南紀串本町大島の水門祭り
(みなとまつり)



例年、2月11日(雨天の場合、翌日)に行われる串本町大島・水門神社の水門祭りをご紹介します。
(以前、祭りは2月15日に行われていたそうです。)


 大島港について

 水門祭りが行われる串本町大島港は、紀伊半島の最南端の町、串本の南東沖、約二キロの洋上に位置する大島にある港です。島内には港が4ヶ所あり、対岸の串本に最も近いのが大島港です。

本州側の串本から海を望むと、正面に大島、そして左方の古座町との境界から大島へ連なり立ち並ぶ、巨岩群の橋杭岩(立岩・たていわ)が天然の防波堤となり、太平洋からの荒波を防いでいます。これらの恵まれた地形により、串本と大島の中海は、波穏やかな天然の良港となっています。

 現在は、ひっそりとした港町の景色があるだけですが、鉄道・高速道路・飛行機などの輸送手段が無かった往時、良港が少なかった紀伊半島の南部において、この内海は、風待ち、水や食料の補給に欠かせない貴重な場所でした。特に、大島港は串本港が整備されるまでの長い間、中継港としての重要な役割を果たしてきたのです。
古老2人。胸に去来する想いは…。



  水門神社と祭りの由来 

 水門神社は、大正2年(1913年)、若宮神社と八幡神社とを合祀し建立した神社です。祭神は、ホムダワケノミコト(ホムタノスメラミコト)です。
 下に、両神社の簡単な歴史とそれに関係すると思われる「エベッサマ」について記します。
神 社 名 神社の歴史
若宮神社 若宮神社は、神屋敷にお祀りしていたが(最初の建立の年月不明)、明応3年(1494年あるいは1493年)の正月、現在忠魂碑が建っている場所に遷宮され、その後、安永4年(1775年)に再建された。(どこに再建されたか記載は無いが、神屋敷にかと思われる。)
八幡神社 寛文8年(1668年)12月23日に当時の庄屋・沖家によって一番山(新蔵の山)に建立され、毎年正月10日に祭典があったと伝えられている。
エベッサマ
「恵比寿様」の意か
今日、水門神社の池のほとりに祀られている「エベッサマ」は、もともと一番山にお祀りしていた。(港の整備工事のため山を切り崩し、現存しないものと思われる。)



 祭りの由来として島に伝わる伝説は、次のようなものです。

 神巧皇后(気長足姫尊・オキナガタラシヒメノミコト)は、新羅遠征の後、幼い皇子(応神天皇・ホムダワケノミコト・ホムタノスメラミコト)を連れ、北九州から仲哀天皇の遺骸とともに都に向かおうとしました。
 ところが、仲哀天皇の2人の御子が、皇后と応神天皇を討とうと瀬戸内で待ち伏せをしておりました。危険を察した武内宿禰(タケウチノスクネ)が、南海道に迂回するよう神巧皇后に進言します。それに応じた皇后一行は、行幸の途中、紀伊水門浦の通夜島(津夜島)に立ち寄られました。このとき、大島浦、串本浦、出雲浦からそれぞれ住民が迎えの船を出しましたが、一行は大島浦の船にお乗りになられました。

 しかし、これは口伝として伝わるのみで、記録として残るものは島には存在しないのだそうです。


  水門祭りの内容 

 祭りの内容を以下の順にご紹介します。
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     1. 大 座

     2. お的(弓の奉納)

     3. 當船(とうぶね)

     4. 餅 撒き

     5. 櫂 伝 馬 競争

     6. つ る の 儀 (稚 児 行列)

     7. 鏡 取り

     8. 屋 台 ね り



1. 大 座(おおざ)

 水門神社の境内においてゴザを敷き、島の古老や漁業関係者がその上に座し、神主のお払いを受けます。
(2003年は、都合により神社内の写真はありません。)


2. お 的(おまと・弓の奉納)

 水門神社境内において、新成人の男子が弓頭として弓を射ます。 以前、弓頭は年に3回、町内で開かれるお的の儀式に参加していました。

 (1)1月10日、水門神社境内で行われていたお的(現在の、祭りの当日のお的)。
    この儀式は、町に保存されている慶長5年(1600年)の古文書に記録されているそうです。

 (2)1月15日(大正4年まで)、串本潮崎本之宮に大島浦、串本浦、出雲浦の弓頭が集まってのお的。
    儀式の担当は2人で、1人は大島浦、もう1人は串本浦、出雲浦から各年交代でと決まっていました。
    儀式に用いる的は、大島にて9日に2枚作り、本之宮に持参するならわしでした。
    大正5年に串本のお的に行く事が廃止され、その代わりに通夜島(現在は苗我島・みょうがじま)で
    お的を行うことになりました。

 (3)1月18日、潮岬神社でのお的。


3. 當 船(とうぶね)

