ランブラーズNEWS
  福西 守雄
わが比良山遭難の記
皆様大変ご心配をおかけいたしました.

金糞峠(標高950m位?)
雪の中の全くの静寂の世界
踏み跡の多く残るこの中峠―頂上方面ルートを選んで進んでいった

3月23日(日)は朝から暖かく好天気で.NHKテレビでの天気予報もこの日は,一日中太陽のマークが一つあるだけだった.

 早朝の5時に起床し,6時前の電車に飛び乗り,目的駅の“比良駅”に着いたのが、午前7時45分。早朝ゆえ麓まで行くバスは、まだない.約40分ほどかけてリフトの山麓駅の手前、“イン谷口”まで歩く。それから谷川の清流に沿いながら暫時高度を上げていき、なだらかな山道を登り始めたのでした。

 “大山口”から“青ガレ”まで来ると、かなり谷も狭まってきて、山陰に雪が堆積しているのが見られるようになって、晴天とは言えやはり冬景色に変わりはない.

 谷を上り詰めた所が金糞峠(標高950m位?)であり、一面雪に覆われている。そこまで来るとかなりな積雪が見られ,峠を越えて向こう側に入り込むと、もうそこは、完全な冬景色へと変化するのだった.峠は,四方にルートがあって、それぞれに足跡が残っている.そこを右に行けば、八雲ガ原、真直ぐ行けば,中峠を経て最高峰の武奈ガ岳(標高1214m)に至るルートである。踏み跡の多く残るこの中峠―頂上方面ルートを選んで進んでいった.

 中峠への道は、高度を上げるにつれて、さらに雪が深くなってくる.時折足が太ももまでズブリと入ってしまい、やや歩行に難渋し始めた.中峠近く、足の疲労か,寝不足か、はたまた馴れない雪上の歩行のためか、足が痙攣し、いわゆるこむらがえりというやつが頻繁に起きるようになってきた.ストレッチなどして懸命にrecoveryを試みながらの歩行だった.これでは無理だと、あと頂上の武奈ガ岳まで約40分ほどのところで、もと来た道を引き返す事にした。

“金糞峠”まで来て、そこからそのままもと来た道を下るか、それとも“八雲ガ原”経由でロープウェイの頂上駅を目指すのか、迷ったけれども短い時間で下れるロープウェイ駅への道を選んだのだった。

雪の上を渓流に沿って歩き始めた.今年は例年になく雪が深く、圧倒的な雪の量だった。しばらくは、雪の上の足跡を辿っていたが、川を渡るところなどは,雪庇(せっぴ)になっていて、その都度滑り落ちたり、川の中に足を踏み入れたりと雪まみれになる状態であった.

この辺りは、今まで何度かは、訪れてはいたが、雪で覆われたこの景色は,全く違った世界の様相を呈している.踏み跡を辿る事以外出来ず、ましてや新雪の上を歩くようなことをすれば、深い雪に足を取られ、難渋するにきまっている。そういえば、昼過ぎからは,誰一人として出会うこともなく,雪の中の全くの静寂の世界.

懸命に登った結果、スキー場を目指したはずが、後を振り返るとスキー場とロープウェーの駅は、はるか下の方に望見する結果になってしまった。つまりルートを完全に踏み外していたわけだ.雪のない季節であれば、薮(やぶ)こぎなどして、一気に道無き道を突っ切って下るのだけれども雪が深いとそれは、自殺行為である.
雪上の踏み跡を見て、これは,目的地へ向かっているものと思い込んだのがいけなかった.地形をしっかり観察する余裕を失っていたようだ.

 その間、思わぬ時間を食ってしまっていた.足のこわばりと痙攣の痛みもあったし,このまま動けなくなるのではという恐怖感が頭をかすめる。そこで携帯電話を取り出すとアンテナが立っているではないか、京谷氏にアドバイスを求めるため電話を入れる.そこでロープウェイ駅やスキー場のゲレンデの電話番号を調べてもらったり,、種々のアドバイスを受ける。ロープウェイの最終時間は,5時、今、4時少し過ぎたところ、とにかく急がなければならない.

 日が暮れると急激に気温が下がり、このままの装備だと確実に凍死が待っている.
何が何でもロープウェイの駅まで辿り着かなければという思いがあった.京谷氏とコミニュケーションが取れた事によって、何かホットした感があり、落ち着きを取り戻し、冷静に行動するきっかけとなったと言える.その頃には、不思議な事に足の痛みもやわらぎ、急斜面を一気に下ることが出来.平地に出たところで,ゲレンデの係のこの辺りの地理に詳しい人と連絡が取れ、現在位置を確認する事が出来た.

 比良山は、峠を越えた辺りから頂上までの広範囲にわたる地域は、標高1000m〜1200mになり、生駒や六甲山、金剛山などにない、この山の持つ荒々しさがあるし、そこから来る美しさが同居しているように思える.

電話での案内に従ってゆくと、途中まで職員の人が出迎えに来ていただいていた.
ロープウェイの駅へは,30分遅れで到着する事が出来て.スキー場の2名の職員の方とともにリフトをも利用しながら下ることが出来た.職員の方々には,非常に親切にしていただき感謝している次第です.

 いくつかの幸運につながる出来事があったのは確かで、天気が安定し,暖かかった事。携帯電話が利用できた事.ロープウェイに間に合った事。足の痙攣も治まり無事に歩く事が出来た事等々。

反省点。未熟であった。まず最初から地形をしっかり把握して、行動すべきであった.この足跡を辿っていけば、必ず目的地へ着くと盲信したのがいけなかった,
 無事に生還できたのは、幸運もあったけれど、友人達の助言と協力があったればこそと信じています。

皆様にホントにご心配をお掛けいたしました.特に京谷氏よりの依頼で自宅待機までしていただいた友人達へ感謝とお詫びの言葉でこの反省文を締めくくります.

                  平成15年3月30日  福西守雄
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