JULEINの生まれた街
Bourg La Reineを訪ねました
(+ モンマルトル墓地へ、ロダ=ジルのお墓参り!?)
イル・ド・フランス、オー・ド・セーヌ県(Hauts-de-Seine) Bourg La Reine
パリからRER-B2線に乗って南へ20〜30分のところにあります。
パリのベッドタウンという所でしょうか、高級住宅街です。 門から玄関まで結構な距離を要する
家ばかりが建ち並んでいます。
この街からは数学者エヴァリスト・ガロワ、鉄筋コンクリート生みの親?フランソワ・エンヌビック(家が
Lycee Lakanalの前にありました。)など、著名人も多く輩出しているようです。
この日は時折雪混じりの風が吹く、とっても寒い日でした。
駅を降りて、地図を頼りに歩いたけど、それらしいものが見つからず。 一旦駅に戻り、降りた方と反対側の口へ。
東京の某駅の北口と南口のように、降りる口で雲泥の差がある街です。 反対側には近代的な街が広がっていました。
あまりの寒さに、朝食を摂らずに出て来てしまったよしのさんと私は、先ずは駅そばのcafeで腹ごしらえすることにしました。
「Le Bergerac」という名の田舎町のcafeそのものの趣きあるお店でした。ショコラ・ショーを頼みました。

一杯3.20ユーロ。
大きなカップ。これ一杯でお腹も一杯。
地図でラカナ−ル高校への道順を確認して、再出発です。

駅付近の風景
なだらかな登り坂の口

この右手の並木道がずっ〜とソ−公園まで続いています。
坂を登って5,6分でしょうか、ラカナ−ル高校通りの看板を見つけました。
ああ、もうすぐ高校だ、と、思ったら、目の前のレンガ造りの建物が入り口でした。
東京生まれで東京育ちの私は、他の地域の学校を知りませんが、こんなに大きな学校は見たことがありません。
入り口から遥か遠くにしか校舎がみえないんです。

時計台?
写真は撮れませんでしたが、この反対側には校舎が延々と続いて建っていました。
全長300m位はゆうにありました。(廊下の掃除は大変だろうなぁ。。。)
地震がない国だから、こんなに長い校舎が建てられるんだぁ〜、と。 それにしても大きな学校です。
これも後でわかったことですが、敷地面積は12エイカー・・・1エイカーが約4046.8u、1200坪だから、48.562u、
14.400坪!?と、いうことになります。
よしのさんと私は「すごい、すごいね〜!」を連発!!

ラカナ−ル高校のHPから拝借。
ラカナ−ル高校の裏手の隣に、ジュリアンの歌にも歌われているソー公園がありました。
Parc de Seauは帰って来て調べたら、ヴェルサイユ宮殿をはじめとして、幾何学的で、極めて美しい庭園をいくつも設計
しているル・ノートルが設計したとのこと。 道理で、印象が”ヴェルサイユちっく”だと思ったはずでした。
(仏語の先生には「とても有名な公園よ」と、言われました。)

シャトー 今は美術館になっています。
駐車場も大きいし、広い。
この写真左手もずっと下り坂で住宅街が続きます。少し坂を降りるて行くと、芝生が広がる
別の入り口がありました。

代々木公園のような感じ?
数人のランニングしてる人に出会いましたが、時は金曜日の11時頃。”この人達、仕事は?”って
思ったのは、単に私が貧乏性だからでしょうか???
余りにも広大なので、「シャトーのほうへ戻りましょう」と、公園の中を歩いて戻りました。
すると。。。

(左の写真は3倍ズームを使って撮影しています)
美術館の裏手にはまたもや広大な庭園が。 ガスっていたので、全容が判り難いかと思いますが、ヴェルサイユ調の
庭園が広がっていました。 あの端まで何キロあるのでしょう。 また、よしのさんと私は「すごい、すごい」を連発(笑)
しかし、さすがにこの場所から降りていくことはためらわれました。 もう、ここまでで2、3キロは歩いていたはずです。

