農水省広報誌AFF 2002.3号より

BSEの正しい知識「牛肉はなぜ安全なのか」
鹿児島大学医学部附属病院長 内科学第三講座教授 納 光弘

我が国でBSEが発生して以来、牛肉への不安が高まっている。しかし、牛肉の安全性が必ずしも正確に理解されているわけではない。私は、人のプリオン病が専門であるが、なぜ牛肉とかかわりがあるか、それは、英国やアイルランドに行く機会が多く、直接、BSEに携わっている人との交流も多いことに端を発している。

1 人のプリオン病の実態
まず、人のプリオン病、クロイツフェルト・ヤコブ病について述べてみたい。クロイツフェルト・ヤコブ病は1920年にCreutzfeldt博士、1921年にJakob博士により報告され、両博士の名前をとって名付けられた。同病の患者さんの症状は、まず、視力が低下し、眼科に行ってもどうもなく、そうこうしているうちボーとして周囲に無関心になり、会話がまともでなくなり、てんかん的発作や手がピクッピクッと動き、音とか光に敏感になる。これによりCJDではないかと疑われるが、この診断で、一番の手がかりになるのが脳波である。正常な人は小さい波からできているだけだが、CJD患者の場合、手がピクッピクッとするのにあわせる感じで、脳波にこのピクッピクッという「とげ」がでてくる。これを周期的同期性放電(PSD)というが、これが現れると限りなくCJDに近く、先ほどの症状とあわせるとCJDと診断してもよい。
通常のCJDは、初発症状として、もの忘れ、視覚異常、2ヵ月後にミオクローヌスという手がピクッピクッという動きや錐体路症状、3ヵ月後には寝たきりになり、この後、脳の萎縮が進行する。
最初が段階では、明らかに脳波にPSDが発生するが、CT画像ははっきりしない。しかし、6ヶ月頃から、CJDの人の脳は薄くなっていく、つまり、萎縮してくる。顕微鏡でみると、正常な人の脳細胞は生き生きとしていて、その周辺は脳細胞がつまっているが、CJDの人は、脳細胞そのものも圧迫されゆがんでいる。また、空胞ができてスポンジ状になっている。
平成9年に緊急の全国調査が行われ、私も鹿児島県を担当したが、CJD全容が明らかになった。1985年から1995年の11年間で、人のプリオン病は829人、このうち孤発性という、突然変異と思われているものが747人、家族性つまり異常プリオンに変化しやすい体質の遺伝子をもった人は82人であった。

2 経口感染するCJD
人のプリオン病にはいろんな種類がある。
クールー病というのは、パプアニューギニアにいるフォア族という種族、第二次世界大戦前までは石器しか使わない古い文化の時代を暮らしている山奥に住んでいる種族で、報告された病気である。この病気を初めて報告したのがガジュセック博士であるが、彼は丁寧に診察し、クールー病があるのを発見し、世界に報告した。クールーはフォア語で「震える」という意味で、フォア族のみで流行したものである。この種族には昔からごく最近まで食人の習慣があり、死んだ人の霊を慰めるため、脳を食べる儀式があった。この儀式に参加できるのは女性と子供であった。これが、クールー病が女性と子供にのみ起こる理由であることが判明したのであった。ガジュセック博士がクールー病の人の脳を顕微鏡でみると、海綿状になっていたが、空胞がCJDより少なく、一方、変な斑点(クールー斑)があると報告した。
私と彼の接点は、成人T細胞白血病ウイルスの関与した脊髄疾患を私が発見したことに端を発する。鹿児島大学第三内科が「ヒトレトロウイルス性神経疾患WHO協力センター」に1988年12月に指定されたとき、いち早く駆けつけてくれたのが彼である。彼は、クールー病の発見でノーベル賞を受賞していたが、私の発見した病気にも関心をよせていたのであった。さて、このときには、クールー病の原因がタンパク質とわかっていた。

3 異常プリオンの存在
人間の細胞の中には、DNA、これが翻訳されたRNA、これから翻訳されたタンパク質、これら以外に感染するはずがないというガジュセック博士は、生き物ではない何かが感染させる、どうやらタンパク質らしいと考えていた。
最終的にまぎれもなくタンパク質と証明したのが、プルシナー博士であった。彼は、1982年に仮説を立て、プリオンという言葉を作った。これには我々は驚き感動した。なぜタンパク質が感染するのか。彼の説は、万人を納得させる迫力のあるものであった。プリオン蛋白は、一次構造は正常プリオン、異常プリオンともアミノ酸配列は同じであるが、立体構造が違う。折り紙が違うように、中身は同じでも形が違う。異常プリオンはアイロンでならしたようなβシートと呼ばれる平らな構造である。
もう一つ彼は恐ろしい仮説を立てた。異常プリオンが正常プリオンにくっつくと、アイロンでならしたように相手を変え、ねずみ算式に増えていく。この話を聞いたとき、ぞっとした。1個のプリオンが入って次々に相手を変えていったらどうなるか。プルシナーの説が正しければ時間はかかるかもしれないが、全員がCJDになるではないかと。あとで、これは間違いとわかる。異常プリオンがくっついたら正常プリオンを変えるという基本は正しいが。そんなに簡単なものではないということがわかって、私たちも世界も安心することができたのである。そう単純でないことが証明された。

