サメはいつ、地球上に誕生したのでしょうか。
このページでは、サメのとても長い進化の過程を紹介します。

*これからの最新の情報や学説によって、
内容に変更がくわえられる可能性があります。




目次;


1.サメの誕生

2.サメの原型?、クラドセラケ

3.古代ザメの世界
ステタカントゥス/イニオプテリクス
/ヘリコプリオン

4.中生代、新生代、そして現代のサメへ…

ヒボーダス/メジロザメの仲間の誕生
/白亜紀の大型ザメ・クレトキシリナ
/ホホジロザメの仲間とメガロドン



1.サメの誕生


サメの祖先とは一体何なのでしょうか。残念ながら、まだはっきりしていないのが現状のようです。いまのところ、板皮類(ばんぴるい)という種族が祖先にあたるのではないかといわれています。板皮類は、約4億2000万年前のシルル紀に登場した種で、石炭紀(3億6000万〜2億8000万年前)に絶滅したとされています。体は硬い殻におおわれていました。

この板皮類のいたシルル紀の地層から、サメの特徴の一つである硬いうろこ(盾鱗、じゅんりんと呼ぶ)の化石が見つかっています。したがってサメ、エイ、ギンザメなどの軟骨魚類の祖先は、この時代にはすでに登場していたと考えられています。しかしよりはっきりとしたサメの祖先はデボン紀の初期、4億年前に現れ、それ以来ひたすら進化の道を歩んで来たと推定されています。最も古いサメの化石は4億1800万年前のものですが、これは歯でしか見つかっていません。

しかし、2003年10月1日、4億900万年前の古代ザメの、ほぼ完全な化石が発見されたと報道されました。このサメはドリオダス・プロブレマティクス(Doliodus problematicus)と呼ばれるサメで、50〜75センチ程度にしか成長しなかったと考えているそうです。化石はカナダのニュー・ブルンスウィックで発掘されており、脳を納める部分(脳頭蓋)、盾鱗(サメのうろこ)、石灰化した軟骨、大きなヒレの骨格、一組になったはさみのような形をした歯が上顎と下顎についている状態で見つかっているそうです。しかも軟骨魚類としては珍しく、胸ビレには骨格が残っていました。

またドリオダスの歯は、現在のサメのように新しい歯が前に押し出されてくる、生え変わり式のものに似ているそうです。同じく古代ザメとして有名なクラドセラケなどは、このような歯の生え変わりシステムを持っていなかったと推測されているので、意外な発見ともいえます。また興味深いことに、研究者たちは温帯や熱帯の海で見られる、エイによく似たカスザメに、この化石のサメが似ていると述べています。

ナショナル・ジオグラフィックのホームページ
http://news.nationalgeographic.com/news/2003/10/1001_031001_sharkfossil.html
にて、ドリオダス・プロブレマティクスの詳しい報告と化石の写真を見ることができます。

何回もあった大絶滅の中で、サメのある系統は死に絶え、ある系統は生き延びてきました。サメは体の構造もふるまいもほとんど変えてこなかった、とよくいわれます。例えば今日のサメのグループは、恐竜の現れた一億年前からの姿そのまんまです。この事はサメがどれほどサバイバルに適した生き物であるかを物語っています。

残念ながらサメは、歯を除いて体の大部分が筋肉や軟骨で出来ているため、たいていの場合は死んでも化石化せずに、解体してなくなってしまいます(軟骨はコラーゲンなどで成り立っているためカルシウムを含まず、化石として残りにくいそうです)。したがって化石化した歯や、偶然にも化石になった骨格などから、古代ザメの姿形や生態を推測するしかないのです。古代ザメの研究は、恐竜などのまだ形がはっきりした古生物よりも、はるかに想像力が要求される分野です。

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2.サメの原型?クラドセラケ



サメの祖先として最も印象深いのは、クラドセラケ(Cladoselache)です。最も古くて原始的なサメですが、かつて南アメリカ大陸を覆っていた海の底であったオハイオやケンタッキーやテネシーなどの地域の暁新世の化石層からその化石が見つかっています。クラドセラケはデボン紀後期の3億8000万年前に生きていて、1メートル20センチくらいでした。

