THE CONCERT FOR BANGLA DESH

      
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収録曲
1.Bangla Dhun (Ravi Shankar)
2.Wah-Wah (George Harrison)
3.My Sweet Lord (George Harrison)
4.Awaiting On You All (George Harrison)
5.That's The Way God Planned It (Billy Preston)
6.It Don't Come Easy (Ringo Starr)
7.Beware Of Darkness (George Harrison & Leon Russell)
8.While My Guitar Gently Weeps (George Harrison)
9.Jumpin' Jack Flash〜Youngblood (Leon Russell)
10.Here Comes The Sun (George Harrison)
11.A Hard Rain's Gonna Fall [激しい雨が降る] (Bob Dylan)
12.It Takes A Lot To Laugh /
It Takes A Train To Cry
[悲しみは果てしなく] (Bob Dylan)
13.Blowin' In The Wind [風に吹かれて] (Bob Dylan)
14.Just Like A Woman [女の如く] (Bob Dylan)
15.Something (George Harrison)
16.Bangla Desh (George Harrison)
 

 

 

 

      
公開1972年
キャストジョージ・ハリスン
ボブ・ディラン
リンゴ・スター
エリック・クラプトン
レオン・ラッセル
ビリー・プレストン
ラヴィ・シャンカール
クラウス・ヴアマン
ジェシ・エド・デイヴィス
カール・レイドル
ジム・ホーン
ドン・プレストン
バッドフィンガー(ピート・ハム、トム・エヴァンス、ジョーイ・モランド、マイク・ギビンス)
ドン・ニックス
監督ソール・スウィマー
手持ちのVTVAVJ-313(ビデオアーツ)
購入時期1992年


解説
 1971年8月1日ニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンで行われたチャリティ・コンサートの記録映画で、公開は翌1972年。開催のきっかけは、ジョージ・ハリスンがシタールの師匠・ラヴィ・シャンカールに聞いた、バングラ・デッシュの貧困の話に触発されたことだった。ジョージはディラン、クラプトン、レオン・ラッセルの他、ジョン、ポール、リンゴ、さらにはミック・ジャガーらにも参加を呼びかけ、 豪華なメンバーによるライブが実現した。ただし、ジョンは「ヨーコと一緒に出たい」と願ったが、ジョージはジョンだけを指名、これに対して不満を漏らし、出演を辞退。ポールもビートルズ解散後のゴタゴタの最中ということもあって出演せず。また、ミック・ジャガーはビザの関係で会場に到着できず。そうしたアクシデントは起こったものの、当時は長くライブ活動から遠ざかっていたディランの出演が実現、 ライブ自体は大成功を収めている。

  翌1972年になってライブ・アルバムと、この記録映画が登場、こちらも大成功を収めている。1960年代末から70年代初頭にかけて、フリー・コンサートやフェスティバル形式での大掛かりなイベントは開催されていたが、チャリティという形態では、これが成功したはじめてのケースとなった。そんなこともあり、この後多く開催されることになる チャリティ・コンサートの元祖として、今も語り継がれている。


「静かな男」が実現させた奇跡
 1980年代の私は「洋楽音痴」だったとはいえ、世代的には80年代世代。その私にとって1984〜1986年の洋楽シーンを象徴する言葉といえばMTV、そしてチャリティ。バンド・エイドにWe Are The World、ライブ・エイド。「よく分からんけど盛り上がってるな」、 そんなイメージを漠然と持っていた。おかげで洋楽=ロックに目覚めた1987年から、既に「洋楽=ロックにチャリティはつきもの」というイメージが出来上がってしまっていた。まして80年代末になると、「何とかエイド」というイベント名を1年に何度も何度も聞くほどチャリティ乱立状態で、食傷気味にすらなっていた。誰と誰が、何を救うとか、誰が集まったとか、そんな情報を聞いても「ふーん、そうなの」。同時に「果たして音楽にイデオロギーを持ち込むことは、本当によいことなの?」という疑問も芽生えはじめていた。 イベントの趣旨を理解してない、賛同もできないのに、果たして純粋にイベント、音楽を楽しめるのか? 出演アーティストは、どの程度本気なのか、多いに疑問。イベントの派手さと、お題目の矛盾もある。例えば「貧しい人を救う」というけど、金のかかった派手な演出は無駄遣いだろう?とか、Do They Know It's Christmasというけど、クリスマスと何の縁もない宗教が国教になっている国家の人々にとって、そのタイトル、内容に意義が見出せるの? とか。 「反体制の音楽に、博愛的=偽善的チャリティ行為は似合わない」なんて、硬派系ロック・ファン、評論家の声もあるけど、私はそこまでは言わないし、そこまでいうのもまた異常だとは思う。でも、やっぱり「おかしいな」と思えるところも多い。だから私は、チャリティ・イベントに対しては否定的。亡くなる直前のインタビューでジョン・レノンは言った。チャリティは確かに素晴らしいが、純粋な形で成功を収めることは不可能。所詮は理想でしかないんだと。私も同意見だ。

