牛海綿状脳症(BSE)の近況と対策

小沼 操(北海道大学 大学院獣医学研究科・教授)

ウシ海綿状脳症(BSE)は1986年英国で初めて報告された中枢神経系の病気である。BSEにかかった牛の脳の神経細胞は空胞化し脳の組織が海綿状となることから名づけられた。BSEの病原体はウイルス・細菌とは異なり遺伝子をもたない感染性蛋白粒子(プリオン)と呼ばれている。

1.英国・ヨーロッパの発生状況
BSEの原因は羊の海綿状脳症であるスクレイピーに罹患した羊の内臓がレンダリング(化製処理)の際、加熱不十分で処理されて作られた肉骨粉が蛋白源として給餌されたことが指摘されている。1986年の発生以降、2002年末までの英国での発生総数は18万頭に上る。英国では1988年に反芻獣由来の肉骨粉を反芻獣の飼料とすることを禁止した結果、BSEの発生は減少したが現在も発生している。英国での肉骨粉規制により汚染肉骨粉は英国からヨーロッパ諸国、次いでアジア諸国に輸出された。その結果、1998年〜2001年にかけてヨーロッパでのBSEの大発生、並びに2001〜2003年の日本の7例の発生と、世界に拡散した。

・感染牛でもあまり臨床症状は示さない。

・なぜ英国で発生したのか?90年で英国では羊は4,400万頭(米 1,135万頭 日 3万頭、牛は英 1,200万頭 米 9,600万頭 日 470万頭)羊の飼養頭数が多い、スクレイピーの発生数も多かった、という背景があったためでは?

・英国でも96年以降に生まれた牛ではBSE陽性は4頭のみ。

2.プリオンとプリオン病
病原体となるプリオンを作る遺伝子は正常なヒトや動物も持っている。異常型プリオン蛋白質が感染し、正常プリオン蛋白質と結合すると正常プリオン蛋白質が異常型に変化する。従って異常型プリオン蛋白質が増殖するわけではないが、異常型が正常型にくっつくと次々と異常型に置き換わる。正常型も異常型は遺伝子も蛋白質の一次構造も全く同じであり、相違点としてプリオン蛋白質の二次構造が異なる。この構造変化により異常型プリオン蛋白質は蛋白分解酵素や界面活性剤に抵抗性となり分解されにくくなる。分解されにくくなった異常型プリオン蛋白質が少しずつ神経細胞に蓄積し海綿状脳症の病変となる。異常プリオン蛋白質の蓄積によるプリオン病はBSEの他に羊のスクレイピーやヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)がある。この他BSEによるヒトの変異型CJDがこれまで英国では124例あまり報告されている。試験管内の実験ではあるが、人工合成された抗プリオン蛋白抗体を用いることにより正常型が異常型プリオン蛋白質になることが阻害された。これは将来的にプリオン病の予防や治療につながるものと期待されている。

3.プリオン病の診断
プリオン病の診断として、@エライザ法やウエスタンブロット法、Aマウス脳内接種法、B脳の病理検査、C電子顕微鏡による検出、Dマーカーによる試験などがある。BSEの異常プリオン蛋白質の検出としては、Aはもっとも感度が高い方法ではあるが検出までに1年半あまりかかり実用的ではなく、現場では@とBが実施されている。@〜Cの方法はいずれも動物の死後、異常プリオン蛋白質が蓄積しやすい脳の部位を用いて行われる。BSEの場合、Dで生前診断が出来ないか検討されている。それには血液(赤血球分化関連因子の転写抑制をマーカーに検出)尿(尿中のプリオン蛋白質代謝副産物を用い生前診断)脊髄液(髄液中の神経蛋白質14-3-3などを利用)を用いる方法などがあるが、いずれも実用化までにもう少し時間がかかる。
検出感度を上げる方法としては異常型プリオン蛋白質を正常型と混ぜ増幅させる、PCR法のようなやり方がある。この方法はマウスのバイオアッセイに匹敵する検出感度といわれているが、まだ再現性に乏しいようである。この他、牛のプリオン蛋白質遺伝子を導入したトランスジェニック・マウスを用いたBSE診断が試みられている。これにより検出が250日と短縮される。高感度検出法として最も注目されている方法としてレーザーを用いたキャピラリー電気泳動法と異常プリオン蛋白質のみを検出する特異抗体を用いた構造依存性免疫試験(CDI)がある。CDIは検査材料の酵素処理を必要とせず、たいへん高感度であり、すでに実用化の段階に入っている。

