農水省広報誌AFF 2002.2号より

牛海綿状脳症(BSE)と変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)
国立精神・神経センター神経研究所疾病研究第7部長 金子清俊

平成13年9月10日に千葉県で日本初の牛海綿状脳症(BSE)に罹患した牛が発見され、日本中にプリオン病に対する懸念が広がっています。その一因は、英国におけるvariantCJDと呼称される人のプリオン病が、BSEに由来すると考えられているからであります。プリオン病とはプリオン蛋白が原因と考えられる病気の総称ですが、BSEや羊のスクレイピー、人のクロイツフェルトヤコブ病(CJD)などが含まれます。
CJDにはBSEに罹患した牛に由来すると考えられている変異型CJD(variantCJD、vCJD)以外にも、(1)原因不明の孤発性、(2)遺伝性を有する家族性、あるいは(3)の感染性のタイプが知られています。(3)の感染性のタイプには、医療行為による医原性プリオン病も含まれ、日本での蔓延が問題となった乾燥硬膜移植後CJDがその代表としてその代表として挙げられます。

日本で最も多い孤発性(自然発症型)の本当の原因は不明ですが、これはもともと私達の体にあります正常型プリオン病が、非常にまれではありますが一定の頻度で自然に感染型プリオンに変化してしまうためと考えられています。この頻度は、年間100万人当たり1人程度とされております。つまり、日本全体では毎年100人以上の方がこの孤発性CJDを発症している計算になり、実際の患者さんの数にほぼ匹敵いたします。
言い換えれば、私達は生物の宿命として、常に自然発症型の孤発型CJDにかかる危険を持っておるわけです。これに対し、BSEによるとされる変異型CJDの頻度は、18万頭余にもにも及ぶBSEに感染した牛が出回った英国において毎年10〜20人です。英国の人口は、日本の約半分ですので、自然発症の孤発性CJDの頻度は50〜60人程度と推定されます。
おそらく日本では、生物として生まれてきた宿命である自然発生型の孤発性CJDにかかる頻度よりも、変異型CJDに罹患するリスクははるかに低いと考えられます。ただし、個々人から考えた場合のリスクは低くても、日本国民全体を見通した場合、確率がゼロでない限り「慎重の原則」にのっとり変異型CJDに罹患する可能性に備えていくことは大変重要です。

これまで英国を中心としたヨーロッパで、なぜ18万頭余という大規模なBSEの発生が起きたのかという点を考えますと、これは肉骨粉を介した共食いの問題と言えます。牛の肉骨粉という形で、牛が牛を食べる、いったんこの食物連鎖の中に、BSEの牛由来の産物、とりわけ脳や脊髄といった感染型プリオンを多く含む部分が紛れ込んでしまったら、あとは爆発的に蔓延していきます。この連鎖を断ち切るには、牛の肉骨粉を牛に与えないことに尽きるのではないかと思います。
共食いの状態が続く限り、常にBSE等の出現を心配しつづける必要があります。感染経路の追及と並び、肉骨粉の取り扱いはきわめて重要です。現在、我が国では牛の肉骨粉の家畜の餌としての製造・出荷・使用は禁止されており、BSEの感染を遮断する体制が整いつつあります。今後とも、この体制を続けていくことが重要であると考えます。

共食いに関しましては、牛のみならず人間にも昔同様な状況がありました。1900年代の前半、パプアニューギニアでクールーという病気が流行いたしましたが、これは、例えばある方が亡くなった場合、近親者や友人がその遺体を食したという食人習慣に由来するとされています。
当時、男性は食べるとしても肉の部分を、女性と子供さんが脳などを食したとされております。大変不幸なことに、それらの方々の中におそらく自然発症型の孤発性CJDで亡くなられた方がおられたために、それを食された女性と子供さんのみが次々と発症されたという状況が報告されております。

感染力の強い部分、脳を食べた女性と子供さんのみが発症しておられ、肉を食べた男性は発症しておられなかったことからも、感染力の強い部分と発症との因果関係がうかがわれます。また、食人習慣が止んで後、30〜40年後にCJDを発症した方がおられることが、特に英国において変異型CJDが数十年経って発症するかもしれないという推察の一因となっております。

現在の日本におきましては、平成13年10月18日以降、すべての食肉に回される牛に関しましては、いわゆる全頭検査として、感染した牛を見逃さないようにするため、感度の高いELISA法が施行されております。BSEに対する対応を考える場合、科学的な証拠に基づいて方針を決定していくことが重要ですが、科学的に100%を追い求めていった場合には、実生活に即した形での対応はまず不可能です。
例えば、食肉の安全性の問題なども突き詰めていったらきりがありません。ついには牛肉を食べないという極論しかあり得なくなってしまいます。では、どうしたらよいのか?私の考えは、「まず先達の経験に学ぶ」、というものです。

狂牛病は日本では初めての経験ですが、英国、ヨーロッパでは過去17年間に及ぶ失敗の教訓を含めた戦いの歴史があります。まず欧州の対応に即した形でのきまりを作り、そこからスタートすることが現在取り得る最善の方法と考えます。その点から見て、今回のBSEに対する食肉関連の対応はその資格を満たしています。全頭検査という点では欧州以上です。

しかし、以上のように欧州並以上の体制が確保されたといっても、これによって最低限の安全は確保されたと認識した方がよいと考えます。今の対策で本当に十分かどうか、あるいは逆に過剰ではないか、これから継続的にモニターをしていく必要があります。
これらはあくまでも一里塚であって、これからもおそらく年余にわたってBSE問題と付き合っていく必要がある、という認識が必要がある、という認識が必要です。「いわゆる安全宣言でもうすべて解決」ではなく、これからが始まりであるとの認識の上に立って対応することが必要と考えます。
いったんBSE罹患牛が発生してしまった以上、少なくとも今後7年間はBSE清浄国にはなり得ません。その間、あらゆる牛由来の製品を避けていくことは現実的ではありません。安心できる体制が整備され、例えBSEと診断される牛が出ても、それが食品流通経路に紛れ込まないという信頼を得ることが一番肝要と存じます
また、今の対策が適切かどうかのモニターは、行政と独立した中立の立場(第三者機関)による客観的な評価が理想と考えます。行政が施した対策に対して自ら評価するのではなく、中立の立場のものが安全かどうかを判断するのが理想的です。消費者の信頼回復のためにはこの点が一番重要だと思います。

最後になりますが、現在、全頭検査体制により安全な牛肉等以外出回らない仕組みが整備されていますが、将来に向けた治療法開発の試みやBSE抵抗性の牛の品種を樹立するアプローチ等の重要性は、いまさら申し上げるまでもありません。中でもBSE抵抗性牛の品種改良に関しましては、他の経済動物全般に応用することが可能であり、人々の健康を考える場合には、治療法の開発のみならず、食の安全という観点からのアプローチとして忘れてはならないと考えております。

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