ボブ・ディランーBrotherたちと見た「生きた伝説」(2)

     
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2001年2月25日大宮ソニック・シティ公演演奏曲目

1.Roving Gambler11.Drifter’s Escape
2.Times They Are A-Changing12.Leopard-Slcm Pill-Box Hat
3.Desolation Row13.Love Sick
4.Don’t Think Twice14.Like A Rolling Stone(以下、アンコール)
5.Tangled Up In Blue15.If Dogs Run Free
6.This World Can’t Stand16.All Along The Watchtower
7.Country Pie17.It Ain't Me, Babe
8.Positively 4th Street18.Highway 61 Revisited
9.Maggie’s Farm19.Blowin' In The Wind
10.Just Like A Woman
     
メンバーボブ・ディラン(vo,g,har)
ラリー・キャンベル(bvo,g,steel・g)
トニー・ガーニアー(b)
チャーリー・セクストン(g,bvo)
デヴィッド・ケンパー(d)

我が道を行く
  1曲目はRoving Gambler。演奏はアコースティック・セットで、ベーシストはウッド・ベースを使用、ただし「アコースティック」といってもフォークではなく、カントリー・タッチの演奏。ドラマーがカウボーイ・ハットを被っているのも印象的だ。 ギタリストは2人。「今回のギタリストはチャーリー・セクストンらしい」という情報を事前に弦さんにいただいていた。どっちがチャーリー? 一目瞭然、ディランの右側のギタリストだ。全然変わらないなあ。ディランの歌声は90年代以降のアルバムや、デビュー30周年のトリビュート・コンサート(1992年)でもお馴染みのガラガラ声。60年代、70年代以上にアクの強さと貫禄を増した例の歌声である。 2曲目は知らない曲だなあ、と思ってよく聴いていると、for the times they are a-changin'というフレーズが!! おお、これは「時代は変わる」ではないか! そのことに気がついたのは何と、2コーラス目を歌い終わったところだった(笑)。何ともお恥ずかしい、間抜けな話です。だけど、それほどまでにアレンジが変わり、歌い回しも変わっているということ。 「これが噂の『我が道を行く』ディランのライブか」。はじめて実感した。だけど、もっと恥ずかしいのは次のDesolation Row。この曲に至ってはライブから帰宅して、ネット上でセット・リストを見るまで歌われていることに気がつかなかった。何たることだ!!

  だけど、それじゃあ私がこの辺の曲を聴いて楽しんでいなかったのかというと、全然そんなことはない。この間、私は別の感慨に浸っていた。あの声、あの姿は、あのビデオ、あの映像、あのCDで見た、聴いた姿、声と全く一緒だ。「ニューポート・フォーク・フェスティバル」でフォーク・ファンを前にエレキ・ギターを抱えて登場、「フォークの神様」という最高の賛辞をかなぐり捨て、 ブーイングの嵐を受けつつも前に進むことを選び、時代を変えたカリスマ、私にとっての「最高のアイドル」であるジョン・レノンが本気で憧れた男、目の前にいるのは紛れもない、あの伝説を作った男だ。アコースティック・ギターのネックを右斜め下に構えてギターを弾く姿、激しくギターを弾く時に軽く首を振る仕草、まさに間違いなくあの男だ。最初の3曲を聴いている間、私の頭を過ぎっていたのはそのことだけだった。だから、「時代は変わる」に2コーラス目まで気がつかなかったり、 Desolation Rowに全く気がつかなかったりしたのは、アレンジや歌い回しが全然違うからというのもあるけど、そのことで胸がいっぱいだったことの方が大きいのかもしれない。ちなみに、2階席は1曲目から総立ちだったらしいけど、私たちを含む1階席は座ったまま。「1階席は乗りが悪かった」なんて声も出てきそうだけど、音楽の楽しみ方、ライブの楽しみ方って、声を張り上げたり、立ち上がったりすることばかりじゃないでしょ。「感慨に浸る」、「アーティストの歌声や音楽の世界に浸る」、 私に言わせればそういう楽しみ方だってあるはず。まあ「楽しみ方は人それぞれ」ってとこかな。


Just Like A Woman
 アコースティック・セットは6曲目のThis World Can’t Standまで。以降はディランを含む3人のギタリストがエレキ・ギターに、ベーシストもエレキ・ベースに持ち替えてのロック色の濃い演奏が続く。この辺の演奏は、私がどのアルバムで聴いた、どのビデオで見たディランよりも「ロック」していた。やっぱりこの人は「フォークの神様」なんかじゃない。 「最高のロックン・ローラー」だ。2人のギタリストとも素晴らしいテクニックを持っているけど、その2人の中に時々切れ込んでいくディラン自身のギターもなかなか。「テクニックよりフィーリング」なギタリストといったところか。ギタリストとしてのディランを評価する人って少ないけど、私は最高に素晴らしいと思う。テクニックじゃあ2人に負けてるかもしれないけど、 私はディランのギターがいちばん好きだな。また、ギター・ソロを弾くラリー・キャンベルの方に体を傾けたり、視線を送ったりする彼の仕草は、今までお目にかかったことのない光景で、ちょっと意外だった。