・生前検査へのマーカーはまだ研究段階。

・尿中の検査は有望視されている?なお、この尿中に排出されているのはプリオンの代謝産物で感染性は無かった。

・マウスの脳内接種実験では普通のマウスでは平均466日で発症。プリオンを作る遺伝子を組み替えた場合は牛のものに組み替えたトランスジェニックマウスでは250日で発症、ヒトのトランスジェニックマウスでは602日。

4.日本でのBSEの発生
1996年英国でヒトの変異型CJDがBSEの異常プリオン蛋白質感染による可能性の高いことが発表された。日本政府は直ちに英国産の肉骨粉の輸入を禁止し、牛への給餌をしないように行政指導した。しかし、これが十分に守られず、9000頭以上もの牛に肉骨粉が使用され続けた。2001年9月にはアジアで初めてのBSEが発生、その後プリオン検査で2003年1月までに計7頭の陽性牛が検出された。2001年10月18日からは食肉検査所での全頭のプリオン検査と特定危険部位(脳、目、脊髄、回腸)の焼却を実施しており、異常プリオン蛋白質陰性の安全な牛肉のみ市場に出回ることになった。
今後、日本がBSE清浄国に復帰するためには、肉骨粉飼料の8年以上の使用禁止、監視システム並びに検査体制の7年以上の経過が必要となる。同時に死亡牛、ハイリスク牛でのBSE疫学調査が必要となる。

・BSE感染牛の各部位をマウスバイオアッセイ→筋肉・乳などでは陰性

・1.種の壁 2.一定量以下では感染しない(少量では対外に排出される) 3.脳内接種より経口投与の方が感染率は極めて低い(脳内接種は経口の10万倍の感度)

・英国でも変異型CJDは1/300万年/年、日本では上の理由で感染は有り得ないだろう。

5.BSE研究の展開
BSE発生後、英国では大規模な牛を用いた実験感染による長期にわたるBSE疫学研究が進められている。それによると、BSE牛の脳0.1g経口投与でも発症(50ヵ月以上)すること、大量に経口投与すると6ヵ月ほどで回腸に異常型プリオン蛋白質が出現した後、32ヵ月で脳に検出され35ヵ月あまりで発症した。この成績からBSEの潜伏期は摂取量にもよるが、ほぼ3〜4年程度であろうと考えられる。またBSEの垂直伝播(BSE牛からその子への感染)については起こり得るがそれによる広がりは小さいと考えられる。

・2001年の健康牛における感染率(10万頭比)はフランスで3.5、ドイツでは1.4

6.BSEから学ぶもの
このBSE騒動は、これまでの経済優先の畜産のあり方に警鐘を鳴らした。これを受け生産者は「食の安全」に根差した畜産(自給飼料中心の生産体系)を模索し始めた。一方、行政は食の安全に対する危機管理の欠如と国民から強い非難を浴びたが、その反省に立って食品安全庁(仮称)の設置やトレーサビリティーを導入し、食の安全・信頼回復に努めようとしている。このように「食の安全」に対しては対策が立てられつつある。しかし「食の安心」を得るには消費者の努力も重要である。
日本の食生活は食べる側(消費者)と供給する側(生産者)の距離が離れ過ぎてしまった。これは消費者の食品選択基準が、安さと簡便さと過度のブランド志向の結果、全世界の安価な食品または高級食材が次々と日本に輸入された。その結果、主要先進国の中で日本は食料自給率(カロリーベース)4割と、飛びぬけて低く、この割合は年々低下している。日本の食べものの6割もが外国に依存し、どこでどのように作られたか分からないものを食べてきたのである。「食の安心」を得るには「食の安全」を確保すると同時に消費者の食品選択の哲学、すなわち「食」と「農」を縮める努力が不可欠である。それがなくして日本の農業は育たない。生産者は食べる人の顔が浮かべば安全な食品を作るでしょう。それが「食の安心」つながっていくのではないでしょうか。

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