クジラン・ニュース

【2009年5月14日】

堺製の捕鯨用火縄銃を公開 江戸時代末期


捕鯨に使われたとみられる火縄銃の銃身と沢田さん(写真:産経新聞)
4月23日22時15分配信 産経新聞
 
鉄砲産業が国内一盛んだった堺市で江戸時代末期、捕鯨用に作られたとみられる
大型の火縄銃の銃身や部品が静岡市の民家から見つかり「堺鉄砲研究会」(大阪市)
が23日、報道関係者に公開した。同会を主宰する沢田平さん(73)は「日
本の捕鯨史の一端がかいま見られる貴重な資料で、今後博物館などに展示できるよ
うにしたい」としている。

 沢田さんによると、火縄銃は銃身などの鉄製の部分が残り、全長約65センチ、
重さ約15キロ、口径約4センチ。天保3年(1832年)ごろに製造されたとみ
られ、照準を合わせる「照星」や「照門」と呼ばれる部分の形式が堺製の鉄砲と似
ているという。他にも部品や弾丸を作るための鋳型が見つかった。

 静岡市の会社経営、奥山靖司さん(46)が、先の大戦で焼け残った部分を保管
していた。研究のために銃を借り受けた沢田さんが今年1月、郷土史の中に、奥山
家が幕府に対して捕鯨で火縄銃を使用する許可を求めた江戸時代末期の文書がある
のを発見。捕鯨用として使用された可能性が高いとして公開した。

 和歌山県太地町立くじらの博物館の桜井敬人学芸員は「日本の古式捕鯨はもりを
手で投げる方法が主流だったが、銃や大砲など欧米の技術を取り入れるまでの捕鯨
に関する資料は少なく興味深い」と話している。
最終更新:4月23日22時15分

【2009年 2月 6日】

古代のクジラは陸上で出産していた、米研究

2009年02月06日 18:44 発信地:ワシントンD.C./米国

【2月6日 AFP】古代のクジラは陸上で出産していたとの米大による研究結果が4日、
科学誌「Public Library of Science、PLoS」(電子版)に掲載された。休息や交尾
なども陸上で行っていた可能性もあるという。画期的な発見は、現在は水中で暮ら
すクジラの祖先は陸上に住んでいたとの仮説を強めるものとなりそうだ。

 研究は全米科学財団(National Science Foundation、NFS)が支援する古生物学研究プログラムの一環。

 ミシガン大学(University of Michigan)のフィリップ・ギングリッチ(Philip
Gingerich)氏が主導する研究チームは2000年と2004年、パキスタンで約4750万年前
のクジラの化石を発見したが、2体の骨が接近しすぎていることが、これまで謎となっていた。

 ギングリッチ氏らは当初、1体の化石は歯が小さいことから、成長した小型のクジ
ラだと考えていた。しかし、歯の大きさに対して肋骨が大きすぎるため、調査を続
けた結果、2体の化石は妊娠中の雌クジラとその胎児のものであることが分かった。

 化石の胎児は、現在のクジラと異なり、陸上のほ乳類と同じ頭位分娩の位置にあ
ったことから、ギングリッチ氏は当時のクジラが陸上で出産していた可能性があると考えている。

 また、化石の歯が大きく魚の捕食に適していたとみられることから、研究チーム
は、当時のクジラは生活の大半は海中で過ごしながら、休息や交尾、出産などは陸
上で行っていたとみている。

 研究チームは、今回の発見が古代のクジラの出産の実態や、クジラが陸から海に
下りた移行過程を解明する大きな手掛かりになると期待している。

【2008年6月16日】

【集う】第21回捕鯨の伝統と食文化を守る会

2008年6月16日8時2分配信 産経新聞

□11日、東京都千代田区永田町、憲政記念館

 から揚げ、ハリハリうどん、冷しゃぶ…。北は北海道から南は九州まで各地から
集まった11店。全17種類の鯨料理が参加者に振る舞われ、鯨が日本の伝統文化
であることを改めて印象付けた。

