日本を変えたい! 今日も全力疾走
まさのあつこ さんの生き方


「80円で川1本救おう!」
 そのメッセージは1995年2月、まだインターネットも普及していなかったパソコン通信の時代に、ニフティ・サーブの掲示板にアップされました。タイトルは「ダム日記」。
 それは、まさのあつこがこのあとの人生をかけて長く取り組むことになる、深くて豊かで、だからこそ苦しみもたくさんある「水脈」への入り口となりました。

「80円で川1本救おう!」

 そのメッセージは1995年2月、まだインターネットも普及していなかったパソコン通信の時代、ニフティ・サーブの掲示板にアップされました。

「80円で川1本救おう。
開いてくださって有難うございます。
今日より、「ダム日記」の連載を始めます。」
書き出しは、こんな風でした。
 ダム日記。それは、まさのあつこがこのあとの人生をかけて長く取り組むことになる、深くて豊かで、だからこそ苦しみもたくさんある「水脈」への入り口となりました。

 まさのあつこ、31歳。当時、彼女は3万円のアパートで冷蔵庫も持たずに暮らす不思議な女性でした。
つい先日まで、1年間かけて南米を旅していた彼女は、日本にいた時代に眠る時間をナポレオン並みに削って手に入れた完璧な英語力と、渡米したあと、2週間でものにしたスペイン語力を武器に、ザックひとつで身軽に旅する"バックパッカー"だったのです。

 日本と違い、いつ殺されるか、犯罪に巻き込まれるか分からない南米の旅の中で、彼女は守るべきものの順を「命、女(としての自分――レイプの可能性などからの)、パスポート、金」と決めて、常にヒリヒリするような緊張感を持ちながらも、充分に楽しんだ日々を過ごした彼女は、帰ってきたとき、当然のことながら無職でした。
旅行でお金もほとんど使ってしまった。職を探しても、「今」使えるお金がない。そんな中で、彼女はいつものように"今、自分の武器は何か?"を自らに問いました。

 これは後述しますが、彼女がある人の出会いから得た、人生の指針なのです。そして、そのときに出た結論。まずは英語、スペイン語、それから……。
「バックパックだー!」
 お金がなくても、いつもバック一つですぐ次の場所に旅立っていた南米での暮らし。いや実は、普通、一人暮らしに必要だと思われている様々なもの――冷蔵庫や、洗濯機や、たくさんの洋服、たくさんの食器etc…は、なくても「生きていける」ものだったのです。だから、住処もひと部屋の、3万円の部屋で上等。
「それに、私はこれからの人生、今まで私が得たものを還元するために使うのだから、自分のためのものはいらないや」。
 そう彼女はつぶやいたかもしれません。そう、彼女は帰国したとき、胸の中にある決心を抱いていたのでした。

いつかたどり着くどこかを探して
 南米に行くことになったのは、カッコよくいえば「狭い日本にゃ住み飽きた!」っていう感じ。日本にはない仕事と人生を求めて旅立ったのでした。

 彼女は以前、日本の地方都市に暮らし、家族のために山のような家事をこなす日々を送っていました。
 そんな事情で、進むはずだった大学にも進学できなかったのですが、彼女は強い向上心を持った女性でした。
 たまたま事情で進学できなかったのだから、準備が整ったら大学に「戻れ」ばいい。そう考えて、その日のために最もシェイプアップが必要な英語をとにかくモノにしてしまおうと、家事をこなしたあとに「(午前)4時までは自分の時間!」と決め、布団から顔だけ出して英字新聞をテキストにして「苦学」していたのです。

 時にはそのまま突っ伏して寝てしまって、顔に新聞が"印刷"されたりもしました。翌朝6時にはウトウトしながらラジオの英会話講座の聞き取り。7時からはまた仕事や家事が待っています。
 そんな向上心に導かれ、彼女はやがてアメリカへ留学します。英語をマスターして帰国後、英会話教師として活躍するようになり、数年の時を経て、日本を飛び出したのです。南米を旅したのは、そのときでした。
 彼女は信じる道に向かってひたすら進んだ結果、今、無職となって日本にいるのでした。

 そんな日々を経て思ったこと。

「今に至ったのは、自分の思うように生きてきたから。でも今、自分の力で稼ぎも、憧れの暮らし(歩いてすぐに海がある!etc.)も手に入れたけど『自分のためだけに生きる』って、そんなに楽しくもないんだな。
 それより、私を今までこんな風に生かしてくれた人たち、傷つけてきた人たち、みんなに支えられて今こうしているのだから、これからは、今まで得たものを世の中に還元して生きていこう」。


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