南紀大島の気象に関することわざ
南紀大島の周辺地先名
南紀熊野に関する管理人の覚え書き(子供たちに伝えたいことなど)



樫野崎灯台(和歌山県串本町 )



樫野崎灯台 2004/08/10撮影分


   串本町大島の『樫野崎(かしのざき)灯台』をご案内します。

   地元では『樫野の灯台』と呼ばれています。
   日本最古の回転式灯台で、1869年(明治2年)3月15日、英国人により建設が開始され、
   1870年(明治3年)6月10日に初点灯されたそうです。(実際の完成は8月)
   (同年6月大島浦遠見番所が廃止)    (上の画像は平成になって改修され、美しく蘇った灯台)

  地の果て、ここから先はもう何も無い 2003/08/16樫野崎
      日米修交記念館方面から樫野崎灯台を望む (手前は海金剛−奇岩)


   下は、私の日記です。(『紀伊山地の霊場と参詣道』の世界遺産登録が決定した頃)

    『「青」の民俗学 谷川健一の世界 岡谷公ニ、山下欣一編の中にこんな文章がありました。
       他の人文科学には備えられていない南島文化重視の視角は、民俗学に共有されているが、
       谷川氏も第二次世界大戦中のある日、和歌山県西牟婁郡串本町の対岸にある大島にわたり、
       島の突端の樫野崎にある魚見にのぼり、そこから沖合いを流れる黒潮の巨大なうねりを
       望見して感動した記憶がある。ちょうどそれは柳田の伊良湖崎、折口の大王崎で同様に
       体験した「海上の道」を直感的にとらえたのであろう。(谷川民俗学の視点 宮田登)
     現在の魚見台からは、古座や那智勝浦を眺める感じになるように思いますが、樫野崎の
     灯台の展望台(無料)からは、耳元で唸る風と黒潮の流れを実感できるはずです。
     山だけじゃなく、海にも大事な場所があるんだけどな…。』(2004/7/19 管理人日記)

   灯台の展望台に立ち、目を閉じ、風を受けながら五感を澄ませる…。
   ここは『個としての存在』あるいは『生』を再認識できる場所なのではないかと思うのです。
   訪れて下さった方々が、何かを感じとり心を潤し、それぞれの暮らす場所に無事帰って
   頂ければ、案内役としては大変嬉しいです。(展望台は、夜間の立ち入りが出来ません)

    画像1(クリック) → 案内板
    画像2 → 石塀(強固な石組み)
    画像3 → 行幸記念碑(どなたの行幸か調べ忘れました…)昭和天皇か?(1929年)

    画像4 → 岩礁1(船甲羅付近)太平洋側
        ☆1890年(明治23年)9月16日、トルコ軍艦エルトゥールル号(またはエルトグロール)が遭難。
        ☆樫野崎には、トルコ記念館、慰霊碑、トルコ人店主が営む土産物店などがあります。

    画像5 → 岩礁2(船甲羅付近)

    画像6 → 魚見台方面から対岸の熊野の山並みを望む(夕凪)半島側
    画像7 → 守り神の様な鳥

   「たとえ時化の夜でも、灯火の点滅のタイミングによって、それが何処の灯台か識別できる」と
   昔、父か祖父かが教えてくれました。今はGPSもあり時代も変わったでしょうが、闇を照らす
   灯台の明かりは、何時の時代になっても海に生きる人々の心の拠り所であり続けることと思い
   ます。

   (串本町のパンフレットと大島小記念誌の年表、管理人の記憶を基にまとめてみました)


    04/11/11 作成