  ステージは進み、ラリーがスティール・ギターの前に座り、ソロが展開される。聴き慣れないフレーズが段々聴き覚えのあるフレーズへと変わり、ディランが歌い出す。nobody feels any pain。見る見る私の視界が霞んでいく。霞んだのは他でもない、涙が一杯溜まっていたから。「低い☆TAKEのディラン認知度」のところで述べた通り、私がディランのCDを購入したいと思ったのは、 「バングラデッシュ」のコンサートで彼がこの曲を歌っている姿を見たことがきっかけ。まさに私にとって「ディランとの出会いの曲」であり、今でも一番思い入れの強い曲。気紛れにセット・リストを変えるディラン、ひょっとすると明日以降、この曲は登場しないかもしれない。この曲を生で聴けたのは偶然かもしれない。その偶然が自分に訪れた。これが感動せずにはいられようか。 思わずワンコーラス歌い終わる毎に拍手を繰り返した私。そんな私の方を見る左隣のYutakaさん。目に光っているものを隠すために思わず下を向いてしまった。例によって全く違う歌い回しで歌われているけど、「バングラデッシュ」のバージョンもオリジナル・テイクと全然歌い回しが違っていたので違和感はなかった。反面、その前のPositively 4th StreetとMaggie’s Farmには またしても全く気がつかなかったんだから、本当に間抜けだ(笑)。


Like A Rollin' Stone
  しかし、よく考えるとまだ一度もディランはハーモニカを吹いてない。で、そのハーモニカがようやく登場したのがDrifter’s Escape。しかし音が出てないのか、機材の不備で聞こえないだけなのか定かじゃないけど、その音色が観客の耳に届くことはなかった。それだけが心残りかな。だけど、吹いている時の姿が奇妙で、ギターを顔の前や真横に抱え上げたような姿勢。いつものディランじゃない。そういえば今日は、不自然に腰や足を振るという変な仕草もよく見せる。ほとんど「田舎のプレスリー」状態(笑)。 その姿は確かに変だし、いつものディランじゃないんだけど、それほどディラン自身が乗りまくってて機嫌がよいという証拠なのかも。 続くLeopard-Slcm Pill-Box Hatが終わると、ディランをはじめ全員が楽器を置き、 ステージに横並び。頭を下げるでもない、Thank you, Goodnightもない。ただボーッと立っている。何なんだこれは。「終わり」って意味なのは分かったけどこれは奇妙な光景。拍手の中しばらく客席を睨み付けるかのように立ち尽くした後(Yutakaさん曰く「観客が座りっぱなしだったから怒ったのかと思った」とか)、ステージから下がっていった。ここでようやく1階席も立ち上がりはじめる。私たち4人も前につられてここではじめて立つ。4人の中で真っ先に立ち上がったのは私だったっと思う。しかしもう「本編終わり→アンコール」なのか? 前の来日公演も1ステージ1時間半前後だったと聞いてたけど、 今回も短いなあ。

  そんな余計なことを考えつつアンコールの拍手を贈っていた私。ディランとサポート・メンバーが再びステージに登場し、演奏再開。アンコールの2曲目、チャーリーが聴き覚えのあるフレーズを奏でる。今は亡きマイク・ブルームフィールドが弾いていたあのフレーズ、そう、Like A Rollin' Stoneだ! 「マニアックな曲しかやらない」、私の勝手な予想を裏切る選曲に心底驚いた。歌い回しは全然違うし、原曲の面影はない。でも、そんなことは関係ない。 保守的なフォーク・ファンのブーイングの中、涙を流して歌ったこともある(この話は本当なのか?)という伝説の名曲、文句などあろうはずがない。伝説の男自身が歌う伝説の曲、しかも生で聴くこともなかろうと思っていた曲を聴いている、それだけで大満足だった。