當船の出発31k  當船(とうぶね)は、通夜島(現在は苗我島)から神様をお連れする船です。
 船に乗り込むのは、「神官」、「白鳥・はくちょう」2人(白装束を付けた人)、「へのり」1人(船のへさきに乗る男の子)黒のハッピを着た人数名など。他に、大島港で船を迎える「招き婆さん」役の稚児がいます。
 (神事の内容も親類から聞きましたが、ここでは控えさせて頂きます。)


4. 餅 撒 き

餅撒き31K  櫂伝馬からの餅撒きは、厄歳の方の厄除けの儀式です。25歳と42歳の厄年の男性は船上から、62歳の厄年の方は農協前の広場で餅を撒きます。
島の出身者は、祭りの日に合わせて同窓会を開く事も多いようで、正月に帰省せずともこの祭りのために故郷に帰る方もいらっしゃるとか。ほろ酔い気分で撒き手が撒く餅は陸に届かず、海に落ちてしまうこともあるようです。(これぞ、まさしく水餅です。)


5. 櫂 伝 馬 競 争

櫂伝馬の出発36k  鳳と隼、2艘の伝馬船が大島、串本間を往復する競技です。白が鳳、紅が隼。
競技に勝った船が、苗我島からもどる當船を迎えに行きます。
 これは、明治の初期頃に始まった競技で、時化待ちをしていた樽廻船の伝馬船を借りて、島の若い衆達が港の中を漕ぎ競ったのが最初の姿であるようです。祭りの由来とは直接のつながりはありませんが、今日では櫂伝馬競争を目当てのギャラリーも多いのではないでしょうか。
 心配なのは漕ぎ手を勤める地元の若者の減少です。しかし、島にある近畿大学の研究所の学生や島内の自衛隊の隊員が漕ぎ手として参加して下さっているのは、心強い事だと思います。

 寒風吹きすさぶ中、懸命に櫂で水を掻く若者らの勇壮な姿は、観戦する人の心に熱い感動を与えてくれると思います。


6. つ る の 儀 (稚 児 行 列)

つるの儀31K  つるの儀(稚児行列)、名称の由来は不明です。6〜7歳の幼子が稚児となりますが、地元では稚児とは呼ばず、役者と呼びます。この行事、もともとは神事ではなかったと考えられるそうです。

下に、役者の種類を挙げます。
並 び 順 名  称 解  釈
1番  潮うち  不明
2番  似士子(にしこ)  武士
3番  じょうろう  上臈(身分の高い御殿女中)
4番  宿直(とのい)または 包持ち  宮中や御殿の夜警武士
5番  酒しぼり  酒しぼりの女性
6番  弓持ち  弓取りのことか?
7番  連雀  連雀=連尺。背負子(しょいこ)のようなもの。背負子で荷を背負った行商人。連雀商人に関しては、ページの末『追記』を参照のこと。
8番  籠持ち または 籠ふり  不明
9番  商人  --



7. 鏡 取 り

鏡取りの山28K  鏡取りは、木の葉で作った「山」の頂上に固定した鏡を、若い衆が競って奪い合う行事です。左手、緑色の三角形が「山」です。この行事は、文化・文政、あるいは寛政の頃から始まったのではないかと考えられています。
 「山」は、島内に自生する椎の葉を採ってきて作りますが、山に入るのは地元の方のみとする暗黙のルールがあるようです。

8. 屋 台 ね り

屋台ねり35K  屋台ねりは、神輿を担ぎ島内を練り歩く行事です。お神酒のせいでしょうか、皆様かなり出来上がっております。右手の農協の建物近くに横笛の吹き手がいます。大変見づらいのですが、ご覧頂けるでしょうか?


※ 文献の解釈の誤りや説明不足の箇所があるかもしれませんが、自分なりにまとめてみました。修正が必要な点がご
  ざいましたらご一報頂けますと幸いです。(撮影担当は父)

※ 水門祭りに関しては、大島小学校創立百周年記念誌「おおしま」(昭和51年発行)と親類からの情報を基にまとめ
  ました。
  (「おおしま」は、島に縁のある方々からの寄稿やH先生の著書「大島年代記」を基に編纂されたもので、卒業生の
  寄付によって出版されました。島を想う皆様のお心のこもった貴重な資料を使わせて頂けたことに感謝致します。)

※ 神巧皇后の伝承に関しては、日本書紀(上)全現代語訳 宇治谷孟著 講談社学術文庫を参考にしました。


☆  2004年の水門祭りの様子は、『み熊野ねっと』の奥様ご担当、「おさんぽフォトアルバム」にて拝見できます。


     * * * 追  記 * * *(05/04/28) 


     連雀(連尺)商人に関する記述が、
     み熊野ねっと様熊野の説話『秤の本地』のページに掲載されています。


     * * * * * * * * *


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更新日 2005/04/28(当ページから『み熊野ねっと』様「秤の本地」へのリンク) 
更新日 2004/02/12(当ページから『み熊野ねっと』様「おさんぽフォトアルバム」へのリンク) 
更新日 2003/09/10(表定義の修正) 
作成日 2003/03/19