 主催した「クジラ食文化を守る会」(会長・小泉武夫東京農大教授)には、田久
保忠衛杏林大客員教授らが名を連ねる。与野党の国会議員5人も参加し、会場は立
錐(りっすい)の余地もない盛況ぶりだった。

 あいさつに立った自民党捕鯨議員連盟会長、鈴木俊一衆院議員は「鯨は地域ごと
に独特の料理方法があり、日本の食文化と鯨は切っても切れない関係にある」と指
摘。過激な行動が目立つ環境保護団体の反捕鯨運動についても、「(日本の捕鯨
は)科学的根拠に基づいている」とバッサリ切って捨てた。

 店ごとに分けられたテーブルには、鯨料理が所狭しと並んだ。参加者らはお目当
ての料理の前に長い列を作り、400皿のくしカツを用意した下道水産(北海道網
走市)の担当者は「15分でなくなりました」。

 身動きも取れない状態だったにもかかわらず、参加者らは競うようにして店から
店へ渡り歩いていた。

 父親が鯨の仕入れにかかわる仕事をしていたという東京都世田谷区の主婦、平城
千草さんは「鯨は小さいころから慣れ親しんだ味。やっぱりおいしい」。日本の伝
統文化に理解を持たない反捕鯨運動については、「なぜ鯨の肉だけ食べてはいけな
いのか」と納得いかない様子だった。

 今月23日から27日の日程で、チリの首都サンティアゴでIWC(国際捕鯨委
員会)の総会が開かれる。昭和23年に始まった同委員会は今年で60年をむかえ
るが、環境保護団体による活動が過激化する中、機能不全に陥っているのが現状だ。

 「(科学的根拠に基づく議論ができない)IWCの不正常な状態を、少しでも正
常化していきたい」

 総会に出席する森本稔日本政府代表の決意表明に、参加者らは鳴りやまない拍手
でエールを送っていた。(伊藤美希)

【2008年5月14日】

【愛知】「くじらの寺」伝説を絵本に 田原・願照寺と信徒ら

2008年5月13日 中日新聞

くじら伝説絵本の表紙や本文と波瀬町に伝わる絵入りの古い記録文書

 江戸時代の末、渥美半島の漁村・波瀬村に大クジラが漂着。その油や肉を売った
お金で念願の寺院を建立した−。田原市に伝わるそんな昔話が絵本になる。その時
に建立されたとされる願照寺と信徒らが製作中で、7月にも地元の子どもたちに配るという。

 舞台の村は16世紀の末、徳川家康による一向一揆鎮圧を逃れた浄土真宗の門徒
らが漁業で生活をしていたと言われる。地元に残る古文書によると、慶応2(18
66)年秋、巨大クジラが漂着。クジラは「仏さまの遣いで海中から村を見守って
きましたが、もう仏さまのもとへ帰る時」と話して死んだ。残された多量の皮脂と
肉の売却による大金は議論の末、長老が「新しくお寺を建て、クジラの供養もしよ
う」と提案。願照寺が建立された。

 同寺の信徒の会「同朋の会」はこの伝説を地元の子どもたちに伝えようと、昨年
から絵本製作の計画を進めていた。

 会合を重ねて原稿を練り上げたり、休耕畑にキャベツを育てて製作費を工面。豊
川市出身で信徒と親交のある名古屋市守山区の主婦酒井美奈さん(29)がクジラ
の話に感動し、水彩の挿絵を多数描き上げた。

 絵本の題は「くじらがくれたおくりもの」で、A4判34ページ。1000冊を
製作、7月27日の同寺の「子供フェスティバル」で配られる。 (岡田健三)

【2008年5月7日】

<腹びれイルカ>研究プロジェクト運営委員会が初会合

5月7日20時26分配信 毎日新聞

 腹びれを持つ雌のバンドウイルカ「はるか」に関する研究プロジ
ェクト運営委員会の初会合が7日、東京海洋大で開かれ、繁殖を試
みるなど四つの研究チームの設置を決めた。7月の米国の専門誌に
発見についての論文を掲載し、海外からも研究を募集する。

