ポカリの日記  タエコ・メッツラー
昔の夏の思い出(1)
ジョージアの恐るべき叫び声に飛び起きたのだ!
、隆空(LUKE)です。
9/12日に3、500グラムで生まれてきました。
どうぞよろしくね!

 11月27日、隆空(ルク)赤ちゃん(2か月)をつれて成田空港まで行った。今住んでいる中野区から電車で行くと3時間ほどかかる。

 なぜ行ったのかというと、ジョージアというギリシャ人に会うためだ。空港で彼女が出て来るのを待ちながら、ちゃんと会えるかなー、と少し心配だった。というのは彼女に会うのは14年ぶりだったからだ。でもジョージアは180センチの長身だし、かなり太っていたけれど、それ以外はあまり変わってなかったのですぐにわかった。

 15年前の1988年からイギリスで語学留学していた私は89年の夏はヨーロッパを周遊する事に決めていた。ジョージアとはその間、ドプロクニク(旧ユーゴスラビア、今のクロアチア)で出会った。

 ドブロクニクに行こうと決めた理由は、1年前の夏にやはりヨーロッパを周遊していた時、ハンガリーで日本人のえどっこカメラマンに出会い、その人が「ユーゴスラビアに行くのだったらザグレブかドブロクニクに行かないと、もったいないよ」、と勧められたからだ。けれどその時は時間がなくて首都のベオグラードに行っただけっだった。  

 ドブロクニクに列車で到着した私は、その列車から見たアドリア海を見下ろす家々の美しさの余韻に浸っている暇もなく、街の中心に向かうバスにソフィアと一緒に乗り込んだ。ソフィアはやはり一人で旅行している金髪でかわいいイギリス人の女の子でユーゴまでの夜行列車で同じコンパートメントだった。ユーゴ人の青年と列車で出会ったばかりなのに、その人の膝枕で眠っている彼女を見て、「まー、出会ったばっかりでこんなに仲良くするなんて、(うらやましい、じゃなくて)西洋人っていうのは(やっぱり映画で見るように)軽いんだなー」なんて思った事を私は今でも覚えている。

 ところで、世界遺産でアドリア海の真珠といわれるドブロクニクには新市街と旧市街がある。旧市街は中世の城壁に囲まれていて、その城壁がまた紺青のアドリア海に囲まれている。赤い屋根とその青の調和がヨーロッパの美を最も象徴しているような所だ。新市街は観光客目当てのレストランやホテルなどがならんでいる。

 ジョージアに会ったのはこの新市街のバスターミナルだ。たくさんの観光客が群がる中、ジョージアが私たちに「もし泊る所がまだ決まってないんだったら今晩一緒に泊らない?この人が客引をしてたの。家がプライベートルームなんだって。」と言って、ユーゴ青年を指さした。そして金髪、茶髪そして黒髪の美女たち(?)は同じ部屋をシェアする事になった。
 けれどその晩、立て続けの夜行列車に疲れてぐっすり眠っていた私は、このジョージアの恐るべき叫び声に飛び起きたのだ。

                                                  (つづく)

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