海の悪役としてイメージが定着してしまったサメですが、
サメたちの本当の姿とは何なのでしょうか。

目次;


1.「サメ伝説」のはじまり

2.『ディープ・ブルー』

3.サメは凶暴で危険な生き物ではない


4.サメと関わっている人たちの感想

5.サメの世界への招待




1.「サメ伝説」のはじまり




ふだん、人がサメと聞いて思い浮かべるのは、「海の人食い」とか「殺し屋」といった不吉なイメージです。しかし、サメの持つ恐ろしい面がやたらと強調されるようになったのは、つい最近のことで、1970年代に映画『ジョーズ』が公開されてからです。

ピーター・ベンチュリーの小説をスピルバーグが映画化した『ジョーズ』は、海岸に突然現われた巨大なサメが人を襲うという話でした。今の時代、何かの生き物に食われるなどということはめったにないため、このサメの襲撃というテーマは、センセーショナルな話題をよびました。

その後、各メディアが好んでサメの恐怖をあおり、視聴者もそれを歓迎するという傾向が生まれました。しかしテレビが紹介するサメの姿は怪物じみており、普通の動物としてのサメの姿とは大きく異なるものでした。そしてサメに対する怪物幻想は、いつしか頭にこびりついて離れないものへと変化していったようです。

またサメが悪役にされた結果、思わぬ事態が起こるようになりました。『ジョーズ』公開ののち、サメをターゲットにしたスポーツフィッシングが流行りはじめたのです。一時期、ホホジロザメ(『ジョーズ』に出ていたサメ』)は欧米のスポーツフィッシャーマンにとって、名誉のトロフィーでした。一部の人びとはサメを必要以上に多く殺し、怪獣退治の英雄であるかのように、サメの死体の前でポーズを取りました(サメの側にしてみれば、いつの間にか悪者扱いされたあげくに殺されるという迷惑な話です)。

こうしたことが規制のないまま続いた結果、アメリカやオーストラリア沿岸にいたホホジロザメの数が、少なくなったと指摘されるようになりました。皮肉なことに、『ジョーズ』を書いたピーター・ベンチュリーは現在、ホホジロザメの保護を推進する立場に立っています。

目次に戻る↑



2.『ディープ・ブルー』




サメを扱った映画は今も多く登場していますが、そのなかでも代表的なのは『ディープ・ブルー』でしょう。この映画もやはり大ヒットを飛ばしました。『ディープ・ブルー』の恐怖は『ジョーズ』の恐怖と質が違うものですが、それでもサメの「海の殺し屋」という役割が変わったわけではありません。

とはいうものの、サメの映画がこれほど当たりつづけるのは、人間へのサメへの密かな関心や興味のせいなのかもしれません。それどころか、「人を襲う、危険な、凶暴な」という言葉が、敬意のようなものをこめて語られることがあります(実際、サメのことを危険だといいたがる人には、たいてい悪気がありません)。

しかしサメに対する悪いイメージや恐怖は、今もまだ人びとの心に焼きついています。そしてこの恐怖があるかぎり、サメはこれからも凶暴なだけの動物として扱われつづけるでしょうし、海水浴客はサメがと聞いただけで海岸によりつかず、観光業に打撃を与えつづけるでしょう。

目次に戻る↑



3.サメは凶暴な生き物ではない




サメはよく勘違いされているような、人ばかり襲う生き物ではありません。海には、サメよりはるかに大きな危険がいくつも存在します。そのことは、サメに襲われる人の数は、海で雷に打たれる人の数よりも、はるかに少ないという事実からも明らかでしょう。

例えば、サメの事故を調査しているインターナショナル・シャーク・アタック・ファイル(ISAF)によると、1959年から2003年にかけて、アメリカ沿岸の海で雷に打たれて亡くなった人は1857人、サメに襲われて亡くなった人は22人でした。

また、サメに襲われても4人のうち3人は命を落とすことがないといいます。そしてISAFのデータによれば、2002年に世界で発生したサメの襲撃60件(人間がサメを挑発して起こった事故もふくめると86件)のうち、被害者が死亡したのは3件でした。また20世紀のあいだカリフォルニア沿岸で発生した、サメによる襲撃事故の108件のうち、被害者が死亡したのは8件だったそうです。

映画のように、サメが人間ばかり襲って食べるようなことは決してありません。もしそうでしたら、事故の件数や死亡率はもっと跳ね上がっていてもよいでしょう。サメの事故件数と、他の動物に襲われたり、災害にあった場合の事故件数の比較は、ISAFのページ”The Relative Risk of Shark Attacks to Humans”にグラフで細かく書かれていますので、実際にくらべて確かめてください。他の事故件数に比べて、サメの事故件数がはるかに少ないということがわかるでしょう。

