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【読書】美少女作家「綿矢りさ」の「インストール」 (2001年12月02日)


 話題の美少女作家 綿矢りさの「インストール」を読んでみた。とても短く、あっと言う間に読める。それなりの辛抱強さがあれば、立ち読みでも余裕で読み切れるという感じの長さだ。


注)綿矢りさは「インストール」で第38回文藝賞を受賞。全選考委員絶賛による文藝賞史上最年少(17歳)受賞とのこと(1981年、堀田あけみ『1980 アイコ十六歳』以来20年ぶり)。昭和59年2月1日生まれ。17歳、高校三年在学中。京都市在住。
2004年追記)二作目となる「蹴りたい背中」で第130回芥川賞を史上最年少の19歳で受賞。

 インストールは河出書房新社から1000円で出版されています。河出書房の内容紹介によれば、
 突然、学校生活から脱落することを決めた高校生・朝子。ゴミ捨て場で知り合ったクールな小学生・かずよしに誘われて、チャット風俗で一儲けすることになり……。
 という作品である。

 こちらはニュース動画(クリック)



 この本を読んだ感じは、全体で言えば、単に、あっさりとしたスポーツ飲料でも飲んだ気分?。
 それを清涼感と表現するのならば、清涼な作品であった、というのが最も適切なのだろう・・・。


 一般的に新人賞のレベルというものを知らないので、なんとも言えないのだが、まあ、話題作だし、本人可愛いし(松たか子とか倉木麻衣系)、話のタネに読んでみては?、という感じか。ただ、1000円の価値はないかも。近くの人で借りたい人には貸します。

 なんだろう、やはり、いわゆる「文芸物」というのは、僕にはよく分からない感じだ。
 僕は、どうしても作品を「物語」としての抑揚(躍動)で捉えてしまう。展開のスリルなり、奇抜さ、なりを評価対象にしがちだ。
 それに加えて、作中人物の個性や、作中人物同士のやりとり、セリフ回しというものの面白さに、僕は惹かれる。でも、そういう要素がいわゆる文芸作品というものは薄いのだ・・・。


 この作品は、何が起きているのかは淡々とわかり、事実表現が冗長になっているということがない。また、テンポが良いため、ストレスを感じないで読むことができた。

 事実表現の冗長な作品は、しっくりくるものと、無駄としか思えない場合の差があり、僕が好きな傾向に はまれば良いが、はまらないことが多いため、表現が冗長・冗漫な作品を僕はあまり好きになれない(こういう「表現」部分こそが文学の命だ、と考える人もいるのだろうけど、僕は好きになれないのだ)。

 「インストール」は表現の冗長さがなく、淡々と進む。ただ、物語も淡々と進む。「淡々」という系統が好きな人は読むと良いかもしれない。

 以下ネタバレあり


























 物語の進行が淡々としているのだ。
 例えば、チャット後半で出てくる「聖璽」という危ないヤツのくだりは、ミステリ作品であれば、あ、物語が動き出したな、というところなのだろうが、この作品では全く展開はない。

 いや、それは現実レベルではそういうものだろうというのもよくわかるのだし、あの部分は、(小学生(かずよし)のセリフ「毎日たくさんの人達と流れるようにチャットして、どんどん無感覚になってきて、それで突然こういう風に流れを止める人に会うと、ああ、僕って人間を相手にしてたって気付いてしまいますよね。」にあるように)ネット世界と現実世界を彼らの内面の中で結びつけるために必要な装置だったのだというのもわかる。


 だが、もう少しでいいから、何か躍動が欲しいと思ってしまうのだ。いや、躍動がないからこそ、重要な点を見過ごされずに済むという面もあるのだろうけど・・・。
  確かに、あそこでスリリングな展開になれば、「聖璽」の果たす役割の部分は、適当に読み流してしまわれるということかもしれない。でもなぁ・・・。




 また、二人のお母さんについても、主人公達にもっと絡んでくるのかと思えば、そんなこともない。男の子のお母さんなんて、こっそり隠れるあたりとか、なんか不気味で活かし甲斐のあるイイキャラしてるのになぁ。

 まあ、最近の映画やドラマや漫画や小説などの物語によく出てくる「『親子の確執』だけで人格の全てが決定されている人物達」と比べれば、「インストール」は親子間の問題をクローズアップし過ぎなかったことには、好感が持てる。