It Ain't Me, Babe
  超有名曲が登場して、盛り上がりも頂点に達したところでライブ終了と思いきや、アンコールはなおも続く。ラリーの激しいスティール・ギターをフューチャーしたAll Along The Watchtowerで再び盛り上がりはピークを迎え、今度こそ終わりかと思ったら・・・。ここで登場したのがIt Ain't Me, Babe。私がJust Like A Womanの次に好きなディランのナンバーがこれ。 「フォークの神様」として奉られることに対する戸惑いを歌った曲との説もあるけど、私はもっとストレートなラブ・ソングだと思っている。好きな女性に「俺はお前にはふさわしくない男だ。幸せになりたきゃ他の男を探せよ」と呼びかけた、彼自身の不器用な優しさの表われた曲、私はそう解釈している。事実、「優しいじゃないか」の声も客席から飛んでいたし。私も似たような体験をしたことがあるせいか、 この曲には変に共感してしまうのである。Just Like A Womanに続き、この曲までをも生で聴いている、そのことを思った時、本当に気が遠くなりそうな感覚を味わった。この2曲を揃って聴ける日は、全公演を通じてこの日だけかもしれないんだから・・・。

  続いてHighway 61 Revisitedが登場。ディランの全ナンバー中、最高のR&Rナンバー。3人のギター・ソロが炸裂するが、ここでもチャーリーの弾くフレーズはマイク・ブルームフィールド(Tombstone Bluesでの彼のソロに似たフレーズ登場)を思わせるものがあり、「マイクが乗り移っているのでは?」と思ったほどである。おいおい、アンコールで何曲やるんだ、しかもここまで我々を熱狂させて・・・。 そしてなんと「風に吹かれて」までもが登場。「有名曲はほとんど聴けない」なんて予想を立てていた自分が馬鹿らしく思えた。この人がこんな、代表曲を惜しげもなく歌いまくるライブをやるなんて! いやはや信じられない。

  そんなことを考えている間に演奏は終わっていた。割れんばかりの拍手と歓声の中、再び楽器を置き、頭を下げるでもなく、観客を睨み付けるようにボーッと突っ立っているディラン。だけど今度はThank you, Goodnightといったようなこと(よく覚えてない)を言い、少しだけ笑顔も見せた。さらにここで興奮したお馬鹿な観客がステージに上がり、握手を求めるハプニング。これに対しても軽く手を上げて応えるディラン。 おいおい、誰が「気難しくって無愛想な人」なんて言ったんだ? 言葉を発したのは他には2曲目終了後のThank youと、Drifter’s Escapeの後のメンバー紹介だけだったけど表情はやたら穏やかで、機嫌がよさそうに見えた。結局頭を下げることもなく引っ込んでいく。逆にカッコイイぞ。そんなことを思っているうちに客電がつき、私を含む4名は倒れ込むように席に座った。 そんな中、例によってバンド・アンサンブルとかテクニック面の分析をはじめるYutakaさんとSUGAさん。「分かんねー(笑)」と突っ込む私。そこでひとこと。「姿を拝みにライブに来ちゃあいけない。ライブは楽しむもんだ」。誰に言うでもなくそうつぶやいた私。私は「姿を拝みに行きます」と自分のボードに書いたわけで、その自分の言葉を否定したくて吐いたひとことだった。でも、当然周りの3人は何を言ってるのか分からなかったんだろう、 「???」な状態(笑)。私は小声でつぶやいたつもりだったけど、どうも気がついたら結構大きな声を出していたよう。いやはや、お恥ずかしい(笑)。慌てて釈明と説明をする羽目になった。


その後・・・
  例によって通路が狭く、グルリと回り込まなければ外に出られないこともあり、外に出るのに苦労した。なんで俺がごみ箱に体をくっつけて歩いたり、女子トイレの入り口スレスレのところを歩いたりしなければいけないんだ!(笑) 外はやはり寒い。YutakaさんとSUGAさんが「最終の新幹線で帰る」ということだったので大宮駅へと急いだ。しかしその間、みんな余韻に浸っているのか、誰も口を開こうとしなかったのが印象的だった。 事実私も口を開く気にはなれなかった。前をカップルが腕を組んで歩いている。しかも、ふたりとも首にマフラーを巻いて・・・。それを見てTHE FREEWHEELIN' BOB DYLANのジャケットのディランを思い出してしまった。普段なら目に入らない光景だけど、変に印象に残ってしまった。彼らはライブを見た帰りだったんだろうか? きっとそうに違いない。