 はるかは、生殖器と肛門(こうもん)の間に、手のひら大の一対
の腹ビレを持つ。06年11月、和歌山県沖の熊野灘で、世界で初
めて生け捕りにされた。現在は和歌山県太地町の町立くじらの博物
館で飼育、一般公開されている。

 設置するのは、繁殖を目指す生理繁殖研究▽腹びれの機能を解明
する行動機能研究▽遺伝研究▽形態研究−−の4チーム。これまで
の研究では、4日間のビデオ撮影で少なくとも37回、自律的に腹
びれを動かしていた。すでに血液検査を始め、成熟期かどうか確認
しているという。

 東京海洋大教授の加藤秀弘委員長(鯨類学)は「イルカを傷つけ
ないよう繁殖研究を最優先する。鯨類の進化の秘密を解明し、同じ
哺乳(ほにゅう)類である人類の起源に少しでも近づきたい」と抱
負を述べた。来年度の文部科学省科学研究費に申請する予定という。

 また、加藤委員長は「胎児時代になくなるはずの後ろ脚が引っ込
まず、そのままひれに変化したと私は考えているが、委員会内でも
退化の突然変異など意見は分かれている。いろいろな意見が集まる
よう、優秀な研究を世界中から公募したい」と話した。

 バンドウイルカは鯨目ハクジラ類の一種で、人によく慣れてショ
ーなどに使われる。【関東晋慈】 最終更新:5月7日20時43分

【2008年5月2日】

ミンククジラ:漂流死、なぜ瀬戸内・播磨灘に 姫路海保、学術調査で引き渡し /兵庫

5月2日17時2分配信 毎日新聞

 ◇国立科学博物館引き渡し
 姫路海上保安部は1日、播磨灘で死んで漂流しているミンククジラ(体長約5メ
ートル、重さ約1・5トン)が見つかり、学術調査のため国立科学博物館(東京都
台東区)に引き渡したと発表した。財団法人・日本鯨類研究所によると、瀬戸内海
にミンククジラが入り込むのは珍しいという。
 姫路海保によると、4月27日午後5時ごろ、姫路港沖約32キロで、尾がない
状態で仰向けに浮いている死んだクジラをLPGタンカー「第八グリーン丸」(浜
田孝次船長、749トン)の乗組員が発見。海保に届け出た。船舶の航行の障害に
なることから、巡視船「ひめぎく」が約4時間かかって姫路港まで曳航した。
 クジラは4月29日に陸揚げされ、科学博物館が▽細胞のDNA調査▽胃の内容
物調査▽体内の環境汚染物質の有無調査▽骨格の標本保存――などのために引き取
った。腐敗した肉は焼却処分されるという。
 関係者は「なぜ瀬戸内海に迷い込んだか分からない」と首をひねっている。日本
鯨類研究所は「古い記録によると、明治のころまでは瀬戸内海でミンククジラを捕
っていたようだ。ただ、近年、海上が船舶で混雑するようになったため、クジラの
方が瀬戸内海を避けるようになったのではないか」と推測している。【丸井康充】
〔播磨・姫路版〕
5月2日朝刊 最終更新:5月2日17時2分

【2008年3月29日】

くじらマップ:捕鯨ゆかりの長門と下関が共作 文化や歴史など紹介 /山口

3月29日17時1分配信 毎日新聞

南極海捕鯨の基地として栄えた下関市と伝統古式捕鯨の地・長門市の捕鯨史を紹介
する「下関・長門くじらマップ」(A4判8ページ)が完成した。両市役所や道の
駅などで配布し「クジラの町」の文化をPRする。両市と市民団体「下関・長門鯨
文化交流事業推進協議会」の作成で捕鯨の歴史をしのばせるスポット25カ所(下
関12、長門13)をルートマップ付きで紹介している。
下関側は、捕鯨で戦後復興に寄与した大洋漁業の旧本社▽引退した捕鯨船「第二十
五利丸」――など、長門側は、毎年7月21日に勇壮な古式捕鯨を演じる「通(か
よい)くじら祭り」▽国重要民俗文化財の捕鯨用具140点を展示する「くじら資
料館」――などを紹介している。
下関市史編修室の安冨静夫さんと、くじら資料館の藤井文則館長が執筆した。【取違剛】
………………………………………………………………………………………………………  
■今日のことば
 ◇通くじら祭り
 鯨墓建立300年を記念し92年から始まった。地域活性化を目的に通漁協青壮
部が中心となって実施した。全長13.5メートルのナガス鯨の模型を用いて江戸
時代の捕鯨方法を再現する古式捕鯨の実演のほか、和船競漕大会、通鯨唄奉納などがある。 〔山口版〕
3月29日朝刊