  だけど、この時代の、このイベントにおけるチャリティ精神は純粋だったと思う。ジョージはラヴィ・シャンカールにバングラ・デッシュの話を聞いて、純粋に「救いたい」と願った。他の出演アーティストも同じだっただろう。「カッコつけ」でも、「偽善」でもなかったと思う。とはいえ、その思惑とは逆に、当時アップルを牛耳っていたアラン・クラインが、ライブで得た収益の一部を着服していたことも後に明らかになっている。そのため、開催当初は絶賛されたのに、一転して「黒いイベント」などというバッシングも浴びる結果になってしまった。 さらに、ジョージ所属のアップル(アラン・クライン)と、ディラン所属のCBSの間でも権利関係を巡る駆け引きがあり、 アルバムはCBS(ソニー)から発表、映画はアップル・サイトで制作という変則的な形となり、「複数の大物が集まる」が故の利権上の弊害も生まれている。そのことが後のCD化、ビデオ化を遅らせる結果になったんだから根深い。 つまり、この時代から「チャリティの理想と現実」、「チャリティの矛盾」は確かにあったということになる。とはいえ、アーティスト・レベルに限っていえば、この時代の方が純粋だったことは間違いない。責められるとすれば、そうした矛盾や問題点がこの「元祖チャリティ・イベント」で浮き彫りになったにもかかわらず、誰もそれを改善しようとはせず、むしろ「改悪」されてしまい、ますます「矛盾だらけ」のイベントが多くなってしまったことの方にある。

  とはいえ、それは結果論でしかない。「音楽=ロックによるチャリティ・イベント」という新たな形態を生み出し、それを一般化させたという点で、このイベントと主催者のジョージは純粋に評価されるべきだと思う。世間一般では「ジョージ・ハリスン=目立たないビートル、静かなビートル」。そのジョージによって、この画期的なイベントが実現されたんだから。よく覚えてないけど、バンド・エイドとライブ・エイドの仕掛人ボブ・ゲルドフ、 We Are The Worldを仕掛けたクインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、森林保護運動に熱心なピーター・ガブリエル、スティングなどは、国連から表彰されるとか、ノーベル賞をやろうとか、当時やたら称えらていた(いや、本当に「表彰された、貰った」のかも)。だけど彼らより数段、その道のパイオニア=ジョージの功績の方が大きいはずである。それに「チャリティ精神」もジョージの方がより純粋だったはずである。そのことは忘れたくない。


楽しみ方はいろいろ
 私がこのライブの映像をはじめて見たのは、1992年にビデオが発売され、即購入した時だった。私の世代だと「プリンス・トラスト」など、大物が続々登場するイベントに慣れていたから、リアル・タイムで見た人たちほど 「豪華なメンバーがいっぱい、しかも一緒に演奏している!」という感動は強くなかった。むしろ「プリンス・トラスト」などの方がより、「多種多様なジャンル、世代のアーティストが入り乱れてた」という印象が強いし、それと比較すればこのライブの場合は、「意外な顔合わせ」も少ない。 とはいえ、違った楽しみがいっぱいあった。動くジェシ・エド・デイヴィスやバッドフィンガーのメンバーははじめて見たし、ビートルズ解散後間もないのに、ジョージがビートルズの曲を演奏しているとか、ボブ・ディランとレオン・ラッセルをはじめて本格的に体験したとか。そんな中でこの映像が私にもたらした最大の収穫、 それは「ディランとの出会い」に他ならない。