彼らはすでにサメの基本形態をなしており、三角形の、軟骨で支えられた硬いヒレと、鋭く先の尖った歯を持っていました。顎(あご)は今のサメと違って正面に突き出ていました。あごの構成は、現在のサメの上あごが頭骨と可動性のじん帯でつながっていて、あごを前に飛び出させて、獲物を効率よくくわえられる、舌接型(ぜっせつがた)であるのに対し、クラドセラケの場合は上あごが頭骨に2箇所でつながっている両接型です。その歯は、使いすぎでひんぱんに先が欠けていました。おそらく今のサメのように、新しい歯が出てきて古い歯と入れ替わることがなかったからなのでしょう。エラの数は、現代のサメの主なグループの5対よりも多い7対です。

クラドセラケは今のホホジロザメに近い形の尾びれを持っており、それで当時の巨大な甲冑魚などの捕食者から逃げていたのであろうと推測されます。クラドセラケは現代のサメのオスが持っている交尾器官がありませんでした。クラドセラケの仲間(クラドント)の時代は2億6000万年前に終わりました。クラドセラケは、最新の学説では現代のサメの直系の祖先ではなくて、その一派だとするのが主流です。

このクラドセラケの特徴を今も多く持っているのが、ラブカです。ラブカは、クラドセラケの直接の子孫とは考えられていませんが、通常のサメの5対より1対多い6対のエラと、頭の先端についた口があります。現代のサメのほとんどは、口は頭の下方に位置します。また、あごの形状は、クラドセラケと同じ両接型です。クラドセラケのあと、繁栄はヒボーダスといわれるサメの新しい種族に受けつがれていきますが、その前に、3億年前のサメの大繁栄の時代にふれておきましょう。

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3.古代ザメの世界


3億年前(三畳紀以前、恐竜の存在する前)には、サメはすでに多様性を誇る種族になっていました。この頃はサメが最も栄えた時代で、なんと当時の魚類のおよそ70パーセントがサメでした。この時代の地層から、古生物学者たちはありとあらゆる大きさと形をした歯を発見しています。ただその中で明らかなのは、当時のサメは現世のいかなるサメとも違っていたということです。そうした時代のサメを、ここで何種かとりあげて見ます。

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ステタカントゥス(Stethacanthus)



3億7500万年前に生きたステタカントゥスは、背中の第1背ビレの部分に大きな、飾りのようなものがついていました。体長は数十センチがいいところだったようです。古生物学者たちは、オスだけがこの飾りを持っており、メスにその大きさを宣伝して求愛し、さらにメスをめぐるオスどおしのけんかにも使用したものと考えています(古生物学者は古生物の頭に大きな飾りがついていると、すぐにオスのディスプレイだと考えたがるように見えるのは、私だけでしょうか)。

また、この飾りは防御用のためのもの、あるいはコバンザメのような大型の生き物にくっつくための吸盤、などとする説もあります。

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イニオプテリクス(Iniopterix)


3億2000万年前の北アメリカの地層から発見されたこのサメは、イニオプテリクス(イニオテリジアンズ属)といいます。このサメは、驚いたことに、首筋に羽が生えていて、天敵から身を守るためにトビウオのように跳ぶことさえ出来たというのです。

しかし、このずんぐりしたサメは、ヒレの形状などから、どちらかというと海底でじっとしているタイプであったのではないかともいわれており、詳しいことはよく分かっていません。下の画像は、別のイニオプテリクスの絵と現代のサメの写真を混ぜて私が描いたものです。



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ヘリコプリオン(Helicoprion)


ヘリコプリオンは有名な古代ザメで、2億5000万年前の古生代ペルム紀に生きていました。体長は3メートル前後で、異様な丸く突き出たアゴを持っていますが、その特殊な顎の形状は、固い殻を噛みくだくためのものであったろうといわれています。しかし、この歯によって獲物をたやすくきづ付けたり動けなくさせたりできたのではないかとの説もあります。

またこの特殊なアゴは、上アゴのほうについていた、などとする説もあって、正確にはどこについていたのかははっきりとしていません。ここに載せてある画像は、とりあえず下アゴについていたとするスタンダードな説にのっとって、私が想像にまかせて描いたものです。