【2008年3月3日】

クジラの肉は牛肉より環境に優しい=ノルウェー活動家

3月4日10時34分配信 ロイター


3月3日、ノルウェーの捕鯨推進活動家、捕鯨が畜産よりも環境に優しいことが調
査を通じて分かったとし、クジラを食べることが地球を救うことにつながるとの見
解示す。写真はオスロの店で鯨肉を手に取る捕鯨推進団体ハイ・ノース・アライア
ンスの関係者(2008年 ロイター/Alister Doyle)

 [オスロ 3日 ロイター] ノルウェーの捕鯨推進活動家は3日、捕鯨が畜産
よりも環境に優しいことが調査を通じて分かったとし、クジラを食べることが地球
を救うことにつながるとの見解を示した。
 捕鯨船の燃料消費に焦点を当てた同調査では、鯨肉1キロ当たりの温室効果ガス
排出量は1.9キロであり、牛肉の同15.8キロ、豚肉の6.4キロ、鳥肉の
4.6キロに比べて少ないと指摘。「牛肉の食事1回分による温室効果ガスの排出
量は、鯨肉の食事8回分に相当する」としている。
 北極圏沿岸地域を代表する捕鯨推進団体ハイ・ノース・アライアンスの関係者は
「他の種類の肉との比較では、地球のためにできる最善策がクジラの肉を食べるこ
とであることが分かった」と述べた。
 一方、環境保護団体グリーンピースは、肉に比べればほぼすべての食べ物が環境
に優しいとし、この主張を否定している。

【2008年1月19日】

雑記帳 メダカのような「クジラウオ」の化石 青森


1月19日16時7分配信 毎日新聞

新属新種として「アオモリムカシクジラウオ」と命名された魚類の化石=青森県青
森市の県立郷土館で2008年1月18日午前11時1分、野宮珠里撮影

 ◇青森県立郷土館(青森市)は18日、所蔵する約1500万年前の魚の化石は
深海魚クジラウオの仲間の新種で、「ムカシクジラウオ属アオモリムカシクジラウ
オ」と命名したと発表した。

 ◇この仲間の化石発見は世界初。1970年に同市で発見され、魚に興味を持つ
学芸員の赴任をきっかけに鑑定が進んだ。現生種とは、ひれの大きさや位置が違うという。

 ◇顔がクジラに似て迫力があることから「クジラウオ」と呼ばれるが、化石は体
長わずか7.4センチ。30センチ程度ある現生種に比べてあまりに小さく、関係
者も「これではメダカウオだ」。【野宮珠里】