4 BSEの人への感染
一方、このような新しい説が確立していなかった1996年4月6日の医学雑誌「ランセット」に載った論文は、世界に衝撃を与え、震撼させた。この話はロンドンで4月5日に公表されたが、本雑誌と同じ日に我が国の新聞に紹介された。その早さは、いかに衝撃が大きいものかを物語っている。プルシナーの言う通りだったとしたら、これは大変なことであり、それまで、牛からヒトにうつることはないという甘えがどこかにあったけれども、この論文を見たとき、疑いもなくヒトにも牛のプリオンはうつると思った。この論文で驚くことは、発症年齢が若いということであった。平成9年に全国調査をしてもこんなに若い人はいない。40代からいるが、大抵、50代、60代、まれに70代である。しかし、これは16から39歳、しかも初発の症状が普通のCJDと違う。極めつけはPSDがないことである。普通のCJDではない。しかし、脳は海綿状であり、クールー斑がある。クールー病の症状とそっくりである。
顕微鏡で見ると、異常プリオンがついている。本発表を受けて、英国は公式見解を発表し、対策に走った。その数はいくらになるのか。BSEの対策はそれまで十分ではなかったので、すべての英国人が感染牛を口にしなかったはずはないという推定がなされた。そこでいろんな議論が起こった。将来の発症者数は計算不可能、みんながそう思った。10年間放置されていたのだから、日本とは全く違う環境にあった。1996年には、ピークは過ぎていたが、認定された牛が1992年には37,000頭、確認されただけでも合計すると膨大な数になる。いろんな推計はあるが、この裏にあるのも含めると80万頭が感染しており、全英国民に供給され、みんなが食べていたことになる。もし、感染牛を食べて発生するのなら相当な発症数になる。私は予測をしてみたが、毎年、最良で数百人から数千人、最悪のシナリオの場合、全国民が10〜20年で発症する可能性があると心配した。プルシナーの言うとおりだと最悪のシナリオになる。

5 感染性が低いBSE
実際は、1996年にBSEの発生が1万頭を切って、BSEの発生は予測に近くなった。一方、ヒトはどうなったか。1996年10人、1997年もたった10人、この時、あれ変だなと、私だけでなく全世界が思った。プルシナーの説は間違いではないのかと。そこで、多くの研究者が計算し、実験を始めた。なぜ、プルシナーの言う通りにならないのか。1999年には20人を越えない発症であり私たちから見たら限りなく特殊事例しか感染していないことになる。2000年には28人、2001年には20人となり、だんだん減っていくだろうという予測が圧倒的になった。なぜ最良のシナリオより少ないのか、すなわち、これらの107人は特殊例に過ぎないことがわかってきた。大量に特殊な形で脳や脊髄を口にしてきたことが背景にあった。脳は食品、肉の一部と法律で、国で認められてきたし、脳を隠味としてハンバーガーの肉などに混ぜる風習があったのである。
ところが、そのプルシナーの説が間違いであることを口にし、証明してみせたのが、アイゲン博士であった。彼は、1967年にノーベル化学賞を受賞しているが、プリオンに注目し、彼なりの理論を構築した。そして、多くの研究者が証明し、私の共同研究者であるノバック博士もその中心的な人物であった。