  その辺の話はこちらにほとんど書いてしまったので参照して下さい。聴かず嫌いして遠ざけてきたディランなのに、この映像で完全に彼の魅力にとりつかれてしまった。もちろん、新たなアーティストに出会った場合、曲を聴いた時点から気に入ることもある反面、曲を聴いてピンと来なかったのに 動く姿を見て気が変わってはまるということもある。私にとってディランは、後者のケースだった。もしもこの映像を見ていなかったら、私は未だにディランを「聴かず嫌い」しているかもしれない。それを思うと、私がディランに目覚めたのは、この映像のおかげ、ジョージのおかげといっても過言じゃない。 個人的にはこの映像のことを思う時、真っ先に思い浮かぶのはそのことだ。

  次に気になったこと、クラプトンの目立たなさ。当時の私は70年代のクラプトンは既に聴き進めていたし、彼の足跡も理解できていた。だからこの時期の彼が深刻なドラッグ中毒で、あわや再起不能というところまでいったことは知っていた。とはいえ、ここまで深刻だったとは。自分の曲は一切演奏しない、それも寂しいけど、 それ以上に、むくみきって「あんた誰?」と言いたくなるほど変わり果てた風貌、ソロはほとんど弾かない、見せ所のはずのWhile My Guitarですらヨレヨレ。当日はステージに立ってるのがやっとだったとか、ジェシ・エド・デイヴィスが呼ばれたのは、クラプトンがステージに上がれなかった時の代役としてだった、なんて話を聞けば、ますますその思いは強くなる。 彼が万全で、自分の曲を1、2曲演奏できれば、もっとイベントは盛り上がっていたろうに。それが唯一悔やまれる点だ。

  一方ジョンやポール、ミックが参加しなかったのが残念、という人もいるけど、私は来なくてよかったと思う。ジョンやポールが来ていたら・・・。顔を合わせた瞬間、ジョン&ジョージとポールの関係が、さらに泥沼化していた可能性もある。ジョンが制止を遮って強引にヨーコをステージに上げて、ヨーコが例の叫び声を上げる、ジョージが激怒、ジョンとジョージの間までもが険悪に、とか、舞台裏でポールとフィル・スペクター&アラン・クラインがバッタリ、場外乱闘勃発、スペクターが発砲、とか(笑)。 という風に、1971年時点で4人で集まっても、そうした悪い結果しか連想できないのは、私だけじゃないはず。とはいえ、なぜジョージがジョンだけじゃなく、アップルやビートルズ解散のことを巡って法廷闘争中だったポールにまで声をかけたのか、その辺は不可解。「どうせ来ないだろうけど、形だけ」くらいの社交辞令的なものか。ジョージが「これをきっかけにもう一度一緒に」なんて願ってたとは、全く思えないしな(笑)。 ジョージの性格を考えれば「ポールに招待状を出した」こと、その行為自体が、ポールへの当てつけ、皮肉、ギャグだったのかも、と深読みすることもできるが・・・。 もうひとり、ミックはねえ、「いるだけで辺り一面、俺色に染める」男だから(笑)、 ちょっとこのイベントのカラーには合わなそうだ。「大イベントで実現、ビートル&ストーンの共演」という、歴史的なシーンにはなってたろうけど、これも好結果が得られたとは考えにくい。

  ということで、イベントの意義云々じゃなく、こうやって純粋にあれこれと音楽自体を楽しむことこそが、この映像への正しい接し方じゃないかな。私はこの項で「自分はこう楽しんだ」ということを述べたけど、人によって様々な楽しみ方があるはず。なにより、ほとんどライブ活動を行わなかったジョージの、唯一の本格的公式ライブ・ビデオ。 しかも、最も乗りに乗っていた、ALL THINGS MUST PASS発表直後のジョージ。そのパフォーマンスを目撃できるということ、それこそが最大の楽しみなのかもしれない。


目移りするオール・スター・バンド
映像はジョージが記者会見でライブ開催の趣旨や、チャリティを思いついたきっかけに関するコメントからはじまる。そのコメントをバックに、貴重なリハーサル・シーンの映像が挟み込まれており、この辺には目を引かれるものがある。 ちなみにコメントの内容は、私が上で述べたような「きっかけはラヴィ・シャンカールの話だった」ことなど。