【2008年1月19日】

魚類化石:1500万年前、深海魚の新属新種−−県立郷土館、きょうから公開 /青森


1月19日12時1分配信 毎日新聞

◇「昔は県域が深海に」
 ◇現生種も水深2000メートルで採集
 昔は深海の底だった――。青森市で発見されていた1500万年前の魚類化石は
深海魚の新属新種であることが、県立郷土館の島口天(たかし)学芸主査らの研究
で明らかになった。今でこそ中心街にビルが建ち並び、2年後には新幹線も通る県
都も、昔は光の届かない暗闇の世界が広がっていた。(社会面に「雑記帳」)
 同館によると、化石は70年10月、同市荒川上流で林道拡張工事を行っていた
民間会社の社員が路上で見つけ、72年に同館に寄贈された。当初魚類の種類がは
っきりしなかったが、2000年に島口主査が、魚類化石研究の第一人者である国
立科学博物館の上野輝弥・名誉研究員に研究を依頼、ルーテル学院大の藤井英一教
授も加わり研究が進められてきた。
 化石には現生種のアカクジラウオダマシと体の構造に共通の特徴が見られた。だ
が▽腹びれが大きく長い▽しりびれの付く位置が異なる▽側線上のうろこの数が多
い――という違いが確認されたことから、新属を提唱。昨年12月21日発行の国
立科学博物館の研究報告に、3人の連名で論文が発表された。
 最も近い現生種のアカクジラウオダマシは深海に生息し、体はぶよぶよして真っ
赤な色をしている。日本で5、6例(うち2例は青森県沖)しか捕獲されていない
珍しい魚だという。
 島口主査は「体が軟らかい魚類は化石になりにくいが、細かい部分まで観察可能
なほど保存状態が良いのは奇跡的。また現生種は水深300〜2000メートルか
ら採集された報告があり、約1500万年前の青森県域が深海の環境にあったこと
が裏付けられる」と話している。
 化石は19日から31日まで、同館エントランスホールで無料公開される。【野宮珠里】
1月19日朝刊 最終更新:1月19日12時1分

【2008年1月12日】

セナミクジラの化石公開開始


新潟日報2008年1月12日

村上市のイヨボヤ会館は、同市瀬波地区で1982年と96年に発見された古代クジラの
化石の展示、公開を始めた。化石は約1300万年前(新生代)のもので、ヒゲクジラ
の先祖とみられている。国内ではこの時代のクジラの化石はほとんど発見されてお
らず、学術的に貴重な資料だという。

 展示されているのは、ケースに入った脊椎(せきつい)の標本と、岩石に埋まっ
た状態の化石の2点。同一個体とみられ、「セナミクジラ」と名付けられている。

 82年に見つかった化石は瀬波海岸を散歩中の男性が発見した。大きな岩の表面に
動物の骨のようなものが露出していたため、村上女子高の教諭だった大滝清二さん
(78)=同市田端町=らが調査。出土した地層などからクジラの可能性が高いことが分かった。

 化石の大半が岩の中に隠れていたため、同校科学クラブの生徒が取り出しに挑
戦。ダイヤモンド製のドリルなどを使う「クリーニング」という方法で脊椎の骨な
どを一つ一つ取り出した。

 約3年がかりで頸椎(けいつい)から腰椎まで20個の骨が連続する標本を完成。
さらに現代のクジラの骨格と比較したところ、化石はヒゲクジラの祖先で全長は約
10メートルだったことも判明し、標本は同市郷土資料館(おしゃぎり会館)などで
展示、保管していた。

 96年には瀬波海岸の護岸工事中、最初の発見現場付近から新たに骨が露出した岩
石が見つかった。同市は最初の化石と同一個体に間違いないと判断。費用面の問題
からクリーニングは断念し、酢酸溶液で岩石部分を溶かす方法を採用。露出部分が
増えてきたことから、最初の標本と合わせてイヨボヤ会館で展示することを決めた。

 大滝さんや同市によると、数百万年前のクジラの化石は発見例が多いが、新生代
のものは愛知県や岩手県で出土例がある程度。しかも、水生生物の体は水流の関係
で死後バラバラになるケースがほとんどで、個体の化石がまとまって見つかるのは
非常に珍しいという。

 村上市生涯学習課は「非常に古い時代の貴重な化石。大勢の人に見てもらいたい」と話している。

新潟日報2008年1月12日



【2007年12月20日】

クジラ祖先はマメジカに似ていた=最も近い偶蹄類、インドで化石発見


12月20日3時30分配信 時事通信

 クジラは陸上の水辺で生活していたカバなどの偶蹄(ぐうてい)類が水中に適応
して進化したと考えられているが、インド北部の約4800万年前の地層から、クジラ
に最も近い偶蹄類の化石が見つかった。同国と米国の研究チームが20日付の英科学
誌ネイチャーに発表した。
 この「インドヒュス」はアライグマ程度の大きさで、外見は現在アフリカに生息
するミズマメジカに似ている。泳ぐのに適した身体構造ではないが、浅瀬によく歩
いて入り、水草や昆虫などを主に食べていたと考えられる。
 このため研究チームは、クジラ・イルカ類への進化は、水中への適応ではなく、
魚類やプランクトンを餌にするようになった時点で起きたとの新説を提唱した。 