  駅のコーヒー・ショップでほんの10分ほど軽く感想を述べ合った後、大宮駅の改札の前で3人と別れた。「本当にありがとうございました」。私は確かにそう言ったが、面と向かっての改まった挨拶が苦手なので、上手く言葉にならなかった。今思うと大変失礼だったかも。また、3人は私に向かって手を振っていたけど、私はこれも苦手。 というか、照れくさくって「手を振る」ってことができないんです。実は子供の頃からできなかった。軽く右手を上げて(手を振られた時にこうして応えるのが昔からの癖、俺は田中角栄か:笑)頭を下げ、振り返ると、そのまま足早に乗り場へと急いでいた。その時思った。私は「照れ屋」であるが故に子供の頃からいつもこうだった。 そのせいで「無愛想」というレッテルを貼られることが多く、誤解を受けることも多々あった。特に女性からは「冷たい」のなんのと。ひょっとすると、ディランも私と同じような「誤解を受けやすい人」なんじゃなかろうか。あの「無愛想」に見える仕草、表情は、私同様の「照れ屋」故のものなのではないのか。そう思うと、私はこれまで一度も感じたことのなかった親近感をディランに抱いた。 そんな想いを胸に、日曜の9時前ということで静かで、しかも寒い大宮駅のコンコースを1人足早に歩いていた。


死ぬまで現役
ということで、ちょっとだけ冷静なライブ評を。ディランは1988年以降Never Ending Tourと冠したツアーを延々と続けている。「無謀だ」という声もある。確かに、今回の来日スケジュールもあまりにもハードなものであり、今年で60歳を迎えるアーティストのツアーとは思えないほどである。だけど、これは勝手な私見だけど、彼は「伝説になるくらいなら、現役のまま死にたい」という強い衝動に駆られ、 こんなハードで、いつ終わるともしれないツアーを続けているのではなかろうか。

  みなさんは彼の「デビュー30周年トリビュート・ライブ」(92年)のビデオを見たことがあるだろうか。このライブが行われた当初、雑誌では賛否両論巻き起こった。否定的な意見を述べていた人たちの大半の主張がこうだった。「生きたまま彼を伝説にしてしまうのか」、「まだ現役なのに伝説扱いされることは、彼の本意ではないはず」。だけど私は、決して彼はあのライブを「嫌がっていた」とは思っていない。 「いつもにも増して不機嫌に見えた」という意見もあるけど、それは「いつもにも増して照れていた」の間違いだと思う。照れくさくってしょうがない、それがあの「不機嫌そう」な表情の理由だったと思う。とはいえ、一方で戸惑いや恐れもあったはず。「このまま伝説にはなりたくない」。その想いがNever Ending Tourに駆り立てている、私にはそう思えてならない。もっと言えば、「死ぬまでツアーを続け、ステージの上で死ねれば本望だ」。 そこまで考えているのではないか。いわば、戦前のブルースマンやフォーク・シンガーが、自分の死に場所を求めて連日ストリートなどで演奏しつつ、放浪の旅を続けていたのと同じような感覚。「生きたまま伝説になってしまった男」が選んだ道、それが「死ぬまで現役=死ぬまでツアーを続けること」なのではないだろうか。Never Ending Tourがはじまったのは1988年だったので、必ずしも辻褄が合わない部分もあるし、ディランにものすごく詳しいわけじゃない私の勝手な読みなんだけど、今回のツアーを見て強くそのことを感じた。

  また「有名曲も歌い回しを変えて歌う」のは、彼が自分の曲を「昔懐かしい歌」でも、「お約束の歌」でもなく、「今現在の俺の歌」として歌っているからだろう。ある意味、彼ほど自分の作品を大事にしている人はいないんじゃなかろうか。「音楽は大量消費の商品じゃない、俺の表現手段だ」。歌い回しを崩して歌う彼は、そう主張しているように思える。 また「俺は『伝説』じゃないんだ、現役なんだ」という想いが、「今現在の表現方法=歌い回し」でかつての曲を歌うということにも繋がっているのではなかろうか。ちなみに、セット・リストは日本公演中、毎日変更。3月6日、リチャード・マニュエルの命日には、ディランとリチャードの共作で、ザ・バンドのMUSIC FROM BIG PINKでリチャードが歌っていたTears Of Rageが登場したとか。この話にはさすがに感動した。

  私の見た「生きた伝説」はやはり凄い男だった。だけど彼は紛れもなく現役であり、「伝説=過去の人」などでもなかった。きっと彼は死ぬまでツアーを続けていくだろう。そしてまた放浪の旅の途中で、日本に流れ着くこともあるだろう。いや、来て欲しい。その時は必ず行くから・・・。

  参考にしたサイトHow To Follow Bob Dylan
西村位津子(何と1976年生まれ!!)さんによる「近年のボブ・ディラン」にスポットを当てたサイト。セット・リスト、サポート・メンバーなど参考にさせていただきました。
  ライブ・レポ弦さん
          SUGAさん
  Special Thanks To:YutakaーYesterday's Paper
               SUGAーMe & The Devil's Music
               弦ーon bass              (敬称略)

                                                                   *:2001年3月15日UP


     
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