  次にライブのオープニング映像が登場。真っ暗なステージにジョージがひとり現れ、マイクに向かって手短に観客への感謝の意を述べる。近年のチャリティ・イベントなら、いきなり現地の悲惨な状況をスクリーンに映しつつ、堅苦しい、説教じみた、「お涙頂戴」的なMCが続くところだろうけど、そんなことは一切しない。この辺はジョージの人柄か。 そして、まず最初に登場するのはラヴィ・シャンカールで、演奏されるのがインド音楽だということを説明。 ラヴィ・シャンカール他、ステージに登場した4人のインド人ミュージシャンを紹介してジョージは一旦ステージを去る。

  ステージに座ってシタールを抱えたシャンカールは、ロック目当ての観客を前に、しばらく静かに聴いて欲しい、演奏中はタバコ(字幕はそうなってるけど、Smokin'と言ってるので、本当はドラッグと言いたかったのでは?)はやめるようにと呼びかける。当時の彼は「モンタレー」他、ロック系のライブに多く出演していたから、 ロック目当ての観客を前に演奏するのは慣れていたとは思うけど、やはり「聴いてもらえるかどうか」という不安はあったんだろう。とはいえ、シャンカールがチューニングのためにちょっとシタールをつま弾いただけで大歓声。「チューニングから盛り上がってるね」と思わずシャンカール。 この時代のロック・ファンには、音楽ジャンルの垣根が今ほどなかったことが分かる。今のロック系イベントに彼が出てきても、きっと誰も聴かないような気がするし。といいつつ、やっぱりこの演奏には私もついていけないというのが実は正直なところ。確かに随分とアグレッシブな演奏で、コール&レスポンスのパートもあったりと、 ロック・ファンを意識してるのは分かるが・・・。演奏が終わるとシャンカールはステージ上で合掌してステージを降りる。

  ジョージたちの登場を待つ観客の映像の後、控室からステージに向かうリンゴ&レオン・ラッセル、その後ろからフィル・スペクター&アラン・クラインの極悪コンビ(笑)、さらに後ろからギターを抱えてステージに向かうジョージの姿が映し出される。この辺も短い映像だけど、結構貴重かも。 そして真っ暗なステージに印象的なギター・リフが響く。オープニング曲はWah-Wah。ポールへの当てつけといわれるこの曲が1曲目、なんか意味があるのかな。まあ、単に「賑やかな曲」という理由で選ばれたんだろう。ステージに登場したメンバーはジョージ(vo,g)の他、クラプトン(g)、リンゴ(d,vo)、レオン・ラッセル(p,vo)、 ビリー・プレストン(key,vo)、ジェシ・エド・デイヴィス(g)、クラウス・ヴアマン(b)、ジム・ケルトナー(d)、ジム・ホーン(sax)他ブラス・セクション、バッドフィンガーの4人(g)、ドン・ニックス他大勢のコーラス隊という、大所帯のオール・スター・バンド。今でこそ、大イベントでのオール・スター・セッションは珍しくないけど、 この時代には大物が同時にステージに登場する機会は少なかったはずで、当日の観客、映画で映像を見た観客の驚き、興奮は、私たち「後追い」世代には理解できないほど大きかったんじゃないだろうか。あるリアル・タイム・ファンは「豪華メンバーが動いているというだけで涙が出そうだった」と、御自身のボードで語られていた。 ジョージは白いスーツ上下に赤いシャツ。内股で腰を引いて軽くステップしてギターを弾く、ビートルズ時代から変わらない仕草が嬉しい。ちょっとファンキーなリズム・ギターの音も聞こえるけど、これはジェシ・デイヴィスだろう。「クラプトンが来たからもう僕の出番はないと思ったのに、ジョージはちゃんと僕もステージに上げてくれたんだ」と彼は後にジョージへの感謝の気持ちを述べていた。 彼が終始晴れやかな表情なのが印象に残る。リンゴとジム・ケルトナーのツイン・ドラム&ツー・ショットは、1989年のリンゴ&オール・スター・バンドを思わせる・・・。などと、目移りすることは確か。この辺も人によって楽しみ方、いろいろでしょう。ちなみにこのWah-Wah、なぜかライブ・アルバムではジム・ホーンのサックス・ソロの前に、突然終わってしまう妙な編集がなされてたけど、 ここではそれもなく、公式テイク通りにちゃんとサックス・ソロが入り、ソロの後の歌があって終わる。