このようなユニークなサメを見ても分かるように、古生代の海には、想像もつかない世界が広がっていただろうということが推測されるのです。

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4.中生代、新生代、

そして現代のサメへ…


ヒボーダスの仲間


クラドセラケの仲間は消滅しましたが、その間に別のサメの種族が現れて、生き延びました。それはこのヒボーダス(あるいはハイボーダス、Hybodus)と呼ばれるサメの仲間です。ヒボーダス類(ハイボドント)は、古生代後期の石炭紀に現れ、中生代の白亜紀まで栄えました。

この仲間は、またオスの交尾器官も備えていました。背中の第1背ビレと第2背ビレの前部には、捕食者から身を守るための棘がそれぞれついていました。このヒボーダスに特有の防御用突起は、いまもネコザメの仲間がもっているため、彼らはまだヒボーダス類の特徴を残している、古い種と考えられています。古生物学者は、好んで彼らのことを生きた化石と呼びます。

ヒボーダス類は、現代のサメの祖先だといわれていましたが、現在のサメはヒボーダスとはまた別の一派、真正板鰓類(しんせいばんさいるい)という系統に属するといわれています。しかし、この点ではまだ論争も多く、はっきりしていないのが現状のようです。

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メジロザメの仲間の誕生




メジロザメの仲間の祖先の化石はドイツの1億5000万年前の地層で発見されています。この仲間は、パレオカーチャリアス(Paleocarcharias、古代メジロザメの意)といいます。彼らは、後の、オオメジロザメシュモクザメなどのメジロザメ類の大繁栄の基礎を作りました。おなじドイツの地層では、サメとエイの中間にあたり、エイの先祖となるプロトスピナクス(Protospinax)も発見されています。

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白亜紀の大型ザメ・クレトキシリナ

中生代の白亜紀後期(約7000万年前)に生きていたクレトキシリナ・マンテリ(Cretoxyrhina mantelli Agassizと呼ばれるサメは、体長が約6メートルで、250以上の歯を備えていたといいます。

サメの化石としては珍しいことに、このサメの化石はほぼ完全な形で掘り起こされました。このサメの姿は現在のホホジロザメと大差なかったようで、このサメの歯が食いこんだモササウルス(同時代に生きていた海の大型爬虫類)の脊椎の化石が見つかっていることなどから、クレトキシリナはモササウルスなども襲っていたと推測されています。

クレトキシリナ・マンテリに関する情報は、
A GIANT GINSU SHARK(http://www.oceansofkansas.com/BigShark.html)と、
Cretoxyrhina mantelli - The Ginsu Shark(http://www.oceansofkansas.com/ginsu.html)で見ることができます。

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ホホジロザメの仲間とメガロドン


恐竜の絶滅した時代、つまり6500万年前からすでにホホジロザメの仲間はすでに存在していました。この時代の地層からはホオジロザメの仲間の歯が数多く見つかっています。そしてその仲間から派生したものが、メガロドンです(メガロドンについての情報はこちら!)。

メガロドンは最大15メートルにもなるホホジロザメの祖先で、新生代第三紀の中新世(2600万年〜600万年前)の海に生息していました。

現在サメは、大体380〜400の種に分かれていると思われています。正確な数はわかっていません。分類方法が専門家によって違っていたり、常に新種が発見されたりしているからです。現在もサメたちはそれぞれ独特の形態と生き方をもっていて、私たちを驚かせてくれるのです。

先にも述べましたが、サメの全身骨格が発見されることはきわめてまれで、現代のサメがどうやって進化したのかは、謎につつまれています。

サメは4億年間という、とほうもない年月を生きのびてきた種族であり、恐竜の栄えた1億8500万年間よりはるかに長く(ちなみに現世の人類が生きたのは30万年にしかなりません)、これに匹敵するほど長く生きた生物は、他には海にも陸にもほとんどいません。にもかかわらず、人間が登場して以降、サメは人口増加にともなう乱獲や海洋汚染をはじめとした、さまざまな危険にさらされ始めています。

しかし4億年もの長い歳月を経て、海を生きてきたサメは、生態系にとって欠かせない存在となっています。サメがいるからこそ、クジラや他の魚類が生きていけるといってもおかしくありません。もしサメがいなくなってしまうと、海の生態系は大変な混乱に陥るでしょう。そうなれば、以前のように人間が海で生計を立てていくことも不可能になってしまいます。生態系を守ってくれるサメは、私達人間の将来のためにも、欠かせない存在だといえるでしょう。





そして物語は続く…



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