お天気が良いと、こんな感じですか。
ラカナ−ル高校のずっとずっと続く校舎を左手に、駅まで戻りました。
時刻はもうお昼。 さすがに歩き疲れ、パリに戻ってからお昼にしようかとも思いましたが、朝からショコラ一杯で
歩いていたのと、せっかくブール・ラ・レーヌまで来たのだから?と、ここで昼食をとることにしました。 丁度目の前に
HIPPOPOTAMUSがあって、フランスのファミレス初体験をすることにしました。
「イッポ」の愛称で呼ばれるファミレスは昨今のフランス人達の食生活に悪影響だと言われて、MAC等と共にすっかり
悪役にまわっているようですが、見ていると後から後から人が入ってきます。 それも親子連れが多かったです。
ステーキハウスだというのに、旅行前の体調不良、肉類は好きでも塊の肉が苦手な私はSalade poulet ”Tandoori”を
よしのさんはCotes D'agneau grilleesを注文しました。 どんなものを食べたのかご覧になりたい方は、イッポのメニュー
http://www.hippopotamus.fr/menu/pdf/plats.pdf (PDFファイルです)を覗いて見て下さい。
最後に、参考までにリンクをあげておきましょう。
ブール・ラ・レーヌのHP:
http://www.bourg-la-reine.fr/index.php?pge=1
ラカナ−ル高校のHP:
http://www.ac-versailles.fr/etabliss/lyc%2Dlakanal%2Dsceaux/
ソー公園のHP:
http://parc-de-sceaux.9online.fr/
行ってみて思ったことは、もっと田舎の佇まいがするのかと思っていたら、とても高級な住宅街で、ジュリアンが通っていた高校も
「こんなに伸び伸びと勉学にいそしめる環境で育って、羨ましい」って感じです。 この環境が彼の音楽に影響していることの雰囲気
だけでも味わえて良かったと思います。
ただ、もっと事前準備をして行けば良かったです。 何せ地図1枚を頼りに歩いたので、ロスも多かったです。 でも、思わぬものを
沢山見れたし、パリだけではない「近郊」の人々の暮らし振りを肌で感じました。
ブール・ラ・レーヌへ行った記念とは言えないですが、今回の旅でどうしても手に入れたかったものを、駅前の文房具兼CDショップ兼
本屋さんで見つけました。 ↓

フランスの子供御用達のフランス国型定規!
これも死ぬまで大事にしたいアイテムになりました。
<<ロダ=ジルの軌跡を訪ねて>>
2月4日(土) 前日にジュリアンに会えた喜びを噛み締めながら、この日はよしのさんとロダ=ジルの軌跡を
訪ねる1日にしました。
朝9時半にホテルを出て、先ずはカルチェ・ラタン、ソルボンヌ大学の脇にあるカフェ『L'ECRITOIRE』 へ。
ここはジュリアンとロダ=ジルが初めて出会った場所です。
住所は 3 place de la Sorbonne 75005 PARIS
メトロは10号線のSt-Michelleで降りて、なだらかな坂を暫く上がっていくと、チョットしたほんとに小さい
広場みたいなのがあって、そこはソルボンヌ大学の校舎への出入り口を取り囲むように何軒かのカフェや
レストランがある一画になっています。 中は昔からのいかにもカフェという感じ。入り口付近に2〜3テーブル
あり、2段程上がって、ビニール張りの長椅子とテーブルの組み合わせの席とボックス型の席かあって、更に
お店の奥にカウンター席があるとう、ちょっと細長な作りになっていました。 私達はその2段上がった所の席に
ついたのですが壁がくすんだ?オレンジ色、ランプの笠もオレンジ色でシートは黒。ちょっと落ち着かない内装
でしたが、綺麗だったので、ロダ=ジルがここでギャルソンをしていた頃以降に何度も改装しているのだろうな〜と、
思いました。
まずは腹ごしらえ・・・ということで、朝食セットが確か8ユーロでした.。
記憶が薄れてしまってるので内容は怪しいのですが、バケットとロールパンみたいなのに、オレンジジュースと
ショコラ・ショー・・・だったと思います。 滞在してたホテルの朝食がオレンジジュース無しで6ユーロだったのを
考えると、ちょっと高いかもしれませんが、パンの美味しさは段違いだったし、ショコラ・ショーが冷えきった内蔵に
染み入るような感じでした。
ランチもデイネもとれますので、今度はちゃんとした食事をとりに行きたいと思いました。

出入り口付近 ボックス席。 画面では見えないですが左側の席に座りました

しっかり、記念撮影!
学生街のカルチエラタンやモンパルナス界隈を散策して(といっても、fnacでCDや本を買い漁って)、軽く
昼食をとったあと、ロダ=ジルが眠るモンパルナス墓地へ向かいました。
このボードにも来て下さるネージュさんと待ち合わせたのがこの墓地の入り口。 待ち合わせまでに時間が
あったので、早速ロダ=ジルのお墓を探したのですが・・・まだ新しいお墓のせいか、エントランスに立って
いた地図(建て看板式)には載っていませんでした。 さぁ、困った!しかし、土曜日の午後ということもあって
案内所には誰も居なくて、墓地内をブラブラ宛てなく歩き回っただけでした。