 が、でも、全体の比率で考えれば、作者としては、あそこがクローズアップしたかった部分なのかもと思えなくもない(単に書き方に過剰さがないというだけで、やっぱり重点なのかもなぁ・・・)。


 チャット部分での厚みが足りない。もっと、色々な人間達が現れる気がするのだが、取材量が足りないのか、せっかくのネット題材が活かされていない。
 また、主人公朝子と男の子(かずよし)のやりとりをもう少し充実させるだけでも、僕としては楽しめるのだけど・・・。この「かずよし」は小学生としては面白いキャラをしてるじゃないか(ありがちなキャラだが、僕は「会話」が面白ければ良いのだ)。



 「親子のギクシャク」、「不登校」、「生きる目標がない」、「通り過ぎるだけの出会い」というように、このテーマだけ並べても分かるけど、抽象レベルでの主張は、かなり陳腐なんだよなぁ・・・。

 また、構造的には、実は典型的な「行って帰ってくる物語」だったりするし。
 「日常への不満→押入・チャット(儀式・異界)→学校に行く気になる」という構造。成長物に典型的な構造であって、「千と千尋〜」とも共通。この構造を採る場合には、「異界」の面白さなり、成長への説得力が必要なのだと思うけど、いまいち弱い。



 ここからは、割と長所と感じたところ(?)。

 なんか、部屋を片づけてしまう雰囲気とか、その後のぼんやり加減とかは、吉本ばななちっくかな。淡々としたところも似ている。

 チャットから「落ちる」というところについての感受性は、僕にとっては『新しく』、かつ『納得できる』視点だったりしたので、もっとあんな感じの視野の「切り取り」を見せてくれれば、もう少し作品内部を漂流しやすかったのだが・・・。

(視点は、「新しい」だけでは、興味がない。「納得」のレベルが要求される。唐突過ぎるギャグ(?)には笑えないというのと同じなのだよな。「予測」幅からの微妙な逸脱、微妙なズレ具合にこそ、その妙が存在するのだ)

 スカトロうんぬんから、主体的にエロの世界を垣間見ていく方が怖くないという小学生(かずよし)のセリフのあたりなどは、「ふーん、わかっているのだなぁ」、という感じか。

 「本当の不器用」さを何故か持ち上げていることが多い旧世代に比べて、留年組の「松本さん」の「本当の不器用」さに嫌な感情を示す朝子には、共感がしやすい。
 新しい感性だとも思えないが、少なくとも僕にとっては受け入れやすい。
 「独創的な考えにだらしないほど感心してしまう癖を持っているナツコ先生」とか、

「その松本さん独特の古い強がりに、教室中がしいんとなった〜その沈黙をみんながビビってると勘違いをしてしまった感じの松本さんには、私達、ますます閉口の状態だった」
という部分が、古い作品にはあまり見られない感覚&表現な気がするが、自分には、すんなりと心に入ってくる。

 この辺は、一応「新しい」感性の作品と言えるのだろう(かつての「しらけ」とも違うのだ・・が、年長の世代にはわからない感覚かもしれない)。


 ただ、ネットと社会との関わり合いという視点から考えると、少し古いのではないか?。本作では、ネットというのが仮想のものであって、結局、現実に帰らなきゃね、というような感じが見受けられる。

 しかし、どちらかといえば、これからの時代は、ネットも現実もその境目は曖昧であって、その現実とも仮想ともつかない両者を同一平面上として、もしくは、(「現実上位・仮想下位」という階層レベルではなく)同一レベルの別次元として、自在に駆け回れる人々が増えるだろうし、増えるべきなのだろう。
 この点を示唆していないのは残念だ。


 でも、この可愛い高校生(作者たる綿矢りさ)が、こんなことを考えて書いたのか、という部分(「ぬれた」のくだり)については、少なからず興奮する(それは単に作者たる彼女への性的な興味から)<単なる変態


 が、それと作品は全く関係がないな(^^;)。

 作者についての情報を持って読まれても、嬉しくないだろう・・・。まあ、その意味で、ここでは作品の長所・短所については、「高校生なんだから許してやれ」という風には僕は述べていない。
 高校生が書いたと言うことで割り引きはせずに、作品単独で考えた時に感じたことを書くようにしたつもりだ。



 とりあえず、綿矢りさちゃんにインストールしてみたい・・・などと、ありきたりの汚れた大人のようなことを言っていてはいけない、ということだな(>_<)。




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