もっとも、サメでもホホジロザメイタチザメオオメジロザメのような大型のサメは、水中で出会えばかなり危険なことは事実です。また、栄養の少ない外洋にすむサメの多くは、いつも必死になって食い物を捜しています。だから外洋で泳ぐことは、かなりの危険をともなうのは間違いありません。第2次世界大戦中に沈没した船の乗組員のかなり多くが、サメで命を落としています。

悪名高いホホジロザメが、なぜ人を襲うのかは分かっていません。ホホジロザメは好奇心が強いため、興味半分に人を噛むという説がありますが、実証されているわけではありません。またサーフボードに乗って浮かんでいる人間が、下から見るとアザラシそっくりに見えるために、ホホジロザメは人を襲うのだという話もありますが、いつもそうだとはいい切れないようです(もっとも、サメの事故のなかではサーファーが襲われる場合が最多なのは確かです)。

しかしサメの動機がどうであれ、海は人間のものであるばかりでなく、海の生き物の領域でもあること、そして海で泳ぐとき、そこにある食物連鎖に巻きこまれる危険があることは、意識しておいた方がいいのではないでしょうか。

もちろん、だからといって、サメの事故を防ぐのをサボってもいいというのではありません。しかし、その方法には注意しないといけません。事故を防ぐという名目で、絶滅寸前に追い込まれたサメも存在します。オーストラリアやアメリカ沿岸に住むシロワニというサメは、人食いザメと勘違いされて、1950年〜1960年にかけて大量に殺されました。結果として個体数は激減し、いまだに回復のめどは立っていません。

サメの事故を防ぐことは大切でも、調査もせずにサメを殺したりすると、あとで取り返しのつかない事態になりかねません。サメは、海の生態系を守るという重要な役割を持っているからです。

目次に戻る↑



4.サメと関わっている人たちの感想




多くの人びとが、サメのことを残虐な生き物として考えているように見えますが、それでは、漁師やダイバーあるいは研究者のように、直接海でサメと関わる人たちは、サメのことをどう考えているのでしょうか。

実のところ(もちろん例外はありますが)、彼らの大半は「サメは確かに危険なところはあるけれども、ごく自然な海の生き物である」という意見を持っています。また彼らには、サメのことを、とても美しい生き物だとさえいう人もいます。

ふだんサメと接しないで生活していると、映画などの影響で、必要以上にサメを恐れるようになってしまうようです。またサメを初めて怪物に仕立てあげたピーター・ベンチュリーやスピルバーグといった人物もまた、実生活でサメと何のかかわりも持っていない人びとに含まれます。

サメをあまり見たことのない人びとは、頭のなかでサメへの恐怖をふくらませ、さらにサメの恐怖を誇張した報道や映画にあおられて、サメ=残酷で凶悪な生き物としか考えられなくなってしまうことが多いでしょう。

しかし水族館で泳いでいるサメを見ていて、ジョーズのような恐怖や脅威を味わうようなことは、まずありません。けっきょく水族館にいるサメのあの姿が、本当の(あるいはたいていの場合の)姿といえます。

目次に戻る↑



5.サメの世界への招待




サメは、一般に信じられているような怪物ではなく、ただの動物にすぎません。ピーター・ベンチュリーは、新聞のインタビューに答えて次のように語っています。

「誰もビキニを着て、日焼け止めを塗った状態で、ジャングルのなかに入っていったりはしません。しかし海には、私たちは水着を着て、本をもって出かけます。私たちは海のことを、まったくちがう世界だとは考えずに、個人のスイミングプールかなにかと、勘違いしています。しかし、海はまったく異なった環境システムをもちます。それはひとつの世界です。私たちは、そうしたものを尊敬しなければならない。海は生き物に満ちていて、食うことによってのみ、生き延びることができる世界なのです。」

…ピーター・ベンチュリー(『ジョーズ』の原作者、2003年4月10日の『ディー・ヴェルト』紙によるインタビューのなかで)

サメが思ったほど危険な生き物ではないと聞いて、がっかりする人がいるかもしれません。しかしそんなことに関係なく、サメというのは実に魅力的で、すばらしい生き物です。それは研究者の人たちがいくらサメのことを知っても、決して飽きが来ないということに証明されているのではないでしょうか。

目次に戻る↑