再び涙が出てくる。ピアノの伴奏にジュリアンのソロが乗り、
バックメンバーが混声4重唱のコーラスを付けていく。最高の演出だ。
またまた聴衆は大歓声。アンコールを求めている。そして「CE N'EST RIEN」がはじまり
客席も熱気に包まれる。最後はこのところの通例となった「嫉妬」で聴衆も大合唱の中で
約2時間のコンサートが終わった。
9日はひとりでパレ・デ・スポールで聴いたが、その時は第2部のメドレー後に聴衆が
ジュリアンに”BON ANNIVERSAIRE"(ハッピーバースデー)を歌ってお祝いするという
微笑ましい一幕もあり、聴衆とステージが一体となった素晴らしい夜を体験できた。
(97年記 完)
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第一部
1. LE DIRECTEUR DU GRAND HOTEL
2. LUNE LUNE
3. CA FAIT PLEURER LE BON DIEU
4. LE PIANO ELEPHANT
5. LE PATINEUR
6. CRIS, TAMBOURS ET MASQUES DE GUERRE
7. JE SAIS QUE C'EST ELLE
8. BATEAU PRESSE, CAPITAINE PAS BON
9. JOUEZ VIOLONS, SONNEZ CRECELLES
10. LA PETITE SORCIERE MALADE
11. LA CARIFORNIA
12. ADIEU ,LA FLEUR DE MADLAS(不詳)
13. COMMUE HEIR (ジョルジュ・ブラッサンスの曲)
14. MON CARAMADE (レオ・フェレの曲)
15. DONNEZ-MOI LA MAIN MADEMOISELL (モーリス・シュヴァリエの曲)
第二部
1. C'EST UNE ANDALOUSE
2. LE COEUR VOLCAN
3. LA FILLE DE LA VÉRANDA
4. ELL A AU FOND DES YEUX
5. NIAGARA
6. SANS TOI
7. SI ON CHANTAIT
8. DANSE S'Y
9. YANN ET LES DAUPHINS
10. CE N'EST RIEN
11. 4 HOURES DU MATIN
12. POISSONS MORTS
13. LES MENHIRS
ジュリアンの74年の公演に続く2度目の来日。その最終日に行った。
前から15列目の中央。前列にはフランス人ご夫婦が座っていた。
先ず、通訳の田中さんが登場。中学生のガキっ子だった私はそれまで
コンサートなんて片手の指も余る程しか行って無いし、周りは大人ばかりで、
かなりの緊張をしたのを憶えているが、その前に友人に無理矢理連れて行かされた
ルネ・シマール(知ってる人いますか?)のコンサートでも司会兼通訳を(故)土居まさるが
やっていたので, ”外人”のコンサートは通訳がいるのだなぁ〜と、漠然と思っていたが、
その認識は後々誤りと気付きました。
通訳(司会?)が入ると、コンサートの流れが遮られてしまうけれど、でも、フランス語を
知らなかったので, 曲の解説をしてもらったのは ー特にブラッサンスやフェレの曲はー
後々良かったと思うことにしている。
で、1曲目の「グランド・ホテルの支配人」で幕が開き、バックに6人の演奏者を配し、
ジュリアン登場。
「きゃー!!」と、女性の黄色い歓声が上がる。(笑) でも殆どのお客さんは皆静かに
聴き入っているようだった。
ステージは色とりどりの風船が飾ってあったが、それだけ。 結構シンプルだった。
ジュリアンはと言うと、パフスリーブのコットンシャツを2枚重ね着した上に手首と首に
スカーフ、下はジーンズと言うこれまたサッパリしたスタイル。 後で聞いたが、
有名デザイナーのデザインのものだったらしい。。。。
来日直前に新しいアルバムが出た(「フランス我が大地」)ばかりだったので、選曲も
そのアルバムからが多かったが, このアルバムが大いに気に入っていた私は、
それまでのライブレコードで聴けない新曲に大興奮していた。
3曲目「神様がお泣きになるから」では、冒頭に聴衆から手拍子をとって貰ってリズミカルに
ロック歌手のように歌っていたのが印象に残っている。
ライブと言うこともあってかなりリズミカルな曲が多かったが、「僕のピアノは象」や「夜の太陽」、
「病気にかかった小さな魔女」など、しっとりと聴かせるところもきっちりポイントを押さえていた。
そして第1部の後半ではジュリアンの尊敬する歌手達の歌が披露された。
特にシュヴァリエの曲はジュリアンが自分でピアノを弾いて歌ったのだが、このコンサートの中でも
かなり強烈に私の心を打った曲の1つだった。 ロック調の曲も大好きだが、こういうグランド
シャンソンを思い入れたっぷりに歌うジュリアンに、さらに参ってしまった。
10分程の休憩を挟んで第2部が始まる。
第2部も「フランス我が大地」からのアップテンポの「アンダルシアの女」で幕が開き、続けて
「愛の旋律」へ。
「愛の旋律」はアルバムに入っていなくて日本では余り馴染みが無い曲だが、バンドネオンが
とても印象的でその後の私のベストチューンの1曲に加わる事になる。多分この頃から
ジュリアンはピアソラの影響を受けていたのだろう。
あっという間にコンサートは進行し「ヘィ! ニアガラ」が始まった。しかし、最初の数小節を
歌い出したところでジュリアンが急に歌を止め、”通訳の田中さんをみんなで呼んで!”と
客席に向かって言い、田中さんが現れ事態を説明すると、どうやらアンプの具合が悪くてギターと
ベースの音が出ないので、直す間ちょっと待って下さいとのことらしい。
ホールにちょっとしらけた雰囲気が漂おうとしたその時に、「ごめんなさい、日本のジョークは
解らないんです」とジュリアンが英語で言ったので会場がドッと沸いた。
アンプも直り、気を取り直して(?)再び「ヘィ! ニアガラ」無事に歌いきった。
そして”SI ON CHANTAIT!!”。 歌が始まると何とジュリアンは日本語で ♪ トカイガ、ボクラノ、
ジンセイヲ ウバウヨ〜♪ と、歌い出した。「都会のマリー」と改題されて日本語で歌ったこの曲は
シングルが出ていたので、日本の聴衆へのサーヴィスだったのだが、カンニングペーパーを見て
歌うのに嫌気がさしたのか、途中からはフランス語に戻して歌い終わった。
コンサートも佳境に入り、最後は「ス ネ リアン!」
惜しみない拍手がホールを包み、ジュリアンはアンコールに応えて3曲を歌う。
後にファンクラブの方から教えてもらったが、最終日のこの日は「死んだ魚達」の分、
1曲多かったそうだ。
最後は「メンヒル(遺石)」をジュリアンが自分のピアノだけで歌い,とても雰囲気のある終わり方だった。
私は非常に幸福感に包まれて新宿厚生年金を後にした。
また、事後談だが、日本に来てすっかり風邪を引いてしまったジュリアンのこの日は絶不調の
体調だったそうだ。しかし、コンサート前の取材を全て断って臨んだこの日は、私だけでなく
一緒に行った2人の友をも虜にするほどの素晴らしい歌とステージングだった。
(75年記 完)
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