【2007年9月25日】

クジラ全身骨格標本 県の天然記念物指定へ(和歌山)


9月25日17時1分配信 紀伊民報


【県天然記念物の指定を受ける見込みとなったセミクジラの全身骨格標本(太地町の町立くじらの博物館で)】
 太地町太地の町立くじらの博物館で展示や保管されている、セミクジラやホッキ
ョククジラなどクジラの全身骨格標本十数体が来年度、県の天然記念物の指定を受
ける見通しとなった。県教委文化遺産課は「捕獲日や場所がはっきりしており、セ
ミクジラの骨格標本は世界的にも貴重。今後、標本1体ずつ指定するのか全体で指定
するのかを検討する」と話している。
 県教委の文化財指定ランクアップ事業の一つ。本年度から同課調査班が現地を訪
れるなど、指定に向けて調査を続けていた。
 セミクジラの骨格標本は、1969年の開館後間もなくして吹き抜け部分に展示され
た。1968年、オホーツク海で科学的調査のため、特別に捕獲された2頭のうちの1頭
を譲り受けた。体長15・2メートル、重さ約50トンの雄。セミクジラの全身骨格標本
は国内に数体しかなく、世界的にも珍しい。最も絶滅の危機にひんしているクジラ
の一種で、1935年に捕獲禁止となっている。一緒に展示されているセミクジラの模
型はこのクジラの頭部と胸びれ、尾びれを石こうで型を取って作られた。  
ホッキョククジラは1969年6月に大阪湾へ迷い込んで自然死したもの。体長6・4メ
ートル、生後2年目とみられる幼体。北極などに生息する同クジラが、これほど南に
遊泳してきたという極めて貴重な資料となっている。このクジラも絶滅の危機にひ
んしており、商業捕鯨は中断されている。現在はアラスカ先住民が少数を捕獲しているのみ。
 同館は昨年度に人文系学芸員、本年度に自然系学芸員をそれぞれ採用。これまで
観光施設としてのイメージが強かったが、過去の資料を洗い直し、データベースを
作るなどして博物館としての機能を充実させている。この取り組みも評価された。
 桜井敬人学芸員(36)は「県の指定を受けることで、あらためて標本の価値が認
められたということになる。県民、そして世界の宝として守り、研究していきたい」と話している。
 木下淳県教委文化遺産課長(54)は「県の文化財指定に向けて来年早々に予定さ
れている審議会に諮りたい」と話している。



【2007年8月15日】

【房総夏の香り】(7)鯨肉エキスとたれ一体に


8月15日7時50分配信 産経新聞

 捕鯨基地がある南房総市和田町。夏になると潮風に乗って、たれに漬け込まれた鯨肉
の香りが漂い始める。江戸時代から伝わる食品「鯨のたれ」作りの季節だ。

 伝統の味の素材にはツチクジラの背中の赤身が使われる。6月20日の捕鯨解禁
を待って近隣の魚屋さんや加工業者が8月末まで一斉に鯨肉を買い付け、町全体が活気づく。

 鯨肉を厚さ数センチにさばき、しょうゆや塩をベースにした独特のたれに2日間
漬け込む。天日に干し、ころ合いを見て手際よく裏返さないといけない。照り付け
る日差しや風が商品としての出来栄えに影響するからだ。

 クジラ加工会社「ハクダイ食品」(南房総市千倉町)の3代目、大川浩司さん
(45)は「製品の良しあしはたれを干す過程にある。毎日、天気が気になります」と話す。

 やや黒みを帯びた光沢のある赤い鯨肉は、強烈な太陽の下でじりじりと水気を失
う。身を徐々に縮めながら、より黒っぽく色を変え、たれと鯨肉のエキスが一体と
なった匂(にお)いが辺りに立ちこめる。