6 異常プリオン増殖のメカニズム
今は、何が正しいと信じられているかというと、一連の科学者が出した最終的な結論は、異常プリオンは棒状に結晶をなしてつながっており、10万個以上の異常プリオンが集まって結晶状態を作らないと感染単位になれない。10万個集まって初めて周りを感染させて、20万個になると真ん中からちぎれて2つになる。ところが、そのためには考えもつかない時間がかかる。それだけでなく、いくつものバリアがある。周りに感染力を持つための10万個の結晶には並大抵ではなれない。1個の正常プリオンを異常プリオンに変えるのに、スムーズにいっても(スムーズにはいかないが)最低15分かかる。10万個ならなにもかもうまくいってその10万倍である。たった1個の結晶が出来るのにである。しかし、スムーズにいかない要因がいくつもある。一つは正常プリオンが異常プリオンとなって鎖にくっついても変化して離れていくことがしょっちゅうある。そう簡単には周りを変えていける状態にはならない。もう一つ、大事な理由だが、異常プリオンはくっついてもすぐ分解したり変性したりして消滅またはばらばらになってしまう。10万個から1つの感染因子ができるのに、ものすごい時間とラッキーが重なって初めて成り立つ。従って、相当感染牛を食べても発症しないと推定された。ただし、脳を趣味的にたくさん食べた人は、クールー病で証明されているように発症する可能性はある。かつて、ハンバーグに脳を混ぜていた時代に、それを大量に食べた若者は感染している。このように特殊な条件下にあった人はかかるが、それが起こるのは信じがたい量が入ってきたときで、通常、感染牛の肉を食べても、とてもこのような量は入っていかない。その証拠に、英国では結局、私たちが恐れていたのと全く別の現実がある。彼らの仮説はいろんな実験で証明されており、しかも、もう一つの障害はこの最小感染単位の異常プリオン鎖もつねに変性と分解にさらされているということである。最初にプルシナーが言ったのと別の世界があることがわかったのである。
日本の場合、検査した牛しか出荷されていない。そのために関係者の手間と作業はかかるが、この政府の決定は歴史残るものである。非難ばかりされているが、英国、アイルランドでも取り得なかったものである。問題は、その前の何らかの形で残ったものがあってどこかに紛れ込んだ場合だが、これまで述べたことから考えて、それをたとえ食べても安全であることがわかるであろう。少々食べても発症できるものではなく、発症率のリスクは限りなくゼロであるからである。
今後も英国では、潜伏期が長いことから発症はあるが、最良のシナリオよりもさらに低いところで推移するであろうと安心しているし、現実が物語っている。発症者は特殊例なのである。

7 海外からの手紙
さて、ここで、私の友人からの手紙を2通紹介しよう。1通は、イギリス・インペリアル・カレッジの免疫学講座チャールズ・バンガム教授からのものである。彼は、かつて、牛肉を一切口にしなかったが、現在では普通に食べるようになった。なぜ、そうなったのかをメールで送ってきたものである。

主題:「プリオン」と「牛肉を食べること」について

 2001年12月14日 親愛なるミツへ

私は貴君からの質問に答えて、「プリオン」と「牛肉を食べるか食べないかに関する私の方針」についてここにメールします。
言うまでもありませんが、これはあくまで、牛肉を食べることのリスクと影響に関する私の個人的見解・個人的理解であることを強調しておきたいと思います。私の妻と私は、英国内の牛肉は食べないことを1991年に決めました。リスクはちいさいというのが政府の公式見解でしたが、私はこの見解は誤りであると信じました。問題はリスクはあの時点では未知だったことです。
私たち夫婦は英国産牛肉を食べないことを1999年頃まで、続けましたが、1999年より食べ始めました。理由は、私にとって満足するに足る調査結果がその時までに公表され、狂牛病の発生頻度も低下し、原理的にはvCJDを起こす可能性を有するプリオンを含んだ牛肉を食べたとしても、病気を発症する危険は無視できるレベルであると判断したからです。
このメールが貴殿の質問にお役に立つことを祈りつつ。

 チャールズより

もう1通はアイルランドのダブリン大学ホール教授からのもので、彼は同国健康局のCJD専門家委員会の委員長を務めている。

 2001年12月18日 親愛なるミツへ

私は日本の狂牛病の問題に関しては興味と関心をもって見守ってきました。
ご存知のように私は過去5年間健康局の「CJD専門家委員会」の委員長を務めてきましたし、今もその職務についています。我々の任務は厚生省と政府にCJDとBSEに関しあらゆる視点から助言し、国民の安全を守るための方策を打ち立てることです。
アイルランドの牛肉は現在極めて安全です。これは与えてよい餌に規制があるからです。(中略)最後に、年取った牛は食用に供されることはありません。
現在の日本の現状と同じようにアイルランドの国民も安全に自信が持てなかった時期もありましたが、今国民は安全に自信を持っています。

 ビリーより

すなわち、アイルランドでは、餌に規制があり、年取った牛は食用にしないということで、安全性を強調している。もっとも、ノバック博士の説が浸透して安心したこともあるのだろうが。これに比べて、我が国はいかに厳しい基準がとられているか。文中の、「現在の日本の現状」とは、混乱し過剰反応している、過剰に心配していることをいっている。

8 最後に
我が国のBSEは現在3頭だが、これで終わるとは言えない。今後、仮に300頭出たとしても、1000頭出たとしても全く心配は無い水準である。また、出るということは、すべて感染牛は引っかかる体制を世界で初めて確立したからであり、むしろ自慢してもいいことであり、今後、販売される肉は何の問題もないということにほかならない。私は、あのときの政府の対応を高く評価している。現在、安心して牛肉を食べられる体制ができているのだから。

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