踊るサンコン?
1曲目が終わるとジョージはギターをアコースティックに持ち替え、My Sweet Lordがはじまる。ここで「???」と思った方も多いのでは? というのも、この曲のイントロのスライドといえば、「ジョージによる演奏=ジョージを象徴するスライド」だと思ってる人も多いはず。だけど実は、「この曲の公式テイクのスライドはジョージではなく、クラプトンが弾いている」という 有力な説があるのです、意外と知らない人が多いみたいだけど。ジョージが「My Sweet Lordのレコーディングでクラプトンがスライドを弾いているのを聴き、シタールみたいな音色だと思って興味を持った。それがスライドを弾こうと思ったきっかけだ」と発言した、という話を聞いたことがある。もちろん、「聞いたことがある」だけじゃあ単なる「未確認情報」。そんな私が、「いや、この話は信憑性が高い」と思うようになったのは他でもない、 この映像を見たのがきっかけだった。本当に公式テイクでジョージがスライドを弾いたのであれば、この「晴れ舞台」で、わざわざアコースティック・ギターに持ち替えてまで、その見せ場のパートをクラプトンに譲るだろうか? まして当日のクラプトンはボロボロ。そこまでしてジョージがスライドを弾かなかった理由、それは「もともとジョージが弾いてたパートじゃなかったから」と考えれば説明はつく。 ついでに、1991年の来日公演でも、このパートはアンディ・フェアウェザー・ロウに譲っていて、自分では弾いてません。これも「追い討ち」の根拠。さて、みなさんはどう思います? 演奏の方はテンポが速すぎて、公式テイクほどいい演奏になってないように思える。クラプトンはジーンズ上下にむくみきった顔、うつろな目、確かに「立ってるのがやっと」といった雰囲気だ。

  続いて、もう一度エレキ・ギターに持ち替えた(ほら!)ジョージ、後ろを向いて他のメンバーに合図、軽く足でカウントをとってはじまるのがAwaiting On You All。公式テイクの「音の壁」がない分、シンプルな演奏だけど、その分より軽快。たまに裏返ったり、音程が外れたりはしてるけど、力強いボーカルを聞かせてくれる。しかし3コーラス目のYou don't need noの後の単語を2ヶ所ほど歌ってないのは、単に歌詞を忘れたのか?(笑) その直後、はじめてクラウス・ヴアマンの姿がジョージの左後ろに映し出される。デビュー以前のビートルズとハンブルクで知り合い、人生を狂わせた(?)伝説の男、REVOLVERのジャケットの作者。とはいえ、デビュー以前の写真や「ビート・クラブ」のビデオで見たマンフレッド・マン時代の彼の映像を見ると、少女漫画に登場しそうな「王子様系」(笑)のいい男だった。それなのにここでは、髭をたくわえ、まるで哲学者のような風貌。ただ髭を生やしただけで、ここまで変わるものなのかと、はじめて見た時は驚いたものだ。 右横には相変わらず晴れやかな表情のジェシ。それなだけに、次にアップになるクラプトンの痛々しい姿が、余計に印象に残ってしまう。

  曲が終わると、ジョージはビリー・プレストンを紹介。ステージ左奥のキーボードの前に座るビリーにスポットが当たる。曲はThat's The Way God Planned It。帽子を被り、キーボードを弾きながらゴスペル風の荘厳なボーカルとオルガンを聞かせるビリー。コーラス隊もゴスペル風、ところどころで掛け声も入れるなど、かなり自由に歌っている。しかし、クラプトンのギター・ソロがここでもヨレヨレ、うーん、彼が万全なら・・・。 後半、次第にテンポをあげて、激しいアドリブ・ボーカルを聞かせるビリー、テンポが最高に上がったところで立ち上がり、ステージ中央に踊り出ながら出て来て、ジョージが使っていた中央のマイクで歌う。この辺は彼のパフォーマーぶりが出ている。いわば「踊るサンコン」といったところか(笑)。どうもこの人の笑顔を見ると、いつもサンコンを思い出すんだよなあ。

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