 保存方法が限られ、少しでも長持ちするようにと味付けには塩が使われ、肉の厚
さはなるべく薄くして干す時間を長めに加工されている。

 この昔ながらの製法で作られ、わらで束ねられたのが「かた干し」で、“元祖鯨
のたれ”といったところだ。近年はたれに漬け込んでから、数時間だけ干したソフ
トタイプの物も販売され、こちらの方が好評のようだ。
 地元では遠方の家族に送ったり、盆暮れに帰省する際の土産物としたりする風習がある。
 
大川さんはこう話す。
 
「鯨のたれをPRすることで、鯨の食文化の素晴らしさと伝統を伝えていきたい」
(飯沼知子)=おわり 最終更新:8月15日7時50分

【2007年8月8日】

中国・揚子江のイルカ、人間が原因で絶滅と Web posted at: 18:25 JST- CNN/REUTERS


ロンドン──中国の揚子江に生息しているヨウスコウカワイルカが事実
上、おそらく絶滅したと、国際研究チームが8日、学術誌に調査結果分析を発表し
た。人間の社会活動が原因で絶滅した、最初のイルカとなったとしている。

ヨウスコウカワイルカは、クジラ目ヨウスコウカワイルカ科のイルカ。約2000
万年前から、揚子江に生息していたと見られている。

1980年代には約400頭の個体が確認されていたが、97年の調査時に確認で
きた個体数は13頭に激減。地元の漁師は、2004年に姿を見たと主張していた。

そこで、米国や英国、日本、中国の研究者がチームを結成し、昨年末に30人が6
週間をかけ、揚子江を1000キロにわたって現地を調査。

その結果、調査では見つからなかった個体が揚子江で生息している可能性もある
が、種として存続するだけの十分な数は見込めないと結論づけられ、事実上の絶滅
が宣言された。

ヨウスコウカワイルカの個体数が激減し、絶滅にいたった原因として、調査隊は乱
獲と揚子江の水上交通量の増加を挙げている。
ヨウスコウカワイルカは、目がほとんど見えないため、超音波を利用して水中で生活し
ているが、水上交通で使われるエンジン音により、この超音波が干渉を受けて、エ
サの摂取に悪影響を与えたとしている。

揚子江では、クジラ目ネズミイルカ科のスナメリも絶滅の危機に直面しており、そ
の数は現在、400頭を割り込んでいると推定されている。

【2007年7月4日】

 クジラ化石 世界最古のセミクジラ属新種 信州新町博物館 7月4日17時11分配信 毎日新聞  


長野県信州新町の信州新町化石博物館(新井澄館長)に展示されているクジラの頭
部の化石が、セミクジラ属としては世界最古の約500万〜600万年前の新種で
あることが分かった。「シンシュウセミクジラ」と名付けられた。
 頭部だけで長さ約3.2メートルあり、体長は約15メートルと推定される。鼻
骨が細いのと、ほお骨が後ろに伸びているのが特徴だという。化石は1938年に
同町内で発見され約30年後に掘り出された。ほとんどの部位が失われ、残った頭
部の研究が進められてきた。セミクジラ属としては、イタリアで発見された約35
0万年前のものが最古とされてきた。【谷多由】
最終更新:7月4日17時11分 毎日新聞

【2007年6月15日】
   
訂正:アラスカで捕獲されたクジラ、体内から100年以上前の銛  6月13日14時30分配信 ロイター


[アンカレジ(アラスカ) 12日 ロイター] アラスカ沖で先月に捕獲された
巨大なホッキョククジラ(訂正)の体内から、1800年代に商業捕鯨で使われて
いた銛(もり)の破片が見つかった。現地ノーススロープ郡の当局者らが12日に
明らかにした。
 同地の野生生物学者クレイグ・ジョージ氏は、このクジラの年齢が130歳前後
の可能性があると指摘している。
 発見された破片は1880年前後に製造されていた爆薬仕掛けの銛の一部。現地
に住むイヌイットが先月に捕獲したセミクジラから見つかった。
*12日の記事第1段落で「セミクジラ」を「ホッキョククジラ」に訂正します。
最終更新:6月15日11時49分

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